よしなしごと2004年4月

  もがな   アラバマとアリゾナ  二つの訃報
公私混同  ジジババ食堂  さん、君、ちゃん


2004/04/25  日曜日  さん、君、ちゃん  
 今の子供たちには信じられないことだろうが、私が小学生だったころ、男の子を「〜君」と呼ぶ女性教師が非難されていた覚えがある。女が男を偉そうに呼んでもいいのかということだったのだろう。私の担任も女性だったが、私も含め男の子も「〜さん」と呼んでもらっていた。
 そこまで古く遡らずとも、イラクで人質になった今井さんは、18歳なのだから、10年前だったら、メディアからも「今井君」と呼ばれていたと思う。私も男なので、女性の未婚既婚(Miss, Mrs.)はもちろん、男女を問わずに「〜さん」と呼べる日本語は素晴らしいと思う。男の子だけを「〜君」と呼ぶのでは、女の子を「〜さん」と呼ぶのに比べ、敬意が低いように思える。だから、男女を問わず「〜さん」と呼ぶのは好ましい。
 今は、「君」という呼び方自体をなくそうとしている時代だが、私の小学校時代は、男の教師が呼び分けるのは当然だが、女の教師が呼び分けてはいけない時代だったのである。もっとも、男の教師が「〜君」などと呼ぶことはめったになく、男女を問わず呼び捨てが普通であったと記憶している。

 問題は、乳幼児や小学校の低学年の子をなんと呼ぶかである。「〜ちゃん」という言葉は、「〜さま」から生じた「〜さん」をまだちゃんと発音できない小さい子が「〜ちゃん」と呼ぶことから生じたものと思う。「〜ちゃん」は、今でも、長崎で中学生に殺された幼児の呼び方に見られるように、今でもテレビ・ニュースでよく聞く。そこまで小さい子を「〜さん」と呼ぶことには、それが正しいかどうかは別として、私も感覚的には抵抗を感じてしまう。
 大人か子供かは別として、男女で呼び方に差を設けないことが一番だというのが、私の考えである。大人と子供の境界線を何歳に設定するかという問題が解決できたなら、大人はすべて「〜さん」、子供はすべて「〜ちゃん」でいいのではないかと思う。日本語で、さらに進んで性別、年齢を問わずに「〜さん」とするまでには時間がかかるだろうが、せいぜい Ms.(ミズ、未婚既婚を問わない女性への敬称)までが精一杯の英語よりはましであろう。

2004/04/22  木曜日  ジジババ食堂  
 学生時代、ジジババ食堂でよく食事をした。大学の近くにあるので、客の大半は学生で、入口にもっとちゃんとした店の名前があったような記憶もあるのだが、その名を覚えていない。当時から、店の名前をちゃんと覚えている客はほとんどなく、私も含めてみんなジジババ食堂と呼んでいたからだと思う。老夫婦が二人だけでやっていた。奥の厨房で料理を作っているお爺さんの顔を見ることは滅多になく、もっぱら陰気そうなお婆さんが料理を運び、客の応対をしていた。
 このお婆さんがかなり気難しい人で、忙しかったり気に入らない客だったりすると、注文をかえさせることがよくあった。カツ丼を注文すると、「天丼やったら、はよできまんのやけどなぁ」という具合にである。それでも、店は連日にぎわっていた。味も悪くない上に、何よりも安かったからである。

2004/04/21  水曜日  公私混同  

 小泉首相が、イラクで最初に人質にされた3人を取材するテレビの前で非難した。もともとイラク戦争に反対だった一部の家族に、「責任を取れ」と非難されて「切れた」ためかもしれない。
 人質の中に僅か18歳の今井君がいた。3人の家族への外国人記者団のインタビューの席で、オランダ人記者が今井君の父親に質問した。父親とほぼ同い年だったと思う。「なんで18歳をあんな危ない所にやったのか? 私ならやらない。」という質問だった。今井君の父親は、「息子は18でも、大人の判断で行った。父として誇りに思う」と答えた。聞いた方の気持ちも聞かれた方の気持ちも私も一応父親なので分かる。しかし、今の時代、息子を完全に支配できる父親がどれほどいるだろうか? 世間で「間違っている」とされることをわざとする子供が多い時代に、今井君は自分で「正しい」と思ったことを実践するために危険な土地に渡ったのである。自分の教育の結果かも知れないという迷いを持つ父親が、息子の決断に反対したとしても、説得しきれなかった場合は、阻止することは難しかっただろう。
 家族に心配をかけるというだけのことであれば、国家の命令で行く自衛隊員も、勤め先の命令で行く商社員も、自発的な意思で行くフリージャーナリストなども、無事に帰ってきてほしいとその家族が願うという点では同じことである。その間の扱いに国家が差を設けていいものだろうか?
 人質となった人たちが自己責任を負うべきだということは私は否定しないが、国家としては、すべての日本国民の救出に全力を尽くし、そのことに恩着せがましいことを言わないというのは当然のことと思う。日本人にも自分の意思で動く人がいることを知らしめたという意味で、今井君たちの功績は大きいと私は思う。
 とにかく、小泉氏の発言は「私憤」に過ぎないと思う。公人の立場にありながら、この人は公私の区別をつけることが苦手らしい。自分が週刊誌の編集者ではないことぐらいは弁えてほしい。

