よしなしごと2003年5月

  筆順  左腕 身体言語の方言? 遥かなるガンダーラ
ホークスの身売り  あんじょう  補身湯

2003/05/29  木曜日  補身湯  

 文字通り、「身を補う湯(スープ)」のことである。朝鮮漢字音では「ポシンタン」と読み、かの地では、「ケヂャングック」という犬肉を煮た料理の別名となっている。犬の肉は精がつくということで、真夏によく食べられる。樹木に衰えが感じられたとき、犬の死体をその下に埋めると、木はたちまち勢いを盛り返すという。

 韓国の晋州(チンヂュ)で、この補身湯を食したことがある。1988年のソウル・オリンピックがまだ開催も決まっていなかったころのことである。店の前に真っ赤になった犬の頭がいくつもゴロゴロ転がっていた上、はっきりハングルで「ポシンタン」と読める看板があった。食してみたところ、二重に hot なのに驚いた。日本の鍋焼きうどんのような容器に、コテンコテンに煮詰めた犬肉(より野菜のほうがずっと多い)が出てきたのである。なにしろかの地の料理であるから、熱い上に辛かったという印象しかない。ときどき、粉末状になった肉らしきものが匙に引っかかったが、あれが犬肉だったのかも知れない。しかし、なにしろ、熱い上に辛いので、犬肉自体の味を聞かれても、ときどき引っかかる程度だったのだから、答えに窮するというのが本音である。おいしかったことは保証するが、とにかく熱くて辛い料理であった。

 ことわっておくが、私は、大の犬好きである。下記の記事に、小さいころ親友だった「クマ」という雑種の犬の写真を載せたこともあるほどだ。

http://homepage1.nifty.com/forty-sixer/bowwow.htm

 しかし、今にして思えば、犬の立場に立ってみれば、可愛がるにせよ、食べるにせよ、どうせ人間の身勝手であることにかわりはない。つぎつぎとかわるペットとしての犬種の流行が人間より短い犬の寿命より短いサイクルで変転する今の日本では、金で買う「純血」種の犬が高価に取引される中、「純血」か雑種かを問わず犬が買い換えなどの飼い主の都合で捨てられ、殺処分されている。犬を食べ、その命を引き取る食習慣より、このほうが遥かにおぞましく、犬にとってもひどい話だと私は思う。犬肉を食べる習慣は、中国や東南アジアにも古くからあり、日本でも珍しいことではなかったと聞いているが、その命を引き取る分だけ、ずっと文化的だと思う。

 朝鮮料理の中で、私が好きなものに「チュオタン」がある。「鰍魚湯」と書く漢語であり、メインは「鰍魚(どじょう)」である。どじょう鍋といっても、日本の柳川鍋などとは違い、鍋の中に水を張り、どじょうを自由に泳がせることから料理は始まる。その鍋はそのまま火にかけられ、最後の力をふりしぼって泳ぐどじょうはたちまち絶命する。そして、どじょうがふやけたころに火はようやく止められ、どじょうはザルに移されて、すりばちで徹底的にすりつぶされる。だから、「チュオタン」の中で、どじょうはいわば「隠し味」に過ぎず、実際に目につくのは野菜ばかりなのである。

 何でも食いたがる人間というものは、神に背いた最悪の生物かも知れない。ユーカリの中でも限られた種のユーカリの葉しか食べないコアラは極端だとしても、他の動物は、持って生まれた遺伝子が命ずる食物を自然の状態のままで食べる。食習慣は後天的に変わることもあるが、本来肉食獣だったジャイアント・パンダが笹を主食とするまでには、長い長い年月を要したようである。

 日本で人気のある牛肉はやはり和牛であるようだ。脂肪の豊富な「霜降り肉」にするために、生まれたときから手間ひまかけて育てられる。同じころに畜産農家に人間の子供が生まれると、その子牛と仲のよい友達として育つ。しかし、人間の子供がいろいろなことが分かるようになるころ、子牛は大人となって商品として出荷されて行く。牛は神様のプレゼントだから食べてもいいなどというのは、肉食文化圏の人たちがつくったこじつけに過ぎないと私は思う。子牛も子犬も、命として何の違いもないはずだし、子牛が子犬よりかわいくないとは、私は全然思わない。

