よしなしごと2002年12月

  冷蔵庫  数式入りの文章  上戸・下戸
村の渡しの船頭さん
  童謡歌手


2002/12/13  金曜日  童謡歌手  
 先日の記事について、私と同世代の読者から、「船頭さんは、文部省唱歌ではないのではないか。短調の曲が教科書に載っていた覚えはあまりなく、それだけにもう一つじ〜んと来なかった。学校で教えられずとも、あのころはラジオが童謡をよく流していたではないか」という趣旨のメールを頂いた。そういえばそうだった、と思った。あのころは、「童謡歌手」というカテゴリーが存在していたのである。好いた惚れたという大人の歌謡曲など子供が聴いたり歌ったりするものではないという考えからか、子供向けの歌というものが、民間でも作られ、レコードとして商品化されていたのであった。由紀さおりは、そのころの童謡歌手であったし、当時は、童謡歌手の中で今でもたまにテレビで見かける松島トモ子が一世を風靡していたことも思い出した。

 幼稚園に通っていたころ、童謡歌手だという女の子がいた覚えがある。父親はアメリカ人だったと思う。ある日、その子が園庭で先生がいくらなだめても止まらないほど激しく泣き出し、脇に抱えられて教室に連れていかれるのを見たことが、今も幼稚園時代の数少ない記憶となっている。
2002/12/12  木曜日  村の渡しの船頭さん  
 先日、勤め先の忘年会があり、何人かの40代の人を前に「僕もあと4年で村の外れの船頭さんになる」といったら怪訝な顔をされた。私の世代では誰でも知っていそうな歌を歌ってみせたところ、一人だけゲラゲラ笑い出した。「村の渡しの船頭さんは、今年六十のおじいさん。としはとってもおふねをこぐときは、元気いっぱい艪(ろ)がしなる」という歌詞で、小学校のとき学校で習ったのではないかと思う。そのころは六十ならおじいさんだろうと思っていたが、今となってはたかが六十でおじいさん呼ばわりされるのは不当な気がしてくる。

 この歌は童謡か文部省唱歌ではないかと思うが、岩波文庫の『日本唱歌集』には載っていないので詳しいことは分からない。しかし、こういうときウェブ上でたよりになるごんべ007の雑学村には載っていて、曲を聴くこともできた。題名は「船頭さん」というそうである。私はこの歌の歌い出しを「村の外れの」と覚えていたが、どうもこれは「お地蔵さん」との混線だったようである。横浜育ちの私は、「村の渡しの船頭さん」に知り合いはいなかったので、この歌にある艪とオールの違いもよく分からない。千葉県にある仁右衛門島に渡ったときギコギコ音がする和船に乗ったが、舟の片側だけで上手に漕いでいた。私に漕げるのは池や湖によくあるボートぐらいのものである。
2002/12/09  月曜日  上戸・下戸  
 忘年会の季節がやってきた。この季節を楽しいと感じるか、苦痛と感じるかは、酒に対する強さによって異なる。先日、欧米での生活体験の長いことで知られる人がテレビでとんでもないことを言っていた。「日本人はアルコールを分解する酵素が誰一人ない。欧米人は7割まである」というのである。実は、日本人でも、半分は酒に対する強さという点では欧米人と全く同じである。残りの半分もややアルコールに弱いという傾向があるという人が大半であり、まったく飲めない下戸は、かの発言者が思っているより、はるかに少ない。正確なことについては、下記の記事を御参照願いたい。

http://www2.health.ne.jp/library/0600/w0600001.html

 この記事にしても、問題がある。なぜ欧米人と日本人を比較するのだろうか? アルコール分解酵素を欠くのは、いわゆるモンゴロイドにのみ現われた遺伝子変異であり、中国人なども共通であって、何も日本人に限らない。また、これがモンゴロイドの一部にのみ現われた遺伝子変異である以上、アルコール分解酵素を欠くことがないというのは、欧米人のみならずアフリカ人だって同じことである。日本人と欧米人しか眼中にない貧しい世界観は、明治以降の日本人の典型としか思えなかった。

