<超かいき★くえすと>くえすたぁず

娘さん除霊大作戦
後編

von:秋澤 弘

第八章:死闘

 講堂内はしんと静まり返っていた。中央には「餌台」があり、その周囲にいかにもわざとらしく机や椅子が無造作に積まれている。あたりにはマットや跳び箱など、いろんな物が体育用具置き場からかき集められ、講堂地下に設置されているプラズマ分離器の吸収口を隠していた。そして<フェイズ3>の生徒たちもその影に身を潜め、息を凝らして待ち続けていた。誘導役だった<フェイズ1>は索敵から帰ったメンバーも加わった遊撃隊として二階席、そして講堂をぐるりと周回する二階キャットウォークに隠れていた。また一部は突撃隊として再編成され、舞台袖に潜んでいた。自爆係の<フェイズ2>は講堂にある二カ所の出口と各所の窓をしっかりと固めていた。
 殿下は制御室を近藤たちに任せ、自分も舞台の影に座り込んでいた。本条も隣にいる。
 「中庭通過! 講堂に向かいます」
 トーキーヘッドセットから近藤の報告が聞こえる。もうすぐだ。みな自分の心臓の音が高鳴って聞こえていることだろう。だが、この戦いには失敗は許されない。プラズマ分離器は移動できないのだ。この罠から逃げられたら、あいつは二度とここに入らなくなるだろうから。
 チャンスは一度。
 そのチャンスはもう目前だ。


 白石春香は上機嫌だった。鼻歌だって唱っちゃう! そんな気分だった。なにしろ50円玉があるわあるわ。
 主婦連の情報網ってやっぱすごいな。白石は有頂天で回収にいそしんでいた。なにせ夜が明けたら、おばさんたちにもってかれるのは目に見えている。でも、その前にあたしがぜーんぶいっただきぃ! 白石は常人には決して真似のできないスピードで50円玉を回収しつつ、建物の中に入った。
 「あっれぇ? ここ、うちの記念講堂じゃない? やっだぁ、お金落としたの、うちの校長? ばっかみたい。こーんなに落として気づかないんだから。ふふふふふ。ぜーんぶあたしのもの。んでぇ、ぜーんぶゴンちゃんにあげるんだ。ふふふ」
 その時、白石はそのゴンちゃん自身が講堂の真ん中でぐーぐー寝ているのに気が付いた。
 ジェームズ権田。なにやら舌をかみそうな名前の南国から交換留学生として来日した三年生だ。スモウレスラーを夢見て日本永住を決意している。日本語もほとんど話せないが、元々自国語のはずの英語すらほとんど話さない。なかなか謎の巨漢だ。白石は権田を「かわいい」と認識していたが、同意する者は誰もいない。
 権田の趣味はコイン集めである。日本で初めて見た穴あきコイン、特に50円玉の大ファンであり、自室の床が重さでへこむ程ため込んでいた。家主に怒られ、今では超常研のロッカーを借りて保管している。チャンバラが大好きな権田にとって50円玉が一番ナゲセンっぽいから、とも言われているが、権田の趣味は誰にも推測できるものではない。
 「えー、うっそー! じゃ、このお金、ゴンちゃんが落としたの? んもう、あたしが拾っておいたから良かったものの、そうじゃなきゃ、起きてから大騒ぎだったじゃない! んもぅ、ホントにゴンちゃんったらお茶目さんなんだからぁ」
 白石は最後の一つを手早くゴミ袋に放り込んだ。ものすごい重さだ。普通ならとっくにゴミ袋などやぶけている。が、とてもフツーではない白石が手にした袋は空中を浮遊している。
 一体何枚あるんだろう。ゴンちゃんを起こして一緒に数えようかなぁ。でも、折角寝てるのを起こすのもナンだしぃ。
 そんなことを考えながら権田の隣に座り込み、その寝顔をのぞき込んだ。
 「うふ。かーわいー」


 その足下では精進たちのチームがせわしく動いていた。
 「ターゲット捕捉! 認識全行程終了!」
 「メイン電源出力OK! リミッター解除5秒前!」
 メインパネルの前で物理部部長、精進と、科学部部長、佐倉井がそれぞれの首に下げていたキーを右手に持って立っていた。二人同時に目の前にあるスロットにそれを差し込む。
 「3、2、1、解除!」
 佐倉井の声と共に二人がキーを回した。ぶん、という低い音がうなりを上げ始める。
 「第一制御弁解放確認! 第二シアー室内シージェル充填開始確認!」
 「プラズマ分離回路作動確認!」
 「よし。じゃ、ここは、た、頼むよ、佐倉井君」と精進は告げると、制御室へ戻っていった。
 二人がリミッターを解除した時、講堂全体の明かりがふっと暗くなった。すぐに元の明るさに戻るが、その時にはすでに重々しい音があたりを包み込んでいる。
 始まった。全員が息をするのも忘れるほどの緊張感があたりを包み込んだ。
 もちろん、中央にいる二人はそんなものとは無縁だったが。
 「ふふふ。ゴンちゃん、おはよー! 朝ですよー、うそだけど。起きて。ゴンちゃん!」
 白石は権田の頬をぴたぴた叩く。だが、美咲の術法で眠っている権田には全く反応がない。
 殿下も本条も、ただじっと見守っていた。かつての級友のあいも変わらぬお遊びを。
 「んもう、ゴンちゃんったらお寝坊さん。ほら、ゴンちゃんの大事な宝物ですよー、起きないともらっちゃうぞ。くすっ。
 うそだよーん」
 そう言って白石がきゃらきゃら笑った時、その姿がまるでプリズムを通して見たかのように、七色に分離した。すぐにそのぶれは収まったが、それは白石へ異常を告げるに十分な現象だった。
 「なに・・・、これ・・・??」
 両手を広げてみる。指先がしびれている。何? 何で?
 「第一波動消去終了! 消去率・・・、こ、これは・・・」
 困惑する白石の足下で、同じく困惑した表情の生徒が佐倉井部長を見た。その顔に異常を察した佐倉井の目がコンソールに向かう。ばかな。そうつぶやいたが、予備の測定器も同じ数値を示していた。
 2階にある制御室で精進は佐倉井からの呼び出しを受けた。
 「はい、精進です。ん? ああ、佐倉井君、第一段階はぶ、無事成功したね・・・
 ええっ!? す、すまない、もう一度言ってくれないか?」
 精進の驚愕した表情に、制御室内の全員が彼に注目した。
 「わ、分かった。山口君には僕から報告する。き、君、君たちはなんとかリミッターぎりぎりで維持し続けてくれ」
 一旦通話を切り、精進はモニタに写る<S>を見つめた。外見上、ほとんど変化が無い。しかしそれが見た目だけではない事を彼は知っていた。
 「4パーセントぉ!」
 殿下は精進からの通話に思わず耳を疑った。
 「そ、そうなんだ。第一波動分は消去成功した。計算では25パーセントから30パーセント消せるはずだったのに。実際に分離できたのは、た、たった4パーセントなんだ。予備機でも確認した。そ、それでね、山口君。山口君、聞こえてるかい?」
 殿下は事態の把握に専念していた。総ての情報がその定まった場所に収まると、欠けているものを補うべく、精進に尋ねる。
 「何分かかる?」
 「へ?」
 「完全分離まで何分かかる?!」
 「・・・」
 精進は大慌てで計算を始めた。丁度携帯端末を開いていたのですぐにその式は出来上がった。
 「35分から42分・・・。そ、それまでフル稼働しているプラズマ分離式発電器のシステムがもったとして、だけど。20分以上連続稼働テストはしたことがないんだ。
 で、でも、ど、どうしてだろう、計算は合っていたはずなのに。ごめん山口君。どこかでミスがあったみたいだ。本当にごめん」
 「いや、精進。お前等のせいじゃない。ミスは俺が犯した」
 「え? 何だって?」
 「手段の為に目的を忘れた。俺のミスだ。あいつを誘い出すのに夢中になって、あいつの精神状態の変化をすっかり忘れていた。今、あいつは有頂天なんだ。精神的に絶好調の昂揚状態なんだよ! 俺の作戦でな。
 すまん精進。なんとか奴のMPを削る。一分一秒でも持たせてくれ。頼む」
 「わ、分かった。や、山口君、僕も地下に降りて佐倉井君を手伝うよ」
 「うむ」
 「や、山口君?」
 「ん?」
 「無茶しないでくれよ。き、君たちにもしものことがあったら・・・」
 「了解! 実戦は任せておけ。俺は最強だ。信じろ」
 「う、うん。じゃ、僕は行くよ」
 「Good Luck!」
 殿下は通話を切った後もそのままの姿勢で動かなかった。側にいる本条たちが固唾を呑んで見守っている。
 どうする? 殿下は考えた。全力でぶつかってもまず勝ち目はあるまい。現在の戦力では白石のMPを削るどころか、逆に気絶させられるのがオチだろう。どうする? 
 数秒の沈黙。やがて殿下が振り向き、本条を見た。その目は静かだった。
 「本条。最後の手段だ。非常に危険だが、他に案がない」
 「お任せします。あなたを信じていますから。手がけた以上、必ず成し遂げる人だと」
 殿下は一瞬の沈黙の後、作戦を告げた。
 「やつを悪霊化させる」
 「!」
 「全力で総攻撃をかけ、奴に反撃させるんだ。本気でな。遊びではなく。あいつが有頂天でいる間、奴のプラズマは計算以上に高数値を示す。ムキにさせて、本来の数値に戻すんだ」
 「それでは、足止めではなく、こちらも全力で攻撃すると」
 「そうだ。他に道はない」
 しばしの沈黙。百合恵は黙ってうなづいた。