 中国の中でも、広東省や香港では、野生動物の肉が好んで食べられる。ただ、それが常食というわけではなく、思い切り贅沢をするときのために食べられている。しかし、野生の肉への憧れは、日本人にだってある。イノシシを調理したぼたん鍋が流行ったとき、イノシシを養殖したらもうかるだろうと考えた人がいた。養殖は成功したが、肉はまるで豚肉になってしまい、商品化はできなかったという。

 野生の肉を食べるのには、たいへんな覚悟がいることを、いまだに制圧されていないSARSは教えてくれた。野生ではなく、人間が育てたものであっても、人間に近い哺乳類を食べるのには、大きな危険がともなう。動物性蛋白質は、やはり魚などから摂取するのが無難であるようだが、今は海とて無尽蔵とはいえない時代に入っているようだ。
2003/05/25  日曜日  あんじょう  
 中島らもの随筆にこんな話があった。らもが車の運転をあやまって店先に突っ込み、看板を壊してしまった。店の奥から男が現われて、こう叫んだといういう。「あんさんがめんでもたんやさかいあんじょうまどてんか!」。私は関東育ちである。いきなりこんな言葉を聞いたら、ほとんど何も分からなかったことだろう。しかし、関西での生活が長いので、「あんじょう」が「きちんと(うまい具合に)」であること、「まどう」が「弁償する」であることは知っていた。「めんでもた」は「壊してしまった」という意味だろうと思ったが、知人に聞くとその通りであった。「めんでまう」の過去形であるが、もとの動詞自体は何というのだろうか?

 「あんさんがめんでもたんやさかいあんじょうまどてんか!」を黒板に書いて分かるかと聞いたが、関西であるにもかかわらず、まるで分からないという生徒が大半である。状況を説明すると、それに合わせて正しく推察する生徒もいる。それにしても驚いたのは、「あんじょう」という全く日常的であった言葉を半数以上の生徒が知らなかったことである。

 関西に来たばかりのころ、「ほたえる(暴れる)」だの「びびる(今では共通語になったようだ)」だのといった言葉を初めて聞いて、せっせと覚えなければならなかった。当時の私は若かったのだから、私より上の人からも新しい言葉をいくつも覚えた。今や私も還暦目前である。関西弁の多くの語彙が老人語になりかかっているようである。
2003/05/23  金曜日  ホークスの身売り  
 一強四弱一論外というセリーグを尻目に、パリーグの優勝争いが白熱している。その一翼をになう福岡ダイエー・ホークスが売りに出されるという。九州残留が条件とのことであるが、九州の野球ファンにとっては、さぞ心配なことであろう。

 横浜で育った私は、子供のころ巨人ファンだった。首都圏では巨人ファンでなければ変人奇人という雰囲気の中で育ったからである。今の横浜ベイスターズは大洋ホエールズといって、まだ横浜をフランチャイズにしていなかった。関西に移って久しい今は、その反動なのか、完全なアンチ巨人になってしまっている。しかし、子供のころには、巨人がせっかくセリーグ優勝しても、日本シリーズで巨人を負かす南海、西鉄、阪急といった西日本のパリーグのチームを憎たらしいと思っていたものである。残念ながら阪神が強かったという記憶はあまりない。

 西日本のプロ野球チームのオーナーは、上記のチームに近鉄を加えて、すべて私鉄であった。セリーグのヤクルトも昔は国鉄(現JR)がオーナーであった。12球団中、実に半数が鉄道関係をオーナーとしていたことになる。国鉄がまず手放し、九州の西鉄がそれに続いた。そして、南海と阪急という関西の私鉄会社が同時に球団を手放した。成績が低迷していた南海が、あまり豊かではない親会社のお荷物になっていたことは理解できるが、阪急まで手放したのには驚いた。阪急はゆうゆうと黒字経営をしている会社である。しかし、その所有するブレーブズは、強いわりにさっぱり人気のない球団で、球団自体は赤字であった。それで手放したのだが、こういうドライなところが、関西の野球ファンには嫌われつづけたようである。関西の大手私鉄としては、球団を持ったことのない京阪を含めて最も小さい阪神にとって、球団がドル箱であるのと対照的であった。

