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よしなしごと2001年6月
★ 三角形の会話 筆記体 人為ミス コンフェデ杯
インダス文明 衝撃 衝撃(2) 半舷上陸 おらほ
化粧と整形 土産とスーベニア 白黒の思い出 胃カメラ
弱肉強食 ×の読み方 アフリカ想い出部屋 雑誌
ジューン・ブライド
2001/06/28 木曜日 ジューン・ブライド 
ヨーロッパでは六月に結婚する花嫁は幸せになると言い伝えられている。梅雨のないヨーロッパでは、一年中でもっともさわやかな気候のよい季節だからである。日本なら五月がそれにあたるが、緯度の高いヨーロッパでは五月ではまだ寒すぎるらしい。日本の六月はうっとうしい梅雨の季節である。せっかくの結婚式が雨空では披露宴に集まる人に失礼なのだが、ジューン・ブライドにとっては幸いなことに、今年も空梅雨気味のままに六月も終わろうとしている。一昨日などはまるで真夏のような陽気で、さわやかとはいいかねた。
日本はヨーロッパよりずっと雨が多いのだが、意外と渇水が起きやすい。山国で川という川がヨーロッパの感覚では滝のようなものなので、せっかく降った雨の大半がいくらもたたないうちに海に流れ込んでしまう。屋久島は日本でもとくに雨の多い島として知られ、そのため縄文杉もあるのだが、小さな島の生命を支える以上の雨はむなしく海に流れてしまう。まさに、日本列島の縮図のような島である。
2001/06/27 水曜日 雑誌 
駅の売店で雑誌を買った。近くには生徒がけっこういる。授業で教えている生徒がのぞきにきた。私の買った雑誌はAERAである。「変な雑誌じゃないぞ」と言って渡すと、広げて「あら、だめよ、お母さん帰ってくるから」などと「読む」。「そんなこと書いてないだろが!」といって平手で頭をたたく。高校生が好奇心旺盛なのは私たちのころも同じだったが、今の高校生はなれなれしい。これからは駅で雑誌を買わないことにする。
2001/06/26 火曜日 アフリカ想い出部屋 
「アフリカ想い出部屋」というサイトを開いておられる方から面白い写真をいただき、なぜ『ん』で始まる言葉がないのか?に掲載した。この方は、他に日本の子供にアフリカの魅力を伝える"Watoto
Wote KARIBUNI "というサイトも開いておられる。上記の記事の末尾からリンクしたので、ぜひ御覧いただきたい。「アフリカ想い出部屋」には、動物の写真集やスワヒリ語講座、愉快な旅日記などのコンテンツが満載されている。
2001/06/25 月曜日 ×の読み方 
○の反対の×の読み方は、地域によってさまざまである。関東では「バツ」として覚えたが、関西では「ペケ」という方が普通である。大学時代にはさまざまな地域から来た人がいたので、「カケ」とか「シメ」という言い方を聞いて「なるほど」と思った。関東の「バツ」は「罰」であろう。「バッテン」という言い方もあるが、これは「罰点」と思われる。小さい頃、ラジオの「とんち教室」によく出ていた人に「長崎抜天」という人がいた。おそらくは長崎の出身で、「抜天」は九州弁で「〜だけど」を示す「ばってん」に当て字したものと今では思っているが、そのころは九州弁など知らないので、「罰点」なんて変な名前だと思ったものである。
では、関西の「ペケ」の語源は何か。どうも中国語の「不可」であるらしい。北京語で読めば「プーコー」のようになるのだが、これが「ペケ」となまったらしい。日本が拡張政策をとっていたころの名残のようである。「しかたがない」を意味する「メイファーヅ(没法子)」とか、「最高」をいみする「テンホー(頂好)」など、私の親の世代ぐらいなら常識的な言葉らしい。朝鮮語の「チョンガー」「キーセン」もこのころ入った言葉である。こういった言葉が若い世代に忘れられているのは、その導入の経緯を考えるとむしろよいことなのかも知れない。しかし、「ペケ」は今も生きた言葉である。「バツ」ももちろん通じるが、「マルペケ」という言い方もあり、関西ではすっかり定着している。