 白石は自分の身に起きた異常を確認しようとしていた。何があったの? なんだか体がちくちくする。こんなことは生まれて初めてだ。本当は「死んでから初めて」だったが。
 その時、またブレが生じた。そこでやっと事態が分かった。
 「薄れてる・・・」
 分かった。自分の体が消えかけているのだ。その認識に白石は心底恐怖した。なんで? どうして?
 その時である。叫び声が上がった。
 振り向く白石。その目にはかつてのクラスメート、仲田野美雪が叫びながら飛び込んでくるのが見えた。
 「突撃ーっ!」
 あちこちから降ってわいたように生徒が現れ、手に手にガスガンを持って走ってくる。
 「あんたの仕業ぁ、美雪ィ!」
 白石は怒りの表情で迎え撃つ。目前まで来た美雪たちが半円形の陣を組むと、一斉に銃口を向け、発射した。
 「きゃぁぁぁぁぁぁ」
 塩玉程度ではびくともしないはずの自分の体。だが、今、まるで力一杯ビンタを食らった様な痛みが走った。
 「痛い。痛い。どうして、ねぇ、美雪、どうしてよぉ!」
 なぜ自分が撃たれるのか。そしてどうしてガスガン程度がこんなに痛いのか。白石の意識は錯乱寸前だった。そこへ第二連射が襲いかかる。白石は反射的にブランクアウトして姿を消すが、見えなくなるだけでは既に発射された玉を除けることはできない。
 「きゃぁぁぁぁぁぁ・・・」
 痛みに床を転げながらすぐに身を床板の下に沈めようとした。しかし、なぜかここの床は30センチ程度までしか潜れない。何か通り抜けられない壁のようなものがある。それは結界のように穴だらけの感じではなく、物質的というか、物理的というか、付け入る隙のない感じだった。講堂はプラズマ分離器の万一の事故に備え、鉛が一面に埋め込まれていたのだ。厚さほんの2ミリほどの鉛の板。それが白石の霊体を拒んでいた。
 彼女に冷静さがあれば、プラズマ吸収用の管が走っていたのに気づいたかもしれないが、今の彼女は通り抜けられない壁という初めての存在に恐怖を深めるばかりだった。
 床に下半身を埋めかけた状態で白石は叫んだ。
 「なんでよーっ!」
 その声で居場所を知ったサーチライト隊はすかさずそのあたりを照らす。空気中では基本的に直進し、プラズマに接触すると拡散する性質のレーザー光が数十本、一斉に白石を貫き、その透明化した体を紅く染めた。
 「連射三連、てーっ!」
 美雪の声と共に塩玉が叩き込まれる。それはビンタどころか、まるで体を突き刺すばかりの痛みだった。
 「あ、ああ・・・、くっ」
 言葉にならぬ声を挙げ、苦悶の表情を顔に刻む白石。直撃が一番多かった腹をおさえ、そのまま前のめりになる。動きが止まったその瞬間、すかさず美雪の声が飛んだ。
 「全弾撃ち込めーッ!」
 マガジンと薬室内に残った全11発の清めの塩玉を連射する生徒たち。彼らの心は、もう必死に相手を倒すことしか考えていなかった。うずくまる「敵」を討ち取ることしか。必死に彼らはトリガーを引き続けた。
 白石の体に無数の衝撃が走る。しかし、その痛みよりもさらに彼女を引き裂くように貫くもの。
 「倒れろ、倒れろ、倒れろ!」
 生徒たちの思念はそのまま氷の刃となって白石の心をえぐった。塩玉と共に飛び来る刃。
 「倒れろ、倒れろ、倒れろ!」
 全弾打ち尽くし、ホールドオープンするガスガン。美雪はすぐさまマグチェンジを指示する。震える手でマガジンキャッチを押す生徒たち。床にガタガタと落ちる空マガジン。その音はそのまま振動として床に半身埋まった状態の白石に伝わる。
 「どうして・・・。どうして・・・」
 白石は再びプラズマを集め、実体化した。ゆらりと揺れる体。そこから発する威圧感が生徒たちを襲った。美雪は瞬時に白石の変化を察し、叫んだ!
 「伏せろーっ!」
 その瞬間、白石の体が跳んだ。真正面に三人の生徒がいる。恐怖に引きつるその顔。
 「あたしが何したっていうのよー!!」
 声と共に白石の右脚が浮き、数メートルも伸びて思いっきり蹴り飛ばした。吹き飛ぶ生徒。白石はそのままさらに跳んで残った生徒たちの中心に飛び込む。受け身を取り損ねた陸上部員の頭部をがっしと掴み、そのまま床に叩きつける。その手を軸に右に回転し、しゃがみこむ隣の生徒に回し蹴りが飛んだ。肩をしたたかに叩かれ、弾かれたように飛ぶ者。その直撃を受けて崩れる者。白石はそのまま今度は横に跳ね、次の生徒に両手で掴みかかった。
 その時、すさまじい衝撃が彼女を襲う。重力が数倍に跳ね上がったかのように彼女の体は床に叩きつけられた。
 「第二波動分プラズマ消去完了! つ、続けて第三波動分に移行する!」
 今倒した生徒の頭から転げ落ちたヘッドフォンから精進の声が流れた。
 「そういうこと・・・。そうなの・・・」
 ゆらーりと歪んだ体を元に戻し、立ち上がる白石。その間に救護隊が危険も省みずに飛び込み、倒れた突撃隊の生徒をひきづって離れて行く。
 「そう・・・。みんなしてあたしを殺す気なんだ」
 白石は悟っていた。ここまでのことをする者。それはあいつ以外考えられなかった。毎日のように一緒にゲーセンで対戦していたあいつ。変な奴だけど、なぜか憎めなかったあいつ。毎晩遅くまで遊んでるあたしを本気で怒鳴ったあいつ。じゃ、あたしがもし襲われたら助けてくれるって聞いたら無言で頷いてくれたあいつ。執拗に成仏するように説得してきたあいつ。顔を合わせれば理(ことわり)がどーの、転生がどーのと小難しい事ばっかり言うあいつ。それでもあたしの事を心配してくれてるんだと思ってたあいつ。信じてたあいつ。
 「そうなんでしょ。ねぇ山口!」
 白石の金切り声はそのまま衝撃波となり、講堂中を揺らした。
 「出てこい、裏切りものっ! 卑怯ものぉ!」
 殿下はゆっくりと壇上に登った。
 「なんでだよ、なんでこんなことすんだよぉ! 山口い!」
 「お前を封じるためだ」
 「何で!」
 「そうしないとお前の魂が消されるからだ。二度と転生できなくなる。だから・・・。だから今のうちにお前の力を封じ、魂と切り離して転生させる。それしか道はない」
 殿下はそうきっぱりと言い切ると札を懐から出した。
 「そんなこと頼んじゃいないよっ! 放っておいてよ! あたしが何したって言うの!」
 「理(ことわり)を乱しています。今も」
 殿下の側へ歩み寄る美咲由美は、まっすぐに伸ばしたその左手に美咲家退魔師の証、ミサキの鈴を構えながらそう言った。
 「大きなお世話よ! あんたたちにゃ関係ないでしょ!」
