<超かいき★くえすと>くえすたぁず

 

第三十二話:加賀壬さん命名す

 

von:秋澤 弘

第一章

 加賀壬たちを乗せた車は雑木林の中を走り、やがて「宝蓮山児童公園(仮称)予定地」と書かれた工事現場の囲いに着いた。ここには戦前まで小さな祠があったそうで、近隣では山と呼ばれている。しかし、実際には丘と呼んだ方がいいスケールだ。物々しい警備の中、山腹に穿たれた大鉄扉が開かれ、三台の車はその中に向かう。すぐに駐車場になっており、加賀壬と神宮司双子はそこで降ろされた。そして荷物よろしく肩にかつがれたまま通路を進み、小会議室というプレートがついた部屋に閉じこめられた。
 そこは北側からは地上の高さだが、南側頂上付近にある桜中からは地下4階にあたる。部屋には窓も無く、空調も換気用に申し訳程度だ。夏の暑さは地下故に遮られていたが、空気はすっかり濁っていた。
 しずくはトラックが爆発した時の衝撃でまた意識を失っており、つばさは姉を守るように並んで床に座っていた。拘束はそのままなので、悲しげな瞳のつばさはしずくを揺り起こすことも、抱きしめることもできず、声をかけ続けるだけ。一方加賀壬はずっと黙ったままである。ここに閉じこめられた当初、その冷めた瞳は周囲をきょろきょろ見つめていたが、その間も表情は変わらなかった。今はまた黙りこくったまま椅子に座っている。
 彼女も新たな誘拐犯に手足を拘束されていた。手錠ではなく革製のベルトで両手を固定され、足首も同じ造りのベルトで左右閉じられている。金属が食い込むこともないし、後ろ手でもないので双子よりはましな状態だが、この程度の差では五十歩百歩であろう。
 車に放り込まれた時にボディーチェックをされており、ポケットの携帯は奪われていた。フレアと清めの塩が入った巾着も奪われたが、それらを見て第二の誘拐犯がどう考えるのかは今の加賀壬には興味のない話題だ。
 しかし、迷彩BDUによって下着まで徹底的にチェックされた双子に対し、黒BDUが担当した加賀壬にはチェックが甘かった。捕獲段階で拘束されていなかった事もあって、加賀壬はサンシタ扱いだったのだ。スカートに隠してあった鞘も、「最近のガキは恐ろしいな。こんなもん持って学校行くのか」と危ない人を見るような扱いをされたが、ダミーで差してあった刃のないナイフを没収されただけだった。鞘そのものに力があるとは予想だにしてないらしい。一度も使ったことはないのだが、万一の為にとダミーのナイフまで用意しておいてくれたしずくに感謝せねばならないだろう。
 結局加賀壬は双子の友人で、巻き込まれた役立たずの小娘として結論付けられていた。
 「くーちゃん・・・起きて。くーちゃん・・・」
 切なげなつばさの声。泣かずにいるのが精一杯という様子の彼女に、冷たい視線を送ったのは加賀壬だ。
 「わざわざ起こすこともないよ。怖い思いさせない方がいいだろ? そのままの方が痛くもないだろうしね」
 加賀壬の言葉に、キッときつい目を送り返すつばさ。
 「な、何が言いたいのよ! あんたね・・・」
 言いかけたつばさの声は加賀壬の言葉で凍り付いた。
 「どうせ死ぬんだしさ」
 「か、勝手な事言わないでよ!」
 そうは言うものの、つばさもうすうす予想は付いていた。目隠しもなしにここまで運ばれたのだから。襲撃者はともかく、シャッテンを回収した技術者たちは顔を隠してもいなかった。それはつまり、知られたところでかまわないという意味だろう。なにしろ稼働しているシャッテンをこの目で見てしまったことだし。しかし、つばさはそれを認めない。なんとかして逃げだそう。その方法は分からないが、しずくと一緒なら何とかなるはずだ。そう信じていた。いや、信じようとする他なかったのだ。
 「黙ってなさいよ、この低脳! 大体、あんたが馬鹿な事しなかったら、はなっから捕まったりしてないわよ! 全部あんたのせいじゃない! どうしてくれるのよ!」
 「つばさ、お前八つ当たりって言葉知ってる?」
 加賀壬のその態度につばさは切れた。いつもシャクに触る奴だが、今はとことん気にくわない。壁にもたれて立ち上がり、加賀壬が座る椅子まで近づいた。だが後一歩というところで手錠でつながれたままの足がもつれ、加賀壬に真正面から体当たりしてしまった。ほぼ真上から振り下ろされるつばさの頭。ごいん、といういい音がした。
 「ば、ばか!」
 「いった・・・い・・・」
 頭突き状態で衝突した二人は、椅子もろともにもんどりうって転がった。加賀壬は両手で額を抑えるが、後ろ手に縛られたつばさはそれもできない。
 「馬鹿っ、起きちゃうだろ!」
 加賀壬が痛みをこらえながら声を出す。
 「起きた方がいいの!」と、食いしばった歯から声をもらすつばさは、首をおもいきり上方に向け、しずくを見た。しかし、しずくの反応はない。
 「やばい、起きる・・・」
 加賀壬の声。しかし、しずくは眉毛一つ動かしてはいない。
 この低脳はまた適当な事を。そう思い、視線を加賀壬に戻す。すると、彼女はがくっとうなだれたところだ。
 「んん?」
 不審がるつばさの声。続いて聞こえたのは加賀壬のうめき声だった。
 「う・・・うーーん・・。いてててて。何じゃ・・・こりゃぁ」
 ぱちっと目を覚ますと、加賀壬はまた両手で額を抑えた。
 「な、何? なんで頭が・・・って、つば公! 無事か!?」
 つば公。その言葉に思わずどなり返そうとしたが、加賀壬の様子が気になり、口は半開きで止まった。
 「加賀・・・壬?」
 「ここ・・・どこ? なんでくーちゃんまで・・・。何が起きたの?」
 「あんた。何言ってるの?」
 加賀壬の視線はつばさを越えてしずくを見ていた。
 「くーちゃんもつかまったの?」
 「うん」
 加賀壬の問いかけにあった答え。つばさはまた思いっきり振り仰ぎ、姉を見た。
 「くーちゃん!」
 転がって姉に近寄るつばさ。満面の喜びを浮かべたのも束の間、彼女の顔は疑念に満ちた顔になった。
 姉の瞳。それはさきほど見せていた冷たい色を湛えていたのだ。それは狂気をはらんだとしか思えない冷たさだった。
 つばさがその瞳から目を逸らすことができない間に、しずくが事のあらましを加賀壬に告げた。危険を知ったDr.神宮司が双子を保護しようとした事。襲撃。擬人型戦闘兵器。再度拉致されたこと。加賀壬が既に知っているはずのことを含めて。そしてそれはしずくが知らないはずの事。
 「えっと・・・。そんじゃ学校襲ってきたのと、誘拐犯は別?」
 「うん。誘拐犯は全滅だね。ここはつばさと加賀壬の学校襲った連中のアジトでしょ」
 つばさ。今しずくはそう言った。ついさっき、加賀壬もそう言った。つーちゃんでもつば公でもなく、つばさ、と。
 つばさはしずくから離れるように、しゃくとり虫運動を二回した後で、しずくをじっと見ている。観察者の目で。
 しずくは妹のそんな変化にかすかな笑みを浮かべただけで、別段気にもしていないようだ。
 状況把握に懸命な加賀壬は姉妹の様子に気づいていない。額を撫でさすりながらも大体の状況は飲み込んだようだ。
 「で、B2Cって、何?」
 いきなりの加賀壬の発言に、つばさがびくっと身を震わせた。加賀壬はそれに気が付かないままで言葉を続ける。
 「最初の誘拐犯が言ってたじゃない。大尉なのかな、なんかそう呼ばれてのが聞こえたんだけど・・・。夢の中で聞いたみたいな感じではっきり覚えてない。あいつらドイツ語だったのにさ、そこだけ英語だったでしょ。ベー・ツヴァイ・ツェーでもベー・ツヴォー・ツェーでもなくってさ、ビー・ツー・シーって。だから多分固有名詞だと思うんだけど・・・」
 B2C。再び発音されたその言葉につばさは目を閉じ、唇を噛んだ。自分が人間ではないと思い知らされるその音に。
 一方、しずくは何の反応も示さず、こともなげに答えた。
 「それはID4プランBの第二世代試験体、タイプCって意味。つばさの事」
 「はぁ?」と、困惑する加賀壬。
 押し黙るつばさを無視し、しずくが説明を続けた。
 「私たちはケベックにあったライナ・ケミカルADってとこでやってた遺伝子研究で、人工的に作られた<人もどき>なんだよ。で、その計画のBプランの第二世代、子供の代ね、その三番目の人もどきがこの子。だからB2C。その八世だけどね。七世まではもう遺棄されてるから」
 そう、さらっと語るしずくに、つばさの疑惑は確信に変わった。
 「あ、あんた! あんた誰よ! くーちゃんから出ていきなさいよ!」
 つばさが突きつける怒りを込めた目線を見下すしずく。だがすぐにその顔は加賀壬に向かった。
 「あ、ちなみにしずくがB2B。で、私はB2A。
 はじめましてって言った方がいいかな? 私はあんたを知ってるけど、そっちは初めてだもんね、加賀壬。
 私は神宮司ほむら。しずくとつばさは私の妹。私はID4の第二世代で発生するはずだった兄だよ」
 それを聞き、凍り付くつばさ。ワケワカランという表情になる加賀壬。
 しずくは加賀壬に対してまた説明を続けた。たんたんとした声で。
 「ID4ってのは人間のさらなる進化を目指した極秘実験でね。
 人の遺伝子に隠された次の人類。それを科学で先に作っちゃおうってはなし。その第二プランだからB。人間の劣性遺伝子を掛け合わせて、ユーバーメンシュ、超人作ろうとしたんだよ。第一世代の人工生命体で遺伝子の、いわば裏側に隠れてる劣性因子を揃え、交配させて第二世代を作る。で、ここが特殊でね。
 一卵性で三つ子を発生させるんだけど、それがねぇ、その内二人は女、一人は男にするの。そのために第一世代での準備があるんだけどね。
 で、女の方はそれぞれ別の劣性因子を表に出せるようにしてあって、兄と交配させて、二種の素体を用意する。男女一人ずつなんだけど、それが第三世代ね。その二人を交配させて、やっと目標、第四世代がユーバーメンシュになるって予定だったの」
