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よしなしごと2003年6月
★ 不朽と速朽 ニッポン昔ばなし 長身
カミナリとイナヅマ 干された湿原 なぜ佐渡に集ったか?
与作は樹を伐る 「よくどうしい」と「もうせん」
2003/06/28 土曜日 「よくどうしい」と「もうせん」 
東京都多摩市の方言を集めたサイトを見たことがある。私が子供のころには純農村地帯だったと思うが、今ではまったくのベッドタウンだと思う。横浜に育った私としては、「かったるい」「さんざっぱら」「よっぴて」などの懐かしい言葉もある。「うざって」という言葉は「気持ち悪い」と訳されているが、これが今流行りの「うざったい」の語源なのだろうか? 夕食のことを「よーめし」というようだが、最近の「よるごはん」を連想させる。驚いたのは、その中に「よくどうしい(欲張り、けち)」という言葉があったことである。この言葉は、学生時代に初めて神戸出身者から聞き、京都出身者が知らなかった。てっきり兵庫弁と思っていただけに、関東にもあることを知って驚いた。「あかんべえ」は、直訳すれば「だめだろう」ということと思うのだが、「いやだ」という意味で用いられていたようである。「いやだ」という意味で、下まぶたを人差し指で引き下ろす動作は、ここからきているのだろう。
私が子供のころ、大人たちに「悪い言葉だから使うな」と言われた「もうせん(最近、この間)」も、下記のサイトに載っていた。
http://www.din.or.jp/~squat/ooshima/tokyoben.htm
2003/06/20 金曜日 与作は樹を伐る 
下記の二つの記事に書いたことを授業でやった。「馬が走る」と「馬は走る」はどう違うかという設問を生徒にしたのである。一人の生徒が答えた。「『馬が走る』だと、馬はいろいろなことが出来るけれど、『馬は走る』だと走ることしかできない」。
http://homepage1.nifty.com/forty-sixer/shugo.htm
http://homepage1.nifty.com/forty-sixer/ha.htm
今朝の新聞紙上をにぎわした文化庁の(いまどきの若者が日本語を知らないという)調査は、こういう肝心なところで、今の子供たちも日本語人であることを見逃していると思う。
だいぶ昔のことだが、素人が作曲した歌を、専門家が何人か審査員となって、優劣を競うという番組をNHKがやっていた。その番組で優勝した「与作」という歌が、北島三郎の歌として商品化された。
「与作はきをきる」という歌詞で始まる歌を、北海道出身の北島が熱唱することで、この商品はヒットした。黙々と樹を伐る与作の姿を示すには、「与作が」ではなく、「与作は」と言わなければならない。
2003/06/17 火曜日 なぜ佐渡に集ったか? 
北朝鮮から帰国した地村、蓮池両夫妻が佐渡に住む曽我ひとみさんをそろって訪ねたことがあった。夫婦で帰っている自分たちと違い、一人で帰っているので励ましたいということであった。もちろん、そういう気持ちもあったとは思うが、それだけではないと思う。
行きたくて行ったところではないにせよ、自分たちが20年以上も過ごした土地のことを周囲の人たちは知らない。そこで、話が通じる人同士で集りたいと思ったのではないかと思う。拉致された土地でも人間の住む土地である以上、心が通じ合った向こうの人も少なくなかったことだろう。拉致は許しがたい国家犯罪であるが、これを機会に我が世の春とばかり隣の国の人たちへの偏見を煽り立てる人たちに、被害者たち本人が共感できるとは思えない。
2003/06/15 日曜日 干された湿原 
3月23日の「メソポタミア」という記事で、イラク南部に豊かな湿地帯があり、アシ舟に乗り漁業をしていたり、水牛を飼育したりして暮らすアラブ民族としては風変わりな生活を伝統的に続ける人々がいると書いた。しかし、これは情報が古すぎた。一昨日の読売新聞によれば、かつて日本の首都圏(東京、神奈川、埼玉、千葉)に匹敵する広さに約50万人の人々が住んでいたイラク南部の湿地帯は、僅か20年あまりのうちに、なんとその85%が干上がってしまったというのである。同紙に載っていた地図を右に添える。