 「ありますわ。とても関係がありますわ、白石さん。だって、私たちは級友だったじゃありませんの」
 殿下の隣に本条が立った。その手には小型のガスガンが鈍く光っていた。
 「お嬢・・・。あんたまで・・・。どーして、どーしてみんな、あたしが嫌いになっちゃったの? どーしてよぉ!」
 白石の姿が変わって行く。それまでの制服姿の女子高生が、ゆっくりと、しかし確実に悪鬼のごとき魔性の姿になって行く。スカートが歪み、経帷子になる。制服の上着がするすると伸びて、触手のように体にまとわりつく。ネクタイがにょろりと伸び、その先端が蛇の舌のように分かれる。
 「どーしてよぉー!」
 白石が伸ばした両手から衝撃波が飛び、殿下たちを襲った。飛び散る椅子、床板までも裂かれて砕け散った。しかし、壇上はまるで何事もなかったかのごとくに飛び散る破片すら避けて行く。ミサキの鈴の音が衝撃波を相殺していたのである。
 「どうして? ねぇ、こたえてよぉ」
 白石はその姿こそ悪鬼化して行くが、顔は人のままだった。苦痛と涙に歪むその顔。
 「答えは簡単ですわ、白石さん。みんなあなたが好きだからです。あなたが好きだから、もう一度あなたに会いたいから、転生してほしいのです。魂を消されてしまってはあなたにもう二度と会うことはできませんから」
 本条の静かな声が白石に届く。しかし、その言霊を受け入れる事は白石にはできなかった。今、死霊の姿になりつつも、彼女は自分が死んだことを信じていなかったからだ。
 「だったらほっといてよ! お嬢なんか、もう遊んでくれもしないくせに!」
 再び衝撃波が飛ぶ。ミサキの鈴はそれも相殺した。しかし、騒音が消えてから由美は小声で殿下に告げた。もう一撃押さえられるかどうか分からない、と。殿下は決心した。
 「白石春香。お前は死んでるんだよ。お前の力は死霊のものだ。さぁ、その力を俺に見せてみろ! 全力で来い! 俺は、いや、俺たちはお前に勝つ! 全力で来るお前をねじ伏せてやる! 叩きつぶしてやる! それ以外に、お前に未来はない! 来い、白石っ!」
 殿下の叫びに、白石の姿が瞬時に変わった。全き死霊の姿と化し、舞い上がる。その体は膨れ上がり、数倍の大きさになって頭上にあった。
 「5番、発射!」
 美咲の声が響き、ついに新兵器、塩玉ランチャーが発射された。全長2メートル程の筒状のランチャーはバズーカの様に二人で操作する。8組ある内で5番組と6番組は対空用に広がる拡散弾を装備していた。白い煙を吐き、拡散弾が白石のプラズマ体に接触した途端、5メートル四方程の空間が瞬時に膨れ上がり、爆発した。
 「ギャァァァ!」
 耳もつんざく悲鳴と共に右肩から腰にかけて空いた大穴に悶絶する白石。そのまま床に墜落する。
 「7番8番、発射!」
 続けて水平射撃用の貫通弾を装備したランチャーが煙りを吐いた。命中すると前方のみにすさまじい勢いで塩を噴出する弾だ。だが、白石の体は着弾寸前に跳ね飛んで避けた。ランチャー先端に付けたノクトプラズマビジョン改のラインに沿って飛ぶ貫通弾は、外れた場合射手の無線指示によって無方向に自動爆裂できる仕組みになっていた。直撃はできなかったが、二発の至近弾の衝撃で白石の体は再び歪み、床に叩きつけられる。
 「6番、上空制圧!」
 再び対空弾が飛び、今度はその巨体のすぐ上で爆裂する。横に転がって避けようとするがその巨体が故に降り注ぐ拡散弾を避けることは出来なかった。
 「このぉ!」
 白石はプラズマ体をのばし、竜巻のような姿になって<フェイズ3>隊に飛びかかる。
 次弾装填中だった5番と6番の組がそこから伸びる触手に弾き飛ばされた。咄嗟に突き出したランチャーが二つにへし折れる程の衝撃だ。呆気なく転がる生徒達にとどめをさそうと伸びる触手。
 ぐわっという轟音と共にその触手が消し飛んだ。殿下が投げた札が突き刺さったのだ。
 一瞬ひるんだその時、<フェイズ2>の第二部隊が開田の指示で特攻をかけた。まず右手に持っていたグレネードを爆発させ、塩を全身からまき散らしながら飛びかかる。再び形成された触手が彼らをなぎ倒そうとするが、清めの塩のバリアにはばまれ、触手はただ防衛にしか役立たなかった。
 「自爆!」
 開田の声に答え、全員が左手に持ったグレネードを床に叩きつけた。爆音と共に舞い上がる塩の嵐。竜巻の様な嵐で分断されたプラズマ体はのたうち回った。
 「7番8番頭部直撃!」
 美咲の声と共に貫通弾が再び発射された。7番は肩をかすめただけだが、8番は右目を貫いた。塩を吹き出しながら頭部を貫通すると、その衝撃で白石の体が一瞬消えた。
 再びプラズマが集合した時、巨体は人の大きさに戻っていた。
 「やったなぁ! おまえなんか、きえちゃえー」
 ずるりとその体が伸び、直撃を与えた8番隊に迫る。恐怖に射手が身動きとれないのを知り、装填手が後ろから抱えて真横に倒れ込んだ。間一発で白石の伸ばした髪が二人の首筋をかすめる。だが、それだけでも鮮血を吹き出すのに十分な破壊力があった。悲鳴を挙げてのたうつのは今度は二人の女生徒の方だった。
 「ざまぁみろ、きゃはははは」
 血を浴びて喜ぶ白石。その足下で女生徒がもがく。<フェイズ2>の生徒が走り寄ろうとするのを見て、彼女は生徒を一人抱え上げ、その首を右手で鷲掴みにした。
 「さぁ、こっちへおいで。くびをあげるよ。きゃははははは」
 人質をとられるとは予想もしていなかった生徒たちは足をすくめた。咄嗟に殿下が壇上から飛び降りて走り寄る。
 「ほら、はやくおいでよ。おてだましよう、このくびでさ!」
 そう言い、ぐいと力を入れて本当にねじ切ろうとする白石。足下にはもう一人いるのだ。こいつを殺してもお代わりがある。だから、見せしめにねじ切ってやろう。鮮血に染めてやろう。白石はそう思った。その時、足下から細い声がした。
 「るかちゃん・・・、るかちゃんやめて。加奈ちゃんを殺さないで・・・。お願い、る・・・か・・・」
 るかちゃん? 
 白石は懐かしいその呼び名に動きを止めた。「春香ちゃんだから、るかちゃんよね」。昔聞いたその声を思い出した白石は自分が手にしている者を見た。
 気絶しているその顔は。井山加奈子だった。加奈ちゃん。中学からずっと一緒だった、加奈ちゃん。中学でも有名だった美人仲良し三人組。
 足下を見る。
 白石の右足に必死にすがっているのは、一番仲良しだった麻紀ちゃんだった。
 「麻紀・・・ちゃん?」
