<超かいき★くえすと>くえすたぁず


静寂の校舎・前編

von:秋澤 弘

第一章:至急連絡

 「なんだろ、今、光ったよ」
 一日の部活が終わり、帰り支度をし始めた時、真由美が窓際でつぶやいた。
 「みゆみぃ。管理棟でなんかぴかぴかしてるよぉ」
 丁度ディパックのチャックを閉じた美由美が振り向く。
 「あ? どこでドンパチやってるって?」
 「違うぅ! 光ってるの。ほら、管理棟の3階」
 「かりんとう?」
 窓際に行くと夕暮れの中、確かにちかちかと光が点滅している。
 「生徒会室だな、ありゃ」
 「懐中電灯? にしては明るいな」
 部屋にいた全員がわらわらと窓際に集まっていた。と、美由美が目を丸くする。
 「ガンホー! ガンホー?!
 姫、ペンと紙! 急いで!」
 美由美はその光を見つめながらバックのサイドポケットからマグライトを取り出した。
 「はい!」
 真由美は昨日駅前の信濃屋で買ったばかりのたれぱんだのたれてるメモを1枚はがし、ゲーセンで取ったミッフィーのボールペンと一緒に美由美に差し出した。
 「ちゃう! あんたが書くの! いい、始まるよ!」
 マグライトを二回ゆっくりと点灯させた美由美に怒鳴られ、ちょっとむくれる真由美。
 「えー、だって紙とペンって……」
 「黙って書く!
 <シアラ・ワン>だから、<至急伝令>。えっと<シアラ・シックス・ワン>で<要確認>。
 ハイフン、キロ、オスカー、マイク、デルタ、オスカー、ユニフォーム・・・、スペース、タンゴ、オスカー、スペースぅ・・・マイク、インディア、シアラ、アルファ、キロ、インディア、スペース、アルファ、ノベンバー、エコー・・・、オーバー!」
 そこまで一気に言うと、美由美は真由美を振り向いた。
 「書けた?」
 だが、真由美は額にしわを寄せてメモと格闘していた。
 「なにしてん、あんた?」
 「あーん、みゆみぃ、ハイフンって点だっけ? それともひげの付いた方?」
 「だーっ! ハイフンはこっから内容が始まるってうちらで作った符号! 意味なんてないの! あんた何聞いてたの? じゃ、なんにも書けてないの?!」
 「えっとぉ、しあらわんだからしきゅうでんれいえっとしあ・・・」
 「ばかものーっ!」
 「うわぁぁん、なんでよぉ! ちゃんと速記したのにぃ!」
 「−KONDOU TO MISAKI ANEオーバーだろ」と、副会長の三沢がワイシャツのポケットから出したシャープで自分の生徒手帳のメモ欄にさらさらと書く。
 「!? サー、あんた覚えてたの?」
 「あれくらいの長さなら簡単だ。英語は26字しかないからね。で、<近藤to美咲姉>ってことかな? つまり生徒会長が会長と至急話しがしたいってことじゃないかな?」
 「さっすが英国帰りは違うねぇ、おっけぇ!」
 美由美はマグライトの灯りで大きく輪を書いた。消すとすぐに会長室に飛び込むためにダッシュしようとする。だが、すでに美咲会長は戸口まで来ていた。
 「あ、由美ねぇ、生徒会長が至急連絡欲しいって」
 「聞こえていたわ。ちょっと行って来るわね」
 超常研会長美咲由美はシステム手帳とファイルを抱え、そそくさと会室を出ていった。
 「校内放送を使わないってことは・・・」
 「なんかかなりヤバイことだろ。一般生徒に知られたくない。ま、多分アレだな」
 シャワーを浴びてさっき着替えたばかりの制服姿で元帥が腕組みをする。
 「今すぐ? 今日は帰りたいんだけどな」と美由美のぼやき。
 「なんだ、またゲームか?」
 「ちゃうって。アキと約束してたんだ。シュンとこで会うことになってたんだよ」
 「勝手にウチを集合場所にしないでくれ」とシュンが脇から声をかける。
 「ちがうよーだ、アキの下宿だよー!」
 「言い切るか、お前。また一晩中騒ぐんじゃないだろうな。向かいの木田さんから夜中に電話かかってきたんだぞ、うるさいって」
 「だーいじょーぶ。今夜はアキのアトリエだから。でも、だめかな、今日は。うーん、電話しとこ」
 「おいおい、校内は携帯禁止だぞ」
 「いいんだって、あたしのはピッチだから」
 「またそれを・・・。いつか会長に取り上げられるぞ」とサー。
 「お黙りっ! 今時電話禁止なんてナンセンスなの!」
 窓のすぐ下にしゃがみ込み、外から隠れ、なおかつアンテナが立つように壁にへばりつく美由美を一同が呆れて見ていた。と、その時声があがった。
 「ううっ、どーして誰も教えてくれないの!」
 振り向くと真由美が泣きべそで机に座ったまま、みんなの方を睨んでいる。
 「どっち? ひげのあるの? ないの?」
 一瞬口をあんぐりと開ける一同。美由美もPHSのボタンを押し掛けたまま凍り付く。
 「そ、それはもういいんだが・・・」
 元帥はそういいかけたが、真由美の目がこっちをじろりと見たので口を閉じる。
 「姫、ハイフンっていうのは横棒だよ。君の言っているのはコロンとセミコロンだろ?」と、サーが努めて平静な声を出す。
 「あー、そっかぁ! じゃ、書くね」と、真由美は笑顔になる。
 「あっ、もういいんだよ。会長に生徒会長が何か話があってね、それで呼んだらしい。ほら、生徒会にサバ研の宮本っているだろ、多分、彼が美由美に暗号で通信してきたんだ。で、それを知った会長はさっき生徒会室に行ったから」
 サーがよどみなく状態を説明すると、真由美はまた泣きそうになった。
 「じゃ、じゃあ、もうこの子はいらないの? ゴミなの? 折角使ってあげようと思ったのに。このたれさん親子は役に立たなかったの?」と言いつつ、真由美は、たかいたかいをしているたれぱんだの絵をなでた。
 「だーっ! 役にたたんのは、お・・・」
 キレて叫びだした美由美の口を元帥の分厚い手が押さえる。
 「ぐ、もが、ふぁ、ぐぇ・・・」
 「お前の気持ちはよく分かる。でも、これからアレがあるかもしれん。私情はおさえろ。我慢するんだ」
 元帥が右手で軽々と美由美の体を押さえ込み、左手でその口を塞ぎながら、そっと耳打ちした。諭された美由美は、そう言ったのがサーなら納得したかもしれないが、相手は元帥である。さらにぶちキレそうになるが、周りのみんなの疲れた表情で我に返った。なにしろ、この原因は自分の身内なのだ。いらだちと恥ずかしさのぶつけ場所を失った彼女は、元帥の手を歯で思いっきり噛み、その悲鳴を聞いた事で忘れてやることにした。
 元帥が飛び上がっている間に、シュンが真由美に近づいた。
 「残念だけど、そのメモはいらなくなっちゃったよ。美咲会長がすぐに理解したみたいなんだ。やっぱり会長は洞察力があるからね、1を聞いて10を知る人だよね。だから全部書かなくても分かったみたいだよ、姫」
 「そっか。うーん、折角お役に立てると思ったのにね、たれさんたち。でも由美ねぇさんなら、そうだね。テレビのクイズ見てても、問題の最初を聞いただけで分かっちゃうんだよ、答えが」
 「うん、そういう人だ。だから、仕方ないよ」
 「うん」
 シュンに説得というか言いくるめられ、真由美はメモにぺこりとおじぎをしてから折って立ち上がり、ゴミ箱に向かった。
 「シュン、ご苦労」と小声でサーが言う。
 「すまんねぇ、バカな叔母で」と美由美。それを聞いてシュンはかぶりを振った。
 「バカじゃないよ、姫は。素直すぎるんだ。ムイシュキン公爵が本当にいたら、あんな感じだろうね」
 「ムシュフシュ?」
 「美由美、それは幻獣! ムイシュキンだよ。でも君なら知らなくても仕方ないか。ドストエフスキィなんだけど・・・」
 「なんだよ、それぐらい知ってるよ、サー。作曲家だろ? くるみ割り人形とか」
 サーとシュンはこけた。その奥で、真由美はしゃがみ込んでゴミ箱をのぞき込み、たかいたかいをしているたれぱんだ親子との別れを惜しんでいた。
 このメンツで行くのか? 元帥はすっごく不安になった。気が遠くなるほど。
 不安は具現化した。


