第二話:加賀壬さん入会す

von:秋澤 弘

第一章

 その明日がやってきた。もちろんそんなに簡単に分かるはずもない。でも意識し続けていればきっといつか答えがでるだろう。加賀壬はそう思っていた。昨日、帰り際に香土岐先生が貸してくれた本。もうぼろぼろの本だったが、それは昭和45年に新潟の高校で起きた怪奇現象をつづった本だった。その本の真ん中あたりのすこし前に、開きすぎて簡単にあくページがあった。そこには章題があった。

 生を信じる心が闇を駆逐する

 多分何人もの先輩たちがこのページを見つめ続けたのだろう。
 生を信じる心。加賀壬は通学の電車の中でずっとその言葉を考えていた。

 今日はクラブ活動のオリエンテーリングの日だ。午前中に各サークルの紹介が講堂で行われる。午後からはそれぞれの活動場所で説明会が行われるらしい。
 「おはよう!」
 加賀壬に明るく声を掛けられ、鮎川はちょっととまどった。昨日別れた時の思い詰めた顔はもうなかったから。
 「あ、おはようさん。んー、元気やね」
 「うん。昨日はありがとう」
 そこに開田もやって来た。
 三人はサークルについて話し出した。
 ホームルームで生徒達に早速パンフが配られた。各クラブ活動の紹介である。先生の説明を聞きながら、加賀壬はパンフをぺらぺらめくっていた。最初のページに組織図があった。各クラブそれぞれが体育会系と文化会系に分かれており、部、研究会、愛好会の順で記載されている。ところが、たった一つだけ、体育会でも文化会でもないクラブがある。生徒会に直属するクラブ。超常現象研究会である。そのページをめくってみる。

 超常現象研究会
 会員数 48名
 会長 三年C組 美咲由美
 主な活動場所 不特定
 説明会開催及び入会受付場所 部室棟文化部棟会室にて
 説明会開催時間 第一回:なし     第二回:なし
 入会受付 四時より会室にて。その後随時
 活動内容及び目的 常識では対応できない様々な現象を調査、研究し、その対処法を実践するためのサークルです。「学生は学生が守る」をモットーに、活動しています。そのため、活動内容は学校で起きる怪異現象のみに限定されています。生きること。その素晴らしさを守りたいという強い意志を持つ方のみご参加ください。

 読み終えて加賀壬は困惑していた。会長は昨日の話にあった美咲のお嬢さんという人らしい。それはなんとなく推測できたが、説明会がないというのはどういうことだろう。いきなり入会受付のみというのは他のサークルにはないものだ。確認するためにめくったが、やはりここだけだ。会員数48名。部でもこれ程多いところはあまりない。活動場所も「不特定」とある。会室があるのに。
 このサークルは他校でのお化けとの戦いが活動の中心ということだろうか?

