von:秋澤 弘
第七章:学舎会館
再び振り出しに戻ったシュンたちはまず無線を試したが反応はなかった。次いでサーが美由美のPHSに電話を掛けるとこれは無事に通じた。その間に元帥が入ってきた門を調べるが何も目新しい物はない。
「ここで姫は幻術にかからなかったんで、拉致されたんだね」
「うーん、多分そうじゃないと思う。姫もかかったんだよ。僕らと一緒にいたからね、さっきの世界に。でも、多分何か分かったんだよ」
「倒れてる霊性会の連中を<見た>のかもね」
「それだけじゃないと思う。もっと本質的な事だろう。敵が慌てるような」
シュンは頭を掻いた。
「とりあえず、また職員室に行こうぜ。そっからだ」
元帥の提案に従って四人は再び「学舎の門」に入った。今度は中庭を通って中央舎に入る。階段を上がって職員室に来ると、霊性会のメンバー二人が立っていた。
「中を調べてもいいかな」
サーが話しかけると二人は脇にどいた。無言のまま。
見張りは彼等に任せ、今度は四人で調べ出す。さっきの状況とどこか違っていないかと注意を払うが、特に目新しい事はない。
教頭の机を調べていると、元帥がぶつぶつぼやくのが聞こえた。
「まったくよぅ、感じ悪いぜ、あいつら」
「仕方ないだろう。時間が解決してくれるのを待とう」
シュンは立ち上がってサーに話しかけた。
「それは無理だね。逆に溝が深まるばかりだよ。もとはと言えば彼等も被害者なんだ。過剰防衛だったけどね。その罪を問われたのは教団側だが、霊性会のメンバーもプライドぼろぼろだろうから」
戸口にいる二人に聞こえないように小声で言うシュン。
「だからね、当事者である僕らが在籍中に、少しでも溝を埋めておくべきなんだよ。僕らにはあれは経験だった。でも今年の新入生には既に歴史なんだからね」
「遺恨は消した方がいいってか」
「そういうことだ。それも加味して努力しよう」
「向こうもそう思ってりゃいいがな」
三階を調べて屋上に向かう途中、階段で霊性会の一群と遭遇した。彼等六名は屋上を調べ終わったところらしく、階段を降りてきていた。広い踊り場の隅にどいて一行を通す超常研の面々。
すれ違った後、そのまま上がろうとする彼等の耳に階下から男の声が届いた。
「止まれ。
状況を確認する。この中央舎は我々第二隊が探索中だ。第一隊はA舎から、第四隊はH舎から校舎を探索中である。第三隊は現在校庭を探索中である。
我々が次いで探索するのはどこだ?」
答えて全員の声がはもるのが下から響く。
「D舎です!」
「そうだ。中庭で尾道班と合流後、D舎に向かう。その間に第三隊がE舎に向かう。校舎探索終了次第中庭で全隊が合流する。次はどこだ?」
「東舎です!」
「次は?」
「西舎です!」
「最後が一番奥の北舎だ。いいな。行くぞ!」
霊性会の面々は階段をさらに降りていった。
その足音を聞きながら踊り場で元帥はきょとんとしていた。
「どうやら霊性会にも少しは話の分かるのがいたみたいだな」
「そうだね。情報提供というか、漏洩くらいはしてくれるらしい。
よし、僕らは逆に行く。北舎に向かうぞ」
北舎群は先ほどと同じ状況だった。しかし、印象は大きく異なっている。生活の跡がありありと見えていたのだ。食堂の壁のあちこちに、拭いてはあるが汚れがあり、塗り直した部分も見える。管理部の室内も先ほどと違って机を擦った跡や、扉に何かぶつけたらしいへこみもあった。
「よしよし、ちゃんと使ってるな、ここも」
元帥がそう言って宿直室から出てきた。そのままみんなと監視カメラのある部屋に向かう。12面あるモニターではあちこちで生徒達が探索をしているのが映っていた。
「うーん、やっぱり駄目だ。外からのラインは生きてるのに、こっちっからは繋がらないよ」
美由美がマウスを握ったままつぶやく。
「何か打ち込んで置けばいいだろう。外からそのファイルにアクセスできればいいんだ。こっちの状況を説明できるぞ」
「やってみたよ。でもウィンドウ自体が開かないんだよ。もちろんアプリも起きない。試しに資料室と事務室のコンピューターにつなげてみたらそれはオッケーなんだけど」
「どうなってるんだ?」
「分かんないよ、全然。おかしいよ、ここ」
「つまりこっちのアクセスが検閲されてるってことか」
「ここがホストなのに?」
「それにネットで外に繋がっているなら、この監視カメラの映像を見て、事態が変化してるのが分かっているはずだ。それなのに反応がない、となると・・・」
「向こうにはこのデータが出てないってこと?」
「多分ね」
彼等は首を傾げながら北舎群を出た。その脇に裏山への道があるが、ここから先は地図もない。ここは霊性会に任せるしかないだろう。桂たち第一陣はここを探索後、麓で休憩中だったと言っていた。多分ここを知っているに違いない。
そう判断した彼等は西舎群に着いた。右手に図書館があり、左手に学舎会館、つまり講堂がある。真正面には賛助員室、すなわち用務員の小屋があった。
「さて、じゃ、図書館からかな。こういう場合は」
そう言ってシュンが向かおうとしたが、そこで美由美が学舎会館を指して言った。
「ねぇ、なんであそこは全部窓閉まってんのかな?」
言われてみると戸口と言わず、二階の窓と言わず、総てが閉まっている。今までは大抵一カ所くらいは空いていたのに。
「事件の時、誰も使ってなかったんだろう?」
「でも天窓も全部閉まってるし。朝から使ってなかったのかな」
「いや、それはない。この一階は礼拝堂になっているはずだ。朝は必ず誰か行くだろう。当然職員もいたはずだ」
四人は学舎会館に近づいた。
巨大な長方形の建物には大きな入り口が南側にある。マスターキーを差し込んで開けようとするシュン。しかし、キーは鍵穴に入らなかった。
しゃがみ込み、鍵穴に目を凝らしながらもう一度キーを差し込もうとする。大きさは合っている。しかし、キーは穴に入ろうとしなかった。
「下がれ!」
短く警告を発するシュン。自分もゆっくりと後方に下がり、戸口から10メートル程の距離を取った。
着慣れない制服のポケットから携帯と名刺を出すと、そのナンバーをコールする。
桂はすぐに出た。
「第一隊、桂」
「こちら超常研アタックチーム。現在地、西舎群。学舎会館に異常あり。結界が張られている。至急調査されたし!」
一気に報告すると、間髪を入れず桂の声がした。
「了解。すぐに直行する。自分たちの到着まで早まったことはせんでくれよ、お客人」
「了解」
そう言ってシュンは携帯を切った。周囲では仲間たちが警戒態勢のまま、学舎会館のあちこちに鋭い視線を向けていた。
言葉どおり、霊性会の面々はすぐに集合した。各所に残して来た見張り役の分人数は減り、38名の調査隊は桂指揮の祈祷士の部隊と柳指揮の闘士隊に再編成された。超常研のメンバーは彼等から離れた所で固まって事態を見つめている。
編成が終わるとすぐに三人の祈祷士が前に出てこの結界を調べ出す。鍵穴を覗き、周囲を一周する。戻って柳と桂に報告しているが、声は聞き取れない。続いて三人の闘士が前に出て大きな槌を出して扉をうち破る。どぅん、どぅんという重々しい音が響くが、扉はびくともしない。祈祷士たちが何やら詠唱し、それに合わせて三回目の挑戦を闘士が掛けた時、扉はばかーんという轟音と共に飛び散った。しかも外に。中に向けて槌が与えたエナジーは外に弾かれたのだ。
その直撃を受けて一人の闘士が鮮血を挙げてのたうち回る。すぐに棒を構えた新たな闘士が三人、扉の前に立って盾になり、祈祷士たちが負傷者を運び出した。
「僕達も行った方がいいんじゃないか?」
サーがつぶやく。
「いや、今はこのままの方がいい。僕らはかえって邪魔になるよ」
