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よしなしごと2003年9月
★ ネクタイをしめて 水掛け論
砂岩 愛人 ゆんで 変身 ルール
2003/09/28 日曜日 ルール 
本サイトがサイト内検索の提供を受けている Cocoda
Express から毎月利用状況についてのレポートが来る。それによって、どのような検索語で検索が行なわれたかが分かるのである。今回の検索語の一つに「駄目の語源」というのがあった。「駄目」がもともと囲碁の用語だったことは知っているのだが、私はこの日記の井目風鈴中四目という記事に書いたとおり、勝負事には弱いので詳しい説明はできなかっただろう。そこで、google
で「駄目 語源」と打って検索してみると、下記のようなどんぴしゃりのページに行き当たった。囲碁に語源のある日常語が多いことに驚く。なお、検索の仕方についてだが、「駄目の語源」で検索しても、このページは出てこないので、もし検索された方がこの記事をお読みであれば、参考にしていただきたい。
http://www.geocities.co.jp/Bookend/4373/vol_048.htm
さらに囲碁について検索を続けてみると、中国では白黒2つずつ、朝鮮では8つずつ初めに置石をして打っていたのであり、置石なしで打つ現在の碁は日本で始まったものだということが分かった。今では中国でも朝鮮でも置石はしないという。
http://www.daigosho.com/tishiki/jp.htm
囲碁は、白黒の石を置きあうというだけの一見単純な遊びで、「コウ」以外にルールらしいルールはない。しかし、ルールがないだけに展開は多彩となる。置石をやめたことで展開がさらに多種多様になったことは間違いない。
碁敵(ごがたき)の仲は深いという。同じぐらいに多彩な展開を読み切れる腕前の持ち主同士でないと、対局しても面白くないからだろう。これに対して麻雀は、ルールが複雑な上に運もともなうので、広く仲間を求めることができる。こう考えてみると、ルールというものは、より多くの人がが同時に楽しむためにあるものだという気がしてくる。
なお、朝鮮語では碁も将棋も「置く」というのだが、日本語では碁は「打つ」、将棋は「さす」と使い分ける。日本の将棋の駒が中国や朝鮮の駒が丸いのと異なり先がとがった五角形だからかも知れないが、表現を細かく分けるのは日本語の特技である。野球の場合、連打は「浴びせる」、ホームランは「見舞う」、ゴロは「呈する」、フライは「打ち上げる」、バントは「ころがす」という具合である。
2003/09/25 木曜日 変身 
よく読書感想文の題材とされる小説にカフカの『変身』がある。主人公がある朝めざめると人に忌み嫌われる毒虫の姿になっている。しかし、心は以前と少しも変わっていない。私が学生だったころには、人間はどんな過酷な運命の中でも生き続ける不条理な存在だということを示す話として、ひどく深刻に受け取るのが普通であった。しかし、最近では、自分はもうすっかり別の存在になってしまったのに、まだ以前のままの存在だと思い込んでいるという人間の自意識の滑稽さを描いた作品であって、むしろ喜劇なのだという解釈が盛んであるようだ。時代の制約だったのだろうか、そんな解釈を昔聞いた覚えはない。
人間は眠るたびに夢を見る。しかし、そのほとんどを目覚めたときには忘れてしまう。最近、珍しく起きてからも覚えている夢を見た。夢の中で目覚めると、何者のしわざか分からないが、私はモヒカン刈りになっていた。鏡を見ながら、こんな頭で授業するわけにはいかないから丸刈りにしたい、しかしそれでは時間に間に合わない、などと悩んでいるうち、今度は本当に目が覚めた。
2003/09/17 金曜日 ゆんで 
今日の授業で「左手」と書いて七五調にのせるにはどう読めばいいかという話をした。3拍でなければならない文脈なので、「さて」でも「ひだりて」でもダメである。正解は「ゆんで」であり、「弓手」という意味である。正解を言った上で、では右手はと聞くと、「やて」という答が出た。
正解は「めて」であり、「馬手」とも書く。「馬」という漢字は漢音で「バ」、呉音で「メ」と読む。すぐれた馬をさす「駿馬(しゅんめ)」という言葉がある。
そこで、「やぶさめ」を知っているかと聞いてみると、かなりの生徒が知っていた。馬を全速で走らせながら、背中の箙(えびら)から矢を抜き、的を射る競技である。その瞬間以外は、馬の手綱を持つ手が右手であり、矢を射る瞬間に備えて弓を持ちつづける手が左手である。
