よしなしごと2004年6月


  ターゲット 私は貝になりたい
「千円からお預かりします」再考  追加された人名漢字578字について
黒きくもにはかに出できて    家族会


2004/06/27  日曜日  家族会  
 小泉再訪朝に対する、拉致被害者家族会の批判に対して、ひどいバッシングが行われたと聞く。家族の立場としては、私はあのような反応は自然だと思う。為政者の立場としては、ここは我慢するほかはないだろう。
 それにしても、弱い立場にある人が強い言葉を用いると、あのようなバッシングが起こることが不気味である。家族の心情に共感するのではなく、それを利用しようとしているからこそ起こるのではないかという気がする。家族会の人たちも、自分たちの目標が家族を取り戻すことであることを忘れないようにしてほしいと思う。
 家族会へのバッシングは、いろいろな人がいて日本社会が成り立っているという認識に欠けるという点で、さきのイラクでの人質へのバッシングと根は同じだと思う。サマワからオランダ軍が撤兵し、あとに米英軍が進駐しきたら、日本がその仲間と見なされる傾向はいっそう強まるだろう。そんなときにこそ、日本人も一様ではないということを示せる人材が必要だと思う。

 戦争を体験した世代の話を聞いて、貧しさや恐ろしさに劣らず、人間関係の息苦しさということが印象に残る。貧しさや恐ろしさは当時のモノを展示することである程度通じるが、息苦しさはそれでは伝わらない。何か事件が起きたとき、加害者はもちろん被害者の家族にまでいやがらせ電話をかけて正義派ぶる人間が幅を利かせていた時代だと考えれば、少しは理解できる気がする。

2004/06/21  月曜日    

 台風で学校が臨時休校となった。6月の台風としては史上最大とのことだが、やはり地球温暖化の影響だろうか? 小さい頃、台風が来ると聞くと、板を×状に雨戸に打ち付けている人をよく見たものだが、雨戸が珍しくなった今はとんと見かけない。
 大学のとき、名古屋出身の友人が、伊勢湾台風のとき、川に死体が浮いているのを見たと言っていたのを思い出す。高校の教師が室戸台風のとき、室戸にいて2階建ての家が空を飛んでいるのを見たと言っていたが、これはもちろんホラであろう。
 「吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風を嵐といふらむ」という百人一首の歌があるが、「嵐」という字を台風の意味に用いるのは、国訓(日本だけの意味づけ)らしく、中国では文字通り山の風という意味か、山の霊気という意味を表すらしい。大和言葉としての「あらし」の語源は調べていないが、やはり「荒らし」から来ているのではないかと思う。


2004/06/13  日曜日  黒きくもにはかに出できて  
 勤め先で、古い生徒をどれだけ覚えているかという話になった。たった一度のことで名前を覚えているという例もあるという話が出た。古文の授業中、ある生徒にあてて訳させていたところ、「黒きくもにはかに出できて」を「黒いくもには蟹が出てきて」と訳したそうである。それが無ければまず覚えていないような目立たない生徒だったという。同じ頃、「こはいかに(これは何と言うことだ!)」を「怖い蟹」と訳した生徒も他にいたという。
 私が高校生だった頃、同じく古文の訳を当てられたときに虎の巻(アンチョコ)を教科書の裏に隠して起ち上がったのまではよかったが、「訳せ」と言われたところよりだいぶ先まですらすら訳したために怪しまれ、仕掛けがばれてしまった同級生がいた。
 なお、「黒きくもにはかに出できて」の訳は、もちろん「黒い雲が急に出てきて」が正解である。