2001/06/24 日曜日 弱肉強食 
我が家に飛び込んできた雀を我が家の猫が追い掛け回した挙句、殺してしまった。妻は不運な雀を憐れんでハンカチでくるんで近くの街路樹の下に埋めた。人間にとっては可愛いペットである猫も、小動物にとっては恐ろしい猛獣である。孤島などでは、人間が持ち込んだ猫のために、地球上でその島にしかいない種が絶滅した小鳥やネズミ、モグラの類が多いらしい。
今は雀の巣立ちの時期である。ひときわよく鳴くのは巣立ち途上の雛である。親と一緒に飛び、親が飛び立つと必死にそのあとを追いかける。巣の中にいたときと同じように、親がついばんだ餌を雛に口移しで与える姿もよく見かける。雛は頬の黒い点をはじめ、全体に体色が薄い。我が家で死んだ雀は大人のようである。
人間に知恵があるのなら、少なくとも自分たちの種の中だけでも弱肉強食はやめてほしいと思う。
2001/06/22 金曜日 胃カメラ 
だいぶ前にひどい十二指腸潰瘍をやったことがあり、それ以来年に一回胃の検査をしている。初めのうちはレントゲンだったが、あまり正確ではない上に放射線を浴びるので問題だと言われ、胃カメラに切り替えた。初めて胃カメラを呑んだときはひどく「えずいて」、何としんどいものか、ハイテクの進歩でもっと細くなってほしいと思ったものである。翌年、病院を変えてみたところ、気がついたときには終わっているほど楽だったので、それ以来そこで検査してもらっている。今年も異常は発見されず、前のときの十二指腸の瘢痕が残っているだけだった。何年も同じ診断結果が続いているのだが、一度始めたことなので、今後も続けようと思う。
私の祖父はある日突然脳溢血で亡くなるまで病気と縁のない人で、「医者に『ん』十年かかったことがない」ということを自慢していた。ちょっとでも変調を感じたら医者に行くに越したことはない。むかし教えていた生徒の父親が在学中40そこそこで胃癌で亡くなり、葬儀に参列した。喪主は長男であるその生徒だった。最後の挨拶を普段からは考えられないほどしっかりやったのに驚いた。その生徒があとで「怖い」と言っていた。聞けば、そのとき亡くなったお父さん同様、お祖父さんもやはり40そこそこでやはり胃癌で亡くなったとのことである。どう答えたらいいのかと思ったが、結局、少しでもおかしいと思ったら医者に行けよというほかはなかった。
2001/06/21 木曜日 白黒の思い出 
授業中に子供のころの思い出を話したところ、「それ、白黒の思い出ですか?」とほざいた生徒がいた。思わず「やまかしい!」と言ったものの、その生意気な生徒の言う通りである。私の最初のカラー写真は高校生のときのものである。そのころ日本でも売り出された国産のカラーフィルムには2種類があった。一つはフィルムがポジでそのままスライドになるもので安かった。もう一つはネガフィルムで今と同じように焼き付けられるもので高かった。
2001/06/20 水曜日 土産とスーベニア 
多くの日本人にとって旅行の楽しみはまず第一に買い物にあるらしいが、私は買い物はできるだけしたくない。それよりは何か新しい発見を求めたい。とくに高い金を出して外国まで行くのなら、そんなことに金や時間を使いたいとは思わない。しかし、日本人ならいやでも買い物しなければならないときもある。それは、「土産」という習慣があるからである。「土産」は人に贈るためのものである。たくさんの人のためのものを一人で買うのだから、日本人の買い物は、このような習慣の少ない国の人には信じられないほど多くなる。
「みやげ」を和英辞典で引くと、souvenirという訳語が出てくる。しかし、souvenirは、贈り物というより、まず本人にとっての記念品であるらしい。旅先で手に入れた切符やチラシなど、他人には紙くずでしかなく「みやげ」にはならないが、souvenirにはなる。souvenirは金もかからないし、量もかさばらない。自分のためのものであるsouvenirに高い物を買う必要はない。高価なものを日本国内より安く買えるからというだけのことで買い、それが旅行の目的のすべてなら、旅費の分だけかえって損になるだけである。