 「お、お願い・・・。るかちゃん・・・」
 香坂麻紀はそう言うと気を失って崩れ落ちた。
 「麻紀ちゃん。加奈ちゃん・・・。いやぁぁぁぁ!」
 叫びと共に再びブランクアウトして白石は姿を消した。井山の体は支えを失ってぐらりと倒れる。人形の様に。殿下が飛び込み、その体を受け止める。次いで本条の率いる救急隊が走り込み、二人を収容する間にも、サーチライト係は近藤の指示に従って必死に白石を捜していた。
 「出口だ! 出口を塞げ!」
 殿下は悟っていた。白石は逃げようとしていると。総てから。己の成そうとしていた総てから。
 まだ人としての意識がある。哀れな奴・・・。
 殿下は唇をかみしめた。
 「ぎゃあ!」
 悲鳴に殿下の思考は再び動きだした。舞台裏二階のキャットウォークでサーチライトが白石の姿を捉えたのだ。目の前に現れたその真っ赤な姿に凍り付く生徒たち。
 「自爆だ! 早く!」
 開田の叫びも耳に入らない。白石はするりと生徒たちの頭上をすり抜け、鉛板のないガラス窓を目指す。逃げられる! 全員が硬直した。
 「1番発射!」
 美咲の凛とした声が響き、射手は反射的にトリガーレバーを引いた。1番2番の装填弾は対プラズマ反応型ではなく、物理的な衝突と共に粘液性の液体を混ぜた塩を全周にまき散らす結界弾である。その結界弾は白石のブランクアウト体をすり抜け、その鼻先でガラスの脇に命中すると飛び散った。ガラスもひびが入ったようだが、とりもち状の塩の幕がすぐにあたりを覆いつくす。
 瞬時動きを封じられた白石に、逃げ場を与えず、すかさず次の指令が飛ぶ。
 「2番頭上の壁を! 7番直撃!」
 上空に上がろうとした所で二発のランチャー弾をくらい、悶絶する白石。首を180度ねじ曲げ、再び怒りに燃えた目を美咲に向けた。
 「ぐわぁぁぁぁ!」
 叫びと共にべたつく塩玉の煙幕を強行突破して舞い上がる。そしてひゅるんと向きを変えると講堂中をぐるりと旋回して助走を付けた。その速度はそれまでとはけた外れのスピードで、ランチャーの照準をつけるのは無理だと美咲は悟った。
 「3番4番、私を撃て!」
 そう指示を飛ばす。愕然とする生徒たち。3番組は凍り付いて動けなかった。3番4番の玉は重装弾。とどめを差すために二発だけ用意された最強威力の特殊弾だ。その重さは3キロにもなる。自重のため初速は非常に遅いが、その直撃を受ければ人の骨など軽く折れてしまう。3番組の射手は撃てなかった。いや、撃てるわけがなかった。
 その照準用ゴーグルに遮られている視界に、白煙が舞い、轟音がした。隣の4番組が命令に従い射撃したのだ。
 「なんてことを!」
 ゴーグルをかなぐりすてて隣の射手に叫ぶ。しかし、その一年生の射手はにやりと笑った。
 「由美ねぇに当たるわけないっしょ?! ほら!」
 その茶髪の女生徒は気軽にそう言った。反射的に美咲隊長を見る。彼女は何か丸い物を右手に掲げていた。白石が彼女に飛びかかる寸前、4番組の重装弾が美咲に着弾する。しかし。爆発はおろか衝撃一つ起きなかった。不発? 3番組の射手がそう思った瞬間、隊長の手にした物が翻えり、そこから光が放たれた。
 「鏡返し!」
 声と共に美咲が手にする小さな丸鏡がびくんと揺れ、そこに吸収されていたランチャー弾が飛び出した。目前に迫っていた白石は避けることも出来ず、その直撃を受けて美咲の右上に弾け飛んだ。自分の猛スピードがあだとなり、すさまじい衝撃が襲ったのである。
 「がっ!」
 短い悲鳴と共に気力を振り絞りその最強弾の衝撃に耐え切る白石。しかし、すでに絶対的な戦力は失なわれていた。ふぅわりと頭上に上がり、体勢を立て直す。
 もう腰から下は実体化できずにいたが、その目は怒りに燃えたままだ。
 「おーのーれー!」
 地の底から響くような声。怨霊の、死霊の声だ。完全に白石の意志は念と化したようだ。
 しかし、切り札のランチャーはもうその速度についてゆけない。ガスガンで攻撃するが、焼け石に水状態である。頭上4メートル程に浮かぶ彼女は残った力を集めていた。一気にケリをつけるために。
 「ちぃっ!」
 殿下は走った。彼の左手には三枚の札があった。微妙に詠唱のタイミングをずらして作ったこの呪符は彼の切り札だ。三枚を同時に使えば、その不協和音は札三枚の数倍の効果を発揮する。もうこれに賭けるしかなかった。走り寄る殿下に恐怖を感じたか、白石が目を見開き、何かつぶやいた。言葉に応じて経帷子の帯がするりと伸び、殿下の足下をなぎる。飛び退くがそこにも触手が突き刺さった。かろうじてそれを避け、着地するがバランスを崩してしまった。投げるのは無理だ。そう悟った時、白石の口元が動くのが見えた。まずい、次は避けられない。その時である。
 「さーせーるーかー!」
 美雪の声がすぐ背後からした。反射的にその行動を悟り、背を低くして四つん這いの状態になる。その背を力一杯踏みしめて、美雪が飛んだ。アッパーカットのように右手を振り上げ、触手を伸ばそうとしていたその胴に深々とナックルを食い込ませる。
 「破っ!」
 気合いと共に美咲の用意してきた御神酒で清められたそのナックルから光が放たれ、白石は天井に叩きつけられた。落ちてくる美雪をダッシュして受け止める殿下。
 「ナイスキャッチ、殿下!」
 「サンクス美雪!」
 二人は頭上を振り仰いだ。白石は再び姿を変え、不定形のアメーバのように無数の触手を伸ばしだしていた。だが、次の瞬間、その姿がぶれた。
 「ぐはぁっ」
 血のようにプラズマを吐く白石。吐き出されたプラズマがふっと消えた。
 「や、山口君! 最終段階にはいるよっ! もう少しだ。もう少し耐えてくれ!」
 精進の声がヘッドセットから響く。
 「もう少しってもなぁ。ちっ、持ってくれよ俺の体!」
 殿下はそうつぶやいた。さっきの触手を避けたとき、右脚をひねっていた。美雪のキャッチでさらに痛め、今では立っているのがやっとという感じだ。もう一回。もう一回ならジャンプできる。あいつをもう少し下げれば。もう少し。
 そう思った時、白石の叫びが講堂全体を揺るがすかのごとくに響いた。
 「きゃあああああああああ!」
 それは先ほどの死霊の声ではなかった。白石自身の甲高い声だ。
 降り仰ぐ頭上で、白石が元の姿に戻って行く。プラズマを失ったからか? そう思った殿下の額に何かが落ちた。はっとして手で押さえる。ぬるっとしたこの感触。血だ。次の瞬間、白石の腹から鮮血がほとばしった。


