よしなしごと2005年7月


  民族教育  クールビズ  チェジウとチェジュ


2005.07.11  月曜日  チェジウとチェジュ  

 冬のソナタのジウ姫こと崔智友(チェジウ)と小泉首相が韓国のチェジュ(済州)島で会ったことがある。私も、たまたまその場面をテレビで見たのだが、チェジウとチェジュが同じ発音かと小泉首相が聞いたときには驚いた。その顛末は下記のページに詳しい。
http://plaza.rakuten.co.jp/konbuheyo/diary/200407230000/
 さて、「チェジウ」と「チェジュ」が同じ発音と考えるのは、「ジウ」と「ジュ」に関する限り、日本語としてもおかしい。「仁王」と「尿」を同じ発音と思うようなものである。「チェ」にしても、「崔」は[t∫’we]、「済」は[t∫e]である。日本語の「ふな(動物)」と「ぶな(植物)」の違いより大きく、英語の law (法律)と roe (魚の卵)ほども発音が違う。
 日中、日韓朝関係がややこしいが、戦後の日本のリーダーの中に近隣の言語を解する人がいたら、歴史は変わっていたと思う。それを支える官僚にしても、欧米にばかり目が向いていてそれ以外の言語を知っている人が少ない。西ベルリン市民にケネディが "Ich bin ein Berliner." と言ったときの絶大な効果を思い出し、それに学んでほしいものである。

http://homepage1.nifty.com/forty-sixer/iwasborn.htm
 東アジアのことさえ知らない日本の為政者は、まして西アジアのことを知らない。情報も対応も英米まかせで危なっかしい。日本国民の安全を保ちたいのなら、さまざまな地域に詳しいブレーンをそろえることが、日本国には必要である。

 ところで、「崔」という人が、韓国籍、朝鮮籍、中国籍から日本国籍に変えたいと思っても、「崔」という漢字のままでは、常用漢字にも人名漢字にもないという理由で日本国籍を取得できない。非漢字文化圏の人がカタカナだけで日本国籍を取得することも「ラモス瑠偉」「呂比須ワグナー」「三都主アレッサンドロ」などの例を見ても少ない。もとからの日本国民の場合は、下の名前はともかく、苗字に関しては、事実上どんな漢字(さまざまな異体字も含む)でもフリーパスであることを考えるなら、おかしなことである。

 中国や韓国の姓の種類は少なく、かつその大半が日本でも用いられる字なのだから、すべてを認めたとしても、必要な漢字はさほど増えない。金(常用漢字)や李(人名漢字)ならそのままの漢字で日本国籍をとれるのに、崔ではだめというのは理に合わない。小泉首相には、法務省への指導をお願いしたいものである。

2005.07.07  木曜日  クールビズ  
 日本では、仕事という意味でビジネスという言葉が使われてきたが、英語でビジネス[bizinis]と発音すれば「多忙さ(busyness)」のことであり、仕事(business)」の意味ならビズネス[biznis]と発音する。仕事という意味で「ビジネス」というのは誤りだということで、下記のような校名を設ける学校も出てきているが、校名以外は、従来の意味で「ビジネス」と言っているのが面白い。
http://www.tsudajukukai.or.jp/tsob/

 最近になって、クールビズという言葉が流行っている。どうやら涼しい中で仕事(ビズネス)をするということらしいが、せいぜい上着を脱いでネクタイを外すということに過ぎない。

 日本は、もともとクールビズの国であった。高温多湿の日本の夏では、飛脚などはふんどし一つで走っていたほどだ。わざとらしく第一ボタンを外したYシャツより、襟首のゆったりした地味なポロシャツを夏の正装にしたほうがいい。Tシャツというのはさすがにラフ過ぎるので、やめたほうがいいかも知れない。CO2の排出量を減らすという義務を果たすにも、クールビズは有効である。

 ヨーロッパで夏もネクタイを締めていられるのは冷涼だからである。もっとも、昨今の地球温暖化で、ヨーロッパの夏もかなり暑くなっており、ノーネクタイが広まっている。日本は欧米の流行を追う国だから、夏にネクタイを外すのは、欧米で先にノーネクタイ化がさらに進んでからのことだろう。

 1979年に上海(緯度は日本の鹿児島ぐらい)を訪れたときの写真を3つ()添える。男の子や夕涼みをする老人は上半身裸である。リヤカーで重い物を運ぶ人の工夫も微笑ましい。経済成長の進んだ今の上海ではもう見られない姿ではないかと思う。日本でも、上半身ランニング、下半身ステテコという人をよく見かけたのは、さほど昔のことではない。
2005.07.02 土曜日  民族教育  
 タイのリゾート地、プーケット島でタイ女性と結婚して食堂を営む日本人を取材した番組をテレビで見た。プーケット島への日本人観光客はいまだに津波以前の1〜2割に過ぎず、一家の生活は大変なようである。しかし、そんな中でも、長男を日本に語学留学させることに決めたという。子供たちは日本人学校に通っているらしく、日本語に不自由はないが、親としては、引き続きタイで住むとしても、日本でも暮らせるほどの日本語力を持たせたいという気持ちなのだろう。タイ人である母方のいとことも親しいようなので、二つの文化にともに親しんでほしいものだと思った。日本に定住する在日コリアンが求めている民族教育も、海外の日本人学校で行っている教育もこれと同じようなものなのだが、日本人からの理解は乏しく、「民族教育」と聞くと何か政治的なものであるかのように思い込んでいる人が多い。それを指導すべき立場にある日本の国家自体、民間にも劣るほど理解が乏しい。

http://www.ne.jp/asahi/m-kyouiku/net/2004forum.htm

 プーケット島には、欧米からの観光客はかなり戻り始めているという。情報を収集してもう大丈夫というような判断をしているのだろう。先日の読売新聞に、中国への観光客が半減し、韓国への観光も失速しているとの記事が載っていた。反日デモや竹島問題の影響なのだろうが、観光客の身に危害が及ぶようなことはまず無いだろうと私は思う。このあたりの反応に日本人の情緒性と不勉強をを感じずにはいられない。韓国と中国ではだいぶ違うし、中国に定住している日本人は今もたくさんいる。