掲示板過去ログ2003年4月(2)



3891. Re^3: 中国語って英語に似ているか? 高駒麗人KOMA  2003/04/15 (火) 21:41
> 中国で作られた漢語課文の「初級1」という初歩の初歩クラスでは、漢字はとんどなく → 漢字はほとんどなく

失礼しました。漢字はレッスンが進むと出てきます。






3890. Re^2: 中国語って英語に似ているか? 高駒麗人KOMA  2003/04/15 (火) 04:36
> > 「中国語は英語に似ている」は、中国語を学ぶ前に中学で英語と漢文を学んだ日本人に向けた説明でしょう。外国語だという事を認識して真面目にやろうという事でしょうか。>> そうでしょうね。漢字を書けば通じるという思いこみを断つには有効な手段かも知れません。

簡潔、的確な解説ありがとうございます。
大学の第二外語で中国語を取る学生は、外語などやりたくないが、漢字が同じで漢文みたいで楽だろうという思い込みで「チャイ語」にするケースが多いようです。
中国での短期コースで学んだ日本人女性の一人(少し年配)が「中国語は漢字があるから簡単だと思っていたら英語みたいにローマ字(ピンインの事)が並んでいてびっくりした」とおっしゃっていました。では教科書に振りがなでもついていると思っておられたのでしょうか。
中国で作られた漢語課文の「初級1」という初歩の初歩クラスでは、漢字はとんどなく
zhi to know
chi to eat
shi a poem
のように漢語のピンイン表記と英語の説明が並んでおり、日本人(特に年配の方々)は一種のカルチャーショックを受けるようです。「これ(この教科書)西洋人向けに作ってあるからねえ」等と嘆くかたもいます。中国語が外語である事を認識させるにはいい方法でしょう。

> ハンガリー語では逆に sz が [s] を、ただの s が [∫] を示すように聞いた覚えがあります。
四川省の英語名には Sichuanの他に Szechuan、Szechwanもあり、このsの次のzは何じゃらほいと思っていましたが、この綴りを發案した人にとっては、shでなくsである事を現す意味があったのでしょう。しかし現地音でShichuanだったら尚更話が複雑になります。




3889. Re^2: 香港人名について 高駒麗人KOMA  2003/04/15 (火) 03:42
>  ジャッキー・チェンだのレスリー・チャンだのという別名を設ける香港の習慣は好きではありません。種類の少ない英米の個人名とさらに種類の少ない中国の姓を組み合わせたら、同姓同名が多くなりすぎて困るんじゃないかと思います。

中国大陸の机場(空港)でも「香港・澳門・国際」コーナーと「国内」コーナーという区分で、ホンコンとマカオは未だに外国扱いです。
成龍 Cheng Longの英語名は Jakie Chanという綴りで日本では「ジャッキー・チェン」です。一方、桑田佳祐の曲をよくカバーしている「張学友」Zhang Xueyou/Zhong Hokyauは、Jacky Cheung、「ジャキー・チュン」です。これは紛らわしい。私としては「張学友」は「ヂャンシュエヨウ」又は「チョーガクユー」と呼ぶ方が自然です。
「張国栄」Zhang Guorongは Leslie Cheung「レスリー・チャン」のようですが、「ヂャングオロン」「チョーコクエイ」の方が馴染みがあります。
アグネスチャンは陳美齢Chen Meilingでした。越南呉のTranは「陳」で、確かにトランでなくチャンの呼ぶほうが原音に近いです。越南語のTrは
巻舌の[t∫]です。




3888. Re: 香港について  高駒麗人KOMA  2003/04/15 (火) 03:27
> しかしそもそも香港ってどこの国の領土なんですか?
日本語を学んだが英語を知らない中国人が、仕事上、香港の会社に電話すると英語の録音が受話器から聞こえてきて全くわからないという困った事が結構あります。安易に英語などを使うと却って言葉が通じない。日本では日本語、中国語では中国語を使うようにするのがベストです。
アメリカ兵はアラブで英語が通じないので困っていたようで、まあ、いい教訓になるでしょう。

>一般に金正日はキンショウニチとされる。しかしキンセイジツと発音して悪いということはないと思う。
「吉林省」は日本では「きつりんしょう」ですが、「きちりんしょう」の方が言い易い。電脳によっては「きつ」では「吉」という漢字が出ません。
>呉音と漢音の区別も、でたらめに読まれている印象があります
「せいじょう(成城)」、「へいじょうきょう(平城京)」、「けいじょう(京城)」、「びみ(美味)」、「いちりつ(一律)」も似たような物です。
「万達」Wandaは、中国に長くいる日本人が使う日本語でも「ワンダー・ホテルに行こう」のように「ワンダー」ですが、中国にきたばかりの日本人は「マンタツ」と言います。呉音で「マンタチ」、漢音で「バンタツ」の筈です。




3887. Re: 人名 信太一郎  2003/04/14 (月) 22:43
 金正日は、日本では初め「金正一」と漢字表記されていましたが、北朝鮮からの申し出で今の漢字表記になりました。朝鮮漢字音ではどちらでも同音です。因みに、「金正一」だと日本野球界唯一の400勝投手(のちに「金田」姓に変えて韓国籍から日本に帰化)と同姓同名となります。

 漢字の日本語読みをしないのなら、呉音の「キンショウニチ」も 漢音の「キンセイジツ」もどちらも正しくないということになるでしょう。モンゴル出身の初の横綱「朝青龍」が「アサショウリュウ」と呉音読み(漢音でそろえると「アサセイリョウ」)なのにその弟弟子の「朝赤龍」が「アサセキリュウ」(呉音でそろえると「アサシャクリュウ」)です。

 それ以前にこの兄弟弟子とも音訓が入り乱れています。いわんや呉音と漢音の区別など望むべくもないということでしょう。  




3886. Re: 香港について 信太一郎  2003/04/14 (月) 22:30
 香港に住む中国人は「華僑」だそうですね。中国に住みながらなぜ華僑なのかというと、今の香港の住民の大半は英領になってからの移住者とその子孫だからです。

 ジャッキー・チェンだのレスリー・チャンだのという別名を設ける香港の習慣は好きではありません。種類の少ない英米の個人名とさらに種類の少ない中国の姓を組み合わせたら、同姓同名が多くなりすぎて困るんじゃないかと思います。




3885. Re^2: どなたか教えてください。 信太一郎  2003/04/14 (月) 22:25
>本当の当確とは、(一位の候補者の得票数)−(二位の候補者の得票>数)>(開票されていない票数)にならない限り出せません。

 首長選挙や小選挙区制による議員選挙の場合は、上記の通りと思います。地方議会選挙は今でも複数当選制ですから、有効投票総数÷(定数+1)より大きい票を獲得したとき、本当の当選確実となります。

 都知事選挙で当確が出されたのは、おそらく10%未満だったのではないでしょうか? 確かにテレビ局の視聴率稼ぎに過ぎないでしょう。高校の大先輩である石原さんにはずっと都知事をすること、間違っても首相にはならないことを望んでいます。

 今の時代、パネルタッチの電子投票にしたら、開票作業にかかる費用が節約できます。投票の〆切のときに、ボタンを一つ押したらその場ですべての当選者が分かるでしょう。そうすればテレビ局の視聴率競争による当確の先陣争いはなくなるでしょう。でも、そこまで機械を信じていいのかどうか、不安に感じる面もあります。

 まるさん、久しぶりの選挙制度についての投稿、ありがとうございます。札幌市民さん、二度目の市長選挙があるので、しばらく近所がうるさいことでしょうね。




3884. Re^3: 英語 信太一郎  2003/04/14 (月) 22:14
> これに関しては、英語を使う必要性がなく余裕がある状態なのでしょうね。

 アイス・スケート場に fence polisher と呼ばれる女性がいると聞きます。スケートを覚える気は初めからなく、フェンスにつかまって滑って、教えてくれる男性を待つ人のことです。日本人の英会話の学習者の中にも、よく似た感じの人が少なくないようです。

> ネイティブからみれば、綺麗な発音で沈黙されるよりも、とにかくなんでも意見を言う人のほうが評価されるからです。これは、逆の立場で、日本人が外国人と日本語で会話するときも同じでしょう。

 そうですね。ぺらぺらの日本語で内容のない話をする外国人と、なまりの強い日本語で面白い話をする外国人と、どちらを選ぶかという問題と思います。英米人も同じことだと思います。




3883. Re: ReRe:英語 信太一郎  2003/04/14 (月) 22:08
> 結局価値を見出すのは、その人の受け止め方ではないでしょうか。

 そうですね。短気を起こして後悔している面もあります。日本の英会話教室はどこへ行っても同じ雰囲気と思います。

 2002/08/03 の日記を参照して下さい。

http://homepage1.nifty.com/forty-sixer/diary20028 




3882. 人名 辻本裕幸  2003/04/14 (月) 17:47
中国人韓国人の日本語読みについて。
一般に金正日はキンショウニチとされる。しかしキンセイジツと発音して悪いということはないと思う。しかしそれは聞かない。ある程度、中国人や韓国人の人名に使う漢字の読み方は、決められているものなのでしょうか?しかし私の感じでは呉音と漢音の区別も、でたらめに読まれている印象があります。




3881. 香港について 辻本裕幸  2003/04/14 (月) 12:05
しかしそもそも香港ってどこの国の領土なんですか?中国の領土ですか?とんでもない。そんなのウソウソ。英国は中国に返したと言っているが、ちっとも返していない。中国人は今でも香港に行くのに、特別な許可が無いと入れない。早い話が中国人にとって香港は外国と同じであると言うこと。っそりゃ、そうですわね。香港に大陸から人が押し寄せてきたら、イギリス、アメリカの白人の稼ぎの取り分が減りますから。だから50年間大陸は香港に関与しないと言う不平等な条件を課した。日本人イギリス人、アメリカ人は堂々と香港に入ってきて、旧宗主国人面している。2003年の今でも。なのに病気がおこってとか、都合の悪いことが起きたときだけ、香港の問題を中国に押し付ける。こういうのを植民地主義と呼ぶ。
 私は今本当に香港に行きたいのだけど。今は行かない。外人である私がそんなに簡単に香港に行ってはいけないから。中国の人たちが自由に香港に行ける様になるまで待ちたいです。




3880. Re: どなたか教えてください。 佐藤正彦  2003/04/14 (月) 11:40
> 「開票率」についてどなたか教えてくれませんか?
> 今日、テレビを見ていて開票率10%で当確って言っているのを見たのです。どなたかおしえてくれませんか?
> よろしくお願いします。

選挙速報の場合「開票率」よりも「当確」のほうが不確定要因を含みます。実際、各放送局が出す「当確」という数字は、99.XX% 当選という意味で、100% 当選という意味ではありません。なぜ、開票率が10%で当確が出せるとかというと、過去の経験上、この候補者がこの時点でこれだけ得票すれば、確実に当選するであろうという経験的なデータがあるからです。テレビが視聴率を稼ぎたいための便宜的なものです。しかし、その弊害もあって、総選挙のときは、毎回、1件か2件、落選者に当確を出してしまうときがあります。

逆に、開票率は、純粋に、(開票された票数)÷(総投票数)になります。本当の当確とは、(一位の候補者の得票数)−(二位の候補者の得票数)>(開票されていない票数)にならない限り出せません。




3879. Re^2: 英語 佐藤正彦  2003/04/14 (月) 10:41
>  学生時代、英会話の授業にちょっとだけ顔を出したことがあります。しかし、人の発音などにいちいち感心したり、冷やかしたり、笑ったりといった雰囲気がいやですぐ行かなくなりまし<

これに関しては、英語を使う必要性がなく余裕がある状態なのでしょうね。実際、海外に住んだ経験のある日本人や海外と取引のある日本人の間で発音の優劣が話題になることはありません。

ネイティブからみれば、綺麗な発音で沈黙されるよりも、とにかくなんでも意見を言う人のほうが評価されるからです。これは、逆の立場で、日本人が外国人と日本語で会話するときも同じでしょう。




3878. 開票率について 札幌市民  2003/04/14 (月) 01:36
わかりません




3876. ReRe:英語 m−スズキ  2003/04/14 (月) 01:21
>人の発音などにいちいち感心したり、冷やかしたり、笑ったりといった雰囲気がいやですぐ行かなくなりました。

社会人として英語をしています。地元地方公共団体主催の英会話教室に参加していますが、正直言ってそこで行われてる内容に関しては、上記のような感じで決してレベルが高いとは思えません。

それでも私が通い続けてるのは、あの場はネーティブの先生や他の英語学習者の仲間に対し、「俺はこれだけ勉強してるんだぞ」という普段の勉強の成果の、発揮の場であると受け止めてるからです。或いは「皆にみっともない所は見せられない」という気持ちになり、勉強の原動力にもなります。これは私だけでなく、他にもそう考えてる人はいると思います。

結局価値を見出すのは、その人の受け止め方ではないでしょうか。




3875. どなたか教えてください。 まる  2003/04/14 (月) 00:30
「開票率」についてどなたか教えてくれませんか?
今日、テレビを見ていて開票率10%で当確って言っているのを見たのです。どなたかおしえてくれませんか?
よろしくお願いします。




3874. Re^3: 武蔵 信太一郎  2003/04/13 (日) 23:32
 今日、電車の中で大学生らしき集団の会話を聞いていたら、「それって、めずらくない?」というのが聞こえてきて、びっくりしました。その前から会話が聞こえていましたから、「珍しくない?」の意味だということはすぐ分かりました。

 このままだと、「元カレに会ってなつかかった(うれかった)」なんて日本語も成立しそうです。「ら抜き言葉」どころか「し抜き言葉」です。こういうふうにして言葉は少しずつ変わっていくのでしょうが、一個人が出会う異世代は、せいぜい前後3世代ですから、言葉は変わるのが当たり前とは思わず、言葉が乱れていると思うようです。

 関東出身ながら、関西で国語(日本語)教師をしていますが、古文が苦手だという生徒に、「古文は千年前の関西弁だ」とつねづね言っています。




3873. Re^2: 報道の裏 信太一郎  2003/04/13 (日) 23:30
 SARSより怖いインフルエンザもあったような気がします。病原体が特定できておらず、そのため治療法がないというのが不安を増幅しているのでしょう。

 それにしても、中国のマラソン選手がオランダに入国を拒否されたというのはひどい話です。エイズ不安が広がっていた頃、日本の銭湯で「外人(白人または黒人)」が入浴を拒否されたのに匹敵するのではないでしょうか?




3871. Re^2: 武蔵 オネ  2003/04/13 (日) 21:28
>平安以前となると...

そうなんですか。ちょっと意外な感じがしました。となると、時代劇の時代へタイムスリップできるとしたら、大体どの時代へ行っても会話は成り立ちそう(冷静に考えてみたら結構くだらないことカシラ...)。
でもほんとに意外な感じがしました。現代文と古文が違うように、今の人のしゃべる言葉と昔の人のしゃべる言葉はまるっきり違うものと思ってました。




3870. Re: 報道の裏 フランスパン  2003/04/13 (日) 18:27
>中国で1000人無くなったということですが、中国の人口は13億人ですから、その中で1000人は少ないとは言えないが、人口比でいえば、騒ぐほどの割合ではないのではないか?

