「信太(しだ)」は
珍姓か?

「信太」姓の発祥地である霞ヶ浦には、「信太の浮島」という名勝がある。この写真は、好きな道、好きな場所という記事のあるサイトにお願いして貸して頂いた。地元には浮島小学校という学校もある。

 私の苗字はよく珍しいといわれる。「聞き取れない」「書けない」「読めない」の3拍子そろっていることは確かである。名前を聞かれて「しだ」と答えると、その前に一字補いたがる人が多い。圧倒的に多いのは「い」であり、知らない間に「石田」になっていることがよくある。「岸田」「菱田」と聞き取られたこともある。第二に書けない。「志田」と書かれることが最も多い。何度か会う機会のある人は、はじめの「信」だけは覚えてくれるのだが、それでも「信田」と書いてしまう。「だ」も「田」ではなかったことも覚えていて、毎年「信多」と年賀状を送ってくる人もいる。第三に読めない。「しんた」「のぶた」が多いが、たまに無神経な人が「しんだ」と読む。子供が小さいころ高熱を出し、連れていった病院でそう呼ばれたときには、ふりがなをつけて出したこともあって、シチュエーションを考えろと言いたくなったものである。

信太姓の分布
都道府県 件数 @ A
北海道 135 10 16
青森 7 2 1
岩手 2 1 0
宮城 11 2 1
秋田 287 86 33
山形 1 0 0
福島 6 1 1
茨城 33 5 4
栃木 6 1 1
群馬 5 1 1
埼玉 48 4 6
千葉 116 10 14
東京 78 4 9
神奈川 45 3 5
新潟 1 0 0
富山 1 0 0
石川 0 0 0
福井 0 0 0
山梨 0 0 0
長野 6 1 1
岐阜 1 0 0
静岡 9 1 1
愛知 4 0 0
三重 13 3 2
滋賀 1 0 0
京都 2 0 0
大阪 8 0 1
兵庫 10 1 1
奈良 8 2 1
和歌山 0 0 0
鳥取 1 1 0
島根 1 0 0
岡山 0 0 0
広島 6 1 1
山口 0 0 0
徳島 0 0 0
香川 0 0 0
愛媛 0 0 0
高知 1 0 0
福岡 3 0 0
佐賀 1 1 0
長崎 0 0 0
熊本 0 0 0
大分 0 0 0
宮崎 0 0 0
鹿児島 1 0 0
沖縄 0 0 0
 件数とは電子電話帳『写録宝夢巣』Ver.8による全国858件の信太姓のヒット数中の各都道府県におけるヒット数。人口はその約4.5倍前後と思われる。@は各都道府県人口10万人あたりの信太姓の出現数。Aは各都道府県が全国の信太姓に占めるパーセンテージ。@Aとも四捨五入のため件数があってもゼロになっていることがある。

 しかし、私の姓は、さほどの珍姓ではない。Googleなどで「信太」と打ち込んで検索してみると、私の親戚ではない同姓の人がたくさん出てくる。読み方は私と同じ「しだ」が圧倒的に多く、「のぶた」や「しんた」は少ない。「のぶた」「しんた」は、あとで「しだ」を読み替えたものと思われる。同じ字を書いて読み方が違う場合は、読みにくいほうがもとだと考えたほうがいい。わざわざ読みにくくする人はいないからである。テレビ司会者に逸見(いつみ)正孝という人がいたが、私の中学・高校時代を通じた同級生に逸見(へんみ)がいた。勝呂(すぐろ)誉という俳優がいるが、昔のスキー選手にこれで「かつろ」と読む人がいた。最近、「のぶた」と読まれることが多くなった。テレビドラマの『3年B組金八先生』に「信太(のぶた)」という苗字を持つ生徒が出てきたためである。そののち、これがヒントになったのか、大阪の白岩玄という若者が「小谷信太」という生徒を主人公にした『野ブタをプロデュース』という小説を書き、テレビドラマ化されて放映されている。およそ、創作をする人には、人の名前は架空の名前であればこそ、もっとありふれた名前を選んでほしい。迷惑な話である。