2001/06/19 火曜日 化粧と整形 
中国戦国時代の『孝経』に、「身体髪膚之を父母に受く。敢えて毀傷せざるは、孝の始めなり」とある。「親からもらった体を傷つけないことが親孝行の第一歩だ」という意味である。「化粧」というものは、世界のどこでも昔からあったのだが、落とせば簡単にもとに戻る。しかし、「整形」はそうはいかない。「整形」も地域によっては昔からあった。東南アジアの「首長族」は有名である。女の子は、幼い頃から金属の輪をはめ、少しずつ首を長くしていく。成長後は重い頭をとても支えられない体になる。これほどではないが、アフリカには、体を針で突き刺し、瘢痕で模様を作る習慣も古くから行われている地域もある。何が美の基準かということが変わったとき、取り返しがつくのが美容、つかないのが整形と考えればよい。
美の基準が一元化し、それに近づける「医療」技術が「進歩」すれば、すべての人の顔を「理想」に近づけることができる。近頃のアイドルがみんな同じ顔に見えるという年寄りが増えているのもそのせいであろう。「医療」技術のない時代でも、仮面をかぶれば、この「理想」は実現できただろうが、そんな風俗が一般化した「文化」など、歴史上聞いたことがない。
「整形」をされた身体は、自分が傷つけられたと感じ、もとに戻ろうと努力する。そのため、整形を繰り返すと身体が崩壊するし、顔の場合はそれが誰の目にもはっきりと分かるほどの症状を呈する。子供時代に、どこにでもいる黒人の子供であったマイケル・ジャクソンの顔は、もとの顔に戻そうとする本来の身体の努力と、繰り返される「整形」とが噛み合わないため、深刻な事態に陥っているらしい。整形の流行も経済の振興には貢献する(GDPに加えられる)。だからといって、世界中でそれが振興(信仰?)されている事態は耐えがたいほど悲しい。
人類は、一人一人が違う顔をしていることによって、その歴史を多様なものにしてきた。一人一人が自分の内面を磨き、外面の豊かさを楽しむことによってこそ、歴史の多様性はこれからも保たれる。すべての人の外面が、一つの基準に適合するような事態が「異常」なものだという認識をもっとみんなが持ってもらいたい。「化粧」には「化ける」ことであるが、いつでも元に戻せるようでなければ、「化ける」とは言えないのである。
2001/06/18 月曜日 おらほ 
今日の「たけしのTVタックル」の中の「珍日本寄考」で、最近のコンビニなどで聞く「ほう」という言葉が問題にされていた。カップ麺などを買ったときに言われる、「お会計のほうは862円になります」「おはしのほうはどう致しましょうか」などに使われる「ほう」である。日本語を明解に言おうと唱える人がいるのと裏腹に、若者ことばに私たちの世代を上回る婉曲表現があることは面白い。
番組の中では、ある大学教授の説で、秋田県にある「おらほ(う)」「おめほ(う)」という婉曲表現がありうるルーツの一つとして紹介されていた。私は、小さい頃、ときどき家に出入りする親戚から聞いた覚えがある。亡くなった祖母からは、秋田弁は「ござってたもって」というように、敬語が発達しているという話を聞いたように思う。婉曲表現が敬語の基本であることはいうまでもない。
2001/06/17 日曜日 半舷上陸 
「かきいれどき」という言葉がある。うなぎ屋にとっての土用の丑の日、そば屋にとっての大晦日のように、一年で最高の稼ぎ時という意味である。この言葉の意味を、私は長く「掻き入れ時」と誤解していた。思うに、がっぽがっぽ金が入るというイメージからであろう。実はこの言葉は「書き入れ時」と書く。利益の多いときには帳簿にそれを書き込むことが多くる。書き込んでおけば、いざ借金をするときに頼みやすくなるということもあるらしい。国語教師であるので、自分の苦い経験から、生徒に同じような誤解をさせないため、授業の導入でこの言葉を取り上げたのだが、生徒の反応に驚いた。なんと、「かきいれどき」という言葉を知っている者が、学年全体でも十指に満たないほどだったのである。私たちの世代では、この言葉は、語源についての誤解はあるにせよ、まず知らない者がいないと思う言葉なので驚いた。三省堂の「新明解国語辞典」は、よく語の説明に「老人語」という言葉を用いる。「かきいれどき」は老人語とはされていなかったが、もうだいぶそれに近づいているらしい。
