<超かいき★くえすと>くえすたぁず

娘さん除霊大作戦
前編

von:秋澤 弘

 第一章 ある特定の妨害者

 ノックの音がした。
 「おう」と、この狭い会長室の主、超常現象研究会の会長、通称「殿下」は答えた。
 「失礼します」
 一礼して入ってきたのは二年生で副会長の美咲だった。殿下はその表情に重いものを感じ取り、手にしていたポテチを置いた。
 「どうした、美咲?」
 美咲由美はしなやかな髪をそよとも揺るがさずに会長の前に立つ。まるでホバーで動いているみたいだ、といつもながら殿下は思った。
 「昨夜のご報告に参りました。ご存じと思いますが、昨夜出立した3パーティ、総て敗北しました」
 殿下は椅子の背にもたれた。この椅子は学校脇のゴミ捨て場から回収したのを二個一にして作った会長専用椅子である。パイプ椅子と違い、ちゃんと車輪も付いているし、背もたれも可動する。音がうるさいのが問題だが。
 ぎしぎしと鳴った背もたれを無視して、殿下は両手を首の後ろに組んで目をつむった。
 今朝はさんざんだった。バックアップを担当した開綾工校は新入生がアタックしたが、最初の魔性に到達もできずに敗退。全滅である。他の二校に向かった隊も駄目だったか。
 「ま、最初は仕方ないんじゃないか? 一年たち、頑張ってはいるんだがな。いかんせん、危機感がない」
 「オリエンテーリングの際はいったい何人が残るか本当に不安でしたが。残ったメンバーはほぼ全員が参加してくれています。しかし、確かに彼らのほとんどは友人を失ったわけでも、ポルターガイストに襲われたことがあるわけでもありませんから」
 殿下は新入生オリエンテーリングの際のもめ事を思い出した。あれだからシロートは。ま、そう言う自分もプロの退魔師でもある美咲の前では素人なのだが。
 入会希望者はずいぶんたくさんいた。しかし、うちが単なる研究会でなく、実践も、というか実戦も行うと知って阿鼻叫喚の嵐になった。入会希望者のほぼ半数はすぐに部屋を飛び出ていったし、残った者も顔面蒼白という状況だったのだ。単に腰が抜けて走れなかったのもいたのかもしれない。
 「やっぱ、捕獲しといた自縛霊を直接呼び出したのは失敗だったかな。実例を見せた方が早いと思ったんだが」
 「先にご相談いただきたかったです」
 「すまん」
 殿下はそうは言ったが、あれはあれで良かったと思っている。実際にずいぶん人数は減ったが、残ったのは口コミでここを知っていた者が多かったのだし。去年、殿下たちが出張した中学で命を救われた生徒が、今度は自分も助ける側になりたいと言ってわざわざここに入学してたし。他にもオリエンテーリング後、残った者が自分の友人を誘ってきたりもした。
 どうも超常研に集まるのは頭でっかちなのが多い。その点、誘われて来た新入生は実戦にずいぶん役立っている。一人は親が道場を経営している、通称柔道男。もう一人はエジンバラ帰りの帰国組で通称野球男。何度か名前は聞いたが、殿下は覚えていなかった。そういう戦闘向きの奴等が望んで参加してくれたのも、魔性共による被害を包み隠さず教えたからだ。
 ま、世の中なるようにしかならん。隠したってすぐにばれることだ。殿下はそう考えていた。
 「まぁなんだ、お前の親戚たちは即戦力になりそうだが、後はこれからだからな。経験を蓄えてからでないとなぁ。
 さて、と。新入生はみんな不安だろうからな、激励はしておくか」
 殿下は椅子をきしませながら立ち上がった。
 「連中の入院先はいつもんとこだろ? 顔を出しに行くが、一緒に行くか?」
 「はい・・・」
 その返事の歯切れの悪さを殿下は妙に思った。美咲由美は会創設以来の仲間だ。二年生だが、殿下たち三年生よりも格段に豊富な経験を持っている。なにしろ実家が術者の家系であり、彼女自身、中学時代から退魔師をしているのだから。魔性相手の戦闘がいかに危険か、しかし、それがいかに必要かを殿下以上に知っているはずだ。その由美が何か思い詰めた表情をしている。何かあったな、と殿下は悟った。まずは机に腰を降ろし、腕組みしてみる。話しを聞こうという態度である。
 由美は殿下の目を見た。身長175センチ近い由美の視線は、テーブルに腰掛けている殿下を見下ろすことになる。伏し目がちなその目に決心が見えた。
 「実は会長、会長が担当されていた高校以外の二カ所、共に全滅でしたが、敗因は同じです」
 「?」
 「2パーティ共に同じ妨害者に倒されました。正確には同一人物に、です」
 殿下は口をあんぐりと開いた。一夜であれだけ離れた二校に出没し、なおかつパーティを全滅できる人物。殿下にははっきりとその妨害者の姿が浮かんだ。
 頭を抱える。ついでため息がもれる。殿下は今日はもう帰りたかった。帰りに駅前のゲーセンで昨日のスコアを書き換えるのが今日の目標だったのに。どうやら今日中には帰れそうもない。
 「帰ろうかな」
 そう殿下はつぶやいた。しかし、由美は何も言わなかった。無言。この女生徒の無言程強い言葉はない。
 「・・・。分かった。今夜探してみる。もう一度説得してみるさ」
 「お願いします。私も同行いたしますか?」
 「いや、いい。俺たちの問題だ。すまん、お前は俺の代わりに倒れた連中の様子を見てきてくれないか」
 「了解しました、会長」
 実際の所、美咲が本気になれば事は簡単だろう。しかし、それでは遺恨が残る。あいつの全うな転生のために、美咲家の退魔術は使って欲しくなかった。
 「参ったな・・・」
 美咲が退出して五分後、殿下は重い腰を持ち上げた。