 ホームルームが終わると講堂に移動し、生徒会主催のクラブ活動合同説明会が始まった。各サークルが呼ばれると、十人程が壇上に上がり、自分たちの活動を説明する。みんなそれぞれのユニフォーム姿だったり、県大会での優勝旗を持ち込んだりとアピールに一生懸命だ。ダンス部などは部長が説明している間、ずっと流れるワルツに合わせ、三組の会員が踊っていた。合唱部はもちろん合唱で説明するし、軽音楽部に至っては新曲披露まで行なった。各サークルに与えられている時間はたった五分。その間で最大に目立つようにみな必死なようだ。放送部などはその特権を生かし、派手な入場曲に乗ってアナウンスを流すし、水泳部はまだ寒いこの季節に水着で現れて拍手喝采を受けた。山岳部は勝手に講堂の二階から屋根に登って生徒会に怒られていた。
 中には社会部のようにスライドショーといった静かな活動紹介もあったし、新聞部は号外を配っただけだ。もちろん逆効果を狙ってのことだが。
 やがて研究会の紹介に入る。こちらは部ほどの組織活動ができないので、会長が一生懸命に力説する形が多かった。ここで新入会員を一気に集めておかないと、五月の生徒総会で部への昇格が難しくなる。場合によっては愛好会に格下げの可能性もあるのだ。自然と熱が入るのは当然だった。研究会の最後が超常現象研究会のはずなのだが、そこは最後になるとパンフに書かれていた。
 愛好会紹介は再びパフォーマンスの祭典に戻った。とにかく好きな連中がそれだけを力に設立したところが多いのだから。走り回るは飛び回るは。手品は出るはヨーヨーの実演は出るは。騒音で耳を塞ぎたくなったところもあったし、見ていて恥ずかしくなるようなところもあった。中には会長含めたった三人の会員が涙ながらに実状を訴えるところもあった。後二人、五月までに入会しないと廃会決定なのだ。活動の中心だった旧三年生が一気に抜けた惨状を嗚咽混じりに語りかけるのは涙を誘った。
 最後の紹介が行われ、超常現象研究会の名が呼ばれた。急に講堂内がしんとする。それまでいねむりしかけていた新入生も、みな壇上に注目する。
 現れたのは八人。しかしマイクの前に立つのはたった一人。残りは少し後ろに下がっている。
 加賀壬はその後ろに立つ生徒に見覚えがあった。眼鏡の生徒会副会長だ。他にも生徒会の腕章を付けた生徒がいる。それに、よく見るとさっき他の部の紹介を行なっていた者がほとんどだった。しかもそれぞれの部長なり副会長なりの立場で。柔道着のままだったり、野球部のユニフォームだったり、エプロン姿だったり。それに驚いていると、マイクの前に立った長身の女生徒が語り始めた。
 「超常現象研究会、二代目会長の美咲です」
 その言葉に講堂内がどよめく。一体何が起こったのかと周りを見回すのは電車組だろう。加賀壬も昨日の香土岐の説明を聞いていなかったらその中に入っていたはずだ。
 美咲と名乗った先輩は講堂内が静まるまで待った。やがてみながそれに気づいて再びしん、となった時、彼女は再び口を開いた。
 「目に見えないもの。常識では対応できないもの。それらへの対処を研究し、実践するのが当会です。学校の平和を守るのは学生です。学生を守るのもまた学生です。我々は闘っています。非常に危険な活動です。名誉も栄誉もありません。
 それでも、この平和を守りたい。その意志のある方を待っています」
 それだけ言うと壇上の全員が深々と頭を下げる。と、不意に拍手が起きた。加賀壬の右前方で。すると今度は後ろでまた拍手が起きる。続いて彼女のすぐ隣の列でも。
 立ち去り掛けた会長たちは再び頭を下げてから姿を消した。
 生徒会長が午後からの説明会について話している間に、加賀壬は隣の列の子にそっと聞いた。
 「どうして拍手したの?」
 隣の子はこともなげに答えた。
 「命の恩人だもの」と。


