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よしなしごと2003年4月
★ エイプリル・フール 桜と新学年 インフレの町?
存在の耐えられない重さ うさぎの数え方 ホモ・モーベンス
2003/04/24 ホモ・モーベンス 
人類は自らを「ホモ・サピエンス(知の人)」と名づけた。「考える」ことを人間の最大の特徴とした命名だが、それ以後にもホモ・ファーベル(作る人)、ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)、ホモ・エロクェンス(話す人)など、さまざまな別名が考えられた。ここでは、その中で、ホモ・モーベンス(移動する人)という別名に注目してみたい。
アマゾンの密林を貫く一本の道路の写真を見たことがある。巨木に光をさえぎられた熱帯の地表は栄養の乏しい赤土であり、密林が切り開かれるとたちまち荒涼たる風景になってしまう。一面の緑に覆われた密林の中の一本の道路の色は不気味に赤く、鋭利な刃物で切られた傷のように見えた。人間の移動によってもたらされる環境破壊は馬鹿にならない。移動のために自然を作り変え、その上を通る車がまた二酸化炭素を撒き散らす。SARSの急速な広まりは、ホモ・モーベンスへの警鐘なのかも知れない。
2003/04/20 日曜日 うさぎの数え方
小学生のころ、ラジオから流れてきた落語に違和感を覚えたことがある。「生き物でないものを可愛がる人がいる」といったあとで、その例として盆栽を挙げていたのである。植物だってれっきとした生き物だと思うのだが、昔の人は、動かないものを生き物とは思わなかったのだろう。仏教では「殺生」を禁じる。これを突き進めると、あらゆる生き物を食べてはいけないということになる。植物まで生き物に含めると、人間は水と塩だけで生きていかなければならないことになってしまう。動物を食べてはいけないとはいっても、日本では魚は許され、鳥まで許されることもあったらしい。
うさぎは、哺乳類でありながら一羽二羽と数える。うさぎを食べたことをとがめられた坊さんが、長い耳を羽根に見立ててあれは鶏の一種だと強弁したのが始まりだという話をよく聞く。一説では、うさぎの肉が鳥の肉に似ているからだとも言う。私はうさぎの肉を食べたことはないが、粘着力が強いためにハムのつなぎに使われることがあるという話もあるので、知らないうちに食べたことはあるかも知れない。
助数詞について授業をしたとき、意外に多くの生徒が語源についての坊さんの言いわけ説まで含めてうさぎの数え方を知っていた。しかし、この語源が本当かどうかは、確かめようもないと思う。そのとき、「一兔」の「兔」も助数詞ではないかという質問が出た。「二兔追ふ者一兔を得ず」から考えたのだろうが、これは助数詞とは言いがたいと思う。助数詞については、
なぜものによって数え方が違うのか? に書いたことがある。
2003/04/16 水曜日 存在の耐えられない重さ
体重が100kgを超える生徒がいる。先日その生徒を中心にして、体育館で何やら男子ばかりで笑い声が聞こえた。近寄ってみると、生徒が代わる代わる四つんばいになって、背中に例の生徒を座らせているのであった。私が四つんばいになって、その生徒に乗るようにいうと、「いいんですか?」と言う。「かまわん」と言うと座ったが、予期していた以上にずっしりと重い。意地でも持ちこたえようとしたときに、向こうが降りた。私は軽量である。周りの生徒から「折れるでぇ」という声が聞こえた。
2003/04/15 火曜日 インフレの町?