湿地帯がこれほど急速に減少したのは、もちろん人為的な理由である。ティグリス・ユーフラテス川の流量は、上流でのダムの建設のために年々減っていたのだが、湿地にとどめをさしたのはサダム・フセイン政権だという。イラク南部は、イスラム教シーア派の拠点である。シーア派は、全国的にも人口の60%を占めるが、スンニー派のフセイン政権に忠実でなかったために目のかたきにされた。
湿原での軍事作戦は、イラク軍にとってやりにくかった。そこで、フセイン政権は、湿原に流入する水をせきとめる堤防を各地につくり、この地域を戦いやすいように乾燥化させたという。ベトナム戦争のとき、解放戦線の拠点となったメコンデルタに、米軍が枯葉剤をまいたのを思い起させる。
国連の援助で、湿原の回復計画が始動したとのことだが、いったん失われた自然をもとに戻すには長い年月がかかり、成功の保障はない。すでに都市に流入したり、乾いた土地で新たに農業を始めたりした人々が、すでに世代交代も進んでいるため、必ずしも昔の生活にもどろうとはしていないという問題もあるとのことである。
2003/06/10 火曜日 カミナリとイナヅマ 
近所に落雷があり、ガラスなどが割れた。カミナリという言葉は、「神鳴り」が語源であり、本来は音をさす言葉だと思う。しかし、最近では「カミナリが光った」という言い方をよく聞く。光のほうはイナヅマであって、カミナリではないはずである。「イナヅマ(稲妻)」という言葉は、よく光る年はイネの実りが順調だということから生まれたらしい。
カミナリの音はおどろおどろしいが、人間に実害を与えない。怖いのはイナヅマのほうである。地上への放電は、少しでも短いところに行なわれる。草野球中に急な落雷があった。ちょうど二塁に走者が滑り込み、野手がタッチしようとしたときのことであった。野手は即死したが、走者は無傷だったという話を聞いたことがある。落雷の瞬間の姿勢の高低が生死を分けたことは言うまでもない。
モンゴルに行くことになった人が、あの大草原でカミナリが鳴り始めたらどうしようと心配した。よく考えてみると、あのような乾燥地帯でそんなことは滅多にない。しかし、大草原にもまれには雷雨はある。そんなときに遭遇したら、確かに恐ろしいに違いない。
漢語では、「雷」はカミナリのことであり、イナヅマのことは「電」という字で表される。「電撃」とは、本来はイナヅマに打たれることである。人間は、恐ろしい「電」を「電気」というかたちで少しずつ使うことで近代文明を築いた。役立つものは、本来は恐ろしいものである。病気を治す薬も、同じ生き物である病原体を殺すのだから、本来は毒であるに違いない。
「落雷」という言葉も、考えてみればおかしい。落ちるのは「雷(カミナリ)」ではなく「電(イナヅマ)」だと思うからである。しかし、地上が光るのが一瞬であるのに対し、雷の音はあちこちに反響して恐ろしい。そう考えるなら、「落雷」という言葉こそ、人間の感覚に忠実なのかも知れない。江戸時代に無敵と言われた雷電為右衛門という力士がいたことを、時代劇で育った世代としては思い出す。
2003/06/05 木曜日 長身
私は長身である。大学のときにぴったり180pを記録したことがあるが、いまではそれに届かない。学校に勤めていると、生徒の体格を測定する機会がある。養護教諭だけでは時間がかかりすぎるので、授業のあいている教師がその手伝いをする。そういうとき、私はたいてい身長の係に回される。そして、最後に自分の身長を他の教師なり生徒なりに計ってもらうのである。
私は、高校に入ったとき、やっと150pを超えるぐらいであった。中学のとき、友人が二人家に遊びにきたとき、「あんた、谷底みたい」と母に言われた覚えがある。今の高校生には入学の時点で私より高い生徒はいくらでもいるのだが、一方で、小さい生徒も多い。ところが、その中に卒業時に見違えるほど大きくなる生徒も珍しくない。ただし、これは男子の場合であり、女子の場合は、ほとんど中学までで垂直方向の伸びはとまっているようである。
大学時代、193pという先輩がいた。小柄な彼女と歩く後ろ姿を見ると、つい笑いたくなってしまったのを思い出す。本人の話によると、初対面の人に必ず「大きいですねえ」と言われるという。感きわまったように言う人がいると、「ほっといてくれ」と言いたくなるという。向こうは、珍しいから感きわまるのだろうが、それが日常である本人にとっては、たまったものではないだろう。