>そんな香港で、人が大量に死亡しているかのような報道はやめてほしいといったのです。

>13億いるうちの中国人が1000人ぐらい死んだのをいいことに、

そんなに死者はいないようですよ。
http://www.sankei.co.jp/databox/sars/sp_sars.html
 4/11現在WHO調べ 累積症例数2890 死亡数116

注意しないと、ご自分が大騒ぎの発信源になってしまいますよ。




3869. Re: 英語 信太一郎  2003/04/13 (日) 11:50
 学生時代、英会話の授業にちょっとだけ顔を出したことがあります。しかし、人の発音などにいちいち感心したり、冷やかしたり、笑ったりといった雰囲気がいやですぐ行かなくなりました。英語を母語にしないもののことだから、当たり前のことで、なんでこんなに一々騒ぐのか、もっと淡々とやればいいじゃないかと思ったものです。

 英語公用語化などというものは、英語を駆使できる人材の増加にはあまりつながらず、こういう雰囲気をますます助長させることにしかつながらないのではないか、と私は思います。

 SARSの問題については、辻本さんのおっしゃる通り、報道の政治的利用という面もあると思います。しかし、こういう感染症の問題は、自国にだけ責任を持てばいいということではありませんから、世界中が連携して瞬時に対応する体制が必要と思います。

 なお、この掲示板で、グエン・トラン・フォック・アン投手の「フォック・アン」が漢字では「福安」なのではないかと書きましたが、その通りでした。アン一家を扱った「にんげんドキュメント」(NHK)で父親がそう語っていました。父親は南ベトナムの警官だったそうです。なお、ベトナム語の tr というスペリングは、[t∫]という発音を示すようなので、「トラン」は「チャン」と表記すべきだと思います。この番組でアン君の兄の名が「トリ」となっていましたが、これもおそらく「チ」とすべきでしょう。




3868. 報道の裏 辻本裕幸  2003/04/12 (土) 22:59
すみません。また私のせいでトピックがずれましたね。私が言いたかったことは北京や上海で情報が公開されてなかったとか言うことじゃなくて、実際に人が死んでいるという香港に隣接している深せんでさえも、そんな話はあまり聞かなかったということです。ぎゃくにわたしは上海に帰ってきてそのニュースを聞いたのです。そんな香港で、人が大量に死亡しているかのような報道はやめてほしいといったのです。こういう報道を聞いたとき、賢い人間と国際人はなぜそういう報道がなされるか?の裏を探らなければならない。当時戦争中で、アメリカとしては日本のお金が(観光や、ショッピングで)、第三国に流れるのを防ぎたかったわけです。戦争援助に集中してもらいたかったわけです。それでうまい具合に13億いるうちの中国人が1000人ぐらい死んだのをいいことに、今大パニックが起きているかのような報道を流して錯覚させ、アジア方面への、あらゆる支出を防いだわけです。SARSについては中国は正確な報道をしていなかったと思いますが、イラク報道に関しては少なくとも日米より中国の報道は中立だったと思いました。




3867. 英語 辻本裕幸  2003/04/12 (土) 22:50
さらにケースバイケース。私が今学期から入った英会話上級班では中国人留学生が3人参加。うち一人はmy name is テイ サ ガ、みたいに日本語発音で言っている。あと二人はピンイン読みだ。一人はウムラウトUが入る名前で、カナダ人教師はそんなん発音できないから、ユーと呼んでいる。ひとりはそりじた音ZHが入る名前で、それも発音無理だから、ジャンさんとよばれている。私は昔は英会話の教室に入るのが怖かった。外国の人が怒涛のように英語をしゃべっているのが、恐ろしかったからだ。しかし今はそうは思わない。私は西安でアメリカ人らと同級生だったわけで、彼らが、一年たっても、ニーハオと多少銭しか話せなっかたのを見てきたわけで「ああ、どこの国の人でも外国語は難しいんだな」というのを目に見てきて知ったからだ。だからもう外国の人怖くないです。私たちが英語片言なのと同じなのですから。しかしテイサガさん、英語うまいです。私も勝たねば。




3866. Re: SARSについて フランスパン  2003/04/11 (金) 22:44
>いま日本でSARSについて過剰に報道しすぎです。私は今年三月中ごろ、香港でSARS患者が発見されたとき、広東省深せん市にいましたが、現地ではほとんど問題にもなっていなかったし、誰も騒いでいなかったですよ。

中国国内では、今まで情報が規制されていたようです。

<新型肺炎>中国が報道管制を解禁 香港紙報道
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030407-00002074-mai-int
>6日付の中国系香港紙「文匯報」は、北京の消息筋の話として、中国共産党宣伝部がこのほど、新型肺炎「重症急性呼吸器症候群」(SARS)の感染が報告されている省や自治区の主要メディアに対し、この問題 の報道を許可する緊急通知を出したと報じた。これまでの報道管制を事実上認めるものとなった。

SARS問題で対応の遅れ謝罪=中国当局者
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030405-00000137-jij-int

あと、「香港の新聞が、情報を公開しない中国政府に対し、異例の政府批判を紙面で展開した」というニュースも入ってきてましたよ。





3865. Re: こんなメールがきました。 信太一郎  2003/04/11 (金) 21:17
 警視庁のサイトに対処法が載っておりました。情報の提供ありがとうございます。

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/seian/kougaku/kougaku.htm




3864. Re: 人名 信太一郎  2003/04/11 (金) 21:07
 残念ながら、今の日本では、音読みと訓読みの区別がつかない人が多すぎます。たとえば「谷」という字は、音読みが呉音も漢音も「コク」です。しかし、訓読みには「たに」と「や」があります。「渋谷」という人がいれば、関東では「しぶや」と読みますが、関西では「しぶたに」が普通です。関東の「や」という読み方は「やつ」や「やち」が略されたもので、純然たるやまとことばです。私が中学時代を過ごした鎌倉には「扇ヶ谷(おおぎがやつ)」などの「やつ」地名があります。

 耳で聞いてすぐ分かるのが訓読みで、分からないのが音読みだという説明が、今の日本の学校ではよく行なわれます。しかし、「肉」という字に関しては、すぐ分かる「ニク」が音読みで、すぐには分からない「しし」が訓読みです。「谷」の字に関しても、「や」というのは音読みだと思いこんでいる人がかなりいます。重箱読みや湯桶読みもあることはありますが、音読みは音読み同士というのが普通ですから、「谷」の音読みは「渓谷(ケイコク)」の「コク」です。

 「谷」という姓は、中国人には珍しくないと思います。日本人にも読み方は「たに」であってまるで違いますがたくさんいます。しかし、韓国・朝鮮には「谷」姓はまずいないと思います。

>やはり問題は日常生活で中国人や韓国人と接する機会を持った日本人が少なすぎることだと思う。

 おっしゃる通りです。「李」を「季」と書いたり、「崔」を「催」と書いたりする日本人を見るとイライラします。中国には「季」姓は実在し、「李」姓のような大姓に比べれば比較にならないほど少ないにしても、まれというほどではないでしょう。しかし、韓国・朝鮮にはゼロではないかと思います。「催」にいたっては、中国でもゼロでしょう。

 耳を三つ書く漢字の読み方が「ジョウ」であることは知っています。確か、今の中国国家の作曲者がその姓でした。「ニエ・アル」と読まれるこの作曲者は、日本の湘南海岸で海水浴中に水死したと聞いております。





3862. Re^3: SARSについて 信太一郎  2003/04/11 (金) 20:40
 中国の衛生省が出している感染者数は、死者数の5倍程度です。かかったら5人に1人が死ぬとすれば怖い病気ですが、これは、中国政府が感染者数をきちんと把握していないか、していても公表していないためで、実はこれほど死亡率が高いとは思えない、と私は今のところ考えております。

 水際で病原体を防ぐのは、銃器や麻薬を防ぐより大切なことで、防疫体制の充実が望まれます。どこかで、新たな病気が発生すると、飛行機に乗って明日にも地球の裏側に現れるのが現代です。それにしても、治療法が分からないというのが、パニックのもとになるのは当然でしょう。治療法が分からないということは、予防法も分からないということですね。マスクなんかで防げるものなのかどうかも疑問です。




3861. Re: 武蔵 信太一郎  2003/04/11 (金) 20:30
> あー眠い。
> 時代劇を見るとよく思うことです。

 私たちのころには、現代劇も同じでした。たとえば、今まで室内で話をしていた人が別れるときには、室内から階段を降りて外に出てタクシーに乗って走り去るところまで、ぜ〜んぶ映すのです。今の映画では、室内で「さよなら」と言ったあとに、いきなり走り去るタクシーが映し出されることでしょう。

>江戸時代に行ったとしたら、その時代の人と会話が成立するか

最初は通じないと思いますが、なれたら案外簡単に会話が成立すると思います。岩波古典大系で江戸時代の滑稽本など読んでみてください。文字で読むならけっこう分かりますよ。でも、実際に耳で聞いたら、慣れるまでに時間がかかるでしょう。日本語が昔の日本語から今の日本語に変わったのは、室町時代のことだったと言われています。平安以前となると、発音が「やま」は「やま」だったし、「うみ」は「うみ」でしたが、「かわ」が「かふぁ」だったり、「あさ」が「あつぁ」だったりする上、文法や語彙も今とはだいぶ違っていて、もっと難しいことでしょう。

>大河ドラマの武蔵で使われる言葉はなんだか現代風でありすぎる

 厳密に時代考証をしていたら、時代劇なんて退屈でしょうね。「ロード・オブ・ザ・リング」なんて、日本の時代劇よりもっと退屈になってしまうだろうと思います。「武蔵」は、時代を昔に設定しただけで、現代のドラマなのでしょう。おっっしゃるとおり、「古文」的な言葉づかいを散りばめているだけで、当時の言葉にしたら、ほとんどちんぷんかんぷんでしょうね。私たちは小さい頃、時代劇をけっこう見ていますが、それすら、「古文風」のものでした。はたちのオネさんが「よく思う」ほど時代劇を見ているというのが、意外な感じがします。

 ところで、武蔵は吉川英治のおかげで岡山県出生とされていますが、実は兵庫県出生だという説があります。今年は大河ドラマがあるおかげで、どちらも観光資源とばかり、うちが本当の出生地だといって宣伝合戦をしています。そういえば、私の子供の小学校時代に、何と「宮本武蔵」というそのまんまの名前の同級生がいました。




3859. 人名 辻本裕幸  2003/04/11 (金) 13:01
名前については、本当ケースバイケース。私は自分の名前辻本裕幸が人から間違って呼ばれたり、よんでもらえなかったりした事はない。これは信太さんから見たら、すごく贅沢な恵まれたことでしょう。一方信太さんは中国語ならばxintai yilang 。中国語でも日本語でも発音がほとんど同じでしょう?だから私みたいに慈吉莫図とかめんどくさい名前を考えなくても、そのままの名前で、いい。これは私から見たら、とんでもない贅沢。ものすごく羨ましいですよ。私が中国人からshibenと呼ばれて怒るのは、私の名前が「ジュッポン」ではないから。もしそうなら、shibenでも怒らないです。
 信太さんはご自身の生活と韓国朝鮮にとても重要な関係があるんだと思います。ですから、韓国人の人名に関しては、理屈で割り切れない思いがあるのだと思います。しかしひょっとしたら、信太さんの今の生活において中国は余り関係が大きくないのかもしれません。ですから信太さん自身中国での人名問題には余り積極的ではないのではないでしょうか?
 一方、私は自身の生活において中国韓国両方とても重要である。私自身望まなくても毎日中国人や韓国人(の女性というのがタマに傷だが)と知り合う機会が多いのですから、黙っていてもケースバイケースが沢山できてきます。この前韓国人留学生の「具」さんという人と知り合った。名前にフリガナが振っていなかったのでなんて読むかわからんかった。だから私はいつもその人と会ったら、「グ」さんと呼びますが、本人はちゃんと「はい」と返事するし、「ハングル発音で呼べ」とかそんなあほな事は言ってきませんよ。このケースでは日本語発音でいいというケースだ。他にも羅姫福という人は、みんなからヒメフクさんと呼ばれていますが、ヒメって訓読み何じゃないですか?訓読みが入るケースである。私の好きな中国人の女性は、耳をみっつ書いて、日本語ではジョウと読むみたいだが、初めてあったときなんて読むか分からなかったので北京語のnieと呼ぶのが定着した。中国人の名前が現地読みされるケースだ。一般に私は、金正日をキンショウニチと発音している。それは私はあの富永一郎みたいな顔したおじさんと友達じゃないから、こういう風に呼んでくれと言う希望を聞いていないので、日本語発音で言うしかないからである。
 やはり問題は日常生活で中国人や韓国人と接する機会を持った日本人が少なすぎることだと思う。




3858. Re^2: SARSについて 佐藤正彦  2003/04/11 (金) 11:51
>  騒ぎすぎということは確かにあります。ロッテルダムで開かれるマラソンの女子で優勝候補の一角の中国選手が入国を拒否されたと聞きます。
>

SARS については、産経新聞のこちらのページが詳しいです。

http://www.sankei.co.jp/databox/sars/sp_sars.html

実は、アメリカは感染者人口では、世界3位です。各国政府の対応や情報公開に対する批判は、当然、相互に注文をつけるほうがいいですが、スポーツ選手のように個人に対する攻撃は納得できません。

また、あれほど、香港や中国と人的交流のある日本の感染者数がいまだに、ゼロというのも不思議なことです。アメリカやカナダが100人近い感染者数を出しているのに、日本だけゼロというのは、日本政府の情報公開の姿勢に問題があると思います。(どう考えても日本国内に感染者はいるでしょう。)日本こそ、今、真剣に対応をとらなければ、香港や中国の流行が落ち着いたころに、日本だけが、爆発的に感染者数を増やし、世界から隔離されることになりかねません。

言語とは、関係のないことですが、今すぐ身に危険が及ぶ問題なので情報を掲載しました。




3857. 武蔵 オネ  2003/04/11 (金) 10:31
あー眠い。
時代劇を見るとよく思うことです。
もしも、ですけど、タイムスリップして江戸時代なら江戸時代に行ったとしたら、その時代の人と会話が成立するか、ということです。古文がサッパリわかりませんし、その時代の人の言うことはわからないんじゃないかと思います。ただ書き言葉をそのまま使って話すわけじゃありませんから、絶対無理、ってわけでもないんだと思うんですけど。

これは余談ですが、大河ドラマの武蔵で使われる言葉はなんだか現代風でありすぎるような気がして、たまに冷めちゃう時があります。ぼくとしてはもう少し『古文的』であったほうが雰囲気が出ていいと思うですけど、どうだろうかな...




3856. こんなメールがきました。 怒れる者  2003/04/10 (木) 21:54
 変なメールが来ました。まったく身に覚えがありません。何か情報が得られるかも知れないと思って検索すると、下記のようなページがあった。私のところにきたメールは、下記掲示板の:【未納料金お知らせ】でショウさんという人が紹介しているメールと徴収整理番号も請求金額も同じで、被害者には女子中学生までいるようです。

http://kan-chan.stbbs.net/cgi/board/life/#2

 こんな雑なメールで金がだましとれるとは思えないので、いわゆる「愉快犯」でしょうが、こっちは不愉快きわまります。





3855. Re^3: 御返事 信太一郎  2003/04/10 (木) 19:05
 佐藤さんの投稿の前半についての考えは、高駒麗人さんへの返信で書きました。だましでも何でもいいから、やる気を起こさせるというのは大事なことです。

 恥ずかしながら、私も大学時代の第二外国語がドイツ語でした。読み方が規則的で楽な反面、訳のわからない複雑な文法に泣かされました。「出る」「出す」「出む」「出ん」なんて夫婦喧嘩じゃあるまいしなどと級友とドイツ語の悪口を言い合っていました。"Ich humbatte das Untsch." なるインチキなドイツ語を唱えて喜んでいる奴もいました。

>個人的には、中国語と英語がそんなに似ているとは思いません。

 私もかけらもそうは思いません。同様に、中国語と日本語、英語と日本語も、借用関係が生じる以前は、まるで無縁な言語だったと思います。




3854. Re^3: 我飯吃過了 我酒不喝 信太一郎  2003/04/10 (木) 19:04
> 「中国語は英語に似ている」は、中国語を学ぶ前に中学で英語と漢文を学んだ日本人向けの説明でしょう。外国語だという事を認識して真面目にやろうという事でしょうか。

 そうでしょうね。漢字を書けば通じるという思いこみを断つには有効な手段かも知れません。

> >なお、ワルシャワは Warszawa だったと思います。
> そのようですね。ご丁寧にどうもありがとうございます。

 高駒麗人さんのミスタイプに過ぎないことは重々承知しておりました。[∫]という音の表記は英語、ドイツ語、フランス語の順に sh,sch,ch とまるで統一していません。

 Warszawa については、たまたまスペリングを記憶していただけで、ポーランド語で sz というスペリングが常に [∫] を示すのかどうかは知りません。一般にヨーロッパの言語では、[∫] が [s] より「特殊」な音と見なされるようですが、ハンガリー語では逆に sz が [s] を、ただの s が [∫] を示すように聞いた覚えがあります。中世ネーデルランドの有名な画家として、私たちの世代では「ボッシュ」と覚えた画家がおりましたが、今では「ボス」と呼ばれているようです。オランダ語のスペリングの詳細を知らないので、なんでだろうと思っております。




3853. Re: SARSについて 信太一郎  2003/04/10 (木) 18:24
 騒ぎすぎということは確かにあります。ロッテルダムで開かれるマラソンの女子で優勝候補の一角の中国選手が入国を拒否されたと聞きます。

 でも、やはり得体の知れない病原体はこわいという気持ちは私にも分かります。

 SARSが最初にUSAで起こったら、アメリカの選手がオランダに入国を拒否されるとは思いません。すべてが力関係で動いているのが今の世界なんだろうと思っています。




3849. SARSについて 辻本裕幸  2003/04/10 (木) 13:03
言語と関係が無いので、もし問題があれば、ボツにして頂いて良いのですが、これだけは言っておかなければなりません。いま日本でSARSについて過剰に報道しすぎです。私は今年三月中ごろ、香港でSARS患者が発見されたとき、広東省深せん市にいましたが、現地ではほとんど問題にもなっていなかったし、誰も騒いでいなかったですよ。もちろん私も感染していない。中国で1000人無くなったということですが、中国の人口は13億人ですから、その中で1000人は少ないとは言えないが、人口比でいえば、騒ぐほどの割合ではないのではないか?今それで中国人や留学生が大変迷惑している。日本の数少ない友好国の人を、混乱にさらすような報道は勘弁していただきたい。




3848. Re^2: 御返事 佐藤正彦  2003/04/10 (木) 10:11
>  「中国語が英語に似ている」という言い方はやめましょう。英語を先に勉強したからそういう錯覚をしますが、あくまで「英語が中国語に似てきた」のです。
>

別に、これはかまわないと思います。
日本語を話す人で、韓国語を学習する人に、「韓国語は日本語に似ています」と説明すれば、その日本人はやる気がおきるでしょうし、韓国語を話す人で、日本語を学習する人に、「日本語は韓国語に似ています」といえば、同様にやる気がおきるでしょう。また、私が、大学のときに、ドイツ語を選択した理由は、まさに、「ドイツ語は英語に似ている」という単純な理由でした。その後、歴史的にみれば、英語のほうがゲルマン諸語から派生したし、中身をみれば、ドイツ語と英語は、文法的にはかなり違いが多いことに気づくのですが、初学者にとってみれば、二次的な情報です。

といっても、個人的には、中国語と英語がそんなに似ているとは思いません。




3847. Re^2: 我飯吃過了 我酒不喝 高駒麗人KOMA  2003/04/10 (木) 02:26
「中国語は英語に似ている」は、中国語を学ぶ前に中学で英語と漢文を学んだ日本人向けの説明でしょう。外国語だという事を認識して真面目にやろうという事でしょうか。

>「我吃飯了」といいながら「我飯吃過了」というのがなぜか
「我不喝酒」は「私は酒を飲まない」ですが、「私は、酒は飲まない(しかしコーヒーや茶は飲む)」という意味合いで「我酒不喝(不過、我喝珈琲或茶)」と言うようです。目的語が先だと強調になるのでしょう。「私はどんな酒も飲めない」は「我什麼酒也不能喝」です。

「食べるご飯がない」は「没有飯吃」になるのは簡潔で便利です。

>「結婚した」には「結婚了」と共に「結了婚」もありますし、「我成功了(うまくいった)」に対して「成了什麼功?(何がうまくいったの)」という聞き方もあります。
香港の人はcheck inを漢語に取り入れて「我 check了in」と言う事もあるようです。

>Pfizinger というマラソン・ランナー「プフィツィンガー」
この手法だと Pfizerは「プフィツェル製薬」ですね。

>なお、ワルシャワは Warszawa だったと思います。
そのようですね。ご丁寧にどうもありがとうございます。 




3846. Re: 御返事 信太一郎  2003/04/09 (水) 20:47
 「中国語が英語に似ている」という言い方はやめましょう。英語を先に勉強したからそういう錯覚をしますが、あくまで「英語が中国語に似てきた」のです。

 「我吃飯了」といいながら「我飯吃過了」というのがなぜかは、よく分かりません。英語で目的語が名詞か代名詞かで "Stand up the target." と言ったり "Stand it up." と言ったりするのを連想しました。"Stand the target up." というと、stand と up とが離れすぎますね。これを避けるのと同じように、「吃」と「了」とが離れすぎるのを避けたのではないでしょうか?