大学時代、石川県の根上町出身の同級生がいた。「根上」は「ねあがり」と読む。妙な読み方をするものだと思ったが、今ではこの町出身のゴジラこと松井秀喜のおかげでかなり知られるようになった。
先日、大リーグで活躍する松井への地元の反応の取材ということで、根上町でテレビ観戦をしながら応援する人たちがニュースに出た。そのとき、なんと地元の人が、「松井は『ねがみ』の誇り」だと言っているのに驚いた。思うに、よその人には正しく読んでもらえないがために、外向けには「ねがみ」と読む習慣が生まれたのかも知れない。
町の名は、根が地上に持ちあがった老松「根上がりの松」に由来すると、むかし同級生から聞いた覚えがある。松井のおかげで有名になったこの町の名も、小松市に合併されることで消えそうである。そういえば、W杯で有名になった大分県の中津江村も、日田市に合併されそうだということである。
2003/04/04 金曜日 桜と新学年
むかし、四月一日生まれの同級生がいて驚いたことがある。てっきり五月生まれの私より早く生まれたのだと思ったのだが、次の年の四月の生まれであった。私がまごついたのは、早生まれは三月までと思っていたからである。早生まれが四月一日までであるのは、学年の始まりまでに満6歳に達しているからという理屈らしい。
何事も欧米をモデルにした近代日本で、なぜ学年の始まりが欧米のように九月ではなく四月になったのだろうか? こういうとき便利なのが、佐藤秀夫という人が書いた『学校ことはじめ事典』(小学館)という本である。それによれば、明治前半までは、日本でも小学校から大学にいたるまで学年は九月に始まるのが普通だったそうだ。最初に四月を新学年にしたのは、高等師範学校(現筑波大学)で、1886(明治19)年のことだという。同じ年に、徴兵の届出期日が、それまで九月からだったのが四月からに改められた。まだ、教育が普及していないころだったので、師範学校の新入生には20歳を過ぎた者が多かった。九月始まりのままだったら、人材がさきに徴兵されるということで、対抗上師範学校も四月始まりに改め、次第にほかの学校もそれにならうようになったのだという。
こうして定着した学年の始まりが桜の咲く頃だというのは、結果に過ぎないと著者はいう。考えてみれば毎年さくら前線が北上する日本において、折よく満開の時期に入学式を迎えられるのは、限られた地域に過ぎない。つぼみもないときに入学式を迎える地域や桜の散り果てた時期に迎える地域のほうがむしろ多いというのが実状であろう。幸いにも年によって満開の時期に入学式を迎えられる地域が一定しないということで、日本中が満開の桜の下で入学式を迎えられるように錯覚しているだけのことらしい。
教師をしていても当たり前のことと思って知らないことについて、あれこれ教えてくれる便利な本である。日本中の学校で教室が南、廊下が北(校舎が南北方向の場合は西が廊下)ということが原則とされていることを、この本で初めて知った。これは、私の体験とも符合する。それがなぜかということを書くと長くなるので、ここでは割愛するが、興味のある方は参照されたい。教師でなくとも、学校というところにいたことがある限り、誰が読んでも面白い本だと思う。
2003/04/01 火曜日 エイプリル・フール
今日から四月、春休み中ということで家にいる。しかし、今から40年も前の中学時代、この日は登校日で、校長の訓話のあと、全校清掃となっていた。ある生徒が私たち3人のところに寄って来て、「お前らの掃除がなってないといって、ブルゴリラがカンカンだぞ」という。ブルゴリラとは、当時生徒に最も恐れられていたおっかない先生である。別に不名誉なことではないので、実名を出すが、古郡(ふるごおり)先生といった。名前のもじりが風貌とぴったり一致して言い得て妙であった。
恐る恐るブルゴリラ、もとい古郡先生のもとに行くと、「また来やがった。これで3回目だ」と舌打ちで迎えられた。そう、今日はエイプリル・フールだったのである。嘘をついてもよい日といっても、程度問題だが、この程度は許されるということだろう、さしものブルゴリラも顔が緩んでいた。それにしても、上手に嘘をつく奴というのもいるものである。
アカデミー賞の授賞式で、マイケル・ムーア監督が、映画人としてフィクションは好きだが、嘘は大嫌いだといって、ブッシュ大統領を嘘つきとこきおろしたことが話題となっている。しかし、ブッシュ氏は、本当に嘘をついているのだろうか? 考えてみれば、上手に嘘をつくということは、相手や状況をよく把握していなければできない。嘘つきは程度を弁えているし、引き際も心得ている。ブッシュ氏がこの条件にあてはまるのかどうか、世界中が不安を感じているのではないだろうか?
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