 日本人の苗字は同一の漢字表記(東の場合、「あずま」「ひがし」)だけでも10数万種はあるという。その中で信太(しだ)姓は4000人近い人口があり、どう少なく見積もっても上位5000傑には確実に入るようだ。だからこそ、ネットでたくさん出てくるのである。それなのに珍しがられるのは、先に述べた3拍子がそろっているためであろう。珍しい苗字と珍しそうな苗字は一致しない。たとえば「堀石」という苗字を名のる人は全国で20人ぐらいしかないが、ごくありふれた苗字に見える。「堀」も「石」も苗字に使われる文字としてはきわめてありふれているためであろう。

 日本人の苗字は圧倒的に二字が多く、しかも二字目にくる字(結び字)は、「田藤山川村口原野井崎岡島本谷沢木橋」などきわめて少数の文字が際立って多い。「太」という結び字は確かに珍しく、直接の記憶としては、中学の同級生にいた「羽太(はぶた)」ぐらいしか思い出せない。大衆芸能の研究家に「加太(かだ)こうじ」という人がいたが、もとは「かぶと」と読んでいたのだと本人が書いていた。

 日本人の姓が10万種以上もあるといっても、そのすべてが同じような数で分布しているわけではない。信太より多い最大4000種の姓を名乗る人の比率は9割前後にも達するはずである。また、私は教師という職業柄、新入生を持つときには、一度に数百人の生徒の名前を覚えなければならない。それを何度も繰り返していると、信太などより珍しい姓に出会うことはざらにある。あんまり自分の苗字を珍しがられると、この人は世間が狭いのではないかとついつい思ってしまうのである。

 関西に来てからは、よく「しのだ」と読まれる。大阪府に「信太(しのだ)」という地名があるせいであり、しかも「恋しくは訪ねきてみよ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」の歌で知られ、平安時代のスーパースターである陰陽師安倍晴明の出生にまつわる有名な伝説があるためだろう。もある。この地名に由来する「信太(しのだ)」姓もあり、平安時代の「新撰姓氏録」に載っているほどの古い歴史を持つのだが、現存の読みとしては稀といってよい。

 私の苗字は、今の茨城県稲敷郡に由来するようである。稲敷郡は明治になって信太(しだ)郡と河内(かわち)郡とを合併して設けられた。信太は私の母方の苗字だが、母方は江戸時代以降は代々秋田県に住んでいた。秋田藩主の佐竹氏は徳川によって秋田に転封されるまでは、常陸(現茨城県)の武士であった。信太姓が秋田に多いのはその辺の事情と関係ありそうである。伊豆に流された頼朝にとっての最大の敵は平家ではなく、源氏の主導権を争う関東の同族だったというが、頼朝の叔父に「信太三郎先生(せんじょう)義広」という人物(平家物語にも史実とは違う形で出てくる)がいて、頼朝と争って敗れ、木曾義仲に保護を求めた。これが後の頼朝と義仲の不仲の原因だという。祖父は義広の子孫だといっていたが、佐竹氏について秋田に移った小田氏の陪臣に信太(「志田」と書くこともある)がおり、こちらのほうがつながりがありそうだ。大阪の信太の伝説には及びもないが、茨城県には「信太(しだ)の小太郎」という伝説もある。

 奈良時代に各国に作らせた風土記のうち、完全に残っているのは、常陸、播磨、出雲、肥前、豊後の五つだけだが、常陸国風土記には、信太郡についての記述も詳しい。万葉集には、信太郡出身の防人物部道足の歌として、つぎの2首が載っている。

押し照るや難波の津ゆり船よそひ吾(あれ)は榜(こ)ぎぬと妹(いも)に告ぎこそ

常陸さし行かむ雁(かり)もが吾(あ)が恋をしるして付けて妹に知らせむ

 関西の人に「これはふつう『しのだ』と読むんじゃないですか?」と言われたことがある。非常識で悪かったねという気がした。別に読めないのを責める気はない。正しい対応は、「これ、何て読むんですか?」と聞くことである。ときどき、「しんたさんですか」と電話がかかってくる。「しだ」だというとひどく恐縮してみせる。セールスをするなら、最初に自分が何者かを名乗り、そのあとで「何と読むのか」とでも聞けばいい。それが常識だと思うのだが、そういう常識を守った電話がかかってくることはめったにない。一般に少ない苗字ほど、あとで読みかえるために、読み方が多くなる傾向があるので、思い込みは慎まなければならない。呼ばれる方にも、名刺にふりがなをつけるなどの配慮が必要である。