3845. Re^4: huとfu 華盛頓 瑞輝 など 信太一郎  2003/04/09 (水) 20:39
 非母語(外国語)を母語の音韻によらずに取り入れるのは難しいものです。Hualentiannu(華倫天奴)も Barenchino(バレンチノ)も似たようなものですね。

 Pfizer の pf の部分は、ドイツ語独特の音ですね。Pのように唇を閉じると同時にFのように上の歯を下唇の裏に当て一気に出します。いつか Pfizinger というマラソン・ランナーが来たとき、日本のメディアは「プフィツィンガー」と表記していました。これも「瑞輝」と似たようなものです。

 なお、ワルシャワは Warszawa だったと思います。 




3844. Re^10: 平等の名のもとの差別 信太一郎  2003/04/09 (水) 20:37
> 警察官に酷い目に合わされたなら、その悪い警察官個人だけを差別して憎めばよく、他の警察官も平等にして憎むというのは、警察官を他の業種から差別しつつ、警察官内部を画一化(平等化、十把ひとからげ)した感情です。

 もちろん、その通りです。でも、それが間違いだと言ったところで、まして酷い目に合わせたものから言ったところで、解決からは遠ざかるばかりです。相手が自分の間違いに気付くような振舞い方をすることが大事でしょう。




3842. 御返事 辻本裕幸  2003/04/09 (水) 10:20
私は文法については小学生並にうといので、あおいう抽象的な投稿しか出来ませんでした。申し訳ありません。もっと勉強して詳しく研究したいところですが。
 まああくまで主観ですね。中国語は英語と似ていないという私の主観でした。中国語でも「我飯吃過了」の様に、動詞の後ろに補語が来る場合は、日本語と同じ順序で言う事も出来るようです。なぜでしょう?




3841. Re^3: huとfu 華盛頓 瑞輝 など 高駒麗人KOMA  2003/04/09 (水) 01:27
> > > 北京語の「H」は【x】である。【x】はロシア語の「x」と同じような発音である。広東語の「H」は【h】である。【h】は日本語の「ハ行」や、英語の「H」とほぼ同じ発音である。
> これは私のミスタッチで、返信を書くつもりで、辻本さんの文のコピーが出たまま「投稿」しえしまった→してしまったものです。この文の書き手は辻本さんです。失礼しました。

Washingtonがシナ語で「華盛頓」Huashengdunになります。Warsawa(ワルシャワ、英語で Warsawウォーソー)も「華沙」Huashaですから、「華」huaを waで發音する方言(個人方言か地域方言)があるのでしょう。
Valentinoは「華倫天奴」Hualuntiannu(又は「瓦倫蒂諾」Walundinuo)です。中国人は外来語のvをwやfで取り入れますが、huaが?a、faになるなら濁音の hの huaが?a、vaになる事も理論上有り得ます。
上海語の「会」は hueのhが有声化してuを摩擦化し、?e(ヴェ)になっています。
「瑞輝」Huiruiが Pfizer(ファイザー)製薬だというのは、判じ物に近いですが、漢語の一部方言では huがfに近く、rがzに近いという知識があれば納得できます。




3840. Re^9: 平等の名のもとの差別 高駒麗人KOMA  2003/04/08 (火) 23:26
訂正:http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=2864
…このサイトでは張藝謀Zhang Yimouはチャンイーモウで、孫州→孫周SunZhouはスンジョウ、zhがチだったりジだったり不安定です。

警察官に酷い目に合わされたなら、その悪い警察官個人だけを差別して憎めばよく、他の警察官も平等にして憎むというのは、警察官を他の業種から差別しつつ、警察官内部を画一化(平等化、十羽ひとからげ)した感情です。
以前、朝生か何かで田原總一郎が言っていましたが、「所謂差別というのは括(くく)る事だ。『おまえは馬鹿だ』は差別とは言われないが『日本人は馬鹿だ』だと差別になる」。
近代フランスでは、国全体に標準France語(パリParis語)を押し付け、フランス国内のLangue d'Oc、Alsace語、Bretagne語等を罰札で弾圧しました。これは自由平等博愛のフランス革命で、人だけでなく言語も平等にしようというモットーに基づく悪平等です。日本が琉球でやった方言札による密告制度も同様ですし、最近でも三鷹の某アジアアフリカ語学校で教師が「(時間を)スーヂエンなんて言ったら蹴っ飛ばす」「スーヂエンなんて上海当たりのイナカッペーの發音だ」「上海語は雑音だ」「小さい頃覚えた中国語は忘れろ」と言うような事に現れています。
一方、Apartheit時代の南アフリカでは、人種だけでなく言語隔離政策もあり、黒人は黒人の言葉、白人は白人の言葉だけ使うようにされていました。このお陰で黒人は自分たちの民族語を保持できた物の、その見返りとして英語を学べず、政治に参加したり世界へ發言する機会を与えられなかったようです。




3838. Re: こんばんは 信太一郎  2003/04/08 (火) 22:28
 未来さん、お久しぶりです。新たなリンクありがとうございました。

>しかし自分のSF小説を展開する上では、自分なりに消化した考えを用いています。

 最近よんだある文章に、どんな文章にも飛躍はあり、飛躍の仕方は人ごとに異なると書いてありました。私もそう思います。したがって人と話をするときには、互いに相手がどのような飛躍をしているのかを知る必要はありますが、人それぞれの考えには人それぞれの飛躍があって当然だと思います。




3837. Re: 中国語って英語に似ているか? 信太一郎  2003/04/08 (火) 22:21
 中国語が英語に似ているというのは逆で、英語が中国語に似ているのです。もっと正確にいうと、英語が中国語に似てきたのです。たとえばloveという英語は「愛」という名詞でもあり、「愛する」という動詞でもあります。こういうことは、古い印欧語では考えられず、文法の簡略化によって生じたことです。

 日本人が中国語と英語が似ているというのは、SVOという語順になることをさすことが多いのですが、中国語が遠い昔からこの語順だったのに対して、英語がこういう語順になったのは新しい現象です。

 中国語が英語に似ていないというのは当たり前の話です。でも、だから日本語などに近いのかというと、それは違うでしょう。単に印欧語の文法に普遍性がないということであり、アジアの言語といってもさまざまです。アジアという言葉自体、ユーラシア大陸のうちの非ヨーロッパ部分という以外の意味を持ち得ず、本来はヨーロッパ人にとってのみ意味をもつ言葉に過ぎません。




3836. Re^8: 名前について 信太一郎  2003/04/08 (火) 22:11
>漢民族は Xintai Yilangと読むだけで、Shida Ichiroと読めと漢族に頼んでも無理でしょう。

 辻本さんへの返事にも何度も書いているとおり、私はそれでいいという考えです。その代わり、中国人の名前も日本語読みします。いずれにせよ、自分が日本人であることを名前で示しており、在日の通名(日本名)は、自分の民族性を隠すのか明らかにするのかという問題です。

 差別については、日本語と中国語を一緒にしてほしくないですね。良い区別と悪い区別があるといいながら、すべてを区別として一括して差別(悪い区別)まで容認しているようで、詭弁というほかありません。無意識に差別(悪い区別)者になっているのなら、たえずそれを意識化する覚悟も必要でしょう。

 崔昌華氏の感覚は、ある意味で一世の感覚と思います。日本人にひどい目に合わされたということで、差別をしない異民族を求めて牧師になったのかも知れません。だから、「チョイ」という読み方にも寛容なのでしょう。こういう感覚には確かに問題はありますが、それは、言葉の問題ではなく、生活体験の問題なのです。

 私と同年輩の在日二世が中学生のころ、朝鮮人の教師が生徒の朝鮮名を本国読みで一人一人教え、「英語みたいでかっこええやろ」と言ったとき、その人は「それは違うぞ」と思ったといいます。しかし、一世の感覚として今ならなぜあんなことを言ったのが分かるとも言っていました。まして、崔昌華氏の場合は、さらにアクが強いですから、今の在日の大半を占める二世以下の感覚を代表するものではありません。

 先日みたテレビドラマで、警察にひどい目に合わされたために警察不信になった女性が出てきました。すべての警官を信じないというのは確かに差別です。しかし、そんなこと理屈で言ったって考えが変わるはずもありません。そのドラマでは、そうなったのも無理もないと考えた警官がその女性のために献身的に働くことで最後に和解するのです。通俗的なドラマですが、それだけに生活に即した感覚を代表しています。そういう感覚を、民族を超えて持ちたいものだと私は思っています。

 この問題、高駒麗人さんは言葉の問題だと思って投稿しているのでしょうが、決して言葉の問題ではないのです。

  

 

    




3835. こんばんは 向井未来 [URL]  2003/04/08 (火) 17:07
こんばんは。
お久しぶりです。
4、5日前、「日本語は二重言語か?」を読ませていただきました。
貴ページから得るところはいつも「大きい」です。たいへん参考になります。
しかし自分のSF小説を展開する上では、自分なりに消化した考えを用いています。

このたび、またリンクさせていただきました。リンク先のアドレスは、
http://www.cna.ne.jp/~mirai-mu/kyojinzoku3.htm
です。
なお、以前リンクさせていただいておりますアドレス、
http://www.cna.ne.jp/~mirai-mu/rizumu.htm
と、
http://www.cna.ne.jp/~mirai-mu/kotoba.htm
は、そのまま変更ありません。今後ともよろしくお願いいたします。




3833. 中国語って英語に似ているか? 辻本裕幸  2003/04/08 (火) 08:56
「中国語は英語に似ている」は百回は聞いた。しかし私にはやはり中国語はどちらかと言えば日本語や朝鮮語の方により似ているような気がする。なぜか?と言えば、中国語でも形容詞(的用法の漢字)が述語になるからですね。英語のように「他是聡明」などと主語と形容詞の間にコピュラ動詞を挟む必要がない。正しくは「他聡明」で十分だと思う。日本語朝鮮語中国語そしてアイヌ語の間では、概して動詞と形容詞の区分が曖昧である。日本語は、動詞形容詞形容動詞を一つのジャンルとしてまとめているし、朝鮮語でも健康ハダ(健康する)みたいな表現がある。アイヌ語にいたっては動詞と形容詞の区分さえない。アイヌ語で赤いと言ったら、赤くなる。大きいと言ったら大きくなるの意味も含むという。中国語でも形容詞は直接述語になる。これは、ちょっとした東アジア言語の特徴ではないか?東アジア言語では動詞と形容詞が近いと考える。それに対して、私の知る限り、ロシア語やアラビア語など、ヒマラヤから西にある言語では、形容詞はむしろ名詞に近いものと解釈されているような気がする。ロシア語もアラビア語も、例えば名詞が、男性主格単数なら、それを修飾する形容詞も男性主格単数の変化をする。そしてこれらの言語では、そもそも形容詞が述語になるなんてことはできないのではないか?「あのリンゴは赤い」は多分アラビア語とかでは「あの赤いリンゴ」のような言い方しかできないのではないか?(違ったら御免なさい)英語はちょっとよく分かりませんが、主語と形容詞の間にbe動詞が入ると言うことは、やはり名詞に近いからそうなるのではないか?
 それともう一つ中国語と英語があまり似ていないなと思うのは、that節が無いことだ。しかしインドネシア語なんかにはあると言うから、これはアジア言語の特徴とは言えないかもしれません。あと中国語も日本語と同じように名詞に数の観念がありませんし、実質的に中国語も「私食べるご飯」式にある程度は直訳していける。欧米言語のように、格は何だったか?とか性別は?とか時制は?とかあまり考えなくて好い。私はやはり中国語は日本語や朝鮮語に近い言語に感じる(感じるだけですが)




3832. Re^7: 韓国人名への対応 訂正 高駒麗人  2003/04/08 (火) 02:41
> >本国の人は「チョン」でも気にしないが在日は「チョン」は嫌で「ジョン」にするということでしょうか。>
> そういう解釈もできるということです。
「鄭秀文」Zheng Xiuwenは日本で「サミーチェン」、「漂亮媽媽」の聾の少年「鄭大」Zhengdaは「ジョンター」です。(チャンダーの方が聞いた印象に近い気がしますが)
http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=2864
「鄭」が「チェン」と「ジョン」に分化していますが、これは、Sammi Cheng、Zhengdaという綴りの違いの影響もあるでしょう。青島もTsingtaoをカタカナにするとチンタオ、Qingdaoならチンダオになるでしょう。このサイトでは張藝謀Zhang Yimouはチャンイーモウで、孫州SunZhouはスンジョウ、zhがチだったりジだったり不安定です。

「ホントの話」にありますが、呉智英氏と対談した趙宏偉氏は「中国では“名随主人”が基本で、外国の人名知名でもその国の呼び方に習う」と言っていましたが、私は心底驚きました。では何故SuzukiをLingmuと呼ぶのか。趙氏は「日本をJapanと呼ぶ事に対する日本人の不満の声」を紹介しましたが、日本をRibenと呼ぶ事については「同じ『日本』という漢字で書いてあるから構わない」。これでは「名随主人」も絵に描いた餅です。




3830. Re^7: 名前について 良い差別と悪い平等 高駒麗人  2003/04/08 (火) 02:27
>  進んで従うという意味でしょうか? 私だったら可能な限りの抵抗をします。

それには敬服しますが、「信太一郎」という漢字表記が守られたとしても北京語を母語とする北方漢民族は Xintai Yilangと読むだけで、Shida Ichiroと読めと漢族に頼んでも無理でしょう。

「差別」には良い差別と悪い差別があり、平等にも良い平等と悪い平等があります。電車で老人や妊婦や怪我人をそれ意外から差別して席を譲るというのは必要な差別であり、全てを平等に扱うなら若者が座って老人が立とうと老人が座って若者が立とうと同じことになります。

「差別」chabieはシナ語においては「区別」の事ですから中国人が日本語を使うと「日本語の漢字と中国の漢字にはどんな差別がありますか」等と言います。それで日本で言う侮蔑を込めた不当な区別は[止支]視qishiになります。「つくえ」という言葉は「つくえ」とそれ意外を差別することで出来上がっていますから、人が生きる上で差別は避けられません。私は行きいていく上で無意識に差別者になっているでしょうがそれは覚悟の上です。

崔昌華氏が「私の名はチョイだ」として名前の訴訟を起こした時、新聞にある日本人が「彼の名はアルファベットではChoiだがこれはどの言語でもチョイにはならない、彼はミスターチョイと呼ばれて返事をしていた、それで日本語のサイは不快だと言うのは日本を差別している」という投書をしていました。差別された被害者が実は差別者と思われる事は「支那」使用反対派にも言えます。
中国人が葡萄牙語のシーナを許し、日本語のシナを嫌がるのは日本を西洋から差別し、一方で日本人を中国人と同類と見なしているからでしょう。漢字を使う黄色人種の言葉は中国と同じであるハズだという決め付けですが、これは日本を外国と認めないで自分(中国)の基準で制御しようという感覚です。これは差別よりもたちが悪いと言えます。





