第六話:加賀壬さん失意す

von:秋澤 弘

 第一章

 授業中、加賀壬はぼーっとしていた。どうも授業に身が入らない。集中しようとは思うのに。
 今朝は結局徹夜同然だった。寝たのは先輩の車で送ってもらっていた時間だけだ。
 あの後すぐに先輩たちが救出に来てくれた。高校に戻って部室棟のシャワーを浴び、事前に用意されていた新しい制服に着替えた。各自のサイズに合わせた新品をしまっているのだそうだ。着てみると確かにサイズはぴったりだった。袖も裾も直してあった。
 着ていた方はぼろぼろだったので処分されるらしい。服のポケットにしまってあった私物を新しい制服に入れた後、会室の隅に無造作に置かれたみんなの制服を見て、加賀壬は思い出した。採寸の時にも着たが、初めて家で着て見せた時、母は嬉しそうだった。先生に無理だと言われ続けていたこの学校にちゃんと受かった娘を誇りに思ったから。大事にしなさいよ。そう言って母は笑った。
 ごめんなさい、お母さん。もう着れなくなっちゃった。まだ袖を通して一ヶ月も経っていなかったのに。それを買いに行ったのはついこの前なのにずっと昔の様な気がした。加賀壬は呆然と、その血がにじみ、すり切れた制服を見ていた。
 パーティは全滅寸前の状態だが、幸いなことに誰も重傷者はいない。どちらかと言うとMP1という状態で、HPの方は軽傷の集合だ。徹夜で待機していた天使隊の先輩たちが手際よく手当をしてくれたが、特に山崎にはずいぶん時間がかかっていた。一度無理やり薬で治していた部分が再び傷口を開きかけていたからだという。仕方がないのでわざと開き、手当をし直したらしい。
 その山崎もあちこち包帯だらけながら入院程の事ではない。だが、傷はともかく、全員の疲労と精神的な障害はいかんともしがたいものだった。
 みんなが再び会室に集められると、もうすっかり外は朝だった。
 会長がみんなの無事生還に祝いの言葉を述べた。全滅していてもおかしくない状況だったから、確かに全員立って生還したのはめでたいことなのだろう。しかし、敗退したことに変わりはない。戦争に負けて、それでも五体満足で故郷に帰還した兵隊さんはどんな気持ちなんだろう。生きて帰れて嬉しいだけなのかなぁ。そんな事をぼーっとした頭で加賀壬はふと思った。
 「諸君の家には生徒会長が説明に伺いました。加賀壬さんのお宅だけ遠いのでお電話でしたが。
 諸君は昨夜からの強化合宿中に誤って階段から落ちた事になっています。
 傷は大したことはないが、頭部を打った可能性があるために休ませている。校医の先生に診察して貰うので今夜はこちらに泊まる。との旨を伝えてあります。
 先生は先ほど到着なさいました。一人づつ、隣の部室で診察を受けて下さい。なお、異常が無かった場合には授業には通常通り参加して下さい。明日の放課後、今回の事情聴取を行います。
 では初めは山崎君からにします」
 会長に連れられて山崎が出ていった。天使隊のメンバーも応急措置前の状態を説明すべく同行した。残ったのは加賀壬たちとシュン先輩だった。順番が来るまで、カーテンが引かれた薄暗い会室で加賀壬たちは休んでいた。山崎の次は佐伯、小島、北村と診察は続き、加賀壬は最後に呼ばれた。隣の部屋、コミック部の部屋で学校指定医師の紀国田病院の先生に調べて貰ったが、とりあえず過労という事だった。山崎と佐伯は要精密検査ということになり、その後ですぐに先生の車で送られていったらしい。
 HR前に自宅に一旦戻ることになったが、家が近い小島と北村はともかく、加賀壬は今からでは授業に間に合わない。そのため、とりあえず無事を報告するべく、電話することになった。生徒会長と顧問の小島先生がまず親と話してから電話が渡された。

 大丈夫。ただびっくりしただけ。先生も異常ないって言ってくれた。大丈夫だから。

 加賀壬はそれだけ言って電話を切った。その間に小島と北村はOBの車で一旦帰宅したらしい。

 帰宅できない加賀壬は姫に足りないものを聞かれて答えた。教科書、ノート、体育着に外履きのシューズ。そして一番困ったのが昨日用意しておいたグラマーの宿題だったレポートである。結局先輩たちがいろいろとかき集め、レポート以外は総てHR前に用意されていた。授業に出て、ぼーっとしながら受けていると、二時間目の前の休み時間、朝臣先輩が来てレポートを渡してくれた。
 「OBが取りに行ってくれたんだ。君のお母さんに説明したらすぐに持ってきてくれたらしい。机の上にあったそうなんだけど、これでいいんだよね?」
 加賀壬は無言のまま頷いた。
 「ああ、良かった。グラマーはこの次ぎだったよね? 間に合ってほっとしたよ。
 眠いだろうけど、学生は授業が本分だからね。目を開いてるんだよ。じゃね!」
 朝臣先輩は駆け足で帰っていった。OB。先輩。先生たち。本当にみんなでアタックチームを支えているんだ。加賀壬はその当然な事を改めて感じていた。

