よしなしごと2004年3月

  春望  席を譲る  婚外子

広島球場の蜘蛛男  回転ドア


2004/03/31  水曜日   回転ドア   
 東京の六本木ヒルズなるところで、小学校入学を間近に控えた子供が、電動回転式のドアに挟まれて亡くなった。まさに、今の時代を反映する事件というか、事故であった。
 回転ドアは、1946年生まれの私が、あの事故でなくなった子供ぐらいだったころから、横浜にはあった。もちろん、そのころ、「六本木ヒルズ」なる、面妖なものはなかった。回転ドアぐらいなら、あったことはあったのだが、電動式ではなく、人間が手で押して入る「原始的」なものであった。それより遅れて体験した「下り」のエスカレーターのほうが、よっぽど怖かった記憶がある。

 メリーゴーラウンドのような回転ドアを見つけたら、子供なら我さきに突進して入ろうとするのは当然だろう。電動式の回転ドアのなかった私の子供時代には、あのような事故はありえないが、仮にあったとしても、「進歩」が神であったあの時代なら、「親がなぜ目を離したんだ!」ということであっさりおしまいにされたことだろう。

 手動式の回転ドアなら、子供が挟まったことに気づいた大人は、「ごめん! ごめん!」と謝って回転を止めればよく、子供を死なせるなどということはありえない。
電動式の回転ドアは、人間が自分(機械)に合わせることを前提に造られている。それにどんな危険がともなうかを考えもしない子供たちばかりでなく、知ってはいても身体の動きがままならない老人たちにも犠牲者が出る可能性は十分にある。老人は子供のように突進をする心だけでなく、同時に予期せぬ事態にすばやく対処する身体の動きまでも失っている。
 つぎつぎと人が入ってくる建物ならば、森ビルには、回転ドアなど導入せずに、在来のドアを開けっぱなしにしておくという選択肢もあったはずである。しかし、そうしなかったのは、どうやら冷暖房対策のためらしい。回転ドアなら常に「閉まっている」ことになるため、経費が節約できるということらしい。
 オランダのアムステルダムの空港で、男子トイレの清掃費用に悩む当事者の会議があったとき、ある人が、男子トイレの小便器のド真中に蝿の絵を描くことを提案した。利用客のほとんどがその蝿におしっこをかけようとするために、外に飛び散る量が激減し、空港としては年間数億円の節約となったという。
 通り抜ける人の年齢にも配慮ができる程度にまで、人の心をインプットされた電動ドアを、どこかのメーカーが開発する時が仮に来るとしても、まだまだ先の話だろう。それまでは、電動式回転ドアがある限り、今回のような痛ましい事故は起こりうる。一つの進歩のためには、一つの配慮が必要だということを、新たな技術を開発する人には、肝に銘じてほしいものである。

2004/03/26  金曜日  広島球場の蜘蛛男  
 生徒と話していて、そのうちの一人が広島(カープ)ファンだということが分かった。両親が広島出身なのかと聞いたが、どうもまるで縁がないらしい。広島の選手に詳しいので、嘘ではないということが分かった。
 昨日のニュース・ステーションで、広島にもいた江夏や広島ファンの久米宏がそろって今年の最下位は広島だといっていた。赤ヘル軍団はもう遠い昔話となっているのだが、佐々木の再加入だけで横浜にも抜かれるかどうかには疑問が残る。
 生徒たちは、むかし広島球場に現れた蜘蛛男を誰も知らなかった。巨人戦のさなかに、月光仮面姿の男が突然バックネットをよじのぼり、登り詰めたところで垂れ幕を垂らした。そこには、「読売巨人軍は永遠に不潔です」と書かれていた。広島に住むカープファンで、すぐに逮捕されたが、どうやらお説教だけで済んだらしい。
 言うまでもなく、「永遠に不潔です」は、「永遠に不滅です」のもじりである。「永遠に不滅です」と言った人は、いま病床にあるが、さいわい症状は軽いようである。しかし、巨人を動かしているのは、今も昔も、その人ではない。