3829. Re^2: huとfu 高駒麗人KOMA  2003/04/08 (火) 00:21
> > 北京語の「H」は【x】である。【x】はロシア語の「x」と同じような発音である。広東語の「H」は【h】である。【h】は日本語の「ハ行」や、英語の「H」とほぼ同じ発音である。(これ口に出して説

これは私のミスタッチで、返信を書くつもりで、辻本さんの文のコピーが出たまま「投稿」しえしまったものです。この文の書き手は辻本さんです。失礼しました。




3827. Re: huとfu 高駒麗人KOMA  2003/04/07 (月) 22:13
> 北京語の「H」は【x】である。【x】はロシア語の「x」と同じような発音である。広東語の「H」は【h】である。【h】は日本語の「ハ行」や、英語の「H」とほぼ同じ発音である。(これ口に出して説明するのは不可能ですよね。文だから出来る説明です。)この両者は対応していて、北京語 「イ爾好 NI HAO」【ni xau】なら、広東語では 「イ爾好 NEI HO 」【nei ho:】である。中国語の音韻上両者に区別はありません。ただし、微妙な違いは生じた。私もうまく説明できませんが、【h】は弱い音素である。だから前後の母音との関係で脱落したり、変音したりすることが多い。日本語では【h】に母音「ウ」が付くとFUになってしまう。(というより、HUにはならなかったと言うべきか。このFは両方の唇が引っ付いていますが)
>  広東語や客家語も同じことが起こる。広東語ではHUは【fu:】に。HUAは【fa:】になってしまう。広東語の「火」は【fo:】と発音する。しかし「火」は日本語漢字音で「クワ」(注・当時日本語に【h】はなかったのでしょうがないから同じ舌根音のカ行で収音した)北京語で「HUO」ですから広東語でも「HUO」でないとおかしいが、「FO」【fo:】になった。【h】と介母音【u】は、言語学的にも相性が悪いのだろう。(あるいは【h】+【u】=【f】になるのか?)よって、広東語では元来HUだった漢字とFUだった漢字の区別が、出来なくなってしまった。
>  他にも「和」は北京語でHE【x●】だが、語頭で【h】は消えやすいのか?広東語では「和」は「H」子音を無視して「WO」【wo:】になっている。日本語漢字音でも「和」は「ワ」ですね。いずれも語頭の「H」が消えてしまった。
>  しかし北京語ではHは【x】という比較的強力な子音(曖昧な表現だ)で残ったため、上記二例のようなことはあまり起こらなかった。和はHE。火はHUOと、中古音のHを厳密に残すことが出来た。【x】はのどの奥の方から発音する音だから、脱落する事もなく、介母音【u】とも相性がいいのかもしれません。




3826. Re: huとfu 高駒麗人KOMA  2003/04/07 (月) 22:13
シナ語のhは舌根軟口蓋音xから声門音hに至る範囲をカヴァーしていると私は思います。

>「イ爾好 NI HAO」
北京語「イ尓好」Ni hao.、廣東語「イ尓好」Nei hou.
上海語「儂好」nong hэ(эは口の大きいオ)
↑私の文から「イ尓」をコピーしてWordもしくはPagemakerで保存する事をお勧めします。「に」という読みで単語登録するしてもいいでしょう。

>「和」は北京語でHE【x●】、
●に来るべきは?の下を○にした記号ですが、曖昧母音∂と考えていいでしょう。

「わ」というひらがな自体「和」の草書です。聖徳太子の頃の倭國(和国)人は「以和爲貴」を「いわゐくゐ」iwawikwiと読んでいたことでしょう。
廣東語では「和」woですか。現代北京語の「和」の發音には huo、hu、heの3種(声調の別を考えると5種)あり、「暖和」はnuanhuoです(nuanheと言う人もいます)。huo→ho→he、huo→huという変化でしょう。huoが朝鮮語に入ってhwaになり(蹴球の「城南一和」Seongnam Ilhwa)、日本語に入って「わ」wa&「お」oになったのでしょう。朝鮮語の hwa(和、花、華、画、話)は hoaとも記述できますから hoa>oも納得できます。

中世英語では throughやlaughのghが[x]でした。近代英語ではthroughのgh[x]は消滅し、laughのgh[x]はfに化けております。xがhよりも「無くなりにくい」とは必ずしも言えません。
鑑真和尚Jianzhen heshangは日本で「がんじんわじょう」ですが、彼の生きた時代には Ganzhin huoshangのように呼ばれていたかもしれません。「くわしょう」は初めて知りました。
「漂亮媽媽」で聾の少年が「花」huaをfaと發音しており、英中字幕の英語では Flowerを Hourと發音するという少し無理のある譯になっていました。標準英語ではhourのhは發音しないが、方言では發音してるかも。
http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=2864





3825. Re: huとfu 信太一郎  2003/04/07 (月) 20:28
>  他にも「和」は北京語でHE【x●】だが、語頭で【h】は消えやすいのか?広東語では「和」は「H」子音を無視して「WO」【wo:】になっている。日本語漢字音でも「和」は「ワ」ですね。いずれも語頭の「H」が消えてしまった。

 日本の漢字音でも「和」の字は、漢音で「クヮ」、呉音で「ワ」または「ヲ」です。「和尚」を「おしょう(←おしゃう)」と読むのは、呉音読みです。「和尚」を「くゎしょう」と読む宗派もあるそうです。「回」「会」は、漢音で「クヮイ」、呉音で「ヱ(we)」(回向、会釈など)です。こういう例は、声母が[有声のh]でかつ合拗音である場合に多いようです。




3823. Re: 鼻音尾 信太一郎  2003/04/07 (月) 20:14
> しかし韓国語には声調がないので、この区別をしないとすぐ同音異義語と混ざってしまうので、うるさく言うのではないでしょうか?

 その通りと思います。[tan] と読む「単」と [tang] と読む「当」が同音になってしまいます。全部あてはまるわけではありませんが、日本語でいえば「たん」と「とう(←たう)」とが同じ音になるようなものです。

 日本語の場合、[ng] は「当」が「とう」であるように、長音で示されます。ハングル読みをカタカナ表記するとすべて「ソン」になってしまう韓国・朝鮮の姓に、「宋」「孫」「成」「宣」の四種類がありますが、朝鮮語では末尾が [n] か [ng] か、母音が [o] か [cの左右逆さ] かで、この四つは区別できます。日本の漢字音でも、この四つは、「そう」「そん」「せい」「せん」で区別できます。




3822. Re^3: 教えてください 日本語の動詞 信太一郎  2003/04/07 (月) 20:04
 日本語の五段(←四段)活用動詞が子音語幹だとすれば、「読まれる」は yom- に -areru がついたもの、母音語幹の「見る」の場合は、mi- に -rareru がついたものと解釈できます。

 同様に、「読ませる」は、yom- に -aseru がついたもの、「見させる」は、mi- に -saseru がついたものと解釈できます。「見させる」という言い方はあまり聞きませんが、「見せる」とは明らかに意味が異なります。「着る」を例にとれば、「姉に着物を着させ、妹に着物を着せる」といえば、姉は着付けを知っているが、妹は知らないということになるでしょう。

 受身などを作る際には -(r)areru 、使役を作る際には -(s)aseru がつくというのは、朝鮮語で、日本語の「は」に当る助詞が (n)eun 、「を」に当る助詞が (r)eur となるのを連想させます。母音の連続を避けて後続の子音と同じ子音を挿入したのだと考えることもできます。

 「仕切らさせて」のような表現は、「さ入れことば」というようで、下記に有益な記事があります。

http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/k980725.htm

 最近の若者の中には、「読める(読むことができる)」の意味で、「読めれる」という人もいるそうで、こういうのを「レタスことば」というそうです。




3821. huとfu 辻本裕幸  2003/04/07 (月) 09:20
北京語の「H」は【x】である。【x】はロシア語の「x」と同じような発音である。広東語の「H」は【h】である。【h】は日本語の「ハ行」や、英語の「H」とほぼ同じ発音である。(これ口に出して説明するのは不可能ですよね。文だから出来る説明です。)この両者は対応していて、北京語 「イ爾好 NI HAO」【ni xau】なら、広東語では 「イ爾好 NEI HO 」【nei ho:】である。中国語の音韻上両者に区別はありません。ただし、微妙な違いは生じた。私もうまく説明できませんが、【h】は弱い音素である。だから前後の母音との関係で脱落したり、変音したりすることが多い。日本語では【h】に母音「ウ」が付くとFUになってしまう。(というより、HUにはならなかったと言うべきか。このFは両方の唇が引っ付いていますが)
 広東語や客家語も同じことが起こる。広東語ではHUは【fu:】に。HUAは【fa:】になってしまう。広東語の「火」は【fo:】と発音する。しかし「火」は日本語漢字音で「クワ」(注・当時日本語に【h】はなかったのでしょうがないから同じ舌根音のカ行で収音した)北京語で「HUO」ですから広東語でも「HUO」でないとおかしいが、「FO」【fo:】になった。【h】と介母音【u】は、言語学的にも相性が悪いのだろう。(あるいは【h】+【u】=【f】になるのか?)よって、広東語では元来HUだった漢字とFUだった漢字の区別が、出来なくなってしまった。
 他にも「和」は北京語でHE【x●】だが、語頭で【h】は消えやすいのか?広東語では「和」は「H」子音を無視して「WO」【wo:】になっている。日本語漢字音でも「和」は「ワ」ですね。いずれも語頭の「H」が消えてしまった。
 しかし北京語ではHは【x】という比較的強力な子音(曖昧な表現だ)で残ったため、上記二例のようなことはあまり起こらなかった。和はHE。火はHUOと、中古音のHを厳密に残すことが出来た。【x】はのどの奥の方から発音する音だから、脱落する事もなく、介母音【u】とも相性がいいのかもしれません。




3820. 鼻音尾 辻本裕幸  2003/04/07 (月) 08:54
私の経験によるならば、−nと-ngの区別は韓国語の話者が一番うるさいです。北京語や広東語でも規則の上では、両者に区別はありますが、意識せずに(−nも-ngも両方)−ンで発音していても、注意されることは滅多にありません。しかし韓国語でこの区別をちゃんとしないと、すぐ注意されます。これも声調が関係しているのではないか?中国語では、母音の部分に声調が被さるので、母音に関しては結構うるさい。母音を間違えば自然と声調も間違って、二つ間違えたことになるからです。しかし母音の前後の子音(kengならkとngの部分ですね。)は声調には影響しないのでかなり寛容になります。無気音が有気音になっているとか、-n-ngが区別できていないとかはあまり注意されませんね。しかし韓国語には声調がないので、この区別をしないとすぐ同音異義語と混ざってしまうので、うるさく言うのではないでしょうか?




3819. Re^2: 教えてください 日本語の動詞 高駒麗人KOMA  2003/04/07 (月) 01:49
名前の事など書きたい事が澤山有りますが。少しずつ書いていきます。
日本語を音素単位で分析するとサ行五段=s子音語幹動詞「ごまかす」gomakas-uはgomakasまでが語幹で、受け身「ごまかされる」gomakas-a-reruは受け身語尾「れる」reruとの間に母音-a-が挟まっています。
可能形は「ごまかせる」gomakas-eruです。
ラ行五段=R子音語幹動詞「計る」hakar-uの場合、受け身は「計られる」hakar-a-reru、可能は「計れる」hakar-eruです。
五段=子音語幹動詞の受け身は「語幹-a-reru」で、可能は「語幹-eru」になります。

一方、一段活用=母音i語幹「見る」mi-ruの受け身&尊敬&可能は「見られる」mi-rareruで所謂「ラ抜き言葉」の可能形は「見れる」mi-reruです。一段活用=母音語幹の場合、受け身&尊敬&可能は「語幹-rareru」ですが ra が存在する必然性は特にないので、可能を「語幹-reru」にする用法が開発されたのでしょう。

以前「着せる」と「着させる」の区別に言及しましたが、以前NHK「ニッポンのアニメ大特集]の「第4夜:スポーツ・アクション編」で司会の渡辺徹が「私が全て仕切らさせて頂きます」「夜8:30を持ちましてFAXを締め切らさせて頂きます」と言っていました。この「仕切らさせて」「締め切らさせて」の「さ」は本来不要ですが、私は特に変な用法とは思えず、すんなり聞いていました。




3818. Re^3: 漢語と非漢語の違い。納西語 高駒麗人 [URL]  2003/04/06 (日) 22:27
訂正:漢語系の7言語がやはり話者数で上位7位を閉めますが、→占めますが

>  語順の違いというものは、言語の系統関係を調べる上ではあてにならないようです。
同じ系統でも語順が変わるのは多いですね。
北京語「我愛イ尓」Wo ai ni.、廣東語「我愛イ尓」Ngo oi nei.、英語の I love you.、ドイツ語 Ich liebe dich.は「私は愛する、貴方を」ですが、フランス語 Je t'aime.、葡萄牙語 Eu te amoは日本語や朝鮮語と同様に「私は貴方を愛する」です。欧州語でSOVというのは少々意外でした。漢語では助詞がないので自然にSVOになるということでしょう。

ロシア語の自称は Russky Yazyk、チェコ語は Cesky Jazykで、民族名が先ですが、同じスラヴ語のポーランド語では自称が Jezyk Polskiで、言語(Jezyk)が先です。
これを知ったときはさすがに驚きました。

日本語のテニヲハや用言の活用、蒙古語・土耳其語の母音調和は系統を象徴する言語の根幹だと思います。それだけに現代シナ語の「把」ba構文は革命的です。

中国の少数民族語の語順が漢語の影響で変わった例を見つけました。
納西(ナシNaxi)語では元来、「地主は生産を破壊する」は
ti tsi(地主) nщ(助詞) se ts'ae(生産) p'o xuae(破壊)
という「主語+助詞・目的語・動詞」の順でしたが、今では漢語の「地主Dizhu破壊pohuai生産shengchan」の影響で
ti tsi(地主) nщ(助詞) p'o xuae(破壊)se ts'ae(生産)
という「主語+助詞・動詞・目的語」の順になったようです。
(щ:平唇のウ、x:北京語のh、ae:アとエの中間音)
高名凱Gao Mingkai・石安石Shi Anshi『語言学概論』北京、中華書局 1987
http://www.google.com/search?q=%BC%7B%CE%F7&ie=GB2312&hl=zh-CN&btnG=Google%CB%D1%CB%F7&lr=
http://websearch.yahoo.co.jp/bin/query?p=%c7%bc%c0%be%b8%ec&hc=0&hs=0(ナシ語)

この納西語の「地主」titsi、「破壊」p'oxuae、「生産」sets'aeは漢語詞でしょう。「生」と「産」のn、ngが無くなっており、発音が上海語に似ています。助詞の「ヌ」(平唇で發音)は納西語の根幹と言えます。納西語はシナチベット・ビルマ語族だそうです。

文法も変化しますが、言語系統で語彙は語順以上に当てにならない物です。
http://homepage1.nifty.com/forty-sixer/sinzoku.htm
「酸素マスク」、「温度計」、「市民」は日本語と朝鮮語で發音も似ていますが、これは漢語詞だから当たり前です。





3816. Re: 鼻音尾の一致について 信太一郎  2003/04/05 (土) 18:12
 江戸時代に、「男信(なましな)」という -n と -m との違いを論じた本があり、下記のページの「員弁」というところで紹介されています。

http://www.gifu-u.ac.jp/~satopy/kini020.htm

 日本でも初めは3種類の鼻音韻尾を区別しようとしていたらしいことは、「三位一体」とか「相良(さがら)」といった例で分かりますが、やはり開音節言語だけに立ち消えになったようです。

 しかし、現代では英語の-m,-m,-ng を区別しようとしているようです。「ダム」とか「トレーニング」といった例でそれが分かります。もっとも、-n と -ng との区別は、Washington,Big Bang,pudding などではされていません。King Kong が「キングコング」なのに、ping pong は「ピンポン」です。

 フランス語の場合は、-n と -ng の区別はありませんが、その代わり、鼻母音と -n との区別があります。鼻母音の場合は「ジャン(男性名)」、-n の場合は「ジャンヌ(女性名)」として区別しています。

 しかし、中国や韓国・朝鮮、ベトナムなどの場合は、-n と -ng の区別を一切しませんね。朝鮮第一の名勝である「金剛山 Geumgangsan 」は「クムガンサン」、中国の映画監督の「張藝謀 Zhang Yi Mou 」は「チャン・イーモウ」という具合で、「ジュディ・オング(翁)」のようなのは例外です。こういった表記については、もっと統一した原則を立てなければいけないのではないかと思います。 