第二章:寂寥の校舎

 彼等を乗せたマイクロバスは夕暮れの中を進んでいた。
 座席に座っているのはシュン、元帥、サー、朝臣に生徒会長・近藤の男子五名。そして真由美、美由美、由美の美咲三人組である。運転手の他にもう一人、三十台後半らしきスーツ姿の男が助手席のすぐ後ろにある椅子の向きを変え、生徒たちに向かって乗っていた。
 「じゃなにか、生徒以外はみんなおっぽり出されたってことか?」
 男の説明に元帥が横やりを入れるが、男は気分を害した様子もなく、今まで同様に説明し続けた。
 「そのとうり。教師も一般職員も、司書や校医も、ちょうど配線工事で体育館にいた電気工事屋も全員だ。しかもみなばらばらに敷地外に放り出された。幸い命には別状はなかったが、骨折や裂傷を負った者が多く、病院にかつぎ込まれたよ」
 「そんだけの騒ぎで、どうして誤魔化せるんだ?」
 「うちの学校は環境を重視している。第二高は周囲を森に囲まれているからね、目撃者もいるがみなうちの関係者だ。高校の敷地の外も教団の所有地だから」
 「黒多さん、それは一斉に起きたんですね?」
 近藤の言葉に頷く男。彼は改正大付属鳴綾第一高校の教諭だ。第二高校で起きた事件はその職員ほぼ全員が入院という事態のため、姉妹校の第一高校から職員が派遣されていたのである。
 「目撃者の証言では、垣根と言わず塀といわず、およそ全部の境界線が光ったかと思うと、その中から飛び出してきたらしい。それも一斉にね。打ち所が悪ければ即死という可能性もあったが、周囲は芝生と堀で囲まれているからね。特に一番多くの職員が放り出された中央舎の外は丁度池だったから。飲料の自動販売機の補充に来ていた業者が池沿いの道を走っていてね、すぐに飛び込んで全員救出してくれたのも運がよかった。もしそうでなければ溺死した者もいたかもしれない。全員意識がない状態だったから」
 「それは落ちたショックとかいうことではないんですか?」
 「それはないだろう。全員が意識を失うなんてことが起きるはずがない。多分意識のないまま投げ出されたんだろうと言うのが大学側の判断だよ。なにしろ、何メートルも投げられたのに悲鳴一つなかったんだ。目撃者の方だよ、悲鳴を挙げたのは」と黒多。
 「それが発端で、それ以降内部との接触が不可能なんですよね」
 近藤が考え込みながら問う。
 「そうだ。物理的はもちろん、電話もだめだ。正確には鳴っているが出る者がいないようだ。呼び出し音は聞こえているのでね。もう30時間になる。その間、校舎には人影一つ見えない。各校舎間を移動する者もいない。夜間は通常どおりに常夜灯と非常灯のみがつき、朝、定刻通りに通常照明に切り替わった」
 「生徒724名誰も出てきていない、と」
 近藤は眉間に皺を寄せてうなった。
 美咲は沈黙を守っていた。彼女の視線は真由美を見つめていた。今のところ変化はないようだった。ならば事態の認識が先か。
 「事件が起きたのが昨日の正午丁度ですね。それからの行動をもう一度時間を追って説明してください」
 美咲の言葉に答えて黒多が話し出す。
 「鳴綾学園から職員が駆けつけたのが12時半少し前。救急側との交渉を終えた後、校内は静寂のまま。職員が校門をくぐろうとしても壁にはばまれて入れないので事態はすぐに大学と教団に報告された。多分1時前だと思う。その頃、うちの教頭が第二高に到着して状況を確認しているから。
 大学から来たスタッフが特殊な結界を確認したのが3時半頃。教団の派遣員がそれを解呪しようとしたが全く効果なし。既存のどの術系でもないそうだ。この結界が学生のみを入れ、その他を排除すると推測した教団はうちの、つまり第一高の霊性会24名を呼び出した。しかし彼等も入れなかった。そこで鳴綾学園側のコンピューターで臨時に彼等の登録を第二高にし、制服も交換したら、今度は彼等は校門を通過したが、そこで忽然と消えた。以後、携帯電話も無線も応答なし。
 6時45分、教団から依頼された修行者が学生証を偽造して臨時生徒として登録後、学生服も着込んで入ろうとしたが効果なし。第二校のOBがかつての制服と生徒手帳を持って登録も行なって挑戦したがこれも失敗。どうやら本当に学生でないとだめらしい。そこで術で無理矢理結界を破ろうとしたが効果なし。学園側は教団の指示に従って全生徒の家に緊急連絡を入れ、以後を総て教団に任せるように通知したのが午後8時。生徒は全て教団員の子息だからね。集まってきた親族には第一高校の体育館を開放し、事態を説明したよ。今もほとんどがそこで待機している。
 教団が夜を徹した解呪を行なったがこれまた全く効果なしだ。さらに今朝方可能な限りの装備を持った残りの霊性会員が第二陣として校内に入ったが消えたまま連絡がない。
 なんとか一日はマスコミもおさえたけどね、正直言って、もう限界だよ。第二高の生徒724名に、うちから出向いていった二波4パーティ、総計50名。合わせて774名が行方不明だ」
 「後三名出す計画は?」
 冷めた美咲の声。その言葉に黒多はうなだれた。
 「それも考えたよ。777名。これが目標の数かもしれないとね。しかし、教団の修行者が言うにはその手の結界じゃないそうだ。
 で、24時間後、つまり今日の正午にも変化がなく、打つ手は尽きた。最後の手段としてもともと学生であり、なおかつ術者である君たちに依頼したというわけだ。君たちなら多分名簿の書き換えで侵入できると思うのでね」
 「私以外は術者ではありません。普通の学生です」
 美咲が冷たく言い放つ。
 「そうだな、会長。すまん、失言だ。
 君は知っているだろうが去年の事件以来、僕たちは君等の行動をずっと調査していた。霊性会にとって、教団にとって、いい手本だったからだ。その結果、君たちが術者並の実績を持っていることを知っている。だからついああ言ってしまった」
 「私は術者です。万一の覚悟はあります。しかし、他のメンバーはボランティアです。そこをお忘れなきよう」
 「・・・」
 「コンピューターはつながったままなんですね」と近藤が質問して黒多を救う。
 「あ、ああ。それも試してみたよ生徒会長。なんとか警備システムに侵入して、校内の様子を探ろうとしたんだがね、カメラは無人の校舎内を映しているだけだった。全くのもぬけのからだ。校内のほとんどの地域を確認できるはずなのに。生徒全員をカメラから隠せる場所なんかないんだよ。それでも、だめだ。無人と判断するしかない」
 外の景色は山道になってきた。もうすぐだ。それを知って黒多が少しトーンを落とした声で言った。
 「僕は教団の人間だ。でも教師でもある。他校の生徒とはいえ、君たちを奇怪な結界内に送り出すのは正直言って反対だった。でも、他に手がないんだ。教団の修行者のレベルは日本有数だ。彼等で解呪できない以上、おそらく外からではできないか、できても時間が掛かりすぎる。頼む、生徒たちを見つけてくれ」
 「黒田さん、頭を上げて下さい。僕らはまだ受けると決めたわけではないんです。まずは現場を見せてもらわないと。その後で判断します。ですから、今は状況の確認だけを急ぎましょう」
 生徒会長に促され、黒多は彼等の質問に答えていた。
 バスが峠に差し掛かる。鳴綾第二高校はそのすぐ先だった。