 また授業が始まった。
 ふう。思わずため息がもれる。とにかく授業に遅れないように、懸命にノートを取る。今は分からなくても、後で読み直せばなんとかなるだろう。そう思って。
 三時間目は体育だった。しかも今日はサッカーだ。うーん、集団競技ではみんなの足を引っ張っちゃうかも。そう思った加賀壬だがさぼるわけにもいかない。仕方なく、新品の体操服と誰かが貸してくれたらしいシューズを履き、なんとかグラウンドに出た。だが、ふらつく足で参加していたら、先生に呼ばれてしまった。真面目にやれって怒られるのかと思って身を縮こませる彼女に、体育の赤城先生はこう言った。
 「熱は?」
 ありません、多分。そう答えるが先生はおでこに手を当てた。
 「微熱だな。体調が悪い日にはちゃんと言え。体育の授業は体を育てる時間だ。無理して体を壊してもばかみたいだし、なにしろチームメイトに迷惑がかかるぞ」
 結局加賀壬は見学になった。
 さぼっちゃった。困ったなぁ。授業後、そう思いながら体操着から着替えていると、三宅さんが顔をのぞき込んできた。
 「?」
 きょとんとする加賀壬。
 「大丈夫? 本当に顔色悪いわよ。それにふらふらしているし。保健室、行く?」
 あ、そうか。三宅さん、保健委員だったけ。ふっと気づくと、着替え中のみんながこっちを見ている。そうか。そんなに表に出てるのか。昨日、正確には今日の朝の戦闘では、HPへの損害はあまりなかった。でもMPが気絶ぎりぎりだったんだな。
 そんな事を思いながらも、加賀壬は脱いだ体操着を胸に抱えて、考え込んだ。どうしよう。休んだ方がいいのかな。うーん・・・
 「保健室行って少し休んできなよ。ノートは取っとくし」
 開田がブラウスだけの姿で近づいて来た。
 「午前中に休んで、午後に備えるのも手だよ、加賀壬さん」
 三宅さんもそう言う。そうか。次の授業で昼休みか。
 「お昼まで様子見る。お昼休みに保健室行ってみるね、三宅さん」
 加賀壬はそう答えた。

 四時間目。先生に指名されてもたもたしていると、委員長の矢野さんが説明してくれた。加賀壬さんは今朝から体調を崩していると。三宅さんも昼休みに保健室に連れて行く事になっていると付け加えてくれた。先生は怖い目で近づくと、さっきまで加賀壬が一生懸命書いていたノートをのぞきこんだ。
 振り仰ぐと、先生の顔は笑っていた。
 「加賀壬。先生の昔話まで書き写さないでいいぞ。これはテストには出ないからな」
 ああそっか。そう言われれば、さっき先生が大学生だった頃のお話をしてたっけ。何も考えることが出来ず、全部書き写していた加賀壬はやっと気が付いた。あれは脱線だったのか、と。
 クラス中が大爆笑した。

 昼休みになった。加賀壬は三宅に連れられて保健室に向かった。三宅が帰った後で、養護の悠木先生が加賀壬の様子を尋ねてきたのでとりあえず過労らしいと説明すると、熱を計られた。
 「確かに微熱があるわね。ずいぶん消耗しているみたい。
 徹夜でもした?」
 加賀壬は先生に説明した。自分は超常研のメンバーだと。本当は病院の先生に今朝見て貰ったと続けようとしたのだが、メンバーだとだけ言うと悠木は納得したようだった。
 「そう。じゃ、自然治癒に任せるのが一番ね。体が必要とする以上に睡眠を取ること。後は、そうねぇ、好きなことがあればそれで遊ぶことかしらね。まぁ、もう少し体力を回復してからだけど。
 今はあんまり考えすぎないようにね。そういう健康状態の時が一番危ないのよ」
 加賀壬は先生が頼んでくれたお粥を食べ、寝た。
 慣れないベッドの上では考えすぎるなと言われても、やっぱり考えてしまう。
 あの中学での事。小島君の事。そして、自分の事。
 どうしてなんだろうな。一生懸命やってるのにな。どうして空回りしちゃうんだろう。なんでああなっちゃたんだろう。何が悪かったんだろうな。
 いつの間にか加賀壬は眠っていた。

 目が覚めると五時間目はもうとっくに始まっていた。医務室に掛かっている時計を見てがばっと身を起こす加賀壬。それに気づいたのか、養護の悠木先生がカーテンを開けた。
 「起きたの?」
 「は、はい! あ、あたし、授業に・・・」
 悠木先生はベッドの脇のスツールに腰を降ろして加賀壬の顔色を見た。目を開かれてちょっと痛かったが、腕を持ち上げられたときはもっと痛かった。
 「外傷では肩の打ち身が一番問題ね。でも、HP体よりもMP体への圧迫の方が心配だわ。授業は休んで、ここで寝ていた方が回復は早いわよ」
 そう言われても、加賀壬は困ってしまう。中学では皆勤だったし。決められた事を自分の都合で変更するのがどうも加賀壬は苦手だった。さぼり。それが怖かったのだ。
 考え込む加賀壬を見て、先生が言った。
 「仕方ないわね。じゃ、出なさい。ただし、今日は寄り道せずに帰るように。家に着いたら、眠くなくてもいいから横になっているのよ。とにかく安静にしてなさい。まずは体力の回復が最優先。いいわね」
 加賀壬はうなづいた。そうだな。今考えても何もいい結果にはならない。だったら、まずは元気になることだな、と。
 加賀壬は制服を着て教室に戻っていった。