3814. 鼻音尾の一致について2 辻本裕幸  2003/04/05 (土) 15:55
言語学大辞典(三省堂)には北方官話が-m-nの区別を失った経緯を満州族の統治によるものと由来している。近世以前所代われば言葉変わるというのは常識だったと思います。しかし統一国家後はそうも言っていられなくなった。各地の官人が、共通で意思を通じ合わせる言葉が必要である。それが官話の始まりです。重要なのは元代にせよ清代にせよ異民族が統治し官人になったということである。モンゴル人や満州人にとって、漢語は自分達とは関係がないリングワフランカに過ぎなかった。そのため官人同士が意思を通じ合わせられれば良いのであり、文化的な背景などは一切考慮されずに話された。そして支配民族にとって易しい音韻に、任されたのだ。元代以前の漢語には確かに入声があった。遣唐使によって伝えられた漢音を見れば分かる。しかしモンゴル族官人は漢語の入声に対して注意を払わなかった。よって北方官話方言だけが急激に入声の区別を失っている。南方の六代方言では全く入声のカテゴリーが無い方言というのはない。こうして北方官話方言は鼻音尾はあるのに、入声が無いという矛盾が生じた。満州族官人には-m-nの区別ができなかったという。そのため清朝というかなり最近になって、-n-mが-nに合流した。言語学辞典にはそうある。しかしむしろ漢族にとっては-nと-mより、-nと-ngの方が、近い音韻に感じるようだ。(日本人もそう感じる)広東語では-nと-ngの区分が曖昧になってきているが、-mと-nの区別は残っている。北方官話の銀川方言でも-nの漢字と-ngの漢字の区別は曖昧になってきている。肯定の肯が日本語でコウと発音するのに、北京語ではkenになっているのも良い例である。上海語では鼻音尾が全部-ngになってしまった。-mと-nが先に合流したのは、満州族による統治というかなり人為的な条件下だったからこそ、成立し得た変化なのであろう。そして不思議なのは、(-n-m-ngをちゃんと区別していた唐代に漢字音を取り入れたはずの)日本側でも、同じように-ムと−ンの区別が無くなったことである。これは本当に不思議。こんな偶然があるか?いずれにせよ、日本人は北京語は勉強しやすくなったが、広東語や韓国語は勉強しにくくなった。−ンのうちどっちが元来-nで、どっちが-mだったかは、現代かな使いからは分からないからだ。どっちが損だったか、得だったかは微妙である。




3813. 鼻音尾の一致について 辻本裕幸  2003/04/05 (土) 15:19
 北京語は語末の-mと-nの区別を失った。(金も近もjin)偶然日本語も語末の-ムと−ンの区別を失った。(金も近もキン)
 これは実はすごい偶然の一致である。そのおかげで、日本語話者は、「日本語漢字で-ンで終わるものは、北京語でも-nで終わる」と単純に覚えりゃあいい。しかし韓国語の話者なら、「韓国語漢字で、-nと-mで終わるものは北京語では-nで終わる」とひとつ手間が増えることとなる。
 実を言えば、漢語に関係する言語および方言で、この-nと-mの区別を失ったものの方が、少数派なのである。朝鮮語、ベトナム語、広東語、客家語では今でも鼻音尾は厳密に-n-ng-mを区別している。鼻音尾が混ざったり合流したりすることはよくある。その場合は上海語のように鼻音尾が全部ひとつ(-ng)に合流してしまうか、あるいはビン南語のように、鼻音尾の一部が、鼻母音になってしまうか(三saN)である。-nと-mが混ざる例はあまりない。仮にあったとしても-nと-mが混ざるなら入声の-tと-pも同じように混ざっていなければならない。実は中国語において、鼻音尾と入声尾は音素の違いではなく、声調の違いと考えられてきた。つまり入声ならakとなり、非入声ならangとなるという具合である。だから-nと-mが混ざるなら-tと-pも混ざっていないと理屈に合わない。そして実際諸方言ではそのとおりにリンクしている。上海語は鼻音尾が全て-ngに合流しているが、入声尾も全てひとつの咽頭閉鎖音に合流している。-t-p-k-咽頭閉鎖音の4つに入声を区別するビン南語では-n-m-ng-鼻母音と鼻音尾も4つに区分する。広東語客家語は-k-t-pと-ng-n-mがきちんと平行している。北京語のように入声のカテゴリーそのものが無くなっているのに、鼻音尾が残っているというのは本来例外的な(別の言い方をすれば中国語話者の観念に会わない)変化なのである。ではなぜそのような、事が起こったのか?




3812. Re: どうやって日本に漢字が伝わったのですか? 信太一郎  2003/04/05 (土) 15:15
 応神天皇のときに百済の王仁が論語と千字文を伝えたのが、日本での漢字の始まりだなどということが、むかしは古事記の記述に基づいて言われていましたが、漢字の日本伝来は、このようにある特定の時期に行なわれて、それからみんなが漢字を使おうという形で始まったとは思えません。

 日本がいくら島国だからといって、大陸との交流は古くから行なわれていました。そういう中で、漢字を使いなれた人たちが日本に住みつくことによって、次第に漢字が日本にも広まっていったのだと思います。

 しかし、住みつく人が少数だったころには、各地で独自の流儀で漢字を受け容れていたと思います。漢字の使い方や読み方の基準のようなものが出来たのは、やはり日本に統一国家ができた飛鳥時代のことだと思います。そのころには百済人を主とする渡来人が大量にやってきましたから、当時の朝鮮半島で主流だった呉音(六朝時代の長江下流の発音)が漢字の読み方の基準となったのでしょう。

 漢字の日本伝来は、漢字を使う人が日本に住みつくことで始まったというのが私の考えです。漢民族との接触が古くからあるモンゴルやチベットで漢字が広まらなかったのは、農耕民である漢民族とはまるで異なる遊牧という生活が営まれていたため、住みつく漢民族が少なく、いても現地の生活にとけこむ以外に、生き延びるすべがなかったためだと思います。




3811. Re: 言語分類のやり方 信太一郎  2003/04/05 (土) 15:03
 ところ変わればことばも変わるというのが近代以前の世界の常識だったと思います。この日本の中だけでも、「なにわの芦は伊勢の浜荻」ということわざが生まれました。言語を系統分類するには、まずどの範囲をもって一言語とするかを決めなければなりませんが、こういう発想自体が近代国家成立以後のものなのでしょう。

 近代以前にも、ローマやモンゴルなど、広大な地域を領有した国家はありましたが、領民のすべてに同じ言語をしゃべれなどという要求はしませんでした。

 言語の数え方は、それぞれの論者が、自分はこういう基準で数えているとして数えればいいことで、正しい数え方などというものはないのだと思います。




3810. Re^2: 漢語と非漢語の違い。 信太一郎  2003/04/05 (土) 14:55
 語順の違いというものは、言語の系統関係を調べる上ではあてにならないようです。ラテン語は Homo homini lupus ist.(人は人に対して狼である。)や Cogito ergo sum.(我思う。ゆえに、我あり。)のように、動詞で終わるのが普通ですし、現代でもドイツ語などは従属節では動詞で終わります。

 ヨーロッパの言語で主動目へと変わっていったのは、おそらく名詞の格変化が衰退した(いわば中国語化した)からで、外の言語の影響ではないでしょう。

 ヨーロッパ語のように名詞の格変化を持たず、日本語のように助詞や活用語尾が発達していない言語では、二つの名詞の間に動詞が割って入ることでSVOの関係を示すのは自然なことのように思います。この点では、ベトナム語なども中国語と同じであり、名詞の形容の仕方が違うというのは、文全体に大きな影響を及ぼさないという意味で、意外と小さな差なのかも知れません。

 ニューギニアのように、系統関係がまったく異なる言語が村単位で並存している状況は、ともすれば異常と考えられますが、言語は絶えず分化するものであり、とびぬけて影響力の強い言語がない限り、ニューギニアのようになるのが、むしろ自然だと考えられます。

 これに対して、知恵の集積の容易な大陸においては、とびぬけて影響力の大きい言語が成立しやすく、言語の統合が進む傾向があります。そういう大言語同士が影響しあうということは、古くからあったのではないかと思います。




3809. どうやって日本に漢字が伝わったのですか? 坂野  2003/04/04 (金) 23:05
題名のとおり、どうやって漢字が伝わったかがわからないので、ぜひ教えて下さい。




3808. 言語分類の方法U 辻本裕幸  2003/04/04 (金) 14:20
まあそれにしても印欧語や南島語にはそういう歴史があるのですから仕方が無い。一つの言語が、さまざまな文化圏に広まっている例の一つと考えれば説明がつきます。さっきの東アジア諸言語の中でウラル語が抜けていました。失礼しました。日本語や朝鮮語はとかく系統不明のわけの分からない言語などと、こきたおされますが、この方法によるならば、日本語や朝鮮語も決して、引けを取らない捨て置けない言語群だと気づきます。上記の方法では印欧語の話者数がおおよそ20億。漢語の話者数が10億。日本語が1億 朝鮮語が5000万 タイ語が5000万 南島語が2億 ウラル語が2000万 ドラビダ語が2億 モンクメル語が1000万 ベトナム語が5000万(ただしこれらの人口は80年代)といった具合に、人口の上では日本語や朝鮮語は決して他に引けを取りません。話されている面積で見ても、日本語が話されている面積とチベットビルマ語やタイ語の話されている面積は大差無い筈です。別の言い方をすれば、印欧語が、英語、ロシア語ペルシャ語ヒンディー語と系統関係が見出せる語族だというのなら、日本語も、東京語大阪語名古屋語琉球語と系統関係が見出せる一つの語族なのです。もしヨーロッパに大君主が居て、印欧語圏を全統一していたなら、イギリスフランスドイツイタリアは、国の違いではなく、州の違い程度になっていたでしょう。そしたら、それらは一言語では無く、方言として数えられるようになったはずです。逆に日本が藩ごとに乱れて、東京大阪名古屋琉球が別々の国になっていたら、それらは一言語と数えられるようになった。言語の同系やいなかという違いは所詮その程度の違いに過ぎんのです。




3807. 言語分類のやり方 辻本裕幸  2003/04/04 (金) 14:01
1言語2言語の数え方は、現状では、一民族一言語の方法だと思います。スエーデン語とノルウェイ語は、互いに何の苦もなく通じ合いますが、両者は別々の民族だと思っているので、別言語扱いになるというわけです。一方、漢語は方言内部の差が大きく、互いに通じ合うことは難しいですが、同じ民族ということになっているので、一つの漢語若しくは中国語ということになっているのです。しかしこの分類方法は政治的要素が大きく、非科学的である。何より、民族(人間集団)ごとに言語を設定していったら、いくつ言語があっても足りないです。そこから全世界の言語は、全部で5000語とか、途方も無い数字が出てくるのだと思います。私が一つ提唱したい方法は、祖語が遡れるなら一言語。遡れないなら別言語。とするやり方です。例えるならば、タイ語、イ泰語、ラオ語、壮語は別々の民族によって話されているが、皆一つの祖語に遡ることが出来るので、一言語。チベット語ミャンマー語レプチャ語なんかも一言語とするやり方です。無論 北京語広東語ビン南語上海語客家語も一言語ですし、東京語名古屋語大阪語琉球語も祖語が遡れるのですから一言語です。そう考えれば、この東アジアで話されている言語は漢語 朝鮮語 日本語モンゴル語トルコ語ツングース語タイ語チベットビルマ語ミャオヤオ語ベトナム語モンクメール語ニコバル語ムンダ語アイヌ語ニブヒ語ユカギル語ケット語ルオラベトラン語エスカリュート語 印欧語 南島語 ドラビダ語 の22言語で収まります。(他にも言語があったら御免)ただしこの方法にも盲点があり、印欧語族はすべて祖語が辿れるので、英語ロシア語ペルシャ語ヒンディー語も、印欧語という一つの言語も、ロンドン弁モスクワ弁テヘラン弁デリー弁となってしまうということです。南島語族もそうですね。マダガスカル語ハワイ語インドネシア語フィリピン語も一言語となってしまう。





3806. Re: 漢語と非漢語の違い。 高駒麗人KOMA  2003/04/04 (金) 01:36
返事を書きたい文が多いのですが、まず辻本裕幸さんへ。
でまず、廣東語、[門の中に虫]南語、壮語、越南語について。
言語の系統には文法構造が決め手になります。タイ語の文法は知りませんが、日本語と朝鮮語と蒙古語は主語・目的語・動詞の順ですし、何より助詞と活用語尾が発達しています。
日本語の場合、漢字で書かれるのは自立語の語幹であり、テニヲハや送りがなに当たる部分は漢字では書けない。これにより日本語は漢語の方言には成り得ません。
「越南語は中国語だ」と言った人は、越南語に漢語借用語が多い事からそう考えたのでしょう。英語の中にフランス語からの漢語が多いことから「英語はフランス語の方言だ」と言った人もいます。これらは素朴な感覚ですが誤りです。
南方漢語で修飾語が後置されるのは確かに東南アジア語の影響かも知れません。越南語の自称は Tieng Viet(ことば・越)であり、馬来西亜語は Bahasa Malaysia(ことば・馬来西亜)です。
少数民族語の中には漢語の影響で語順が主目動から主動目に変わった物もあるようで、これについては資料が見つかり次第報告したいと思います。
なお、現代漢語で例えば「放椅子」>「把椅子放下」(椅子を置く)、「我説他」>「我対他説」(私が彼に言う)のように、「把」や「対」を使って目的語を動詞の前に置く事が可能になっていますが、私が思うにこれは満州語や蒙古語との接触の結果かも知れません。
中国には朝鮮族、俄羅斯族、蒙古族がいるのですから、大和族を加えてもいいと思います。
漢族の場合、人数が多すぎてむしろ省の違いが重視されるようですね。
中国の言語では漢語の他、55の言語がありますが、別の考え方もできます。
漢語7大方言を7民族の7言語と考え、更に中国内の「タイ系」諸語を全て泰語、「蒙古系」を全て蒙古語、「トゥングース系」(満州語など)を全て通古斯語にし、「トルコ系」(ウイグル語、キルギス語、カザフ語など)を土耳其語と見なして分類しなおすとまた違ってきます。この場合、自分でおおざっぱに計算してみた所、漢語系の7言語がやはり話者数で上位7位を閉めますが、8位は泰語(タイ系少数民族全て)になりました。
漢語方言では方言辞典などで□の空欄で記される「漢字無し」音節がよくあります。それはたとえ漢語でも言葉が先にあって文字は後からの附属物だという事を思い起こさせます。




3805. Re^3: 国籍取得時の名前 信太一郎  2003/04/04 (金) 00:21
>大学検定を受ければ、日本の国立大学の受験資格は得られます。
 そのために余分な労力をかけることが問題です。一年かかるものが二年になったりするのは経済的にも無視できない負担です。大検など誰でも取れるというのなら、余計な関門を義務づけるのは無駄ですし、そうではないというのなら、やはり一部の者には道を閉ざすことになります。

>日本語教育の道を制限された、日本国籍をもつ帰国子女を救済するための制度といったほうがよかったでしょう。

 もちろん、帰国子女のための救済措置は必要ですが、そこまで配慮するのなら、日本語教育も行なわれ、カリキュラムが日本の学校によく似た朝鮮学校、韓国学校、中華学校にも配慮しないのはおかしいということになります。

>インターナショナル・スクールは英語圏だけでなく、全世界にあります。

 それは、知っております。兵庫県でもマリスト国際学園とカナディアン・アカデミーという二つの学校が受験資格を与えられるところでした。こういった学校が受験資格を持つことに異議はありませんが、身近に見ていて、より早く日本の大学に適応できると思われる生徒たちに資格がないというのは、どう考えても不合理です。

 言語につながるところがあるので、返信をしましたが、さきに述べたように、この掲示板では、言語以外の話題については、しばらく控えていただきたいと思います。どうしても意見があるという方はメールでお願いしたいと思います。




3804. Re^2: 名前について 信太一郎  2003/04/03 (木) 23:59
> 自分の考え方(姓はどっちでもいい)が、日本の中では少数派なのはわきまえています。

 趣旨は分かりました。少数派か多数派かということではなく、名前については、その人の経歴などにより、考え方が違うということが私としては言いたかったわけです。





3802. Re: 名前について フランスパン  2003/04/03 (木) 22:58
辻本さんへ
>中国では、いつでも自由に姓や名前を変えられると、恩師が言っていました。

中国の姓の状況については分かりました。どうもありがとうございます。

>ツジモトは私にとっての通称です。それが奥さんにまで使われたら恥ずかしいという話でした。

(3763の)話の流れから推測すると、本名についての話と受け取れました。そういうことでしたら、話は分かります。

また、「奥さんに使われたら恥ずかしい」という感情ならすんなり受け取れますが、「この誇り高い名前を自分以外の人間が名乗ることも許せないのである」という意見ならば、すんなり受け取れなかったので、いろいろお訊きしました。
過激とも思える表現は、注意して使われた方がよろしいかと存じます。


>信太さんへ
>結婚に際して、どっちでもいいという考え方は、日本にいてしかも家庭的にもあまり込み入った変遷のない人の考え方で、必ずしも普遍性があるものではありません。ここに自分とは違う人がいるのだと考える必要があると思います。

自分の考え方(姓はどっちでもいい)が、日本の中では少数派なのはわきまえています。
辻本さんから「あなたもそうでしょう?」と同意を求められたので、「自分は違う」というつもりで回答しただけです。
ご忠告ありがとうございます。




