きのう来た中学生のメールを読み直し、急いで返事を出したため、質問の意図を誤解していたことに気づいた。下記のような新しい返事を送った。「選挙制度の話」を読んでメールを送ってきたものと思うが、こういうことにも答えることもあるとは予期していなかった。専門外のことなので、読者の中で「おかしい」と感じられた方は御教示いただきたい。
ごめんなさい。前の返事はあわてて出したので、君の意図を誤解していたようですね。別に自分が総理大臣になりたいというわけじゃなかったね。僕は、専門家じゃないから、正確ではないかも知れないけど、分かる範囲で答えます。くわしいことは、本やネットで調べてください。(信太一郎)
日本の場合、首相は国民が直接に選ぶのではなく、国会議員によって選ばれます。これを議員内閣制といいます。国会議員は政党に分かれていますから、政党ごとに自分のところの党首に投票します。単独で国会の過半数を占める政党があれば、その政党の党首がそのまま首相になります。日本では長く、自民党が国会の過半数を占めてきましたから、自民党内の選挙で選ばれた総裁が、首相になる時代が続いてきました。自民党の総裁選挙は、国会議員の票のほか、各都道府県連からの票を加えて争われます。都道府県の票が誰に回るかは、それぞれ党員による選挙で決められます。
国会で選ばれた首相は、国会の制約を強く受けます。何かしようと思っても、法案が法律として成立しないと、政策は実現できません。そのため衆参両院で過半数の支持を常に確保しておかなければならなくなります。
いまの自民党は参議院では過半数をとれていません。このため、連立といって、公明党や保守党と手を組んでいるのです。しかし、首相は圧倒的に大きい自民党から選ぶことで了解ができていますから、今も自民党の総裁選挙が実質的に首相を決めています。
自民党は、過半数を割ったことはあっても、国会での第一党の座を失ったことはありません。しかし。過半数を確保しない限り、いつも自分のところから首相を出せるとは限りません。共産党以外の中小政党が連立して日本新党の党首の細川さんを首相として、自民党を野党にしたこともあります。野党とはならないまでも、過半数確保のため、連立を組む社会党の村山さんに首相を譲ったこともあります。
社会党はそれまでずっと自民党とは対立する政党だと考えられてきました。自民党と連立するために、それまでの主張の多くを180度変えたりしました。これは、社会党に投票した国民の意思ではありませんでしたから、「裏切られた」と感じた支持者の多くが離れていきました。議員内閣制では、このように政党間の取引で首相が決まるため、国民の意思とは反する結果が生まれることがあります。 首相を国民の直接選挙で選ぶ首相公選制が唱えられるようになったのも、このような経過があったからです。
首相公選制を実現するには、憲法を改正しなければなりません。しかし、その際についでに憲法のほかの部分、とくに武力放棄を規定した第9条まで変えられるのではないかと警戒する人が多く、これが首相公選制実現を難しくしてきました。小泉さんは首相公選制の実現以外に憲法は変えないと言っているようですね。憲法の改正は、国会議員の3分の2以上が賛成し、国民投票で国民の過半数が賛成することが必要ですから、なかなかできないのです。首相公選制を実現するには、首相の権限をこれまでとどう変えるのか、あるいは変えないのかも含めて、広く支持を集められる内容にすることが前提となります。
国を代表する人を「元首」といいます。元首としての大統領を国民投票で選ぶ国はたくさんありますが、首相を国民投票で選ぶ国はあまりありませんでした。しかし、 日本の場合、天皇が「元首」なのかという問題があります。憲法の規定では単なる「象徴」なのだから、首相を公選制にすることに何の差支えもないということで、首相公選制が現実味を帯びてきました。イスラエルが元首である大統領を実権のない名誉職とした上で、首相公選制を実現したことも追い風となっています。
なお、総理大臣の「大臣」とは、「大きな臣(家来)」ということです。昔の憲法では日本の元首は国民の制約を受けない天皇でした。だから、「大臣」というと偉そうですが、「大きい」とはいえ「家来」であることに変わりはなかったのです。総理大臣の通称である「首相」の「相」にしても、「助ける」という意味がありますから、天皇を象徴とした今の憲法のもとでは、その呼び名を考えなおす必要もあると思います。