第二章

 なんとか放課後までこぎつけた。帰る前に今朝の報告のため会室に顔を出さなきゃ。そう思っていた加賀壬の席へ午後から出てきた山崎が来た。
 「大丈夫か?」
 「う、うん・・・。実はあんまし。
 山崎君は?」
 「なんとか解放された」
 そう答える山崎も顔色がすごく悪い。目の下にくまがあるのが分かる。うーん、私もこんな風に見えるのかなぁ。
 そう思った時、山崎が困った表情になったのが分かった。
 「どうしたの?」
 「うむ。俺もやつれたのかな、と」
 加賀壬は吹き出しそうになった。どうやら二人で同じ事を考えていたらしい。

 会室に顔を出す前に仲間を集めて行くことになった。A組に行ったが北村は早退したらしい。戻ってC組に行くと佐伯がぼーっと席に座っていた。
 「・・・」
 彼は教室に入ってくる二人を見ると暗い表情になった。
 「あの・・・、どうしたの?」
 加賀壬がおそるおそる声を掛ける。まさか、まさか佐伯君まで・・・
 佐伯は加賀壬と山崎をそばの席に座らせると口を開いた。
 「小島が・・・。
 小島が会を辞めるそうだ。昼休みに電話があった。今日も休んだ」
 辞める・・・。
 加賀壬は心のどこかで予期していながらも、その言葉に直面して硬直した。山崎も細っこい目を一杯に見張っている。
 「俺のせいだ。俺が・・・」
 山崎がぽんと肩を叩いた。
 「俺も同じ事をした。多分な。誰のせいでもない」
 そうだ。誰も悪くなかった。加賀壬は佐伯の顔に自分の顔を近づけた。
 「悪くない。佐伯君も小島君も悪くない。ただ・・・
 ただ運が悪かっただけ。うまくかみ合わなかっただけ。だから、自分を責めないで」
 二人にそう言われても佐伯の顔は暗い。
 「いや___。俺が悪いんだ。俺は焦っていた。病院から出て、まだ回復が十分でもないのに戦闘に参加して。
 俺は焦っていたんだ。だから、だからミスったんだ」
 佐伯は机に突っ伏した。
 「俺のせいだ。すまん」
 「何で、何で焦っていたの?」
 加賀壬の問いかけに佐伯の肩がびくっと震える。
 「教えて、佐伯君。どうして焦っていたの?」
 佐伯は黙り込んだままだ。どうしても口に出せなかったのだ。その彼の代わりに山崎が答えた。
 「加賀壬にだ」
 核心を突かれ、身をすくめる佐伯。わけがわからずに口をぽかんと開けたまま山崎を見つめる加賀壬。
 「わた、わたし?」
 「そうだ。お前は強い。
 佐伯は古いタイプだ。女子を守るのは男子の仕事だと考えている。剣の道を進むのは己を鍛えるため。そして人を守るため。その実践が超常研。だが、お前にはかなわない。だから佐伯は焦った。お前に、お前のチームメイトに似合う様になろうと。お前になんとか並ぼうと。
 俺もそうだ」
 いつになく長い台詞を語る山崎。しかし、加賀壬は無口な山崎がこんなに長く話したということに気づきもせず、その内容に唖然としていた。
 「私が原因? じゃ、じゃあ私のせいなの・・・? みんながバラバラになっちゃったのは、私の・・・」
 加賀壬は心臓が止まるかと思うほどの恐怖を感じた。自分のせいなのか? 自分が悪かったのか?
 眼鏡の奥で大きな目を見開き、両手で口元をおさえる。私のせい?
 その気配を察したか、がばっと佐伯が身を起こし、その眼鏡にぶつからんばかりの距離に顔を上げた。
 「違う! 俺が悪いんだ。お前は頑張っている。懸命だ。それは俺達が一番よく知っている!
 俺達の頑張りが足りなかったんだ。つまりは・・・。俺たちがふがいなかったんだ。お前のチームメイトになるにはふがいなさすぎたんだ」
 「そんな・・・。私、みんなで頑張って、みんなで学校を守ろうって思ってたのに。私が・・・余計なことしてたの?」
 黙り込む二人。加賀壬は涙を堪えていた。
 「私のせい? そんな、そんなのって。私、私一生懸命頑張ったのに。それが余計だったの?
 生徒会長も香土岐先生もみんなで私に頑張れって言うから。だから頑張ったのに。私、私いやだったのに。図書委員になりたかったのに。生徒会なんて入りたくなかったのに。
 あたし、あたしね、みんなとミヨシヤのツィトローネン食べたかった。みんなと約束してたのに、結局ツィトローネン、食べられなくって。みんな待っててくれたのに・・・。あたし、帰りに寄り道しておしゃべりして、それでケーキ食べて、図書室で本借りて、それで・・・。それなのに我慢して、それで・・・そ・・・れで・・・」
 もう言葉にならなかった。
 佐伯は悔しい想いを込めた瞳で目前の加賀壬の目を見た。
 「そうじゃない。俺たちが、先輩みたいだったら、お前と頑張れたんだ。お前と仲間になれた。
 でも、俺はだめだ。お前の様にはなれない。俺は……。弱いんだ」
 そう言ってまた机につっぷす佐伯。
 そうか。空回りしてたのは私だったのか。原因は私自身か。
 加賀壬はふらつく足でC組を出ていった。山崎はじっと目をつむったまま、その場を動かなかった。


