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2001年11月25日掲載 

男のロマンと女の一言

 引っ越しです。
 いや、まだ引っ越し屋さんが来る日ではないので前哨戦と言いますか、下地塗装といいますか。
 まぁとにかくがさごそやってます。ここしばらくずっと。

 楽々引っ越しとやららなんで、全部プロが荷造りしてくれるそうです。あたしゃ「あ、それは二階右の部屋」とかなんとか場所を指示するだけだそうで。なんだ簡単じゃん。

 と、そうは問屋が卸さない。普通の家でさえ壊れ物はあるでしょう。ましてやあたしの荷物と来た日にゃ。
 ってわけで、「素人さん」に任せられないものは自分で運ぶことにしたんです。
 まずMFの完成品。原型は製造担当の今野君に預けてあるので問題なし。他には模型の完成品。そして本棚一個分あるノートPC。PCは自転車で輸送するのは怖かったので、DDマガジンの編集長だった竹内氏にドライバーを、そして今野君に輸送係を頼んで一日で一気に運んで貰いました。Dank.
 FM企画は東京・杉並区にあります。荻窪の東隣、南阿佐ヶ谷が最寄り駅なんですが、荻窪との中間点に近いのでそこまでなら歩きも苦になりません。で、新しい仕事場は荻窪の西。西荻窪との中間あたり。方向はともかく、距離としては荻窪が「バラン星」です(ふ、古い・・・)。そうです。新築したのは現住所からチャリでゆける距離。歩くとちょっとあるけど、チャリならなって距離。この微妙な距離が困ったものなのですが。もっと遠いのなら自力で運ぶなんて諦めますし、もっと近いのなら鞄に下げて持っていくんですが。

 で、この一週間程、カメラ機材などでチャリで運べるものはチャリで、そして外箱などなく、振動がこわいものはカメラバックに入れて歩きで運んでました。その初めの日。まずはあたしの秘蔵のカメラ、フォクトレンダーのプロミネントと関連品などを輸送していた時です。これを買った時の事を思い出したんですね。


 フォクトレンダー。Voigtlanderと書きますが、aの上には点々(ウムラウト)が付きます。最初はオーストリア、後にドイツに移転したメーカーです。戦前から日本にも輸入された「舶来品」として有名で、その歴史はライカやコンタックスの比ではありません。操業は実に1756年。精密機械生産を生業とし、後にレンズ関連の光学製品を開発します。世界初の金属製カメラ(それまでは一部分をのぞき木製でした)を作った事でも有名ですし、日本でもかつて皇室の肖像写真などには同社の名玉、ヘリアーが使われています。

 


  プロミネントは同社が1933年(昭和八年)に製造したカメラ。フォールディングカメラ、いわゆる蛇腹式です。このホームページでもMFマクロガイドでちょこっと紹介したのがこれ。
 当時可能な限りの技術を注ぎ込んで生み出したフラッグシップ機。見事な技巧を誇るノブ部分や全体のフォルムなど、登場時、すでにクラシカルと言われていた独特のデザインながら、その内容は「大型測距儀式連動距離計」「光学式露出計」「フル・ハーフ判切り替え」「チェーン式レンズボード繰り出し」「フィルム引き込み防止用空気穴」などなど、とにかく他社と技術面で一線を画さんというフォクトレンダー技術陣の誇りが生んだ最高峰カメラでした。
 日本でも古くからファンが多く、上部で張り出した距離計の形がかんざしに似ていたことから「花魁(おいらん)」と呼ばれ、愛でられてきました。まぁ、あたしなんかからしますと「花魁」なんて言われると旦那趣味丸出しな気がするので、あくまでProminetと呼んでますが。

 翌年になり、プロミネントから距離計と露出計を省いた廉価版、Inos(イーノス)が登場します。廉価版とはいえ、基本はプロミネントと同じですので、ちゃんと距離と露出を合わせれば写真の出来上がりは一緒です。