桂の統率力が全員に及んでいるのを見て取ってサーが答えた。
すぐに闘士たちが棒を室内に差し込んで結界の有無を確認する。報告を受け、柳が六名の闘士を率いて前進し出した。
「え、ちょっと、窓・・・」
美由美が異常に気づく。すぐにサーが飛び出して叫んだ。
「待てっ、まだ結界は消えてない!」
超常研のメンバーが駆け寄ってくるのを見て、桂が指示を出した。
「侵入中止!」
その声を受けて柳たちが敵意を示してシュンたちを見る。
「何事だ!」
「窓を見るんだ! 戸は開いていない!」
桂の指示で二人が脇に回る。
「本当です、扉が見えています!」
「幻影か?」
超常研のメンバーはその間に柳たちの側に来て、講堂内を見た。
脇に回った術者が報告を続ける。
「幻影かは不明ですが、多分なにか<場>があるようです」
「場、ねぇ」
と元帥。美由美とシュンが同時に言った。
「ぷ、プラズマが、ば、場を形成してるんだ」
聞き慣れた精進の言葉を、どもりまで真似て。
シュンが肩から電動ガンを降ろして構える。自転車のタイヤチューブを廃品利用して止めてあるスイッチごとグリップを握ると、精進が発明したノクトプラズマビジョンの赤い光が伸びる。それは講堂内全体を真っ赤に染めた。
「!」
その異様な光景に息を呑む柳たち。
「やはりな。よし!」
安全装置を外すシュン。しかし、その背をぽん、と美由美が叩く。
「ここは力業っしょ。それにあたしの方が予備弾多いから。シュンのは取っておきなよ。
おっしゃ、元帥、前頼む!」
「おう!」
美由美に言われ、元帥が背中を丸めて片膝立ちになる。美由美が差し出すMG42のバイポッドを合わせたまましっかりと手に持って、その重みを肩に乗せた。美由美はその後ろで腰貯め姿勢になるとゴーグルをはめ、グリップを握った。
「死にっさらっせぇーっ!」
びりびりと布を引き裂くような甲高い音と共に、清めの塩玉がフルオートで連射される。背中に背負った大型タンクの威力はハンドガン型ガスガン比ではない。二度掃射した後、銃口を講堂中に向けてプラズマの濃度を確認する美由美。
「そこかー!」
右の奥。一際赤く光る場所に向けて三点バーストを三回かけ、周囲と分断する。
「行くよ、サー!」
再びフルオートに切り替えてトゥリガーを握りしめる。吹き出す塩玉がプラズマの中心、何かの鏡のような物体の姿を暴いた。
隣でサーが硬球を握りしめて投球のモーションに入る。中学時代は投手だった三沢の腕がぶんと鳴り、剛球がその物体に向けてはじき出された。
「爆!」
気合いと共に硬球に縫いつけられた殿下の札が炸裂する。
パリーンという高音。用心のため美由美とシュンがノクトプラズマビジョンで周囲を確認するが、すでにプラズマは四散していた。
今までずっと姫の事が気がかりでどうしようもなかった美由美だったが、今の掃射で胸がすかっとした。絶対助け出す。決心も新たに彼女はゴーグルを外し、隣で呆然と成り行きを見ていた柳に笑い掛けた。
「おっけぇ、終わったよ」
なんだこいつ、めちゃくちゃするが、笑うと美人じゃないか。そう思った柳は咳払いをして、自分の立場を保った。
「よし、行くぞ! 制圧だ」
六角棒を握りしめ、先頭に立って部下を引き連れ侵入する。
シュンはその間に桂に近寄った。
「今のは魔性がよく使うプラズマ結界の応用だったようです。ただし、どうやら使っているのは人間ですね」
「どうして分かる?」
「器物遷しだからです。魔性は自分の一部を置いて結界の中心とします。人間はそんなことができませんから、器物に念を遷し込んで使うのです」
「人間、か」
桂は何やら考え込んでいた。
「桂っ! 魔法陣があるぞ! 去年発見されたのと同じ言語のようだ!」
講堂から出てきた柳がオーバーアクションでそう言った。
桂はうなづくと、配下の祈祷士たちを調査に向かわせた。柳め何を気負っているのやら。桂はそっとつぶやいた。
ふと、柳の目が客人たちに向いているのに気づいた。桂もそっちを見る。メットを被った長身の男が警戒態勢で立つ側で、一目で武術家と分かる大男が自転車の空気入れのようなポンプで一生懸命空気を圧縮している。射手の女生徒は玉を装填し直している。何を話しているのだろうか、彼女は大男と何か会話しているようだ。夜闇の中でもいきいきと映える彼女の茶色の髪は見事なボリュームでウェーブがかかっている。その肢体は男子校の制服に包まれてはいるが、弾けんばかりの健康美だ。なるほどな。桂は隣にいるシュンに小声で話しかけた。
「あー、しのぎはら、だったな」
「はい?」
「柳は単純な奴だが、正義感が強く漢気もある。いい奴だ。ただ、欠点があってな。その、惚れっぽいんだ。
あいつの名誉のために言っておくが、気が多いんじゃない。毎回、一途にその女を想うんだが、その、なんだ。毎回力みすぎて振られるんだな」
「???」
「あー、あいつの好みは、とにかく元気で明るい女なんだ。特にはきはきした江戸っ子っていうか、喜怒哀楽のはっきりした、竹を割ったような性格の娘が好みでな。あー、ついでに言うとな、ハデでゴージャスな髪型もだ」
「!
そ、それは・・・、つまり・・・」
「あいつはいい奴だ。それは保証する。だからうまく行くならそれはすごく目出度い。だが、もしも、その、目に余る様な事になったら、自分に相談してくれ。あー、なんだ、これ以上迷惑はかけたくない」
シュンの目は、美由美に熱い視線を送る柳を見つけた。
「そ、それは・・・、と、当事者の問題で、えっと・・・」
シュンは恋人のアキと一緒に暮らしている。だが幼なじみだった二人が、いつのまにか初恋同士になり、気が付くと婚約者になっていた。その結果、シュンは色恋沙汰には全く慣れていない。ましてやその対象があの美由美では・・・。
「ま、今は生徒救出が先だ。大丈夫だ、あいつは責任感は強い。自分よりもな。だから何かあるとして、解決後だ」
「はぁ・・・。何かあるとして、ですか」
シュンはちょっと途方に暮れた。
第八章:二高霊性会
講堂の礼拝所の中央に魔法陣があった。祈祷士にそこを任せ、柳たちが二階を確認したが、もぬけのカラである。
「うむ・・・。召喚、というよりもゲートだな」
戻ってきた柳に桂が説明した。
「魔界か?」
「そこまでは断定できん。ただ、お前の言うとおり、去年発見されたものと同種だ」
二人は対策を練った。見張りに残されていた会員も召集をかけられ、既に50名が揃っていた。超常研のメンバーは講堂内の隅に立ち、様子を見ていた。
しばらくして柳が再び六人の部下と共に魔法陣の側に立った。その後ろに第二陣とおぼしき祈祷士が六人並んでいる。
「行くぞ!」
颯爽と六角棒を振って、魔法陣に消える柳たち。通信を確認するが、やはりつながらない。すこし待って、桂が第二陣の前進を指示すべく右手を開けた時、それは来た。
びゅんという風のうなり。並んでいた術者たちが一気に吹き飛ぶ。桂の指示が飛び、残った祈祷士たちが室外に出、闘士たちが前に立つ。魔法陣に現れたもの。その姿は身の丈三メートルはある、思念体だ。シュンと美由美が下がり、ガンを構える。サーと元帥がその前に立ちはだかる。思念体はのっそりとした動きで身を屈め、魔法陣から出た。
清めの塩玉がその幽体に叩き込まれる。苦痛のうめきを上げるが、彼等を無視し、思念体はそのまま講堂を出ようとする。
「うわぁぁあ」
悲鳴と共に闘士たちがちりぢりになって逃げ出す。祈祷士もだ。桂は真っ青になっていた。
「一体、どうしたんだ?」
異常だった。確かに異様な怪物ではあるが、威圧感や恐怖を煽る波動が出ているわけでもない。それなのに、一体何故?
