よしなしごと2005年5月

  清原の涙  「生き物随想録」について  ヨン様も買いました
セ・パ交流戦


2005.05.29  日曜日  セ・パ交流戦  
 普段あまり野球を見ない私がけっこう見るようになった。セ・パ交流戦のおかげである。単に物珍しいからではなく、接戦が続いているから面白い。交流戦をしても、パ・リーグの売り上げが上がるだけでセ・リーグにとっては損だろうなどと言われていたものだが、そんなことはなさそうである。
 日本のプロ野球は、オーナー間で危うく一リーグ制になるところだったが、ファンの支援を受けた選手会のストによって阻止され、新しいオーナーが参入することも容易になった。ファン不在のまま、オーナー間だけで改革が行われていたら、プロ野球はさらに衰退していたかも知れない。
 力ある者だけの意向で長年親しまれたものが次々と姿を消している。力なき者は時代の流れと思ってあきらめる。しかし、人気のあるスポーツでは黙っていなかった。これほどの熱意をもって、力なき者が声をあげるべきことが、もっともっとあるのではないかと思う。


2005.05.21  日曜日  ヨン様も買いました  
 高校の同窓会が5年ぶりにあり、新幹線に乗って参加した。会場の鎌倉に向かう途中、横浜駅前を歩いていたとき、果物の露店があり、横に「ヨン様も買いました」と書いてあった。「嘘つけ」と思って見なおすと、紛らわしいカタカナで「ヨソ様」と書いてあった。

 国語教師をしていると、字の書き方を指導することがある。「ン」も「ソ」も2画目を「抜き」、先端を尖らせるのだが、それがはっきりしないと、紛らわしい。

 日本語の文章には、漢字やカタカナもまじるが、目立って多いのがひらがなである。その中で、気になるのが、「さ」「き」「ゆ」「そ」「わ」「れ」「ね」の7文字である。「さ」「き」は、印刷やPCではそれぞれ2画、3画で書かれるが、手書きでは3画、4画で書かなければならない。

 「ゆ」は、銭湯ののれんなどで一筆書きで書かれているのをよく見かけるが、印刷でも手書きでも2画で書くのが正式である。逆に「そ」は1画が正式だが、2画で書かれることも多い。

 「わ」「れ」「ね」では、2画目の書き出しの部分を1画目の縦線よりわずかに右にはみ出すように書くように言うのだが、これをしつこく言われたせいか、はみ出しのきつすぎる生徒がときどきある。私は無理にはみ出させなくてもいいと言うのだが、「心持ち」というのが難しい。

 カタカナで「ン」と「ソ」、「シ」と「ツ」がまぎらわしいのは、櫛と靴など誤解のもとになるので困るが、ひらがなについては、こういう細かい字体の違いにこだわらず、読みやすい字を書くということにこそ指導のポイントをしぼるべきではないだろうか?


2005.05.15  日曜日  「生き物随想録」について  
 「よしなしごと(日記のようなもの)」に書き溜めた文章の中に多い生き物関係の文章を一つのサイトにまとめた。あわせて、そこに移動した記事を、この日記内から削除した。ただし、独立の文章として短すぎるものは残した。「雑考雑記」からも、「野生動物との共存を考える」と「虫めづる民」を新サイトに移し、削除した。「生き物随想録」のURLは、以下の通りである。なお、このURLにあった「日本語と隣の国から世界を見る」と重なる記事はすべて削除した。
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Labo/6084/


2005.05.01 日曜日 清原の涙  

 関東で生まれ育った私は、子供のころ、巨人フアンだった。今にして思えば、大人たちの影響を受けていたのだろう。巨人フアンでなければ変人奇人の類という雰囲気が当時はあった。ミスターこと長嶋茂雄氏が立教大学の選手として、東京6大学の個人通算新記録となるホームランを打った試合の時に神宮球場にいた記憶もある。ホームランの時、周りが大騒ぎする意味が理解できなかっただけに、かえって印象に残っている。今から思えば、あの騒ぎが、高橋由伸の半分にも満たない8本目に過ぎないということが信じられない。

 しかし、関西に移り住んでしまうと、特に巨人フアンになる理由もない。そんな中で弱小球団である広島カープが初優勝した。そのとき、にわか広島フアンが急増したのだが、私もその一人である。たまたま広島出身の友人がいて、その喜びぶりにほだされたことが、にわかに留まらず今も広島フアンである理由になっている。その友人によれば、その夜の広島市内は救急車のサイレンが鳴りっぱなしだったという。盛り場の八丁堀あたりで飲んだ連中が若い女性を見ると胴上げするのだが、もともと酔っ払いなので、落としてしまうからだというのだが、事実とすればひどい話である。

 巨人フアンからの転向がスムースに行われたのは、カープが昔の巨人に似ていた時期があったからかも知れない。高橋慶彦が柴田のように走り、山本浩二や衣笠が王や長嶋のように打ち、江夏が堀内のように投げていた。こんなことを言うと、あんたは強いところが好きなのかと言われそうだが、カープが見るかげもなく弱くなってからも、再転向することはない。勝ったときの喜びがそれだけ大きいからである。そういう喜びを知ったのには、関西では最多数派である阪神フアンの影響もありそうだ。

 先日、巨人の清原が広島球場で500本目のホームランを打ち、広島フアンからも拍手を浴びた。清原は、だんじり祭りで有名な大阪の岸和田の出身である。地元の期待を裏切って敢えて巨人を目指した清原だからこそ、敵方の拍手にウルウルと来たのかも知れない。

 同じ日に、ピョンヤンで開かれるはずだったサッカーの試合が第三国で無観客で開かれることになったというニュースも聞いた。日本人には、余裕を持つことがどんなに楽しいことか、自分たちがそのような余裕を持てるのがなぜなのかをよく考えて欲しいものである。ピョンヤンの観客のマナーの悪さを非難するだけでは、せっかく手に入れたこの余裕すら失うことにもなりかねない。