
von:秋澤 弘
第一章
桜中の地下にある研究施設。その中核である部屋。広間と言っていいほど巨大なその部屋は円形で、周囲は階段状にコンソールが幾つも作られている。野球場か古代のコロッセウムの様な感じだ。その中心。様々な機器が置かれ、ケーブルやコードが床をはい回っている場所に、ベッドにも手術台にも見える台がある。部屋の中心から放射状にそれが三つ置かれている。その一つ、白衣を着込んだたくさんの研究者に囲まれた台に横たわっているのは桜中三年の小野村はるか。「門の開き手」と呼ばれる娘だった。
「意識回復しました」
一番奥にある制御スペースでその報告を受けた実験総責任者、穂甲斐成美はうなづくと、四度目の挑戦に入った。
意識が戻ったとはいえ、夢を見ているのと同じ状況の小野村。見た目死んだような彼女が横たわる左右の台にもそれぞれ女性が横たわっていた。そちらにも頭部から足に至るまで、小野村同様の機器やコードがつながっているが、側に立つ白衣姿はそれぞれ一人だけだ。所在なげに目の前に並ぶモニタを時々見ているだけで、暇を持てあましているのは間違いない。
小野村の右側の台に横たわるのは20歳前後の女性。「門の繋ぎ手」と呼ばれているが、その本名を、国籍すらをも知っている研究者は少ない。なにしろ四月の終わり頃、ここに移送されて来た時にはもう意識がほとんどなく、ごく希に目覚めても獣の様に叫び、狂ったように暴れるだけの状態だったから。今も生きているのか不安になるほどの深い昏睡の中にあった。
左側の台にいる女性は他の二人の被験者とは異なり、目を開いて実験の推移をじっと見つめていた。桜中の教諭石倉安比奈(あいな)だ。彼女は「門の造り手」とも、「第一の姫巫女」とも呼ばれている。三年前、教育実習生だった高校で最初のゲートを開いた女性。美咲由美がずっと調べていた門かがりを起こした本人だ。
小野村の周囲にある計器が動き出し、白衣たちに緊張が広まる。
「造り手、何か感じる?」
高い天井に仕込まれたスピーカーから穂甲斐の声が降ってくる。穂甲斐が桜中では同僚である石倉を「造り手」と呼ぶのはこの地下施設でだけだ。ここでは穂甲斐は石倉の先輩教諭ではなく、主人としての立場にある。
「少し、体が熱いです。それと頭痛が。さっきよりつらい・・・です」
穂甲斐は首を曲げ、教え子でもある開き手を見つめていた。開き手のまつげがぴくっと動き、唇が噛みしめられるのが見えた。
「ガンマ域、予定値に到達」
「ファーストインパルス、発生!」
「波動振発生!」
報告が立て続けに始まった時、造り手の顔が苦痛に歪んだ。
「き、きてます。開き手が・・・腕、掴まれて、痛い! いたいぃ!」
台の上で造り手の体がびくん、と跳ねた。繋ぎ手も同時に。二人の悲鳴が重なった。
首から下は麻痺させられているため、開き手の体は動かないが、その顔には苦悶の色が浮かぶ。
苦しさに小野村がワラをも掴む、という状態で側にいる二人にしがみついている。肉体ではなく、精神で。なにしろ今、小野村の識域に存在するのは、自分と同類である二人の意識だけなのだから。それを予期していた穂甲斐や白衣たちはもがく被検体には気を配ることもなく、計器が示す進行状態に集中していた。
精神リンクは予定どおりに進んでいく。開き手たる小野村が、三人の個別意識の繋がりではなく、混ぜ合った一つの個としてそれを認識した時。それこそが穂甲斐たちの目指す目標のスタートだ。
「セカンドインパルス、発生!」
「繋ぎ手、脳波危険域です!」
穂甲斐は即座に命令を発した。
「全状況保管、確保終了後リンケージ解除!
セカンドステージは被験者の回復後、直ちにスタート予定。各員準備を」
真後ろにあるドアは穂甲斐専用の直通エレベーターに通じている。上に移動するとそこはもう彼女の研究室だ。ガードマンに命じておいたとおり、神宮司双子と加賀壬が壁際にある休憩用のソファに座って待っていた。
穂甲斐は側のコンソールに向かっていた助手の一人にお茶を頼むと、机を挟んで双子たちと向かい合ったソファに座った。
「さて、B2の諸君。取引と行こうじゃないか」
穂甲斐成美(ほかい なるみ)は今年30歳。桜中学では数学を教えているが、本職はライナ・テック本社の開発4部7課長。組織図上でしか存在しない部署である。彼女はシャッテンの基礎理論を開発し、ライナに売り込んでその地位を得た。ボディラインにぴったり合った特注の白衣を着込み、余裕の笑みを浮かべて三人の娘を見つめている。顔には睡眠不足からかクマが浮かび、目も赤く充血しているが、それがかえって鬼気迫るほど強気の印象を与えていた。
「君たちの処理に困って実働班が連れ帰って来ると知った時、さっさと処分するつもりだったのだけどね。シャッテンの戦闘レポートを見て気が変わったよ。
いやぁ、B2Aが精神体として覚醒していたとはねぇ」
それを聞き、当のほむら以外がぎょっとして目を見張った。
「ま、考えれば可能性はあったな。なにしろあそこはスピリチュアル・フィールド、つまり<場>だった。そして三人目さえ生まれてれば、自分たちは生き残れたと、死の瞬間七組の双子は思ったことだろう。実際、B2Aが発生していたら、もっと過酷な未来がBとCを待っていたのだけどね。それを知らない彼らの意識は念として残ってもおかしくはない。それを場が記憶し、とうとう識域体に派生した。自縛霊が集合してミスティッキンを作るようなもんさ」
彼らの前にコーヒーカップが置かれた。しかし、その中身は煎茶。
「日本にいる間はこれを飲むことにしていてね」
穂甲斐はカップを掴んで息を吹きかけてから、狭山茶を楽しんだ。
「さて、諸君。今B2Aは誰になっているのかね?」
三人からの返事はない。
穂甲斐は気を悪くした風もなく、上半身をひねって後ろの机に手を伸ばした。数枚の写真を取り、加賀壬たちの前にあるテーブルにばさっと広げた。
ID4Bプランの研究施設で知能調査を受けている時の双子の写真。うつぶせで培養床内にいる双子。人力飛行機コンテストの会場で大暴れするつばさ。私服のしずくと共にエレベーターを待っている制服姿の加賀壬。最後のはマンションの警備カメラの映像らしい。
「君たちの事はわりと知っているのだよ。なにしろあの計画にはいろいろ学ぶところがあったからね。反面教師的面が強いけれども。
神宮司博士の遺伝子反螺旋説は本当に興味深かった。学生の頃夢中になったもんさ。だけどね、もうあの人は過去の人。余命幾ばくもない娘たちとどっかの田舎で静かにしててくれる分には、私には何の問題もないんだ。ま、マイセンの偉いさんは嫌がるだろうけどね、私には関係ない。
さて、取引の内容だけどね、君たちが受け取るのは美咲郷からの安全な脱出。博士から依頼を受けたファルフス将軍の息のかかったチーム16はまだ半分生き残っている。今でも南白谷のインターチェンジ付近で仲間を待っているよ。そこまで連れて行って、じゃ後宜しく、というわけにはいかないのだけれど、その側まで安全に輸送するくらいはしよう。
で、諸君が差し出すものはB2Aの協力だ。なに、10分もあればすむ。
なかなか言うことを聞いてくれない頑固な子がいてねぇ。ところがその子の<血>が自発的に協力してくれないと困るんだよ。
ということでだ。その子を少しの間黙らせるから、B2Aがその精神波動を動かして欲しいんだ。
幸いなことにBプランの産物である諸君等は波動周波がデジタル化されている。余計な中間周波が0だからね、用意してあるパルス・イコライザーで100%カバーできるというわけだ。オリジナルの精神のままでは発狂の危険がつきまとうのだけど、諸君ならそれはない。安全は保証するよ。ま、私の言葉は信じられないだろうから・・・」
助手たちに合図し、大型のノートパソコンの様な端末を三台運ばせる穂甲斐。
「自分で確認してみたまえ。これで今回の全計画を閲覧できる。ビューワーだからね、呼び出すだけで編集はできない事は付け加えておくよ、念のため」
テーブルの上に置かれたそれに加賀壬は手を付けなかったが、つばさとほむらはモニターを開いた。
つばさはまず記録の日付を遡り、実験が認証された経緯からざっと読んだ。
スタートは穂甲斐成美がライナ・テックに売り込んだ無限エナジー供給器だ。
魔界と呼ばれる異世界に繋がる門。彼女の一族はその門を開くとされる汚れた血の持ち主、<闇の姫巫女>を探し出し、暗殺する事を何世紀も続けていた。だが、穂甲斐はその門を利用する事を思いつき、その理論を組み上げた。そしてそれをライナに売り込んだ。そこにはその真の理由、成美が愛した人の仇を取るべく一族を皆殺しにするためという部分は記されていなかったが。
無限エナジーのシステムは簡単だった。限定されたゲートを生み、異世界からそのエナジーを吸い出す。それは数億もの太陽が集っても太刀打ちできぬほどの力。理論的には有限だが、実質的に無限と言える途方もないエナジー源だ。
それを引き出す最小単位の実験機としてシャッテンが企画された。その力はごくごく弱いものだが、軍事に転用すれば向かうところ敵なしの兵器になる。それが生み出す富と技術はライナを潤わせ、その研究成果は穂甲斐が求める次のステージ、一国を賄うほどのエナジー源を生み出すゲートの研究に使用される。これが穂甲斐とライナで交わされた契約だ。
計画にGoサインが出され、最初の被験者が登場する。まだ学生だった石倉安比奈。彼女の母、石倉いなほも「血」の持ち主だった。しかし、その血は薄く、門からの「呼び声」に答えることが出来ず狂気に陥り、亡くなっていた。安比奈が穂甲斐からの誘いに乗り、試験体に自ら志願したのは、母の仇をとりたいという思いからだ。穂甲斐と石倉。二人は愛しい者を「門」によって失った者同士だったのだ。
石倉の協力によって門は作られた。しかし、血が薄かったため、門の機能はごく一部しか発現せず、時間的にも特定の周期でしか実働できない。
第二の被検体はライナ側が発見した。彼女の力は強かったが、強い故に不安定で、門の指向性を確定するには何度もの段階に分けて実験するしかなかった。だが、それが最終段階に漕ぎ付く前に、謎のサムライによって全てを灰燼に帰せられたのだ。それが上海での事件。その結果、薬品投与によって徐々にシステムへの耐性を付けるはずだった第三の被検体を、急遽現状のまま計画に参加させる必要性が生じた。