第三章

 放課後になった。超常研会長、美咲由実は授業が終わるとまっすぐに会室に向かった。今日はいろいろとしなくてはならないことが多いからだ。昨夜の挑戦は失敗した。魔性が力を持ち返す前に叩かねば。折角ペンタグラムは後二個までになったのだから。
 特殊棟を抜け、渡り廊下に出る。美咲は既に結論を出していた。佐伯隊が敗れた現在、実働可能なパーティは二つ。だがその一つは緑苑学院高等部戦で無事だった一年の寄せ集めに過ぎない。残るのは篠木原隊。超常研の切り札だ。だが、彼等がいかに実力があろうとも、二魔性にゲートキーパー、そして魔王を一気に倒すのは難しい。緑苑学院の時とは違い、今度の星ヶ崗中は魔性の作る結界があまりにも濃い。魔王が相当の手練れか、あるいは過去、あの中学によほどの凶事があったに違いない。あそこでは少しでも不安要素があればそれが爆発的に拡大する。その波動をまともに受けながらの連戦はつらすぎる。コンディションが最高の状況でなければならない。
 そうなれば手は一つだ。
 美咲は管理棟を左に見ながら渡り廊下を右に曲がる。その先に部室棟が見えている。
 美由美たちの露払い。それは私の仕事だ。
 美咲はそう結論していたのだ。
 私はバックアップ。なにせ私は「由見(ゆみ)」の力がない。姿を消している魔性が見えないのだ。気配すら悟れない。しかし・・・
 方法はある。美咲家に伝わる秘技、秘術。鬼狩りのわざを今に伝える退魔師の家系、美咲一族。私はその筆頭術者なのだ。
 美咲は部室棟のドアを開けながら胸にあるミサキの鈴に意志を添えた。それに答え、からんと鈴が鳴る。美咲流の退魔師の証である小さな土鈴。これを使って美咲の退魔術で魔性二体を抹殺する。その後、すかさず美由美たちにアタックさせれば良い。それが最も確実な方法だ。これ以上新入生を疲労させるわけにはいかない。美咲は決意も固く、超常研の会室の前に立った。ポケットから鍵を出し、鍵穴に差し込む。と、鍵は回らなかった。すなわち、開いているということだ。
 瞬時眉を潜め、鍵をしまってから部屋に入る。
 「おっす!」
 そう元気に声を掛けてきたのはOBの仲田野美雪だった。

 二人は会長室で向き合って座った。仲田野は在学中、会創設時からのメンバーだ。もっと言えば、この学校に巣くう魔性に対し、最初に闘いを挑んだ人物である。曲がったことが大嫌いで、押しつけられるのも大嫌い。校則など何とも思っていない彼女は入学時から問題児扱いだったが、その実、面倒見がよく、先生に落ちこぼれのレッテルを貼られた者が彼女の下に自然と集まっていった程カリスマ性もある。
 とはいえ本人が意識しているわけではなく、もめ事に巻き込まれた連中を、しゃーねーなー、と言いながら助けているうちにたくさんの取り巻きというか、舎弟ができていた、という所だ。学校からは不良集団のトップと目され、徹底的なマークを受けていたが、本人は全く意に介していなかった。そんなある日、彼女の舎弟の一人が行方不明になった。魔性の犠牲になったのだ。それを救うべく単独で魔性と闘う内に同じ二年の殿下と知り合いコンビを組んで闘った。そして一年の美咲と知り合った。こうして超常研は出来たのだ。
 この三月に卒業した美雪は、今はOLである。その彼女がどうしてここに? 美咲はそれを聞こうと思っていたが質問するまでもなく仲田野の方から切り出した。
 「んー、日曜にガイダンスっての? あってさ。今日は代休。んでそれが殿下にばれちゃってね。使いっ走りさせられたんだよ。
 あいつは今頃ぐーすか寝てるよ。今夜に備えてね」
 「今夜?」と問い返す美咲の表情は瞬時に硬くなる。
 「そ。
 いい、美咲。あたし等は卒業した。だから超常研はあんた等のもん。自由にやっていいんだ。でもね、OBでもさ、仲間だろ。
 あたし等の見立てじゃ、美咲、あんた、あんたん家の術使うつもりだろう? んで結界を揺るがしといて柔道男たちで一気に片を付ける。そうだろ?」
 美咲は黙したままだった。
 「二年間、一緒にやってきたんだ、あんたの考えそうな事くらい分かるさ。あんたは全部自分にしょいこむからね。ま、あんたはあたしにとっての殿下みたいな、相方とか相棒とかがいないからね、近藤じゃ役不足だし。仕方ないけどさ。
 んで殿下と相談してさ、今日は殿下とお嬢指揮で相羽たちとお嬢んとこの取り巻きで、明日はあたしと徹で田内とか香坂とか動かして張り番するよ。権田にも声かけたけど、ほら、あいつは言葉通じないからねぇ、OKOK、とか言ってたけど、分かってるんだかどうかこそ、分かんないからね」
 美雪はケラケラ笑った。しかし、美咲の表情は変わらない。
 「そんな顔しなさんなって美咲。大丈夫だよ、あたし等の目的地はトイレじゃない。音楽室と理科室、そして校庭だ。奴等が勢力を盛り返すとしたら、すでに一度破られてるこの三カ所のほころびを繕うのが当然だろ。あたし等で守り抜くよ。現状維持。それが殿下の希望だ」
 「現状・・・維持、ですか」
 「そ」と、さも当たり前の様に答える美雪。
 「んで頑張りっこンとこ、復活させて、リトライさせる。それがあたしらOBの作戦。
 本当は全部あんたに任せとくつもりだったんだけどさ、頑張りっこンとこが敗れたっていうからね。きっとあんたが短気起こすんじゃないかって。ま、あんたが本気出したら、例の魔法使えば魔王だって簡単に倒せるんだろうけどさ、それじゃ意味がない。あんた一人で勝ったってなんの解決にもならないからね。
 覚えてるだろ、あの夜の事。あんたと初めて握手した夜。あん時のあいつの言葉」
 もちろん忘れるはずもない。その言葉で、美咲は単独行を諦め、殿下の指揮下に入ったのだから。