第三章:緊急事態

 「全くの無人にしか見えないね」
 シュンは双眼鏡で丹念に調べていた。校舎はもちろん、校庭にも渡り廊下にも人影はない。冬場ならばともかく、今はまだこの時間でも陽が残っているのに。
 第二高校の正門前にしつられられたテントの群。人ごみが群れるその一つに超常研のメンバーたちがいた。
 「ま、入ってみるしかないじゃん」と、美由美はゴーグルをはめながら言った。その肩にはいつもながらMG42が下がっているが、男子の制服を着た彼女は胸が苦しくてたまらなかった。鳴綾第一高は共学だが、第二高は男子高なのだ。学籍簿が書き換えられ、彼等は既に正規の第二校の生徒である。もちろん全員男子として。
 「最後に確認するよ。本当に行くんだね」
 近藤がみんなに問う。
 「ああ。ここで帰って、後で人死にが出たなんてニュースを見るのはいやだからな。そうだろ?」
 元帥の言葉にサーとシュン、そして美由美がうなずいた。
 「分かった。僕も宮原と美咲と一緒にバックアップする。頑張ってくれ」
 生徒会長の脇で朝臣が資材を会議テーブルの上に揃えている。今回は無線だけでなく有線電話も持ち込む事になっていた。
 テントの奥で由美はだぶだぶの制服に着替えた真由美に話しかけていた。
 「何も見えない? 学校全体?」
 「うん・・・。なんにもないの。由がぜんぜんないの。こんなの初めて・・・。何も無いって言うかぁ、真っ白なの。真っ白な固まり。怖い。ねぇさん、怖いよぉ」
 真由美は大きな目から涙をぽろぽろ流している。この校舎を目撃してからずっとこうだ。
 「真っ白・・・。由がない・・・。
 ゲートでもないのね?」
 「うん。違う・・・。他の界もないの。だからどことも繋がってないの」
 真由美は震えていた。
 「ねぇさん、一緒に来て。来てくれないと、きっと・・・」
 「真由美。私は行けないわ。私が行ってしまったら、誰があなたたちを回収するの? 今回は偵察よ。生徒の無事を確認すればいいの。だから、あなたたちが危険になったら、すぐに私が強制的に回収するわ。それができるのは私だけなの。分かるでしょ、真由美」
 「うん・・・。分かってる。でも、でもね、ねぇさん、あの門に入ったら、ねぇさんでも多分あたしたちを見つけられないよぉ。だって、あそこには由がないの。無いって言うより、消えちゃうの。だからね、だから・・・
 ねぇさんでもあたしが見つけられないよぉ!」
 長身の由美にすがりつく小柄な真由美。二人の身長差は30センチ近い。胸元にあるその短い髪をなでながら、由美の思考はフル回転していた。確かに異常だ。これまでの魔性とは状況が違いすぎる。この依頼は断った方がいいかもしれない。由がないのなら美咲の一族でも無力だから。
 しかし、あの中に774名の生徒がいる。その命を救わねば。学生は学生が守るのだから。だが・・・。この真由美の怖がりよう。これは一体・・・。
 「真由美。術力に集中して」
 そう言って由美は彼女の耳元で、胸に下げているミサキの鈴を服の上から揺らし、一度鳴らした。ころん、と。
 真由美ははっとして由美を見上げる。その音はほんの小さなものだった。しかし、周囲にたたずむ教団の術者にもはっきりと聞こえていた。
 「無理。あたし、術は使えないもの。ねぇさんがいないと・・・」
 「だからあたしも行くわ。心だけね」
 「! 因り代?」
 「そう。だから術力を集中して。あなたには本当は十分な素質がある。でも、由見の力に使ってしまっているから表に出せないだけ。それを私が借りるわ。あなたは未由たる美由美さんとは違う。あなたなら私を受け入れられる」
 真由美は目をつむり、じっと意識を集中する。今、真由美のつむった目には由美が見えている。厳しく、冷たい。でも穏やかで優しい。そして寂しい。由美の総てが見えていた。その顔は笑顔だった。あらゆることを飲み込んでもなお静かな笑顔だった。
 由美は真由美が自分とシンクロするのを感じると、因りの術法をくちずさみ、そのまま身を折って仰いだ真由美の唇に口づけする。触れるか触れないかという状況で、唇が動き、術をつむぐ。それに合わせて真由美の唇も言葉を発するように動く。
 言霊の形で由美の心の一部が真由美にしみ込んでいった。
 「どう。私が分かる?」
 「うん。分かる。ねぇさんがいる。いるよ、あたしと一緒に」
 真由美は笑顔になった。
 「いってらっしゃい。真由美」
 「うん!」

 「こちらアタックチーム。現在正門前。これより侵入します」
 アタックチームのリーダー、篠木原が胸元のマイクに向かって告げた。教師や術者、教団関係者が見守る静寂の中、その声は直接でもテントにいる近藤に届いていた。
 「こちらベース。ふたまるふたまる。出撃せよ!」と通信役の朝臣。
 「こちらアタックチーム。了解!」
 声と共にまず元帥とサーが門に入る。二人の姿は一瞬でかき消えた。ついで美由美と真由美。一歩遅れてシュン。彼は話しながら門に入った。
 「美由美と姫が消えた。僕も入・・・」
 不意に彼の姿も消えた。ぼとりとコードが落ちる。有線の電話線だ。駆けつけた職員が見るとすっぱりと刃物で切られたかのように切断されていた。
 「アタックチーム! アタックチーム! 聞こえますか?」
 朝臣は無線に切り替えて話しかけるが応答はない。朝臣と近藤が同時に美咲を振り向く。
 「会長!」
 「美咲!」
 二人は目を見開く彼女を見てぎょっとした。その左手にはいつもどうりに八方理心輪がある。アタックチーム全員と心でつながっている八卦板だ。しかし、それは今ぴくりとも動いていなかった。
 美咲の口元がかすかに動く。
 「ときが・・・とまって・・・」
 そのまま彼女は気絶して倒れた。すぐに教団員が駆け寄って起こそうとするが、それを近藤が止めた。
 「触らないで! 動かしては駄目です!」
 その叫びに思わず動きを止める男たち。
 「か、かい・・・ちょう・・・」
 呆然とする朝臣。無理もない、美咲は彼等にとって心のよりどころだったのだ。リーダーなのだから。しかし、近藤には違っていた。彼は生徒会長である。美咲はもちろん、突入した全員が彼の仲間だったのだ。そう彼自身もリーダーなのだ。
 「宮原、しっかりしろ! こんな時のためのバックアップだろうが! 何か指示は受けていないのか! 美咲と連絡がつかなくなった時とか、会長、副会長総て不在の時に緊急事態が起きた時とか!」
 近藤に肩を揺さぶられ、朝臣は、はっとして彼を見た。
 「は、はい! えっと・・・」
 彼は鞄から携帯電話を取り出してジョグダイヤルを回した。緊急用として教えられていたナンバーに始めて掛ける。1回、2回、3回・・・。だがコールが続くだけだ。6回、7回。いないのか。そう思った時、声が聞こえた。
 「もひもひ・・・」
 寝ぼけた声。しかし、間違いない。この声だ。
 「先輩! 殿下先輩、助けて下さい!」
 「あー、だぁれ?」
 「ぼ、僕です、書記の宮原です。シュンたちと連絡が途切れて、それで、会長が、会長が倒れて・・・」
 「・・・」
 「先輩!? 先輩ぃっ?」
 「状況を説明しろ。素早く正確にだ!」
 かつて聞き慣れた歯切れのよい命令口調に、宮原の思考は一気に回復した。