 一卵から男女混ぜ合わせて作る? 加賀壬はもうそのあたりで理解不能になっていた。でもそういえば。説明を聞きながら加賀壬は思い出した。まだ双子と知り合ったばかりの頃。本当は三つ子で、一人生まれてこなかった。そうしずくは言っていた。生まれなかった三人目の名前は舳先じゃないか。そうしずくは想像していた。残念ながら「神宮司へさき」ではなかったらしい。
 滴、翼、炎。大地を穿ち、風を切り、水をこがす。なるほど、挑戦者の一家だなぁ。
 加賀壬がそんな事を思っている間にも、声は続いていた。
 「でも大失敗。第二世代で男の肉体を作れなかったんだよ。ま、いろいろミスあったからね、第一世代段階で。何度も交配させたんだけど、結果、一度も三つ子にならなかった。双子の女ばっかり。でもね、奴らは知らなかったけど、兄の精神は発生してたんだよ。でも肉体ないと交配できないから同じだけどね。
 結局計画は放棄。最後に作った人もどきも、それまでの姉妹同様に子供が作れる段階まで三年で強制成長させ、卵子を保管後、解剖調査してから破棄するはずだったんだけどねぇ。そこで急に博愛主義に目覚めちゃったのがいてさ。計画の主任だった奴。それまでがんがん、人もどき解剖してたのにさ。
 成功すれば犠牲は意味あるものになる。でも失敗した以上、犠牲者は無駄死にだ。その罪を背負わなくてはならないとか言っちゃってさ。で、最後の双子を遺棄するのをやめて養子に迎えたの。それが神宮司博士夫妻だったってわけ。
 分かったかな?」
 「わかんない」
 加賀壬の即答。しずくは、いやほむらは困った顔になった。
 「えっとね、だから・・・」
 「人の遺伝子使ったんでしょ? で、なんで<人もどき>なの?」
 「それは簡単。人工授精なんてもんじゃない、百人以上の遺伝子をつぎはぎして作ったからさ。フランケンシュタインの怪物、その遺伝子版」
 ほむらは事もなげにそう言った。唇を噛むつばさ。
 しかし、加賀壬は考え込むような顔のまま、こう言った。
 「隠された次の人類、って言ったよね。ってことは普通にしてても世代交代でそうなる可能性あったわけでしょ? 確率低いだろうけど。でも0%じゃないよね。それを早く確認するために人工的にしたんだったら、もどきじゃないよ。人は人だと思う」
 その言葉に目を見張るつばさ。そしてあざけりの顔になるほむら。
 「発生して三年で排卵可能な段階になり成長停止する。これで成人なんだよ。これ以上成長しない。むしろ老化する。見た目変化はないけどね、高校卒業まで生きてたら万歳三唱ってね。耐用年数五、六年。それで人間ってのはどうかなぁ」
 「寿命が長かろうが短かろうが、人間だよ」
 ほむらの言葉に全く動ぜず、加賀壬がそう言い切った。
 「だってそうにしか見えないもの。白石なんかに比べたらもう絶対」
 その白石春香が聞いていたなら、地面だろうが壁だろうがすり抜けて出現し、交戦必至という台詞をさらりと言う加賀壬。まぁあのMPでHP体作っちゃう「成仏しない娘さん」を見てしまうと、神宮司がどんな出生していても人間に見えるのは間違いない。
 「ほむら、だっけ。あんたの場合ちょっと違うけど、くーちゃんとつば公、人間にしか見えないよ。んで、あんたは、そうねぇ、なんかくーちゃんの二重人格っていうか、別の顔って感じ」
 「なるほどね、低脳って呼ばれるだけのこと、あるなぁ」と、ほむらはうなづいた。しずくの体で。
 そこで唐突に発言したのはつばさだった。
 「で、ほむら。お兄さまってお呼びした方がよろしいのかしら。あんたは精神のみの存在? 細胞は一片もないの?」
 「そりゃそうだ、我が愛しき妹よ。だって分裂してないもん、最初から」
 「なら、どうして精神があるの? 生まれなかった三番目がいるのは知ってた。くーちゃんは気にしてたしね。だからこそ、あんたはくーちゃんの同情が生み出した多重人格に過ぎないって可能性の方が高いわ」
 うんうんとうなづく加賀壬。だがほむらは狂気をはらんだその冷たい目で妹を見つめ、余裕の笑顔を見せた。
 「しらんぷりするの? それとも本当に忘れちゃったのかな。つばさ、お前はさっき私が加賀壬の中にいたの見たでしょ」
 硬直するつばさに加賀壬。その理由は別々だったが。
 「憑依する多重人格ってのは聞いたこと無いなぁ。似た人格を接触の多い別個体で同時に作成し、傍目共有しているように見えるケースはあるけどね。でも、つばさは知ってるでしょ、さっきのはそんなんじゃなかったって」
 「なるほどね。発生の過程は不明だけど、今あたしがすべき事は分かったわ。
 くーちゃんが気絶してたからあんたが出てきた。で、気絶してた加賀壬の体が拘束されてなかったからそっちに移動した。でも、加賀壬が目覚めちゃったからくーちゃんに戻った。
 つまり、くーちゃんが目覚めれば、あんたはいなくなる。黙らせてやるわ!」
 上体をねじり、立ち上がるつばさ。その目は決意に燃えていた。 
 「くーちゃん起こしてあんたなんか、消してやる!」 
 「あ、それ無理」
 焦る様子もなく、簡単にそう言うほむら。
 「加賀壬は憑依したの初めてだったから追い出されちゃったけど、しずくはずっと肉体共有してたからね。その気になればいつでも出てこられたし、同じくしずくを押さえ込んだままなのも可能。しずく、私に気づいてもいなかったからね。もうすっかり自由自在だったんだ。実は学校ではちょくちょく羽根伸ばしてたんだけどさ」
 自分が側にいない間に姉の体を乗っ取られていた。その告白に蒼白となるつばさ。
 「じゃあ、くーちゃんの気絶とか、一時的な記憶喪失とかって・・・。
 あ、あんた。まさか違う学校に行くって言い張ったの、あれ、あんただったの?」
 「ぴんぽんぴんぽ〜〜ん! ご名答。だってさ、おんなじ顔一日中見てるの、飽きるじゃない? それにつばさいるといろいろ出来ないしさ。人生短いんだ、楽しまなくっちゃ損じゃないか」
 言葉が終わる前につばさが動いた。膝を曲げ、姉に飛びかかろうとしたが、縛られている状態ではうまくコントロールできない。ジャンプしたはいいがしずくの脇の壁に激突しただけだった。それでも腰を折り、姉の手にかみつくつばさ。
 「ふーひゃん、おひへ! ふーひゃん!」
 「無理無理。絶対無理」
 双子の、いいや三つ子の様子をじっと見つめていた加賀壬だが、やがて立ち上がり、二人の間に割り込んだ。
 「はいはい、ストーップ。どうどう・・・。あの〜〜〜、大事なこと忘れてない、あんたら。
 なんとかここから出ること考えない?」
 正論。怒りに燃えていたつばさも、おちょくりに夢中になっていたほむらも、ちょっと恥ずかしげに俯いた。
 「あんたらの寿命が後三日で、あたしが後千年だったとしても、今のままじゃお互い明日の朝まで生きてるかも疑問だよ。それにさ、寿命短いっていうなら、なおさらやれることやるしかないでしょ。『生きる』って映画見てない? 黒澤の。
 命短し、戦え乙女ってね」
 「それ、なんか違う」
 「今はこれでいいの。恋する暇ないじゃん、その前に生き残らないと。
 えっと、まず確認ね。ホムやん、あんたは誰にでも憑依できるの?」
 「ほ、ホムやん? おいおい、そりゃないでしょ」と訂正を要求するほむら。
 「ほむ公、で十分!」とつばさが言い切る。
 「命名。ホムやん」と加賀壬。なにやら大書きした紙でもかざすかのように手を伸ばした。
 「いや、だからなんでそうなるかなぁ。本人無視して勝手に決めるなよ!」
 「あだ名ってのは本人の意思、関係ないんじゃない?」
 つばさにそう言われ、開いた口が塞がらないほむら。
 「面倒だからホムやん決定。でどうなの? 憑依できるの?」
 「あぁ、はいはい。意識失ってればね。んで近くにいればね。今いる体から注意を向けられる距離なら可能。でも寝てる程度じゃだめだよ。夢見てる時でもそれなりに意識あるんだから。気絶してるか自意識喪失ってくらいショック受けてるかしてないと。
 でもさぁ、ホムやんってのは・・・」
 説明はしながらも「ホムやん」には納得できない様子のほむら。しかし加賀壬は全くその抗議に意を介さない。
 「じゃホムやん、精神だけで浮遊したりはできる?」
 「幽霊じゃないって! そんなん無理!」
 その声を聞き、女子二人は同じ顔になった。つかえねぇ奴、と。
 「ば、ばかにするな! 肉体の鎖から解き放たれた存在なんだぞ!」
 でも空は飛べない。超常研のアタックではそんじょそこらでご対面してる幽霊以下だ。威張れる事じゃない。冷たい目で見返す加賀壬にほむらがキレた。
 「お、お前! 分かってる? ある意味、私こそが真のユーバーメンシュなんだぞ」
 一気に熱くなるほむらに加賀壬がぼそっと一言。
 「発音、変」
 「は? 発音?」と聞き返してしまうほむら。
 「ウーウムラウトはね、ウーって言う口の形のまんまで舌の位置だけ変えるンだ。そんな発音じゃ香土岐センセに殴られっぞ」
 「ド、ドイツ語の発音なんか、知るか!」
 「じゃ使うなよ。直訳してオーバーマンでも超人でもいいじゃん。わざわざドイツ語使うなら、ウムラウトくらいはちゃんと発音してくれないとねぇ・・・」
 加賀壬のじと目。ほむらは口をぱくぱくさせるだけで二の句が継げない状態だ。
 「何か芸はないのかね、芸は。え? ホムやん」
 加賀壬はすっかりほむらを見下した様子で尋ねた。どうやら彼女の認識では、ほむらは「しずく’」ではなく、「つばさ’」らしい。
 ほむらはにやりと笑みを浮かべた。手が縛られていなかったなら、偉そうにふんぞり返って腕組みしていたに違いない程、自信満々な笑みを。
 「よし、私が脱出計画を立ててやろう。お前等が思いもつかないのをな!」
 だが決意も束の間、彼らはやって来た兵に銃を突きつけられ、別室に連行されてしまった。