 私が引用したテレビの発言者の思い込みは、欧米人に対する「体力コンプレックス」を根底としている。しかし、酒に強いかどうかは、体力の強さとは何の関係もない。酒に強いことが別に自慢になるとは思えないのだが、アルコールに対する抵抗力に個人差があるモンゴロイドの中だからこそ、酒に強いことが「男らしい」と思う文化が成立したのかも知れない。見かけが酒に強そうでも弱い人はいくらでもいる。高倉健がまったくの下戸で大のコーヒー党であることは有名である。勝新太郎の兄の若山富三郎など、大酒のみのように見えるが、奈良漬でもぶっ倒れるというぐらいだったという。小沢昭一は、酔っ払いの演技が上手なことで知られているが、まったくの下戸である。小沢氏の劇団にいた人からじかに聞いた話によると、新しい企画の打ち合わせで小沢氏がいつも和風喫茶に呼び出すので、劇団員はストレスがたまったという。小沢氏が酔っ払いの演技が上手なのは、下戸だからであろう。自分が酔っ払いだったら観察もできず、演技をするどころの話ではない。

 私は下戸ではない。酒はけっこう飲む。しかし、酒が飲めることを自慢にしたいとも思わない。誰もが上戸である欧米やアフリカでは、酒を人並み以上に飲み続ける人には、ただのだらしない人間だいう以上の意味はない。短い時間に余りにも多くのアルコールを注入するような生活を続けていたら、酵素の有無など何の関係もなく、健康に悪いことは言うまでもない。深刻なアルコール中毒者が欧米に多いのも、このためである。
2002/12/06  金曜日  数式入りの文章  
 授業用のプリントを空き時間に学校で打っていた。ところがその中に数式があった。見たこともない記号がある。出し方が分からないので数学の先生を呼んだ。さすがに簡単に出したが横書きである。国語のプリントなので縦書きで出さなければならない。数学の先生は縦書きでプリントを作ったことがない。本文の中に前後一行ずつあけて、そこだけ横書きで出さなければならない。縦書き経験のない数学の先生は、そこだけ横書きにする方法を考えたことがない。ああだ、こうだといっているうち、次の授業が迫ってきたため、横書きで打ち出してもらい、それを鋏で切り取って、3行の空白行の真ん中に向きを変えて貼り付けた。やはり機械のようにはいかず、ど真ん中に貼り付けることはできなかった。
2002/12/01  日曜日  冷蔵庫  
 今の高校生の使っている英語の教科書をのぞいてみると、fridgeという聞きなれない単語が載っている。refrigerator(冷蔵庫)の略語だという。こういう一音節の略語が作られるということは、冷蔵庫がすでに生活に欠かせないものになったことを意味する。私が中学で最初に習ったときには、icebox であった。こちらのページによると、電気冷蔵庫の日本での普及率が50%を超えたのは、やっと私が高校を卒業した1965(昭和40)年のことだというから無理もない。iceboxとは、文字どおり「氷の箱」である上下2段に分かれ、上の段に大きな氷を入れ、下の段にいろいろな食品を入れた。とくに冷やしたいものに限って上の段に入れていたように思う。icebox は、一般の家庭にあるようなものではなかったが、私の母は喫茶店をしていたので、我が家にはあった。Kさんという人が自転車に大きな氷を乗せてしょっちゅう交換に来ていた。そのため、Kさんとのつきあいは、商売上のつきあいだけではなかった。祖父の葬儀にも来ていた記憶がある。氷が縁でできたつきあいといってよい。

 小学校のころ、アメリカでは電気(ガス)冷蔵庫が普及して、誰もが大量に食品を買い込み何週間もかけてそれを使うのだという話を、遠い国の話と聞いていた覚えがある。いま、同じ状態が当たり前になった日本では、食品の4分の1が残飯になるという。飽食はまさに冷蔵庫に支えられているといってよい。冷蔵庫の管理の上手な主婦は、家計の管理も上手なことが多いのではないだろうか? 「あら、こんなところに牛肉が、タマネギ、タマネギあったわね」というハッシュド・ビーフのCMがあった。「いつ買ったか分からないような肉なんか食えるか」と思ったものである。「この○○(何か忘れた)、日付が昭和です」「すばらしい。学会に報告しよう」というCMもあった。食を守るのは冷蔵庫ではなく、やはり人間なのだと思う。