第二章:白石春香 

 深夜の校舎。常夜灯と非常灯の緑が漆黒の闇の中にぼんやりと浮かんでいる。殿下は二人の仲間と共に中庭のベンチに座っていた。顔なじみの夜警に出会ったが、メンバーを見ると見過ごしてくれた。多分、彼も被害にあっていたのだろう。
 殿下はポケットに手を突っ込んだまま、夜空を見上げていた。その手は札に触れている。これを使うしかないのか。夜空をぼーっと見上げながら、彼の目は何も見ていなかった。左脇の下に吊っている懐刀の重みが妙に殿下の気を散らしていた。闘うしかないのか。あいつと。
 ふっとあいつの姿が浮かんだ。この中庭ではしゃいでいる姿。渡り廊下でスカートを翻して走っている姿。屋上でバレーボールをしている姿。大雨の日にずぶ濡れになってぶーぶー騒いでいる姿。そして、あの日、ゲーセンの前で「勝負の決着は明日付けるからね」と言って別れた時の背中。もう何年も前の様な気がした。
 殿下の隣に座っているのは日本人形のように前髪を揃えた長髪で、すらりとした体型の美人。生徒会長でこの地の財閥、本条総本家の一人娘、本条百合恵である。彼女はこれまた日本人形のような無表情さで細い目をつむり、じっとしている。
 その前には腕組みして仁王立ちしている仲田野美雪がいた。彼女は頭髪の色を次々と変えるので有名だったが、今は季節柄、新緑の緑だ。波だった見事なボリュームの髪を、たすき程に長い紫の鉢巻きで押さえている。そのポーズは柔道着だったらすっかりコスプレ状態だ。彼女の拳には既にナックルがはめられている。静かではあるが、その気は戦闘状態のものだった。
 美雪はやる気か。本条は・・・。よく分からん。だが、多分それ以外道がないと悟っているだろう。となれば、迷っているのは俺だけか・・・。
 「会長・・・」と百合恵の静かな声。
 「ん?」
 「他に方法がないのです。覚悟する以外に。それしか、ないのです」
 「ん。分かってる。分かってはな。
 でもな、まさか同級生を封じなきゃらなんとは、な」
 「元・同級生だよ、殿下! もうあいつは高校生じゃないんだから」
 美雪は微動だにせずそう言い放った。そうだ。そのとおりだ。だが、本人はそう思っていない。
 「彼女の説得は不可能です。となれば、封じるしかありません。せめて、せめてわたくしたちの手で・・・」
 百合恵も微動だにしないように見えたが、制服の肩が小刻みに揺れているのが見えた。百合恵はほとんど感情を現さない。しかし、以前の事件で彼女の取り巻きの女生徒が犠牲になった時、この姿を見たことがあった。殿下は何も言えなかった。同じ想いだったから。どうしようもないことだから。

 この場にいる三人の共通の友人だった白石春香が突然死んでから一年半程になる。ゲーセンで遅くまで遊んでいた彼女は近道をしようとして車道を横断。トラックに跳ねられた。即死だった。その夜、電話で悲劇を聞いた知人たちが彼女の家に集まっていた時、消防車のサイレンが響いていた。まさか、それが彼女の遺体を収容していた病院へ向かっていたとは、涙にくれていた知人は知る由も無かった。病院は全焼。白石の遺体も確認はされたが、すでに原型を留めていなかった。
 それから一月程経った頃。白石の幽霊が出ると噂になった。まさか。誰も信じなかった。毎日を楽しく過ごしていた彼女に、この世に未練があるとは到底思えなかったからである。彼女はほとんど何にも執着しなかった。その時に燃えている遊びにはこだわるが、すぐに気が変わるのだ。その白石を現世につなぎ止める程の想いがあるとは考えられなかった。だから、誰も信じなかったのだ。特に親しい者は、誰も。

 「殿下、お嬢。白石は死んだんだよ。だから、だから魂も天に帰さなきゃならないんだ」
 「分かってる」
 「分かってるんなら、やる事は一つだろ?」
 「まぁな。だが、あいつは自分が死んだことを納得していない。あれもまた生の一つの形だと信じているんだ。説得出来ない以上、MP戦ではあいつは無敵だ。多分俺達三人がかりでも、倒せん」
 「やるっきゃないんだよ! 倒せない? はっ! 殿下の言葉とも思えないね。不可能を可能にするのが君だろ?」
 そこまで言い切られては仕方がない。実際、そのとおりなのだ。説得ができないのなら、倒すしかない。もう一度あいつを殺すしか、ない。
 三人はそれぞれの想いを秘めながら待った。一晩待った。だが、その頃その想いの相手は他の高校で大暴れしていたのである。
 結局待ちぼうけだった。


第三章 困った事態

 「会長。昨夜の報告です。非常に困った事態になりました」
 寝不足でだれっとしている殿下に美咲が淡々と告げる。
 「昨夜、例の<成仏しない娘さん>が開正大付属鳴綾第二高校で事件を起こしたようです。同校はまだ魔性の出現例がありませんが、学徒会による自警団的な鳴綾霊性会という組織があり、自主パトロールを行なっておりました。昨夜、そのパトロール隊が<成仏しない娘さん>と遭遇、戦闘に入り、12人の一隊が全滅した模様です」
 「バカが、放っときゃいいのに、深追いしたな」と、言い切る殿下。あのバカ、そんな遠くに。こっちの気も知らねぇで!
 「彼女の服装で当校の元生徒と判明、今朝、正式に身元の確認を求めてきました」
 「全滅した連中は?」
 うざったそうに片目を開けて美咲に問う。
 「全員MP0で意識不明状態が続いているようですが、いつもながら命に別状はありません。しかし、問題は開正大側の今後の対応です」
 「手を出すな。見かけたらすぐ逃げろと言っておけ。あ、わいろで済むことも伝えておけ」
 「多分、そういった方法は採らないと思われます」
 その静かな口調に何か嫌な予兆を感じ取った殿下は、ぶんぶんと頭を振って眠気を追い出すと美咲を見た。
 「じゃ、どうするんだ?」
 「同校は事実上宗教団体によって運営されています。そのため、霊性会のメンバーはそれなりの術を身に付けていた強者ばかりでした。その彼らが倒された以上、強行手段に訴えると思われます」
 「倒して封印か? あいつがそう簡単にやられるなら苦労はせん」
 そう吐き捨てるように言って、殿下はまた頭の後ろで腕組みをしかけた。
 「封印ではありません。抹消です」
 ガタンという派手な音を立てて椅子が転がる。飛び上がった殿下は美咲の肩を押さえた。
 「抹消? バカな、あいつは人を殺したことなんかないぞ! それを抹消するだと!」
 「転生を自ら拒む以上、もう魂が汚されている。汚れは浄化せねばならない。それが彼らの教えです。間違いなく、抹消を目的として行動するでしょう。次に彼女が同校に現れたなら、確実に抹消されます」
 美咲の淡々とした報告が殿下の背筋に冷たいものを走らせた。抹消。魂そのものをデリートしようというのか? 封印は強制的に転生させるためのものだ。力を総て奪い去り、魂だけにしてしまうのが目的である。しかし抹消は違う。死刑宣告どころか、消去宣告か? あいつが何をしたっていうんだ? 確かに馬鹿な事をしてはいるが、抹消されるほどの重犯罪は犯していない。なにしろ、あいつは決して人を殺さない。次に遊べなくなるからだ。絶対に人は殺さない。絶対に。
 「何とかならんのか? その生徒会、じゃない、学徒会とやらに正式に申し入れはできないのか?」
 「無理でしょう。既に相手は学校ではありません。宗教団体です。彼らはその教えに忠実に行動します。<成仏しない娘さん>は確かに理(ことわり)から外れた存在ですから、彼らが躊躇する可能性は0です」
 「あの大学でしたら、うちから話しができるかもしれませんわ」
 戸口にいつの間にか百合恵が立っていた。
 「本当か、本条」
 「はい。本家から経済的な面で協力させていただいている部署がございますの。わたくしでどこまでできるかは分かりませんが、可能な限り努力してみますわ、会長」
 本条の言葉にうなづく殿下。しかし、美咲の表情は曇ったままだ。
 「しかし、問題は解決されていません。彼女の抹消を避けたとしても、説得なり封印なりを施して成仏させない限り、根本的解決にはなりません。早急に対策を立てねばなりません」
 「分かってる。もうこうなったら至急事項、<対娘さん作戦>を実行するしかあるまい」
 「何か策でも? 会長」
 美咲と本条の声がハモった。
 「これから考える」
 美咲と本条が共にコケた。