2003/06/04 水曜日 ニッポン昔ばなし
一日の日記で生徒に川柳をつくらせていると書いたが、その中につぎの2句があった。それぞれの句につき、適当な作者名も記すように言ってあるので、実は同一の作者である。
@ 海原を大きな桃がどんぶらこ(漂流桃太郎)
A 光る竹おのできったらまっかだよ(裏かぐや)
桃に入った桃太郎は、おばあさんに拾われたからよかったようなものの、川で誰にも拾われなかったら、そのまま海に流れ込み、拾われるあてもないまま、漂流を続けなければならなかっただろう。漂流中に桃も桃太郎も大きくなるのだろうか? タンカーに拾われたら、中からおじさんが出てきましたでは、昔話にはならない。
Aは恐ろしい。竹取のおきなは、根元が光る竹を見つけて不審に思ってきった。中に小さな女の子がいるなどとは夢にも思っていない。だとすれば、それとは知らぬまま、かぐや姫を殺してしまうということは、ありうることである。
Aをみて、作者を男子と思った人が多いのではないかと思うが、女子である。最近の女の子は、つくづく恐ろしい。
独断と偏見で、ベスト10を完成しておく。丸数字は、数を数えただけで順位ではない。
B やせぐすり財布ばかりがやせ細る(三段腹)
C 電話ではどんな母でも別の人(子羊)
D アンパンマン替わった顔はどこへ行く(アニメ好き)
E 香港に白いマスクをかぶせたい(WHO)
F 就職難北朝鮮まで亡命か?(ハンミちゃんの遠い親戚)
G 夫婦喧嘩ふとんの中が防空濠(永世中立)
H なかぬなら私がなこうホトトギス(理想日本社会)
I 田中さん半年たったらサラリーマン(小柴昌俊)
2003/06/01 日曜日 不朽と速朽 
魯迅の「阿Q正伝」の冒頭に、これは不朽の文学ならぬ「速朽」の文学だという断り書きがある。常に歴史を意識して文章を書く魯迅にとっては、この小説の主人公のような否定的な中国人像は、速く過去のものとなってほしいという願いもあったのかも知れない。
今の時代に、「不朽」という言葉は流行らない。私の学生時代には、「不朽の名作」を集めた文学全集がたびたび刊行された。文学全集は、よく売れるのが常であり、出版社にとってはドル箱であった。不朽中の不朽の本を集めた岩波文庫の100冊を全部読まなければ一人前の教養人ではないなどという強迫観念すらあった時代である。それから、三十年余り、かつて不朽と思われた著作の多くが、不朽であることを早くも疑われるようになっている。
しかし、私たちの世代も、実は、「不朽」ということを信じていたわけではない。つぎつぎと現われる新人歌手や流行現象を、周りの大人たちが「あんなのはすぐにすたれる」と言っていたのに違和感を覚えた記憶はなまなましい。速朽であるということは、あの世代にとっては、絶対的にだめなものだったのである。しかし、新人歌手は、一時でも名を売れば青春の野心が満たされる。インベーダー・ゲームやルービック・キューブはすぐにすたれてもそれで稼いだ金は、次の事業のもとでとなる。不朽を求めない人にとって、速朽だからだめだなどという論理は通用しない。
新人歌手を「歌が下手だから、すぐ消える」という大人たちを、私たち若者は「分かってないなあ」という冷ややかな目で見ていた。不朽を信じない私たちの世代が親となり、社会の第一線に立つようになったのだから、次の世代が速朽ばかりを追い求めるようになったのも、仕方のないことなのかも知れない。仕方がないと言ってはいけないのだが、少なくともそれを批判するときには、我が身をも省みる謙虚さが必要と思う。
目下、授業で生徒に川柳を作らせている。川柳とは、まさに速朽の文芸かも知れない。第一生命の1999年度のサラリーマン川柳の第2位は、「女房が 腹でしてみる だっちゅうの」であった。今の小学生では、もう「パイレーツ」も知らないに違いない。生徒の作品を見ると、単にこっけいな情景を描けば川柳と思っているのが目立つが、私は「意外性」がなければ川柳ではないと言っている。不朽か速朽かは別として、表現力を磨くのに川柳は有効だと私は思う。

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