第二章

 一条重機から借り受けたビルで、<くみちゃん3号>のチームは大騒ぎになっていた。ついさっきまでは復旧のために、そして今は再稼働したその結果のせいで。モニタに映し出された魔性の波動は、超常現象になれている彼らにとっても「異常」の一言。問題は故障かどうかをすぐに調べる方法がないことだ。
 「いや、これはどう見たって故障でしょ」
 チームの一人がそれ以外無いと言わんばかりの自信たっぷりな態度で言った。
 「でもさぁ、どこもおかしくないっしょ」
 度重なるチェックが続き、面倒になって<くみちゃん>の外板は外されたままだ。そこを覗き込んでいた一人がつぶやいた。
 「まぁ、こうなるとどこをチェックしていいのかもわかんないけど・・・」
 「はっきりしてるのは、高校、結界の中って事。参ったね」
 「もう一回再起動したら? なんか変わるかも」
 「何回やったと思ってんだよ!」
 騒ぎの中、精進は一人離れてモニタを眺めている。その指先は太股にまでだらんと伸び、指先はそこにキーボードでもあるかのように小刻みに動いていた。彼の牛乳瓶底眼鏡はモニタからの光を反射している。
 <くみちゃん3号>は魔性の発する波動を察知し、測定する装置だ。魔性を光点として表示し、その上に判明した情報が文字で描かれる。
 美咲の予想では古い地脈に沿って魔性が出現するはずだった。魔性を封じておいたゲートが開いた場合、その場所を特定する。それを本条に通達し、対応を図る。それが精進チームに与えられた仕事だった。
 しかし大規模な通信&電子機器障害が突発的に街全体を襲った。その威力は減ったらしいが、今も継続中である。その状況下で<くみちゃん3号>を再稼働させたのは精進チームならではの偉業であった。
 だが、連絡手段を失った今、彼らはスタンドアローン状態。それでも任務を遂行しようとしていたのだが・・・。
 ついに彼らでさえ、お手上げの状態が目の前にあった。
 今モニタには最大範囲が示されている。町の地図がベースになり、その上に点滅する光点。彼らの母校には強力な結界が張られていることが分かる。その波動から、図書室に封印されていた闇のものが張ったという推測結果が記されていた。
 美咲と本条が警戒していた、封印された各校のゲートは幸い反応無し。だが、その代わりといってはなんだが、あちこち予想外のポイントに光点が浮かんでいた。測定結果はUnknown_1。ただし判別予想は「ゲート 照合正否確率75%」となっている。これまでに超常研が対戦した魔性や封じたゲートの波動は全て精進チームによって網羅されていた。それ以外のゲートということだ。
 問題は光点に付いたUnknownに続く継続数字。本来のプログラムが作動しているのなら、Unknown_1やUnknown_2、_3などの識別ナンバーが自動で付き、それを記録する機能がある。しかし、今現れている光点は全て同じUnknown_1のみ。つまり、全部同じ存在だと<くみちゃん>は判断しているのだ。
 そしてもう一つの問題。このゲート、動いていた。移動しているのだ。それも単一方向にではなく、どう見ても自由に移動しているようだ。最大範囲に広げてあるため、スキャン間隔には最長の5秒かかっている。今もその間隔で再スキャンは継続されており、走査線が上から下に動き、最新情報に修正していくのだが、光点はあちこちに向けて移動している。
 <くみちゃん>の示すことを信じるのならば。今この町には一つのゲートがばらばらに分離して気ままに移動している。これはさすがに信用できない。
 そして最大の疑問点。町全体を覆うように巨大な波動がうごめいている。これも<くみちゃん>の判断によれば、町自体が魔性になっているということだ。これはさすがに故障だと思うしかない。
 精進はじっと考えていた。彼は自分が作ったこの<くみちゃん>に異常がないことを確認済みだった。そうなれば答えは正しい。絶対に。間違っているとしたらそれは自分が出した出題の方である。しかしそれにも過ちを見つけられなかった精進にとって、今なすべきことは一つだった。質問も答えも正しい。ならばそれを理解できる道筋を見いだすことが彼の急務だったのだ。
 突然起きた電波障害。破壊された波動測定器。この複数で一つのゲートの意味するものは?
 魔性の波動。今まで会ったことのないUnknown_1。その出現点は高校、美咲屋敷、本条精機本社ビル、そして郁優桜中学。精進の目はモニタをにらみ続け、指先は架空のキーボードを叩き続ける。
 「つまり・・・と、突如発生したのは鏡でやったとして・・・。このゲート、動く時には二種にわ、別れる。道に沿っての移動。速度はく、く、車並。もう一種は道を無視した移動。止まってたりものすごく、は、早かったり。むちつ、む、無秩序な動き。
 で、ここだけ動かない・・・。動かない? な、なるほど、お家なんだ! そうか、ここが家。く、くる、車でお出掛けして、で、目的地では徒歩・・・
 なんだ。か、簡単じゃないか」
 精進はぽん、と両手を叩いた。
 「で、家はどこだって?」
 不意にかけられた声。精進は疑問が解決できた喜びに、にま〜〜〜〜っという笑みを浮かべたまま振り向いた。
 「あ、あぁ、山口君か。そ、そこだよ、桜中学。こ、こ、ここ、だけね、動いてないんだ。寝てるんだよ、きっと」
 町の混沌に呆れかえり、情報を求めてここまで走ってきた殿下、つまり山口京太郎は開いていた椅子を逆向きにして座り込み、背もたれに両腕をもたれさせた格好で精進を見ていた。香坂が学校にいる以上、精進を放置できなかったから、というのも駆けつけた理由だった。
 いつのまに来たんだろう。その普通真っ先に浮かぶ疑問は精進の脳裏には近づきもしなかった。今更である。殿下の神出鬼没ぶりは気にしていたら発狂間違いなし、という頻度なのだから。
 「家から車で向かう先は美咲んとこ、本条の本社、昭和高校と。他にどっかあるのか?」
 「え、えっとね、美咲の山もでかいからね。に、二カ所、だね。や、やし、屋敷とね、西の端」
 殿下は腕に顎を乗せ、考え込んだ。
 「西・・・。そういえばなんか見付けたっての、西の端って言ってたな。防衛ポイントだって。
 なるほどな」
 精進はモニタに視線を戻しながら言った。
 「町全体が、ま、魔性って。す、すごいパワーソースだよね」
 「ん? あぁ、そうだな。でも魔性って言っても、これもUnknown_1なんだろ? ならゲートだろ?」
 「んー。そうだね。ゲ、ゲートって言うよりも、そうだね、もっと純粋な波動な、な、なんじゃないかな。この無秩序なう、うね、り」
 「波動? そいつは電波障害と同じもんか?」
 殿下は何か思いついたように精進の横顔を見た。
 「おい、もしかして、それって・・・。波動の集結点を決めてない、なんつうか、無秩序な結界なんじゃないか?」
 「え・・・。そ、それは、つまり形にまとまらない・・・結界にならない、波動だけの存在?」
 精進の両手はまた架空のキーボードを叩くように動き出した。投げかけたキーワードが起こす波紋を、殿下は黙って待っていた。