かくして小野村はるかは彼女の両親がライナによって暗殺された記憶を消され、偽の記憶をインプットされた状態で、計画の中心地たるここ、桜中に転校させられたのだ。力を有する三人を精神的にリンクさせ、門を完全に開く。シャッテンにライナの私兵、そして驚異的な電波障害によって閉ざされたこの場所で。間に合わせながらその準備は完成した。
「ふんっ、行き当たりばったり。計画性のケの字もないわね」
つばさはそこまで読むとバタン、とモニターを閉じた。
隣にいるほむらは計画の推移、基礎理論や概論は全部すっ飛ばし、今行われている実験のデータを次々と呼び出した。現状の確認である。門を生むための波動。それを異世界に繋げる手順。門を開き続ける波動の生み出し方。諸問題を無視してでも今強行せねばならない理由。
門はただ作っただけでは開かない。向こう側がなければ意味がないのだ。それはエレベーターの様なものだった。個室のドアを開いても、ちゃんと各階に止まっていなければ、ドアの向こうは壁。あるいは開いても天井付近に30センチだけ隙間がある。そんな状態になってしまう。それをちゃんとした位置に結びつけるのが「門の繋ぎ手」の仕事だった。彼女はその役割を八割方こなしたが、その結果、狂気に陥った。よって門との繋がりは不完全なままだ。もう彼女はその補強をすることはできない。意識がほんの時々しか回復しないからだ。しかし、「開き手」とのリンクによって、彼女の精神的なフィールドを深いものにする役割はできる。最悪の想定だが、門の向こうから精神攻撃を受けた際にはそれを受け止め、切り離す安全装置の役目も担っていた。生け贄である。
「造り手」も実は既にその本来の役目を終えている。今の彼女の任務は「開き手」のサポートだ。彼女の心を平らかな様に守るのがその仕事。しかし、血が薄い彼女にどこまでそれが期待できるかは分からない事を示唆するデータもあった。リンクによって「開き手」の力を「造り手」が借りるという案もあった。リンクが第二段階に至った時、「開き手」の精神を「造り手」に取り込ませるという方法で。しかし、それも「開き手」の血が薄いことで成功確率予想はかぎりなく低い。
本来、「開き手」には可能な限りの事前処理が行われる予定だった。記憶の改ざん、自発的協力を促す要素の形成。返しきれぬ恩を売るという古典的方法だったが、「開き手」の性格からかなりの高確率でそれは成功するはずだった。さらに実験の最終段階に至った際、拒絶反応を抑制するための薬投与、門からの波動周波に耐性を付けるための前頭葉への投薬。その結果、力の発現に対する危険性は7%にまで下げることができたはずだった。しかし、実際には40%を越える危険性が残ったまま、強行という事になった。「造り手」の力の薄さ、「繋ぎ手」のもろさ。そしてサムライの登場。様々な要素が計画の進行を加速度的に上げ、結果、全ての危険性を「開き手」が背負う事を強制させていた。
「開き手」の実験への拒絶は「繋ぎ手」と最初にリンクした時から起きていた。「繋ぎ手」が見た何かを「開き手」も見たらしい。同じくリンクしていた「造り手」の証言では門の向こう側を見たようだ。しかし、血が薄く、精神的に深く結び合うことのできない「造り手」にそれが何だったのは理解できなかった。
「繋ぎ手」が見、それによって狂気を得たなにか。おそらく「造り手」の母と同じ状態に陥ったのだと推測されるが、実際にそれが何なのか知ることはできなかった。「開き手」の催眠誘導による記憶再現は、深層心理レベルでの拒否を示しただけだったし。
決断に迫られた穂甲斐。現状の不完全な準備のまま強行するか。あるいは現在のプランを破棄し、被検体を詳細に研究し直して次のチャンスに備えるか。だが、その決定を成す前に、自体はさらに悪化した。ゲートから吸い出すエナジーがゲートに対して少なすぎたのだ。コップ一杯の水を得るつもりで捻った蛇口から、風呂桶ほどの量の水が溢れてきている。そんな状態だ。需要と供給のバランスが完全に崩れていた。
「繋ぎ手」が正確に予定どおり「門」をつないでいたら回避できた事態だが、もうその改善は望めない。あふれ出すエナジーを、人が利用できる動力源に転換する方法は、現在シャッテンに搭載された<コア>のみ。それでは余剰分の処理が間に合わない。コアはゲートの出口側端末というべき存在だが、それをさらに作るには「造り手」の力が足りなかったのである。応急措置として、利用できない莫大な量のエナジーは、目覚めさせた古い地脈に流していたのだが、それも限界に近づいている。
シャッテンプランによって得た技術とデータで、膨大なエナジーを変換する技術を開発する予定だった。しかし、その膨大なエナジーの奔流に全てが押し流されかけているのだ。
異空間から溢れる力は日増しに強くなっている。門の「呼び声」は、既にいつ「開き手」の精神をむしばむか分からない状況だ。
もはや時間はない。「開き手」を覚醒させる事によって、門を完全にコントロールしない限り、地軸がずれるほどの力が押し寄せるであろう。地球が破滅するほどの宇宙的規模のエナジーが。
ほむらは実験レポートから読み取った現状、いや惨状を知り、溜め息をついた。それを脇から覗き込んでいた加賀壬は溜め息すらつくことが出来ぬ程の硬直状態だったが。
「問題は一つだけ。向こうを見ちゃうとね、無事じゃ帰ってこられないのさ。
でもそれは・・・。絶対解決できないこと」
ほむらはそう言ってモニタを閉じた。
穂甲斐は双子の反応から、ストレートヘアの体にいるのがほむらだと悟った。
「取引内容は理解したかい? 時間がないんだ。YesかNoか、即答を」
「「いいよ」」
双子の声はハモった。
「ちょっと待てぃ!」
加賀壬の抗議。だが双子がそれを封じた。
「大丈夫だよ。闇の姫巫女が成功した例はないからね。これも失敗するもん」
「そそ。これは無理。こんなんで異界から力取り出せるなんて思うの、馬鹿丸出し」
ほむらもつばさもそう言い切った。
加賀壬はその言葉を信じていいのか分からなかった。闇の姫巫女という存在には覚えがあった。香土岐と美咲による魔法の基礎講座でも聞いたし、香土岐に読まされた何冊かの資料にもその名と由来が書いてあったからだ。
「闇の姫巫女」。異界への門を開く血を持った存在。特定の血筋に伝わっているのではなく、日本人に広く潜在化している力だという。一説によればいにしえに降臨した異界の者、つまり魔性との混血が原因らしい。
幼少期にその力が発現する場合が多く、大半は成長と共に力を喪失する。しかし、「呼び声」と呼ばれる現象で狂気に陥り死す事もある。呼び声とは、言葉どうり、門に呼ばれるのだという。混ざった血が、本来の故郷である異世界に戻ろうとする帰巣本能が成せる技とも言われている。狐憑きなどの憑依系の一種と考えられていたが、大正時代、門を開こうとする結社に「姫巫女」と呼ばれる少女が現れ、実際にゲートを開いてみせたことから「闇の姫巫女」と呼ばれるようになった。しかし、その姫巫女の消息や結社のその後については記録がないという。
「闇の姫巫女って、言い伝えでは結局みんな門に呼ばれて心だけ帰ってこなかったんでしょ? それじゃ門は消えちゃうのでは?」
「そのとうり。なにせ向こうに誘うために呼ぶんだもの。だから、この計画、最初から無理なんだよ」
ほむらはそう言うが、無理だと聞いても穂甲斐の自信ありげな表情は変わらない。なにかもっと隠してあるのかもしれない。そう考え込む加賀壬を余所に、ほむらが言った。
「じゃ私は小野村って子の中に入って、門を固定すればいいんでしょ? 出来るよ。
ただし、二つ条件がある。一つ目。私らを運ぶ車はすぐに準備して。固定したらすぐに出ていくからね。
二つ目は小野村って子の意識が回復しないようにそっちでちゃんとして。そこまで気を回す余裕はないから」
「了解だ。取引成立だな」
穂甲斐と握手をし、ほむらはすっと立ち上がった。
「じゃ、ちゃっちゃとやっちゃおう」
つばさと穂甲斐も立ち上がったが、加賀壬は悩んでいた。このままではエナジーの放流で大変な事になる。穂甲斐の思惑どうりになるのはシャクだがそれを止めるのはやぶさかではない。しかし、事はゲートだ。人の予想どおりになるとは到底思えない。触れてはならないものなのだから。
だめだ。やっぱりだめだ。加賀壬はどうにかしてそれを止めようと思いながら彼らの後を追った。
第二章
美咲は生徒たちが待避している記念講堂での守備体制を整えると、防戦用の呪文を何重にも掛けた。その後、すぐに全体指揮を篠木原、戦闘指揮を元帥、そして一般生徒&職員の統制を近藤生徒会長に任せ、学校を包む結界を消去すべく出撃していった。
美咲が講堂を離れる。それは超常研会員にとって大きな不安要素になる所だが、彼らは知っていた。学校に張られた結界を消去しない限り、この戦いは永遠に続くのだ、と。
「篠木原、大田原両名の指揮の元、一丸となって粘り続けてください。私は真由美さんと香土岐先生と共に闇の王を封じ、その結界を除去します。
皆さん、諦めないでください。忘れないでください。生を信じる心が闇を駆逐するのです」
美咲は戦友にそう告げ、一人、講堂から走り去っていった。
講堂から出て周囲を見回す由美は魔性の位置を確認し、ルートを決めた。そして一番魔性に遭遇しそうにない校庭に走り出した。目指すは管理棟の裏手。さっきは第二校庭が戦場だったが、今はどこだか分からない。おそらく香土岐は図書室のある管理棟から敵を遠ざけようとしているはずだが、魔法の効かないシャッテン相手にどこまでそれが成功しているかが分からないのだから。
さっき講堂に来た時、美咲は防戦準備を終えたら図書室に向かうつもりだった。だが、今は違う。防衛作戦を仲間と立てながら冷静さを完全に取り戻した美咲は気づいたのだ。真由美の支援に今必要なのは退魔士ではない。結界術者なのだ、と。そう、香土岐こそが図書室にいるべきなのだ。
もちろん由美は自分自身が真由美の下に駆けつけたかった。だが、それよりも由美がシャッテンを抑え、香土岐を行かせる方がよりよい選択であるのは間違いないのだ。今や指揮官としての己に戻った彼女はそう確信していた。
普通棟の脇を駆け抜け、特殊棟の間近まで来た時、校庭の反対側、テニスコートのあたりで爆発が見えた。銃声らしき音も。方向を変えてそちらに走る由美。途中、ポルターガイストと化したハードルが団体さんで襲ってきたが、ポケットから変わり身を掛けてある奴さんを出し、囮にして避けた。今は術力の消耗を防がねばならないからだ。