巨体が講堂を出て行くと、次いで二体目が現れた。これものっそりと講堂から出て行こうとする。
「おい、先に行った連中は?」と、倒れて気絶した祈祷師を隅に引きずりながら元帥が言った。
「分からん。しかし、多分まずい状況だろうな。幽体に棒で立ち向かうんじゃ」
「孤立しただろうね。どうするシュン。リーダーはあんただよ」
「・・・。
魔法陣をくぐろう。あそこからあんなのが出てきた以上、姫もこの先と考えた方が早い。行くぞ」
四人は二体目が出ていったすぐ後に魔法陣に飛び込んだ。一瞬、落ちるような異様な感覚があった。しかし、すぐに視界が戻り、悲鳴が聞こえた。振り向くとここも先程と同じ講堂だった。その入り口の隅に柳たちが追いつめられている。ここにも二体の巨人がいたのだ。しかし柳たちはパニック状態だった。みやみに棒を振り回し、仲間同士で殴っているのにも気づかない。事態を把握すると間髪を入れず美由美とシュンの銃口がうなる。サーの硬球も頭部でクリーンヒットして炸裂する。元帥は突入して、倒れた闘士の盾になった。乱入に気づいた柳は美由美の姿を認めると、すぐに己を取り返した。
「六丈撃、用意!」
声に合わせ、まだ立っていた四人の闘士がはっとして反射的に陣を組み棒をふりかざす。
「神槌!」
五つの六角棒が気合いと共に振り下ろされ、総ての先端が床の一点を叩いた。その瞬間、そこから膨大なエナジーの放流が飛び出し、一体の巨人を叩きつぶした。続けてもう一体にその技をかけようと向きを変えたとき、シュンの投げた札が残りの巨人を四散させた。
「どうしたんだ、一体!」
シュンは柳に駆け寄りながら叫んだ。
「あれしきの奴等に、何を気負けしてるんだ!」
他校とはいえ二年生の元帥にそう怒鳴られ、三年の柳は悔しげに唇を噛んだ。特に美由美の刺すような視線が痛かった。
「貴様等は知らんだろうが、今のは・・・
今のゴーレムは我が教団の技だ。気念坊という、自分等霊性会の得意技だ!」
「霊性会の?」
「そうだ。祈祷士が己の気を吐いて作った念に、聖水と血を合わせて作った疑似生物だ。生まれた時に与えた指示のとおりにいつまでも行動する。魔界に送り込んで先払いにするための技だ。
それを倒した以上、生んだ祈祷士も無事ではすまない・・・」
シュンたちは愕然とした。それでか。あれを倒したら術者の精神がダメージを受ける。それで反撃できなかったのか。
「し、知らなかった・・・。そ、それじゃ・・・」
とどめをさしたシュンが蒼白になる。柳は頭を振った。
「大丈夫だ。別に死にはしない。ただ、あれが来た以上、ここの敵は・・・」
その時、扉が開かれた。こっちの講堂のドアは破壊されていなかったのだ。
その外の光景に全員が唖然とした。外は明るかった。陽光がさんさんと照っていた。そして、その光を浴びて講堂の前に陣を構えているのは・・・。
「小田! 村上! お前たち・・・」
シュンの後方から声がした。桂揮下の本隊が魔法陣から突入してきたのだ。
こうして第一高校と第二高校の霊性会同士の激戦が始まった。
棒と棒がぶつかり合い、気合いと気合いが飛び交う。祈祷士の叫びが力を引き出し、そして別の祈祷士がそれをうち消す。同じ系列同士の戦いは共に決定打に欠けていた。数の上では第二高校側が圧倒的に有利だ。予備隊を含め霊性会全員が揃っているのだから。それに男子のみの霊性会は男子校である二高の方が元々2パーティ分多かったのである。しかし、彼等の動きには統率力が欠けていた。指揮官の指示が伝わるまで瞬時の間があるのだ。
操られている。誰もがそれに気づいた。しかし、それで手加減できる状態ではない。角棒は正確に急所を狙ってくるし、祈祷士の術は殺人を目的に放たれているのだ。
サーは金属バットでうなり来る棒を弾き返し、射手を守る。その背後でシュンが霊性会の祈祷士の一群に塩玉を叩き込んでいた。幽体でない以上清めの効果はないが、目つぶしには十分な威力がある。一方の美由美はMGを降ろし、左腰に吊っていた愛用のハンドガンに切り替えて射撃していた。ルガーP08・8インチ。第二次大戦初期、ドイツ軍将校が愛用していた銃の形を真似たものだ。特に長銃身の8インチタイプは対空狙撃用にも使われた、通称ランゲラウフ(長距離用)と呼ばれるもの。円形のスネイルマガジンには0.46グラムの金属弾が入っている。美由美はこの重量のある弾を一発一発確実に撃ち込んでいた。ガラス等の実体を遠距離から狙撃するために用意していたこの弾は大容量のスネイルマガジン一つ分、つまり50発しかない。それでもMG42用の圧搾空気のジョイントを付けて高気圧で打ち出される重BB弾は、クリーンヒットさえすれば一発でも威力抜群だ。数で劣る彼等が最初の攻勢を凌いだのは、突撃してくる二高生の手から角棒を打ち落とし続けた美由美の狙撃のおかげだった。
元帥は戦闘開始時から後方に立って状況把握に集中していた。棒使いが相手では柔道では間合いに入りづらい。ましてや1対1ならともかく乱戦では不利だ。それを悟った元帥はすでに大将として先鋒、次鋒の試合を見るようにじっと講堂の戸口から戦闘に見入っていた。
覚悟を決めた柳たちは同胞を討ち取る気で棒を振りかざす。数では倍近いが、統制の取れていない二高の生徒たちは今や防御中心だ。しかし、数が多いだけあってその陣は厚い。彼等はおそらく疲労を感じることはないだろう。長期戦ではこちらが明らかに不利だ。桂は二高霊性会総帥、小田の指示によって繰り出される殺人術を先読みし、うち消すのに必死だった。
誰も全体の指揮まで気が回っていない。しかし、戦いは統率力で勝負が決まる。元帥は考えていた。祈祷士たちは桂の指揮に任せて置いていいだろう。数対速度の差はあるがほぼ互角の戦いだ。問題は闘士たちだ。指揮官たる柳は最前線で闘っている。あれでは自分の隊しか見えていない。元帥は指揮官になるべく、腕組みし、しっかと立ってその目で戦況を睨み付けていた。柳の叫ぶような指示で、各隊、各班の名称を知り、それを小さな脳に叩き込んだ。全体が見えてきた。敵は右翼が堅い。柳が自分で当たっているのはそれを見抜いたからであろう。しかし、その後ろには祈祷士しかいない。予備隊は既に左翼に入っている。あの祈祷士を黙らせれば右翼と中央を分離できる。元帥はその方法を考えた。ここは広い。回り込む別隊があればいいが、こちらは数で負けている。しかしただ突っ込んだのでは右翼と中央に挟撃される。右翼を一瞬でもいい、その動きを抑え、中央との間隙を縫って本陣の小田とやらゆう大将を倒せばよい。祈祷士はそれで沈黙するだろう。何か策はないか? 元帥の目が戦場全体に素早く視線を送る。ふとサーが腰に下げている物が見えた。あれだ!
「尾道! 定点防御! そこから動かず死守! 柳! 敵右翼に突入! 損害を省みず、突破しろ! 大木、間隙を埋めろ!」
元帥の太い堂々とした声が戦場の騒音をものともせずに響く。他校の生徒に、後輩に呼び捨てにされた柳は一瞬躊躇したが、腕組みするその指示者の姿は自信に満ちていた。まさしく「元帥」の貫禄だ。
「尾道、大木、指示に従え! 行くぞ!」
柳の声に弾けるように飛び出す一隊。大木隊が左にずれて盾になる。敵右翼は第一陣が防御を組み、その後ろから第二陣が棒を突き出そうと身構えた。柳の隊はしゃにむに突入する。一人が眉間に直撃を受けて昏倒しかけるが咄嗟にその棒を掴み、そのまま横にどいて棒を使って第一陣の動きを封じた。そこに二人が突入、一陣を突破する。一番の手練れである柳自身がすかさず乱入、二人の部下を左右に従えて強行突破を掛けた。
「サー、右翼後方、ぶっとばせ!」
不意に名を呼ばれたサーは一瞬とまどったが、すぐに相棒の意図を察し、腰に手を回した。ぶちっという感覚で安全ピンごと留め具を引っこ抜き、投擲のポーズに入る。狙いを定め、タイミングを計って投げられたそれは放物線を描き、思惑通り見事に祈祷士隊の真上で炸裂した。この量産型塩玉グレネードは原型たる試作品ほど物理的威力はない。しかし、そこから吹き出す塩の煙幕は瞬時に視界を遮り、後方は混乱の渦に陥った。