第二章

 昼食である。今日は鮎川の発案でパンを買いに行った。購買でも売っているのだが、当然パン屋の出店の方が作りたての総菜パンが多く、そのほとんどが焼きたてだ。単に焼きたての食パンを買って、ロッカーに入れてあるジャムで食べる先輩も多いらしい。なにせ安上がりだ。加賀壬はコロッケパンとハムサンドを買った。本当は焼きそばパンにしようと思っていたのだが、先輩達が我先にとコロッケパンを注文するので、つい頼んでしまった。多分ここの名物なのだろうと思って。
 パンを買おうとする人ごみを離れると、開田が自販機の前にいた。その側に男子生徒がいる。誰だろう。そう思った時、すぐに気づいた。二人の横顔がそっくりだったのだ。特に鼻筋は兄妹だからこその似方だ。
 開田兄が去ってから加賀壬は声を掛けた。
 「今のがお兄さんね、そっくりじゃない」
 「うげぇ、そう? よく言われるんだけど。加賀壬さんに言われるとちょっとショック」
 落ち込む開田の隣で笑いながらジャスミン茶を買うと、さらにその隣の自販機から鮎川が眉を潜めながらやってくる。
 「どうしたの?」と開田。
 「うっうっ、やってもーた。止めよう止めよう思うたんやけどな、怖いもの見たさってゆーか」
 彼女の手には豆乳のパックがあった。
 「ばーか、マズイって言ったじゃん」
 「あかねにあそこまで言わせる豆乳。つい、指が勝手に、な」
 三人は今日は屋上に出た。天気がいい。まだ肌寒いが、日向ならストーブが恋しいという程ではない。
 コロッケパンはおいしかった。だがボリュームが随分あって、結局半分鮎川にあげることになった。
 「豆乳は×。コロッケパンは二重○やな」
 鮎川が腕組みし、肯きながら評価する。
 「ね、加賀壬さん、超常研、行くの?」
 と不意に開田に言われ、びっくりする。
 「え?」
 「ほんま?」
 開田は加賀壬を見つめていた。
 「兄貴が言ってた。去年の三年が超常研の設立メンバーの中心だったんだ。そんでその時の一年が今の三年。ほとんどが兄貴みたいに受験で引退しちゃったでしょ。だから会員数は多くても実働数は少ないの。ましてや二年のほとんどが他の部や研究会の掛け持ちで、しかもそれぞれが部長とか会長とかになっちゃって。結局ね、今のメンバー、徹底的に戦力不足なんだって。一人でも多くの人が本当は欲しいらしいよ、超常研」
 開田はそこで一旦言葉を切って、カフェオレを一口すすった。
 「でもね、すごく危険だから。本当に闘うから。だから来てくれっておおっぴらにアピールできないんだって。説明会がないのもそのせいなんだって。去年の入会希望者はすごく多かったの。でもそのほとんどがやめちゃったの。危険だって分かって。
 加賀壬さん、本当に行くの?」
 そう言われ、いつの間にか入会する気になっていた自分に気づく加賀壬。じっと考え込む。やがて頷いた。
 「うん、行くわ」
 「そっか。私らは高校でも美術部に入るつもりだから、加賀壬さんがよければ誘おうかなって思ったんだけどね」
 「うちは粘土細工が得意なん。あかねは水彩画やけどね。中学ではあかねが部長しとったんよ」
 「そうなの。うーん、研究会は部と掛け持ちしてもいいんだよね。美術か・・・」
 「ううん、無理に入ることはないわよ。退部はなんか面倒らしいけど、後日入部ってのはオッケーらしいから」
 「せやね。まずはおば研で頑張ってみて、余裕があるんやったら遊びにきーや」
 加賀壬はうなづいた。