第四章:娘さん対策本部

 <娘さん対策本部>は超常研だけでなく、生徒会や委員会、そして各部活の有志多数が参加して設立された。かつて彼女のいた二年前の1年C組に所属していた者はほぼ全員参加だ。緊急会議が催され成仏させる方法にも様々な案が出たが、なにしろ白石は刹那的で気変りな奴だ。結局名案はなく、倒して封印し、魂のみを孤立させて成仏させる以外に道はないことが判明した。
 MP無限大という彼女を倒すには、そのプラズマ体そのものを分解するしかあるまい。それには科学部と物理部が共同で作成した塩玉ガスガンだけでは力が足りない。塩玉ガスガンは清めの塩を6mmBB弾サイズに固め、それを発射するエアガンだ。幽霊などMP体の魔性に大変効果のある武器だったが、なにしろ相手は白石だ。その程度では焼け石に水。そこで急遽本条家の出資により、設計図段階で止まっていた新兵器「塩玉ランチャー」と「塩玉グレネード」が生産ラインに乗った。これによって多少なりともMPを削りながら記念講堂に追いつめ、そこに設置したままになっているプラズマ分離式発電器で一気に勝負をかける。これが採用された計画だった。
 プラズマ分離式発電器。当校の誇るマッドサイエンティ・・・もとい、天才発明家、物理部部長の三年生、精進徹が全国高校生発明コンテスト用に作った大作だ。もともとは無公害でクリーンな発電システムのはずだったが、MP体の魔性が発する波動を分解、電気化できる事が判明していたのである。ちなみにあまりの突飛なさで、コンテストでは通産大臣奨励賞という当たり障りのない賞を受賞していた。波動を測定、分解するというその真の能力が、世界的に注目を浴びるのはまだ一年以上先の話しだ。今は単なる講堂の地下構造体である。

 まず仲田野美雪を中心に迎撃隊が組織された。囮になり、<S>と命名された白石を誘導するための部隊である。この段階は<フェイズ1>と名付けられた。装備は従来の塩玉ガスガンのみ。<S>を挑発しながら逃げまくり、講堂前まで連れ出すのが任務である。陸上部や山岳部を中心に、とにかく走り続けられる編成が成された。なにしろ相手は浮遊するは壁抜けするはの霊体である。走って走って走り回らないとすぐに捕まってしまうだろう。
 講堂前の広場に<S>が入った段階で作戦は<フェイズ2>に入る。グレネードによる自爆作戦である。広場の各所に潜み、<S>が現れたなら全身「清めの塩」の固まりになってその逃げ道を塞ぎ、半実体のある彼女を無理矢理講堂に引きずり込む部隊である。これは自爆という特攻的な方法ではあったが、塩まみれになる以外、全く危険性がない。清めのバリアーで彼女からは触れなくなるからだ。まぁ、目と鼻を保護するゴーグルと浮遊を阻止するためのガスガンは必需品だが。危険が少ないため超常研の新入生が中心となり担当した。指揮は二年で副会長の開田陽一。超常研ではとりたてて目立たぬ存在ながら、確実に任務をこなす男だ。彼が講堂内に<S>を追いつめるまでを担当することとなる。
 ついで最終段階、<フェイズ3>。プラズマ分離までは対象を確定後、約八分程が必要である。その間の足止めがこの段階だ。事態を認識した<S>はなりふりかまわず暴れるであろう。一番危険な任務である。<S>は空中も自在に移動できる上、ブランクアウトして透明化すら可能だ。講堂内にはレンズで大型化した対プラズマ用サーチライトが8ケ所に設置されたが、念には念を入れ、「塩玉ランチャー」には出力と解像力をさらに強化した「ノクトプラズマビジョン改」を標準装備した。この新兵器を配備された最後の部隊は志願者のみに限られた。非常に危険な任務のためである。しかし、かつてのクラスメイトや、新入生ながら魔性戦に実績のある美咲家の女生徒ペアなど、十分な人数が揃った。この部隊を指揮するのは超常研のもう一人の副会長であり、本校で最も退魔経験の豊富な美咲由美である。
 さらにサポート隊として生徒会副会長の近藤李蔵指揮による偵察隊、生徒会長本条百合恵直属の救命隊(別名「天使隊」)、そしてもちろん物理部部長精進徹を中心にしたプラズマ分離器のスタッフが組織された。
 総勢87名の有志を動かす総司令官は超常研会長、山口京太郎。殿下その人である。