2004/06/12  土曜日   追加された人名漢字578字について  
 法務省が新たに人名として認める漢字を発表した。私は漢字制限そのものに疑問をもっており、今回の案の中から、この字を削れという提案をする気はない。今回の追加案には「呪」だの「禿」「糞」「淫」など、到底人名としては用いられそうもない字が含まれているが、これは近い将来に一般語彙でも使う字として認めよという、文部科学省への圧力として評価できる。近い将来、すべての人名漢字を一般語彙にも用いることが望ましい。
 戦後の漢字教育には誤りが多い。難しい字にはルビを打ち、見なれさせた上で後に書かせればいいものを、「ま法」のような奇妙な混ぜ書きをしたこととならび、「人名に限って使用を認める」という「人名漢字」なるものを設けたこともその一つである。その際、苗字にはまったく配慮がなされなかった。比較的少数の字で大半の人の苗字がカバーできるという認識がなかったからである。人名に用いる漢字は、子供が真っ先に覚えたがるし、覚えやすい字だと思う。それを人名以外には使うななどということは、漢字に対する子供の興味を著しくそぐものである。苗字の場合は、引き続き制限なく受け付けるべきだが、常識的な字は行政の側から示し、学校教育の場でもきちんと教えることが望ましい。「菅原」が「管原」に化けることなどが少なくなるだろう。
 その点、今回の追加案には、苗字に多用される文字も多く含まれているが、苗字に対する体系的な考察の上で加えられたわけではないために、いろいろと疑問を感じるところがある。まず、「崎」という字がないことに驚く、「薮」「鮫」「粕」「籠」「諌」なども加えてほしい。また、「嶋」「瀧」のような旧字体や「冨」のような通用字も加えられているが、それなら「澤」をはじめ、「邊」「廣」「條」「礒」「(高島屋の)高」なども検討に値する。
 字体の簡略化は、常用(当用)漢字に限られ、表外字は部首なども昔のままである。このため、たとえば同じしめすへんでも「ネ」と「示」を書き分けなければならないなど、かえって煩雑になった例も多い。今回の追加案には「曾」「淵」「(点が二つの)辻」などがあるが、これは「曽」「渕」「辻」のように書く人のほうがずっと多いが、古い字体のままの人もいる。この点はどのように処理するつもりなのだろうか?
 人名には用いられないだろうが、もう一つ、ぜひ加えてほしい字として「碍」という字がある。電気の流れをさえぎる「碍子」に用いられるが、何よりも今では「障害」と書かれる「障碍」に用いてほしい。「碍」の字が漢字制限に引っかかったことで、「障害」となったのだが、「害」の字のイメージの悪さゆえに、この表記に抵抗を感じ、中には「障がい」などという奇妙な混ぜ書きをする人まで現れている。「碍」の「害」への書き換えは、当時の人権意識の低さをも表している。なお、「碍」の字は古くは「礙」だが、融通無碍を含めて「碍」でいい。文部科学省が率先して常用漢字に加えてほしいところだが、まず法務省から圧力を加える意味で、今回の追加案に加えてほしい。
 なお、国家機関が「パブリックコメント」だの「プレスリリース」だのという英語を多用することはこのましくない。「意見公募」「広報」で十分ではないか?
(追記)この記事を、法務省の人名用漢字の範囲の見直し(拡大)に関する意見募集に、そのまま投稿しました。今回の追加案には「蜘蛛」の「蜘」があるのに、「蛛」がないなど、だいぶ雑な点が目立ちます。

2004/06/11  金曜日  「千円からお預かりします」再考  

 下記の記事について、読者からメールを頂いた。

http://homepage1.nifty.com/forty-sixer/oazukari.htm
 メールには、お札を出しただけでさっさとレジを打とうとするほうがよほど腹立たしいと書かれていた。あとから小銭を出すかどうかを確認するという意味では、確かに売る側の親切なのかも知れない。
 ここで、私は、自分が「千円からお預かりします」という表現を最初に聞いたときの気持ちを分析する必要があることに気がついた。親切は親切として、反発を感じたのは、やはり「千円から」の「から」に対してなのだと思う。それを私は「それから自分はおつりを出す」と売る側が心の中で確認すればいいことを表に出したと解釈したのである。
 レジを打つ前に一言確かめる必要があるということと、それをどのように表現するかとは別の問題だと考えたい。

2004/06/09  水曜日  私は貝になりたい  
 私は貝になりたいというドラマを、2回に分けて見た記憶がある。1958(昭和33)年のときのことで、当時の私は11歳だったらしい。もう徴兵年齢を普通なら過ぎていた、おとなしい主人公が、戦争も末期だということで徴兵される。上官に米軍捕虜を銃剣で刺殺できるかどうかを試され、もうどうにでもなれという気分で実行する。戦後、その罪に問われ、絞首刑に処せられるという悲劇である。

 上官の命令で刺殺したという主人公に対して、アメリカの検事が「あなたはその命令にサインしましたか?」と訊く。主人公は、「あんた、どこの軍隊の話をしているの? 日本の軍隊ではね、兵隊は奴隷なんだよ!」と叫ぶが、無視されてしまう。
 北朝鮮に逃げ込んだジェンキンス氏の罪名は、十指に余るらしい。ただの逃亡だけならともかく、北からのラジオで他の米兵に投降を呼びかけたり、反米映画に悪役で出演したり、いろいろあるらしい。その間、彼がどこにいたのか、ということは、ほとんど配慮されていないようである。
 日本で軍隊が本格的に復活したら、今のアメリカより柔軟になるという保障がどこにあるかは、きわめて疑わしい。

2004/06/02  水曜日  ターゲット  
 ともに小6の女の子の一人が加害者となり、一人が被害者となる事件が九州であったことが痛ましい。これでまた、刑事罰の下限を引き上げよという声が起こることを恐れている。
 USAでは、州によっては死刑のない州もあり、少年にまで死刑がある州もある。電気椅子のアームで手首を固定する革帯まで腕が届かなかった少年もいたと聞く。
 ブラジルでは、日本のアニメがテレビで大人気だと聞く。あの国では、これまでテレビ番組といえば、大人向けか幼児向けの番組しかなかったらしい。
 幼児でも大人でもない年齢の子供たちをターゲットにして、日本の大人たちは金を儲けようとする。これからの日本は、世界に先駆けて、不安定な年齢の子供たちの犯罪大国になるかも知れない。その責任は子供たち自身にはない。不安定で好奇心の強い子供たちをターゲットにし、消費を煽り立てて金儲けを企む大人たちのつくった経済の体制にこそ根本的な原因があると私は考えている。
 全朝教大阪のHPの改装が一段落した。今月からまた、日記に力を注ぎたい。