「大木、敵将を討ち取れ!」
さらなる元帥の指示にびっくりする大木。だが、はっとして見る彼の目の前に唐突に道があった。柳たちを挟もうと動いていた敵右翼と動いていない中央の間に。横に伸びていた大木班はそのまま一直線にその間隙を縫って駆けだした。小田は煙幕に捕らわれ、状況は見えなかったが、咄嗟に危機を感じ取り、祈祷士に指令を出そうとした。しかし、そこへ桂自身が放った気が飛び、それを気合いでうち負かした事で一瞬隙が生まれる。次の瞬間、二高霊性会総帥、小田の胸元目がけて棒が伸びてきたのが見えた。そして小田の視界は光を失った。
既にいない小田からの指示を待つ祈祷士隊は沈黙した。こちらの戦列も乱れてしまったが、二高生は挟撃に出ない。敵の闘士たちは指示がない以上その場で戦うのみだった。すかさず桂の指示で一高祈祷士隊の術が飛ぶ。それを妨害する祈祷士を失っている敵闘士隊にはその睡魔の術に抗するすべがなかった。戦いは終わった。
二校生徒の自由を奪う為の術法がなされ、ついで敵味方を問わず負傷者に治療を開始した時だ。見張りの驚愕した声がした。
「あ、あれを!」
指さす前方、中央舎の屋上に生徒たちが集まってきていた。その数は百人を下らないだろう。どんどん増えているようだ。そして、驚愕する彼等が見守る中、何人かが柵を乗り越えて、狭いコンクリの塀の上に立った。
「まさか、そんな!」
「総員駆け足!」
桂の指示が飛び、全員が弾けるように走り出した。間に合ってくれ! その願いを唱えながら。
圧縮空気を注入していた美由美とサーも、そして最後のマガジンをはめていたシュンもすぐにその後を追おうとした。しかし、元帥がいない。それに気づいて立ち止まると、元帥は先ほどの腕組みした姿勢のまま、その鋭い眼光を周囲に振っていた。
「どうした!」
答えない。
仕方なく元帥の側に集まる超常研メンバー。
「どうしたんだ元帥?」
「何故だ?」
「は?」
元帥は先ほどからの指揮官の視点で全体を見続けていた。敵の指揮官の思考を読んでいたのだ。彼の小さな脳がフル回転していた。
「霊性会メンバーをぶつけて動揺を誘う。それは良い作戦だ。しかし、あれだけの生徒を同時に操れるのなら、なぜ波状攻撃で来ない? 霊性会を各隊に分け、一般生徒を盾にして波状攻撃。これがより良い作戦だ。さらに場所はこんな一面でぶつかる所ではなく、伏兵により周囲を抑え、四面総てを包囲の上波状攻撃。これが最良の作戦。
何故だ? まるで誘っているみたいだ」
「罠?」
「いや、むしろ陽動か攪乱だろう。しかし、何から? 何を隠そうとしてるんだ、敵将は?」
シュンもサーも元帥の思考の道筋を読んで熟考しだした。美由美はとりあえず考えるのは任せて、圧縮空気の補充を続けている。
不意にシュンが顔を上げた。
「ここか?」
振り向く一同。シュンの前には講堂がある。
「ここから引き離そうというのか?」
「そういえば、ここの二階はまだ見ていない。さっきのは柳さんたちが見に行ったが」
「図書館と用務員室も未確認のままだぞ」
「いや、多分ここだ。他の建物だったら、敵は入り口で攻撃して、僕らを出さないようにしたはずだから。敵はこの会館から我々を引き離したかったんだ。それでまず戦闘で外におびき出し、ついで生徒たちでその注意を惹いた・・・」
「よっしゃ、そうと決まれば、行くよ!」
考える時間は終わったとふんだ美由美が再びMGを構え、講堂に向けて歩み寄る。元帥は振り返ってその中に入った。
二階への階段の戸口で。すぐにこの選択が正しかった事が分かった。先ほど同様の結界がここにも張ってあったのだ。さっきの講堂ではここはフリーだったのに。シュンが携帯で桂に報告する。疾駆中なのだろう、息を切らしながら通話する桂はすぐに一隊に逆戻りするように指示した。
「生徒はこちらで守る。お前たちはそっちを頼む!」
「了解!」
通話を終え、シュンは仲間たちに会話を伝えた。数分後、尾道たち三人の闘士と二人の祈祷士が荒い息を弾ませながら到着した。
「吹っ飛ばせ!」
ごうんという轟音と共に殿下の札が炸裂する。これで残りは一枚きりだ。続いてプラズマ体の消去にかかる。ここの結界は異様に厚く、プラズマの濃度も段違いに濃かった。シュンの電動ガンでは焼け石に水だ。階段を上りながらのその作業にはMG42の最後の弾倉までをも空にしてしまったが、それ以外にもう方法がなかった。二階に上がると再び鏡のようなものがあった。祈祷士が念を打ち込み、それを破壊してプラズマの結界は消えた。
そこにはまた魔法陣があった。今度のは見るからに異様な気配を発していた。
携帯でそれを伝えると桂の悲痛な声がシュンに届く。
「生徒の数が多すぎる。こっちは手一杯だ。収拾がつき次第応援を出すが、今は無理だ!」
シュンは通話を終えると、全員を見回した。サー、元帥、美由美。そして尾道等闘士三人。祈祷士二人。計九人が切り込み隊だ。
武器を確認する九人。サーがバットと札付きの硬球一つ。MGを撃ち尽くした美由美は残弾18発のP08のみ。闘士は各々角棒だけが頼りだ。祈祷士は簡単な攻撃魔法と補助魔法しか持たない。シュンはMP5が最後の一マガジン。他に腰のハンドガンはまだ使ってないが、ノーマルのままでパワーアップはしていないのであまり効果を期待できない。そして切り札たる殿下の札一枚。
治癒アイテムは先ほどの二高戦でほとんど使い果たしたため、最後に取って置いた霊水がたった一本、サーの腰に下がっているだけだ。この先で待つであろう敵を考えれば攻防共にあまりに頼りなかった。
「はっ、最後はより強い意志を持ってる方が勝つのさ」と、美由美が暗い面もちのシュンに言った。
「そうだ。勝利をより強く渇望する者が勝つ」
元々なんの装備も持たず、己の肉体だけで闘ってきた元帥がそう言った。
「お仲間を救出するまで、この身に代えても必ずお守りします」
尾道、神田、鷲延の闘士三人が口を揃えて臨時の隊長であるシュンに決意を告げる。先ほどの二高戦で超常研と霊性会の溝は埋まっていた。そんなものを残していては勝てなかったのだ。尾道たちにとって、シュンたちは仮想敵から客人に、そして今や同盟軍になっていたのである。すぐ後に河埜樹、吉原の二人がそれに付加する。
「我々は戦闘には活躍できません。しかし障壁結界と治癒術は共に有段です。全力で支援します」
皆の目がシュンを見つめていた。
「姫が待ってるよ、シュン」
サーがそう言った時、シュンはしっかりと頷いた。
「よし、行こう!」
全員が同時に突入した。
第九章:消去
今度はぼんやりとした暗闇の中だった。九人は咄嗟に円陣を組んだ。祈祷士がなにやらつぶやくと、闘士たちが構える六角棒の先端がぼうっと光り、あたりを照らし出した。美由美もマグライトを点灯する。シュンも電動ガンの先端に仕込んである小さなマグライトを点けた。全員で周囲を確認する。場所は先ほどと同じ講堂二階らしい。しかし、窓がない。机も椅子もない。階段の位置だけがそのままだ。シュンは携帯をかけたが、予想通り応答はない。それどころかアンテナ表示も全く立っていない。「圏外、か」そうつぶやいてしまった。
彼のMP5kはノクトプラズマビジョンとマグライトが同軸に付いている。そのため、両方を同時に使うことはできない。一方美由美のは銃身に固定されているのはプラズマビジョンだけだ。そこでシュンがあたりを照らし、美由美がプラズマを探す形で前進した。彼等の前には一人の闘士が盾になるべく身をかがめながら階段を降りて行く。彼が階下の戸を開けるとそこも先ほどとは一転していた。扉も窓もないのだ。しかし、魔法陣だけはそこにあった。それは闇の中でぼーっと緑の光りに包まれていた。