 阪急の身売りは、南海の身売りより少し遅れて行なわれた。先に阪急が身売りしていたなら、同じく関西を拠点とするダイエーがあとを継ぐのが自然だったろう、もともと強い球団だったので、弱い南海を強くするほど親会社に負担をかけなくて済んだかも知れない。その上で、オリックスのような身軽な会社が、西鉄を失った九州に本拠地を構えるのがむしろ自然だったかも知れない。

 同僚に九州出身の同年配の人がいる。もちろん、西鉄ファンだったが、ライオンズという名前には、球団が首都圏に移った今も愛着を感じているという。
2003/05/14  水曜日  遥かなるガンダーラ  
 自分が歳をとるのに反比例して、ますます若い新入生の相手をしている。先日、七五調が現代にも生きていることを説明するために、「明日があるさ」と「もしもピアノが弾けたなら」を取り上げた。前者はリバイバルしたので全員が知っていたが、後者は歌ってみせると辛うじて何人かが「聞いたことがある」という程度だった。しかし、この歌を歌っていた西田敏行の名は、「釣りバカ日誌」の「浜ちゃん」として、ほとんどの生徒が知っていた。むかし、西遊記で猪八戒をやっていたというと笑っていた。孫悟空の堺正章も「あるある大事典」で知名度が高かった。しかし、三蔵法師を演じた夏目雅子と沙悟浄役の岸部シローは誰も知らなかった。私がついこないだのことと思うことが、彼らにとっては大昔のことなのである。
2003/05/09  金曜日  身体言語の方言?  
 新入生相手に授業をしている。話の成り行きで誰か中国語で一から十まで言えるかと聞いたときのことである。マージャンや中華料理などで知っている生徒が何人かいると思ったからである。一人が手を挙げた。ところが、その発音が、ネイティブにどう聞こえるかは分からないが、カタカナで覚えたとは思えないちゃんとしたものだったのに驚いた。聞けば、まったくの日本人なのだが、父親の仕事の関係で長く台湾に住んでいたことがあるという。

 中国の長江流域に行ったとき、6〜10までの数を示す身体言語があることを知って驚いたことを下記の記事に書いたことがある。そのサインを示す写真も添えてある。

http://homepage1.nifty.com/forty-sixer/gesture.htm
         

 くだんの生徒に、そのサインを知っているかと聞いたところ、6と10は同じだったが、7〜9が違っていた。親指と人差し指だけを立てるのは、私の記憶では8だったのに、その生徒は7だという。そしてさらに中指まで立てると8だという。9は、私の記憶では人差し指だけを立てて先を曲げるのだが、その生徒によれば、小指だけを立てて先を曲げるのだという。私が見た9を示すサインは間違いなく人差し指だった。そうでなければ、日本で泥棒を示すサインを思い出して驚くこともなかったと思う。10を示すサインについては、私は指を全部立てたまま片手を前後させるという別のサインも中国の通訳から教えてもらったが、その生徒は両手の人差し指で漢字の「十」を作るのは知っているが、それは知らないと言っていた。

 私かその生徒のどちらかが記憶違いをしているのでない限り、これは中国の身体言語の方言なのではないかと思った。こういうことを調べる本もウェブサイトも今のところ見つかっていない。
2003/05/06  火曜日  左腕  
 3連休を利用して横浜に帰省してきた。戻って翌日の今日は出勤である。去年秋がなかったように、今年は春がない感じで蒸し暑い。そこで、今年はじめて半袖で授業をした。今年から教えている生徒なので、そういうとき最初に言っておくことがあった。長袖のときは分からないが、私の左腕はまっすぐ伸ばしたつもりでも、かなり曲がっている。肘を体側につけると指先が肩に届かない。その分、左腕は普通の人には考えられないほど後ろに反りかえる。