いつのころからか、「田原坂(たばるざか)」という歌を覚えた。戊辰戦争のころ熊本で歌われた歌だと思う。その歌詞に「めてに血刀、ゆんでに手綱、馬上豊かな美少年」とあった。敵と刀で斬りあうにはやはり右手でなくてはならず、その間、手綱を臨時に左手に持ちかえたということなのだろう。
それにしても、日本語には「ゆん」という2拍を含む言葉が少ない。大型の建設機械である「ユンボ」(語源不明)ぐらいしか思いつかない。
2003/09/08 月曜日 愛人 
「愛人」と言えば、日本語では「日陰者」ということである。つまり、結婚している男性がよそにつくった愛人ということである。ところが、同じ漢字で書く言葉が、中国語ではれっきとした「妻」という意味になっているというから驚く。ちなみに、「愛人(恋人)」のことは「対象」と言うらしい。
「愛人」という漢語的な表現が広く行なわれるようになったのは、それまで一般的だった「めかけ(←目掛け)」という表現が余りに直接的だったからかも知れない。関西で「てかけ(←手掛け)」ということを関西の大学に入ってから知って、もっと直接的だと驚いた。
結婚した夫婦が「おとうさん」「おかあさん」と呼び合うのは、子供の立場に立つからだという説もあるが、上下関係のない対等な表現だからだという説の方に説得力を感じる。
「おっと」という言葉の語源は「男人(おひと)」であるという。それに対して、「つま」というのは、「けん(千切りにした大根)」などの刺身の「つま」と同様、「はし(端)っこ」という意味らしい。「つま」は、古くは「夫」の意味でも用いられており、互いに「つま」と呼び合ったようであるが、女性側をのみ「つま」と呼ぶのでは「そえもの」という意味になってしまうので、「おっと」と対等な表現とは言えない。対等さを求めるのなら、「めっと」とでも言えばよいのだろうか?
「おっと」という言葉は、昔は「良人」とも書いた。悪い「おっと」もいるのに、なぜこんな書き方をするのかと読書感想文に書いた女生徒がいた。ところが、最近、老若を問わず、自分の夫のことを他人の前で「主人」と表現する「つま」が増えている。以前は他人の前では、「夫」とよんだり、夫の苗字(自分の苗字でもあるはずだが)でよんだりするのが普通であったように思う。
若者が敬語を知らないと言われる一方で「〜させていただきます」というようなバカ丁寧な「ファミコン(ファミレス+コンビニ)語」も、若者の間で何の疑いもなく用いられている。無難さを求める一方で、裏で舌を出せばいいと考えているのではないかと、私は邪推している。
2003/09/05 金曜日 砂岩 
今年の夏は、横浜に帰って傘寿(80)を迎えた母に会ったほか、広島と南紀白浜に行った。白浜に行ったのは学生時代以来なので、実に久しぶりである。三段壁(sandanbeki)という巨大な岩の塊に行った。福井県の東尋坊と並ぶ自殺の名所ということで、「ちょっと待て、死んで花実が咲くものか」という立て札をよく見た。三段壁に近い海岸で、右のような石を拾った。
何に興味を感じたのかというと、三段壁というのは、砂岩の巨大な塊であり、手で拾えるほどの小ささの右の石はそのミニチュアだということであった。砂が凝り固まったものなので、スキャナーで拡大すると、左のように完全な砂である。
石のように見えても所詮は砂であるから、プラスチック(可塑的)である。つまり彫刻がしやすい石であり、岩である。
それだけに夜陰に乗じて落書きをする若者が多い。観光客がたくさん来る昼間に彫るとは思えないが、夜中に三々五々集まってきては彫るのではないかと思った。自分の名前を残して恥ずかしくないのかと思った。三段壁は、自然の貴重な造形である。そこに平気で落書きをする若者を育てたのは、戦後の民主教育などではなく、戦後の経済成長第一主義と日本語教育の軽視だと私は思っている。
2003/09/02 火曜日 水掛け論 
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暑い盛りに、相手かまわず
水を掛け合うソンクラーン祭りを
描いたタイの切手。初めから水を
掛けられる覚悟なら、喜びこそ
すれ、誰も腹を立てない。 |
双方が際限もなく自分の主張を繰り返して進展の見られない議論のことを「水掛け論」という。その語源については、私の理解は次のようなものであった。むかし、日本の道は舗装がされておらず、乾けばほこりが飛び交い、降ればぬかるみというのが普通であった。夏の暑いころには、ほこりが飛び散らないように、よく家の前に水をまき、これを打ち水といった。気化熱により、しばらくは家の前が涼しくなるので、来客への心配りにもなった。