第四章:消滅

 「美由美と姫が消えた。僕も入る」
 シュンは門を通った。その途端、一瞬だがヘッドセットが雑音を発した。と同時にあたりがふっと暗くなった。
 「ベース!?」
 振り向くシュン。しかし、そこに門はなかった。高い壁が周囲を遮っていたのだ。
 触ってみる。確かに壁だ。
 その時、背後から悲鳴がした。
 「ときが・・・とまって・・・。いやぁぁぁぁぁぁ!」
 美由美のすぐ脇で。悲鳴を挙げた姫の姿がかき消えた。その悲鳴だけをこだまの様に残して。
 「ひめっ! ひめーっ!」
 美由美が抱きつくが何もない。しかし、まだ悲鳴はかすかに聞こえていた。それは校舎の方から聞こえたような気がした。
 「ひめーーーーっ!」
 MGを投げ捨ててダッシュする美由美。元帥がその肩をつかもうとしたが右手でそれを振り払い、美由美は疾走する。
 「サー!」
 シュンの声に答えてサーがスライディングする。伸ばした腕が美由美の右足首を掴む。どぅと倒れる美由美。しかし、自由な左足でサーの手を思いっきり蹴ると、また立ち上がって走り出そうとする。そこにジャンプして来た元帥が美由美の背中からのしかかり、すぐさま縦四方の形で押さえ込んだ。
 「はなせっ、はなせー!」
 しゃにむに暴れる美由美。そのしなやかな体が元帥の万力のような固め技の下で必死に動く。力一杯エルボーを元帥の顔面に浴びせるが、元帥は微動だにしない。
 「美由美! 美由美!」
 サーが彼女の頭を掴んで叫ぶ。しかし、美由美はその手にかみつこうとした。反射的に手をそらすサー。歯をがっしりとかみ合わす美由美。その時。
 バババッという音と共に美由美の顔前で塩玉が飛び散った。目に入った塩に苦痛の悲鳴を挙げる美由美。
 「みゆみ! 落ち着け!」
 シュンがクルツタイプのMP5電動ガンを腰だめ姿勢で構えたまま叫んだ。
 「姫を捜すならみんなで行こう! 一人で走り出してどうするんだ!? どこに行ったかも分からないんだぞ」
 シュンはそう語り足元のMG42を持ち上げた。12気圧の圧搾空気ボンベに給弾用電動ユニットまでつながったそれは随分重い。シュンはよいしょっと肩にかつぐと近づいてきた。
 「君は校内地図も持ってないだろう。それに、もしも敵に遭遇したらどうするんだ? これまで投げ出して、君がザコにやられちゃったら、誰が姫を助けるんだい美由美。姫を助けるのは君だ。そうだろ? 僕等ももちろん協力する。みんなで行こう」
 シュンは静かな声で語りかけながら三人の元に着いた。しゃがみ込み、MGを降ろす。
 「さ、行こう、みんなで」
 シュンに促され、美由美は頷いた。元帥はそっと囲みを解いた。
 塩をかぶったサーと美由美が立ち上がって頭を払う。
 「すまん」
 「謝るのはあたしだよ、シュン。ゴメン。何も見えなくなっちゃった。ほんとにゴメン」
 元帥は鼻血を袖で拭いていた。ハンカチを出して血だらけになった彼の顔と手をふき取る美由美。
 「ゴメン・・・」
 「大丈夫だ。服はどうせ借り物だしな。これしきは練習でもしょっちゅうだ。気にするな」
 元帥は静かにそう言った。
 「ゴメン」と、美由美はもう一度つぶやいてうなだれた。
 「さ、行こう。校舎の中に入ったらしい。本当は周囲から順に確認したかったんだけど、急いだ方がいい。門は消えてしまったよ。ベースとの連絡も途絶えた。でも、携帯はアンテナ立ってるな」
 試しにかけてみると、隣に立つサーの携帯が鳴った。だが宮原やここにいない者にはつながらない。携帯の電源が切れているか・・・という音声がするだけだ。
 シュンは事態を伝えた。
 「中同士なら繋がるのか? これは珍しいタイプだな。結界が壁なのも妙だ。
 おそらく、今までの魔性の侵攻とは別種の何かだね。僕らの常識は通用しないかもしれない。注意しよう。
 HP戦はサーと元帥。MP戦は僕と美由美で問題ないが、姫がいない以上、預けておいた霊水も予備の塩玉もない。僕らの手持ちだけが頼りだ。急ぐためにも戦闘は回避しなくてはならない。
 美由美とサーが前に立ってくれ。君たちの方が反射神経がいい。もしもザコを発見したらすぐに身を隠すんだ。後列は僕と元帥。前列右は美由美。後列右は元帥。全周どこから来てもHP戦、MP戦共に迎撃できるようにはしておく。だが基本は戦闘回避だ。さらに列毎に手をつないでおいてくれ。姫を見つけるまで、僕らがばらばらになったらどうしようもないから。
 まずは職員室に向かおう。この結界の中心だ。あそこは警備カメラもあるから、ベースサイドで僕らが認識できるかもしれない。そこで何も見つからないなら屋上だ。結界内にいる以上、外から見えなかった何かが見えるかもしれないから」
 シュンは本来バックアップ役だ。今回は美咲がいるのでアタックチームに入ったが、冷静さでは美咲に並ぶとされている。そのシュンの指示に従って彼等は探索を開始した。