2004/03/10  水曜日  婚外子  
 他人の戸籍を見せてもらったことが何度かある。母子家庭で姉と弟の父親が違っている例があった。しかも、姉は「長女」だったが、弟は「長男」ではなく、単に「男」と記されていた。弟は母親が離婚後に再婚しないまま産んだ「婚外子」だが、姉は結婚していたときの子供だからである。
 このような「嫡出」かどうかによる戸籍記載の差別が、ようやく撤廃の方向に向うことになった。法相は年内の実現をめざすという。家督相続がなくなって以来、出生の順序を記載すること自体、すでに意味を失っていたはずである。
 ずっと一緒に住んでいる父親を、裁判でようやく実の父親として認めさせたという事例も聞いた。母親の前の夫が失踪し、再婚が認められない期間に今の夫との間に生まれた子だったからである。実の父親の戸籍に入ることはできず、まだ前の夫の戸籍にいる母の戸籍に入るほかはなかった。学校では実の父親の姓を名乗りながらも、戸籍上は、自分にとって縁もゆかりもない男性の子ということになっていたのである。
 結婚しているかどうかは、両親の間のことであり、子供にとっては関係のないことである。こういった不合理が起こるのは、日本と韓国、台湾にしかない家族単位の戸籍制度に原因がある。戸籍上の家族が実態を反映していないこともしばしばだ。
 婚外子を別扱いすることに意味があるとすれば、相続との関連しか考えられない。下記のページを見ると、欧米では、この点での婚外子差別はすでに撤廃されているようだ。現在の日本の相続制度では、遺産の半分は配偶者がとり、残りを子供たちが分けるが、婚外子には半分の権利しか与えられていない。これを平等にしても、配偶者が亡くなったときには、婚外子にはその遺産は来ないのだから、婚外子はそれだけでも不利である。その上に、このような差別を残す必要はないように思われる。
http://www.geocities.co.jp/NatureLand/2255/page020.html

 
私自身は、両親が結婚していたときに生まれたので、異なる姓の両親の名の下に「長男」と書かれているのだが、これと区別して単に「男」「女」と書くことは、子供に生まれてきてはいけなかったと告げるようなものである。婚外子差別の撤廃は当然のことだが、遅きに失したという気がする。改正が記載法のみにとどまらず、相続にまで及ぶかどうか、見守りたい。
2004/03/02  火曜日  席を譲る  
 昨日の退勤電車の中でのことである。途中の駅で「おじいさん」が乗ってきた。振り向いた若い女性が席を譲った。どうも相手が一人だと思ったようである。しかし、「おじいさん」には「つれ」がいた。二人とも元気そうな老人である。互いに譲り合って二人とも座らず、席を譲った若い女性も立ったままで、私が降りるときまで空席状態が続いていた。
 こんなことを繰り返していたら、若い世代が席を譲らなくなるのは当然のことと思う。二人の元気な老人は、お礼だけは言ったのだが、時間を分けて交互に座るぐらいのことはして欲しい。譲った人の好意を無にすることになり、失礼ではないのかと思ったものである。
 若いころ、なんと一回りぐらい上の男性に席を譲られたことがある。その人の前で、私はまだ幼い子を右腕で抱え、左手で吊革をつかんでいた。子供は遊び帰りに急に発熱し、ぐったりと私にもたれかかっていた。席を譲られて驚き、辞退したのだが、男性は、逃げるように隣の車両に消えてしまった。ありがたく座らせていただいた。
2004/03/01 月曜日 春望  
 高校生のとき、杜甫の「春望」という詩を暗誦した。「国破れて山河在り」というその歌い出しを小学生のころに覚えていたので、授業で教わったときに全部覚える気になったのだと思う。

 この詩の中に「烽火三月に連なり」という句がある。「三月」は、そのままでは「さんがつ」と読みそうだが、3ヶ月という意味で「さんげつ」と読むのだと教わった。「春望」なのだから、「さんがつ」ととってもいいのではないかと思った記憶がある。しかし、それでは後続の「家書万金に抵(あた)る」という句との関連が断ち切られてしまうということから、その解釈は否定されている。

 「烽火」とは本来は「のろし」のことだが、ここではそれを象徴として、「戦争」を意味している。「家書万金に抵る」とは、家族からの手紙が貴重であることを意味する。対句となっているこの二句を関連づけるには、「戦争が三ヶ月も続いたために、家族からの手紙がめったに来ない」という解釈をするほかないということである。
 国語の教師が読む雑誌で、ある高校の教師が、「さんげつ」という読み方の不自然さを回避するために、「烽火連なること三月(さんげつ)」という読み方を提唱しているのを読んだことがある。一瞬なるほどと思ったが、これでは対句になっている二句の返り点の打ち方がそろわなくなってしまう。そういったことから、今では「烽火三月(さんげつ)に連なり」という不自然な読み方に納得するようになっている。
 小学生のころに「国破れて山河在り」を覚えたのは、つい10年ほど前の戦争を振り返る映像がニュース映画やテレビに出るときに、よくこの句が文字として添えられていたからである。「春望」の「望」は「希望」の「望」ではなく「展望」の「望」である。詩を最後まで読んでも、人事を顧慮しない自然の営みと対照させた自分の身の不幸を嘆く声しか聞こえてこない。あのころ「春望」が盛んに引用されていたのが、そういう詩の内容をも踏まえてのことだったかどうかはよく分からない。
 今日から三月、いよいよ春である。だいぶ前から暖かくなってきた今、希望をもって春を迎えたいと思う。