インプレス・グループの市販素材集より。
 祖父の故郷であり、「信太」が「近藤」に次ぐ大姓となっていた秋田県の山本町は、日本一のじゅんさいの産地として知られていたが、小泉政権下での地方自治自治切り捨てにより、今では隣接する琴丘町、八竜町と合併され、三種町となった。新町名が、単に三つの町が合併したからということではなく、旧3町のいずれにも流れる川の名前であるということが救いである。

 初めに記した表を見ると、信太姓は全国の3分の1が秋田、3分の1が首都圏、3分の1がそれ以外の地域に住んでいると考えてよさそうである。信太姓は秋田県の中でも北部の山本町にかたまり、とくに祖父の生まれた豊岡という集落に多い。祖父の小学校時代はクラスの3分の2が信太姓で、下の名前で呼び合っていたという。そんな所で育ったものだから、祖父は東京に出てきて自分の苗字が読めない人がいるのがショックだったらしい。郷里の父に手紙を出したときには、住所のあとに「御父上様」と書いたそうだが、手紙はちゃんと着いた。裏に自分の名前を書いてあったからである。地元の郵便局員なら誰でも誰が誰の息子かを知っている。

 しかし、私の母の一族でもう秋田に住んでいる人は誰もいない。この表を見ても、首都圏を合計すると秋田を上回る。それ以外では北海道に多いのが目につく。北海道への移民は西日本からも行われたが、やはり近くて寒さに強い東北人が最も多かったようで、北海道の苗字の分布も東北に近い。一方、東北人の定住先はやはり首都圏どまりとなることが多く、やはり西日本には少ない。添野さんのデータでは、漢字が同じ苗字は一種として扱われるので、「しのだ」とか、「のぶた」と読む人もこの中に算入されているが、少なくとも秋田の「信太」はほとんどが「しだ」であり、分布からみて全国的にも「しだ」が大半を占めるものと思われる。

 秋田以外で信太(しだ)姓の多いのは、千葉県の銚子市付近である。そのことは、たまたま銚子に仕事で行った叔父から聞いたことだったのだが、銚子は、苗字のもととなった土地に近い。首都圏の中でも東京ではなく、千葉がトップになっているのも銚子付近に住む人の人口が加わるせいであろう。この表を見ていると、信太姓を通じて、明治以降の人口移動の激しさが見えてくる。明治以前には信太姓は秋田と千葉以外にはほとんどいなかったのではないかと思う。そして、そのことから、一般に明治以前に住んでいた土地に子孫がそのまま今も残っているのは、もはや半数にも満たなくなっているといっても、過言ではないように思う。「しだ」という地名は、宮城県の志田郡や静岡県の志太郡など、あちこちにあるようだ。地名学者の鏡味完二氏は「芝」という意味だとしているが、これも一つの説に過ぎず意味は不明である。

 なお、下記にリンクしたページが参考になる。

信太小鳥店」……秋田市にあるペットショップ。小鳥に限らず、犬、猫、魚などペットに関する相談に丁寧に応じてもらえる。遠い親戚かも知れない。
能代高校同窓生の苗字一覧」……秋田県立能代高校の平成7年度までの卒業生の苗字の統計。信太が中村よりも多い。

追記 このページをアップしてから、多くの未知の信太さんからメールを頂きました。大半は私と同じ「しだ」さんでしたが、「しんた」「のぶた」と読む人が2件ずつありました。興味深いことに、この4人の方のうち3人までが元は「しだ」だったと書いておられました。「しんた」「のぶた」は「しだ」からの読み替えと見てよさそうで、秋田県南部の横手市(の中の旧十文字町)に「しんた」が集中している以外、散在しています。周囲に信太姓が少なく、読んでもらえないからこそ、読み替えるのだと思います。大阪府の地名に起源のある「しのだ」は、「しんた」「のぶた」よりさらに少なく、分布はほぼ三重、奈良の両県に限られているようです。

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