校庭の北半分はすごいことになっていた。大地震でも来たかのように地面が裂け、亀裂が走っている。地脈が暴れたかのような印象だが、大地の精霊が荒れ狂う感触はない。5メートルはめくれ上がっているかという断層を駆け上った時、香土岐の姿が見えた。服は破れ、あちこち血まみれになっているが、その動きは機敏さを失ってはいない。走るというより滑る様に、香土岐は起伏激しく障害物だらけになっている地面を疾駆している。その速度は術者の目から見ても異様に早い。いつもしている手袋は外され、異形の爪が長く伸びている。今また右手が振り下ろされ、数字にこめられていた力が大地で爆発を起こした。その衝撃は爪の動きでコントロールされており、一定方向に向けて扇状に弾け飛ぶ。そこに香土岐に負けぬ早さで疾走する灰色の人影。シャッテンだ。その数二体。退魔法力を有するシャッテンであるが、音速で飛び込んでくる土の欠けらの運動エナジーは止めようがない。自機の速度が驚異的なため、突っ込むと相対速度はすさまじいことになる。それが香土岐の作戦だった。
現在までに12機作成されたシャッテンはいずれも試作機であり、三回にわたり大きく設計変更が行われている。ファットマン、トールフェロー、スレンダー、リングボーイと呼称されているが、香土岐を追い回しているのはその第二世代、トールフェローだ。第一世代のファットマンから重装備すぎたエナジー・スフィア発射機構を外し、局地戦能力を高めたシリーズである。この世代は二機セットで活動するように設計されており、一機が策敵&射撃仕様、一機が接近戦仕様となっている。制圧力で言えばシャッテンシリーズで最強の機体だ。しかし相変わらず不整地には弱く、香土岐の土砂ばらまき攻撃は足を鈍らせるという点でも有効に効果していた。
シャッテンの行動時間は短い。通常であれば既にMax25分の作戦行動時間を超え、動かなくなっているはずなのだが、結界内故、おそらく時間切れは発生しないだろう。そう由美は想像した。魔王を倒さない限り、何日でも外に出ることは出来ず、なんとか出てみたらまだ突入した夜だった。そんな事が当たり前なのが魔性の結界内なのだから。ならば事は簡単だ。香土岐が闇の王を再封印し、結界が解ければ同時にシャッテンも止まるに違いない。
香土岐は無秩序に逃げ回っているように見えるが、1メートル以上は伸びているその爪で地面のあちこちに数字を書き込んでいる。数字による魔法陣を描きながらホバー移動しているようだ。そしてそれが描き終わると、衝撃波による攻撃を行う。対するシャッテンは二機で連携しているとはいえ、フォワードとバックアップという役割ができているためか、挟撃という考えはないようだ。接近戦タイプが詰め寄り、シェルを避けて疾駆する香土岐の移動予想点に射撃タイプが牽制狙撃する。そんな行動をし続けていた。戦法が固定されているため、香土岐も今まで逃げ続けてこられたのだろう。
美咲は状況を把握すると段差に身を隠し、すぐに七とせの呪法に入った。長期戦を考慮し、術力の消費を押さえるために今まで使っていなかったのだ。
「ななつの御霊よ聞き給へ」
伸ばした左腕の先で掌を返す。美咲の土鈴がころん、とかすかな音を立て、周囲の精霊にとけ込んでいく。
「理(ことわり)の現身達よ、聞き給へ。我が掌にあるこの鈴の音を」
今学校に張られている結界は闇のものの力を高めるために造られており、その内部を<場>と化している。しかし、瞬間的に発せられたものであり、内部にある存在を使役するまでの縁(えにし)はないため、精霊は自由なままのはずだ。いや、むしろ結界に反発し、精霊は理を正す事を望んでいるに違いない。由美はそう思いながらいつに増す速度で第一の精霊を呼んだ。
「ひととせ風に乗るもの、我が脚に」
風の精霊が美咲の下半身に寄りつく。その時、由美は気が付いた。この場の風精をまとめる意思が別にあることに。精霊を通じ、由美とその意思はお互いの存在を瞬時に察知した。目の前に立っているかのように克明に。それは風の精霊使い。白いチイパオ、いわゆるチャイナドレスを着込んだおかっぱ髪の東洋人。背はかなり低く、顔立ちも幼く見えるが歳は由美と同年輩だろう。いや年上かもしれない。外観ではなくその印象からそう由美は思った。彼女は校庭の端にある木立に身を隠し、香土岐の周囲に風の結界を張っている。地面の凹凸を無視した香土岐のホバー移動は、その結界をずらせ続けることで成されていたのだ。
美咲の人?
先生の妹?
二つの意識が交差し、シャッテンを敵とし、香土岐を仲間とする共通の意思を互いに見いだした。ウィッチ・シアーとして香土岐の妹弟子にあたる彼女、風華はすぐに美咲の周囲にも風の結界を作った。破壊されまくった地表から風にあおられ、土煙が巻き起こり視界を遮断する。これでシャッテンの遠距離センサーに対する煙幕になると風華は気づいていたからだ。
近くに寄ると見つかる。その距離なら大丈夫
風華の意思が風に乗って流れてくる。美咲は次の呪言を唱え心の奥底から言霊をつむぎながら、意識の表層で言葉を並べ、風に返した。
香土岐先生に伝えて。シャッテンは私がおさえます。先生は図書室の再封印を
「ふたとせ炎の担い手、我が右に。みとせ水の源、我が左に。よとせ地の守り手、我が胸に」
三精霊を一気に呼び出す。夏の暑さに照らされた地表から炎を、大地深くに息づく水をそれぞれ呼び寄せ、即座に身に宿す。ついで土を。周囲には満ちあふれているので、呼ばねばならない水よりずっと簡単だ。
「世のはらからたる四精霊よ、我が身を因り代としその御力を現し給へ」
胸に下げている紫水晶が地霊を宿し、基本四精霊が美咲由美の身に宿った。素早く全てを平らかにし、より高位の召喚に入る。美咲の存在を聞き知った香土岐は攻撃の威力を減らし、回数を増やしている。シャッテンからの注意をさらに引きつつ、術力を温存し始めたのだ。
「いつとせ光生むもの、我が前に。むとせ闇満つるもの、我が身の背に。黄昏と彼は誰にて代りし御方々よ、今一時共に我が身に集いてその力を示し給へ・・・」
白と黒。二つの放流が彼女の体を包み込む。由美の意思に従って収束し陰陽道のシンボルの様に光と闇が互いを追いながら回転した。その動きが安定するのを待って、由美は息を鈴の音に合わせ最終段階に入った。
「最後にして最大の力。七魂が司、星を見るもの! 我が額に宿りて時を示し給へ!!」
由美の周囲で一気に重力が跳ね上がる。姉弟子の安全な移動に夢中だった風華は、そのあまりのプレッシャーで背筋に冷たいものを感じた。
話には聞いていたがここまでとは。
香土岐もまた美咲の位置に気づいた。自分が描いていた数字による魔法陣がぐらりと揺らぐかのような強大な力の出現で。シャッテンにもしも術力センサーか重力探知機能があったならレッドゾーン振り切って、即座に緊急警報が出ること間違いなし、という程の圧迫感だ。
「我、美咲由美が我が名と我に流るる血によって偉大なる御方々に願い奉る! 集い給へ七つのつるぎ! 我が身に理を現し、我をその守護者と成さんことを! いにしえの盟約を今こそ叶え給へ!」
一の呪言から終(つい)の言まで一分足らず。驚異的な速度で由美は美咲流練術の最高位形態、七剣(ななのへのつるぎ)になった。
昨夜の事だ。ホテルの一室でジョージ・ハワードがリャン・バウテカに美咲の魔法について語ったことがある。
「Mr.バウテカ。自身が超能力者であるあなたはミサキのクレアボヤンス、コトダマといったESPやPKには詳しいでしょうが、魔法の知識は薄い。一方私はシャオツェンの者。それがありますので説明しましょう。
一言でマジックユーザーと言ってもソーサラー、ウィッチ、ウォーロック、マグス・・・英語式に読めばメイガスですが、とにかく千差万別です。クレアボヤンスといったESPも内包した時代もありますし。まぁ、幸いなことにうちとあなたの所では大別の仕方が同じなので体系分類から入るとしましょうか。
まずご存じの様にミサキ・マジックはエレメンタル・マジックに分類されてはいます。が、ちょっと特殊でして。アルケミーに近いエレメンタル系と言えばいいでしょうか。さらに彼らの<神>は世界そのものなので、ホワイト・マジックの一面があります。しかしながらアニミスム、つまりスピリットを信奉するグレイ・マジックとは異なる。なにしろ彼らはその<神>を信じ、感じるだけで祭り上げてないんですよ。祭り自体ないですし。宗教とは言えないんです。
一方で世界をロジカルで認識する面があり、アルケミーやブラック・マジックに近い面も持ちます。ただし、彼らにとってダーク・エレメントは休息や密集を示すものなので、ネクロマティックのドメインはないようですけど。
一般的なホワイト、ブラック、グレイという魔法体系で言うなら確かにグレイマジックに所属します。しかし特殊すぎる。
そんなわけで、実は体系で考えるよりも、もっと根本から別のアプローチをせねばなりません」
うなづいて先を促すバウテカ。
「まず魔法にはその源になる物があります。宗教法典の文字から真理を求めるとか、己の肉体から引き出すとかいろいろあるわけですが。
一般的にはこの源、ファンタジー小説で有名になったマナという言葉で総称されています。それが純粋にエナジーだったり、行為のトリガーだったり、別時空や高位者へのパスを通したりとマナの使用法は魔法体系によって異なりますけど。まぁ、概ね物質から発している波動がマナだと言えます。マナの純度の高い物質、低い物質、濃度の濃い場所、薄い場所といろいろで、魔法の効果も変化します。
エスパーであるあなたに分かりやすい様にいいますと、物質からの波動が魔法を生み出し、精神からの波動がESPを生み出す、ということです。まぁ、逆だったり、混合だったりと例外はありますので、概念的にってことで」
ハワードはカップに口を付け、喉を潤してから話を続けた。
「え〜、ミサキ・マジックも他のマジック同様にマナで発現しますが、これがかなり特殊です。そのマナにあたるものは物質からの波動ではなく、原子レベルの振動、つまり素粒子としての<存在>そのものなのです。彼らが信じてるのはこの<存在>なんですよ。
いいですか、この世界に存在するものは自然物であれ人為加工物であれ、複数のエレメントで構成されています。このコーヒーカップであれ、机であれ、術者の肉体であれ、複数のエレメントの集合体。これはいいですね?