 美咲が一年の時。学校を守るべく入学はしたが、闇のものの執拗な妨害を受けていた彼女、美咲由美は苦戦を強いられていた。状況悪化を防ぐのがやっとだったのだ。しかし、彼女が攻勢に出ていないにも関わらず、学校の結界は徐々にその正体を現していった。それで美咲も魔性と闘う別の存在に気づいたのである。
 初めて目にした時、その二年生のカップルを見て唖然とした。二人とも術者ではない。只人である。美咲は彼等に警告した。深入りするなと。しかし、彼等はその警告を無視し、予想外にも魔性を倒したのである。完全に完成していたペンタグラムの中で。術者でもてこずる様な状況であったにもかかわらず。
 その後は接触ないまま、美咲と二年生ペアは五魔性を交互に封じ続け、ついにゲートで対面した。
 「身を守る術すらない諸君には危険すぎます。即刻待避なさい」
 美咲の最後の警告。これを守らぬ様なら実力でその二人を排除するつもりだった。
 しかし。
 彼は言った。

 学生は学生が守る。お前は確かに学生だ。だが、プロの鬼狩りとして闘っている以上、お前の行動は俺たち学生には認められん。
 いいか、学校を守るのは学生だ。一人では何もできない学生自身だ。
 必要なのは無敵のヒーローじゃない。みんなをまとめるリーダーだ。何もできないはずの個人をまとめ、力とするリーダーだ。
 どんなに魔物が怖ろしくとも、皆で力を合わせれば絶対勝てる。それを伝えるリーダーだ。そしてそいつを中心に輪を作り、個人じゃ何もできなかった連中自身の手で学校を守る。それが必要なんだ。そうしなければ一度勝利してもまた同じことの繰り返しだからな。
 手を貸せ一年生。鬼狩り屋としてではなく、学校を愛する一人の学生として。

 その言葉で美咲は殿下をリーダーと認めた。

 そうだ。だから私は美咲の術を自ら封印し、知恵者としてバックアップに回ったのだ・・・。

 ふぅと美咲はため息をついた。そうか。気負い過ぎていたのかもしれない。
 「そうそう、それでいいんだって。肩の力を抜きなよ美咲。今の超常研は、ずば抜けたのはいないかもしんないけどさ、個性的なのは確かに減っちゃったけどさ、それでもいいメンバー揃ってるじゃないか。
 それにいい新人も入った。あたしも見たよ、あの子。いいカオしてたよ。
 美咲、今回はあたしらの顔を立てて任せとくれ。絶対に守り抜いてやるよ、あいつ等がリトライするまで、同じ状況で。それを自分たちで打破するのが一番の解決法だよ。だからあんたは新入生の復活を一日も早く、頼むよ、美咲!」
 「了解です、先輩。現状維持、お任せします」
 その言葉を聞き、美雪はにやっと笑みを浮かべた。