 四人は二列になって建物に入った。提供されていた校内地図によれば、校舎はA舎からH舎までの普通校舎と奥の中央舎が一群になっている。今彼等が入った建物は「学舎(まなびや)の門」と呼ばれている、この校舎群の玄関口にあたる。右のウィングにAからDまで、左にEからHまでの校舎が放射状に並び、その入り口総てが馬蹄状に中庭を囲んでいる。その中庭の奥が中央舎と呼ばれる管理棟だ。
 ここの他に東舎群と西舎群、そして北舎群がある。東は主に体育館やプール等の運動関係、西は講堂や図書館、そして北が開成舎と呼ばれる食堂と教団の管理舎になっている。
 「何もないな」
 「ああ。なにもいないしな」
 深夜の校舎での探索に慣れている彼等には、なんとなく気配で分かった。なにもない。誰もいない。全くの無人という感じだ。
 「各校舎を確認したいが、今は時間がない。とりあえず右のウィングの廊下を通って職員室に行こう」
 「中庭の方が近道だけど、身を隠す場所が全くないからね。賛成だよシュン」
 四人は身を屈めて、そっと廊下を進む。各校舎への渡り廊下をつないだようなこの廊下を抜ければ中央舎の入り口だ。
 途中、様子をうかがいながら進むが、中庭も、向かいの廊下も、そして校舎への渡り廊下も無人の静寂。そのまま中央舎に入る。ここは一階がそのまま吹き抜けになっており、職員室は中庭が見下ろせる、ずいぶん高い位置の二階にある。通常なら三階という高さだ。エレベーターもあるが、閉じこめられると困るのでそっと階段を上がる。二カ所に大きくスロープしている階段があった。階段の両脇はバリアフリーの斜面になっており、非常になだらかに登って行く。
 ここでは丸見えになるが仕方がない。四人は足音を忍ばせて上がって行くが、無人の校舎ではささいな音でも響いてしまう。
 二階に上がり、先行したサーが首だけ出して周囲を確認する。
 その手が<来い>を示し、三人はサーと共に二階に立った。
 中央舎は建物自体が馬蹄型になっている。その両端にある職員室への入り口は共に開いていた。さらに、総ての窓が開いている。ここから外の池までは百メートルは優にある。この距離を飛んだのか? 全員がぞっとした。
 元帥とサーが見張りに立ち、シュンと美由美がノクトプラズマビジョンで室内を確認するが、何の影も出なかった。
 「よし、まずは点検しよう。ここが敷地の中心だ。何か儀式の後がないか、どこかに散らばったところがないか、調べるぞ」
 シュンと美由美はそれぞれ銃のスリングを肩に、室内を調べ出す。机の上も椅子も、あたかもついさっきまで教師がいたかのようだ。書きかけの書類の上にボールペンがある。弁当の用意をしていたらしい跡もある。奥の給水室ではお茶っ葉を入れ替えていたようだ。どこにも争った跡も血痕も、謎めいたメモもない。
 「ここは何もないな。この上に行こう」
 シュンの言葉に頷いて、みなまた階段に向かう。
 三階は会議室と資料室だ。会議室は鍵がかかっていたが、預かっていたマスターキーで開いて確認する。ここが中心のはずだが、ここにも何も異常はない。次いで資料室に入った。誰かがここで昨年の生徒調書を調べていたようだ。四冊の調書が机の端におかれ、そのそばに開いたままの調書とメモがある。半分程入ったコーヒーらしい飲み物のカップも。
 「うーん、どうやら成績を調べてたみたいだな」
 メモを見ていたサーがつぶやく。
 「で、その窓から投げ出されたってわけか」
 一同が見ると、窓の一つが空いていた。
 「一ケ所だけ、か。一人しかいなかったみたいだな」
 「隣の部屋も一応見ておこう」
 奥にまた扉があった。マスターキーで開けると、そこはコンピュータールームだった。
 「誰も使ってなかったみだいだな」
 シュンが座り電動ガンを膝の上に載せようとしたが、先月美由美の薦めに従ってPなんとかというタイプに改造したこの銃は以前よりずいぶん大きくなっている。前は持ち運びしやすかったのに、今はちょっと邪魔だ。確かにマグライトやプラズマビジョンが付いて戦闘には便利になったが、こう言うときに面倒くさい。仕方なく机に立てかけてからコンピューターを起動させる。これを使って外と連絡を取ろうというのだ。しかし、コンピューターは完全にスタンドアローンで、本来繋がっているはずの鳴綾学園との回線も閉じたままだ。電話回線も反応しない。
 「電話は生きてるって言ってたよな」
 「そのはずだが・・・。駄目だ、TAもうんともすんとも言わない。電源は総て生きているのに」
 「こっちもだめ。ここしばらくで一番大きな事件の記録は例の<娘さん事件>。それ以降魔性の出現例は記録されてないよ。最初に魔性を呼び出していた生徒はみな退学。首謀者は行方不明。で、一件落着になってる」
 隣のコンソールに入っていた美由美がそう言って立ち上がった。
 「監視カメラの映像ってどこで見れるの?」
 「北舎にある教団の管理舎のはずだ。後で行こう」
 シュンはMP5を肩に掛け、起動したコンピューターをそのままにして屋上にみなを移動させた。
 建物の上は庭園風の屋上だった。
 「沈黙の空中庭園、か」
 サーが周りを見回しながらつぶやいた。周囲は夜の闇。無音。風の音すら聞こえない。彼等はここで敷地内の全周をぐるりと見回した。
 「あれが北舎だ。あの白っぽいのが教団管理舎だね」
 「行ってみる?」
 「うん。監視カメラの他に、あそこにはここのホストがあるはずだから、見に行こう。監視カメラの記録が見れるかもしれないし」
 四人はまた二列になり、今度は反対側の階段を降りた。一階から渡り廊下を進む。ここは夜でも煌々と常夜灯が照っており、周囲からまた丸見えになるのだが、もしも監視者がいるなら、もうとっくに気づかれているはずだ。四人は不意打ちだけを念頭に、気を配りながら歩いた。
 食堂の奥の敷地に立つ教団管理舎は一階が鳴綾学園の管理部、二階が教団の管理部になっていた。一階には宿直室もあるが、殺風景な部屋で何もおかしなものはなかった。
 次いで二階の教団管理部に入る。各校舎や校庭を映すカメラは12面のモニターにそれぞれ無人の光景を示していた。
 「だめだな。映像の録画がされていない」
 「事件が起きたのは日中だからね。多分夜間になってから動き出したんだろう」
 「でもよぅ、街灯とかはちゃんと点灯してるぜ?」
 「オートなんだろう。時計かルクス計に繋がっているんだよ、多分。でもこれには専用のパスワードが必要みたいだ」
 ここでも大した収穫はなかった。
 次ぎに彼等は東舎に向かった。屋外プールにはまだ水が入っていない。その隣に豪勢な室内プールがあるが、ここもしんと静まり返っていた。