一方、純然たる単一エレメントの存在はエレメンタルと称されます。ですが、これは本来この世界には実体化できない、架空の存在。通例、エレメンタル・プレーンからの召喚など、魔法によってしか作成できないのです。
で、このエレメントですが。四精霊や五大要素、五行、七祖、九霊などで分類されますよね。
ミサキの解釈によればこの世にある全ての物質は7エレメントによって構成されています。アース、エアー、ファイアー、ウォーターの基本4エレメント。そしてエナジーの方向性を決めるライトとダーク。この六エレメントが第七のエレメント、タイムによって結ばれている。この七種のエレメントの比率によって、物質はその性質、姿を決める。故にその配合を変えれば、別の物質に変わる、というのがミサキのアート・オブ・マジックです。
そしてその各エレメントへのアプローチ方法をミサキ・メイジは本能的に理解しています。それはすなわちエレメンタルを自在に抜き出せるということ。特にアーク・メイジの称号を持つ者だと、一つのエレメントだけでなく、七種のエレメント全てに同時アプローチが可能です。つまり、物質を完全にエレメンタル化させられるのです。さらに分離させた七エレメンタルを強化したり、弱体化させてから再び結合させエレメントの集合体に戻す。それによって配合率を変え、物質を原子レベルで組み替えることができます」
「物質変換か・・・。洒落にならんな」
溜め息をつくリャンに、ジョージは肩をすくめて答えた。
「まぁ理論上は、ですよ。現実に変換出来る質量など、たかがしれてます」
「それでも呆れる話だろうが。もし本当にそうなら、金だって作れる。錬金術師が聞いたら怒り狂うぞ。賢者の石なんて補助要素も使わずに、より高位の物質に配合変化させる。それが出来るんだろ?」
「おっしゃるとうりで。なにしろ錬金術でいう高位、下位というのは単に自然界に存在する比率、ぶっちゃけ、レア度がベースです。エレメントの配合という点からすれば、ダイアも鉛筆の芯も姉妹みたいなもんですからねぇ。
ただし、量的だけでなく、時間的にもたかがしれてましてね。6エレメントを結合させている第七のエレメント、タイムはミサキにも扱い難い代物でして。タイムをエレメンタルにする程、強力なアプローチができるアーク・メイジはほとんどいません。よって、6エレメントのみの配合変換で行うため、元に戻ろうとする結合力によって効果はごく短時間、ナノセコンド程度で終わります。
実は物質変換の力は専ら超常現象を通常現象に戻すことに使われます。変えるのでなく、戻すのです。それならばタイム自体の復元力が有利に効果するため、変換も支障なく起こるわけです。再変換、と言った方がいいですね、この場合。
ミスティックによってむりやり変換された物質を元のあるべき姿に再変換する。異常を通常に戻すこと、それが彼らの本質です。<裁縫屋>、<ほころびを繕う者>というあだ名はそこに由来します」
リャンがまたうなづくのを見てから、ハワードは先を続けた。
「ではミサキ・マジックへの対抗策を考えてみましょう。
まず防御魔法ですが。白魔法であれ、黒魔法であれ、ミサキ・マジックを弱める魔法があります。ライトかダーク・エレメントを押さえつけちゃえばいいんです。
ミサキマジックでの七要素は物質に直結する四精霊、その方向性を定める二精霊、そしてすべてをつなぐ一精霊の七種です。ミサキによれば二精霊、ライトとダークはタイムによってお互いの支配力を変えてゆきます。ライトとダークは反発するのではなく、密接したもの。光なき真の闇はありえず、物質がある以上、光から闇が生じるという考えですね。月齢がよく引き合いに出されますが、それよりもむしろ夜明けと日没で支配力が入れ替わると言った方がより理解しやすいでしょう。カワタレとタソガレとミサキでは名付けていますが」
いや、それはちょっと古いが普通の日本語だとリャンは心の中で突っ込みをいれたが、もちろん口には出さず、聞き続けた。
「ということでミサキマジックは基本的にライト&ダークと密接する。なのでそれへの干渉で魔法効果を弱体化できるのですよ。
プリーストなら神聖系魔法でダーク・エレメントを弱体化できます。結果ミサキ・マジックの効果もその弱体化に比例して落ちてしまう。7エレメントのうち一つでもミサキの支配力を落とすことができれば、一定比率で7エレメント総てへの支配力が下がる。比率として7エレメントを包括的に認識する点が弱点になるわけです。
でも、エレメンタラーならもっと簡単に弱体化できます。例えば7エレメントの一つ、ファイアをエレメンタルとして召喚し、使役させておくこと。そうすればその支配力がミサキ・メイジの影響力より大きい間、その場での物質変換に限界が生じますから。7要素のうち、一つが固定化され、ミサキズ・メイジの思いどうりにはならないわけです」
「どちらの支配力が強いか力比べだな。だが、そうだとしたら複数にアプローチするミサキ・メイジより、単一に深く影響するエレメンタラーの方に勝算はあるな」
「そういうことです。つまりミサキ・マジックは別段、無敵ではありません。広く浅くって点が珍しいだけです。
他にもアイス・ドメインのエレメントが有効である点が確認されています。ミサキの考えですと、万物は流転し、姿を変えていく。その中で凍らせることでその変化を遅らせる力を持つアイス・ドメインはミサキが苦手とする要素なのですよ。トップクラスのアーク・メイジともなると別ですが、通例一回ウォータ・ドメインに変換してから対処するので、時間稼ぎになります。アイス・ドメインのパラエレメンタラーが多分一番の天敵でしょうね、ミサキにとって。
ま、天敵と言うなら別のロジック、えっと、コトワリ、ですか、それを有したままこの世界に侵入してくるミスティックこそ天敵ですが。
あ、これは脱線しました」
ジョージは謝罪の意味か、軽く頭を下げてから説明を続けた。
「しかし、弱体はともかく、封印は大変困難です。
ミサキズ・メイジのマジックを封印する方法を考えてみましょう。
結果を先にいうとミサキ・マジックでも低位のものには、封印魔法や呪符結界による封じが可能です。ですが、<ザ・セブン・ソーズ>や<ザ・セブン・ソウルズ・ブリンキング・スラッシュ>を代表とする高位マジックには封印は無意味です。ミサキ・マジックはエレメンタルに基づく物。エレメンタラーに対してなら、エレメンタル・プレーンからのプレーン・シフトを妨害、またはそのルートを遮断することでエレメンタルの出現を阻止できますが、ミサキは何からでもエレメンタルを引き出せます。自分の血の一滴からでもプレーン・シフトなしでできるのです。それへのシールドとは原子レベルから封じねばならないことになりますから、理論上不可能なのです。これに抗するとなると、術力によって、それら高位魔法の出現を力づくでおさえるしかないんですよ。
神にあたる高位次元者とのコネクトも、精霊界へのゲートも、マナを力に転換するための特定の材料も不要。威力の大小はあれど、地球上はもちろん、この宇宙のどこででも作用するのがミサキ・マジックの恐ろしい所です。血筋にしか高位の力が発現しないため、ごく少数の使い手しかいないのですが、さすがにここはお膝元ですからねぇ。今、この部屋でゲートでも開こうもんなら、ミサキノオヤマにいるアーク・メイジ七人全員が駆けつけること請け合いです。これは強敵ですよ。
次に相殺を考えてみましょう。他のマジック・カテゴリーであれば反作用するカテゴリーがあり相殺可能ですが、ミサキ・マジックにはそれがありません。ミサキ・マジックのマナはこの世界、<存在>そのものです。反作用するカテゴリーを敢えて挙げるのなら、それは<虚無>です。もちろん、そんな物は存在しようがありません。
ミサキ・マジックは光と闇、双方のカテゴリーを持ち、なおかつ時間までもエレメンタルとして包括する。これを防ぐのは無理ですよ。時間とは原子レベルでの振動と言い換えてもいい。人が知る限り、それが最短の時間単位ですから。つまり人の知覚範囲に限れば、物質あるところ、時間があり、ミサキ・マジックもありってことですね。
ということで、結論です。ミサキを敵にしてはいけない。
ミサキにはゲートを守り続けてもらって、我々はそれに手を出さない。これが一番安全なんですよ。ミサキとの接触はシャオツェンにとって百害あって一利なしということです」
いつものお手上げポーズになるハワードに、バウテカは溜め息をついてみせた。
「世界を構成する全種のエレメンタルを一度に宿す、か。そんなのに出会ったら、俺なら逃げるな。人間業じゃないぞ、そりゃ」
バウテカが逃げ出すと言った<ザ・セブン・ソーズ>。今、美咲由美はその七剣(ななのへのつるぎ)になった。
精霊を介した目と耳でシャッテンの攻撃を素早く認識する。美咲の長い歴史でも由美ほどに七剣に精通した術者は滅多にいない。今の彼女ならば機銃弾は時の結界を張るまでもなく、風精だけでずらせる。音響攻撃は広範囲に広がるのでちと厄介だが、元々音と美咲流呪術との相性はすこぶる良い。音の精霊といった類の存在が美咲流にないのは苦手だからではない。逆にあまりに当たり前の存在故に、音のエレメント単独に分離する必要がないのだ。美咲の解釈によれば万物は揺らぎ、流れ、変化していく。確固たるものなど何もない。全てが揺れる。その不協和音こそがこの世界。よってあらゆるものが振動し、音を発している。美咲を象徴するアイテム自体が鈴だ。衝撃波や音波を緩和したり、相殺したりするのは得意中の得意なのだ。