 今、プロミネントはわりと安価で安定しています。まぁ給料一月分か、ちょっと高めのパソコン一台分で買える程度です。
 ですが一時期、すごく高い頃がありました。で、どうしてかそういう時に限って、欲しくなるんですね、これが。ライカがレンズ付きで買える御値段と分かっていながら、どうしても欲しくなる。寝ても覚めても頭からあの形が抜けない。お分かりですよね、そういう時ってあるんです。もうそうなったら買うしかありません。精神衛生上、ストレスは発散しないと。でもさすがに高すぎるので財布だけでは無理。預金を降ろさなきゃなりません。で、そこが問題。

 あたしゃ家内に通帳もカードも抑えられているんですね。「あんたに渡しとくと、ろくな事に使わないから」。ごもっとも。
 プロミネントがあればどんな写真が撮れるか。戦前の名玉ヘリアーで撮った写真のどこが美しいのか。とくとくと説明し、なんとか家内の承諾を得、無事購入可能というところまでこぎ着けました。で、意気揚々と軍資金を手に、いや、軍資金を持った家内と手をつないで高級カメラ店の立ち並ぶメッカ、銀座まで。

 一軒目二軒目と見てゆきますがこういう時に限って出物がない。大抵一台は看板のようにショーウィンドウに綺麗に飾ってあるのに。で、三軒目。ありました。しかも純正革ケース付きの美品。もちろんその分さらにお高いのですが・・・、ぎりぎり予算内。ああ、高めに申告してあってよかった・・・
 ケースから出してもらおうと店主を待っている時です。側でしげしげとウィンドウを見つめていた家内の素朴な疑問。

 「隣の方が十万も安いのに。高い方買ってもすぐ傷だらけにしちゃうんでしょ」
 ごもっとも。あたしゃ買ったカメラをしまっておくタイプじゃありません。肩から下げて通勤(当時はゲーム会社に勤めてました)しちゃう人です。ライカだろうとコンタックスだろうとおかまいなく。
 しかーし、ここは負けていられません。なにしろ家内の言う「隣の」とプロミネントとは訳が違うんですから。
 「あ、あれはイーノスって言って、距離計と露出計を省いた廉価版なんだよ。だから安いの」
 「ふーん・・・」とは答えるものの納得していない様子。まぁ並んでいる札も同じ様な名前の書き方ですし、見た目は区別付かないかも。ましてや背の低い家内にとって、目線よりも遙かに高い場所に並ぶ二台の上端部に、距離計があるかどうかは多分見えていないのでしょう。