 「しかし、こんなピンクのプールでむくつけき男共の集団が泳ぐのか? ちょっと不気味だな」
 窓から中をのぞき込みながら元帥が身震いした。
 少し高台に体育館があった。開かれたままの扉から入る。天井の灯りは一部が付いている。日中ならそれで十分なのだろうが、今は奥や隅など影が支配する領域が多かった。入り口すぐに電気のスイッチがあったのでサーがそれを灯すとぱっと全体が明るくなった。バレーネットが右側に張られている。奥にはマットが並べてあった。手前側ではバスケットボールがつまった籠があり、側にボールが転がっていた。
 「授業中に全員いなくなったってとこかな」
 そう言いながらサーはバスケットボールを拾った。
 「おー、これはすごい。無影ライティングでしかもライトがソフトだ。天井見ても目が痛くないぞ。ここならいい試合ができそうだな」
 元帥はとことこと体育館の中央に向かって歩いていった。サーは拾ったボールをひょいっとリンクに投げる。シュパッという軽い音と共にボールは吸い込まれ、ターン、ターン・・・と跳ねて転がった。
 「?」
 サーは不意に動きを止めた。
 「ありゃ?」
 元帥もだ。
 「どうした、二人とも」と、シュン。
 「何かおかしい」
 サーの言葉にシュンがすかさず集合をかける。元帥もサーもすぐにシュンの脇に戻った。美由美は後方警戒の姿勢で戸に隠れ、外に向けてMGを構えた。
 「何だ、何がおかしいんだ?」
 周囲に注意を払いながら、シュンが尋ねる。
 「なんていうか、その・・・」
 「綺麗すぎるんだよ、ここが」
 首をかしげていた元帥がサーの言葉で大きく頷いた。
 「そうだ。床を見ろよ、ワックス磨いたまんまみたいじゃねぇか。バッシュだろうと体育館履きだろうと、走ったりターンしたりしてんだろ? こんなに綺麗なはずねぇよ。違うか?」
 「バスケットボードもだ。ボールの跡がない。まるで、新築みたいだ」
 「それによぅ、何て言うかここじゃ汗の臭いがしねぇんだよ。いくら空調がしっかりしてるって言っても、こんなに綺麗なはずがねぇ」
 「いつ建てたんだろう、ここ?」
 「去年の立て替えの時のはずだ。少なくとも半年は使用しているはずだけど・・・
 ?!」
 シュンは不意に何かに気づいたように周囲を見回す。目的の物を見つけられなかった彼は建物の外に出た。
 「みんな付いてきてくれ!」
 MP5kを構えたままシュンが体育館の横を回って裏手に向かう。元帥とサーがそれに続き、しんがりには美由美が付いた。
 体育館の脇にも幾つか出入り口がある。通り越して角を曲がると、裏側には小さなドアがあった。マスターキーで開けるとそこは電気室だった。
 「どうしたんだ、一体?」
 「どこだ?」
 「何が?」
 元帥はきょとんとして尋ね返した。
 「どこを工事してたんだ、電気屋は」
 「!?」
 どこにもその形跡は無かった。黒多教諭は確かに言っていた。丁度配線工事で電気屋が体育館にいた、と。
 「まだ始めていなかったとしても工具箱一つない。それにここの鍵は掛かったままだ。おかしいぞ」
 「シュン、とりあえずここを出よう。もしこんな狭い所で幽体に襲われたらことだ」
 四人は体育館裏手に出た。全員が考え込んでた。
 「そう言えば職員室もすっごくきれいだったよな」
 「ゴミは入ってたけど、ゴミ箱自体は新品みたいだったよ・・・」
 「コンピューターもそうだ。キーボードに全然汚れがなかった。単に教団の人がきれい好きなんだと思ってたが」
 「宿直室も灰皿はあったけど、タバコの臭いがしなかったぜ」
 「エラリー・クィーンにあったよな、全くおんなじ部屋を使ったトリック」
 「こんなでかいのをどこに作って隠して置くんだよ?」
 疑問が次々とわき出す。しかし、それに対する回答は全く出なかった。
 四人はうなりながら立ちつくしていた。と、不意に何か決意したように美由美が歩き出した。
 「どうした?」
 「・・・。
 前にね、うちんとこのばーさんに若い頃の話を無理矢理聞かされたことがあったんだ・・・。
 もしかすると・・・。あたしなら・・・」
 そうつぶやきながら体育館の裏側の壁に手を付く。
 「あたしならできるかも。あたしは<未由>だから。術力が全くないから・・・。効かないはず。体を精神で押さえれば。多分」
 そう言って目を閉じると不意に叫んだ。
 「うぉりゃあぁぁ!」
 気合いと共に右足を軸に、左足を振り上げて壁に向かってかかと落としをかける。
 がすっという大きな音。サーたちが止める間もなかった。美由美の足首から鮮血が噴き出した。
 「ばかっ!」
 元帥とサーが飛びついて美由美を支えようとした。しかし、美由美はその脚でまた蹴りつける。ごきっと言う音と共に、呆気なく膝が折れた。
 「何しやがるんだ!」
 元帥が羽交い締めにして壁から引き離そうとする。しかし、美由美は折れた脚を地面に付き、ジャンプしてみせた。
 「やっぱりな。離せよ元帥」
 「お、お前・・・」
 「いいから離せ。
 見てろよ。ほら」
 そう言って美由美は折れた脚ですたすた歩き、幽体のように壁の中に入っていった。
 ぎょっとするサーは、壁に消えたはずの美由美がうっすらと見えているのにさらに驚愕した。
 「分かったか? 幻影だよ。全部幻なんだ。
 うちの戦士たちに伝わる<気力越体>ってのがあってね、一種の自己暗示なんだけど。足が折れようが腕がもげようが、本当ならショック死してるような状態でも、気力で感覚を捨て去って戦い続ける技だよ。それを使って折れた脚でもジャンプできる。今そうしたんだ。足から来る感覚を全部カットしてね。ところがどうだい、ちゃんと立てる。添え木も当ててないのに。おかしいだろう? つまりは足が折れたってのはそう思いこんでるだけってわけさ。それが分かったら、解けたよ、幻影が。
 あたしゃ未由だ。おかげでうちじゃはみだし者だけどね、術力が全くないから幻影も効きづらいのさ」
 そう言って美由美が腰に手を当てて、いつもの得意げなポーズになった。それが徐々にはっきりと見えだしたかと思うと、今度は壁が、いや、周囲の光景そのものが消えて行く。
 そして、彼等は正門のすぐ前に立っているのに気が付いた。
 シュンが振り向くとやはり門はなく、壁のままだ。しかし、間違いない。この場所は侵入した場所だ。
 「おい、しっかりしろ」
 「大丈夫か! 起きろ」
 元帥と美由美の声にはっとして振り返ると<学舎の門>に向かう途中にたくさんの学生が倒れていた。彼等のそばには無線機や棒が転がっている。
 「第一高校の霊性会のメンバーか?」
 シュンもすぐに駆けつけ、彼等を揺さぶった。