シャッテンは確かに強敵だ。だが、銃弾と音波なら術力が続く限り防御は可能。問題はその術力がいつまで持つかである。アンチ・マジック・シェルがある以上、シャッテンに対する魔法による直接攻撃は効かない。香土岐の様に間接攻撃のみでは足止めが精一杯だ。敵は疲労を知らず、なおかつ結界内故に無限に可動するだろう機械。ぎりぎりのパワーセーブをし続け、戦闘を長引かせねばならないだろう。一秒足らずのうちに七剣はそう認識し、最低限必要な術力まで、己の力をゆっくりと開放した。
シャッテン二機の動きを予測しつつ、同じく最低限の術力で攻撃をしていた香土岐も、さすがにそのプレッシャーには呆れた。器物写しで精霊を呼んであったとはいえ、七とせの呪法を一分で行うのは香土岐にとってもデタラメの一語である。
美咲に任せましょう。風華、南西に移動するわ
はい、あね様
香土岐がホバリングしながら管理棟に方向転換した。それを追ってシャッテンが回避位置予測を立てたところで、側面から強大なエナジーが膨れあがったのを波動センサーが捉えた。Ausf.IVが新たな目標までを射撃距離と判断し、右肩に装備されたソニックブラスターの射撃姿勢に入る一方、Ausf.Vは迫り来る波動からシェルで消去できるエナジーと、衝突予定のエナジーとに分け危険度を計算した。
高驚異目標と認定。
高驚異目標、"ザ・セブン・ソーズ"発動中。
波動確認、高驚異目標をミサキズ・アーク・メイジへと認定変更。
目標変更、第三目標から第一目標に。照準リセット。
攻撃開始。
二体のシャッテンは同時に対ミサキズ・アーク・メイジ戦に入った。
第三章
「11時チャーリー、ホテル。アルファ!」
逃げ遅れた生徒、職員が立て籠もっている記念講堂に、天使隊OB、郭佐恵(くるわ さえ)の声が響く。間髪を入れず元帥が腹に響く大音声で発令した。
「皆瀬樹隊は入り口内側まで後退、左の壁に貼り付け! 勝城隊、突入用意を!」
通例であれば超常研会長、美咲由美が立つであろう講堂の演台に、会長の数倍もの体積を誇る巨体が仁王立ちしていた。脳筋の代表、柔道部の猛者、2年D組の太田原総一郎。通称「元帥」だ。肉体はともかく、頭はからきしに見える元帥。戦略・戦術級は見た目どうりダメダメだったが、作戦級の指揮官としては役に立つのだ。それもかなり。限られた戦力を最大限に生かすのは彼の得意中の得意だった。いつもの美由美との漫才からすると予想も出来ないが、こういう場面では自陣にどーんと君臨する大将としてのカリスマに溢れて見える。まさに「元帥」の貫禄だ。
「よし、今だ! 皆瀬樹、退路を断て! 勝城、右から殲滅しろ!」
制服から着替えた柔道着姿でどっしりと構えた彼は、今もその小さな目と小さな頭脳をフル活用し、戦況を把握して、確実に魔性を撃退し続けていた。
一般生徒を美咲が張った防御陣の真ん中、講堂中央に集め、超常研アタックチームを正・裏二カ所のドアに配置し、防戦し続けてどれほど経っただろうか。時間の流れが混沌と化す魔性の結界内では、時計すらばらばらに時を刻むので意味を成さない。
地下に埋め込まれたプラズマ分離器は講堂の中央に吸引部があるため、中央が一番効果が高く、周囲に遠ざかるにつれ、その威力は落ちていく。正直、講堂入り口で防戦するとなるとかなり吸収速度は下がるのだが、講堂内部に侵入されてしまってはMP体相手の戦いは不利だ。なにしろ空を自由に飛んじゃうのだから。幸い、この講堂は分離器の暴走に備えて、建築段階で壁も天井も床下も霊体を遮断する鉛を張り込んである。また去年あったある戦いの舞台になった経験から、窓ガラスも清めの塩を混ぜた特殊ガラスに交換してある。結果、この講堂に入るには幽霊であっても二カ所のドアを通るしかないのだ。ましてやHP体がその強靱な肉体を持ってしても突破できないほどに壁は装甲されている。そう、ドアさえ守ればよいのだ。
突発的事態にしては超常研はよく粘っていた。装備も一部しか回収できなかったし、チームにも欠員がある。講堂地下に配置されたプラズマ分離器<くみちゃん>を動かす為に来ていたOBも、三年の引退組も協力して戦ってくれているが、戦闘準備なしでこの連戦はつらい。会員にも疲労の色が濃く出ており、負傷し脱落した者もいる。由美が張った防御陣と療術結界によって致命傷は防がれているが、戦力が消耗しているのは確実だ。
しかし、美咲に代わって戦闘を統制する指揮官・元帥が采配する姿には微塵の不安もためらいもない。会長が戦場を整え、元帥が指揮している。この二人に従っていれば必ず勝てる。一般生徒は間近で見る対魔性戦に怯えきっていたが、超常研会員の志気は下がってはいなかった。
ここまで防戦し続けてこられたのは、現役の奮戦のみならず、策敵を担当しているOBたちの存在も大きかった。
OBが来ていたのはプラズマ分離器を使って測定の補助をさせるためだった。しかし、今はそんな状況ではない。分離器はそれを組み立てた本人、佐倉井元科学部長によってハード構成が急遽変更されていた。ブーストではなく、他の二つの使用方法が同時にとられていたのだ。一つは精進が設計した元々の分離器。接近するMP体、つまり幽体の力を吸い取り、電力に変えている。二つ目はその電力で稼働している魔性の位置測定器。専門に作られた今のVer.4や5とは比較にならない程、解像度、効果範囲共にお粗末なものだが、講堂周囲の状況を把握するにはなんとか使えていた。もっとも、結界の中なので、学校以遠の効果範囲があっても意味はないのだが。
魔性の結界は精進チームの研究によって解析されつつあったが、まだまだ未知の存在だ。その「壁」も不可視だったり、張られた瞬間の残像が見えていたり。手慣れた魔性が張ると、外からは日常の授業風景が見え続けたりもする。壁を通しての通話は無線、有線共に効かないのが普通だったが、中にいる者同士では携帯がつながったり、電源自体入らなかったり、ある特定の固定電話だけ外と話せたりと無秩序この上ない。さすがは「超常現象」というところか。
今この学校を包んでいるのはこれまでに例がないほど堅固なものだ。堅いというより、ごちゃごちゃとしている混沌の落とし子とでも言おうか。図書館に封印されていた高位のミスティックたちが一斉に張ったこの結界は、混沌度Max状態なのだ。これでは外との通信は期待しようがない。よってOBは今できる最前策として策敵に専念していたのである。
もっとも、それは外がどういう状態になっているのかを知らないから、とも言えた。外界での強力な通信&電子障害。それを防いでいるのが魔性の結界というのも皮肉な話しだ。
「1時ブラボー、マイク。ブラボーからチャーリー」
オペレーター役の郭は講堂の半地下にあたる用具室から声を張り上げた。講堂の壇は1メートル程床上にあるのだが、その台座部分が椅子をしまっておく用具室になっており、郭はスライド扉、彼女からすると窓にあたる戸を開け広げ、そこから頭上に立っている元帥に伝えていた。郭のすぐ脇に、はしごが付いた大きめの縦穴がある。その真下、地下で魔性の位置を観測し続けている香坂の声を伝令しているのだ。
「開田隊、佐伯隊と前後衛を交代。分離まで時間を稼いで粘るんだ!」
佐伯一磨と開田陽一は口々に「了解」と短く叫ぶと入れ違った。佐伯隊が後退するとすぐに開田は右手を挙げて隊員に前進を指示した。
由美によってOB、職員、生徒会、超常研の連携プレーが瞬く間に確立されてすぐ、元帥は由美から実際の戦闘指揮を任された。超常研のアタックチームは、由美によって確立されてから1チームごとに単独で対魔性戦を行なってきており、二カ所同時殲滅といった方法以外、複数チームが連携したことはない。よって篠木原たちは今ある5チームをHP戦、MP戦向きに再編するか、あるいは交互に戦闘させるかと考えていたようだが、指揮を任された元帥は違った。
まず左翼たる正門側に新人の皆瀬樹隊、2年の勝城隊の2チームを連携させた。これはもともと大人数の1チームであったのを二分したため、お互いの意思疎通は早い。特に新規隊長に抜擢された皆瀬樹は勝城を先輩リーダーとして尊敬している。一方、その勝城は皆瀬樹が自分以上に立派な隊長へ育つという期待を寄せている。かつて「奇跡の金曜日」、大山商業高校での激戦を共に勝ち抜いたリーダー二人の相互の信頼は篤かった。
右翼にあたる裏門は1年のエース佐伯隊に、寄せ集めながら経験豊富な開田隊がペアを組んだ。加賀壬不在でMP戦に心許ない佐伯隊を、開田隊の清めの塩弾幕で支援する形だ。逆にHP戦なら佐伯隊の強さは折り紙付きなのだ。そして最強の篠木原隊は右翼、左翼と一般生徒のいる講堂中央とで出来る逆三角形の中心に後詰めとし、最終防衛ラインを組ませた。
以後、元帥指揮の下、防戦は継続中であった。
右翼を守る隊長の一人、三年の開田は受験を理由に超常研を引退していた。しかし、こんな事態でのんびり守られているわけにもいかない。同じ思いの引退組や助っ人、野木や木下、森本たち八人と臨時の隊を結成し、防戦に加わっていた。装備は1年生が回収してきた物や、引退してもどうも手放せなかった愛用のガスガン、お守り代わりに持っていた殿下の爆裂札程度。後は現役会員が貸してくれたバックアップ用の武器くらいだ。心許ない事この上ない。しかし、彼らは1年チームより経験豊富であるのだし、なにより守るべき友がすぐ後ろにいるのだ。ここで粘らねば先輩としての立場がない。
「敵はMP体、位置はB、斜め上だ! 森本、上空制圧、頭を押さえろ! ただし連射せず3点バーストで弾数は少な目に。大丈夫だ、塩弾は聖水を吸わせた新型だ、俺たちの使ってたのとは比較にならない威力がある! 野木、木村、森本を支援。他は敵をまっすぐ来させるな!