第九章:魂の叫び


 「あ、ああああぁぁぁ」
 白石が苦悶の表情で腹部を押さえる。何が起きた? 生徒たちが見守る中、白石はまるで空中で針に止められた様に腹部を固定されてもがく。ごぼごぼと血があふれ出す。
 「た、たすけてぇぇぇぇ!」
 絶叫と共に口からも血が溢れる。
 「会長!」
 駆けつけた美咲が蒼白な顔で叫んだ。
 「何かが、何かが干渉しています。講堂全体に張った私の結界を突き抜けて。どこかから術法で<S>の魂そのものを蝕んでいる者がいます!」
 「なに? どういうことだ?」
 「おそらく遺骨に直接術法をかけているのでしょう。それ以外に美咲の結界を破る方法はありません」
 「拝み屋がか! 墓を暴いたのか! まさか!」
 「く、苦しいよぉ、し、死んじゃうよぉ!!!」
 白石の体は見る見る薄れて行く。プラズマではない。魂そのものをすすっているのだ!
 「そ、それで血が出てるのか! プラズマじゃなく、生きてると信じてる魂を直接攻撃してるのか!」
 殿下は美咲の肩をがっしと掴んだ。
 「どうにかならんのか!」
 「ここにゲートが無い以上、どこかに干渉している道があるはず。その道を絶てば、一度でも切り離す事が出来れば肉体と精神を分離する方式の結界で再接触は防げます。しかし・・・。どこに・・・」
 殿下と本条の叫びに近い指示でサーチライトとノクトプラズマビジョンが狂ったように周囲の空間を照らす。しかし、プラズマ体でない以上、見つけることは不可能に近い。その時、場にそぐわない間延びした声がした。
 「違うよぉ、もっと右だよぉ!」
 「この辺か?」
 「こっちだってばぁ! あ、通り過ぎちゃったよぉ」
 見ると<フェイズ3>の4番組が白石後方の頭上にノクトプラズマビジョン改を向けて騒いでいる。
 「あんた自分でやってみそ!」
 射手が装填手にランチャーを渡した。重装弾は一発づつしかないので再装填されていない。しかし、弾がないとはいえ、十分に重いそのランチャーを一人では支えきれずにひっくり返るその小柄な一年生は、へたりながらもなお一点を示した。
 「ここ、ほら、この光ってるとこ!」
 「あれか! よっしゃあ! 行くよサー、元帥!」
 叫びと共に射手が走る。それに合わせて二人の男子生徒が飛び出し、白石の後方、真下で構えた。
 「うおりゃー!」
 射手の女生徒が助走を付けて飛び上がる。柔道着姿の男子が巨体を揺らして彼女の右足の靴底を両手で掴み、力一杯放り上げた。
 「死にっさらっせぇぇぇ!」
 舞い上がった女生徒は構えた奇妙な形のガスガンを相棒のビームが示す一点に向けた。ズガガガガガッという音と共に、そのハンドガンはフルオートで連射された。その一点に突き刺さったような銃口を軸に回転しながら叩き込み続ける。ガガガガガっという連射音と共に、その空間が膨れ上がった。そのままさらに連射しながら、女生徒はくるりと回転して落ちてくる。落ちながらも、なおその手は同一点に弾を連射し続けていた。美雪のダイナミックな飛び方と違い、そのしなやかな動きはまるで猫のようだった。
 射撃し続けたまま背中からおちてくる彼女を野球部のメットを被った長身の男子生徒ががっしり受け止めた。
 その瞬間、膨れ上がった空間が弾け飛び、そこに太さ5センチ程の長い管のようなものが姿を現した。その管はある者には触手に見え、ある者には縄に見え、またある者には槍の形をした蛇に見えた。結界弾が命中した衝撃で出来た隙間。天窓のほんの数ミリの隙間からすり抜けて伸びたその銀色の線は白石の腹部を深々と貫いていたのである。殿下にはそれは関節のない女の細い腕に見えた。その鋭い爪が白石の腹部を突き抜け、はらわたをえぐっているように見えたのだ。
 「へっ、バリアが消えた! ざまーみろ、フルオートシアー&50連スネイルMag付P−08ランゲラウフの威力、思い知ったか!」
 空中曲芸を見せた4番組の射手があざ笑った。しかし、まだその管は切れてはいない。清めの塩玉は、空間を歪ませていたバリアは壊せたが、その管自体には効果がないようだ。
 「あの呪自体が神聖系です。塩では無理です。私の術もおそらく・・・」
 思った通りの事を美咲が言った。そうか。ならば、これしかない。殿下は三枚の札を見た。しかし、これだけで十分だろうか? 相手は本業の拝み屋だ。しかも神聖系の呪術では、周囲の神聖結界に吸収され、札の効果も薄れるだろう。どうする?
 殿下は自分に問うた。どうする? どうしたらあの呪を打ちのめせる? 決定打になる方法は何かないか?
 その間にも白石の姿は薄れて行く。天井のライトが透けて見えるほどに。その口が動く。血にあふれかえる喉がかろうじてか細い声をつむいだ。
 「た・・・けて、やまぐちぃ・・・」
 殿下の体が凍り付いた。その視界の端では、己の無力を悟り、天にこぶしを振り上げる美雪と顔を覆う百合恵が映っていた。

 <不可能を可能にするのが君だろ?>

 いつかの晩の美雪の声が蘇る。

 <あなたを信じていますから

 百合恵の声が。

 山口強いんだからさぁ、あたしが襲われたら助けるんだぞ!>

 1年の時、ゲーセンの前で白石が言った言葉が蘇る。あの時と同じく、殿下は無言で頷いた。
 素早く、美咲が肩に下げているショルダーバックに手を伸ばし、その中に入れてあった御神酒とっくりを奪う。口で栓を引き抜くと一気に口内に流し込む。空のとっくりを投げ捨て、殿下の宝刀を抜く。ぶぁっとその短い刀身に酒吹雪を浴びせる殿下。
 すぐに左手に持った三枚の札を濡れた刀身に張り付けた。ぶんっと一回素振りをする。よし、行ける!
 「柔道男! 俺を投げろ!」
 叫ぶと弾け飛ぶように猛ダッシュをかける。
 呼ばれた男は一瞬硬直したが、すぐに理解して向きを変え、身を屈めた。その時、彼は突っ込んでくる会長の走りから右足が効かない事を瞬時に悟った。それを理解した瞬間、体が反射的に半歩下がってさらに身を低くしたかと思うと頭を前に突き出す姿勢になった。
 「よっしゃあ!」