第五章:<対策No.1 犬笛作戦>

 「しかし、部隊編成ができたのはいいが、毎晩待ってるわけにゃいかんな」
 「当校に現れるという保証もありませんし」
 書道部の手による対策本部の看板が掛かって二日。まだ<S>は出現していない。多分せしめた軍資金を手に、ゲーセンで遊んでいるのだろう。
 「<S>をおびき出す必要があるよねぇ」
 生徒会副会長の近藤がつぶやいた。
 「おびきだす、か。おい精進、何かアイディアないか?」
 呼ばれて、ディスプレイに目を向けたまま答える精進。
 「プ、プラズマの流れを起こして、幽体が来やすいようにするのはど、どうかな? そ、それなら場のプラズマを最初からこっちの希望どうりの値にできるから、か、簡単に分解できるよ、山口君」
 「ほほぉ、そんなのができるのか?」
 「う、うん。ざっと計算して・・・、そうだな、五分以内に短縮できるよ」
 「そりゃいい、<フェイズ3>の危険度も下がる。それで行こう」
 「お待ち下さい会長」と、美咲が口をはさむ。
 「ん?」
 美咲由美は精進の方を向いた。
 「部長、その方法は校内のプラズマ全体が実体化しやすいような場を形成する、と理解していいのでしょうか?」
 「う、うん、そうだよ美咲。それが一番確実だろ?」
 「それでは魔性クラスどころか、魔王まで呼び寄せる可能性がありますが。しかも、まだ現界、つまりこの世界に出現していない者までを。時空の壁が薄くなると言うことですから」
 「あっちゃー、そりゃまずい。<S>どころの騒ぎじゃなくなるぞ!」
 「そ、そうだったな。うーん、あ、それじゃ、え、<S>の波動に合わせて限定したウェーブで、プ、プラズマ流を発生させたらどうかな? 短縮は、で、で、できないけど、特定の周波数にすれば、す、少なくとも魔王たちの波動とは全く異なるから、あ、あ・・・」
 「安全なんですね」と精進の助手役、物理部副部長の
香坂麻紀が先を言う。
 「た、多分」と口ごもる精進。
 「多分じゃ困るな。すぐに計算できるか?」
 今度は殿下に突っ込まれる。
 「い、いや、大丈夫だよ。<S>のデータはうんざりする程たくさんあるから、そ、それをベースにすればいい。そ、その波動のみが受信できるようにするんだ。うん、だ、大丈夫だよ」
 「ホントだろうね、徹」と、壁によりかかっている美雪は疑いの声を掛ける。元々狭いこの部屋に精進がコンピューターを持ち込んだので、殿下と精進以外立っているしかないのだ。
 「な、仲田野君、き、君はどうしていつもそうなんだ? か、科学は万能なんだ、戦争なんかにかまけている資金を回せば、じ、人類はか、必ず宇宙進出だって出来る!」
 「わーった、わーった。で、殿下、どーする? やってみる?」
 「うーむ。特定の周波数か。犬笛みたいなもんだな」
 「犬笛・・・。うん、そ、そうだね」
 「かつての級友を犬呼ばわりするのには賛成できませんが」と百合恵が少し眉を潜めて言う。
 「いいんだよ一条。あいつは今頃どっかでぐーぐー寝てやがるんだ。夜はゲーセンやらファミレスでいい思いしながらな! あんにゃろぅのために、みんなどれだけ苦労しているか何て知りもせずにな!」
 「そーそー。どうせ知ったって、頼んでないもーんとか言ってけろっとしてるんだ」
 美雪が言葉と共に作ったシナに目が点になる一同。だが、すぐに殿下が我に返った。
 「あ、まぁそういうことだ。よし、命名! <犬笛作戦>! 精進、おまえに任せたぞ!」
 「えっ、ぼ、僕が?」
 「ばーか、お前以外誰ができるんだよ! ちょっとはその頭を常識に回せ、徹」
 「な、殴らなくてもいいだろ、仲田野君!」
 「ちょっとこづいただけじゃん。殴るってのはねぇ・・・」
 「ストーップ! 漫才はよそでやれ! ここでお前が暴れちゃ怪我人続出だ!」
 腕を振り上げかけていた美雪は、自分の肘のすぐ先で二年の近藤が目を丸くしているのに気づいて謝った。
 「ご、ごめん、驚いた?」
 「いや、あ、あの、ちょっと・・・」
 「びっくりしたろう、近藤。仲田野君に殴られたら、し、死んじゃうからね」
 「と・お・る! 今回は貸しにしといてやるね」
 「注目!」
 殿下は周囲を掌握すべく、パンと手を叩いて言った。
 「精進のスタッフはただちに準備開始。用意に必要なものは俺か本条に相談しろ。また、限定したとはいえ別のものが来る可能性もある。近藤の隊は増員した方がいいだろう。有志を募ってみてくれ。質問は? ・・・・

 よし、<犬笛作戦>開始だ!」

 生徒会長でもある百合恵の交渉により、対策本部は視聴覚室と事務室にあるコンピューターを学校側から一時的に借用した。精進の指揮のもと、物理部と科学部を中心にWEB研究会と弱電部、そして放送部の協力ですぐに限定波動のプラズマ発生プログラムが組み上がった。講堂に設置してある分離器がそのまま使用できるので、ハード面は問題なかったのだ。その強大な機能の一部を使用して<S>の波動を定期的に流すのである。深夜に行うのは危険だという美咲の進言が通り、夕方、まだ光の精霊の領域である時間までで終了した。それまでに精進の計算では十分な波動が発生したはずである。
 さらに新入生で美咲由美の姪が呼ばれ、その強さを検証した。彼女は波動を「見る」事ができる、退魔師美咲家に伝わる特殊な才能の持ち主だったのだ。結果、周囲3キロ以内にいたならば灯台のようにハッキリと認識できることが判明した。さらにもしも<S>が周囲の様子の認識に意識を集中したならば、その効果範囲は10キロ四方にも及ぶことが美咲由美の計算で算出された。
 かくして対策本部の面々は深夜2時にこっそりと講堂に集合し、作戦を開始した。その夜中ずっと。