いいか、時間はこっちの味方だ! 既に驚異度BからCに落ちつつある。佐倉井部長が必ず分解してくれるぞ」
開田の声に隊員は一斉に頷いた。
一般生徒たちが固まる円陣の中で。開田陽一の妹、開田茜は兄が戦う姿を初めて見た。以前、自宅で防衛戦の準備が成されたことはあるが、その時には実際の戦闘はなかったのだ。
普段無口で二言以上話さない兄が、仲間の志気を鼓舞し、勝機を生み出す為に声を張り上げているのは正直驚きだった。第三次開田隊には、元々のメンバーもいたため、寄せ集めとは思えないほど開田の指示に忠実に従っている。ましてや開田は去年殿下の下、美咲と共に副会長をしており、それを知る今の2、3年生にとって、彼への評価はすこぶる高かったのだ。初めて組んだ助っ人にすら忠誠心に近い感情があるほどに。兄がそれを得るまでの長い道のりを想像することもできない茜には、その姿まで超常に見えていた。
「お兄さん・・・」
茜と抱き合っている親友、鮎川紫織がぽつりとつぶやいた。
「かっちょえぇな」
「・・・」
パジャマ姿でうろうろしてたり、私のお茶碗使っちゃったり・・・。
いろんな兄を見ていた茜は紫織の言葉に素直に従えなかったが、反論もできなかった。
暗い地下にある制御室で。モニターからの光に照らされる香坂の表情は真剣そのものだ。5秒ごとに走査線がちらつき、最新情報を表示するのだが、ここまで接近した対象に5秒は長い。情報更新が遅すぎるのだ。一瞬でも指示が遅れれば、対HP戦に奮戦している運動部員に、MP体の精神攻撃を浴びさせてしまう事にもなりうる。
今、新たにHP体の反応が出現した。校庭側から地表を進んで来る何か。速度は遅いが魔性としては最高の驚異度判定だ。こんだらかサッカーゴールだろうと脳裏でちらりと判断するが、それより前に口が開いていた。
「校庭側校舎脇から地上歩行中のHP体! 驚異90!」
「2時チャーリー、ホテル。アルファ!」
すかさず頭上で郭が叫ぶのが聞こえる。すぐ後に元帥が指示する声もプラズマ分離器の騒音の中、かすかな振動として聞こえた。
中央に位置する講堂。校庭、中庭、体育館の端、普通校舎の一部。その程度しかモニタ範囲になっていない。その外がどうなっているのか。今まさに百体もの魔性が近づいているのかも・・・。
頭を振って不安を振り落としながらも香坂の目がモニタを見続けているのはさすがだ。とはいえ、それは「何をしでかすか分からない王国大王」の隣に長くいすぎたので、不安と驚異、突発的事項に麻痺してしまった、という事でもある。
モニタを睨む彼女の隣で。元科学部の部員で、今は佐倉井と共に本条精機に研究員として就職している娘が首を傾げた。
「おっかしいなぁ、どうしても消えない、このノイズ」
えっと、この子、去年3−Bだった・・・、何て名前だっけ、と思いながらも、香坂は名前を忘れているなどそぶりも出さずに答えた。
「これ以上ノイズ除去するには一回再起動しなくちゃならないでしょ。今はそんな事できないから。このまま行きましょ」
「うん、そだね。でも、ずっと同じパターンなのが気になるなぁ」
彼女は軽くパーマをかけた頭をもう一度傾げてから、分離器のリミッターを見に行った。だが香坂はその背を見ることはもちろん、声をかけることもなかった。
「同じパターン・・・?」
言われてみればそうだ。数分前、まぁ結界内なので時間は意味無いのだが、香坂の体内時計では数分前から、画面全体にノイズが入ることがしばしばあった。それ自体、文字が歪む程度。この試作機の最初の電源onからつき合っている彼女にはその程度の歪みは問題なかった。なので、すっかり無視していたのだが、今、そう言われて見ていると、パターンが有るようだ。それは二種。交互に出ている。
「部長!」
香坂に呼ばれた佐倉井は、最初その声を無視したが、すぐに自分の事だと理解した。香坂が所属していた物理部の部長、精進徹はここにはいないのだから。
「どうした?」
シカトかましかけたのに焦って、佐倉井が振り向いた。
「ノイズにパターンがあるんだけど・・・。なにか干渉する要素、あった?」
香坂はこのプラズマ分離発電機に設計図段階から携わってはいたが、元々は理論物理学者だ。この試作機を組み立てた本人に聞いた方が確実だろう。そう考えて彼女は佐倉井の意見を聞いた。
「干渉・・・? いや、ありえないだろ? だって波動以外、こいつに影響及ぼすなんて事、いくら試作機でもないよ。
干渉するなら範囲外で基準値100以上の魔性か、他の<くみちゃん>か・・・」
「え!?」
香坂はモニタから目を離さないままで驚愕の表情を浮かべた。
「あ、これって・・・。<くみちゃん>の起動パルスじゃ・・・」
そう、考えてみればその可能性が高い。香坂は理解した。魔性の発する特殊な波動、プラズマ放流とでもいう振動に反応するためだけに作られた専用機。それが<くみちゃん>シリーズの基本だ。見えず聞こえない、深い領域から人が利用できるように「汲み上げる」の意だ。
魔性の影響する高次元フィールドにはその他の波動は影響を及ぼさない。そこにノイズとして干渉を及ぼすのは予想測定値を越える強大な魔性が出現、あるいは消滅する際の波動か、同じ<くみちゃん>同士の影響しか考えられない。どんなに距離があろうとも同一の高次元フィールド内だ、<くみちゃん>の探査器が出現する起動ノイズをお互いに測定しあってしまう。
「はぁ? 再起動しまくってるのか? 精進のとこか研究室で何か被害が・・・」
言いかけた佐倉井の言葉は止まった。
「ん?」
香坂の問いかけには反応しないまま、佐倉井がつぶやいた。
「ツートン、トンツー? ノーベンバー、アルファの繰り返し?」
「何? 一体・・・」
「これさ、香坂、N A って読めるんだけど。通信なのか?」
超常研副会長にして、美咲由美の代理たる講堂防衛総責任者、篠木原は大声で呼ばれて急ぎ階下に降りた。
階段を下りた彼は郭の隣をすり抜け、はしごを伝わってさらに下へ。
「信号とは一体?」と、篠木原は佐倉井&香坂というちょっと珍しい主・副コンビに声をかける
「モールス信号でNANAってずっと続いている。なんだろう。ノースアメリカ? ノット・アライバル?