 精進のチームは室長と殿下の会話に気がつくと、その視界の邪魔にならないように<くみちゃん>から数歩離れ、沈黙を守った。
 きっかり4分後、精進は膝を曲げたかと思うと、いきなり飛び上がり、「ひゃっほぅ!」と奇声を上げた。
 「そ、そうだよ山口く、君。そのとうりだよ!
 電波障害って、あたりま、まえだ。これ、結界だよ! そ、そ、そと・・・」
 「外枠を規定してない、力だけの結界か?」
 「うん」
 精進は殿下にまたにまっという笑みを浮かべて見せた。
 「さ、さすがだね、山口君。あのね、本来、け、けっ、結界を作るのは、計算された地点でこう、こ、こ、交差する波動の群れだ。でも、それをでたらめに出したら、電波は通らないし、そのまっただなかにあ、あっちゃPCも動かない。は、波動で原子レベルでせ、切断されてるみたいなもんだもの」
 「だが、そいつはとんでもないな。お前のいうとおり、無茶苦茶なパワーソースがいるぞ。美咲んとこのゲートを利用してるんだろうな」
 精進は腕を組み、首を捻り考え込んだ。いつもならポケコンで計算するところなのだが、今はそれは動かない。
 「む、無理。無理だと思うよ。も、も、もっとね、でかくないと。だって垂れ流しだよ。それでこ、こ、こんだけの事象を起こす。太陽一個くらいじゃた、足りないよ。銀河レベルのソースじゃないと、と、とても無理」
 「ぎん・・・が・・・。
 おい精進!」
 殿下は立ち上がり、声を荒げた。
 「美咲が見付けたの、小さな世界だって言ってなかったか? それにほら、桜中の偵察結果。門の先がないゲートって・・・」
 「それだ!」
 精進の叫び。
 「疑似世界、じゃない、ぎ、疑似、疑似空間だよ。Unknown_1は、全部疑似空間とのつながり。おうちでコン、コ、コントロールしてるんだ!」
 「じゃこいつは・・・シャッテンか! シャッテンってのはアンチ・マジック・シェル張ってるんだろ? それ、魔法防御が目的じゃなくって・・・」
 「ゲートからの波動せ、制御!」
 「それで動いてるなら、そいつぁ強くて当たり前だ。ついでに魔性の波動を中和出来ないのも当たり前だ! 何しろそいつで動いてるんだからな」
 殿下はどさりと椅子に座り込んだ。
 「しかし、それを伝える方法がない。美咲は結界の中、本条は行方不明。ならせめて美咲屋敷に知らせるか」
 「ええとですねぇ」
 不意に会話に参加してきたのは様子を見に来ていた科研の黒田主任だ。
 「それよりも対策を考えませんか? この電波障害を消せればいいのでしょう?」
 殿下も精進も首を振った。
 「元を絶たなきゃだめだ。パワーソースがでかすぎて、中和のしようもない」
 「では折角真相に近づいたのに、何も出来ないのですか、我々は」
 「対シャッテン戦法は分かった。黒田さん、あんたの方で美咲屋敷に知らせてくれないか?」
 「戦法? なんです? 桜中を強襲して・・・」
 殿下も精進もまた同時に首を振った。
 「シャッテンがゲートを利用してるってことは・・・」
 「あ、あれが効く。な、なな・・・」
 「ななつたまざんふるべ。美咲の必殺技だ。七のへの剣状態ならシャッテンに防御、攻撃共に可能だ!」
 黒田の顔がぱっと輝いた。
 「そうか! 魔性と同じ力を使っているなら美咲家の退魔法が効果する。なるほど!
 すぐにバイクを飛ばさせましょう。紙に伝言書いて貰えますか」
 黒田が駆け出した後で殿下が周りを見る。研究員の一人がバインダーを差し出すのと、精進がくしゃくしゃのメモ用紙と青のボールペンを差し出すのは同時だった。殿下は苦笑し、ルーズリーフが挟まれたバインダーを左手で受け取り、右手で青ボールペンだけ受け取った。
 「サンクス!」
 「や、山口君。学校にも、し、知らせた方がいいよね。み、みさ、美咲はあっちだろ?」
 バインダーに書き込み始めながら、殿下は首を振った。
 「何重もの結界の中だぞ。奴らが解除するまで無理だ」
 「で、できるよ、連絡。さ、さ、佐倉井君、向こうにいるし、や、山口君、ここにいるから」
 はぁ? と首を捻る殿下以下室内の一同。「精進のわけわからん発言を真っ先に推測する会」会長、香坂がここにいないのが悔やまれる一同だった。


第三章

 敵の第二波が南から攻めてきた時、疑似空間のある地域を守備する指揮官、美咲弓枝は撃手参の半数をただちに出陣させた。警戒用の方陣によって、敵本隊と思しき存在は既に察知されていたのだ。
 銃声がかすかに響くが詠唱の声が聞こえるほどではない。前線はかなり遠くだ。
 もう一隊陽動が来るか。あるいはここに戦力を残して置いて、迂回して屋敷に侵攻するのか。弓枝は状況を探るべく知恵を巡らせていた。
 ここの背後にあたる一帯。屋敷方面に向かう辺りには古村自身が警戒方陣を何重にも張っている。シャッテンの行動時間は短いが、その移動力はかなり高いと予想された。背後を取られることを恐れ、張らせた方陣なのだが、戦略的に重要度の高い屋敷に向かう可能性も捨てきれない。
 敷地全体が警戒中。ならば逆に周辺の拠点付近から攻め入り、守備が拠点に集結したところで屋敷に侵攻。拠点防御部隊はそこを捨てることも出来ず、挟撃は難しい・・・。
 彼女が思案を巡らしていた時、何かが起きた。白鳥あゆみがびくっと体を震わせたのだ。胸に槍を突き立てられたかのような衝撃に体を折り、苦痛と驚愕に目を見開いたまま崩れるあゆみ。膝からがくりと倒れる体を咄嗟に支え古村が叫んだ。
 「西から北の方位、シャッテンです!」
 あゆみを襲った衝撃。彼女の張った結界が消失したのだ。衝撃に翻弄されたままのあゆみは、必死に言葉をつむごうと古村を見るが、その喉からは苦しげな息しか出ない。結界は破られたのではない。消失したのだ。初めてのその衝撃に、あゆみは消失点を感じ取ることもできなかったのだ。
 「敵襲! のろし上げい」
 手に手に武器を構え、あゆみが担当していた方向を警戒の眼差しで見る撃手たち。その背後で結界術師の一人が即座にのろしを手にした。他の筒より一回り太いのろしを。ドン、という短いが腹に響く音。ひゅるる・・・と風を切る音。そしてのろしが炸裂し、周囲を赤と青に照らし出した。
 揺れる二色の影の中、弓枝は北西を中心に意識を集中していた。どこから来る? どこから・・・
 はっとして西を見る弓枝。いや弓枝だけではない、彼女を中心に方陣を組んでいた撃手の数名も同時に顔を西に向けた。由見の者が見いだしたその存在。
 来る。黒いなにかが。幾つもの怨念と呪いの言葉を浴びたなにかが。
 「左翼方陣、組みませい!」
 声と共に槍を構え駆け出す弓枝。彼女を右端にし、横に伸びる長方形の陣形を組みながら雑木林に突っ込む撃手たち。精神リンクを残さぬ独立式の結界陣を練術で張り出す古村たち。人に呪法をかけるのは難しいが、構える武器や武具に掛けることは容易だ。そうしておけば撃手が移動しても周囲に防御結界や延命結界を張り続けることができるのだ。
 啓介は二歩前に出ると、七つの剣を抜きはなった。