3801. 記事の更新について 信太一郎  2003/04/03 (木) 20:44
 〃ことばの散歩道〃の中の〃「馬が走る」と「馬は走る」はどう違うか?〃に加筆の上、書き換えも行ない、〃日本語には「主語」があるのか?〃と〃なぜ「ぼくはうなぎだ」と言えるのか?〃の二つの記事に分割しました。御高覧下さい。

http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Labo/6084/shugo.htm

http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Labo/6084/ha.htm




3800. Re^2: 国籍取得時の名前 佐藤正彦  2003/04/03 (木) 18:54
私の投稿にレスがついていましたね。

さて、

>が多いことも確かです。しかし、日本の大学に進みたいというのは、この社会の中で力をつけて働きたいという意欲の表れなのであり、その道を閉ざすことで、その変化が促されるわけもありません。<

もちろん、大学検定を受ければ、日本の国立大学の受験資格は得られます。その道が閉ざされたというのは誇張です。私は、今回は文部科学省の説明に問題があると思いました。本来なら、インターナショナル・スクールの優遇制度は、海外駐在が長く、日本語教育の道を制限された、日本国籍をもつ帰国子女を救済するための制度といったほうがよかったでしょう。欧米人優遇なんて誤解を受けるような資料の公開の仕方が悪かったのでしょう。

ちなみに、インターナショナル・スクールは英語圏だけでなく、全世界にあります。駐在員の場合、海外での転勤も多く、その子供は、腰をすえて一つの言語を学ぶのは難しくなります。おのずと、実質上公用語である英語を話すインターナショナル・スクールを選ぶようになります。




3798. 掲示板の当面の運営について 信太一郎  2003/04/03 (木) 12:02
 この掲示板は、「日本語と隣の国から世界を見る」の一部であり、その点で2ちゃんねるなどの掲示板とは性格を異にします。

 目下、本体の記事の更新の方に力を入れたいと考えております。そのため、掲示板に関しては、しばらく基本的に言語に関する投稿に限らせていただきます。そのため、非公開とすることが多くなると思いますので、御了承ください。また、長文の連続投稿はできるだけお控え下さい。

 なお、サイト内検索を充実させました。掲示板過去ログ、日記を含め、予期した以上によく検索されます。




3796. 漢族2 辻本裕幸  2003/04/03 (木) 11:55
漢族が、どれだけ少数民族に対して関心を持っているか?と言うことでしたが、私の経験によれば、むしろ、漢族自身自分たちが一つの民族であるという意識が乏しいと感じられます。それこそ、何省人といったよりミクロなアイデンティティー。中国人といった、よりマクロなアイデンティティーは感じられますが、漢族なんて意識は殆どないでしょう。まあそう言う現状から、中華民族という言葉があるのはやむを得ないでしょう。(それをさらに東アジア文化圏の住民という意味で、拡大解釈しているのが私ですが。)ほぼ漢族しかいない地域と言えば、農村が考えられますが、そういう地域ではそもそも民族としての意識より、村意識のような物の方が強いのではないか?そして都市と名の付くところに少数民族のいない町というのは、ありませんね。先にも説明したように、中国において多数派漢族に分類されることに、何の得もありません。ですからむしろ少数民族と結婚したい人、自分の子供を少数民族にしたい人の方が多いわけで、そういう、損得の概念で少数民族が論じられることはおおいです。(私だって出来れば、回族の女性と結婚したいと思うことはあるよ。)
 漢族とは、少数民族の血筋が特定できない人のことであり、祖先が中原由来の(狭義の)漢族ではないことは、少数民族にも漢族人にも共通している。住んでいる気候の違いから北京人と広東人を外見の上で区別することは比較的たやすい。しかし北京人と(東北地方の)満州族を外見で区別することは不可能である。広東人と(広西の)壮族も外見では区別できない。それは満州族も北京の漢族も祖先は同じ、広東の漢族も広西の壮族も祖先は同じ百越であることに他ならない。中国のように国境地帯に少数民族の居住地がある国家においては、少数民族に中央政府が嫌われたら、国家国土が成り立たなくなると言う問題がある。そのため多数派民族以上に少数民族に権利や得点を保証して、少しでも政府が好かれるようにしなければならない。しかしそこまで権利を保障しても、モンゴル族やウイグル族、チベット族のように分離独立を求める民族も多い。それは、中国以上に周辺諸国に、共通の文化的要素を持つ国家や民族があるためである。それに対し、漢族と共通の文化要素を持つ壮族や、宗教を除いて、漢族と何ら代わりがない回族などからは分離独立の声は出てこない。




3794. Re: 漢族とは 信太一郎  2003/04/03 (木) 11:45
 少数民族でない人が漢族というのは、その通りだと思います。一般に東南アジアの言語は、さまざまな系統があるにもかかわらず、オラン・ウータン(人・森、インドネシア語)、メナム・チャオプラヤ(川・チャオプラヤ、タイ語)のように、修飾語が被修飾語のあとに来るという点では共通しています。

 中国の古い伝説上の支配者には、黄帝がいるかと思えば帝堯もいるという具合です。これも漢族が今の東南アジアの住民に近い民族をその源流の一つとして含んでいることの表れと思います。




3793. Re^6: 結婚して、姓を変えるという蛮行 信太一郎  2003/04/03 (木) 11:36
> > 確かに創始改名は、日本人の無神経さを露呈した政策ですが、日本人が差別主義者だという根拠にはなりませんね。

 誰がそんなことを言ったのですか? 下記の記事の冒頭を読んでください。

http://homepage1.nifty.com/forty-sixer/simaguni.htm




3792. Re^6: 結婚して、姓を変えるという蛮行 名前の区別と同化 信太一郎  2003/04/03 (木) 11:34
> また、創氏改名は「差別」でなく「平等」・「同化」に基づくものです。つまり民族が受ける屈辱は「差別」だけでなく他民族と同じように扱われる事の屈辱もあるのです。「差別」というのは区別を前提としているからです。在日外国人への差別がよく批判されますが、実際は差別でなく平等が顰蹙を買う場合もあるのです。果たして常に差別が悪で平等が善なのか疑ってみる必要があります。

 この点は、在日の間では初めから常識です。本名で暮らせない同化状況が第一の問題なのであり、「差別」というときには、主として生活の上で不利益をこうむる場合が主です。正しく差別するということは、違った存在としての相手をありのままに受け容れることですが、そういう場合は差別とはいいません。




3791. Re^6: 結婚して、姓を変えるという蛮行 信太一郎  2003/04/03 (木) 11:23
> その場合、私だったら從います。

 進んで従うという意味でしょうか? 私だったら可能な限りの抵抗をします。

 生活の履歴や現状が自分とは違う人がいるなら、それを不思議がり知ろうとするのが順序と思います。そういう話を初めから聴こうともせず、自分ならこうだ、そうしないのがおかしいという考え方は、自分が優位にあることを前提としたものであり、差別意識といわれても仕方がないものだと思います。




3790. Re: 国籍取得時の名前 信太一郎  2003/04/03 (木) 11:16
(3771)へ

 事実上撤回されましたが、文部科学省により大学受験資格を認められなかったのは、朝鮮学校に限らず、韓国学校、中華学校も同様です。その理由が英米の認定機関に認定されていないということでした。日本の実状に即した自前の基準を示さないということは、日本人として恥ずかしいことだと思いました。

 「韓国系の一部の高校」というのは、大阪にある建国、金剛学園の両校をさすものと思います。日本の文部科学省の基準に従った教育課程を組むことで一条校(正式の学校)として認められています。ところが、これに従うと、肝心の韓国語の授業時間数が、日本語や英語より少なくなってしまうのです。日本語以外の授業を母国語で行なっている朝鮮学校に比べると、母国語の力が遥かに劣ることになるのは当然です。インターナショナル・スクールに別の基準を認めるのなら、アジア系の民族学校に対しても、柔軟さを見せるべきでしょう。

 朝鮮学校の教育課程は、下記のようなものです。

http://www5d.biglobe.ne.jp/~mingakko/beppyou3.html

 教育内容を公開していないのではなく、所期の目的からして一条校の条件を受け容れていないということです。最近の朝鮮学校は日本人への授業公開をさかんに進め、文部科学省にも視察を求めているのですが先方が応じらないというだけのことです。

 朝鮮学校にもこれから変わっていかなければならないところが多いことも確かです。しかし、日本の大学に進みたいというのは、この社会の中で力をつけて働きたいという意欲の表れなのであり、その道を閉ざすことで、その変化が促されるわけもありません。

>、「朝鮮人が差別されていますよ」と扇動的に流せば、記事が売れるという態度はやめてください。

 残念ながら「朝鮮学校ではむちゃくちゃな教育が行なわれている」とでも書いた方が売れるというのが日本の現状と思います。


 




3789. 百越の末裔達 辻本裕幸  2003/04/03 (木) 10:25
話を戻せば、漢族とは曖昧な概念でその言葉の概念も又曖昧だと言うことです。先に挙げた広東語、ビン南語、ベトナム語、壮語。この4つに共通するもう一つの特徴として、その母語者はかつて百越と呼ばれていた、南部諸民族の末裔であると言うことです。百越の母語はもちろん、漢語ではなかったわけです。百越のうち、早くに漢化して漢字、漢語を使用するようになった人たちは漢族に分類されるようになりました。しかしその語彙が完全に漢語に置き換えられたわけではないので、今でも百越時代からと思われる、非漢語構成要素がたくさん残っているのです。壮族自身も自分たちが百越の末裔であることは分かっていたでしょうが、もうとっくに漢化(中国人化)したものと思っていたのでしょう。しかし言語学者の目から見れば、(基礎語彙にタイ諸語起源の物を使用している壮族は)まだ完全には漢化していなかったことになります。意外にも、自分たちは少数民族政策にあずかれる立場だったわけで、壮族人は棚からぼた餅でした。ベトナムは単に歴史的に漢語を取り入れた歴史がはっきり分かっているだけで、それがはっきり分かっていない広東人やビン南人と質の上での差があるとは思えません。
 日本人や朝鮮人がいくら漢語を取り入れても、自分たちが漢族かどうかが疑わしくなる程に同化することにはならないと思います。なぜならこれらの言語は非声調言語で、膠着型文法に属し、はっきりと漢語との違いに気づけるからです。しかしベトナム語やタイ諸語は偶然にも漢語と同じ声調言語、孤立型言語であり、もしその語彙がかなりの数で漢語起源の物に置き換えられたなら、容易に漢語との境界線を無くしてしまうのでしょう。広東語には口語の他に古くから、漢詩や漢語文を広東語発音で読む習慣があった。そのため、この言語は漢語の一つとしての地位を確立し得た。ビン南語は漢語諸方言に囲まれ、又その非漢語構成要素の起源を求めにくいため、とりあえず漢語に分類されるに異論はないと思う。それに対し、ベトナム語は歴史上はっきりと漢語を取り入れた経緯が分かっているため、漢語には分類されなかった。壮語はその非漢語構成要素が、偶然にも既存のタイ諸語との間に系統関係が見いだせたため、漢語をはなれてタイ諸語に分類された。この4つの言語の差は歴史的経緯の違いにすぎないのだと言える。




3788. 漢族とは1 辻本裕幸  2003/04/03 (木) 10:04
ここで漢族と漢語という言葉の指し示す範囲について説明がいります。実は漢族とは「少数民族以外の中国人」と言う意味でしかないようなのです。つまり中国の法律にもとづけば、先に少数民族という概念があって、それに分類できない人たちを十把ひとからげにしたものが漢族。そしてそれらが使う言葉を漢語と、規定しているようなのです。よって中華人民共和国ではヤマト族という民族を規定していないので、中国残留孤児は少数民族ではない人という理由で、漢族に分類されているはずです。ほかにも「民族不定」という身分の人が70万人程いますが、これらの人は雲南や貴州にいます。まだ政府の民族分類が終わっていない人たちであって、明らかに非漢語を使用、非漢族のアイデンティティーに属する人たちが含められるカテゴリーです。
 中国において、多数派漢族に分類されることは、百害有って一利無しなのです。一人っ子政策の対象にもなってきますし、共産党内部でも漢族人は出世が後回しにされます。中国ではモンゴル族と結婚したい漢族が多いようです。なぜなら、モンゴル族と結婚すれば、3,4人子供を産んでも少数民族政策上許されるので、中華民族の伝統にも合うからです。中国の舞台劇で、子供をたくさん産みたいがために少数民族になりすまして上海で暮らす夫婦の話もありました。また一応回族に戸籍を置いておいて少数民族政策の恩恵にあずかるが、イスラムは信仰しないと言う人もいるようです。現在中華人民共和国に少数民族認定を求めている集団がいくつもありますが、その大半は現在漢族に含められている人たちです。(現在チベット族に含められているシェルパ人なんかも、申請している)長年少数民族と混交してきた人たち、あるいは客家人などは、むしろ漢族とは異なるアイデンティティーに属するわけで、少数民族認定を求める集団がたくさんあるのですが、認定は、なかなかされないでしょう。




3787. 漢語と非漢語の違い。 辻本裕幸  2003/04/03 (木) 09:44
2ちゃんねるで誰だったかが、ベトナム語は中国である、みたいなことを言っていた。そんなわけはないのだけど、興味深い話ではあります。私も前回 壮族についてふれましたが、それも関連していまして。
 広東語、ビン南語、壮語、ベトナム語。このうち、どれが中国語で、どれが中国語でないかは、突き詰めれば、質の問題ではなくて、量の問題と言うことになってしまいます。公的には、前二者は漢語の方言、後者の二つは非漢語と言うことになっていますが、本当にそうでしょうか?4つ皆に共通していることは、漢字を使用、あるいは使用した歴史があり、語彙の多くが漢語に起源すると言うこと。ここでは漢字及び漢語起源の語を漢語構成要素、どこから来たか分からない語彙および音節を、非漢語構成要素と呼びます。4つのうち、もっとも漢語構成要素が多いのは広東語だと思います。今の普通語とは異なる語彙が多いのですが、歴史上使用された経緯のある漢字が大半を占めます。しかし広東語の辞典を見ていると、漢字無しという単語や音節がでてきます。これが非漢語構成要素で、あて字されたものもこれに該当します。非漢語構成要素はどこからやってきたか分からない物もありますし、周辺のタイ諸語に起源するとおぼしき物もあるでしょう。ビン南語はさらにぐっと非漢語構成要素が増えます。ビン南語に当て字され、半ば日本語の訓読みのように使用されている漢字も、これに含みます。しかしまだ漢語構成要素の方が多いと思われます。ベトナム語は歴史的に漢語をいつどのように取りれたかが判明していますが、ベトナム語の非漢語構成要素(つまり固有語)は世界中のどの言語と関係があるかは分かっていません。オーストロネシア諸語やモンクメール語族に分類する辞典も多いですが、慣例にすぎず、祖語が辿れるわけではありません。そしてベトナム語でさえ漢語構成要素は語彙の7割に達するわけです。壮語と言うひとまとまりの言語はないのですが、この民族の使う言語の非漢語構成要素はタイ諸語に完全に共通するようです。そのため壮族はタイ系民族に分類されるわけですが、当人達がそのような意識を持ったのは最近のことで、長く自分たちを漢族(と言うより中国人の一部)だと思っていたようです。こうしてみると、漢語と非漢語の境界線は単に漢語構成要素が多いか少ないかの違いであって、不確かな基準と言うことになってしまう。




3786. 名前について 辻本裕幸  2003/04/03 (木) 09:19
私には、百人を越す漢族の友人がいて、それだけいると、実に多様な、家族があり得てきます。ある人は、お兄さんと姓が違いました。(我是上海を教えてくれた子です。)彼女は、母の姓を名乗り、兄は父の姓を名乗っているようです。信太さんのいっていた真の平等というのを実際に実践している家庭もあるわけです。誤解の無いように言いますが、中国の一人っ子政策は、北京上海広州のような大都市を除けば、実際にはほとんど機能しておらず、地方では各家庭2から3人の子供がいるのが普通なようです。西安外国語学院の生徒の7割はセン西省、甘粛省、河南省出身者でしたが、むしろ兄弟がいないという人の方が少数派でした。お母さんの姓を名乗っている人もいましたし、再婚でつれ子同士がくっついて、兄弟がそれぞれ、別々の姓を名乗っているという家庭の人もいました。
 中国では、いつでも自由に姓や名前を変えられると、恩師が言っていました。
 私が言った親の名前とは、姓名の意味での名前ですね。たとえば、山田花子さんは、自分のお父さんが、ずっと山田さんと呼ばれているのを聞いて育つわけです。それを親の名前だと私は言ったつもりです。「フランスパンさんの連れ合いが、フランスパンさんと呼ばれるのが嫌だろう?」と言ったのは、たとえ話です。フランスパンさんの普段のあだ名が、まあたとえばナベさんだとしますわね?そしてフランスパンさんの連れ合いまでナベさんと呼ばれたら、恥ずかしくないでしょうか?ツジモトは私にとっての通称です。それが奥さんにまで使われたら恥ずかしいという話でした。
 中国に帰化した日本人が漢族の姓に改名すると言うことですが、これは理不尽な話です。中国人には、ホグシルトという名のモンゴル族やマホムティという名のウイグル族。ナムと言う名のチベット族も含まれるわけです。当然タナカやスズキと言う名のヤマト族も含まれて、何の不都合もありません。中国がわが改名を求めるのか、日本人側が自主的に改名するのか知りませんが、まあいらんことです。