周囲を探索し終えた彼等は魔法陣以外に道がないことを知った。九人は視線を交わし、そこに入っていった。
出た場所。そこはまた薄暗がりの空間だった。しかし、そこは全く未知の場所だった。霊性会のメンバーもこんな場所は知らなかった。床は一面一枚板でできているように継ぎ目一つない。周囲は遠くの一カ所に緑の淡い光りがあるだけで、マグライトの灯りも壁を見つけられなかった。天井すらそうだ。プラズマはない。しかし、河埜樹たち祈祷士は強烈なプレッシャーを感じていた。その緑の光りに。
「強い念が固まっています。ものすごい力です。自分たちだけではとても・・・」
そう言うが、すぐに増援を望める状況で無いことは彼等にも分かっていた。そして増援を待っている時間がないことも。それどころではないのだ、すぐに敵の首領を倒さねば、今も生徒が屋上から飛び降りようとしているのだから。
「行くぞ!」
元帥が先頭に立ち、九人は前進した。遠くに見えていた光は、すぐに彼等の目の前に来た。どうやら距離はここでは意味がないらしい。しかし幻影でないことは祈祷士たちが確認していた。ならば、ここは魔王のいるゲート内の様なものだろう。超常研のメンバーは震えをこらえ、さらにその光りに近づいた。
「まさか、ここまで来るとはね。下民にしてはよくやる。賞賛に値するな」
不意に女の声がした。美由美がぎょっとする。光りの中には立っている小柄な影と、足元に転がる影があった。立っているのは。
「姫・・・」
美由美はそうつぶやいて唇を噛んだ。
「お前は誰だ!」
サーがバットを構えながら姫の姿をしたモノに叫ぶ。
「お前等下民に名乗る名などない」
姫の声はそう答えた。
「ひめーっ!」
美由美が不意に叫び、突っ込んだ。しかし、真由美の姿をしたモノが手を振ると、一瞬でその行動が抑えられる。強い腕に全身を捕まれたように。苦しみ悲鳴を挙げる美由美の周囲にシュンの塩玉が飛ぶ。かろうじてそこから解放された美由美はへたり込みながらも姫を呼んだ。
「ひ・・・、ひめぇ!」
「残念だったね。もう少し早ければ最期の瞬間をお見せできたのにねぇ。なかなかに手強かったよ、この小娘。もっと簡単に消去できると思ったのに。最後の最後まで抵抗し続けてくれたよ。お陰で計画が随分遅れてしまったが」
サーが美由美を助け起こすが、どうやら内蔵までやられたようだ。血を吐く美由美の顔色からみるみる血の気が失せて行く。サーは躊躇せず、一個だけ残っていた霊水を彼女に飲ませた。咽せ返りながらもその貴重な水を飲み干す美由美。
「お前の目的は何だ? 何がしたい?」
霊水が効き出すまでの時間をかせぐためにシュンはゆっくりと質問した。
「おや、ここまで来て分かってないのかい? ははは。これだから下民共は笑わしてくれるよ。
ここはゲートだよ。僕はこれから魔界に行って力を得るのさ。本来、僕の様な者が持っていて当然の統治の力をね」
「ゲート? 貴様、自ら人を止めようと言うのか!」
「そんなものはもう捨てているよ。僕の肉体はもうとっくに消滅してるさ。何十年も前にね。この前まで僕が使っていた体はここに転がっている。まぁ、なかなか僕に尽くしてはくれたがね、この娘のキャパシティに比べれば僕には狭すぎたよ」
そう言って真由美の左足が足元に転がった男子生徒の頭を踏んだ。
「この娘に気づかれた時はびっくりしたけどね。僕の結界の構造を一目で見抜いたんだから。こういう体こそ、僕に相応しい。ま、もう少し成長していてくれた方が良かったけど。どうも視点が低くてね、ははは。
ま、遅れた計画もこの体のお陰で一気に取り戻せそうだから文句は言えないかな」
「貴様、姫の魂をどうした!」
「言っただろう、さっき。消去したって。もう潜在意識にも何も残ってないよ。残念だったねぇ。本当にもう少し早ければ断末魔をお聞かせできたのに。ははははは」
シュンは怒りが沸点に達するのを感じながらも周囲に注意を払っていた。美由美はもうすぐ回復する。サーは最後に残った硬球をそっと握っている。元帥は全筋肉に集中し、飛びかかる瞬間を待っている。姫を知らない闘士たちは身構えながら突入の指示を待っている。彼等の士気の高さは変化がない。しかし祈祷士はあまりに圧倒的な存在に身動きすらできない状態だ。何とかチャンスを生まないと。
「それで、お前がその力とやらを手にしたとしよう。それで何をするんだ?」
「まずは復讐だ。僕の力を妬んだ挙げ句、30年前僕を追放した教団にね。ま、そんなのは小さな事だけどねぇ。それをやっておかないと僕は生まれ変われないんだ。奴等を消去したら、今度は世界を消去する。僕が望む世界にするには、この世界は汚れすぎたよ。まぁ時間はかかるかもしれないけど、まずはまっさらにしてから、僕の世界を作るさ」
「神にでも成る気か」
闘士の一人がそう言った。
「かみ? くだらん。そんな手垢のついた存在、僕は否定するよ。僕は世界に成るんだ。僕こそが世界唯一の意志になるのさ」
狂気はすでに信仰のレベルすら超えているらしい。シュンはタイミングを計るべく、一歩前に出た。
「そこは良い所なのかい?」
「当然だろ。総てが平等。総てが均一。それ以上何を望むんだね?」
「そうだな、快楽かな」
答えつつもう一歩進むシュン。
「やっぱり快楽がないとつまらないからね」
「ははは、君は下民のなんたるかを自覚してるようだ。しかし残念だったね。新しい世界にはそういった下俗なものはないよ」
「そうかな。そこ自体が君の快楽なんじゃないのか」
姫は硬直した。かかった。シュンはそのまま前進した。
「下俗ねぇ。でもそここそ下俗そのものなんじゃないのかい? だって、結局君の快楽のためにあるんだろう?」
「黙れっ!」
一喝。シュンの体は先ほどの美由美のように締め上げられた。
「爆!」
その瞬間を待っていたシュンが苦痛に顔を歪めながら叫ぶと、左手に隠していた殿下の札が炸裂した。シュンもその直撃を受けて吹き飛ぶが、プラズマ体を引きちぎられた姫も苦痛の悲鳴を挙げた。
元帥が飛び出す。サーがモーションに入る。闘士が角棒をうならせて迫る。一瞬に総てが起こった。
しかし、姫はすぐに事態を悟るとプラズマの腕を振り上げた。二年生で小柄な神田が弾き飛ばされるが、その直後、残り二人が棒でそれを抑える。角棒に掛けられた祈祷士の術法は灯りになるだけではない。神聖な力を与えていたのだ。我に返った祈祷士たちが光りの術を放ち、姫の前面で炸裂するが、姫は軽く手を振ってそれを弾いた。しかし、そこに元帥が飛び込んだ。面倒くさそうに上空にふわりと上がる姫。と、不意に飛んできたものを避けようと右手を差し出した時、それが爆発した。
「くっ!」
怒りに燃えた目を下に向けると、バットを構えたサーが突っ込んできた。
「お前か!」
闘士を一気にうち倒し、角棒の囲みを振り払ってサーの足元をなぐ。ジャンプしたサーはバットを投げるが、姫はひらりとかわした。着地しようとしたサーの背中をしたたかに打ちのめす、プラズマの腕。サーは血を吐いて倒れた。
「愚かな・・・」
攻撃を全て交わしたと感じ、余裕たっぷりにそう言った時、真下から飛び上がって来た何かにぎょっとする。元帥を踏み台にして美由美が跳んだのだ。反射的に身をかわそうとしたが、そこに祈祷士の吉原が、倒れたシュンが落としたMP5から最後の連射を浴びせた。避け損ねてバランスを崩す。そこに美由美が飛び込んだ。
「ひめーっ!」
左肩にP08の長い銃口が突き刺さる。間髪を入れず、0距離射撃で重さ.46グラムのBB弾が叩き込まれた。
「ぎやぁぁぁ!」
悲鳴と共に大きくぐらりと揺れる姫。しかし美由美は空中でそのしなやかな四肢を振り、バランスを保ちながら銃口を肩から離さない。鈍いが体を引き裂くような衝撃に揺れる姫の体はそのまま落下する。だが、くわっとその目が開かれたかと思うと、今度は美由美が悲鳴を挙げた。
「ぎゃあ!」