 赤と青の混じり合った光と煙が天に昇った。
 本陣ニ襲撃アリ。
 そののろしを見た撃手参の副長、犬養は引くか守るかの選択を強いられた。南から来た兵は一部が呪法を込めた呪具で無力化されていたが、ここの敵はなかなかに手強く、数も多い。いきおい、対する撃手側の損害も大きい。今本陣に戻るなら、背後からの痛烈な猛攻を受けるだろう。既に半分に分けてある手勢をさらに分離するのは危険極まりない。南からの敵は機関銃で武装した兵のみで機械兵士はいないようだ。これは敵本隊であろうか? 敵の動きから見える指揮官の技量は相当な手練れ。本隊だと判断すべきだが、そこにシャッテンがいるとは限らない。
 シャッテンは本陣か? それとも本隊後方に隠れているのか? いや、そもそもここに来ているのか? こっちは足止めで、屋敷に集中投入しているのではないか?
 右前方からの発砲を避け、くないを投げつけながら犬養は悩んだ。
 「副長!」
 のろしを見ており、事態を悟っている配下たちが口々に犬養の指示を仰ぐ。いや、急がせる。
 「目の前の敵に集中しろ! 敵隊長を討ち取るのが先だ!」
 彼等の長、美咲弓枝ならばそう命じるに違いない。そして犬養がそう判断すると弓枝は思うに違いない。犬養は戦士としての本性に賭けた。この場を一刻も早く納めてから本陣に駆けつける。それが彼の決断だ。

 のろしが見えた時、海良は犬養よりもさらに遠方にいた。斥候の後続部隊を探し北西に進んでいたのだ。斥候隊を出した後、敵本体は南に車で移動していたため、その後の接触はないままだった。電波障害で通信手段が封じられている海良はどこで引くかを考え続けていたので、のろしを見た途端に決断を下した。帰還だ。
 「保坂! 神谷、野田庄一、三木、久我山を連れ即座に本陣に帰れ! 残りは俺に付いてこい!」
 叫ぶと彼は部下の大半を率い、本陣のある南東ではなく、南に向けて走った。
 海良は敵の進行方向を予測しようとしたのだ。斥候と接触してから時間が経ちすぎている。今本陣に奇襲ということはその間に一波か二波あったに違いない。背後に回られた事を示すのろしは上がらなかった。ならばそれは定石的に南か南西から。海良は斥候が北西方向からであったことからそう判断した。
 だとしたら。今本陣に攻めてくるのは北か西。今まで進んできた途中、山の麓にあたる北に動きがなかった事は見上げながら確認して来た。ならば林で視界の効かない西からだ。海良はそれに賭け、回り込んで敵の背後を取るコースを選んだのだった。