3785. Re^4: 在日の名前 黄長[火華]について訂正 高駒麗人KOMA  2003/04/03 (木) 02:23

> 黄長[火華]の日本語音読みは、古くは「くわうちゃうえふ」、今は「こうちょうよう」ですが、

↑もちろん「黄長[火華]」という人名は最近(20世紀末)に出てきたものなので「黄長[火華]」の「古い日本語読み」は存在しません。
古い日本語に基づいた旧かなでは「くわうちゃうえふ」だということです。失礼しました。




3784. Re^5: 結婚して、姓を変えるという蛮行 佐藤正彦  2003/04/03 (木) 02:18
> > 創氏改名は朝鮮人を日本民族の仲間に入れて上げるという平等思想ですが、この平等がまるで差別であるかのように批判されるのは矛盾です。
>
>  中国が日本を支配して、中華民族として平等に扱ってあげるということで、「李」なり「張」なりに変えなさいと言われたら従いますか? 余計なお世話以外の何物でもないでしょう。

確かに創始改名は、日本人の無神経さを露呈した政策ですが、日本人が差別主義者だという根拠にはなりませんね。




3783. Re^5: 結婚して、姓を変えるという蛮行 名前の区別と同化 高駒麗人KOMA  2003/04/03 (木) 01:56
もし政治的な事情で私が明日から「王」WangだのWilliamだのという姓を名乗るようお上から命令が出たら私はその通りにします。結婚して姓が変わったと思えばいいですし。

香港が英国領土だった時、「成龍」Cheng LongはJackie Chanになり、「林憶蓮」Lam YiklinはSandy Lamになりました。朝鮮人の中にも Tommy Kwon、Patti Kimのように親の姓 Kwon(權)、Kim(金)は残しながら親からもらった朝鮮語(式漢語)名でなく英語名を名乗る人も多くいます。
朝鮮人と中国人は「創氏」はしなくても「改名」は自主的にするようです。
東アジア人が本名と違う英語名を名乗る場合、「関穎珊」GUAN Ying Shan→ Michelle KWAN(関)、「劉徳華」LIU Dehua→Andy LAU(劉)のように、姓はそのままで個人名を英語にするようです。しかし、家名としての姓を変えるのが悪いなら、自分個人の名を勝手に変えるのも自分とその民族を粗末にしていると私は思います。

また、創氏改名は「差別」でなく「平等」・「同化」に基づくものです。つまり民族が受ける屈辱は「差別」だけでなく他民族と同じように扱われる事の屈辱もあるのです。「差別」というのは区別を前提としているからです。在日外国人への差別がよく批判されますが、実際は差別でなく平等が顰蹙を買う場合もあるのです。果たして常に差別が悪で平等が善なのか疑ってみる必要があります。

夫婦同姓は平等でこれが悪いなら「悪平等」。中国や朝鮮の夫婦別姓は、女性を家の一員にしない差別ですが、逆に言えば女性が夫の家に飲み込まれず自分の親の姓を保てる「良い差別」だとも言えます。




3782. Re^5: 結婚して、姓を変えるという蛮行 高駒麗人KOMA  2003/04/03 (木) 01:40
>  中国が日本を支配して、中華民族として平等に扱ってあげるということで、「李」なり「張」なりに変えなさいと言われたら従いますか?
 余計なお世話以外の何物でもないでしょう。

その場合、私だったら從います。日本が中国の一部になったら「王」でも「李」でも中国人らしい姓にします。阿倍仲麻呂が唐で仲満、のちに朝衡と名乗ったような気分になるでしょう。豊臣秀吉であれ西郷隆盛であれ、一生の間に名前を変えた日本人は多いでしょう。

私は日本生まれで、本名の姓は日本人としてありふれたものですが、別の姓にしたいとか、立場で2つや3つの名前を使い分けたいと願ったこともあります。
中国では「鈴木」はLingmu、「佐藤」は Zuoteng、「伊藤」は Yitengになり、それでも中国では通じにくいので、私としては「王」Wangや「張」Zhangを名乗る方が楽です。
満州民族は自ら名前を漢語にしています。漢語名でも「薛」Xueという名の人は、電話で漢字を説明しにくいので、同音の「雪」を名乗ったりして、「別の簡単な姓にしたい」とか言う人もいます。

台湾では日本語名がほしいという日本ファンもいます。「余計なお世話」なら学校の義務教育も韓国での韓国語教育もすべて余計なお世話です。朝鮮人名も金チンダレ(躑躅)や李サラン(愛)という固有語の名はなく、朝鮮訛りの漢語名だらけです。
あと、朝鮮人が日本語名を名乗ったのは強制か自主的な物かは当人ですら断定できません。社会の流れに合わせて自主的に判断したつもりでも、後でそれが誤りだという風潮になると「あれは周りから強制されて」と思うものです。余計なお世話の強制で出張した先の異国ですばらしい出逢いを経験し、これが自分の決断だったかのように話す人もいるでしょう。




3781. Re^4: 在日の名前 国語 高駒麗人KOMA  2003/04/03 (木) 00:14
> 黄長[火華]の日本語音読みは、古くは「くわうちゃうえふ」、今は「こうちょうよう」
> 日本の本で「柳寛順」に「りゅうかんじゅん」と振りがなを降るのは「やなぎひうじゅん」→「やなぎひろじゅん」と誤読されるのを防ぐためか。ならば「りゅぐわんすん」…という現代朝鮮語音に近いフリガナのほうが合理的。
http://homepage1.nifty.com/forty-sixer/kokugo.htm
「国語」とは何かに関連しますが、
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jpling/meisyo/kaiin.html
「国語学会」の名称が創立60周年(2004年)を期して「日本語学会」に改められるようです。
これについて別のサイトで高坂さんという方がこう述べていられます。
「国語」といふ言葉が国家を前提としてをり、自文化中心的であり、かつてアジアを侵略した前科を持つてゐる、といふこと(実はこれは「日本語」でも同じことが言へるのですが)。
もう一つは、「国語」といふ言葉が「多言語社会」には相応しくない、つまり外国人に配慮してゐないといふこと、ださうです。
…【その外國人に日本に土着するつもりがあるのなら、追々文化共同體のメンバーになつて行き、さらにはいづれは日本人になるのです。だから、土着の意思のある外國人の子女には、受け皿として基本的には國民と同等の「國語」教育を用意しておけばよい。土着の意思のない一時滯在者には、國民教育とは別の對應施設があれば足ります。】…なほ、韓国・台湾にも國語といふ言葉はあり、私はこれらの國にも、漢字文化圏に於いて自國の言葉を指す言葉として、國語といふ言葉を残してもらひたいと思つてゐます。
http://www8.plala.or.jp/Kusimitama/report-12.html#118
奇魂通信:「國語」をめぐる諸説
http://www.hit-u.ac.jp/gengo/top/Graphics/lee-j.htm
Lee Yeounsuk リ・ヨンスク(李妍淑)教授
『国語という思想』 固有名詞の矛盾 ―その異化と同化―」







3779. Re^4: 結婚して、姓を変えるという蛮行 信太一郎  2003/04/02 (水) 23:55
> 創氏改名は朝鮮人を日本民族の仲間に入れて上げるという平等思想ですが、この平等がまるで差別であるかのように批判されるのは矛盾です。

 中国が日本を支配して、中華民族として平等に扱ってあげるということで、「李」なり「張」なりに変えなさいと言われたら従いますか? 余計なお世話以外の何物でもないでしょう。




3778. Re: アン投手 信太一郎  2003/04/02 (水) 23:50
 私の学生時代には、ベトナム戦争が進行中で連日メディアがその経過を報じていましたから、当時よくベトナム人の名前を聞きました。南ベトナム政府の正副大統領が、グエン・バンチュー(阮文紹)、グエン・カオキ(阮高禧)だったとき、日本のメディアも、チュー大統領、キ副大統領と呼んでいました。名前の最後の文字で呼ぶということは、アン投手に限らず、ベトナムの一般的な習慣であるようです。

 ベトナムが漢字を用いなくなって久しいのですが、名づけに当っては、今も漢字を意識しているようです。私はベトナム語は知りませんが、アン投手の「フォック・アン」という名前は「福安」と書くのではないかと想像しています。




3777. Re: 姓名について 信太一郎  2003/04/02 (水) 23:41
>あのマラソンランナーの名前は「ファトゥマ」だけで,「ロバ」はヨーロッパかどこかの陸上競技団体が、「姓名」がそろっていないと選手名簿を作るときに?都合が悪いので、父親の名前を姓としてつけた,ということです。ご本人には、自分が「ファトゥマ(名)ロバ(姓)」であるという意識はないということです。

 エチオピアのマラソン選手の名前は、アベベ・ビキラ以来、マモ・ウォルデ、ベライン・デンシモ、アベベ・メコネンなどの名が思い浮かびます。エチオピアの人名について、詳しいことは知りませんが、ファトゥマ・ロバ選手に限ってのことではないと思います。

 世界的に見ると、むしろ姓のない民族の方が多数派なのではないかと思います。インドネシアのスカルノ、スハルトといった大統領は、これ以外に名前がないようです。

 姓という習慣のない民族には、新たに姓をつけるのに抵抗感はあまりないでしょうが、姓のある民族の内部、およびそういう民族同士の間では、軋轢のもととなります。

 なお、フランスパンさんの投稿は辻本さんあてですので、詳しくは書きませんが、結婚に際して、どっちでもいいという考え方は、日本にいてしかも家庭的にもあまり込み入った変遷のない人の考え方で、必ずしも普遍性があるものではありません。ここに自分とは違う人がいるのだと考える必要があると思います。




3776. Re^3: 結婚して、姓を変えるという蛮行 高駒麗人KOMA  2003/04/02 (水) 23:15
日本では木下藤吉郎が羽柴秀吉になり豊臣秀吉になったりしましたし、松平家から徳川家が出ても、松平家が徳川の血筋であることは明白でした。姓が変わっても気にしないのは特殊でしょうか。

日本では、男が妻の姓を名乗る場合、婿養子の会から誘いを受けるようで、例えばムコ殿・中村主水のような可哀相なイメージがあります。
女性が夫の姓を名乗るのは日本では普通です。太田知事や西村知美さん等のように仕事をしている女性は結婚後も結婚前の姓を通称として用います。「安室ちゃん」だの「荻野目ちゃん」だの姓をニックネームにした場合もあります。(「荻野目ちゃん」だと妹の洋子さんか姉の慶子さんかわからない)

では専業主婦はどうか。気の毒なこと事に、日本人女性は世間的には「日本航空××支店長の奥さん」「××建設・鈴木社長夫人」のように夫の職業で肩書きが出来上がるようです。
このような女性は、図書館で本を借りたり、手続きをする上でサインを要求されると習慣的に自分でなく夫の名を書いたり、住所氏名を書くときも夫の名を書いたりするようです。電話帳でも夫の名しか書いてなくて平気です。
姓が他者の物になると人は附属物と化してしまうのでしょうか。昔の日本でも和歌の作者で「××の母」「××の妻」という息子や夫に付随した名で後生に残った奇特な無名歌人がよくいます。
これは「秦始皇帝」や「三蔵法師」(中国では「唐僧」)が単なる地位名であり、「贏政」、「玄奘」という名で呼ばれることがめったにない事と似ていますが、彼らは「誰誰の息子(婿)」という通称でないわけで其処が違います。
また一般的に男は「辻本さん」だの「信太さん」だの姓(家名)で呼ばれることが多いのに対し、女性は一生の間に姓が変わる場合があるせいか、「マヤさん」、「チエさん」のように個人名で呼ばれる事が多いようです。呼ばれかただけ見ると、男は企業や家の附属物で、女性は個人として自立している(ような呼ばれかたをする)と言えます。

東アジアで母方に「外」がつくのは女は結婚しても家の一員ではないという差別です。一方、自身の他界後、夫の家の墓には入りたくないという女性もいます。差別と同化は一概にどちらが良い悪いとは言えないのでしょう。創氏改名は朝鮮人を日本民族の仲間に入れて上げるという平等思想ですが、この平等がまるで差別であるかのように批判されるのは矛盾です。




3775. Re^2: 中国の家族の姓 高駒麗人  2003/04/02 (水) 22:42
>人口のほぼ全員が漢民族という地域の人たちは、どれほど少数民族の問題に関心を持っているのか。
http://homepage1.nifty.com/forty-sixer/kanbun.htm
中国の貨幣の文字(モンゴル文字、チベット文字、ウイグルのアラビア文字、チュアン語のローマ字)については当の漢民族や漢族に同化した自称満州族でも知らない人が普通です。

3769
「ベトナム人の名前」http://homepage1.nifty.com/forty-sixer/diary200110.htm
http://homepage1.nifty.com/forty-sixer/Vietnam.htm
>グエンは漢字では「阮」、トランは「陳」である。
「阮」は越南語ではNguenあるいはNguyenでしょうか。
北京語では「元」Yuanに対して「阮」Ruanですが、これはNgiuan>Yuan>Ruanという変化で、ng声母からyを経てrになった珍しい例です。
「陳」はTranでしょうが、これはトランではなくチャンに聞こえます。trは巻舌破擦音です。「中国」Zhongguoは Trung Quoc、「芽床」Ya ZhuangはNha Trangです。越南語では古代漢語ngがngとnh(フランス語のgn)に文化しています。
>中国でも朝鮮でも子供は父の姓になります。
中国では独生子政策で、夫婦別姓ですから、一人っ子が父の姓を受け継ぐと母の姓(家)は途絶える事になります。しかし独生子同士結婚した場合は子どもを複数産んでもいいようです。すると男の李さんと女の張さんの間に生まれた少年が李の姓を名乗った場合、彼が成長して子どもを2、3人設けた場合、その一人が祖母の姓「張」を受け継ぐ事も理屈では可能です。実際どうなっているかは知りません。研究してみます。




3774. Re^3: 在日の名前 高駒麗人  2003/04/02 (水) 21:45
>  [火華]という字は、知らなければ当然「か」と読みますね。日本人には見なれない字ですが、朝鮮の人名ではきわめてありふれています。日本の漢字音では本来「えふ」であり、今日では「よう」と読むでしょう。

黄長[火華]の日本語音読みは、古くは「くわうちゃうえふ」、今は「こうちょうよう」ですが、若生彊雄(わこうただお)氏は「こうちょうか」だと勘違いしました。つまり、中国(大陸&香港&台湾)や朝鮮(南北)の人名・地名の「日本語音読み」は、場合によっては普通の日本人にとって難しいということです。
私にとっては[火華]を「よう」と読むよりは、TVで黄長[火華]をファンジャンヨプと呼んでいるのを採用して「ファンジャンヨプ」と呼ぶ方が簡単です。
呉智英(くれともふさ)氏は次号の「正論」誌上で若生氏を批判し、「後漢書」の作者・范曄(はんよう)を例に挙げ、「曄」と[火華]は同系で、歴史的假名遣いで「えふ」、古代日本語では「エプ」epuであり、これが「ファンジャンヨプ」の「ヨプ」Yopと同系だと述べています。
しかし范曄(今の北京音でFan Ye)も中国の人名です。日本語で普通に使われる言葉ではありません。漢字は所詮、シナ大陸から朝鮮経由で、または直接倭国に傳わった物なので、外来物であるということです。ならば、「黄」が日本語音読みで「コー」であっても、朝鮮で Hwangである以上、今の日本で「ファン」として取り入れるのは自然な事です。
日本語読みするなら何故訓読みにせず音読みなのか。「江澤民」は「えざわたみ」、毛澤東は「けざわひがし」、「金日成」は「かねひなり」、と読む方が名前の意味がわかりやすい。
日本の本で「柳寛順」に「りゅうかんじゅん」と振りがなを降るのは「やなぎひうじゅん」と誤読されるのを防ぐためか。ならば「りゅぐわんすん」「ゆぐわんすん」という現代朝鮮語音に近いフリガナをつけるほうが合理的です。

帰国子女へのイジメは日本人の島国根性の排他性の象徴と言われますが、朝鮮民族にも半島根性の村社会的排他性があるわけですね。
「藤川千秋」を名乗っていた「朴千秋」Pak Cheongchuさんの名も日本風でしょうか。朴珠里Pak Julieのような(在美韓国人のような)英語風の名だったら、やはりイジメられるかどうか考えてみたいです。




3773. アン投手 神五郎  2003/04/02 (水) 20:48
新聞でフルネームを見たとき、グエンが姓なのではないのか?
と思ってベトナム人の名前を検索していてここにあたりました。
納得しました。