ある世代にとっての常識である言葉を別の世代が知らないということはよくある。私より15ほど年上の二人と私と三人で会話していたとき、「半舷上陸」という言葉が出てきた。二人は当たり前のように使っているのだが、私だけが意味が分からずに尋ねたところ、「ああ、知らないんだなぁ」という顔をされた。戦後生まれという点では、もう50の坂を越えた私だって、今の生徒と同じである。「半舷上陸」とは、海軍用語である。軍艦の乗組員の間では、「前」とか「後ろ」とか「右」とか「左」とか言わない。船の進行方向を基準に、「前方」「後方」「右舷」「左舷」と言ったらしい。「半舷」とは、船の半分ということであり、乗組員の半分ということにもなる。軍艦が遠方に航海して港に停泊するとき、乗組員の半分に休暇が与えられ、寄港地で遊ぶことが許されるのが半舷上陸であり、乗組員にとっては待ち焦がれた時だったようである。船をすっかり空にするわけにはいかないからである。もちろん、寄港地ごとに顔ぶれは入れ替わったようである。遠洋航海をする商船などでは今でも使われているらしい。
初めて「半舷上陸」という言葉を聞いたときの話を、あのときのあとの二人と同じぐらいの世代の人にすると、「半舷上陸」という言葉はみんな知っている。中には「半減上陸」と誤解していた人もいたが、「楽しい時」というニュアンスは、みんな共通していた。男性の大半が軍隊生活をしたころのことだから、軍隊用語は広く国民の間に知られていた。「内務班」という言葉は、そこで若き日々を過ごした人にとっては忘れられない言葉であろう。しかし、この言葉を「真空地帯」などの小説を読んで覚えた私のような戦後世代は、そのニュアンスを頭で理解するだけで、肌身にしみた記憶として持つことはできない。
2001/06/14 木曜日 衝撃(2) 
小学生に入ったばかりの子供を失った親がいま苦しんでいるのは、子供が死んだことが間違いないことだということを受け入れるということであろう。なぜそんなことになったのかを親が考えるのはそれからだいぶたってからのことである。犯人をいかに罰するかまたは罰しないかなどという話は早すぎる。もっと親の気持ちに即して報道してもらいたい。今回のような事件がおきる可能性がゼロになることは、残念ながらない。しかし、その可能性を減らす努力が必要なことも言うまでもない。
2001/06/13 水曜日 衝撃 
殺された大阪の小学生の写真が新聞に載っている。かわいい盛りで胸が痛む。あのようなことをする者に、自分がいかに罪深いことをしたかを知らしめたいとは誰もが思う。しかし、そういうことが分かっていない人間だからああいうことをするわけで、普通のものの言い方では通じない。常識はずれのことをする人間になんとか意思を通じさせようと思って疲れ果てた経験は私にも何度かある。この大きな事件については、今後明らかになるであろうことを踏まえた上で、改めて何か書きたいという気持ちを持っている。
2001/06/11 月曜日 インダス文明 
インダス文明には他の3大文明のどこにでもあるものが少なく、逆に他にはどこでもあまりないものが多いという。この文明に少ないものは武器であり、多いものは子供の遊び道具だという。東に将棋があり、西にチェスがあるが、発祥地はインドで東西にひろがったというのが通説である。あるいはインダス文明にまでさかのぼるのかも知れない。
2001/06/07 木曜日 コンフェデ杯 