2004/04/16  金曜日  二つの訃報  
 報道で二つの訃報を知った。一人が私の予想に反して若く、一人が意外に歳をとっているのに驚いた。思っていた以上に若いと思ったのは、漫画家の横山光輝氏であり、私は80代だと思っていたが、新聞によるとまだ69歳だったということである。子供のころ、鉄人28号を読んだ記憶があるのだが、横山氏が最初に鉄人28号を描いたのは、まだ21歳のときのことだったということを初めて知った。
 意外に歳をとっていたと思ったのは、作家の鷺沢萌(さぎさわ・めぐむ)氏である。本名は松尾めぐみとのことである。享年35歳ということだが、若い女性で、若い世代に人気のある作家だということを知っていただけに、意外と歳をとっていたことに驚いた。作品を読んだこともあるが、ついて行けずに途中で放り出した記憶もある。
 鷺沢さんの死因は、はじめ心不全と発表されたが、実は自殺だったことが今日の朝刊に載っていた。担当編集者によれば、「新作の評判もよく、自殺する理由は思い浮かばない」とのことだが、逆にいうと、評判がよかったからこそ、憂鬱になったのかも知れないと思った。もう35にもなった人としては、これ以上若者向けの作家であり続けるのは、今度が限界だと思った可能性もあると思う。
 一部の新聞が、鷺沢さんの作品を「在日文学」と紹介していた。鷺沢さんは、お祖母さんの一人が朝鮮半島の人であり、4分の1のコリアンではあるが、生まれも育ちも言葉も本人の帰属意識も完全な日本人であり、語弊があることを承知でいうと、「血」も4分の3は日本列島にルーツがある。鷺沢さんが小さい頃から「カッコイイ」と思っていた、お祖母さんの一人がコリアンであることを知ったのは、20歳のときだったという。お祖母さんの思いに近づきたいという思いも創作のバネになったとは思うが、鷺沢さんは全くの日本人であり、「在日文学」という紹介に悪意はないとは思うものの、正確さを欠いていると思うし、たまたま在日である人が書く文学に共通点があるはずだというのも、思いこみに過ぎないと思う。
 横山氏の鉄人28号は、私も小さいころ読んだが、あまり熱心な読者ではなく、むしろ大学生のころに「三国志」や「項羽と劉邦」を読んだ記憶の方が大きい。火事による全身やけどが死因ということで、鷺沢さんともども、死ぬまで健康な人だったのだろうなぁと思った。

2004/04/09  金曜日  アラバマとアリゾナ  
 旦那が映像つきで「アラバマ」にいるという電話を自宅にかける缶コーヒーのCMが流されている。背景には荒涼たる砂漠の中に大きなサボテンの木が立っている。背景は実は書割(芝居の大道具)のようなもので、それが倒れると浮気が発覚するという仕掛けになっている。
 アラバマは湿潤な南部の州であり、砂漠などがあるとは思えない。恐らくはアリゾナとの混同であろう。私もアトランタ(ジョージア)からニューオーリンズ(ミシシッピ)に行くとき、アラバマ州を通過したが、砂漠などなさそうなところである。そのことを知っている奥方は、何度も「アラバマ」と言わせたのかも知れない。アリゾナにはグランド・キャニョン見物で行った。およそ水気のない荒涼たる風景には、十分も見ればもう十分だという印象しか残っていない。右はそのとき撮った写真である。

2004/04/03  土曜日  もがな  
 百人一首に「もがな」という言葉が出てくる歌が次の4首ある。

  名にし負はば逢坂山のさねかづら人に知られでくるよしもがな
 あらざらむこの世のほかの思ひ出に今ひとたびの逢ふこともがな
  君がため惜しからざりし命さえ長くもがなと思ひけるかな
  忘れじの行く末までは難ければ今日を限りの命ともがな
 「もがな」は、願望を示す終助詞で、名詞につくのが本来の用法だったと思う。上の2首がいずれも名詞に接続している。

 ひところ、「サンゴ族」という「族」がいた。「サンゴ」は「三語」と書き、家に帰ると「メシ、フロ、ネル」の三語しか言わない亭主を指していた。「もがな」は、現代語でいえば、さしずめ「くれ」にあたるような気もする。「メシくれ」はいいとしても、「フロくれ」や「ネルくれ」は明らかに日本語として変である。

 現代の日本語にも、「もがな」は、「無くもがな」「言わずもがな」という形で生き延びている。いずれも名詞には接続していない。こういう場合は、「無く」や「言わず」のあとに「ということで」と補うと意味が分かりやすい。「無くもがな」は、上に挙げた4首の最後にある「長くもがな」と全く同じ用法である。

 4首のうち、最後の「ともがな」は現代からは分かりにくい。「命もがな」なら「命をくれ」ですむだろうが、これは、「命(ということであって)ほしい」と解釈すると分かりやすい。「無くもがな」や「言わずもがな」も、「無くということであってほしい」「言わないということであってほしい」と解釈できる。

 最後の歌は、女性の歌である。男性から言われた「(君のことを)忘れないよ」という言葉がいつまでも本当であることは難しいから、今日限りの命ということであってほしい」、つまり裏切られるのが怖いから、いま死んでしまいたいという激しい歌である。

 百人一首には、もう一つ「もがもな」という言葉を含む歌がある。「もがも(な)」は奈良時代の言葉であり、万葉調を復元しようとした鎌倉幕府の3代将軍源実朝の歌である。

   世の中は常にもがもな
   渚漕ぐ海士(あま)の小舟(をぶね)の
   綱手かなしも

 政治に翻弄され、最後に暗殺された実朝が、漁師の姿を見て、「世の中は一定不変であってほしい」という願いを歌った歌である。