姫はするりとまた空中に上がると、プラズマの腕でつかんだ美由美の体を締め上げる。霊水で一時的に復活しただけの彼女の体は耐えきれなかった。簡単に気絶したその体を下にいた元帥に叩きつけるとそのまま二人とも動かなくなった。
「やってくれたね。しかし、これしきの傷。僕は感覚を自由にできるんだよ。ほら、もう何も感じない。でも痛かったねぇ。これは丁重にお代えししないとね」
そう言って右手を前に差し出すと指の先でプラズマ体を練りだした。すさまじい気が集まり、収束したその見えない手が歪みとして目に映る。シュンは薄れて行く意識の中で、懸命に腰のホルスターからソーコムピストルを引き抜こうとしていた。しかし、もう腕も持ち上がらない。だめか。サーも元帥も、そして美由美も動かない。祈祷士は二人とも敵の練り上げる膨大な術のあおりをくらい、動けない。闘士はリーダー格の尾道一人だけが棒を支えにしてかろうじて立っていた。
尾道は絶望の表情でシュンを見た。ふと、その目から感情が消えた。覚悟を決めた冷たい目になる。そして六角棒を握りしめ、両足を踏ん張って身構えた。シュンの耳には尾道の決意が聞こえたような気がした。「この身に代えても必ずお守りします」
やめろ! シュンの叫びは声にならない。尾道はもう一度シュンを見た。短期間ではあったが戦友だった隊長に別れを告げに。その時、その目が見開かれる。感情が戻ったその目がシュンの後ろを見つめた。
「晴雷棒陣用意!」
シュンの背後から力強い声がした。駆け寄る複数の足音も。祈祷士が命令に飛び上がらんばかりに反応し、両手を打ち合わせて祈祷に入る。シュンの位置を通り越し、足音の主たち、四人の闘士が姫に迫る。そのうち三人が両手で棒の端をしっかりと握り、それを頭上に高く掲げたかと思うと左側に付きだした。すぐに尾道もそれに加わり、四本の棒が上空2メートル強の空間で地面に水平に並んだ。祈祷士がその反対端に駆け寄って両手で一つづつ、棒に触れると、そこから一気に静電気のような光りが走る。
「っおりゃー!」
かけ声と共に、棒の一端を握って大上段に振りかざした柳が走る。面を狙う剣士のように。四本の棒に垂直にすりあわされる柳の六角棒。スパークが弾け飛ぶ。そのまま一気に駆け抜ける。
「晴雷神撃ーっ!」
振り下ろされたその棒から数百本のスパークが飛び散り、雷に収束して姫が練り上げていた見えない壁を直撃した。ぐわっと巻き起こる爆発。その途端、周囲の空間そのものが揺れた。
「ばかな! 効いてないのか?」
柳の声。うすれたスパークの向こうに姫がいた。地面に降りてはいるものの、服が少し焦げた程度の損傷しかない。
「いえ、奴が作っていた念が総て溶けました!」
祈祷士が報告する。
「ちっ、本体は無傷か!」
「そう。僕はもう痛みも感じないしね。でも、驚いたねぇ、祈祷と気合いの合成技かい? 僕の頃の教団にはなかったなぁ」
「当然だ。これは自分が生み出した必殺技だ」と構えをしいたまま胸を張る柳。
「必殺技? 必ず相手を倒さなければそうは言わないだろう? こういう風にね!」
姫の両手がゆらりと上がり、その掌に強大な力が集う。
「防御陣形!」
柳はそう叫ぶと自分は飛び出し、倒れ伏したままの美由美と元帥の前に立ちふさがった。伸ばした両手に棒を持ち、全身の気力でその力を受け止めるつもりだ。
「さぁ、見せてあげよう、僕の・・・
なにっ?」
姫は驚愕した。自分の腕が意志に反し、ぐぐっと肘から曲がって行くのを見て。
「お、おのれ小娘っ」
腕が痙攣したかのようにびくびくと震える。伸びかけ、曲がる。また伸びる。力比べの末、結局両手は自分の額に当てられた。そして掌に集められていた膨大な力が、己の頭部に打ち込まれようとしている。
「きゃぁぁぁ!」
その寸前、白い煙の様な何かが姫の頭頂部から舞い上がる。直後に力が放たれた。
全員が唖然として見守る中、姫の短い髪がばっと突風にあおられたようになびいた。それと同時にそこから伸びていた煙の様なものの根本がうち消される。
[ぎゃぁああああ]
声ではなく念波で悲鳴を上げて空中でのたうつモノ。姫の両手が下がり、その顔が見える。そこには傷一つなかった。
[お、お、おのれぇ、謀ったな!]と煙状の念が思念を発した。
姫の顔がすっと上を向き、その目が開く。そして口元に笑みが浮かぶ。
「謀る? 人聞きの悪い事を。あなたの撃とうとしていた負の力を正に転換しておいただけのことです。それに気づきもせずに逃げ出すとは。呪うなら自分の愚かしさを呪うべきですね」
静かな、淡々としたその口調。
[貴様、さっきの小娘ではないな! 一体どうやってここに来た!]
念は煙の様な姿から、徐々に人型に収束していた。
「まだ分からないのですか? あなたは術者としては最低レベルですね。素早い認識力が必要ですのに。
私はここに来たのではありません。あなたがここへ呼び寄せたのです。私は最初からこの子の中にいたのですから」
念はすでに表情も分かるほどに密集していた。その顔には驚愕を浮かべていた。
[ば、か、な。魂は一つだった。間違いない、僕もそこにいたんだからな]
「あなたが取り付く前にこの子は私が封じました。あなたが消去しようと躍起になっていたのは私の中のこの子の記憶です。その上で私自身もあなたの思念に同化したように見せただけです。あなたが懸命に私たちを追い出そうとするものですから、結局意識だけしか保てませんでした。でも、ちゃんと意識だけは守り通しましたよ。
問題はあなたに気づかれずにどうやってもう一度体を支配するか、だったのですが、あなたが愚かにも自分の感覚を切り離してくれましたからね、簡単に取り戻せました」
姫がもう一度シニカルに笑った。その顔に驚愕を越え、怒りを露わにする念。
[よーく分かった。お前にはもう愛想がついた。消してやる。仲間もろとも皆、消してやるーっ!]
叫びと共にあたりの空間そのものが拗くれだした。ずんずんとその空間を吸収する念。再び自信を取り戻して念が姫に言った。
[ここは僕の一部だ。みんな僕のものだ。お前に力があるのは分かる。でも、僕の結界を破れはしない。僕の結界は何物も通さないんだから。僕には防御力がある。攻撃力もね。お前にあるのはぼろぼろの体だけだ。どうやって攻撃する? そしてどうやって防御する? できるものなら、やってみるがいいさ]
「本当に愚かですね」
姫はまた笑った。
「あなたの言う攻撃力がここにいるのに、さっきから私の隣にいるのに気が付かないのですから。いいですか、私の隣に、ですよ。
分からないようですね。そうですか、その程度の認識力では最初から修行し直す事をお勧めしたいですね。でも残念ながらあなたはもう魂ではない。念に過ぎません。もう転生も適わない。だから・・・
消去します」
[やれるものならやってみろー!]
念が一気に力を放った。あおりを受け、柳が吹き飛ばされそうになるが、後方の元帥と美由美を守るため、必死に踏ん張る。倒れた神田たちの側にサーを横たえ、残った闘士たちが身を盾にする。祈祷士二人はシュンを囲んで祈りを捧げ、防御を張る。
爆発的な念の力が姫に迫る。
「至る!」
姫がそう叫んだ直後、それは姫を直撃し、彼女の体は球体に飲み込まれた。と、そこに突然縦一文字に裂け目ができる。ついで横に。切り裂かれた力場が四散した後、姫の前に短刀を持った袴姿の男が立っていた。
「やっと出番かい」と男。
「待たせたな、啓介」
「おめー、一晩見ない内に縮んだなぁ。顔もこんなにかわいくなっちゃって」
「無駄口はいい。消去だ!」
「はっはっは! おし、任せろ相棒!」
啓介が再び刀を構える。右足を前に伸ばし、側身で刀身を下げ、左足に添わせる。右肩の上に無精ひげだらけの顎を乗せ、その不敵な目が念を射抜く。
念は再び出現した敵の姿に驚きながらも、その力量を見抜こうとした。大した力はなさそうだ。しかし、あの力場を切り裂いた短い刀は何だ? アーティファクト(聖遺物)だろうか? 聖なる力が込められているのか?