 「昨夜の報告です」
 「あー」
 間の抜けた声。授業中もぐーすか寝てしまったが、まだ眠かった。殿下は椅子から上半身を起こし、美咲を見た。対策本部は昨日とはうってかわって、殿下と美咲しかいなかった。少なくとも起きている者は。床には数人転がっていたが。
 「お前は元気だなぁ。俺も鍛えてるつもりなんだが」
 「睡眠の深さを調節するのは美咲流の基本です。トランス状態を維持するにはそれが先決ですので」と、しれっと言う美咲。
 「はぁ、やっぱ自己流じゃ現界があるな」といいつつ頭を掻く殿下。
 「昨夜の報告書が出来ました。
 浮遊霊×6、自縛霊×2、どんでん黒板×1が昨夜の戦果です。当校ではここしばらくはMP体による被害はないでしょう」
 「ま、大掃除にはなった、と」
 美咲はうなづいた。
 「けど、どうしてどんでん黒板なんだ? MP体に作用するはずだったんだろ?」
 「自縛霊が移動してきたことも異常です。現在視聴覚室で精進部長が調査中ですが。おそらく波動によって呼ばれた浮遊霊がなんらかの行動を起こしたものと思われます」
 「お友達を呼んで来た、と」
 「多分」
 「で、<S>は昨夜はどこにも出なかったのか?」
 「それが、未確認なのですが、昨夜西口駅前のラーメン屋ホームラン亭の裏にある駐車場で、猫と宴会をしていた当校の女生徒がいたらしいのです」
 「猫ぉ?」
 「あまりに騒がしいので近所の人が警察に通報、立ち寄った警官が職務質問をしようとしたところ、消えた、と。警察側では逃げ去った事にしてあるらしいのですが、一部始終を見ていたラーメン屋のアルバイトが、確かに忽然と消えたと証言しているようです」
 「ふーん。で、その情報の出どこは? 確かな情報か?」
 「はい。私の家の方に連絡がありましたので。間違いありません」
 そうか。退魔師の美咲家に入った情報なら確認するまでもあるまい。それに怪しい情報なら、この美咲が口にするはずもなかったな。殿下はそう思いながらも首を捻った。
 「ふーむ。駅前なら気づいていいはずなんだがなぁ」
 「注意が周囲に行っていなかったのでは。目前の事しか見えない性格だと聞き及んでおりますが」
 そうなんだ、あいつはそういう視野の狭い奴だった。
 「この名前は失敗だったな。まず忠誠心なんてののかけらもない奴だからな」
 「は?」
 「犬笛作戦って命名がさ。<猫にまたたび作戦>にしときゃよかったんだ。ふぁぁ」
 殿下は大きなあくびをした。




第六章:<対策No.2 天の岩戸作戦>

 生徒の健康を鑑み、次の作戦実行は三日後になった。ほとんどの参加者が居眠り、さぼりを遂行した結果、学校側からの苦情も一気に増えたからである。

 さて、次はどうしようか。殿下は悩んでいた。このままあいつが町中で遊んでくれていればいいんだが。
 「ま、予想通りに動かないのがあいつだからな」
 「え、何だって、山口君」
 「独り言だ。気にするな精進」
 「そ、そうか。でも、次はどうするんだい。このまま遊んでくれてればいいんだけどね」
 俺は疲れている。精進と同じ事を考えているとは・・・。そう思った殿下は、周りみんなが精進の言葉に無言で頷いているのに気づいた。やばい。みんな疲れてる。
 「プラズマよりも、もっとあいつの注意を惹きそうなものはないのか?」
 「うーん、周りを気にしていないんじゃ、どうやっても駄目だと思うよ。ぐ、偶然に期待するしかないよ」
 「そうも言っていられません。昨日、開正大学側は正式に退魔師、いわゆる拝み屋を鳴綾第一、及び第二高校に派遣するように申し出た様です。一部反対意見もあったようですが、多数決で決定したようです。その編成規模から見て、間違いなく封印ではなく、滅消を目的にしています」
 由美の発言は美咲家からの情報だろう。となると確実なものだ。
 一部反対意見か。本条の時間稼ぎもここまでだ。本条は申し訳なさそうに殿下を見た。うーむ。殿下はうなった。
 「でも、人死にが出たわけでもないのに、なんでそんなに大げさになるんでしょうか?」
 「いい意見じゃん、近藤。ひょっとして何かヤバイことでもしてて、それを<S>に見られたとか?」
 「その可能性は低いと思われます、仲田野先輩。
 全滅したパトロール隊は同校の精鋭を集めた部隊でした。全員が呪術の心得があり、棒術で著名な同校の選手も含まれていました。さらに校内には密教系の術法結界も張ってあったようです」
 「で、あのバカはその結界に気づきもせず侵入し、その精鋭部隊と遊んだわけだ。そりゃ、プライドずたずただなぁ、向こうさんも。ムキになるわけだ」
 「あのさぁ、殿下。どうしてあいつに結界っての、それが効かないの?」と仲田野美雪が基本的な事を聞いてきた。
 「簡単なことさ。完全に空間を閉じるのとは違って、学校は行き来できなきゃ困る。だから、異質なモノのみに入りづらい印象を与え、さらに無理に入ろうとすると壁が強固になるってのが基本なんだ。ところがあいつにそういった常識は通じない」
 「うーん、自分も学生なんだからいいって考えかい? 他校でも?」
 「あいつのことだ、男子校が見てみたかったんだろ? 多分男子校の文化祭でも覗きに行くなんて気軽な気持ちで結界、乗り越えちゃったのさ」
 「多分正解ですわ、会長。うちで集めた情報ですと、事件当夜、設立記念祭の前夜祭だったようですわ」と本条百合恵が告げる。
 「前夜祭? はっ! なーんてお祭り好きな幽霊だよ、全く!」
 「い、今何て言った、美雪!」
 言葉と共に飛び上がる殿下。
 「へ?」
 「今何て言ったんだ!」
 「だ、だからお祭り好きな・・・ あー、そっかぁ!」
 「そうですわね、お祭りですわ」
 「それなら確実そうですね」
 殿下は希望に満ちた眼差しで周囲を見回して宣言した。
 「命名! <天の岩戸作戦>! 場所は直接講堂内で行う。本条と仲田野で準備してくれ! 直にあそこに呼び出すんだ! 作戦変更、<フェイズ1>担当は全員祭りの準備だ。<フェイズ2>は広場から入り口に待機場所を移動、出入り口と窓を固め<フェイズ3>をサポートする! 騒ぐぞー! はっはっは!」