第三章

 超常研の入会受付は随分先だ。それまでは暇になってしまった。とりあえず、あちこちのサークルに顔を出してみた。
 加賀壬は中学では家庭部にいた。それでつい気になってのぞきに行くと、さすがに高校の家庭部は本格的だ。ここもいいな、そう思いながら説明を聞いているうちに、いつのまにか時間になっていた。
 やっぱり家庭部が居心地いいのだろうか。時間が早く流れたことにそう感じはしたが、まずは鮎川の言うとおりに、超常研で頑張ってみよう。そう決めて部室棟に向かう。
 超常研は文化部棟の奥だ。昨日は閉まっていたそこのドアは開いていた。その脇に、例の眼鏡の副会長が立っていた。
 「こちらは超常研です。説明会はありません。入会希望者のみ入室してください」
 そう言う彼は加賀壬を覚えていないらしい。それも無理はない。新入生は多いのだから。それに加賀壬は特に目立つ容姿でもない。
 「あ、入会希望です」
 しかし、彼女が声を出すと、副会長の表情が変わった。
 「あれ、君は。図書館利用者第一号って子だね。斉藤さんに聞いたよ。
 入会希望だね、歓迎するよ。でも、覚悟はいい?」
 眼鏡の奥でその目が厳しくなったような気がしたが、加賀壬は怯まなかった。
 「はい」
 彼は微笑むと中を手で示した。室内に入ると20程のパイプ椅子が用意されており、その半分近くが埋まっていた。ひそひそと話す者はいるが、みなおおむね静かに座っている。加賀壬は空いている椅子に座り、室内を眺めた。前にはたくさんの表が貼られた掲示板。その左には開かれた扉があり、隣室に続いているようだ。その上には「暗室」と書かれた板が見えた。マジックで消されているところを見ると、昔ここは写真部の部室だったのだろう。そのドアの辺りに数名の二年生が立ち、こっちを見ている。皆真剣な目つきだ。
 開田の言葉では去年は入会希望者のほとんどが辞めたという。今の二年生はその中で残った者ばかりだろう。きっと、この中で何人残るのかと思って見ているに違いなかった。
 右手は窓から校庭が見えている。陸上部らしい生徒が集団でトラックを走っているのが見えた。左側は大小さまざまなロッカーが並んでいる。そっと振り向くと後ろには黒板がある。綺麗に拭われているが、走り書きされた乱雑な文字らしい跡は残っていた。その下にもロッカーが並んでいるが、今は上に折り畳んだ会議机が積まれていた。普段はここに置かれているのだろう。
 と、そこで後ろに座っている生徒の中に、昨日まで爆弾発言の主役だった金居という生徒がじっと座っているのが見えた。その表情は真剣だ。
 そうか、彼も入会希望なのか。そう思っているうちにも二人、三人と一年生が入ってくる。そのほとんどが男子だが、女子がいないわけでもない。三分の一くらいは女子だろう。
 やがて席が一杯になった頃、開始時間の四時になった。扉の外にいた副会長が入室し、室内を横切って二年生に声を掛ける。
 「時間だね。じゃ、僕は生徒会の方に行くから」
 「おう、任せとけ、シュン」
 柔道着の大男がそう言って、眼鏡の副会長の肩を叩いた。
 シュンと呼ばれた生徒が退室すると扉を閉めた。
 すぐに前のドアからさっきの会長が現れる。刺すような視線。きりっと結ばれた口元。そして男子生徒をも越すほどの長身。その姿に圧倒され、しんとなる室内。そこで彼女が口を開いた。
 「新入会員諸君。私が当超常現象研究会の会長、三年C組の美咲由美です。当研究会に入会する以上、当会がただの愛好の会ではないことをご存じの上と思います。端的に申しまして、私たちは『闇狩り』を目的とする会です・・・。
 驚かれた様子がないのに安心しました。昨年はちょっとしたパニックが起こりましたので。今年は皆さん覚悟の上での入会のようですね。当会は表面上はただの研究会ですが、裏の仕事として、魔性狩りを非合法に行なっているのです」
 そこで会長は言葉を切って、新入生を見渡した。うなづくと再び口を開く。
 「数年前のことです。当学区内の各校に怪異現象が続発し始めました。理科室で、音楽室で、そしてプールで。目撃者が激増しついには不幸なことに犠牲者までが・・・。通報を受けた警察も学校当局もただの精神異常と断定するのみで日に日に犠牲者は増えました。その時です。学生は学生が守る。この言葉をスローガンに、当会初代会長で現OB会会長、殿下こと山口先輩が有志を集め、当会を結成したのです。
 当会は以来、深夜の校内を舞台に戦い続け、最近では他校から依頼が来るまでになりました。基本的に他校でも魔性の出現パターンは同じです。まず、魔界とのゲートが開き、そこに力を与えるペンタグラムにあたる五カ所に魔王の腹心と言える五体の魔性が住みつきます。魔王を倒すにはまず、そのペンタグラムを一つづつ壊さねばなりません。五体総てを倒すと、ゲートの守護者との戦いです。これを倒した後、いよいよ第七の不思議、魔王との対決。ペンタグラムを失ったとはいえ、魔王は本当に強力です。戦いは苦しいものになるでしょう。しかし、これを乗り越えねば、我々学生に真の自由はないのです。