 殿下は左足で地を蹴った。空中で右足を踏み込み、すぐさま再び左足でその五分刈りの大きな頭を踏みつける。殿下の左脚と柔道男の全身の筋肉が、まるで一つのバネのように力をするりと流して真上に及んだ。舞い上がる殿下。
 「うおおおおおお!」
 雄叫びと共に刀身を煌めかせ、殿下は体をひねり、管の真横から渾身の一撃を振り下ろした。
 キィィィン、という予想に反した金属音が響いた瞬間、その会心の一振りは呪の神聖結界を突き破り、深々と触手に突き刺さった。
 「爆!」
 殿下の声と共に、その切断面で三枚の札が光を放つ。まばゆいばかりの光と地を揺るがす轟音。真っ白い液体があたりに飛び散り、同時に白い蒸気のごとき煙が吹き出した。
 爆風をモロに受けた殿下の体はきりもみ状態で落下する。飛びついた柔道男が間一髪で受け止めるが、爆風の衝撃で二人はそのまま吹き飛ばされた。ゴンという鈍い音と共に後頭部を壁にぶつけ、柔道男は目を見開いてうめき、意識を失った。その脇で殿下はかろうじて動く上半身を起こし、上空を見た。
 白い煙が爆風に乱れている。その隙間から、まるで寄り込んだ糸がほつれたような断面がちらと見えた。殿下だけではない。全員が注視する中、白い煙はゆっくりと薄れていく。その奥でうごめくもの。
 管の切り裂かれた部分が数十倍の太さに膨れ上がっていた。その断面から無数の糸状のものがうごめき、ひしめいていたのである。まるで寄生虫のように。
 だめだ。
 殿下は踏み込みが後一歩足りなかった事を悟った。右足の分が足りなかったのだ。管はほとんどが切り裂かれていたが、最後の一点、それこそ皮一枚というところでつながったままだったのだ。そこを足場に、双方から伸びる寄生虫状の糸が、お互いを求め、また結びつけようとしていた。
 ちくしょう! 駄目か!
 殿下がそう思った時、薄れながらも残っていた煙に赤いラインが走ったかと思うと、一点が急に揺れ、突如黒い物体が現れて、その修復中の場所に衝突した。皮一枚状態だった糸の固まりは気味が悪いほど伸び、強靱さを持ってその乱入者の力をそごうとする。しかし。伸びきったゴムが切れるように、ぱしんという感じで、結局はその黒い物体に断ち切られてしまった。その衝撃で物体は速度のほとんどを失い、ひょろひょろっという動きで天井にぶつかった。次の瞬間、それは爆発し、周囲に大量の塩をまき散らしたのである。
 「当たったぁ!」
 叫びに殿下が振り向くと、<フェイズ3>3番組の二人が抱き合って飛び上がらんばかりに喜んでいた。美咲に打ち込むのをためらった最後の重装弾。その質量が術の再生力を上回ったのだ。
 事実を認識し、再び振り仰ぐ殿下。その目に、ゆっくりと、まるで羽根のように落下してくる白石春香の姿が映る。その腹部からは白い糸状の物体が力無く広がり、伸びた先端から煙となって消滅し始めていた。一方、管の切断された残りはその傷口から煙を吐きながらのたうち回っていた。すさまじいばかりの術力が込められていたその管は天窓を吹き飛ばし、そのまま鉛板をひしゃぎながら屋根を切り裂いて暴れている。
 そこに札の様な何かが吸い込まれた。あたりの空間が一瞬歪み、膨張したかと思うと、すぐに収縮し、元の空間に戻る。するともう管は消えていた。跡形もなく。後には破壊された天井の破片が落ちてくるのが見えるだけだった。
 殿下はしっかりと握りしめていた宝刀を杖にして立ち上がった。そのままよろよろと這うように白石の元へ向かう。ゆらゆらと舞い落ちてくるその体の落下点目指して。
 美雪が広げた両腕で白石を受け止めた。まるで重さがないように、ふんわりと落ちながらも薄れ続けているその体は、もう両腕と乳房のすぐ下から先が消失していた。胸と肩、そして頭部しか残っていないその体を壊れ物のようにそっと床に置く。
 殿下に肩を貸しながら美咲が、そして一歩遅れて本条が、その脇に立った。
 「気絶しています」
 表情を見た美咲由美がつぶやいた。そして殿下を床に座らせると、制服のポケットから小さな巾着袋を取り出して白石の上にかがみ込んだ。
 「ふぅ」と美雪のため息。
 「本当に器用な奴だね、幽体のくせに気絶? もう信じられない器用さだよ」
 美雪はつぶやきながらもかすかに笑っていた。
 美咲は袋に入っていたすすのように黒いものを中指にすり付け、白石の額にそっと線を描いた。ついでその唇にも。
 「あの血はどこ行っちゃったんだい? 綺麗になっちゃってさ」
 「意識を失ったので、血も痛みも消えたのでしょう。血が溢れるというのは白石さんの意識が作り出した現象ですから」
 本条は美咲の術法を見守りながら、そう答えた。
 美咲は立ち上がり、伸ばした左手に持つ土鈴を白石の頭上で鳴らす。からころ、からころ、と。その音に答えて、白石の顔に印された黒い線がすっと消えて行く。まるで皮膚に吸い込まれて行くかのように。
 「例え遺骨を使おうとも、これでもう彼らは彼女を見いだすことはできません。少なくとも数日間は」
 そう言うと、今度はその鈴を下げた手を高く掲げ、管の消えたあたりに向けた。再びからころと鳴るその手の土鈴。ミサキの術者でない殿下にはどういう理屈かは分からなかったが、あたりにまだ揺らいでいた煙がかき消すようになくなったのは見えた。
 「これでいいでしょう。あの呪の紡ぎ手たちはしばらくは術が使えないはずです。美咲の結界に踏み込んだ愚かさをよく味わってもらいましょう」
 美咲由美は冷たくそう言い放った。
 その時だ。風が揺らいだ。刀を持つ左手に力を込める殿下。鈴を構え直そうとする美咲。拳を握りしめる美雪。人差し指をガスガンのフィンガーレストからトゥリガーに移す百合恵。彼らのすぐ脇で、白石が浮遊していた。腹部から下と両腕を失い、服も髪もほとんどが千切れた無惨な姿で。半分閉じているような瞳のままで。
 殿下。美咲。美雪。そして本条。誰も動かなかった。
 次の瞬間、白石の体は突風にあおられた新聞紙のように舞いながら、天井に空いた大穴から夜の闇の中へ消えていった。
 四人が、いや、意識のある全生徒が黙って見守る中で。