 生徒会主催、近藤副会長の誕生日を祝う会

 講堂の前には書道部による大垂れ幕がかかっていた。来週17の誕生日だというだけで急遽主役に抜擢された近藤は、もうなんでもこい、という開き直り状態で挨拶をしていた。
 「・・・と、かように盛大な祝いの場を設けていただきまして、感謝の言葉もありません。この上は生徒会副会長として、これからもますますの・・・」
 もちろん誰も聞いちゃいない。それは分かっていたが、とにかく議事進行、じゃなかった行事進行を時間どおりに進めるのが彼のいつもの仕事だった。一分の遅れで生徒会長にどれだけいじめられるか分かったものではなかったから。
 講堂内には20個ほどの会議机が並べられ、テーブルクロス代わりに模造紙が掛けられている。近所の文房具屋では揃えきれず、白以外の色も混ざっていたが。
 その上にはたくさんの紙食器が並べられ、紙コップやペットボトルもずらりと並んでいた。ここまではなんとなく文化祭の打ち上げの雰囲気である。しかし、その料理そのものは別世界だった。名目上生徒会主催とはいえ、予算などあるわけがない。そこで生徒会長の百合恵が個人的に用意したのがこの料理の山。生徒会副会長の誕生日祝いを学校で催すので準備を、とお嬢様に仰せつかった本条総本家のお抱えシェフやパティシエは、会長であるお嬢様を支えてくれている副会長氏のために、腕によりをかけてバン三台分の料理を持ち込んだのだ。当然最後の仕上げは講堂内で行なったので、会場は料理の香りで一杯だった。
 招待客役は全員先を争って食べる、というかむさぼり食っていた。
 <フェイズ2>の連中は入り口付近でその饗宴を指をくわえて見ているだけだった。<フェイズ3>はもっと悲惨だ。講堂内に待機しながら、目と鼻の先で宴会を張られていたのだから。だが、彼らは隊長たる美咲の統率力でかろうじて配置を守っていた。
 急遽作戦変更になり、手が空いたのは<フェイズ1>のメンバーである。走って走って走り抜く事を目標に、体育会系中心で編成されたこの部隊。すなわち食欲の固まりであった。
 もうこうなっては士気も何もあったもんじゃない。殿下は頭を抱えていた。二階の制御室から見ると、下では美雪が嬉しそうにソテーにむしゃぶりついていた。誰だあいつを隊長に選んだのは! 殿下は数日前の自分を殴ってやりたかった。

 翌日。
 「昨夜の報告です」
 「あー」
 殿下は椅子から身を起こしもせず、そう答えた。あの後、起きた騒動は早く忘れたかった。
 「現在職員会議中です。とりあえず処分を受けるのはバスケ部と卓球部のみに限定されそうです。主催者たる生徒会には厳重注意が申し渡されるはずですが・・・」
 「ま、夜中に生徒が酒くらってちゃなぁ」
 「不可抗力という見方もありますが・・・」
 「ごめんなさい。わたくしの管理不行き届きですわ」と、丁度職員室から解放された生徒会長が現れた。
 「気にするな本条。料理の隠し味に酒を使うのは当然だ。ま、あれはちょっと強すぎたみたいだがな」
 本条総本家でパーティ料理といえば無限のレパートリーがある。しかし、会場まで移動することを考慮して組み上げられたメニューには限度があった。その中にブランデーを豊富に使った料理が四種もあったのは不幸としか言いようがない。ましてや帰宅途中で職質に合うとは・・・
 「結局濡れ衣ってのを立証すれば多分おとがめ無しだろう、田内達も。災難だからな、あいつらにとっては」
 「それは大丈夫ですわ。うちのシェフが昼過ぎから警察に事情を説明に行っております。問題はなぜ深夜にパーティを開いたか、という点をごまかすことですわね」
 「夜中にやらなきゃ、来ないもんな、あいつ」
 「あれだけの騒ぎでも来ませんでしたね」
 「で、どっかに出没したのか、昨日は?」
 「これもまた未確認なのですが、豊栄町の駅ビルにある娯楽施設で昨夜心霊現象があったようです」と美咲。
 「心霊現象?」
 「はい。昨夜10時に電源が総て落ちているのを守衛が確認していたのですが、12時に回ってきた時、娯楽施設のみ電源が入っていた、と。そこで再度電源を落とそうとしたところ、ポルターガイスト現象が起き、頭部に三針縫う裂傷を受けました。通報により駆けつけた警官隊が到着したのが12時半。その時には何事もなく電源は落とせました。ついで午前3時、別の守衛が再び電源が付いているのを発見、その際、女子高生の姿を見たため、いたずらと思い追跡したところ、彼女は非常ドアをすり抜けて飛び降りたそうです。八階から」
 「はぁ・・・。あいつだな、そりゃ。でもなんだって豊栄町なんかにいたんだ?」
 「不明です」
 「で、その娯楽施設ってのはゲーセンか?」
 「いえ、コインゲームの施設ということですが」
 「コインゲームか。なら、ちょっと調べてみてくれ。あいつが何をプレイしてたか」
 「それは確認済みです。そのテナントの借り主がゲームメーカーで、そこの新作のデモ機があったそうです。名称は、えっと、超級ムンディ格闘家というもので・・・」
 「超ムカぁ? あんなんやってたのか? どーもあいつの趣味は分からん。ま、でもそれなら豊栄町まで遠征したってのも分かるな。この近所じゃマルトク屋にしかない。ま、あんなマニアックな所、あいつは知らないだろうからな」
 「マルトク屋、ですか?」
 「北口のマンションの三階にあるんだ。入り口には看板もなにもないけどな。その手の専門誌にはよく通販の広告が載ってる。本来基盤屋なんだが、親父さんがそのメーカーにいたらしくて、あそこの新作のデモ機はいつも入ってるんだよ」
 「基盤屋さん、ですか・・・」と、美咲にしては珍しくちょっと困った表情になった。
 「詳しくはお前の従姉妹に聞け。この前、あそこにいたぞ」
 「美由美ですか? その基盤屋さんとやらに。<S>すらも知らない程の穴場に、ですか。はぁ」
 「そう困った顔をするな。別に非合法な商売じゃないさ、安心しろ。アーケードゲームにハマった奴ならいずれ行き着く場所だ」
 「そ、そうですか・・・」と、美咲は大変珍しく、すっかり困った顔をしていた。
 「しかし超ムカかぁ。あいつは下手なくせにムキになるからな。ありゃ<アー通>で評価1,1,10,1,10を付けられたって、栄えあるクソゲーだからな。なにせ必殺技がランダムで出るんだ。怒りゲージにやる気ゲージ、根性ゲージに、お返しゲージまであって、その組み合わせで技が変わる上、1/16の確率でスカが入る。とにかくごーくごく一部のマニアに支持されるだけで、間違いなく消えるゲームだよ。今出てるデモ機なら超ムカ・ゼロだろうな。
 ふぅ、あいつらしい奇怪な選択だ」
 美咲も本条も顔を見合わせて混乱するだけだったが、どうやらすごいマニアックなゲームらしい事は分かった。
 「よし。次の作戦が決まったぞ! 本条、出資頼めるか?」
 「いか程ですの?」




