よしなしごと2005年8月


  青の洞門   小選挙区制と「刺客」  去年の今日
恋のマイアヒ


2005.08.27  土曜日  恋のマイアヒ  

上がルーマニア、
下がモルドバの国旗
 「恋のマイアヒ」という歌が流行っているらしい。元歌はルーマニア語らしいが、それを勝手に日本語として聞き取っている歌詞だという。部分部分は確かに日本語っぽいのだが、全体の意味は不明である。ヒット中の歌なので、歌詞をここで紹介することはできない。

 もう40年ほど前のことだが、ジンジロゲとかクイカイマニマニとかいう歌を高校生時代に歌っていた記憶がある「恋のマイアヒ」のように無理やり日本語で聞き取るということはせず、まったく意味不明の歌であった。ジンジロゲの歌詞についてはベンガル語だという説もある。

 「恋のマイアヒ」の元歌はルーマニア語だと書いたが、モルドバ語だという説もある。もっとも、ルーマニア語もモルドバ語も実は同じ言葉である。せいぜい方言ぐらいの違いしかない。帝政時代にロシアがルーマニア民族の土地の一部を併合し、ソ連がそれを受け継いだ。ベッサラビアと呼ばれていた地域とかなり重なっている。ソ連崩壊後、モルドバは独立国となったが、ルーマニアとの統合の話はまだ出ていない。

2005.08.15  月曜日  去年の今日  
 今日は終戦記念日である。これを敗戦記念日というべきだという人もいるが、私は賛成できない。小さいころ、戦争の話をしょっちゅう聞いていた私としては、敗れた当時の日本国家に一体感を覚えることはできない。何も自分が敗れたわけではないという気持ちがある。
 去年の今日は韓国にいた。韓国を訪れたのは25年ぶりのことだった。ソウルの町は25年前とはまるで違っていて、日本の町にいるのかと錯覚しそうになった。ホテルでテレビをつけると、衛星放送でNHKのニュースが聞け、甲子園の経過なども詳しく知ることができた。
 25年前の訪韓のときには、まだ夜間通行禁止令が施行され、夜の12時から未明の4時まで一切の外出が禁止されていた。このトングム(通禁)がなくなって久しい今では、大きなスーパーなど、終夜営業の店がいくらでもあった。
 日本の終戦記念日は、韓国では光復節とよばれる日本からの独立記念日である。その数日前から町には太極旗が目立っていた。ソウル市庁舎前では、夜通しコンサートが開かれているとのことだが、同じツアーに参加していた若い女性たちがコンサートを見に行き、真夜中に帰ってきた。

2005.08.12  金曜日 小選挙区制と「刺客」  
 きたる衆議院選挙に関して、「刺客」という物騒な言葉が飛び交っている。郵政民営化法案に反対した自民党議員に本部が送り込む対立候補のことである。このようなことが起こることに、小選挙区制の根本的な欠陥が露呈されている。
 もし、中選挙区制のままだったら、反対派は無所属で立候補し、「刺客」とともに当選することもできただろう。しかし、一人しか当選できない小選挙区制では、このようなことは不可能で、共倒れとなって民主党が漁夫の利を占める例も出てくるだろう。有権者の中には郵政民営化を重視する人もしない人もいる。反対した議員に入れたいが自民党は支持するという人もいる。小選挙区制は有権者の多様な意見を反映できない欠陥制度なのである。
 中選挙制については、「同士討ち」「共倒れ」が欠陥だということが言われてきた。しかし、それなら中選挙区制を無所属も一人一党として一党として扱う比例代表制に変えてしまえばすむはずだった。同じ政党からどの候補者を当選させるかは、順位を記した名簿で決めればいいし、順位に不満な候補者は無所属で立候補すればいい。無所属立候補が自党に不利に働いたとしても、その候補者が当選した場合に追加公認するかどうかは、その政党が決めればいいことである。
 無所属候補を除き、政党名で投票することにすれば、政党・政策中心の選挙となることが誰の目にも明らかだろう。これに対して、小選挙区制では政党・政策中心の選挙は実現されていない。自民党の金城湯池と言われる地域では公認と公認漏れの同士討ちがいまだに続いている。しかし、今回の場合は、政策による公認漏れなのだから、反対派にも主張を訴える権利、当選の可能性を与えてしかるべきだと思う。
 政界で「小選挙区制」が喧伝されていたころ、小泉純一郎氏は強硬な反小選挙区制論者だった。論拠は党本部の力が強くなりすぎるということだった。それは、小泉氏が当時まだ党内野党の変人だったからであるが、今では武器としてこの制度を用いている。選挙制度は、そのときそのときの政治家の都合ではなく、有権者の立場を第一にして、もっと大局的に考えなければならない。郵政民営化の是非は別として、このように選挙制度を利用して「純」化を図る手法が今後も続くとしたら、憲法など他の法案についても、同様の手法が取られる心配がある。

 今度の選挙結果が出たら、当サイト内の選挙制度の話に、新たな選挙制度私案を載せたいと思っている。小選挙区制論者の主張をも考慮に入れるつもりである。

2005.08.06  土曜日  青の洞門  

 大分県の「青の洞門」に行ってきた。僧禅海がたった一人でノミとツチでくりぬいたというトンネルである。山国川にそのまま落ちこむ崖を歩く人がよく落ちるのを見て、30年の歳月を費やしてくりぬいたという。今日、青の洞門の大半は明治に改修され、コンクリートで覆われているところもあり、禅海がくりぬいたままの姿をとどめているのはごく一部だという。

 写真は、青の洞門をくぐって開けたところから山国川を橋で渡ったところにあるレストハウス前の駐車場から対岸にある「競秀峰」と呼ばれる峰々を撮ったものである。青の洞門はこの左手にある。

 「青の洞門」が全国に知られるようになったのは、菊池寛の小説「恩讐の彼方に」のおかげである。ここでは禅海は了海と名を変えている。

 青の洞門を通りぬけて、いくら30年を費やしたといっても、こんなトンネルが一人で掘れるものだろうかと思った。第一、その30年もの間、禅海はいったい何をして生きるのに必要な金を稼いでいたのだろうと思ってしまう。

 駐車場の一角に古ぼけた看板があった。そこに意外なことが書かれてあった。禅海は、洞門開通後、人や馬から通行料を取っていたという。日本最古の有料道路などとも書いてあった。

 仇討ち話をも絡めた「恩讐の彼方に」はもちろんフィクションだが、禅海が一人でトンネルをくりぬいたという話も疑わしくなった。開通後の通行料をあてにして一人で堀りつづけるには30年という月日はあまりにも長すぎる。下記のページに書かれていることが真相に近いのではないかと思う。

http://www.zusi.net/meisaku/onsyuu/onsyuu~1.htm


 今日は広島原爆の日。平和式典の中継をテレビで見ていたが、小泉首相の挨拶があまりにも手短なのが気になった。時が時だけに気もそぞろだったのかも知れない。