 「山口君! や、山口君! 応答してくれ! 何があった? も、目標が離脱したのか? 認識できなくなっちゃたぞ! 山口君! 頼む、返事をしてくれっ! ま、まさか、まさかみんな・・・」
 インカムやヘッドホンに精進の悲鳴が響き続ける。
 「山口君! 本条君! な、仲田野君!」
 「ばか言うな徹! みんな生きてるよ。逃げられちゃったけどね。ゴメン。上がって来なよ。こっちはもうぼろぼろだよ」
 美雪の声に安堵のため息をつく精進。
 「仲田野君!? よ、よかった。みんな無事なんだね? 良かった。
 もう少しだったんだけど。後5パーセントまで行ってたんだけど。でも急に連絡がとれなくなったから、ぼ、僕はてっきり・・・」
 「全員無事、とは言えないんだ。手ぇ貸してくれない? 負傷者の手当をしないと」
 「わ、分かった。システムを終了するよ! そ、そうしたらすぐに行くから、こっちのみんなと」
 「頼む」
 殿下は通話スイッチを押してそう言うと、ヘッドユニットを外した。


第十章:終章

 美咲が昨夜の報告に来たのはもう4時を回った頃だった。午後の、である。今日は日曜日だったので、負傷者の手当やら講堂の封鎖、システムのバックアップなどを終わらせると、家の近い者はふらふらと家路に付き、遠い者はそのまま部室棟のあちこちでいびきをかいていた。
 美咲に揺り起こされて目を覚ますと、殿下は自分がいつの間にか床に寝転がり、天使隊の昆がその胸を枕にしてすーすー寝ているのに気づいた。寝ぼけ眼こで辺りを見回すと、屍累々という惨状。もちろん、全員爆睡しているだけだが。まだ包帯を握りしめたままの昆の上体をそっとずらして身を起こす殿下。精進が付けっぱなしのモニターに突っ伏すように寝ているのが見えた。さっきまで、「こんな事は絶対に許せない。あっていいはずがない」と記録を確認しながら怒っていたはずだが。「ありえないことだ。もう僕は彼女の存在自体、認められない」とまで言っていた。白石のデータは全く「生き霊」のものと同一だったらしい。それどころか、一部に生者としか考えられない数値のデータまで出てきては、精進の怒りはもっともかもしれない。確かついさっきまでそう思っていたのだが。はて、そのついさっきというのは何時間前だ? ゆっくりと立ち上がり、美咲を促して戸口をくぐる。会室の方でも足の踏み場がない状況で、各学年、男女入り乱れて寝息を立てていた。右足を引きずりながら部室棟を出る。運動場のトラックに面した芝生の上に座り込み、腕組みをした。
 「昨夜の報告です。
 先程、緊急職員会議が終わりました。生徒会長はそのまま校長室に行かれた様です。会議では状況説明のみで、結論は後日ということになりました。緊急召集のため、連絡の付かない職員が数名いたためです」
 「生徒4名重傷、18名中・軽傷。その上講堂ぶち壊して、町中で50円玉騒ぎ。そのくせ、目標には逃げられて事態は変化なし。もうこりゃ、どうにでもなれ状態だな」
 苦笑いする殿下に美咲が先を続ける。
 「変化はありました。大きな変化が」
 「?」
 「私は先に上がらせていただきましたが、あの後、美咲家当主より深夜のうちに向こうの教団に正規の抗議を申し入れました。この業界では遺骸を触媒に使うのはタブーですから。さらに美咲家の結界をうち破り、侵入したことも、我々の暗黙の了解に大きく反します。抗議の申し入れは今朝4時から数回行いましたが、5時半に即刻調査する旨の回答がありました。そして7時少し前に教団秘書官から当家当主宛に電話があり、総ての事実が確認されたため、明日、正式に謝罪が行われる事になりました。
 特に白石家に断り無く遺骨を持ち出した事は完全な犯罪行為です。どうやらそれをもみ消す工作もしていたようですが、どんな術法をもってしても美咲の秘技、由見の技をごまかせぬ事は向こうも認識したのでしょう。刑事事件に発展することは間違いありません。
 また、今朝10時30分頃、さらに大きな進展がありました。開正大付属鳴綾第二高校での事件の詳細が判明したのです」
 「詳細? なんだぁ?」
 「昨夜、入院中の霊性会の生徒が昏睡状態から回復し始めたのです。彼らの報告で、予想外の事実が判明しました。
 あの夜、霊性会パトロール隊のほとんどを倒したのは魔性でした」
 「魔性? あそこにはいないんじゃなかったのか」
 「はい。そう思われていましたが。事実はこうです。
 夜10時頃、前夜祭の後かたづけと翌日の準備が終了し、校門が閉められました。以後は当番のパトロール隊が周回するだけのはずが、1時過ぎ、裏庭に残っている生徒数名を発見、近づくと、その生徒達が魔法陣を作成中であるのが判明、直ちに捕縛しようとしました。しかし、その直後魔法陣からMPタイプの魔性が部下の幽体を伴って出現、戦闘に突入しました。生徒たちは陣形術で対抗したようですが、魔性の術力は大きく、最後に二人が残ったのみになりました。その時、騒ぎを聞きつけた<成仏しない娘さん>が突如出現しました。生徒たちも驚いたようですが、魔性はもっと驚いたようです。例によって霊体のはずなのに、魔性の術法結界を難なくすり抜けて来たのですから。彼女が学生服であった事から魔性は彼女をその地を守る学校霊と認識、戦闘に入りました。しかし、当然MP戦で彼女に勝てるはずがありません。最後は猫パンチの連打を浴びて、実体化不可能になり、脱出しようとした所で噛みつかれてとどめをさされ、魔性は消滅しました。
 この段階で残った二人の霊性会員には三つの選択肢がありました。
 一つ、お礼を言う。
 二つ、見なかったことにする。
 三つ、侵入者はあくまで排除する。
 第一の選択肢を選んでいれば問題はなかったのですが……」
 「第三を選んだ、と」
 「はい。残った二人は魔性の攻撃に耐えた程の強者ですから。戦いを挑み、彼女の得意技、<大回転ぐるりんこアタック>で敢え無く全滅した、というのが真相です」
 「あれか。むちゃくちゃにぶんぶん両手を振り回しながら、相手の体の中に割り込んで体もぐるぐる回す奴だろ? 確か写真部の渡辺の命名だったな。自分の中から殴ってくるんだから避けられないし、なにしろ、むちゃくちゃ腹が立つ。殴られた痛みは全然大した事がないんだが、精神的なダメージはすごいからなぁ。
 はぁ。少し同情するな、そいつ等に。立ち直れんかもしれんぞ、格闘家としては」
 「鳴綾第二高校がこの報告を大学側に通知するのは明日の月曜日になるようですが、教団側には今朝の10時30分に通達された模様です。午後1時過ぎに美咲家に教団代表者より連絡があり、明日の謝罪にさらに追加謝罪が加わる旨の告知が成されました。これによって、彼女の身を案ずる心配はなくなりました。これが大きな変化の全貌です。
 以上です」
 そうか。成るようになったか。はは、ま、そんなもんだな、世の中。
 「結局何か、俺達は杞憂だったってわけか? あんだけ被害を出して」
 殿下は校舎の壁にもたれながら聞いた。
 「必要な行動だったと私も生徒会長も認識しております。なぜなら、今回の一連の行動がなかったのなら、彼女は昨夜、間違いなく滅消されていましたから」
 「じゃ、何か、俺達はあいつを守ってやったってわけか」
 「はい。多少異なりましたが、もともと目的は彼女の保護ですから。我々の当初の目標は達成されたというのが私と生徒会長の共通の見解ですが。会長は違うのですか?」
 「みんながそう思ってくれればいいんだがな。今回は被害者が多すぎた。参ったよ・・・
 お前の結界が無かったら間違いなく出ていたな、死者が」
 「防命結界は講堂全体に張ったため、さほど効果は無かったと思いますが。事実上ショック死の防止と新陳代謝向上、そして出血抑制に多少影響した程度でしょう。死亡者無しという点での最大の功労者は、やはり天使隊の必死の行動と言えましょう。2年B組の昆さんなどは<娘さん>の足元をかいくぐって負傷者を引き出しましたから」
 「ああ、あれは俺もびっくりしたよ。なにせあいつの股をすり抜けてったからな、あの最中に。おどおどしてて目立たない感じだったのに、根性座ってるよ、あの子は」
 彼女はその後もずっと手当をし続けていた。疲れ果てて寝込みながらもまだ包帯を握ったままだった昆の姿を殿下は思いだしていた。作戦開始までは生徒会長の「取り巻きその10」くらいにしか認識していない女の子だったのだが。死傷者0は彼ら総員の努力の結晶なのだろう。彼らは本当によく戦い、守った。仲間としてそれは誇りに思う。
 しかし、殿下は素直に喜べはしない。指揮官としてもっと他に手段はなかったのか。もっと安全な方法はなかったのか。そう思うと殿下は眉間にしわを寄せざるをえない。死をも厭わぬこと。それは本来あってはならないことなのだから。
 美咲は身を屈めてそんな殿下の肩に手を置いた。
 「会長。総てを背負わないで下さい。対策本部は全員志願者で構成されていたんです。私達は自由意志で、同じ制服を着ている仲間を守るために参加したのです。己の意志で、です。私たちは彼女を救いたかったのです。
 私たちも少しづつなら背負えます。ですから、会長。少しは我々も頼ってください」
 「頼る、か。さしあたっての問題は入院費と見舞金、それに講堂の修理費だな。会の金庫はカラだからなぁ」
 美咲はくすくすと笑った。表情の出ない彼女にしては満面の笑み同様なのかもしれないが。
 「ご心配なく。今回の全情報は教団側に公開します。今回、会長のご命令に従い私は美咲の秘術は一切使用しませんでした。練術法や精霊術による強制封印等です。そのため極秘事項はありませんので、何も隠す必要もありません。総てを記した報告書と一緒に、全費用の詳細な請求書も作成してあります。お任せ下さい。生徒会長が立て替えてくださった分も、総て記載してありますから」
 今度は殿下が笑う番だった。
 「ははは、お前にはかなわんな・・・。
 なぁ、美咲。俺、引退するわ。お前、会長になれ。お前なら十分にできる、つーか、俺より立派にできる」
 「会長が卒業なさったら立候補するつもりです。そのためにも、これからも会長の手腕を側でじっくりと観察させていただきます」
 殿下の重い言葉をそう軽々と切り返し、美咲は下がって行った。
 奴にはかなわん。本当に。
 殿下は美咲の後ろ姿を見送ってから立ち上がると職員室に向かった。職員会議が終わったのならやっておくことがあるからだ。まだ中は大騒ぎのようだったが、扉の前で名乗りを上げると、しんと静まり返った。扉を開けて一礼する。そのまま教頭先生の前に行った。
 「このたびは私の力が足りず、ご迷惑をお掛けしました!」
 深々と頭を下げる殿下。続いて顧問の小島教諭に向かって同様に頭を下げる。それが終わるとそのまますたすたと扉に向かい、もう一度室内に一礼すると廊下に出た。その時、それまで静まり返っていた職員室から、殿下の背に声が掛けられた。
 「あぁ、山口」
 振り向くと小島先生が一歩前に出ていた。
 「ちゃんと寝ておけよ。明日の授業、居眠りしてたら許さんぞ! みんなにも会長のお前からよく言っておけ」
 「はっ」
 短く答えると再度頭を下げて退出する。
 廊下を歩きながら殿下は死者0という奇跡に心から感謝していた。