しかし、打ち水をする際には、通行人に水をかけないよう、気をつけなければいけない。ところが絶対に水を掛けないで済むという保障はない。水をかけられた通行人が「お前が気をつけてまいていないからだ」と言えば、まいていた方は「お前が気をつけて歩いていないからだ」と応酬することで、何の進展もない「水掛け論」が延々と続く……というのが、私の思っていた「水掛け論」の語源である。
ところが、よく調べてみると、「水掛婿」という狂言があり、そちらが語源だという説もある。しゅうととむこがそれぞれ自分の田に水を引こうとして喧嘩になり、水の掛け合いを始めるという筋で、これこそ「水掛け論」の語源だというのである。
水掛け論の語源はさておき、打ち水をして通行人に水を掛けた場合、悪いのがどちらかと言えば、私はやはり水を掛けた方に非があり、「水掛け論」の余地はないと思う。そんなことを考えたのは、授業で、生徒に最近のニュース(スポーツ、芸能関係を除く)について、作文を書かせたのがきっかけである。
圧倒的に多かったテーマは、少年犯罪であり、とくに長崎で中1が幼児を殺した事件についての作文が多かった。その中に、「子供から目を離した親も悪い」と書いた生徒がかなりいたことに驚いた。悪いのが殺した中1であることは言うまでもない。
2003/09/01 月曜日 ネクタイをしめて 
九月になった。例年と同様、九月になったからといってすぐに秋になるというものではないが、例年より遅かったとはいえツクツクホウシの声が聞こえる。季節は着実に秋に向かっているのだろう。「思春期」という言葉がある一方で、「思秋期」という言葉はあまり聞かない。春が今か今かと待ち望まれるのに対して、秋はいつの間にかしのびよってきて、それが誰の目にも明らかになったときに「ああ、秋になったんだなあ」と気づかれる季節であるようだ。
あまりに暑いのはたまらないが、私は夏が好きである。何より身軽でいられるのが好ましい。ユダヤ人の伝説によれば、人間が人間になったのは、禁断の知恵の実を食べて、裸でいることを恥ずかしいと感じたときに始まるという。しかし、人間も生き物である以上、裸でいることが快適であることは言うまでもない。人間にとって最も快適な温度は18℃だというが、これは人間が服を着ることを前提にした数字であり、体表温度としては30℃が最も快適だということである。それなら、夏の日本では、裸でいることが最善ということになる。
高校生時代、当時朝日新聞の看板記者であった本多勝一がニューギニア高地人の村に住み込み、そのルポルタージュを新聞に連載していた。男同士で「”ゴサガ”って知っているか」と話しているのを女生徒が横でにやにやして聞いていたのを思い出す。ゴサガとは、本多が住み込んだ村に住むモニ族の言葉で、細長いひょうたんを男性の一物にかぶせ、ひもでそれを固定する衣装のことである。しかし、これも立派な衣装なのである。この連載記事によれば、高地人の村に住み込んだドイツ人の若者が素裸で暮らそうとしたところ、地元の女たちが悲鳴をあげて逃げ回り、男たちは笑い転げるという大騒ぎになったという。ドイツ人は、ささやかな衣装を衣装とは思わなかったのであろう。こういう話を聞くと、知恵の実を食べた人類にとって、服を着るのは温度調節のためだけでないことは明らかである。
人間としてのつつしみを示すためには、ある程度暑さを我慢しなければならないということはあるだろう。男性にとってネクタイは、原色が許される唯一のおしゃれだから、他の季節ならいいのだが、高温多湿の夏の日本でネクタイをしめるというのは、我慢の限界を超えている。真夏でも30度を超えることがめったにない北欧で広まった習慣をそのまま日本で行なうことには無理がある。ネクタイをしめないだけでも、冷房をゆるくしエネルギーを節約することは可能である。省エネルックなるものがあれこれ工夫された時期があったが、最近あまり見かけなくなった半袖の開襟シャツで十分ではないかと思う。
今年はパリやロンドンでも40度近い日が続いた。今年は極端だとしても、このようなことはこれからもありそうだから、夏場のネクタイの見直しは、日本よりむしろ本場のヨーロッパで先に始まるかも知れない。
単なる慣れという面もあると思う。昔のサラリーマンは、みな帽子をかぶっていたが、今日では誰もかぶっていない。それと同じことのような気がする。
私もそうだが、学校の教師の場合、夏場にネクタイをしめていても、みな半袖シャツで、上着まで着ていることはまずない。しかし、これがサラリーマンとなると、真夏でも上着を着ていたり、シャツも長袖だったりするから大変だ。残暑が長引けば、秋も春なみに待ち望まれる季節となることだろう。

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