3772. 姓名について 語源ファン  2003/04/02 (水) 11:46
結婚して姓を変えることについての議論が行われていますが,姓名の問題は今行われているような次元の問題ではないと思います。たとえば、「ファトゥマロバ選手のロバも父の名前だそうである。自分の名前に、親の名前を後続させることは世界で広く行われていることである」と書いておられますが,私が聞いたところでは、あのマラソンランナーの名前は「ファトゥマ」だけで,「ロバ」はヨーロッパかどこかの陸上競技団体が、「姓名」がそろっていないと選手名簿を作るときに?都合が悪いので、父親の名前を姓としてつけた,ということです。ご本人には、自分が「ファトゥマ(名)ロバ(姓)」であるという意識はないということです。
 そのようにするのが、姓の起源の一つではあるのでしょうが,姓名は、歴史学的,民俗学的、人類学的etc.議論の対象でしょう。自分の姓で配偶者が呼ばれるのは嫌だ、といった次元の問題ではないと思います。




3771. 国籍取得時の名前 佐藤正彦  2003/04/02 (水) 11:21
「李」をいう姓をもつ日本人に対して、驚きを見せる投票所の人は問題ですね。ここの掲示板では、朝鮮系に厳しい書き込みをする私でも、名前の問題については、法務省のほうに問題があると思っています。よく帰化するときに、朝鮮系の名前が常用漢字表にないということで、遠まわしに拒否しますが、これなどは、人名漢字用の文字を増やせばいいだけです。朝鮮系の姓は数が限られていますから、数十字を新規に追加すれば、ほとんどの場合、間に合うと思います。それ以前に、ひらがな、カタカナ姓も認めるべきでしょう。呂比須、三都主などの当て字には無理を感じます。

ちなみに、朝鮮高校に大学受験資格を認めないのは、マスコミは差別だと捏造するくせに、姓名に関してはまったく問題にしません。こういうマスコミの扇動的な報道こそ一番、朝鮮系の差別を助長していると思います。

(朝鮮高校の件は、単純に、教育内容を文部科学省に公開していないから許可がおりないだけで、韓国系の一部の高校は、教育内容を文部科学省に公開することで、大学受験資格を得ています。今回のインターナショナル・スクールの件は、文部科学省が、海外の認定機関を信任するという形で認めています。一方、朝鮮高校は十分な公開をしていないので、認める以前の問題なのです。マスコミはそういう基本的な調査もしないで、「朝鮮人が差別されていますよ」と扇動的に流せば、記事が売れるという態度はやめてください。それこそ、醜い差別です。





3770. Re^3: 結婚して、姓を変えるという蛮行 フランスパン  2003/04/01 (火) 20:23
>ようは子供が何族を選ぶか次第ですね。もし私の奥さんが漢族。そして子供が18ぐらいになって、自分が漢族であることを選びたいとしますわね。そしたら子供の姓は奥さんの姓、すなわち漢族の姓となるでしょう。我が子が大和族などを選ぶなら私の姓、ツジモトが子供の姓となるでしょう。

現在の中国では、子供は自由に姓を選べるのでしょうか?
生まれたばかりの時は、子供はもちろん自分の意志など表明できませんから、とりあえず父親または母親の姓を名乗ることになりますよね。
それで、18歳くらいに成長した段階で、今まで名乗っていた姓を変更(父親の姓から母親の姓へ。またはその逆)したければ簡単に変更できるのでしょうか?

>フランスパンさんだって、自分の連れ合いがフランスパンさんと呼ばれたら嫌でしょう?私も奥さんが辻本さんと呼ばれたら嫌です。

私は現在独身ですが、将来のパートナーが自分の姓を名乗ることになっても、また、私がパートナーの姓を名乗ることになっても、どっちでもいいです。

>日本人はどうも人間の名前というのを軽視しすぎる。倭人女性は平気で(何の疑問も待たずに)自分の親の名前を捨てる。

「親の名前(ファーストネーム)」と「親の姓(家名)」が、ごっちゃになってませんか?




3769. Re: 回族について 信太一郎  2003/04/01 (火) 19:33
 回族についての情報提供ありがとうございます。私も上海などで清真食堂を何度か見かけました。ところで、少数民族と交じり合って住んでいる地域は別として、人口のほぼ全員が漢民族という地域の人たちは、どれほど少数民族の問題に関心を持っているのかということが気になっています。

 夫婦別姓のことですが、中国でも朝鮮でも子供は父の姓になります。たとえば、男の子は父親の、女の子は母親の姓を継ぐとでもしないと、完全に夫婦平等とはいえませんね。なお、2001/10/31の日記にある「ベトナム人の名前」という記事を参照してください。

http://homepage1.nifty.com/forty-sixer/diary200110.htm




3768. Re^2: 外来語と宗教・文化、電話 信太一郎  2003/04/01 (火) 19:24
 日本語でも電報は「打つ」といいますが、中国語では電話も「うつ」というのですね。朝鮮語では電話は日本語と同様「かける」ものです。

 やはり中国語は、外来語を取り入れにくい言語といってよいでしょう。旺盛な造語力があるだけに、それを不要とする面もあり、このことが固有名詞にまで及んでいるように思います。香港に住む欧米人にも、最後の総督パッテンを含め、中国名を持っている人がけっこう多いと聞きます。




3767. 回族4 辻本裕幸  2003/04/01 (火) 10:30
ましてや回族と漢族は、宗教を除けば、同じ先祖を持つ民族同士である。確かに、広東省広州で、青海省出身の回族と出会うと、現地人とは顔つきが全然違うことに気づく。しかしそれは地域差にすぎない。亜熱帯の広東省で育った人間は、小柄で目はパッチリしていて、唇が厚く眉毛が濃い人が多い。それに対して寒冷な青蔵高原で育った人は、大柄で目が細く、眉毛が薄い。そういう点で見れば確かに、漢族と回族で顔が違うという意見は成り立つが、逆に青海省の回族と漢族を並べたら、その区別は出来ないのだと思う。
 私は思うに、「漢族と回族の顔が違う」ということを言う人は、回族とウイグル族を勘違いしているのではないか?と思う。ウイグル人は確かに、古代アーリア人と混血を繰り返しているので、「漢族とウイグル人の顔が違う」という意見には私も賛成である。
 「中国の少数民族の言語」という本によれば、「回族は中国全省全県にいる」とある。たしかにどこの町に行っても回族はいる。しかし均等にいるわけではない。寧夏回族自治区の銀川のように、人口の20パーセントに達する町から、南部のように、あまり回族がいない地域まで様々である。「漢族と回族の顔」について言う人は大体、回族とあまり接する機会のない地域の人が多いのではないか?そういう地域に住んでいる人はイスラムを信じている民族はみんな同じに見えるに違いない。それで回族とウイグル族をごっちゃにしているのではないか?しかし両者は全く別の民族である。その証拠に、両民族のモスクを見れば分かる。ウイグル地域のものはアラブ様式が目立つが、回族地域のものは基本的に仏教様式である。西安にある清新寺は、寺内にアラビア文字があることを除けば、仏教のお寺と何ら変わらない。ウイグルは中央アジアの諸民族につながるが、回族は完全に中華民族である。両者は別の民族なのだ。しかし偉いと思うのは、それだけ偏見めいた意見があっても、漢族が回族に対して差別的な態度をとったり、差別しているところは見たことがないことである。中国の少数民族政策が比較的優れていることの証ではないか?




3766. 回族3 辻本裕幸  2003/04/01 (火) 10:12
もっとも良く聞く誤解は、「漢族と回族は顔が違う」という意見である。私はこれには全く賛同できない。たしかに元代の回族には、アラビア商人やペルシャ商人らコーカソイド系民族と通婚したものがいた。しかし、何分600年も700年も前の話である。現代の回族に、そのころのDNAなどほとんど残っていないのである。第一、中国にやってきた西方の商人はほんの一握りで、中華民族のDNAに決定的な変化を及ぼすような数の人口が、来ていたわけではない。考えてもらいたい、農耕民族である中華民族と、遊牧民である西方の諸民族ではそもそも人口差があるのである。(ペルシャ人は多かったでしょうが)回族の祖先の大半は漢族からの改宗者であって、混血児はほんの一握りであったはずである。
 回族は一般に白い帽子をよく被っている。女性はスカーフを被っていることが多い。そして男性はムスリムらしく、ひげを蓄える。これらの副次的な外見が、あたかも人種的な相違があるかのような印象は、確かに与えるのだと思う。しかし、泉州にある中国最古のモスクで働いていた回族の女性は、スカーフを被らずロングヘアーをなびかせていて、全く漢族の女性と区別できなかった。最近は若い女性は、スカーフを被らなくなり、男性も会社勤めをしている場合は白い帽子も被らないし、ひげも蓄えていない。すると漢族とは何ら外見上区別できないのである。西安にいたときも、親しくしていた中国人の学生が、本人に言われるまで回族であることに気づかないことが多々あった。結論からいえば、回族に限らず、新彊の諸民族を除けば、漢族と少数民族を人種上区別することは土台不可能である。新彊ウイグル自治区だけは古代アーリア人の土地だったため、コーカソイド系が目立つが、それ以外の民族は回族も含めてすべてモンゴロイドである。漢族と何何族は顔が違うという意見は偏見にすぎない。



3765. 回族2 辻本裕幸  2003/04/01 (火) 09:55
では回族とは何か?中華民国期にはそれは、西方のムスリム諸民族の総称だったようである。つまりこの時期回族とは狭義の回族に加え、ウイグル、カザフ、キルギス、タタールなどのムスリムを総称していたようである。そもそも回とはウイグル人を指す言葉だった。ウイグル人の信仰している宗教という意味で、そこからできた回教という言葉が、イスラム教に対して使われるようになり、さらに回教を信じている民族という意味で回族と言う言葉が出来た。中華人民共和国以降、民族調査が本格化し、周辺諸国、特に旧ソ連との関係から、ウイグル、カザフ、キルギスなどが独自の民族としてカテゴリーされた。そして最終的に、それら諸民族のどこにも、入らない。(分類できない)しかしイスラムは信じている。そういう民族が回族としてまとめられた。それが今の回族である。回族の大半は、漢族からの改宗者である。しかしチベットの回族はチベット族からの改宗者であり、海南島の回族はそもそも改宗者ではなく、マライ系民族の末裔である。このように回族自体が一つに収まらないが、ここでは漢族からの改宗者を限定して述べる。
 別のサイトでも、議論がありましたが、ある漢族の人が、漢族と回族は全く別の民族だと言っていた。そして驚くことに中国人民の大半が同じような意見を持っていることに驚かされる。そういう人はまず歴史から勉強していただきたい。ただし、「全く別の民族だ」と言っているだけで、偏見や差別心が表れているわけではないことは、漢族の名誉にかけて断っておきますが。




3764. 回族について 辻本裕幸  2003/04/01 (火) 09:43
しかし、どうも回族という民族は理不尽な民族基準である。イスラムを信仰していることを除けば漢族と何ら代わりがないのに、それだけで別民族というのはいかがなものか?キリスト教を信仰している漢族が、別の民族になるだろうか?しかし世界でもこういう例は良くある。ブルガリアにはポマーク人というムスリム民族がいる。この民族はブルガリア語を日常語とし、イスラムを除けば、多数派と何ら代わりがない。ユーゴのムスレム人という民族も同じである。
 中国の回族は、回族自身が「自分たちはイスラムを信仰しているから漢族ではない」と言い始めた」のが先か?漢族の方が「あいつらはイスラムを信仰しているから漢族ではないと言い始めたのが先か?」それはちょっと分からない。ただ、回族というカテゴリーはすでに中華民国の時代からあった。
 中華民国時代、その民族は漢、満、蒙古、チベット、回の5つつとされていた。
 ここには現在中華人民共和国、最大人口(1500万人)の少数民族 壮族はまだない。壮族はタイカダイ語族に属する言語を母語としているが、言語学者が入ってくるまで自分たちが非漢語を話していることにさえ気づいていなかった。なぜなら壮族の言語タイ諸語自体漢語と構成要素がよく似た孤立型言語であり、さらに上層に多くの漢語が被さり、漢字も使用していたため、彼らは自らの言語は漢語の一方言だと思っていたに違いない。。そして漢語そのものに、大きな方言差があるため、他地方の人間と会話が通じないと言うことは、何ら異質性につながらなかった。そのため壮族は近代まで自分たちは漢族だと思っていたのである。壮族の民族アイデンティティーは人工的に造られ、この民族の歴史は新しい。このようにそもそも中国の民族政策は、人工的要素が強い。(つづく)




3763. Re^2: 結婚して、姓を変えるという蛮行 辻本裕幸  2003/04/01 (火) 09:24
> 将来、結婚し、お子さんが誕生された場合、お子さんの姓はどうなさるおつもりですか?
 実を言えば、ひょっとしたらですが、中国人と結婚するかもしれません。(したいよ)
 ようは子供が何族を選ぶか次第ですね。もし私の奥さんが漢族。そして子供が18ぐらいになって、自分が漢族であることを選びたいとしますわね。そしたら子供の姓は奥さんの姓、すなわち漢族の姓となるでしょう。我が子が大和族などを選ぶなら私の姓、ツジモトが子供の姓となるでしょう。後続の投稿で言ったとおり、別に子供がツジモトを名乗ることは生理的嫌悪感は感じませんわ。サダムフセインのフセインとは彼の父の名前だそうです。エチオピアのファトゥマロバ選手のロバも父の名前だそうである。自分の名前に、親の名前を後続させることは世界で広く行われていることである。ですから、私のむすこむすめがつじもとなり、奥さんの姓なりを名乗るのはまあ、良いんです。でも奥さんはだめですよ、絶対。フランスパンさんだって、自分の連れ合いがフランスパンさんと呼ばれたら嫌でしょう?私も奥さんが辻本さんと呼ばれたら嫌です。
 私は夫婦同姓に対して、寛容的な意見があることの方が不思議である。日本人はどうも人間の名前というのを軽視しすぎる。倭人女性は平気で(何の疑問も待たずに)自分の親の名前を捨てる。倭人男性は女性の名前を取り上げても微塵も心が痛まない。大和族のヤマダ、スズキ、タナカなどの訓読み姓の人間は、漢字圏で音読みで自分の名前が呼ばれることに、何のの疑問も感じない。(加藤、二階堂等の音読み姓が漢語読みされるのは仕方がないが。)
 そりゃ朝鮮人やアイヌ人の名前も(悪意もなく)平気で取り上げますわね。だって自分たちの名前だって大切にしないんですもの。人の名前に対してはなおのこと配慮しないでしょう。
 女性が、別姓でも同姓でも同じだという理論は、朝鮮人が、漢族の姓(金や羅など)でも、大和族の姓(金田や羅本など)でも同じだと言っているのと、私には同じに聞こえる。私は奥さんの姓を名乗るのは死んでも嫌だ。自分が死んでも嫌なことは他人にもしないと言うのが、人間社会のルールではないか?




3762. Re^2: 民族名、国家名 漢字表記は語源か發音か 高駒麗人KOMA [URL]  2003/04/01 (火) 01:48
訂正
> http://homepage1.nifty.com/forty-sixer/02December.htm
> 「2842.Re: 日本人がなんと言おうと、問題ではない。ようは態度の問題でしょう」の引用
 もし、あるBrazil人が日本語を話し、「シーナは偉大な国だ」と言ったとした?→「シーナは偉大な国だ」と言ったとしたら?
同じ人が葡萄牙語で China(シーナ)、muito grandaと言うのと変わらない筈。

自分の文を略して引用した時、「ら」まで消したのは失敗でした。
私が見る限り「」=[シ九]は文字化けしていないようです。

「支那」は確かに「秦」の印度訛りCinaですから「秦」をシナと読むようにするのは一理あります。しかし「支那」という漢字表記は古代漢人が作り出した物で、責任は中国側に有ります。また、http://www.sina.com/の漢字名「新浪」が「秦」に改められないのは妙です。

また、多くの人は、Chinaの発音というと英語読み「チャイナ」だけは知ってますが、ポルトガル語・オランダ語読みが「シーナ」で日本語「シナ」に似ている事や、スペイン語のChinaの發音「チーナ」が中国語の「支那」の發音Zhinaに近い事を知りません。
それで「『支那』は中国語では『チャイナ』とは読まないからこの両者は別の語」などと書く方もいます。全く理由になりません。
http://www.age.ne.jp/x/commerse/kawara/kawarabn/9909/9909z.html

また、語源と違う漢字表記はよくあります。
本来「観音」であるCanonが「佳能」、「馬渕」であるMabuchi Motorが「万宝至馬達」、「札幌」(アイヌ語Sat乾・poro大)であるSapporo Beer が「三宝楽」、「日本の漆」である筈の Nippon Paintが「立邦漆」になります。
漢字の「日産」はシナ語で Richanと読まれますが、羅馬字の NISSANを漢字で表した「尼桑」Nisangも使われています。
「カネボウ」のシナ語名には「鐘坊」Zhongfangと「佳麗宝」Jialibaoがあります。
NISSANがRichanと呼ばれようと、「日産」が「尼桑」と書かれようと、日本人(或いは日産関係者)が公式に中国へ抗議したという話は聞きません。気にしないのが理性的な態度です。
私にとっては、「日産」、「尼桑」、NISSAN、Richanは同じ言葉です。