その時、念はその刀に力が流れ込んでいるのを見た。どんどん力が集まって行く。あの男にどうしてこんな力があるのだ? 恐怖が湧き出る。そしてその源を見つけた。刀の柄になにかが下がっている。とても小さい何かが。そこへあの小娘が力を注いでいるのだ。それが今、はっきりと見えていた。見つけた時には髪の毛ほどだった光りの筋が、束になり、流れになってうねりになり、今やエナジーの放流にまで集まっていた。
[ひぃいい]
念の腕が前に伸び、咄嗟に何物をも通さぬ最強の結界を張った。この空間から消える念。しかし。
「あまい!」
啓介が弾けるように飛び出し、刀が居合い抜きの形で走った。その刀身を10メートル以上伸ばして。ふっとかき消える刃。そして再び出現した時、それは念の左腹から胸の中心にまで深々と刺さっていた。
[な、なぜ・・・。ぼ、僕の結界は・・・、最強・・・]
刀に力を込めながら啓介が言った。
「独学でそこまで学んだか。我慢して勉学に励んでりゃ、いい術者になれたのにな。力なんて異界に求めなくても良かったのに。
だが、残念だったな。時見の技ならウチの方が千年は進んでるぜ。じゃあな・・・
滅!」
啓介の腕から力が放たれ、刀身は一気に真上に伸びた。
念は消滅した。断末魔も苦痛の表情も浮かべる暇もなく。一瞬にしてかき消すように、念はこの世から消え去った。
「ふう。終わったぜ」
啓介は刀を納めた。美咲の懐刀はもうすっかり手に馴染んでいた。ミサキの鈴が付けられたお陰で啓介自身の疲労もない。この力は相棒から出ていたのだから。
「おい、相棒、大丈夫か?」
それには答えず、姫は啓介に悲しそうな眼差しを向けた。
「消去をさせてしまった。嫌な思いをさせた。すまん・・・」
「ばか、自分の心配をしろ。どうやら無事そうだな。刀身で時の結界を貫いた時にはやばいかと思ったんだが。大丈夫だな?」
「私は大丈夫だ。何とかな」
「そいつは良かった。ま、あれは時を無理矢理止めてたからな、バランスを突いてやれば反動で自壊するとは分かってたが、お前がそのショックに耐えられるかがちょっと心配だったんだ。ま、お前もいっぱしの時見の術者になったってことか」
「私は大丈夫・・・。
この抹消の重さは私も背負う。頼む、私にも背負わせてくれ。あ奴の魂の重さを・・・」
「ばか、当たり前だろ。お前俺一人に背負わせるつもりだったのか? 俺達ゃ相棒だろうが」
それを聞いて姫が笑った。
「そ、そうだったな。思い出したくないことだったから、忘れていたよ」
由美はいつものようにちょっと口元を歪めた笑いを浮かべたつもりだった。しかし姫の顔は満面の笑みを浮かべていた。破顔一笑というやつか。啓介はふと思った。相棒が時折見せる、あのかすかな笑い。あれは本当はこういう満面の笑顔だったんだな、と。
突然周囲が一変する。念の込めていた場が消失しだしていたのだ。シュンは薄れて行く意識の中で、頭上に何かあるのに気が付いた。前方の景色も見覚えがある。
ああ、そうか。ここは職員室の真下なんだ。あそこは中庭だ。
そう理解して気を失いかけた時、ヘッドセットが騒音を発した。
「・・・チーム、応答願います! こちらベース! 応答願います!」
うるさいなぁ。そう思いつつも震える手で腰のスイッチを押す。
「ち、中央舎一階。負傷者多数・・・。え、援助・・・こう」
シュンの意識はそこで沈んでいった。
「篠木原!」
姫がそれに気づいて走ろうとした。だが、くらりと周囲が揺れ、気が付くと啓介に抱き上げられていた。
「やめろ、次期様に触るな! 馬鹿がうつる!」
「静かにしてろ。おめー、気力で動いてっから自分じゃ分かんないだろうが、ひどい有様だぜ。肩は裂傷に脱臼、膝も骨折、右手首も多分いかれてる。それに、あばらもいっちまってるかもな」
「・・・」
「大事な妹の体だろ? じっとしてろ。外に美咲の術者がいる。連れてってやるよ」
「仲間が・・・」
「おめーが一番重傷なんだよ。療術士でもないお前に何ができる? それに、見てみろよ」
啓介が美咲を抱えたまま向きを変えた。すでに柳の指揮で闘士たちが負傷者を集めており、そこで吉原たちが治癒の祈りを捧げていた。
「な」
「な、じゃない、とにかく降ろせ! 次期様の体に触るな!」
「いいじゃないか。囚われのお姫様を救出したナイトには、これくらいの役得があるんだぜ」
「ナ・・・イ・・・ト?」
美咲は絶句した。そこに人々が走ってくるのが見えた。霊水を持った殿下が先頭を切っている。
ま、ここは任せるか。美咲の意識もゆっくりと沈んでいった。
終章:エピローグ
待機していた救急車で15分程の所にある鳴綾学園内、開正大学付属病院に重傷者がかつぎ込まれ、教団関係者の車で負傷者も全員輸送された。一番重傷だったのは真由美。彼女には小林と共に派遣された療術者と、新たに美咲家から駆けつけた四人がつききりで術をかけた。その甲斐あって翌朝にはなんとか意識を取り戻した。同様に重傷だったのが屋上から落ちた生徒たちだが、桂指揮の祈祷士たちが起こした風で速度を相殺していたため、骨折のみで済んでいた。
教団の祈祷士たちは元々療術が本来の術で、その多くは医術の心得もあった。重傷者は多かったが彼等の努力で生徒たちはみな死を免れたのだった。ただ一人死亡が確認されたのは首謀者が真由美の前に使っていた生徒だけ。以前、娘さん事件の際、魔法陣を作っていた首謀者である。あの晩、総ての責任を娘さんに押しつけた虚偽の証言をして警備員から遁走した後、行方不明になっていた生徒だった。しかもその死亡推定時期は二年から三年前だった。あの時は既に死者だったことになる。
数時間の昏睡状態だけで回復した由美は直ちに教団関係者並びに鳴綾学園側の事件収束についての会議に参加した。総てを公にするには異常事態が多すぎた。特に首謀者が死者では。結果、そこを伏せ、退学になった彼が逆恨みし、集団幻覚を見せる一過性の麻薬を生成、食堂で混入したこととなった。美咲はその決定には何も発言しなかったが、かつて教団に所属していた首謀者の調査を総て超常研側に通知する旨を書面にさせた。次いでその首謀者の消去を美咲家並びに筧家に正規に依頼した旨も。独断による抹消はいくら重罪人であっても禁であったからだ。
由美を除く美咲家の二人は大学病院の別館にある個室にいた。集中治療室に入れるよりも、美咲の療術者たちの結界内の方が癒しが早いと判断されたためである。六人の療術者は交代で次期様たちのために結界を張り続けていた。真由美は意識だけははっきりしていたが、体は中国医術を応用した針麻酔によって全く動かせない状況だった。
美咲家の歴史は御崎一党という呪術者の集団に遡る。平安から室町にかけた永い時に栄誉の頂点にあったこの一族は神道とも仏教とも異なる思念を持ち、両派閥に属さぬ大陸からの帰依者や国内各地に伝わる術の継承者が集っていた。御崎一党が滅んだ後、分家筋であった美咲の先祖がその術者たちを保護し、力ある者を婿養子に迎えて行った結果、単なる「見る」一族だった美咲家が独自で退魔師も有するようになったのである。現代でも「美咲の技」にはタオなど大陸伝来のものが多数混ざっているのはそのせいだ。今、彼女の体のあちこちには息吹を高める呪の込められた札が張られ、霊水がまかれていた。治療が一段落し、自然治癒力を高める詠唱が低く続く中で、真由美はシーツにくるまれてベッドにいた。
彼女の隣には美由美が横になっている。場の治癒促進に呼応すべき術力を全く持たない彼女はここにいる必要はない。すでに療術士の力で体力以外は回復していたことだし。しかし、真由美が寂しがって引き留めたので、美由美はここで体を休めながら昨夜起きたことを語っていた。真由美は校内に入った以後のことはほとんど覚えていなかった。自分の傷のほとんどが美由美たちの攻撃によるものと知っても、真由美は驚かなかった。操られていたことだけはぼんやりとした記憶で分かっていたから。みんなに迷惑を掛けてしまった。特に肩の重傷を謝る美由美に。真由美は恥ずかしくてシーツを頭から被りたかったが、首から下は全く感覚がなかった。
そこへ柳がやって来た。こんな時間にどこで入手したのか、大きな花束を二つ持って。花束などもらったことのない真由美はびっくりして、次いで安心した。自分(の体)が迷惑を掛けたらしい霊性会の生徒が笑い掛けてくれたから。
「もう気が付いたのか、お姫様。災難だったな。
すまなかった。嫁入り前の大事な体に怪我までさせて・・・」
「あ、だ、大丈夫です。二日もすれば完治しますし、跡も残らないって小林さんが言ってましたから」
それを聞いた柳は小林さんとやらを医者か療術者であろうと判断した。実際にはメイドさんなのだが。
「そうか、それは良かった。実はとても不安だったのだ、もしも傷が残ったらどうお詫びしたらよいものかと」
「あの、こちらこそ、その、私の体が迷惑をお掛けして、ごめんなさい」
「い、いや、その、自分にとっては結果として良い出会いであったと・・・、あ、いや、これを期にそちらと友好関係を築ければよいと自分は考えているのでな」
「あ、いいねそれ」と美由美。
「棒術ってのは剣道並に間合いが取れて、魔性戦に向くわ。今度教えてよ柳先輩」
「お、おお、そうか。あ、貴女の様に運動神経が発達しているなら、すぐに実践段階になれるだろう。よ、よ、よければ、じ、自分が指導に当たってもよい、ぞ」
柳は舞い上がりそうなのを必死で抑えた。まだだ、まだ出会ったばかりではないか。お近づきになるのはこれからだ。彼女こそ、自分と一生歩んでくれる女性になるかもしれないのだから。いや、きっとなる。いや、そうしてみせる!