 
第五章:一高霊性会

 そこには第一次、第二次の合計50名の調査隊が全員いた。彼等は無人の校舎を探索し続け、小休止した時に眠気に襲われ、そのまま寝込んでいたという。第一次調査隊は裏山の麓で。そして第二次は校庭の脇で。自分たちが入り口で倒れていることに気づくと、彼等は困惑を隠せなかった。
 「自分は一高霊性会第四隊総長、柳だ。第二次探索隊の隊長である。貴様等は何者だ?」
 さすがにリーダー格はすぐに事態を把握し、超常研メンバーに敵意を隠さずに詰め寄った。シュンは渡されていた第一高校教頭、西川からの手紙を黙って差し出す。とりあえず身元は保証されたが、何しろ彼等は昨年のある事件以来、超常研と折り合いが悪い。しかも自分たち生徒を助けるためとはいえ、学校側がこんな奴等に手助けを求めるとは。柳は心底怒りに震えていた。
 シュンがリーダーとして事態を説明すると、柳は震える声で言った。
 「ということは、自分たちはずっとここで幻を見ていたというのか? それで貴様等がそれを見抜いた、と」
 「そうです。我々も随分迷わされましたが」
 「草部。どうだ、分かるか!?」
 柳に問われたのは術者らしい痩身の二年生だ。二人の仲間と共に正門側を調べていた彼はすぐに柳の前に来て跪く。
 「幻影を生み出す場があるのは間違いありません。また足跡から見ますと、自分たちはこの付近をぐるぐると回っていたようです」
 「狸に化かされた者のようにか?」
 「は、はい・・・」
 「で、なぜそれに気づかなかった! 貴様は祈祷士であろうが!」
 「は、結界に入ったと同時に、場にも入りましたので・・・」
 「愚か者!」
 柳は手にした2メートル以上ある錫杖の様な六角棒を地面に叩きつけた。
 「まぁ待て、柳」
 そう言って間に割って入ったのは草部よりもさらに痩せた小男だった。
 「桂・・・」
 「お前の隊だけじゃない。自分の第一隊も同じ目に合った。全く気づかなかったよ。自分も祈祷士の一員として恥ずべきことだと思っている。戻ったら導師に深く陳謝することにしたい。
 だが、今はもっと先にするべき事がある。そうだろ、柳」
 「・・・。そのとうりだな。草部、汚名返上に精進せよ」
 「は、はい!」
 小男は腰を曲げ、ひれ伏す術者の肩をぽんと叩くと、シュンたちの方へ歩み寄ってきた。
 「あー、恥ずかしい所を見せてしまったな。
 自分は一高の霊性会第一隊の総長で三年の桂慶吾という。調査隊の長だ。柳たちが第二次として来たので、自分は第一次の、ということになるな。
 県立昭和高校、超常現象研究会の諸君。諸君等には前からいろいろ言いたいことはあったんだが、ま、今はまずこう言っておこう。
 助かった。ありがとう」
 ぺこりと軽く頭を下げる桂。次いでさらにこう告げた。
 「ここは母校ではないが、自分たちの姉妹校だ。というわけで、ここでの調査はこちらに任せてもらおう。自分たちは50名。しかもここには何度も来ている。それに引き替え諸君等は少人数な上に不案内なはずだ。
 自分たちを幻影から救ってくれたことで、諸君等の任務は終わったと思ってくれ。後はそこで待っていてもらおう」
 「ちょい待ち! そうはいかないよ!」
 美由美が喧嘩腰で一歩前に出た。しかし、振り向いた桂の殺気にも似た気配に彼女の足はぴたりと止まった。
 「手出しは無用。もしも警告を無視するなら、不本意ながら諸君等の自由を奪うことになる。ここにいたまえ。そうすれば拘束まではしない。自分が保証しよう」
 美由美は、いや元帥もサーもこの小男の放つ気配に身動きが取れなかった。できる。元帥は冷や汗が額に流れるのを感じた。
 「そうはいきません」
 その呪縛を解いたのはシュンだった。
 「先ほど説明したとおり、僕たちは五人で来ました。仲間が一人行方不明なのです。皆さんが姉妹校の友人を心配するのと同様、僕らも仲間の行方を心配しています。事件の調査と第二高校生徒の探索には手出ししません。しかし、仲間を捜すことは許可を願います」
 シュンは桂の目をまっすぐに見据えた。
 「それが足手まといだと言ったら? 二時遭難を招く事になるのだからな」
 「大丈夫でしょう。そちらは50名、しかもこの場所に慣れていらっしゃるとか。もし我々に何か起きても、そちらが事件そのものを解決してくれればOKですからね」
 「よく言う。揚げ足を取ったつもりか?」
 「一応お願いしているつもりですが。
 僕もあなた同様、アタックチームのチームリーダーです。超常現象研究会の副会長でもあります。会員の安全をまず確保すべきですから、あなたの言うとおりここにいたいのですがね、本当は」
 「他校の事で怪我するのはバカらしい、か!」
 「おいおい、柳。自分が話しているんだ。ここは任せてくれ」
 そう言って桂は後ろからやって来た柳の前に手を伸ばして止めた。
 「で、篠木原と言ったな。貴様としてはそうしたいところだが、会員の一人が行方不明な以上、そうはいかん、というわけだな」
 シュンは無言で頷いた。美由美たちも揃って頷く。
 「自分たちに任せておけ。必ず解決してやる。貴様等の仲間もな。第二校の全生徒と共に救出してやる。自分が約束しよう、自分の名に誓って」
 「残念ですがその言葉には従えません」
 きっぱりとシュンが言った。
 「彼女は特殊なのです」
 「? 女か、消えたというのは」
 「彼女の名前は美咲真由美。美咲家の次期当主です」
 その言葉を聞いて、腕組みしながら威圧していた柳が愕然とした。ぽかんと口を開けて。霊性会の面々にもどよめきが走る。
 「美咲・・・家!?」
 桂は表情こそ変えなかったが、その声は震えていた。
 「そうだよ、当主、美咲ユミの三女で、次期当主様だ! ちなみにあたしゃユミの次女の娘、つまり当主の孫だよ!」
 美由美が彼等の驚愕をさらに煽る。
 「そ、そんな、ばかな」
 「おいおい、柳。何をうろたえているんだ? 彼等には美咲家が付いているのは分かっていたことだろう?
 篠木原。事情は分かったが、かといって特別扱いするわけにはいかんな」
 すぐに冷静さを取り戻した桂だが、シュンは動ぜず最後の爆弾発言を放った。
 「特別扱いしてもらいます。少なくとも、今回の事件の首謀者は彼女を特別視しているのですから。
 彼女は特殊な力を持っています。<見る>力を。多分それでここに入った瞬間、何かを知ってしまったのです。時が止まっている。そう彼女は言い残しました。何か、時間に関連する何かがあったのでしょう。彼女はそれを見抜いた。そのために連れ去られたのです。彼女だけが。
 僕ら全員を幻影で捕獲したのと違い、彼女だけは拉致されたのです。そこからして第二校の生徒以上に彼女の身に危険が迫っているのは明白です」
 桂も柳も、霊性会の面々全員が沈黙した。しばらくの間。やがて桂が黙している間に、柳が言った。
 「貴様たちの言い分はよく分かった。
 いいか、自分は貴様等が大嫌いだ。今ここで叩きのめしてやりたい気分だ。
 だが、うちの学園のために他校の生徒が犠牲になったとあっては名折れだ。好きにしろ。ただし、絶対に自分たちの邪魔はするな!
 第四隊、第三隊! いいか、こいつらが邪魔をしたら容赦するな、ただちに制圧しろ。祈祷も許可する。しかし、邪魔さえしなければ好きにさせろ。
 いいな桂。自分はこいつ等とは関わりたくない。任務遂行を最優先とする。これ以上は時間の無駄だ」
 熟考していた桂はふぅとため息をつくと、柳の肩をぽんと叩いた。
 「お前の短絡思考がうらやましいよ」
 「なにっ!」
 「だが、ここは幾ら考えても答えが出そうもない。それにお前の言うとおり時間が勿体ない。だからお前の決定に賛同しよう。
 あー、第一隊、そして第二隊の諸君。そういうわけだ。邪魔しない限りは好きにさせていい。
 さぁ、すぐ出発するぞ」
 シュンは生徒手帳に走り書きをすると、振り返って歩き出した桂に向かって声を掛けた。
 「桂さん、これが僕の携帯のナンバーです」
 メモを出されたが桂は動かない。
 「もし彼女を発見したら教えて下さい。女の子ですから、すぐ分かると思います。彼女の安全を確認したら、おっしゃるとおり、ここに戻ってあなた方の事件解決を待ちます」
 「ふ、なるほどな。結界内なら電話も使えるか」
 そう言い、桂はシュンに名刺を差し出した。
 「もしも敵に遭遇したらすぐに呼べ。自分たちが最短距離で駆けつけて倒す」
 「了解です」
 二人はメモと名刺を交換した。