 
第七章:<対策No.3 挑戦者求む!作戦>
 

 広い講堂の真ん中にアーケードゲームの筐体が一つ。ポツンと。その前に座りながら殿下はいつもながら制服とワイシャツの袖を一緒くたにまくり込み、腕組みして待っていた。

 その頭上にはこれまた書道部による達筆で「俺は誰の挑戦でも受ける!」の垂れ幕。第一回超ムカ・ゼロ王者決定戦会場はしん、と静まりかえっていた。
 「誰も来ないねぇ」と、制御室でぼーっとしながら美雪がつぶやく。
 「まだ2時だからね。もう少し待って見ようよ」とコンソールパネルの前に座った科学部部長、佐倉井が答えた。
 「フツー、もう2時って言わない? 深夜なんだからさぁ」
 そう言って美雪はあくびをこらえている。
 「捨て看板は指定されたとおり、繁華街全域を網羅できるように配置したのですが」と美咲。
 「電車で20分以内のゲーセンには全部張り紙してもらったしね」
 「これで来ないとなると、<S>の好みがもう変わってしまったのかもしれませんわ」
 「会長、怖いこと言わないでくださいよ。僕ら一生懸命だったんですから」
 「その割には予定より二時間も遅れたようですが、近藤」
 百合恵の細い目がさらに細くなり、射るように副会長を見返した。
 「す、すみません・・・」
 副会長が頭を垂れた。その時である。蚊の泣くような声、と言うのか、高い声ながら、か細い口調が本条の背後からした。
 「ご、ごめんなさい、会長。私がもたもたしていたから・・・」
 そう言って泣き出しそうな顔になったのは生徒会書記の井山加奈子。三年でほっそりとした色白の美少女だ。
 「加奈子さん、泣かないで。失敗したのなら、次ぎにそれを繰り返さなければよろしくてよ。さ、その麗しいお顔をわたくしに見せてごらんなさいな。涙を拭いて差し上げましてよ」
 本条は彼女の細い腰を抱くように支えると、ハンカチを取り出した。
 その時、PHSが鳴った。
 「こちら制御室・・・。ん、分かった」
 制御室担当の放送部員が振り向く。
 「会長、校門を二名、10台後半らしき男性が通過したようです。案内地図に書いたとおりの道順で講堂に向かっているそうです」
 「男、ね。これはハズレね」
 しばらくしてその男達が現れた。その姿をモニターテレビで見た本条は思わず目をそむけた。
 「最低・・・」
 本条は目の保養とばかりに抱きかかえたままの井山の美しい顎のラインに見入る。そしてその細い指先が加奈子のうなじに触れ、つつっと下がった。
 「あ、ああ・・・」
 加奈子の口から思わず声が漏れる。
 制御室の全員がそれを見ぬ様に一斉にうつむいた。

 最初の挑戦者が殿下の前に立った。
 「こんばんわ・・・。超ムカゼロの会場は・・・、ここでいいんですか・・・」
 幽霊以上に幽霊のような声でささやく。殿下はうむ、とうなづくと、早速スティックを握った。
 最初の挑戦者の後ろに次の挑戦者が並ぶ。そして試合はスタートした。

 「昨夜の報告です」
 殿下は机につっぷしたまま、右手の掌だけ挙げて先を促した。
 「挑戦者は総計42名。北は宮城県栗駒郡、南は浜松からの参加者も集いました。どうやら昨日の夕方までにネットに掲載され、メーカーのBBSでも掲示されていたようです」
 殿下の右手がちょこっと振られる。続けろという意味らしい。
 「戦績は文句なしで会長の圧勝です。102ラウンドで84勝。圧倒的です。お見事でした」
 また右手が振られる。
 「先ほどFAXで届けられたものです」
 殿下の右手が指さす。どうやら読めという意味らしい。
 「表彰状。山口京太郎殿。
 貴殿は栄えある第一回超級ムンディ格闘家・ゼロ・チャンピオンシップにおいて優勝いたしました。ここにそれを表します。
 超級ムンディ格闘家シリーズプロデューサー:野杖松三郎。ゼロ・ゲームデザイナー:おっとっと庄助
 株式会・・・」
 殿下の右手が横に振られた。もういい、という意味らしい。
 「昨夜のターゲットの行動は不明です。ただし、どうやら自宅に帰っていたのではないかと思われる形跡があります。深夜3時頃、自宅近所のコンビニでコミック雑誌21冊が一瞬の内に万引きされるという事件が発生しました。防犯カメラでもあっという間に本が消えて行く様が写っていただけでした。さらに深夜4時頃、彼女の自室から高笑いが聞こえたという報告がありまして・・・」
 殿下の右手が拳を作り、ふるふると震える。
 「話は変わりますが、先ほど学校正門前に果たし状が二通置かれているのが発見されました。チャンピオンへの挑戦状と思われます。先ほど同社のBBSを確認いたしましたが、参加者は皆、雪辱戦に燃えているようです。おそらくこの手の書状は当分増え続けると思われます。書記に専用の段ボール箱を用意させた方が宜しいかと存じますが」
 殿下の右手はぱたん、と机に落ちた。