ナナナナナナナナ、っってバットマンのテーマ・・・だったら笑えるな」
先輩の冗談には返事する余裕もなく、シュンこと篠木原は考え込んだ。その間にも先輩二人が予想を口々に伝える。
「99%室長がやってるわ。再起動、こんな短時間で繰り返すなんて、怖くって誰にも真似できないから」
「多分殿下が付いてるんだと思う。精進はモールスなんてSOS以外知らないだろうけど、殿下、俺以上の無線マニアだから」
精進室長と殿下会長が何かを伝えようとしている。あの二人の事だ、普段なら一般人には理解できない洒落やお遊びかもしれないが、今は非常時である。ならば反対に、極度に重要な事に間違いない。シュンの脳はフル回転になった。
「ナナ?」
はっと目を見開くシュン。もしや・・・
「この件はおまかせを! 魔性の早期発見を継続してください」
シュンはすぐにはしごに飛びついた。
「篠木原、どこへ?」と香坂。
「会長に伝令を出します!」と、走り去りながらシュン。
彼ははしごを登り切り、郭の隣を再びすり抜けると、階段には向かわず、そのまま開いている窓にあたる戸から講堂の床に飛び出した。
「篠木原隊、集合! 近藤会長もこちらに!」
演台の端に集まり、対策を協議する首脳陣たち。美咲に伝えたくとも放送機材は反応なし。携帯も圏外。走って伝令しようにも、今彼女がどこにいるのか分からない。講堂以外は魔性の荒れ狂う無法地帯。そこをうろつくのは自殺行為なのは間違いない。
「なんか燃やしてさ、由美ねぇ呼んじまった方が早いっしょ」
由美の従姉妹、美由美はそう簡単に答えたが、みんなそれには首を振った。
「会長にこっちに来る余力があるなら、きっとそうしている。ここには生徒が避難しているんだから」
「それに室内にいたら見えないしな」
「んじゃうちらで一っ走り・・・」と美由美。
「だめだ。右翼左翼に2づつ、後詰めに1。5チームでギリギリだ」
美由美の第二の提案は元帥に速攻で却下された。
「伝令に出すなら一人だ。HP要員とMP要員の二人を組ませてやりたいところだが、その余裕はもうない」
元帥は苦いモノを吐き出すようにそう告げた。彼が最も戦力の消耗具合を認識していたのだ。
「美咲の防御結界の外。そこで出くわす魔性はHPかMPか予想できない。そうなると両方に強い者一名に賭けるしかないな」
近藤生徒会長の声に、「俺が行こう!」と決意に満ちた声が上がった。それは熱血新人教師、園比良(そのひら)裕一郎だ。続いて1−C、佐伯たちの担任、体育教師の赤城敬之助も名乗りを上げた。しかし。皆の反応は冷たかった。
「魔性戦の経験がない人を出陣させるわけにはいきません」
近藤の一言。園比良たち教師は、ある者は項垂れ、ある者は怒りに拳を握った。
「ご理解下さい。彼らは不安や恐怖を煽ります。それに接触した経験のない人は、どんなに強い決意を持っていても、魔性には無防備なんです。逆に意思が強いが故に幻術で操られ、同士討ちになるのは間違いないです」
退魔戦のエース、篠木原隊の隊長にそう静かに説得され、教職員は黙りこくった。
「んじゃ、あたし行くわ」
美由美がスカートを翻し、走り出そうとした。咄嗟にその腕を掴み、止めたのは三沢弘展。通称サーだ。
「いてっ、痛いよサー!」
「いつもの武装ならともかく、今はダメだ、美由美」
彼女の主兵装、MG42型エアマシンガンの威力は凄まじい。対MP用の塩弾に、対HP用の重BB弾と二種のマガジンを使い分けることで、双方に多大な被害を与えることが出来る。しかし、今、美由美の武器はオフ仕様のPPKと多段式のロッドのみ。彼女の非凡な運動神経を持ってしても、それはいかにも心許ない。
「美由美、チームリーダーとして禁じる。武器の回収は諦めてくれ」とシュンが追い打ちをかけた。
「え〜〜〜〜〜〜〜っ」
不満たらたらの美由美。やはり伝令ついでに部活棟の会室まで行って、鍵が厳重に掛けられた専用ロッカーから愛用のMG42を取ってくるつもりだったらしい。だが部活棟は管理棟のすぐ脇。魔性戦にいくら長けた美由美でも、幾体もの魔王がかけた結界の一番濃い部分に行って無事ですむはずがない。なにしろ、彼女は「美咲」であっても術者ではない。由見の力もない。それどころか術力は一切ない「未由」同然なのだ。確かに未由同様、幻影は効き辛い。だが精神波動というMP体の基本技には抗する術がないのである。
そう、そこで美由美もやっと気が付いた。
由美ねぇの事だ、一番の激戦地にいる。それを捜すとなると魔力溢れるまっただ中、戦場に飛び込まなくてはならない。それに抗し、なおかつ魔性の気配を察してそれを避けて前進するためには・・・。
そうなのだ、伝令役は術力のある者でなければ務まらない。
「でも、でも。術者なんて由美ねぇ、真由理、殿下会長、香土岐先生・・・くらいっしょ? 今いないじゃん」
「あー。殿下会長は術者じゃないんだけど。ま、退魔の刃、殿下の宝刀持ってるから・・・」
言いかけたシュンの言葉は途中で途切れた。
退魔の刃。そう、それを持つ者は由美、殿下。そして・・・。
「いたな、もう一人・・・」
「HP戦、MP戦共に得意・・・」
「魔王をサシで倒した奴が・・・」
事態を理解した皆が複雑な表情になった。危険な任務である。しかし、最も成功確率が高いのは彼女だ。困惑が彼らを包む中、正門では勝城隊がポルターガイスト現象と化したデッキブラシの大群と戦う音が響いている。今、この瞬間にも防衛は続いているのだ。消耗戦になりつつある戦いが。
「それで行こう」
元帥が堂々とした声で決断した。
「大田原君、ちょっと待って! まだ1年でしょ、それも中途入会で・・・」
生徒会書記、宮乃の心配げな声は元帥の腹に響く太い声で遮られた。
「心配ない。あいつは俺たちより肝っ玉太いかもしれんぞ。
それにな、戦場での論議は時間の無駄だ。必要が発生したなら対策を立案する。そしてその代案がないなら、それで決定だ。
そういうことだ」
元帥は腕組みをしたまま宮乃を、そして顔を歪めている仲間を見回した。シュンがサーが、そして美由美が頷いたのを見て、裏門に向き直る元帥。
「1−D前原! 来い!」
殿下によって「モノホン巫女」と命名された前原静音は普段、巫女装束で退魔業にあたっている。しかし、今回は授業中だったので制服のままだ。和弓は佐伯たちが持ってくることができたが、破魔矢は用意していない。結果、今の装備は右手に開田兄から借りている精霊銀のナックル、左手に霊刀朝霧。背中に弓と通常の矢八本。彼女が主と呼ぶ加賀壬もここにはおらず、彼女とのリンクも結界によって途絶していた。よって切り札である朝霧の真の力は出し切れない。
しかし、彼女の魂は熱く静かに燃えていた。
「お任せを」
伝令の件を聞き、前原は即座に短くそう答えた。彼女は加賀壬に約束したのだ。ここは任せろ、と。それは前原にとって主君との盟約と同じだった。
前原の抜けた穴を補充すべく、佐伯隊には金属バットを握った赤城たちマッスル系教師が三人加わった。教職員に志願者は多かったが、狭い裏口で戦う以上この人数が一度に戦う限界だったのだ。
OBがくれた清めの塩を制服のポケットに入れただけで前原の準備は終わった。既に戦闘状態だったのだから。超常研のメンバーたち、佐伯が、山崎が、北村が、昆が見守る中、前原は講堂を飛び出した。
会長が張っていた結界を抜けた途端、重苦しいプレッシャーが彼女を襲う。粘り着くような異様な感触。不快な耳鳴り。空気まで重く湿っぽく感じるほど。前原に流れる破邪の血が、この<場>に抵抗しているからだ。
管理校舎に向かうには校庭経由、校舎内の渡り廊下、そして校門の脇を過ぎるという三つのルートがあった。前原はまず目的地を図書室と決めていたので、そこに向かう最短ルートとして校庭経由を選んだ。それは彼女が普通に走るしかなかったからだ。管理棟の三階には内階段は繋がっていない。正確に言うなら以前香土岐の進言によって塞がれてしまった。荷物運搬用のエレベーターはあるが、そのキーは香土岐しか持っていない。故に図書室に行くには校庭側の外階段を駆け上がるしかなかったのだ。一方、しばらく前にルートを選択した美咲にとっては、いざとなれば壁を駆け上がるでも飛ぶでもよし、だったのだが。前原にはその選択肢は許されていなかった。
校庭に走り出してすぐ、前原は自分の判断が正しかった事を知った。ハードルの団体さんが、長髪の女生徒を模した影法師を追って駆け回っていたからだ。会長の得意技、折り紙による式神だろう。そう前原は予想した。これは結構笑える状況だったが、今の前原にその余裕はない。どうやら会長もこのコースを通ったらしい。周囲を見回し、近づいてくる姿がないのを確認していた時、温水プールを作っている工事現場で10メートルはあるかという水柱が突如突き上がった。ぎょっとしてそれを見る前原。しかし、よく見るとそれは水柱ではない、氷の柱だった。まるで水晶の様に一カ所から数本の巨大な水柱が出現したのだ。そしてそれが一気に宙を舞い、地面に突き刺さっていく。地面はそこに穴でもあるかのように、柱をすんなり飲み込んでいた。
それは魔性の仕業というより、会長の仕業に違いない。加賀壬ならそう予測するだろう。今のは水と風と地の要素あってこそ、だと。単体ならばともかく、複数の精霊にあそこまで干渉出来る魔性は滅多にいないだろうから。そしてそのとおりに前原も判断した。加賀壬を一番よく見ていた彼女には加賀壬の判断が無意識のうちに想像できたのだ。
会長はあそこか。なら校庭を横断するか、脇に回り込むか。前原は瞬時迷いを見せたが、回り込んでいるうちに会長は移動してしまうかもしれない。ならば。覚悟を決めた前原は校庭のど真ん中を突っ切って疾駆した。戦いはプールから裏門の方に向かっているようだ。銃撃が、そして音響兵器が飛び交い、大地が割れる。