 「プロミネントですね。これは出物ですよ」と笑顔を満面に浮かべて店主登場。この前ディアックスのセットを買ったときにはにこりともしなかったのに。
 「チェーンも手入れ済みです。ちゃんと抑えて出してくださいね、すこーし上を向けて」
 言われつつストッパーを外す。びゅん。って感じでレンズ部が飛び出したかと思うと、すぐに勢いは止まり、滑らかにすべるように定位置に止まるヘリアーレンズ。
 「すご・・・」と思わずうめくあたし。
 「この調子は機械じゃ出せません。職人芸ですね」
 店主のとくとくたる解説を聞きながら入念にチェックするあたし。なにしろライカどころかハッセルブラッドが買える御値段だもの。
 小さい傷はあるものの、金属部にまで腐食を及ぼすものはなし。裏蓋を外してレンズのチェック。クリアーそのもの。どれどれシャッターは・・。1/250、OK。低速は・・うん、一秒にも狂いなし。
 暗室作業などに慣れますと、露光時間というのが大事な要素なので、三十秒くらいまでなら暗闇で、つまり時計なしでまず狂い無く目算できるようになります。もちろん一秒ならほぼどんぴしゃで。
 さぁ、次は露出だな。絞り羽根は・・・。うん異常なし。かっこいいなぁ、これ。じゃ露出計はっと・・・
 プロミネントの時代、まだ電池式はもちろんセレン光電板もないので、露出計は光学式というとても簡単なもの。縞のあいた円盤を回転させ、のぞきながらその境目が見えなくなる明るさを探します。で、その値から対象物の明るさを逆算するのです。
 今なら感度はISOという単位がありますが、当時はシャイナーという単位ですごく鈍い。それをいつものASA、つまりISO感度に変換して確認します。
 「うーんと、そうすると・・f4.5・・。うん」
 計算がちゃんと合ったので微笑むあたし。満面の笑みを浮かべる店主。
 「入手時に外して磨いてありますからね、整備済みですよ」
 うなづきながら今度は距離計。中央の距離合わせ部分に大きなカビ跡があるので気にはなるのですが、実際の撮影に影響あるでなし。距離を合わせられない程ではなく。本当に「カビ跡」って感じ。
 「ちょっと目立つんですけど、もう死んでますから広がるこたぁないですよ」と店主があわててフォロー。
 「距離が合ってればそれでいいんですけど・・・」
 あたしの問いにまた笑みを浮かべる店主。
 「そりゃもちろん」
 あたしはまず、近くのケースの端までを目測。2mちょい。レンズ部の繰り出しをいじって合わせた後で距離計をのぞくと・・。どれどれ・・・。お、ぴったりじゃん! 上下二分割された画像に狂いなし。
 で、次は遠距離を。ガラス戸の向こうに見える銀行の看板まで・・・約15m。
 またレンズ繰り出しを調節し、距離計をのぞくと・・・ぴったりぃ!! 最後に距離を無限遠にし、ガラス戸越しに空をのぞく。ぽっかり浮かぶ雲が写る映像に狂いなし!!
 「どんぴしゃですね!」
 「そうでしょ! 距離計は全然狂いがなかったんでね、整備済みとはいえ、そこはいじってません」
 「へぇー」
 感動です。嬉しいですねぇ。なにせ昭和八年製ですよ。それからずっと時の流れの中、世界大戦もあっていろいろ衝撃もあったでしょうに。ちゃんと狂い無く距離を測る。うん、すごい!
 「これいいよ。これにしよう」と家内を振り返るあたし。
 「ちゃんと動くの?」
 その言葉に苦笑いする店主。あわてるあたし。
 「大丈夫。距離計も露出計も正確だし」
 「見て分かるの?」
 「うん。ぴったりだよ!」
 「じゃいらないんじゃない、分かるんなら」

 凍り付く男二人。

 「こっちの安いのにしたら?」とイーノスを指さしとどめを刺す家内。

 ひきつる男たち・・・

 げに恐ろしきは女なり。いや、正確には亭主の買い物に疑惑の眼差しを向ける妻。
 しかも正論。ぐうの音も出ません。おおせのとおりです・・・

 


 荻窪にT商会という、一部ファンに有名な写真店があります。中古カメラ販売と記念写真撮影なんかをしているところ。
 一時期馴染みだった頃、いすに座り込み、老人の域に入る親父さんとよくカメラ談義を交わしました。何がよいカメラか。何がよい写真か。いろいろと。
 ある時、あたしがコンタレックスI型を買うか買わざるべきか悩んでいる時です。真向かいに座りストーブで手を暖めながら親父さんが言いました。

 「高いカメラを買う時にはですねぇ、買えるお金が財布にあっても我慢した方がいいんです。
 まずは倍までお貯めなさい。そしたらですね、欲しいもんを買って、残りのお金でダイヤの指輪、奥さんに買っておあげなさい。二人で旅行に行くのもいいです。
 とにかく奥さんとうまくおやんなさい。趣味に使ったお金と最低でも同額、奥さんに使いなさい。それが道楽を続ける秘訣です」

 しみじみと語る親父さんの口調には人生の先達という感が込められていました。


 で現在。

 あたしゃ衝動買いしちゃいました、iBook。仕事場にずいぶんお金使ったのに。さらにこれから請求くるのもあるのに。

 ・・・・・・

 冬の京都。これかな? ゆばに湯豆腐。うん、いいですねぇ・・・パンフもらってこようかなぁ・・・何か言われる前に。どきどき・・・
 

 
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