 素早い。あまりに素早い。弓枝はシャッテンの運動性能を目の当たりにし、挫けそうになる心を必死に押さえつけた。
 こいつがあのシャッテンか。聞きしにまさる性能だ・・・
 弓枝は配下に動きを指示しながら、その目で懸命に敵を追い続けた。
 シャッテンは公式には計画すら公開されていない極秘兵器だ。しかし、裏では数回の実験的実戦投入が行われているらしい。メルカバ戦車を中心とした機械化部隊を二機で壊滅させたという市街地戦。東宮会が誇ったエース、クーファン・チーム。真性エスパーのみで組まれたこの精鋭部隊を全滅させたシンガポールでの局地戦。ミャンマーの飛行場を占拠したテロリスト全員を、人質と管制塔もろとも木っ端微塵にした作戦などなど、シャッテンの関与すると思われる事象の詳細が本条と美咲のご意見番による情報収集で明らかになっていた。その驚異的性能も。
 シャッテンにはアンチ・マジック・シェルがある。もともと剣士であり、術力のかけらもない弓枝だったが、その装備には各種の術が込められている。よって接近戦に入ればそれらの支援は消え、己の技量のみが頼み。その覚悟はあった。しかし、シェルに飛び込むことすらできぬほど、シャッテンの動きは早かった。雑木林という障害物だらけの戦場でも。
 奴はもちろん逃げるだけではない。左腕の機銃が撃手の接近を拒んでいた。その正確な銃撃に、防御結界はすぐに力を失してしまうのだ。そこから連射される7.63ミリの高初速弾は防弾チョッキすら貫通する。咄嗟に木立の影に隠れても、幹を貫通し、飛び込んでくるのだ。撃手は絶えず最低二本は木を挟む形で隠れねばならなかった。銃弾を止めるべく結界術者が必死に防陣を張り続けるが、シャッテンのあまりの早さに対応しきれない。
 そして恐ろしいのは音響兵器だ。木の幹に隠れたり、結界を受けるべく立ち止まったりした途端、それが襲ってくる。シャッテンの前面から扇状に照射されるソニックブラストは射程内にある全ての木をひしゃげさせ、根本から吹き飛ばすほどの破壊力だ。連射は効かないし、発射前に振動と高音が響くので予想はできるのだが、あまりにも威力が大きすぎ、避けていても飛ばされた樹木になぎ倒されたり、衝撃で首の骨を折られかねない。
 シャッテンが音響兵器を発射する前、必ず一度足を止めるので、その前方にすかさず古村たちが結界を張る。そして発射と同時に土鈴をうち鳴らし、音波の相殺を行う。それでもこの威力だ。直接くらったら、一回で撃手全員が即死しかねない。撃手だけでなく、結界術者も必死で走り回った。
 弓枝たちに幸いだったのは、シャッテンが市街地戦を想定した機体だったことだ。その過剰な重量から柔らかい地表での戦闘は苦手なのだ。雑木林の下ばえは深い。樹木の密集地域には菌類が繁殖し、光が差す場所には雑草も多く茂っている。幾本もの小川が流れ、湿気は十分。長らく人の足が踏み入ることの無かった林が破壊者の足をからめていたのだった。
 シャッテン自身の攻撃力もそれに拍車を掛けていた。吹き飛ばした木が転がり、土砂がめくれ上がり、柔らかい地面が露出し、二足歩行の機動兵器には大変動きづらい地表になっていたのだ。今また朽ち木を踏み抜き、シャッテンの姿勢が崩れた。センサーもバランサーも優秀らしく、即座に姿勢を回復するが、そこに付け入る隙があった。姿勢制御装置の問題なのか、バランスを直した直後、ほんの一瞬だが直立姿勢に戻るのだ。攻撃対象に向けていた異様に長く、太い左腕も体に沿って一回下げられるし、頭部もまっすぐの定位置になり、照準を担当するらしいレーザーサイトも真正面に戻る。本来眼球の様に自由に独立可動するはずなのに。一瞬全てが定位置に、0姿勢に戻るのだ。
 そこに一斉に攻撃が加えられる。手練れ揃いの撃手は弓枝の指示を待たずとも、その投擲は動体を予測した広範囲に広がる様に連携する。一度定位置に戻ったセンサーがその射線を計算し終わるよりも早く、反射的回避行動に出てしまうシャッテンは、囮の投刃に反応し、攻撃を避けようとして自ら炸裂弾に突っ込んでいってしまうのだ。運動性能が裏目に出るのである。
 だが。シャッテンの装甲はすさまじく柔軟で、そして堅固だった。
 シャッテンの行動時間は30分とない。たった30分。兵器の稼働時間としては笑い事な程に短い。それまで耐え続ければ勝機はある。だがその30分は、今の弓枝たちにとって途方もなく長いものだった。
 幼年期から修行を積んだとはいえ所詮は人間。一人、また一人と銃弾に貫かれ、音波攻撃に失神しては倒れてゆく撃手たち。翻弄され、追い込まれ、既に本陣まで間近。
 弓枝は撤退を指示するべきか悩んだ。守るべき対象、疑似空間は地中深くにある。しばしの間、敵の手中に収まったとしても、そこまで到達するのは難しい。ならば一度退き、犬養と海良の隊を合わせて体勢を立て直した方がよいのでは? 屋敷への伝令は出したし、のろしは物見櫓(やぐら)からも見えていたはずだ。増援が既に出立している可能性も捨てきれない。美咲屋敷側で陣を組み直し、徐々に撤退しながら時間を稼ぐ。その方が確実に負けない。
 その理解はあったが、弓枝は撤退の二文字を叫ぶことが出来なかった。シャッテンは敵の虎の子と言える兵器。その数はたった十体。しかも一度起動したら半日は補給と整備に費やされるという全くもって効率の悪い兵器だ。それをここに投入してきた。それは即ち疑似空間を敵が重視している証である。掘って接触するのではない、予想もできぬ何かをしでかすのかも・・・。弓枝はその不安に撤退の決断が下せないのだ。
 どうする? その悩みに瞬時対応が遅れた。弓枝に迫る7.63mm弾の群れ。
 「弓枝様!」
 悲痛な叫びと共に撃手としては年長の、中年に差し掛かった男が弓枝の前に飛び出し、身を盾にした。長らく撃手参に仕え、それを誇りにしていた彼はそうせざるをえなかったのだ。自分の体を貫通すると分かってはいても、己と長に掛けられた防陣で威力は落ちるはず。せめて長への致命傷だけでも防がねば!
 浅本! 
 部下の名を呼ぶ弓枝の声は発せられることなく終わった。突如横手から衝撃が走り、浅本も弓枝も防陣を吹き飛ばされ、左になぎ倒されたのだ。二人とも何が起きたのか分からないうちに、体が反射的に身を起こし、戦闘態勢を取った。すぐ脇にいる浅本が銃撃を受けた様子がないのを見て取ってから、弓枝の目はシャッテンの動きを視界の端に捉えつつ、駆けつける白袴を見付けた。
 「そりゃ、もう一丁!」
 掛け声と共に啓介が白刃を振るう。あまりの早さに音すら遅れるほど。
 シャッテンは咄嗟に後ろに跳ね飛び、林に姿を消した。その刹那、シャッテンがいたすぐ後ろの地面が弾け飛んだ。
 「ちっ、サッテンめ、さすがに早えぇな! 無事か弓枝さん」
 「筧殿、助かりました。今の技は?」
 手にした槍を突き上げ、本陣を示しながら弓枝が問う。浅本たち撃手はその指示に従い、本陣に集結する。
 「真空切りだ!
 と言いてぇところだが、ま、単に居合いしながら刀を歪まして、ふたっつかみっつの軌跡を伸ばすのさ。んでそれが交差する所にどかん、って。そんだけだ」
 「そんだけ・・・」
 あの俊速、いや神速で抜刀しながら、握る手で刀身を振るわせて剣圧を投げる。しかもその軌道が望む地点で結ばれるように・・・
 神業である。いくら「時」を降ろしているとはいえども。それをこともなげに言う啓介に、弓枝は呆れかえった。
 弓枝の反応を別のものと勘違いし、啓介が苦笑する。
 「単純だろ? 俺はそんなんしか出来ねぇからなぁ」
 啓介も弓枝と共に警戒しながら本陣にじりじりと下がっていく。
 気を取り直した弓枝は本陣の陣形を指示し、最後の防衛ラインを引いた。啓介はその主砲である。
 陣形を完全に組み直す間もなく、シャッテンが風の様に舞い込んできた。すぐに迎撃に移る撃手たち。そして銃弾を避けるべく、無数の結界を張り続ける古村班。ショックから回復したあゆみも全力を上げて方陣を次々と組み続けた。結界はアンチ・マジック・シェルに触れたものから無効化されていく。ならば練術で強い結界一つ組むよりも、術者がばらばらに、小さく弱いが銃弾はとめられる程度の結界を無数に張った方が効果がある。そう判断した古村の指示だ。
 啓介は刃を鞘に戻すと、居合いの姿勢に入った。術者にとっては目前でも、剣豪たる啓介にとってまだ距離はある。彼の目はシャッテンを写しながら、その姿を見つめてはいない。その視線はもっと先、無限遠の彼方で焦点を結んでいる。
 側にいる撃手。木立。空に浮かぶ入道雲。気配を察して高い枝の上に隠れている鳥の震える尾羽根。全てを見、何も見つめぬその視線。すぅーっとその視界が広がり、背後にいる古村や白鳥までが収まった。
 今、啓介の視界には三つの軌跡が伸びている。シャッテンの姿はぶれ、十数体にもなって四方に散らばっている。その全てを同時につなげるように、三本の軌跡が定められた。それが一本にまとまったその時、七つの剣が鞘走り、彼の前にいる撃手を素通りして衝撃波がシャッテンに伸びた。
 センサーからの緊急警報がシャッテンをひるませた。それは視覚センサーでも聴覚センサーでもない。波動センサーだ。
 ありえない。
 メインユニットはそう判断したが、警報に従って駆動制御系がMaxに跳ね上がり、反射神経にあたる独立稼働のスラスターが反応して左に避けた。同時に自己ルーチンチェックが稼働し、波動センサーにもパルスユニットにも故障がないことを確認した。
 ありえない。
 メインユニットは再びそう判断した。アンチ・マジック・シェルがある以上、魔法のパルスは消滅する。なのにセンサーは警報を発した。
 ありえない。
 ライナ・テックが誇る高密度集積回路がその驚異的な速度で三度判断を下した時、シャッテンは衝撃をまともにくらい、5メートルは後方に弾かれた。シャッテンの回避運動は読まれていたのだ。いや、今行なった左へのスライド移動だけではない、可能な回避予定位置は全て読まれていた。
 独立構造の姿勢制御ユニットが体勢を立て直す間にダメージコントロールが各部被害を判定する。
 前面外部装甲、破壊。使用不能。
 腹部一次装甲、損傷。戦闘継続可能。
 胸部一次装甲、損傷。戦闘継続可能。
 聴覚センサー三番、五番、破壊。使用不能。四番、損傷。自己回復まで30秒。
 全視覚センサー、麻痺。回復まで3秒。
 射撃管制ユニット、センサーとのリンク一部切断。自己回復まで5秒。
 ・・・
 一気に溢れる情報を処理しながら、シャッテンはバランスを直すべく直立不動の姿勢に戻った。その途端、迫る第二波。駆動系がMaxのままだったシャッテンは今度こそメインユニットが緊急回避を下した。スラスターだけではなく、全関節とアクチュエーターが連動し、大きく回避する。ぎりぎりの所でボディへの直撃は避けられたが、左腕に衝撃波が接触し、シャッテンは固定武装ごと肩からそれを切り離した。残っていた7.63mm弾が炸裂し、咄嗟に向きを変えたシャッテンの背面に突き刺さる。繊維タイプの外部装甲がその衝撃を受け止めはしたが、すでに前面、背面とその効果は期待できぬほどに損傷を受けた。
 外部装甲放棄。
 また新規でダメージコントロールから寄せられる状況判断とすれ違い、メインユニットから指示が飛ぶ。
 シャッテンは炸薬を仕込んである固定ボルトを爆破させ、マントを基部から切り離した。
 二足歩行兵器シャッテン。その外見は人を模してはいるが、それはあくまでシルエットだけである。今その姿を現したシャッテンの頭部に顔らしき造形は何もない。センサーやらレーザーサイトやらが組み込まれた、細長い単なる球体だった。脳にあたる指揮系統は胸部の分厚い装甲の下にあるのだ。
 その指揮系統、つまりメインユニットは戦術変更を余儀なくされた。多弾数による弾幕ではなく、主砲による制圧に。
 シャッテンは銃を失ったが、撃ちまくっていたのでもともと残弾は少なかった。このAusf.II、つまりMk.2は1stジェネレーションに所属する。当時、対人殺傷兵器はあまり重視されていなかったので主兵装は右肩と右腕にあるエナジースフィアと呼ばれるもの。連射は全く効かないし、あまりに威力が大きすぎ、燃料消費がきつかったので設計図段階から不評だった。発射と同時に逆流するバックファイアの危険も示唆されていた。副兵装として搭載されていたソニックブラスターの方が使い勝手がよいということで2ndジェネレーション以降、エナジースフィアの装備はなく、ソニックブラスターを強化し搭載することになった。
 その両方を搭載している1stジェネレーションは特に全備重量が重く、姿勢制御後も一度0位置に体勢を戻さないと、フレームへのきしみ影響が測定できなかったのだ。
 Ausf.IIは撃手たちから距離を置き、ソニック・ブラスターによる戦闘を開始した。しかし、攻撃手順が単調になり、なおかつ連射が効かない以上、戦いの風向きは変わった。

 これなら時間を稼げる。そう思った弓枝は西から出現した新たな影に驚愕した。飛び込んできた海良以下、撃手五の剣士たちが懸命に足止めするその影は。
 新たなシャッテンだった。
 絶望が本陣を突き抜ける。

 Ausf.IIで目的地を制圧。その後、科学者を護衛し、その任務をサポートしつつ、Ausf.IIIを美咲屋敷に突入させ、敵戦力を引きつける。
 その作戦は予想外の抵抗で目論見違いに終わっていた。Ausf.IIIが目的地に到着した時、既に途中での妨害で二分遅れていたが、それでもまだ目的地は制圧されていなかったのだ。科学者たちは戦闘が終了するのを苛立ちながら待っていた。苛立っているのはチーム16に所属する指揮官も同じだったが。