敵は魔性ではない。ミサイルで襲撃してきたテロリストだ。前原はそれを理解した。
その凄まじい戦いに魔性も恐れをなしたか、全力疾走する前原の正面からこっちに来るでかい物体があった。どんでん黒板かと前原は思ったが、よく見ると、それは野球部が長年大事に使っているスコアボードだった。つぶらな眼があり、すね毛も露わな足が二本、にょっきり生えている以上、騒霊ではなく、HP体の魔性だ。
そいつは「あ〜れ〜〜っ」と叫びながら逃げてきたが、前方に人間がいる事に気づくとそのにょっきりあんよを止めた。ついでボード前面を朱に染めた。
「見ぃたぁなぁぁぁぁぁ・・・」
不気味な声を発するが、ボード前面、目の下あたりが朱色なところからして、どうも逃げる姿を見られて恥ずかしかったらしい。
普通なら力が抜けそうになる姿に状況。しかし前原は全く動ぜず、右手でスカートを掴むと、手にしていた朝霧で布地の左側面を一直線に切り裂いた。そしてそのスリットから朝霧を鞘に戻し、背中に伸ばした手で弓袋を降ろすと弓を引き抜いた。弓道部に置いてあるファイバー製の弓ではなく、竹で出来た長大な和弓だ。彼女はしゃがみこんで弦を掛け始めた。
「むっき〜〜〜〜っ! 無視すんな〜〜〜っ! 青春の汗! それはすんばらしいぃぃ〜〜〜〜〜〜っ!」
わけ分からん奇声と共に突撃してくるスコアボード。前傾姿勢で力強く大地を踏みつけて来るその姿は結構様になっていた。しかし、前原は少しも焦る事もなく、手早く弦を張り終えると右手に指掛けをはめた。口でベルクロを留めながら左手で弓を持ち、すっくと立ち上がる前原静音は弓構えの姿勢に入った。
「ファイッオ〜〜〜〜〜っつ!!」と、奇声を上げながら突っ込んでくるスコアボード。前原は流れる動作で弓を引き、会の姿勢に入ると、奇声を上回る程の声を出した。
「いざや大君、御力を現し賜へ。祓い賜へ、清め賜へ!」
びぃぃぃん、と腹に響くほどの音で弓の弦が鳴った。弾け飛んだ矢はスコアボードの額に突き刺さり、弓鳴りから発した衝撃波はその巨体をふっ飛ばした。
「うわぁぁぁ、血、血がぁぁぁぁ! マネージャー、マネージャーどこぉぉぉぉ >.<;;」
すっころんだスコアボードはぴょん、と起きあがると泣き叫びながら野球場の方へ駆けていった。血など出てないだろう。そう前原は思ったが、突っ込むのはやめておいた。すぐに駆け出す方が優先なのだから。
走る彼女がまず発見したのはシャッテンだった。妙な動きで走る人影のような物体。それが二つ。動きが妙な理由はすぐに分かった。膝まで泥につかっているのだ。由美が地下から引き上げたり、プールから引っ張ったりした水を土に染みこませていた。先ほどの巨大なつららもその一つだ。本来美咲流では不得手なはずの氷精だが、美咲流にとどまらない由美にとっては単なる練術の応用に過ぎない。
それらの水は地表に溜まっているのではない。表面1センチくらいは土のまま、そしてその下に深い水の層を作っていたのだ。シャッテンは抗魔力を常時発揮し続けている。そのシェルに入った地面から魔法が解け、順次泥沼に変わる。本来精霊の結合を変えて泥沼になっているはずの部分を美咲が魔法で分離しているからだ。
しかし、さすがに一筋縄ではいかない新兵器。股間と太股部分にあるスラスターを駆使し、沼に沈む事は防いでいた。だが、第二世代以降、足首周りに追加装備された高速移動用の噴射口は泥に漬かっておしゃかだ。
結果、美咲自身はグラウンドの上を普通に走り、シャッテンは常時沼を進むことになる。沈みはしないまでも機動兵器としてはなかなか情けない移動力に落ちているシャッテンだった。
前原は美咲を捜したが見えなかった。シャッテンが左奥に機銃を連射している以上、そっちにいるはずだが、その姿は見えない。魔法で消えているのかと判断した彼女は立ち止まり、再び矢をつがえ、シャッテンがソニックブラスターを発射した方向に向きを合わせた。弓を大きく引き絞り、弾道を描くように高く仰角を付けて射た。
細い軌跡を残して飛ぶ一本の矢はシャッテンの前方に落ちたが、そのセンサーは驚異を反応不要レベルと測定したため、メインユニットへの報告はなかった。だが、美咲はすぐにそれに気が付いた。風を切る何かの飛来。精霊が教えてくれたのだ。あれは矢だ、と。
校庭の中心あたりに立つ制服姿の女子を美咲はすぐに見いだした。和弓を持ったその姿。一瞬、D組の弓道部主将、前原鈴音かと思ったのはその従姉妹である静音の戦闘服がいつもは巫女装束だったからだ。
佐伯隊の一員である前原静音が一人で校庭にいる。状況を知り、何かあったと悟った美咲は三つの呪文を時間差発動するように仕掛け、シャッテンの進行方向を誤らせてから前原に向かって突っ込んだ。
一陣の風と共に、いきなり目の前に姿を現した会長に、ぎょっとする前原。彼女の腰付近までスロットを付けたスカートが突風を受けて大きく翻った。美咲はシャッテンの方を振り向きながら質問を発した。
「何があったのです?」
相手が前原だった事から、加賀壬がらみの何かだと美咲は予期していたが、事実は全く違った。
「副会長より伝令!
<くみちゃん>間を通じモールス信号が入ったとの事。内容はNANAの連続。香坂、佐倉井両先輩方の予想では殿下先輩と精進室長からのメッセージだろうと」
「NA?」
「副会長の予想では七剣(ななのへのつるぎ)の意味ではないかと」
背中越しのその声に、美咲ははっとして目を見開いた。
今まで美咲はシャッテンのシェルには一切触れていなかった。それにシェルの基本原理は事前に熟知していたので、その実物を改めてじっくり観察することもなかった。
今、七剣の状態でそのシェル、球状の防御壁をしっかりと見据える美咲の目はその物理特性を見据えた。様々なパターンを試す中で、電子戦用の周波数を意識から占め出した時、はっきりとシェルの本質が映った。それは虹色に輝く結界だった。アンチ・マジック・シェルは波動を中和するもの。しかし、その虹は六色。美咲のまとう虹は、七色。
「なな、か・・・。なるほど」
美咲はつぶやくと左手を前にかざし、詠唱の姿勢に入った。
時間差で発動した呪文に騙されていたシャッテンは向きを変え、美咲に向かってくる。その速度はすさまじいはずなのだが、泥に膝まで覆われたままで足自慢は発揮できていない。
「前原さん、これを掛けて」
夏でも薄地の上着を着込んだままの由美が右手を制服の内側に突っ込み、何か紐のような物を取り出した。受け取ってみると桜貝の貝殻を三つ繋いだ細い革ひもだった。長さからネックレスだろうと判断した前原はためらいなくそれを首に掛けた。長い髪が邪魔だったが、片手ではうまく通せないので髪ごと掛けることした。それでも革ひもの長さは十分だし、弓をしまう余裕が出来たら直せばいい。そう前原は判断したのだ。
「頼みがあります」
すぐに美咲が前原の方を振り向かないままでそう言った。土鈴を鳴らす彼女は既に呪文詠唱に入っているらしい。ぴりぴりと皮膚を刺す感触がそれを前原に告げていた。
「はっ、何なりと」
「私の体を図書室まで。宜しくお願いします」
「は?」と聞き返す前原。それに返事する間もなく、シャッテン二体が縦に並んだ瞬間に美咲は力を開放した。
美咲がまとっていた総ての精霊を表に現して、それを直接刃と化す。七つの精霊が七本の刃の形になってほとばしり、花開いた。そのとんでもない力の放出に、前原のスカートがまたばさりと翻るが、前原自身は目をつむりもせずに耐えた。
「な な つ た ま ざ ん ふ る べ!」
大いなる力ある言葉と共に、七つの剣は一斉に弾けた。美咲流練術法唯一にして究極の直接攻撃技。奥義「七魂斬振」。
Ausf.Vの肩越しに左腕の機銃を撃ち込もうとしていたAusf.IV。二体のシャッテンに向かって剣が伸びる。精霊と共に美咲の精神は刃となって機械に向かった。七つの刃は混じり合い、溶け合ってアンチ・マジック・シェルに接触した。いや、ぶち抜いた。確かに、マナを中和するその効果は時以外の精霊の力をうち消そうとした。しかし。全てに時の波動が見事に練り込まれ、反応時間が止められたかのような由美の七魂斬振の前に、それはあまりに遅すぎたのである。
緊急警報がメインユニットに響き渡るより早く、Ausf.Vはそのコアユニットを消失した。強靱なパルス鋼で出来た装甲も所詮は精霊の結合体。紙のように軽々とAusf.Vは貫かれた。万物全てが七精霊の繋がりである以上、物質で七魂斬振を防ぐ事はできない。それにはその使い手以上の魔力、術力で抗する以外ないのだ。精神を持たぬシャッテンにそれは不可能であった。
Ausf.Vを貫いた七魂斬振が迫る。咄嗟に回避を指示するAusf.IVのメインユニット。だが、その指示は膝まである泥に邪魔され、即応できない。結局Ausf.IVも0.1秒としない内に僚機の後を追うことになった。
前原にとってそれは一瞬の出来事だった。ライナ・テックが誇る高密度集積回路でさえ対応しきれない早さだ、人の目で追えるはずもない。いや、実際には追おうとする暇もなかった。精神を精霊と共に飛ばした美咲の肉体が、ゆらりと倒れてきたからだ。
「か、会長!」
呼びかけが終わらない内に大爆発が起きた。美咲の体を抱えたまま地に伏せ、守る前原。だが爆風は前原と美咲を避けるように飛び去った。続く轟音と共に駆け抜ける熱風も二人を避けていく。
目を上げる前原のすぐ先に。透明の壁が出来ていた。連続する爆発の光が屈折してその壁は薄いピンクに見えた。桜色に。はっとして胸元に手を当てる。革ひもに止められていた三個の桜貝は二個になっていた。
なるほど、貝殻、つまりシェルか。後二回。それまでに何とか。
そう理解した前原は弓を弓袋に戻し、奥義の開放で意識を失った由美を背負うと図書室に向けて校庭を走り出した。
後にはエナジーの放流で溶鉱炉と化した球形状の炎が、そこに極秘兵器があった事を示すだけだった。
続く