第四章

 ふらつく足取りの加賀壬は会室に行く元気もなく、そのまま帰ってしまった。
 家に付くと母からいろいろ質問されたが、ただ眠いとだけ答えて部屋に入った。外泊すること自体、反対を押し切っているのに、怪我までしては怒るのは当然だろう。それにOBが押し掛けてきたわけだし。ああ。どうしてこんなになっちゃったんだろう。私、頑張ったつもりだったのに。
 加賀壬が制服のままベッドに突っ伏していると、ドアがノックされた。黙っていると母が入って来た。
 「お茶入れたよ。ここに置いておくからね。それと、これ、昼間来た人がお前に渡してくれって」
 母の声と共に、フレバリーティーらしい紅茶の香りが広がるのが分かったが、宏子は動かなかった。こんな顔を母に見せたくなかったのだ。でもなんだろう、渡す物って。そう思っていた時、茶器の音がした。どうやらサイドテーブルに置いたようだ。後で見てみよう。今はいいや。
 「でも綺麗な人だったよ。すごい車で来てね、母さんびっくりしちゃった。パパの会社の社長さんでもあんなのには乗ってないだろうね。片側にドアが四つもあるんだよ。運転手さんがちゃんといてね。
 なんだかすごい先輩がいるんだねぇ、宏子の学校は。これだって一体幾らするか」
 顔に「?マーク」を付けてむくっと起きあがる加賀壬。
 「飲む? じゃ入れるわね」
 母はポットを傾けて紅茶を注ぎ始めた。加賀壬はそのカップの隣にあるものにぎょっとした。
 バラ一輪。その色、深紅。
 見たことの無いほど花びらがたくさん付いている。その豪華なこと。さっきから部屋に満ちているのはローズティーの香りではなかった。バラそのものだったのだ。口をぱくぱくしながら手を伸ばし、挿してあったカードを持つ。まさか。ひょっとして・・・

 明るい笑顔をまた見せてくださいまし   Y.H.

 「百合恵・本条・・・。
 か、かあさん、ほ、本条先輩が、来たの?」
 加賀壬の声は震えていた。きょとんとして娘を見ると、声だけではない、グリーティングカードを持つ手も震えていた。
 「え? あ、ああ、そういえばそんな名前だったっけねぇ。すごく礼儀正しくてね、母さんびっくりしちゃったよ。
 お前の宿題を取りに来て下さったんだろう、わざわざ。お茶はお出ししたんだけどね、運悪くお茶受けが何もなくって。買ってこようとしたんだけど時間がないからって。宏子、今度その先輩に会ったら言っといてね。今度はちゃんとお煎餅か何か用意しておくからって」
 「・・・
 お母さん、本条先輩にお煎餅・・・出すつもりだったの?」
 「嫌いなの?」
 「そうじゃなくってぇ! 本条だってば! あたしの学校の近くにあるでしょ! あの本条財閥のお嬢様なの!」
 母はしばらく考えていた。そしてぽんと手を叩くと思い出したようだ。
 「ああ、あの地下鉄作ってる・・・」
 「それは一条電鉄! 本条はその上! 総本家!
 あぁ、先輩、家に来たの?! そんでお茶飲んでったの? あぁ・・・恥ずかしい・・・」
 加賀壬はサイドテーブルにつっぷした。母はさっとお盆をどかして守ったが、手が三本なかったのでバラまでは持てなかった。
 「いっ!」
 伸ばした手がバラに見事命中し、加賀壬はぎょっとして飛び上がった。そうだ、このバラ、しおれちゃう!
 「お母さん、壺! じゃなくって花瓶! じゃなくって一輪挿し! 早く!」
 母はお盆をまた置くと、ため息をつきながら部屋を出ていった。この子はどうしちゃったんだろうか、と。

 夜になり、お腹が空いて目が覚めた宏子は階下に降りていった。と、いつの間にか父が帰宅していた。
 一緒に食事をとってから昨日の外泊を説明させられる宏子。どう言おうかと思ったが、結局会が用意していたウソで貫くことにした。考えるのが面倒だったからだ。
 「昼間のうちに宿題のレポートまで取りに来て下さったのよ、先輩が。えっと何て言ったかしら、ねぇ宏子」
 「本条先輩」
 「そうそう、何かお金持ちの娘さんらしくてね、すごく礼儀正しくて・・・」
 母の説明に目を点にする父。
 「ほん・・・じょう?」
 そう、普通はこういう反応をするはずだ。宏子は思った。母の世間知らずも程がある。
 「そ。学校のある街に総本家、あるでしょ? あそこのお嬢様がOB」
 「ほ、ほんじょう!?
 う、家に来たのか? この狭い家に?」
 「そ。しかもお母さんったらお煎餅出そうとしたのよ」
 「あら、狭いのは仕方ないでしょ、パパの年収から考えれば」と母は全然動じていない。父と娘は目を見合わせてがっくりと肩を落とした。