コンフェデ杯で日本が決勝に進出した。後半のごく一部しかリアルタイムでは見られなかった。8時から韓国であるフランス・ブラジル戦を見ようと思ったが、衛星でもしていなかった。
ヨーロッパのサッカー関係者が「日本のフアンは日本以外のチームに関心がないから淋しい」と言っていた。選手ばかりが強くなっても、日本のサッカーが一流になったとはいえない。「サポーター」などという不要な外来語を覚えたからといって国際化したことにはならない。
2001/06/06 水曜日 人為ミス 
テレビの「特命リサーチ200x」で、航空機事故の7割は、パイロットの勘違いなどの人為ミスだという。フランスでベテラン機長の操縦するハイテク機が着陸時に墜落した。原因の一つは、機長が高度を勘違いしていたことらしい。普通は大空港にしか着陸しない機長は、管制塔は100メートルぐらいという感覚になれきっていた。その日、初めて着陸する小さい空港の管制塔の高さは40メートルしかなかった。これが錯覚のもとだったらしい。ハイテク機だから、機械が高度がおかしいという警告を音声で発しており、コーパイ(副操縦士)がそれを機長に告げたのだが、このコーパイがハイテク機についての基礎的な知識もないことを離陸時に知った機長は、単なるコンピュータの誤作動だといって相手にしなかったという。その他、さまざまな悪条件が重なっておきた墜落事故だったようである。人間だけでも機械だけでもだめだということであるらしい。なお、私の叔父(母の弟)は無事に定年退職して久しいが、むかし国際線の機長を務めていた。年に1〜2回しか会う機会がないが、今度会ったときには意見を聞きたいものだと思う。
2001/06/05 火曜日 筆記体 
私たちが中1だったときの英語の授業では、最初のころに筆記体を覚えさせられた。五線紙のようなものに何度も練習して覚えたものである。ところが、今の中学では筆記体をそんなに熱心に教えない。覚えなくてもかまわないらしく、高3になっても、答案に筆記体を書くのは少数派で、活字を書きやすくしたブロック体で書く生徒が多い。 考えてみれば、キーボードでの文書作成が一般化した今日、筆記体の必要はあまりなくなっている。メモ程度のことなら、手書きで伝えるときもあることはあるが、そんなに長文にはならない。そのため、欧米でも筆記体は衰退しているらしい。
私が大学生のころには、まだそうはなっていなかった。当時、アルバイトで中学生相手に英語を教えていたことがあるのだが、Gの大文字の筆記体が右のような、私たちが習ったことのない字形で教えられていた。私たちのころには、小文字の を上にずらして大きく書くだけだったので、まごついたものである。当時は、今日のようなOA化はまだまったく起こっていなかった。
手書きの必要が少なくなっている今日、日本語の文字表記におけるOA化の影響は、アルファベットの筆記体の衰退以上に深刻である。ともかく、今の生徒は漢字がきちんと書けない。自分の生徒時代を忘れているせいもあるのかも知れないが、それにしてもひどいという気がしている。やがて、漢字を正確に書くということは、書道を習った人だけの特殊技能になるのかも知れない。しかし、一方で、テクノロジーの進歩で、コンピュータで表示できる漢字の種類はどんどん増えている。そのため、読む力は書く力ほどには衰えてはいない。
2001/06/03 日曜日 三角形の会話 
ひさびさで学生時代の友人が集まって飲んだ。その席で、ある夫婦から聞いた話が話題に出た。子供が独立し、二人だけの生活になったばかりである。二人の会話は、まず何かの話題を設定して行われる。「あれは〜やなあ」「あれは〜ねえ」という具合で、いわば、三角形の会話である。三角のもう一つの頂点は、もう20年以上も子供であった。そのくせがまだ抜けていないのである。この夫婦、実は高校時代からの仲である。そんな二人でも、結婚して子供が生まれると、こういうふうになってゆくものらしい。
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