 立て続けの居合いで啓介の足がもつれた。暑さに汗が流れていた額にも新たに油汗が噴き出ている。二体のシャッテン。一機には損傷を与えたが、まだ戦闘は可能だろう。もう一機はおそらく起動して間もないはず。さらに30分近く戦闘は継続される。
 「ちっ、やるっきゃねぇな!」
 啓介は不安をかき消し、瞬時立ちつくした片腕のシャッテンに迫った。弓枝の声に応じ、撃手が炸裂弾を一斉に放ち、それを支援した。
 相棒である由美が結界に閉ざされた今、諭見の鈴は黙したままだ。よってアンチ・マジックの影響は神刀たる七つの剣のみに出るはず。神速による居合いでの衝撃波は使えなくなるし、銃弾を止めることもできないが、相手は機銃を失った。ならば・・・
 斬り合いもやむなし。
 アンチ・マジック・シェルは魔法を消し去るものではない。一時的に中和するものだ。なのでシェルから離れれば再び剣に寄りつかせた「時」と接触できるはず。そう予測した由美の言葉を信じ、彼は剣撃による攻撃に出た。それはもう一度居合いできるかどうか分からないほど、体を酷使しすぎたための決断。その最後の一撃は新手に残さねばならないのだから。
 今や剣士であるが、啓介はもともと術者だ。シェルに入った事は肌に走る悪寒で悟った。だが、シェルに入った途端、シャッテンに袈裟懸けを浴びせようとした啓介の表情にとまどいが浮かんだ。その隙に、身構えていたシャッテンからソニック・ブラスターが発射された。
 大音響。しかし人間の耳が聞き取っているのはそのほんの一部にすぎない。啓介の後に続いていた剣士は見えない腕に殴られたかのように弾け飛び、血の雨を降らせた。
 だが、啓介はその衝撃を交わすかのように身をひねり、一度後方に飛び退けてから今度こそ必殺の一太刀を加えんと両足を踏ん張った。
 攻撃が未知の理由で効果しなかった事を知ったシャッテンはブラスト後、すぐに跳躍して啓介の剣から逃れようとした。だが、ブラストをくらい、後方にサムライが吹っ飛んだところで撃破すべく、全速前進しかけていたシャッテンは身を起こしてから回避運動に入らねばならない。前傾姿勢では腰部のメインスラスターは後方に向いているからだ。膝でバランスを取りながら背を伸ばすシャッテン。その一瞬が致命的だった。回避を開始するのとほぼ同時に啓介が懐に入っていたのだ。上方にスラスターを吹かし浮き上がった所で剣が走った。まさしく神速のスピードで。がつん、という確かな手応え。噴射で啓介の体も吹き飛ばされたが、瞬時上昇が遅れた右足に深々と刀傷が走り、そこから火花が散った。
 片腕を失い、今のシャッテンは左側の重量が許容以上に軽くなっている。バランス調整を無視し速度重視で全力噴射を選択した結果、上方への移動力の一部が右旋回となり、右に傾いてななめ移動になってしまった。それを正すべく大腿部からの噴射がオートで制限され、同時に脚部を動かしてバランスを保とうとした。その結果、右足が刀の範囲内に残ってしまったのだ。
 スラスターも使用した跳躍で10メートル以上離れた木立の中に着地するシャッテンAusf.II。よろめくが即座に体勢を立て直す。
 本来、刀身など軽くへし折るほどの脚部装甲だが、それはばっさりと斬られていた。足首のすぐ上にある真一文字の裂け目から小さな爆発まで起き、装甲内部が燃えているのか、膝部分から煙も出ている。損傷は装甲だけでは済まず、フレームごと脚部の構造に斬り込まれたのだ。
 啓介に向かって向きを変えるシャッテン。それはバスケットのピポット移動のごとく、右足の位置は動いていない。もはや本来の機動性能は望めない状態なのは明らかだった。
 啓介もさらに後方に飛び、瞬時、両者は長い間合いを取って対峙した。
 「いけるぞ、こいつ。時見の技は消えちゃいねぇ!」
 啓介の叫び。
 アンチ・マジック・シェルは魔性には効かない。それが唯一の弱点だった。しかし、今それは第一の弱点と変わった。第二の弱点が暴露されたのだから。シャッテンのアンチ・マジック・シェルは時術を中和できなかったのだ。
 「七剣だ! あれなら時術も入る!」
 ななのへのつるぎ。美咲流練術最強形態。七種の精霊の力によって、乱れた理(ことわり)を正す奥義。
 美咲流では時の精霊に直接アプローチする術はない。唯一の関連が七剣になるための七とせの呪法だ。よって時術を持たぬ美咲の術者でも、七剣の状態であれば時の力を内包することが出来る。
 「<片腕>は撃手に任せる。俺は新手を押さえるから、七剣、急げ!」
 そう叫び、啓介は後ろに飛びのき、向きを転じて走り出した。
 「なりませぬ、お待ちを!」
 撃手の一人が啓介に警告を発するが、彼は「それっきゃねぇ」と吐き捨てて走り去った。
 やむなく撃手参の剣士が展開して、動きの鈍った片腕のシャッテンに迫る。包囲されたシャッテンは様々に向きを変えながら攻撃を試みた。
 ソニックブラスターもエナジースフィアも強力な兵器だ。しかし、自由可動する左腕に装備されていた7.63mm機銃とは違い、背部と肩部に背負うように装備された胸部外郭固定兵装であり、可変射角はほとんどない。高機動兵器故、射角はあまり重視されていなかったのだ。戦車に例えるなら旋回砲塔に付いていたのが7.63mm機銃。そして車体前面に固定されていたのがブラスターとスフィア照射装置というところか。照準はボディの向きで調整し射角は単なる微調整用でしかない。だが、右足の瞬発力を失ったAusf.IIでは照準固定する前に、動きの早い剣士に逃げられてしまう。さらに連射が効かぬが故、その間に撃手を守る防御結界もしっかりと張られてしまう。メインユニットは本陣への特攻をかけるチャンスをうかがったが、そのコースには撃手がひしめき、炸裂弾の大波が待ち受けているのは間違いない。荒れ狂うシャッテンの破壊兵装によって周囲は樹木がなぎ倒され、はじき飛ばされてまるで円陣の様になってしまったが、倒れた撃手はいない。
 射撃戦放棄。白兵戦に移行。
 メインユニットの判断に従い、シャッテンが背負っていた外郭部が強制排除された。それはゴトっという音と共に地面に落ち、同時に右腕も肩から弾け飛んだ。
 背中のコブと両腕を失い、ごつかった外見が一気にスマートになる。続いて脇腹部分が動いた。胸部装甲を補強するパーツ。それが動きだし、新たな二本の腕となった。それまでは腕組みした状態で収納されていたのだ。それは細く平たい腕。指にあたる部分はなく、掌からナイフが直接突き出した。同時に超振動刃の作動開始音が低くうなりだした。
 白兵戦モードに移行したシャッテン。それは先ほどまでの重装騎士の印象から、剣士のそれへと変化した。
 金属でも軽く切断しそうな武装の登場に、撃手たちは間合いを詰めながら手にする刃を固く握りしめた。急所を斬られるまでもない、触れたらひとたまりもないだろう。それを認識しながらも撃手の志気は衰えない。いかに強敵であっても白兵戦である以上、片足が効かないのは致命的なはずだから。そしてもう一つ、撃手たちを奮い立たせている理由。それは過酷な運命を背負った彼らの指揮官への忠誠心だった。
 一方、啓介は二体目のシャッテンに迫った。こちらはところどころ裂けてはいるものの、マントを着込んだままだ。
 7.63mm弾の連射。Ausf.IIとの戦闘経験からそれを予期していた啓介は時の圧力を掛けた壁を巡らせた。筧の技ではない。由美が筧伝来の時結界をヒントに編み出したオリジナルの技である。それで弾の速度をにぶらせ、間一髪のところで回避し、そのまま間合いを詰める啓介。Ausf.IIIにもII同様の緊急警報が鳴らされた。僚機のシェル内であっても刀が異常なパワーの波動を発していたのを、まだ全て機能しているセンサー群がキャッチしていたのだ。
 最高驚異目標に認定。
 シャッテンAusf.IIIのメインユニットは啓介を最強の敵と判断した。上海で同型機を二機撃破したサムライ。七つの剣に対する緊急警報はその持ち主をサムライ本人、またはそれに類する最優先撃破目標と認定したのだ。
 損害を省みず、しつこく足止めし続ける海良たちからの攻撃は回避するだけ。シャッテンの照準系センサーは全て啓介に向けて固定された。
 最高驚異目標、予想位置修正。
 最高驚異目標、0距離攻撃時予測。
 最高驚異目標、有効直接射撃範囲離脱。
 最高驚異・・・
 シャッテンAusf.IIIは全ての意識を啓介に集中し、間合いをとり続けるサムライを追った。彼は無傷のシャッテンに一度詰め寄ったかと思うと南へ、南へと誘導し、本陣との距離をとっていったのだ。
 術者が七剣(ななのえのつるぎ)になるには時間がかかる。由美の一分という素早さは美咲家の術者、白鳥でさえ唖然とするほどの例外。ならばそれまでの時間を稼ぐ。そう啓介は考えたのである。だが、彼は知らなかった。七剣。それが啓介の想像以上に珍しく、本当に特殊な技だということを。
 「お待ちを、筧殿!」
 後を追う撃手の声は敵と術に集中している啓介の耳には届かなかった。
 「筧殿・・・何と言うことを・・・」
 本陣からおもわず走り出してしまった弓枝。しかし、合戦用重装備の彼女では何の防具も付けていない啓介にもう追いつけまい。
 「ごめん・・・なさい・・・」
 弓枝はがくりと膝をついた。地に置かれたその手に、ぱたっと涙がこぼれた。そばにいた部下は深刻な眼差しで啓介の消えた南の林を見つめる。
 何がおこったのか分からないのは、新参者の白鳥あゆみだけだった。
 「あ、あの・・・」
 彼女の声に。古村は振り向くこともなく、首を振った。
 「本家で・・・。七とせの呪法を使えるのは七人。
 御主様。長老会の長、観崎由美子様。筆頭知恵者の美咲真砂友実様。知恵者の美咲由居様。筆頭術者の美咲由美様。下屋敷の三咲優美香様。そして私の弟子の壬佐紀裕巳子・・・
 ここには・・・ここには使える者がいないの」
 愕然とする白鳥あゆみ。
 手傷を負ったとはいえ、まだ稼働するシャッテンがいるのに采配も行わず、ひざまづいたままの美咲弓枝。側に立ちつくす側近。その理由があゆみにもやっと分かった。
 今、この場を守る者で、七とせの呪法を受け継ぐ血の持ち主は美咲弓枝ただ一人。そう、彼女は美咲の名と血を継ぐ、本家ゆかりの者。しかし、彼女に術力は現れなかった。よって、七剣にはなれないのだ。血はある故に彼女の子供には現れるかもしれない。しかし彼女本人に術力は発現しなかったのだ。そのハンデをはね除け、術者を主とするこの美咲家で、剣士として撃手をまとめるまでに至った弓枝。彼女の苦しさ、つらさ、そして恥ずかしさ。それが身につまされる白鳥あゆみ。彼女は唇を噛み、両の拳を握りしめた。爪が掌に食い込む程に。
 「五の者は我に続け! 参の方々には陣防衛と残ったシャッテンの撃破を!
 弓枝様、おさらばで御座います!」
 海良は残った僅かな手勢に装備を調えさせ、啓介の後を追った。間に合うことはないだろう。しかし、せめてその思いを引き継ぎ、シャッテンの行動停止まで、命を賭けて足止めする。撃手五・剣撃隊の生存者は悲痛な決意を胸に木立の中に消えていった。
 「わたしが・・・わたしが役立たずで・・・筧、殿を・・・」
 Ausf.IIとの戦闘音が響く中、弓枝のかぼそい声は不思議とあゆみの耳に、いや心に伝わった。
 「許して・・・」