第八章:<対策No.4 物量ラブラブ大作戦>

 
 翌日の土曜日。学校はお休みだったが、対策本部のメンバーは全員緊急召集を掛けられた。正午に講堂に集う生徒たちは不安と興奮に包まれていた。
 「皆さんお静かに。お集まりいただいたのは緊急事態宣言が発令されたためです」
 壇上から本条生徒会長が発言を始めた。
 「本日深夜より、開正大学鳴綾第一及び第二高校に、プロの退魔師が配属されます。密教系の拝み屋と呼ばれる彼らは学校理事会より、<S>の抹消を依頼されております」
 ひととき静まり返った講堂内が一斉にどよめいた。
 本条は右手を挙げて静粛を求めた。すぐに全員が彼女に注目する。
 「ここに至り、当対策本部執行部は非常事態宣言を発令いたしました。今回が最終的な作戦となります。これに成功しない限り、私たちの元同窓生の魂が悲惨な最期を遂げるのは避けられません。
 絶対に失敗は許されません!」
 本条はその細い瞳を見開いて、集まった生徒全員をゆっくりと見回した。
 「では作戦を発表いたします。山口司令、どうぞ」
 呼ばれて殿下が壇上に上がる。顔には疲労が刻まれていたが、その目は決意に燃えていた。
 「今回は物量作戦だ」と、殿下はいきなり切り出した。
 「大量の餌をばらまき、撒き餌として近隣の繁華街全体をカバーし、ここへ<S>を誘導する。さらにここには<S>の大好物を置き、餌とする。これをもって最終作戦とする」
 殿下は一旦言葉を切り、全員の覚悟を促してから先を続けた。
 「撒き餌はこれだ」と言いつつ、壇上に置いてあった大きな箱らしき物体にかけてあった布をばさりとめくった。生徒達はそれが何だか分からず、その箱にみっしり入っているなにやら小さく、白っぽい物に目を凝らした。
 殿下がそれを一掴み手にすると、ぱっと投げる。
 ばらばらっと生徒達の頭上に振ってきたのは・・・
 「なんだぁ?」
 「いってー、当たったぞ!」
 「こ、こりゃ、50円玉?」
 そう、箱に一杯詰まっているのは重さ500キロに及ぶ50円玉だった。
 「そして、餌はそれだ!」
 殿下は右手を上げ、講堂の隅を指さした。照明のあたらない暗がりに、なにやら、でかくてうごめく物体があった。
 生徒たちが恐怖にかられながらもそれを注視した時、殿下が言った。
 「名付けて<ラブラブ大作戦>!」
 そこに転がっているのはがんじがらめに縛られた交換留学生、ジェームズ・権田の巨体だった。
 講堂の全員が卒倒した。
 

 「こちら東3、4丁目部隊、撒き餌投下完了しました!」
 「こちら本町大通り部隊、任務終了。帰還します」
 制御室に次々と報告が集まる。無数の50円玉と、写真部が大車輪で焼き増しした権田のポートレートが町中で大騒ぎを起こしていた。
 「今度は言い訳できんな」
 「そうですね、会長。しかし、他に選択肢がございませんもの」
 本条と殿下は着々とマジックで着色されて行く地図を見ながら話していた。
 「市清掃局、警察、町内会。当然学校側からも来るだろうな。ま、最悪の場合、退学かな? 困ったもんだ」
 「困りましたわね」と言いつつ、二人には全く困った様子はない。
 「お供します、会長」と美咲。
 「私もご一緒いたします、会長」と井山。
 それぞれに自分の「会長」の前に立つ。その時、部隊長の開田が飛び込んできた。
 「総て準備完了しました、会長!」
 二人の会長は同時に振り向いた。
 「作戦開始!」
 殿下の声が講堂全体に響いた。

 真っ先に<S>を発見したのは近藤指揮下の策敵隊に所属する2年生、木村・大下組である。
 「タリーホー! まるひとひとなな!」
 制御室のスピーカーから待ちに待った声が響く。間髪を入れずに近藤が発令ボタンを押し込む。
 「こちら<ソナー>。久留米町4丁目、昭和通り交差点より東30メートル地点で<S>視認! ルートP6へ誘導せよ!」
 「こちら野木・森本組! 現在地3丁目角の下山楽器店前! ここよりP6までは我々が担当する。下山楽器までの誘導を頼む」
 「あ、あの、渡瀬と相羽です。それは私たちでできます。交差点から楽器店まで、撒き餌を置きながら移動すればいいんですね」
 「野木・森本組、渡瀬・相羽組。撒き餌の間隔は2メートル。曲がり角には写真を忘れるな! 速やかに投下し、直ちに帰投せよ! 姿を見られるな! 急げ!」
 「<ソナー>、<ソナー>、聞こえますか? こちら大下。<S>は予定どおりに街の噂を聞いている様子です。両手に空のゴミ袋を持ち、地上約30センチ程のところをうつぶせの姿勢でゆっくりと昭和通り交差点に向けて浮遊しています。きょろきょろと地面を見ながら進んでいます。毎時60メートル程ののろさです!」
 刻々と報告が入る制御室で、殿下はほくそ笑んでいた。やっぱりあれだけの騒ぎになれば来ると思った。しかも予想通り地面しか見ていない。
 「あ、えーと、聞こえますか? 渡瀬です。撒き餌はまきました。念のため下山楽器の角に残った10枚並べて置きます。権田先輩の写真も置きました。ここからはもう撒き餌が並んでいますから、このまま帰ります・・・いいですか?」
 「こちら野木・森本組! こっちはあと電信柱3本分でまき終わる! 相羽、聞こえる? 一緒に帰ろう」
 「こちら<ソナー>! 私語は慎め。任務終了後速やかに帰投! 検討を祈る」
 「あーP6担当の雄崎・松下組です。撒き餌確認終了! 外堀通りから学校までの配布を確認しました。オーバー!」
 仕掛けは終わった。後は待つだけだ。
 「こ、こ、ここまで随分、か、かかりそうだね」
 「いや、多分30分もかからんで来る」
 「え?」
 精進だけでなく、制御室の全員が驚いた。先ほどの報告では毎時60メートルの遅さとか・・・
 「索敵しながらだからだ。目標を視認したあいつは、素早いぞ! 餌を回収しながら、猛スピードで突っ込んでくる。ま、その快速を鈍らすのが写真の役目だ。あいつのことだ、かならず5、6回は回って喜びを表現し、大騒ぎしながら回収するだろうからな」
 「こ、こちら大下! す、すごいです! ハァハァ、エ、<S>が撒き餌に食らいついた途端、目にも留まらぬスピードで回収、現在昭和通り角を曲がりました! ハァハァ、走ってますが、追いつけません!」
 「こちら<ソナー>、深追いはするな。諸君は西口大通りを通り、帰還せよ。繰り返す、深追いは禁物だ!」
 近藤は指示を出しながら自分の額に冷や汗が流れているのを感じていた。
 来る。あいつが、来る!

 深夜1時33分。ついに<S>が正門を通過。校内に入ったのである。



つづく



 
 
 
 
<超かいき★くえすと>くえすたぁず