 いつの間にかまた夜になっていた。あの後、小島先生からの命令を会室の黒板に大書きした。いびきのうるさい部室棟に残る気がしなくて、グラウンドの脇で寝そべり、陸上部と一緒に元気一杯で走る権田を見ていたはずだが。いつの間にか星が頭上にあり、周囲は人気もなく静まっていた。芝生に入るなの立て札に寄りかかったまま、寝てしまったらしい。帰るか。そう思った殿下は部室棟に鞄を取りに向かった。
 と、第二校庭になにやら炎が上がっているのに気づいた。よく見ると、数人の生徒が炎を囲んで、まるでたき火でもしている様だった。近づくと、それは美咲由美と彼女の親類の1年生コンビだった。拝み屋の術を見抜いた装填手と空中曲芸を披露した射手との4番組だ。辺りにはなにやら香ばしい臭いが立ちこめている。
 三人は無言で火を見つめていた。その側に立つ殿下。薪を組んだ上に置かれている書類やら壊れた木片やらの中に、見慣れた大きさの板が黒く炭状になって残っていた。墨の跡が見える。対策本部の看板だった。書道部の手作りの。
 「激戦で校内は霊的奔流のまっただ中でしたから。器物に宿った気を大気に帰しております」
 美咲由美がつぶやくようにそう説明した。そのすぐ脇に、釣りで使うような折り畳み椅子があり、それにかけてある白い布にはとっくりやら何やら呪が書かれた蝋燭やらが置かれていた。
 「会長、はい!」
 いきなり1年生が何やら差し出した。受け取ってみると木串に刺した五平餅のような物だ。焼けた醤油の香ばしい臭いはこれか。
 「こうやってね、集まってくれた精霊を器物から解き放って、その火で焼いたお餅を食べてぇ、供養するの。大気に戻った精霊がまた手伝ってくれるようにって祈りながら」
 しゃがみこんで新しい餅を木串に刺し、火であぶる女生徒。
 「やっぱり。来ると思ったんだ。食い物の臭いに惹かれたんだろぅ、君」
 声と共にコンビニの袋を下げ、私服に着替えた美雪が、制服姿の百合恵を連れて歩み寄ってきた。
 「はいウーロン茶と紙コップ」
 美咲由美がそれを受け取り、まず最初の一杯を注いで即席祭壇に捧げた。
 次いで全員に配る。
 「まずは殿下、乾杯の音頭!」
 美雪に促され、殿下は仲間の顔を見た。美咲たち、百合恵、美雪。ありがとう。そう口の中でつぶやいてから紙コップを捧げる。
 「死者0の奇跡を成し遂げた仲間たちに。そしてそれを与えた精霊たちに。乾杯!」
 六人の紙コップがそれぞれに触れられたその時、声がした。
 「なになにー、今日は何のお祭り? どんど焼き?」
 六人は硬直した。
 「わぁ、いいないいな、一つおくれよぉ。ね、ちょーだいったら頂戴!」
 白石がふわりと殿下の脇をすり抜けて並んだ餅に手を伸ばす。
 「白石春香ぁ!?」
 殿下の素っ頓狂な声。餅をあんぐりと開けた口で頬張っているのは、まごう事無き、<成仏しない娘さん>だった。その制服姿はすっかり元通りである。膝下のソックス部分から下は無かったが、それはいつもの事だ。
 「あんた、一体・・・」
 どうやって回復したのか。美雪の問いは言葉にならなかった。
 95%を失っていながら、その日の内に完全回復したのか。
 ひょっとすると・・・。封印すら効かないのかもしれない、この<常識外れ>には。完全にプラズマ体を失っていたとしても、こいつは理不尽にも自己再生するのかもしれない。封印どころか、ひょっとすると美咲の強制転生術法すら効かないかも・・・。
 そう思って美咲を見る殿下。由美は同じ事を考えているのか、呆然として、餅にむしゃぶりつく白石を眺めていた。
 と、不意にその白石が立ち上がった。
 「く、ぐふぅ・・・
」と胸を押さえ苦しみ出す。
 やはりまだ体が完全回復していないのかと思った瞬間、白石のくぐもった声がした。
 「ぐ、ぐるじー!」
 「ばか、あわてて食うからつまるんだよ!」
 事態を察した美雪が白石の背を叩く。
 「ほら、吐き出しちゃいな!」
 「や、や! もっだいなび」
 口を押さえる白石に百合恵が、持っていた紙コップを差し出した。
 「これをお飲みなさいな」
 ひったくるように手に取ると、美雪に背中をさすられながらウーロン茶を一気に飲み干す。
 「ふぅ・・・」
 どうやら人心地付いたようだ。
 「まったくあんたは・・・」
 「大丈夫ですの、白石さん」
 美雪と百合恵が同時に声をかけた。白石は目を丸くしたままこう言った。
 「ああ、死ぬかと思った」
 瞬間、皆が凍り付いた。


 死ぬかと思った。


 ほんの数秒だが、みな白石が死んでいるのを忘れていた事実に愕然としたのだ。
 「うう、折角のお餅がぁ。お正月以来食べてなかったのにぃ。味わう暇もなかったよぅ。お願いだよぅ、もう一個おくれよぅ」
 そう言って1年に泣きつく白石。
 「懲りない人だね、あんたも。で、醤油と味噌、どっちがいい?」
 「え、味噌味もあるの! じゃ、それがいーなーとか思ったりして、ふふふ」
 「だってよ、姫」
 「うん。ちょっと待っててね」
 小柄な方が白いままで焼いていた餅に味噌を刷毛で塗りつけた。
 「早く、はーやーくぅ! わーい、いっただきぃ!」
 「あー、そのまま食べるより、少し焦げ目を付けてからの方がおいしいんだよぉ」
 「ほんと! じゃ、焼いてみよっと」
 「そこじゃ火が強すぎるっしょ、この辺りからじゃないと、焦げ目どころか、真っ黒だよ」
 「おっしゃ、ここね」
 白石はすっかり1年と一緒になって餅焼きに専念していた。
 その後ろで美雪は自分の右手を見ていた。白石の背をさすった感触がまだ残っていた。実体としか思えないその柔らかい感触。百合恵も呆然と思い出していた。紙コップを受け取った時に触れた白石の指の温もりを。白石がMP体などとは到底信じられない程リアルな感触を。
 「先輩達もお味噌の、食べますよね」
 後輩にそう言われ、口々にはいと答える。
 「あ、あたしに塗らせて塗らせて!」
 もう食べ終わった白石が刷毛を受け取って塗り始めた。小柄な1年生にコツを教わりながらチャレンジしているその有様を見ながら、美雪が百合恵に話しかけた。
 「ま、こういうのもありかな」
 「そうですわね。目の前にあることは受け入れなければならないのでしょうね」
 「不条理こそが世の中だからね。ここはちょっとそれが濃すぎる様な気もしないでもないんだけど」
 そう言いながら美雪が百合恵に新しいウーロン茶を注いでいる。どうやら二人は精進とは違い、白石の特殊な存在を認めたようだ。だが、それでいいのだろうか。殿下は悩んでいた。やがて殿下にも味噌味が配られて、皆しゃがみ込んで食べ始めた。
 「んー、いい匂いだねぇ」
 「素朴で味わい深いですわ」
 「なんかキャンプみたいだねぇ、由美ねぇ」
 「ふふふ。そうね」
 「姫ちゃん、もう一個おくれよぉ。なんかお腹空いちゃっててさぁ」
 「その端のはもう焼けてますよぉ」
 そりゃまぁ、腹も減るだろう。あれだけ消耗したんだから。そう殿下は思いながらも、すっかり一座に溶け込んでいる白石をまだ眺めていた。まるであんな交通事故なんてなかったようだ。昨日の、いや正確には今朝のあの死闘すらも。全部夢だった。そう思いたくなる程の光景だった。
 しかし、事実は事実だ。白石春香は死んだ。目の前にいるのは幽霊なのだ。こいつは悪霊化はしないだろう。なるとしたら学校霊だろうか。しかし、俺達が卒業したら、白石の生前を知っている者はこの学校にもいなくなる。そうしたら、つまらなくなってこの擬似的な生を止めるのだろうか? それともこのまま遊び惚け続けるのか。
 このままではいけない。それは殿下だけではない。全員そう思っているだろう。当の本人を除いては。
 だが、ま、今日のところはこれでもいいだろう。説得はまた今度すればいい。こいつがこのままなら、またそのうち出会えるだろうから。その時でもいいだろう。今日のところはこれでいい。
 そう決めた殿下は、餅に食いついた。
 しかし、彼はその時思いもしなかった。「そのうち」どころではなかったことを。これからほぼ毎晩この<娘さん>と遭遇する羽目になるということを。



 



娘さん除霊大作戦 Ende


 


 
 
 
<超かいき★くえすと>くえすたぁず