 その声を聞き取り、あゆみの視界がぶれる。
 伸ばされた老婆の腕。手に乗った落雁。そして謝罪の言葉。
 あゆみはやっと理解した。あの夢の意味を。なぜあれほど続けて見たのかを。
 彼女は腕を上げて襦袢の下に入れていたお守りを引き出した。築館美咲を示す藍鼠の小袋。その紐を緩め、中に指を差し込んだ。中から出てきたのは古い和紙で出来た小さな小さな折り鶴。掌に乗せる。見るのがつらくて、ずっと出していなかった畳まれた折り鶴は、記憶にあるよりもずいぶん小さかった。頬を寄せ、折り鶴にささやくあゆみ。
 「おばぁさま。許してますよ、ずっと前から。だから今度は私を許して下さい。折角隠してくださったのに。守ってくれてたのに。
 私・・・私は、言います」
 折り鶴をそっと袋に戻し、あゆみは歩を進めた。弓枝のすぐ後ろに。
 「聞いて! 聞いてください!」
 あゆみは叫んだ。声は喉につかえ、涙が溢れそうだが、無理にそれを我慢して叫んだ。
 周囲の注目を感じ、あゆみは今度は祈った。御主様、おばぁ様、勇気をお貸し下さい、と。母も父も見たこともなかったので祈る対象にはならないのだ。
 「な、七とせの呪法の、練術結界を! 結界陣形をお願いします。呪柱は・・・、
 私が行います!」
 その言葉を理解できなかったのは古村だけではなかった。その場にいる誰一人理解できなかった。
 「どうやって・・・?」
 あゆみの隣に立つ、弓枝の側近からとまどいの言葉が漏れた。
 「私、本当は白鳥あゆみじゃありません! 彼女は二歳の時に死んでます。
 私は母の不倫で生まれた、いなかった子。不貞の子です。母は先代築館の次期でした。
 私は・・・美咲あゆみです!」
 爆発が西の森で巻き起こった。続く勝ち鬨。Ausf.IIの最期だった。
 傷だらけながら喜び勇んで駆け戻る者たちはその場の異常さに思わず立ち止まってしまった。本陣はしん、と静まりかえっていたのだ。
 「不義の子で、美咲の名を汚した事なら何度でもお詫びします! 藍鼠で黒の人たちにお願いするのが筋違いだとも分かってます。
 でも、でも、私、七とせの呪法使えます!
 お願いします、担い手になってください! お願いします! 
 あの、暖かな人が・・・か、筧様が、危ないんです!」
 目をきつくつむり、うつむいたまま叫ぶあゆみ。不意に服を引っ張られて瞳を開いた。そこには四つんばいのまま、あゆみの呪い着の裾を掴む弓枝がいた。
 「ほ、本当に・・・本当に成れるの? ななのへの・・・つるぎ、に」
 すがるような弓枝の姿。しかし、その目は真剣な眼差しで、突き刺さるようにあゆみを見上げていた。
 「わ、私の名は・・・紛いものです。先代の築館の御主様がくださって。
 でも、血は本物です。不倫で汚れてるけど・・・、それでも七剣、成れます」
 叫びながら、思わず知らず、また堅く目をつむってしまうあゆみ。弓枝は彼女の帯に、そして肩にすがって立ち上がった。
 「古村!」
 「お任せを!」
 皆まで言わせるまでもなく、古村は自分の他五名の担い手を指名した。
 「白鳥は、いえ、あゆみ様は土精霊に長けたお方。その分炎は不得手のご様子。陣形は呪柱を北主とする亀甲陣で始め、私は炎を担う上桐を支援します。四精霊後、二重三方陣に組み替え、時まで一気に担います。時間がありません、練度は下がっても早さを重視します」
 古村はあっというまに段取りを決め、立ちつくしたままのあゆみを呪柱にする位置で担い手を集めた。
 「あ、私・・・」
 あゆみは何か古村に告げようとするが、その表情から意図を読みとる古村柚木恵は近づいてそっと耳元にささやいた。
 「大丈夫。由美様も最初っからあんなにうまかったわけじゃないのよ。下手だったのでもないけど、あれだけの術量でしょ、私たちでは担いきれず、暴走してね、そりゃもう大変だった。
 だからもう慣れてるからね本家は。どんな状態でも担ってみせるわ。思いっきり集めていいわよ、あゆみ」
 こくん、と頷くあゆみ。
 ゆっくりと、ゆっくりと左腕を伸ばして掌を返す。指にゆわかれた組み紐が伸び、美咲の鈴がころん、と鳴った。
 上手くいかなかったら・・・。間に合わなかったらどうしよう・・・。
 懸命に押し隠していた不安がまた忍び寄る。その時、啓介の声が聞こえたような気がした。

 成功の期待ってのも一緒に持てよ。不安と期待。両方持ってて、丁度いいんだ。

 期待。そう今あゆみの期待する事はただ一つ。啓介の無事。そのために七剣になる。美咲の血を目覚めさせて。そう私は美咲なのだから。

 おばぁさま、あの夢はおばぁさまが見せてくれたんですよね? 大丈夫、できるって。私はおばぁさまの孫なんだからって。そうですよね?
 私。やってみます。

 「築館美咲が退魔師、美咲あゆみ! その名とその血によって、これより七とせの呪法にかかります。担い手たる本家の皆々様の由をお貸し添えくださいませ。
 参ります!」






 続く