しかし、今はまだ早い。彼女はまだ回復していないだろう。こんな精神的にもろい時に付け入るような真似はしたくなかった。
「あ、女性の病室に長居してはし、失礼であったな、さ、最後に、その、今後の件について相談もしたいので、その・・・」
柳はばっと右手を美由美に差し出した。その手には名刺があった。
「じ、自分に連絡して欲しい。で、できれば、その貴方の・・・」
美由美は名刺の文字に見入っていた。
開正大学付属鳴綾学園第一高等学校学徒会霊性会第四隊総長
柳 仁
「じん?」
「あ、ひとしだ。やなぎ・ひとしと読む」
「なんかかっこいいなぁ。生真面目そうじゃん。肩書きがすっごく長いのに名前は二文字かぁ。なんかいかにも質実剛健って感じじゃん。でも先輩、リュウジンって読まれない、これ」
かっこいいと言われ、一気に天国に直行しかけるが、根性でこの世に意識を留める柳。
「あ、そ、そういえばそうだったな。小学校の頃、リュージンとか、龍神様とか呼ばれていた。単にジンって呼ぶのもいたな」
もうすっかり忘れていた昔を思い出す柳。そうだ、あの頃はみんなあだ名で呼んでいた。社長、りょーちゃん、刈り上げ・・・。いつの間にか忘れていた。あの頃のことを。
「じゃ、ジン先輩って呼ぼう。よし、決めた」
「あ、いや、その、先輩というのは。他校だし。ジン、でいい」
「そ? んじゃジンさんね。あ、あたしのも教えとくわ。えっと・・・
姫、紙とペン!」
「動けないよぅ」
「あ、そだっけ。どこにあるん?」
「鞄の右のぽっけ」
ごそごそと姫のバッグを漁るとメモとペンが出てきた。それに走り書き、というよりは殴り書きする美由美。
「はい」と言って柳に渡す。彼は夢見る心地でそれを受け取ると、かろうじて「お大事に」とだけつぶやいた後、一礼してドアの外に消えた。そのまま震える足で階段を降りる。踊り場を過ぎたところで思わずガッツポーズをとる柳。看護婦が不審気な目つきで見るのに気づくと、こほんと咳払いをし、何事も無かったように階下のホールへ降りていった。
「よかったぁ」
ベッドに横たわる姫の言葉に振り向く美由美。
「だから言ったじゃん。あんたが操られたのは不可抗力だって。誰もあんたを責めたりゃしないよ。みんな堅物っぽいけどさ、いい奴等だよ、霊性会って。ちゃんと分かってるって」
「ううん、それもあるけどぉ」
「?」
「たれさんたち、お役にたったから」
そう言って真由美は嬉しそうに笑った。そのメモが大事にされ、新たなる縁(えにし)を結ぶのが彼女には見えていた。
ちなみにその、たかいたかいをしている親子のメモは寮室の壁に額縁に入れられて飾られ、ある男の宝物となった。
由美が会議から戻り、病院の別館に来ると、丁度ホールで見舞いに来ていた啓介に出会った。この別館は今回の事件の負傷者のみが収容されており、軽傷で済んだ者が仲間を心配して集まっていたのだ。事の次第を通知すると、啓介は困った顔になった。
「いや、俺はいいよ。今更どの面下げて正規の依頼なんて受けられるんだよ」
「何を言う。筧家に、岩槻の啓介は生きていると見せつける良いチャンスであろう」
「いいって。本家にとっちゃ、俺はもう死んだ人間なんだから」
「それでは困る。私は美咲家最高の術者になるぞ。そして次期様に仕える筆頭知恵者になるのだ。お前が風来坊のままでは釣り合いがとれん」
「うげぇ、それを言われるとつらい・・・」
「点数稼ぎをしておけ。いいな」
その会話を聞いて、包帯だらけのサーに霊性会の尾道がそっと聞いた。
「あの二人、できてるの?」
吹き出しそうになるサー。背骨に響いて顔を曇らせると尾道がそっと支えてくれた。
「いや。美由美に言わせるとね、あの二人は互いに異性だと思ってないんだそうだよ。姫が言うには、だからこそいいコンビなんだそうだ」
尾道も周りの霊性会のメンバーも、そんなもんかね、と首を傾げた。
その間に由美たちの会話は啓介の今後についてに移っていた。
「いやぁ、お前のとこ、居心地いいからな。飯はうまいし、茶菓子もいいし。なにしろ思いっきり体を動かせるじゃねぇか、広くてよ。筧本家の四倍はあるぜ、敷地」
「当たり前だろうが! 上京区の一等地と一緒にするな」
「それに綺麗なねーちゃん多いしさ。屋敷のどこも綺麗なのはそのせいだろうな。うちんとこは駄目だ。女はみんな奥の院に引っ込んでるだろ、華がないんだよな、華が」
冷めた目で啓介を見る由美。
「お前。女目当てか? 言っておくが美咲家は女系だ。どの娘もやらんぞ。叔母上が筧本家に嫁いだのは故合ってのこと、例外中の例外だ。普通なら逆にお前が婿養子だ」
「そこがいいんじゃねぇか。おれんとこは年上の弟たちがちゃんとやるさ。いきなり飛び出て兄でござい、遺産よこせってなわけには、なぁ」
「・・・本気か? 本気でウチに入るつもりか? まさかもう誰かに手を付けているんじゃあるまいな?」
「よせやい、俺がそんなに手が早い男に見えるか?」
「初対面で私のはだけた胸をじっと覗くくらい手が早いとは理解している」
さっきまで会話に満ちていたホールは、いつのまにかしんと静まり返り、この二人の漫才に、みな笑いをこらえながら聞き入っていた。
「お、お前、あ、あれは、そのぅ、男の本能ってのがだ、あー、つまり・・・」
「その男の本能とやらを最後まで発揮したなら、責任はとれよ、啓介」
「やってねーって! 信じろよ」
「発揮し終えた男はみなそう言うらしいな」
こらえきれず、くすくすという笑いがあちこちで響く。しかし、怒りに震える啓介には聞こえていないようだ。
「この野郎、あくまで信じないな」
「野郎ではない、私は女だ」
「うぉーっ、よっしゃ、俺も男だ、よーし、別嬪くどいて、絶対お前んとこに住み着いてやるぜ。えーっと、誰がいいかな。あ、メイドさんなんか綺麗だよな・・・」と言いかけて、その当の本人がこの建物にいるのに気づいて声が小さくなる。
「情けない奴だ」
「う、うーん、そうだ! 俺が次期様の夫君になるってのはどうだ? 姫ちゃん、かわいいしな。まだ育ってないが」
「却下!」
「即座に言うな。かわいい妹を男なんかにやれるかってか? 接吻したんだって? お前等アレか?」
「少し考えれば分かることだ。次期様の子は御主の本筋だ。お前と次期様の子。二人の性格が合体すれば、美咲家はその代で二年と経たずに滅亡する」
きっぱりとそう言い切る由美。それを聞いた啓介の困惑顔に、ついに全員が笑いを漏らした。
「そこまで言うか、お前。よし、じゃ、俺と性格似てるって言ってたよな、美由美ちゃんはどうだ?」
「断固反対!」と、不意に階段付近の霊性会のグループの中から誰かの叫び声がした。
どやどやとそのあたりで人が入り乱れる。やがて騒ぎは収まったが、どうやら誰かす巻きにされたらしい。桂が立ち上がり、乱れた髪を整えながら、「あ、お気になさらず」と言って集団でその誰かを引き立てていった。
「なんか、おかしな連中だな?」
「お前程ではあるまい」
「? お前、何か知っているな、今の騒ぎの原因」
「無論」
「教えろ」
「却下」
「なんでだよ・・・、あ、またあれで逃げる気だろう。女はミステリアスな方がいいって」
「お前も成長したな。良いことだ。で、分かっているなら聞くな」
啓介はいつもながら呆れて沈黙した。口ではこいつには勝てるはずがないのだから。一方、ホールにいた者は大爆笑の渦の中にあった。ソファーでぐーすか寝ていた殿下が何事かと目を覚ますほどの。
超常研も第一高も第二高もなく、みな隣の戦友の肩を叩き、腹を抱えて笑い転げた。こうして事件は幕を閉じたのである。
以後、この地域の学校で起きた怪奇現象には霊性会が出向することになった。超常研と霊性会の合同企画も増え、近藤の提案で棒術同好会が誕生し、毎月護身術講習という名目で、選抜でも有名な鳴綾の選手が棒術の基礎を教えに来るようになった。またガスガンの塩玉に祈祷士が清めた聖水を吸わせて撃ち込む技術が開発され、鳴綾学園側に調整済みのガスガンが納入された。こちらも月に一度、超常研のメンバーが使用講習とメンテに行っている。さらに7月末、桜中で起きる<闇の妃巫女>事件の際には両霊性会と超常研の三会合同救助隊が派遣されることとなる。そして夏には合同強化合宿が鳴綾学園の所有する唯場高原の研修所で開かれることになる。
この一連の発案者が誰であるのかは記すまでもあるまい。
静寂の校舎 Ende