第六章:殿下とメイドさん

 倒れた由美の上に覆い被さるようにして美咲家が派遣した二人の療術者が彼女のすみずみまでもチェックする。そのすぐ脇では詠唱の姿勢に入った年輩の術者が左手にかざした自分の鈴の音を由美の鈴に合わせ、二つ同時にそっと鳴らしていた。
 少し離れた所で椅子の背に腰を降ろし、腕組みしているのは殿下だった。隣に近藤と第一校の教頭、西川、そして鳴綾学院院長代理の小淵沢が教団の術者の一群と共にじっと見守っていた。
 机に向かっている朝臣はずっと無線に問いかけている。近藤の指示で一瞬かもしれない状況の変化に待機しているのだ。
 彼等と療術者の間に、メイド服の女性が立っていた。袖や胸元、そして帯などは明らかに和装だが、ひらひらした肩飾りのエプロンといい、髪飾りといい、どこから見ても24、5才の普通のメイドさんだ。ただし、その顔は超が付くほどの美形だが。
 彼女は今、近藤と西川教頭からの説明を聞き終わり、対策を練っているところだった。
 「柚木恵。由美様の波動は?」
 メイドさんの問いに答え、年輩の術者が術に専念しつつかぶりを振る。年輩といっても結婚と同時に引退することの多い美咲の術者の内ではという意味だ。分美咲家の傍系、古村柚木恵はまだ26だった。分家のさらに傍系。ミサキの音も与えられていないほど下位の家出身。しかし、その結界に関する知識と経験は豊富であり、御主様一族の直属である。知恵者や長老以外で、言い換えれば現役としては最高位にある。
 その柚木恵ですら掴めない。ましてや鈴がここにあるのに、だ。
 「由美様方は現界にはいらっしゃいません」
 メイドさんはそう結論した。
 「門の向こうに行った、ということか、小林さん」
 殿下は目をつむり、腕組みしたままメイドさんに聞いた。彼女とは美咲の屋敷で何度か面識があった。実力のある術者と聞いていたので、お茶を出してもらう度にちょっと恐縮したものだ。
 「不明です。亜界、つまり疑似空間の可能性もありますし、最悪の場合、封印された可能性もあります」
 メイドさんは無表情に答えた。しかし、さすがに悲痛な色の目は隠せなかったが。
 メイドさん、つまり小林由佳とその指揮下にある療術者2名、そして結界専門の術者の計四名が美咲家から派遣されたメンバーだった。当然全員若い女性ばかり。状況を朝臣から聞いた殿下がすぐに美咲家に通報し、派遣させたのである。
 「で、美咲家としては今回の事件、どう解釈しますかな」
 鳴綾学園の小淵沢が口を挟んだ。50代だが、精力的な赤ら顔の男だ。無論教団の幹部である。美咲家とは以前の事件でしこりが残っていた。なにしろ責任をとって常任理事から外されたのだから。
 「これまでの状況からして、おたくの方では何か解釈がありますかな」
 「その言い方からしますと、事件全体が適応範囲のようですね。それには全く意見を持ちません。私共は由美様の容態回復を目的として派遣されましたので」
 すらりとかわす小林。
 「そうでしたな。では彼女の容態を回復する手だては何か?」
 「残念ながら多分無理です。由美様ご自身がそれを望んでいらっしゃいませんので」
 「どういう意味だ? 俺は術者じゃない。すまんが分かりやすく最初から説明してくれないか?
 術者じゃないが、美咲とも、アタックチームのメンツともつき合いは深い。何か手掛かりが出せるかもしれん」
 目を開いた殿下にそう言われ、小林が話し出した。
 「由美様は次期様と言霊をお交わしになったそうですね。すなわち、結界の異常性を悟り、いかなる事態でもお二人の由(よし)、つまり縁(えにし)が切れぬように、由美様が次期様を寄り童になさったのでしょう。その状態で結界を越えました。
 すぐさま倒れたのではなく、数秒あって気絶なさった以上、結界そのものが理由ではなく、さらに別種の結界があったか、あるいは封印の呪縛に襲われたのだと推測できます」
 一部始終を見ていた教団の術者の一人が手を挙げて発言した。
 「結界内に消えた後、数秒、多分五秒程の間、その方の背にはもう一人の姿が見えておりました。間違いなく、あの正門に張られた結界ではお二人の術は解けていません。その後です。不意にもう一人の姿がかき消え、その方が気絶なさったのは」
 小林は仮説の裏付けを聞いて確信を持った。
 「敵対者にとって不利な事に次期様がお気づきになられた。そこで敵対者が封印を掛けたのでしょう。通常の呪術結界ならば、由美様の敵ではありませんから。ましてや寄り代は血縁でもあり、膨大な資質をお持ちの次期様ご本人。このお二人に術をかけることは咄嗟には不可能です。封印以外には考えられません。由美様は次期様の危険を知り、自ら気抜けをなさり、次期様を全力で守ろうとなさったのでしょう。それ以後は分かりません」
 「それは幽体離脱のようなもんか?」
 「そのとうりです、殿下。今でも由美様の御心の一部は肉体に宿っておいでです。しかし、その道が見えないのです」
 周囲にいる教団の術者も無言で頷いた。彼等には通例見えるはずの魂の尾が、今回に限りどこに伸びているのかが見えなかったのだ。
 「異界か?」
 かぶりを振る柚木恵。小林が言葉を足した。
 「それならば私共にも由見の技で見えております。もしもその奥であったとしても、門にあたる場が見えているはずです。それが全くありません。
 最後の可能性がありますが、私には対応しかねます。由美様のお言葉どうりだとしたら。もしそうなら、美咲家だけでは対応できぬ問題でしょう」
 小林はそう言い、殿下の前に跪いた。
 「殿下のお考えは以前由美様からお聞き及んでおります。学生は学生が守るという基本方針を。ですが、ここは私にお任せ下さい。お願い申し上げます、殿下」
 メイドさんに傅かれ、「殿下」と呼ばれた山口はまるで自分が本物の皇太子にでもなったような気になった。仲間が呼ぶときの言霊とは全く違っていたからだ。その言い方に真剣なものを感じ取った殿下はこう答えた。
 「OKだ」
 殿下の呆気ない返事に土下座をしようとしていた小林は拍子抜けした。あくまでその方針を貫く人物と聞いていたから。
 「俺たちが超常研を作ったのは、魔性に対抗する組織を作る為じゃない。魔性狩りなんてのは二の次なんだよ、実際にはな」
 きょとんとするメイドさん。周囲の面々も何事かと首をかしげる。殿下が何を言いたいのかを知っていたのは近藤と宮原だけだったからだ。その中で殿下はそのまま言葉をつなげた。
 「常識じゃ対応できないことがある。この世界に忍び込んで来る奴等に抵抗するには幾つ組織を作ったって、結局は後手後手だ。一番大事なのはな、この世界が好きだって事。それを守る意志をみんなが持つ事だ。魔性に付け入られない強い意志だよ。
 生きてるってすごい。世界って面白い。やなことも多いけど、ま、人生って楽しいじゃねぇか。
 そう心から思える意志だ。俺が伝えたかったのはそれだよ。誰かに頼るんじゃない。魔性が入って来たって取り付く島もない。そんな世界を作るのは自分自身の意識だ。そんな奴等に育って欲しかったんだよ、俺も美咲も美雪もな。復讐のために入った奴等もいたさ。でも結局みんな分かって行くんだ。闘っても何も生み出さない。でも、闘ってでも守りたいって意志は何かを生み出すってな。それを自分自身で見つけなけりゃ価値がねぇんだ。
 小林さん、だから俺は学生で出来ることには手出ししないんだ。俺は道を作った。その道を広げて、俺を踏んづけてどんどん前に奴等が進んで行くには、今度は俺が邪魔だからな。
 超常研は専守防衛だ。守るためだけにある。それも自分自身の意志で守るためだけにな。それを実践で知るには自分で勝ち取るしかない」
 殿下は言葉を切り、立ち上がって後ろの校舎を振り向いた。
 「だが、ここは違う。どう違うのかは分からんが、多分異界からの侵略じゃないって気がする。ここの敵はゲートの向こうにいるんじゃない。逆にこっちにいるんだ。多分な」
 教頭たちが理解できずにきょとんとする中、数名の術者が賛同を示して頷いた。小林もその一人だった。
 「ど、どういう意味です? 中って」
 「教頭先生、簡単に言えばな、この学校の誰かが門を作って、異界から力を呼び出したか、あるいは自分が異界に行こうとしてるんだよ。ここはそれに力を与える場なんだ。生徒は全員そのための贄だ」
 贄。殿下がつらそうにつぶやいたその言葉の意味。教頭も小淵沢もそれを理解して顔面蒼白になった。
 「そ、そんな馬鹿な」
 「学校はそれだけで一つの場なんだ。生徒たちの意識をまとめるのは簡単だ。それを束ねて念にして、異界への門を開こうっていうんだろうよ。馬鹿な奴だ。力じゃなにもできないってのが分かってない」
 小林は立ち上がり、今度は西川と小淵沢に問いかけた。
 「現在、美咲家において最強の術者である由美様、最強の未由である美由美様、そして次期様までも失ったとあれば美咲家への影響は修復不可能な程です。明日を担うお三方なのです。室町以来続いた美咲本家の血筋が絶えることにも成りかねません。
 あなた方が教団の方なら、それがどういう意味なのか、ご存じのはずです。門番を失った<美咲の山>がどうなるかが。事は貴教団だけでは済みません。この現界そのものに大いなる災いが降りかかります」
 メイドさんにそう詰め寄られ、中年二人は唇を噛んだ。彼等も去年の事件で美咲家を調査したことがある。故に知っていた。美咲家の、美咲屋敷の真の目的を。
 「事態収束の手段は当美咲家にもありません。しかし、つてはあります。確かなつてが。当家の介入をご許可ください」
 小淵沢はうなってメイドさんを見た。ついで振り返り、校舎を見る。779名(+精神のみ1名)を飲み込んだ「場」を。彼等が生け贄になるという怖ろしい考えが背筋を凍らせる。
 「教団に相談してみます」
 「その時間はない」と殿下。
 「事態はいつ変化するか分からん。即対応できるようにしておかないと、その瞬間、唯一無二の瞬間をみすみす見逃す事になるかもしれないからな。
 どのみち、教団は渋ったとしても最終的には賛成するに決まっている。超常研に依頼した以上、美咲の家がからんでくるのは分かっていただろうからな。首尾良く行けば金で済む。失敗しても責任を美咲のとこに押しつけられる。その魂胆だろ?」
 「そんなことはない。我々で解決できるのならそうしている。他に方法がないから・・・」
 「別種の魔法形態の美咲のとこを利用する気になったんだろうが。だが美咲家に正規に依頼するにはあんたらのプライドが邪魔した。だから超常研に話を持ちかけたんだろ? 美咲もそれは知っていたはずだ。知っていて、なおお前たちの誘いにのったのは人命優先に考えたからだろうな。
 ま、とにかく教団には事後報告でもよかろう。向こうはハナっからそのつもりだ」
 小淵沢はもう一度校舎を見た。人命優先。そのとおりだ。もしここで全員が死亡したりしたなら、もう教団そのものもおしまいだろうから。彼は決心した。
 「お願いします」
 「一つ、条件というか、お願いがあるのですが・・・」
 教頭が額の汗を拭きながら言った。
 「美咲家側が次期当主さんたちの救出中に、何か、その、今回の事件解決の糸口なりをつかんだのなら、是非我々にもお知らせねがいたい。次期当主さんが知ったらしい、その敵に不利な事、ですか? そういった事が知りたいのです。うちの生徒を含め、七百人以上が中にいるのです。お願いします」
 「それには及びません」
 小林は確信を持った口調で答えた。
 「あのお三方が関与なさっている以上、間違いなく既に事件そのものの核心に迫っておいでのはず。超常研の皆さんを救出することは、そのまま事件を解決することになるでしょう。美咲家としましてはあくまでお三方救出の二次的な要素として、ですが」
 「大した副作用だな、そりゃ」
 殿下がつぶやく中、教頭はメイドさんに最敬礼をして言った。
 「宜しくお願い申し上げます」
 かくして外界は殿下とメイドさんの統率下に入った。しかし、結界の中はどうなっているのか。それは誰にも分からなかった。





つづく


 
 
<超かいき★くえすと>くえすたぁず