第五章

 夜が明けた。加賀壬はまだ眠かった。今日も学校に行くのがいやだったが、仕方がない。加賀壬は同じクラスの山崎と顔を合わせるのが怖くって遅刻ぎりぎりで登校した。授業中はただ時が過ぎていくだけだった。あまりにぼーっとしているので開田や三宅にずいぶん心配をかけてしまったが、頭痛がするとだけ言って、休み時間も両腕に顔を埋めて机につっぷしていた。
 三時間目と四時間目の間の休み時間。加賀壬は鮎川に呼ばれてゆっくりと顔を上げた。鮎川は教室の入り口のそばに立っていた。その脇にいたのは・・・。
 「シュン先輩・・・」
 副会長の篠木原がいた。仕方なく立ち上がり、ドアに向かう。二人で廊下に出て、講堂に通じる渡り廊下に立った。
 「様子を見に来たんだが。まだつらそうだね、加賀壬さん。報告書は昨日、佐伯君と山崎君と一緒に作成したからね。都合の付く時に会室で確認して印鑑を押してくれればいい」
 シュンの優しい声が加賀壬の心には痛かった。何も言えず、俯いている加賀壬。
 「時間はまだある。君たちは入学したばかりだ。今は回復だけに専念して。考える時間はその後であるから」
 シュンは加賀壬の手を取った。男子生徒が女生徒の手を握ったのを見た、通りすがりの二年生が冷やかしの目を向けるが、その男子生徒が超常研の副会長だと知り、見なかったことにしてそそくさと立ち去る。君子危うきに近寄らず、だ。
 「加賀壬さん。超常研が出来てからの丸二年。本当にいろんな事があったんだ。去年、僕らが新入生だった時にもね。大変だった。でも美咲会長や近藤会長、開田先輩たちがいてくれた。殿下会長も美雪先輩も。僕らがパーティとして形になったのは先輩たちのお陰なんだ。だから、君も一人で悩んでいちゃだめだ。まずは気力・体力共に回復して欲しい。その後で、考えよう。君たちと、そして僕たちで。なにか道はあるよ。絶対だ。だって、みんな同じ目標を持ってるんだから。
 だから、今は体を休めてほしい。
 それだけ言いたかったんだ。急に来てすまない」
 篠木原はそう言うと握った手に力を込め、別れの挨拶に代えて二年生の教室へと戻っていった。

 時間はゆっくりと過ぎていく。お昼休みになり、午後の授業になり、やっとのことで放課後になった。加賀壬は掃除に出かけていった。今週一杯階段掃除の当番だったので。彼女は心ここにあらずという感で掃除を続けていた。踊り場から下へ降りながら掃き掃除をする加賀壬は、彼女の後ろ、ずっと下がった階下を歩いて行く小島に気が付かなかった。彼の方も、自分に背を向けている加賀壬に気付きもしなかったが。
 小島は特殊棟を通り抜け、まっすぐに会室に向かっていた。超常研は掛け持ち会員が多いので、部活動が始まる時間は遅い。今の時間なら無人だろう。だからこそ、小島は急いでいた。誰にも会わずに、脱会届を出すにはそれが一番いいと思ったからである。
 小島の心は病んでいた。というよりも、正確には病んでいる状態を望んでいた。何も考えなくていいからだ。

 自分には何もできない。他校はおろか、自分の回りにいる者すら守れないのだ。
 僕は加賀壬さんとは違うんだ。

 小島は疲れていた。考えること自体に。

 部室棟に入ると、もう幾つかの扉が開いており、既に放課後の趣が色濃くなっていた。しかし、予想どおり超常研の戸は閉まったままだ。と、そこに張り紙があるのに小島は気が付いた。入り口で立ち止まり、戸にテープで貼られた紙を読む小島。

 超常研会員へ
 
本日はパーティ再構成会議を行います。二、三年生は第二会議室に来て下さい。
 一年生は本日の活動はありません。各自十分な休息をとって下さい。
 副会長 篠木原俊之
 

 そうか。僕らだけじゃない。みんな疲れているからな。小島はそう思いながら、ふとドアノブに手を掛けてみた。試しに押してみると戸が開いた。鍵は掛かっていなかったのだ。誰か居るのかと思って怖々覗いてみたが灯りも付いていないし、人の気配はなかった。そっと室内を見ていると左手奥にあるドアが開いているのに気が付いた。会長室だ。そこには窓もないので、中は暗い。
 小島は室内に入って会長室に向かった。会室を横切ってその部屋に入ったが初めての会長室は思いの外狭かった。窓がないと聞いてはいたが、こんなに狭いとは。ちょっとためらったが、隣室から漏れる戸外の灯りで見えないと言うほどではない。
 そこで小島は脱会届けを鞄から出し、会長のと思われる机に置くことにした。本当ならばちゃんと会長本人に渡すべきなのだが、彼には今、あの会長に向き合うだけの勇気がなかった。あの冷たい目で見られたら、きっと何も言えなくなるだろう。ドアの下に差し込んでおくつもりでここに来たのだが、それはあまりに失礼すぎる。だからせめて会長の机にちゃんと置いておこうと思ったのである。

 会長の机は小さなものだった。と、暗闇の中、デスクマットの上に白い物が置いてあるのが見えた。書類かな? そう思った小島は近付いて驚いた。そこには二通の封筒があった。