 まだ、小学校に入ったばかりのころ、私は大人のこぐ自転車の横につけられたリアカーに、近所の子供数人と一緒に乗っていた。どういう拍子にだったが、私の左の肘が自転車のスポークに巻きこまれ、脱臼してしまった。近所のほねつぎに担ぎこまれたのだが、どうもだいぶずれてくっつけられてしまったようだ。見た目はよくないかも知れないが、別に不自由でもないので、今にいたるまでそのままになっている。

 こういうことは、黙っていると向こうから言われてしまうので、自分から言うことにしている。学校時代、整列のとき「前へならえ」の号令がかかるとき、事情を知らない教師から「信太、腕が曲がっている」と言われることがあった。「好きで曲げてるわけじゃないよ」というと、生徒は笑う。「でも悪いことばかりでもないよ。友達とふざけているとき、逆手を取られて『イテテ』といっても、実は少しも痛くない」などと言って、まあ早く見なれてくれという。最初にこう言っておくと、もう卒業まで何も言われることはなくなるのである。
2003/05/01  木曜日  筆順  
 学生時代、塾で小学生に教えていたとき、漢字の筆順を集中的に直したことがある。子供にいちいち「それ違う」と言われたのではさまにならないからである。こういうことは、読んだだけで覚えられるものではないので、自分で何度も書いて覚えたものである。それまで我流の書き方をしていたので、ずいぶんたくさん覚えなければいけなかった。おかげで字もそれまでよりきれいになったような気がするが、それが筆順を直したせいなのか、単に字を何度も書いたためなのかは、いまだに分からない。

 しっかりした書家などがみれば分かるのかも知れないが、字を見てどんな筆順で書いたかは、私には分からない。唯一分かるのは「必」という字ぐらいである。この字は、中央の点をまず打ち、つぎにタスキと呼ばれる左払い、長い右払いをはねたのち、両端の点を左右の順に打って完成させるのが、日本での正式の筆順とされている。それまでの私は、「心」という字をまず書いてからタスキをかけていたのだが、筆順を変えて書いた字の方が気にいったので、今もそのように書いている。もっとも今では、「心」を書いてからタスキをかけるという筆順でもいいということになったという。

 しかし、「正しい筆順」というものがあるのかどうか、今も疑問である。有名な書家などが、自分はこういう風に書いているといったのが、権威主義ゆえに、誰もがそれに従うようにしようということになってしまったのではないかと思う。野球なら、一本足打法を真似すれば誰もがホームランを量産できるというわけではあるまい。ずいぶん変わった打法でよい成績を残した選手だっていくらもいる。

 漢字の本家である中国でも、国が筆順を決めて徹底を図っている。漢字を簡略化したために、筆順が違うと他の字とまぎらわしくなる例が増えたせいもあるらしい。しかし、その筆順は、日本のとは違うことが多い。「必」の場合は、「心」の3画目まで書いてタスキをかけ、最後に右端の点を打つというから、日本ではあまり聞いたことのない筆順である。

 はつがしら(「発」の字の頭の部分)の右側は、「短短長」の順ではなく、「短長短」の順で書く。「けものへん」の場合も、「短短長」の順ではなく、「短長短」の順である。たしかに、毛筆で大きい字を書くときには、その方がのびのびとした字になるようだ。しかし、鉛筆やペンで書く場合には字のできに大した差はなく、「短短長」の順のほうが速く書けていいような気もする。筆順というのは、毛筆で美しい字を書くために経験的に開発された方法なのであろう。私としては、書道を教える場合にうるさく言うのは当然としても、国語の授業では、教師が書き方を示すのはよしとして、実際にどう書くかはもっと子供の自由にまかせてもいいのではないかと思っている。

 ただ、筆順が違うとかなり違う印象になる字や、ほかの字とまぎらわしくなる字の場合は、うるさく言ってもいいだろう。「女」という字を「くノ一」ではなく、「一くノ」の順で書く生徒がいる。字の印象がかなり違う。筆順とはやや違うが、けものへんの第1画を「一」を書くように左から右へと引く生徒がいて、てへんとまぎらわしい。「猫」と「描」とがほとんど同じように見えてしまうので、指導が必要になってくる。