 退会願い

 その文字が目に入って。
 そうだよな。普通ならそう判断するよな。小島は自分の行為と同じ結論に至った者がいることを知り、そう思った。お仲間がいる。それが分かっても別段気が楽になるわけでもない。ただ、加賀壬や佐伯とは違い、自分が凡人、その他大勢の一人なのだと納得しただけであった。結局、超常現象研究会に自分が入った事自体が己を知らなさすぎたのだ。
 小島は退会届を、既にあった封筒の脇に置いた。ちょっと考えてから先にあった封筒の下に隠す。後ろめたい気持ちがそうさせたのだった。
 そうして成すべき事を終えると、小島は肩の荷が下りたようにほっとした。そうだ。間違いは正せばいいんだ。そう思ったその時である。隣室で人の声がした。
 「すみません、誰か居ませんか?」
 心臓が口から飛び出るかと思った。ここに隠れていようと即座に思ったがまた声がした。ここで聞こえなかったという言い訳は立たないだろう。見つかるとまずい。覚悟を決めて会長室を出ると、会室の扉から半身を出してこっちを見ている姿を見つけた。セミロング風の髪型の女生徒だ。まず小島はそのネクタイを確認した。色は赤。三年だ。美咲会長でないのは幸いだった。三年生はほとんどが引退しているので、出逢ったことのない三年の会員が多い。極端な話し、三年の女子会員で知っているのは会長くらいだ。ということは向こうも僕を知らないだろう。小島はそう思い安心した。自分の事を知っている人に、今ここで会うのは避けたかったら。
 そんな複雑な想いの小島を余所に、彼女の方は笑顔を向けて言った。
 「超常研の方ですね?」
 その質問に、違いますと言いたかったが、ここでそう言っては不信をかうだろう。仕方なく彼は曖昧に答えた。
 「ええ、まぁ・・・」
 「ああ、良かった。今第二会議室まで行ったのですが、鍵が掛かっていて。もしかしたら内密の会議かと思いまして・・・」
 彼女は嬉しそうに小島に語り始めた。どうやら既に張り紙は見ていたらしい。だが会議室が無人だったので戻ってきたのだろう。小島は彼女に早く出ていって欲しかった。その後でこっそり自分も出て行きたいので。今ここで知り合いに会いたくないので。
 「あ、多分、半頃から始まると思います。超常研はいつも集まるのが少し遅いんです。掛け持ち部員が多いので、とりあえずクラブの方に顔を出してから集まるので。会長がそう決めているんです」
 「そうなんですか。あ、私、その会長の美咲さんにお会いしたいのですが」
 小島はこの三年生が何かおどおどしている事に気が付いた。何か困っているのだろうか。それで相談を持ちかけに来たのだろうか。
 「会長なら多分生徒会室にいると思います。急用でしたらあちらに。大抵先にあそこに寄るので・・・」
 そう小島が答えると女生徒は首を振った。ますます困って赤面したのがはっきりと見て分かった。
 「あ、い、いえ、き、急用なんて。ま、また出直します」
 そう言って彼女は姿を消した。と、次の瞬間またひょっこりと顔を出したので小島はぎょっとした。
 「あ、あのぅ・・・」
 と細い声。顔は真っ赤だ。
 「あのぅ、お聞きしたいことがあるんですが・・・」
 「は、はぁ・・・」
 「えっと、あのぅ・・・」
 彼女はそう言ったまま黙ってしまった。早く帰って欲しい小島は仕方なく促すことにした。
 「先輩、話があるのならすぐに生徒会室に行かれた方がいいです。僕は一年なんで、よく分かりませんから」
 そう言われ、彼女はもっと赤くなる。
 「あ、ああ。あたしったら。お時間をとらせてごめんなさい、すみません。あ、あの、お聞きしたいのは、そのぅ・・・」
 しまった、逆効果だった。小島は慌てて付け加えた。
 「あの、僕に敬語なんか使わずに、ぼ、僕は後輩ですから」
 「あ、はい、そうですね。でも、私、いつもこうなんで。えっと、あの・・・」
 彼女は深呼吸をした。気を落ち着けているらしい。
 「あの、ここは今でも会員募集していますか?」
 はぁ? 小島はきょとんとした。それを見て、今度は先輩の方が慌てて付け加えた。
 「あ、私、私、就職が決まったものですから・・・。もし、もしもまだ募集しているのなら・・・
 もう三年なんですが、もし、もしまだ・・・」
 そう言って硬直する先輩を呆然と見つめる小島。
 そうか。辞める者もいれば来る者もいるのか。でも、この先輩もきっと僕と同じ想いをするんだろうな。そう小島は考えて同情した。どう見ても意志が強い様には見えなかったから。
 「多分大丈夫です。会員が足りない程ですから。でも・・・
 でも、ここは本当につらいです。よく考えた方がいいですよ」
 その言葉は本心からだった。しかし、彼女は首を振った。きっぱりと。
 「いえ、もう考えました。ここが出来てからずっと。ずっと考えていました。お役に立ちたくて。昨日就職先が決まって、あ、と言っても親戚の会社なんですが、卒業したらそこに行く事になって。だから、だからやっと放課後は空いたので、その・・・
 もし遅すぎないなら、守りたいんです、私。本条会長や殿下会長の意志を」
 小島はびっくりして先輩を見つめた。
 本気だ、この人。今、かすかだが加賀壬の様な感じだった。真剣なんだ。僕とは違う。この人は僕とは違うんだ・・・
 「あ、あの・・・」
 さっきの勢いはどこへやら。あっという間に弱腰に戻って言葉を濁らす先輩に小島は語った。
 「僕なんかが言うのも変ですが・・・。是非参加してください、先輩。会長も喜ぶと思います。
 お願いします、みんなを守って下さい!」
 小島はそう言いながら頭を下げていた。僕はだめだった。だから、どうかみんなを・・・
 「あ、は、はい! 
 え、えと・・・。じ、じゃ、私、また出直してきます!」
 ぺこりと頭を下げると走り去る先輩。小島は涙を流しながらずっと頭を下げ立ちつくしていた。
 ごめん佐伯。山崎。僕はだめだった。ごめん・・・。



つづく