 それでは、早速説明を開始しましょう。書記の宮原君どうぞ」
 呼ばれて前に出たのは小柄な二年生だ。列の先頭に座る一年生に紙を渡し、一枚づつ回すように言った。加賀壬もそれを受け取り、残りを後ろの生徒に手渡してからそれを見た。入会表だろうか。クラブや身長などを記載する欄がある。
 「どうも。2−Bの宮原信次です。朝臣(あそん)と呼んでください。え〜、まずは会員名簿を作成しますので、記録につきまして説明します。お手元に配りました会員記録表を見てください。そう、その小さい表です。処理スピードを高めるために、幾つかの用語がありますので、ちゃんと覚えてください」
 その間に前の掲示板に手元にある紙を大きくしたA全大程の紙が貼られていた。朝臣と名乗った生徒はそれを指示棒で指しながら説明を始めた。
 「HPはもちろん体力です。MPっていうのはマジックパワー、つまり魔力かと思われがちですが、実はメンタルパワー、つまり精神力です。数値はこれからの皆さんの活躍次第で評価してゆきます。
 僕たちの戦う相手は肉体しかないものと、幽霊のように精神、つまり幽体しかないものの二種類に分かれます。肉体相手の戦いはHP戦と呼び、互いにHPを使って戦います。一方、精神相手の戦いはMP戦と呼び、相手を説得、もしくはだましつつ、浄化する戦闘ですので、MPを使って戦います。ほとんどの敵はこのどちらかしか持ってませんが、僕たちは肉体も精神もあるので、HP、MPの両方を持っています。でもどちらかでも0になったら気絶しちゃうのでご注意を」
 続いて「キャラクタークラブ」と書かれた部分を示す。
 「ここは研究会ですので、皆さんは他に課外クラブに入部できます。うちと違ってクラブは普通の組織ですが。皆さんの所属した部なり愛好会なりを記入して下さい。滅多にないことですが、生徒会レベルで、言い換えれば全校で一つの目標を目指す大がかりな戦闘が行われる可能性があります。去年、一度だけありましたが。そういった場合、クラブ毎に組織を分割することが多いので、後から入部なり、入会した場合にも僕に連絡してください」
 彼は周囲を見回して、皆が理解したのを確かめてからまた話し始めた。
 「さて、では会員記録表に必要なデータを上から順番に書き込みます。まず学生名にあなたの名前を書いてください。次にキャラクタークラブを部系とレベルに記入します。新入会員の皆さんは1レベルです。これもこれからの行動によって評価されてゆきます。身長・体重・年齢・性別は各個に書いてください。所属は正式なクラブ名、学年と組を記入してくだきい。
 特殊能力は収入を得て戦闘武器を買った時にその効果を書く欄です。例えば「退魔札付き金属バット。HP戦強化」のように書きます。霊水、救急箱、精神安定剤はそれぞれの保有量を書く欄です。ただし、現段階では記入の必要はありません。なお、詳細は裏面のアイテムの項を見てください。これで記入は終わりです。では、仕事料について説明してもらいます。じゃ、姫、とうぞ」
 彼が下がり、替わってもっと小柄な女生徒が出てきた。おかっぱのような髪型もまるで中学生だ。しかし、そのネクタイは青。間違いない、先輩である。
 「こんにちはぁ。会計の2−A、美咲真由美です。よろしくお願いしまぁす」
 みさき? ではこの先輩も術者なのか? 加賀壬はそう思った。しかし彼女には香土岐やここの会長のような鋭いイメージはない。
 「この会には入会金や会費がないんです。逆に皆さんの仕事に応じて仕事料が支給されるんですよ。このお金は被害者のお父さんや親戚の方からの貴重な謝礼金とか、一般学生の皆さんからの善意の寄付で賄われていますので、危険に応じた充分な金額とはいえませんが、道具代金や回復費に充てることはできますよ。探索に行くと、HP戦では体が、MP戦では、心が傷つきますので、回復費は絶対に必要です。買える道具は、帰りに資料編をお渡ししますので、見てくださいね。じゃ、私の説明はおしまいです。次は戦闘について。うちで一番戦闘が得意な元帥にお願いしまぁす」
 そう言い終わるとぺこりと短い髪を揺らして頭を下げる。つい加賀壬も他の何人かも一緒につられて頭を下げてしまった。と、その時、奥にいた柔道着の大男が声を掛けた。
 「オレ、元帥って名前じゃないんだが・・・」
 「あ・・・あだ名だったっけ。えっと、本名はぁ・・・。えっとぉ」
 「・・・」
 「ごめんなさぁい!! 忘れちゃいましたあ!!」
 どっと笑いがこだまする。小柄な二年生はぺこぺこと柔道着の男に謝った。その二人の身長差といい体格といい、親子と言ってもいいほどで、さらに笑いが巻き起こる。
 その男がのっしのっしと前に来る。すごく大柄だ。笑っていた新入生の顔がひきつる。
 「ああ、柔道部副主将、二年D組の大田原だ。元帥って方が通ってるんで、そう呼んでくれていい」
 そう大男が言ったとき、後ろから声がした。
 「元帥さん、俺です! 零上二中で助けて貰った金居です!」
 振り向くと爆弾発言生徒、金居が立ち上がっていた、その顔は興奮で真っ赤になっている。
 「ん? おお、冬のあの中坊か。たった数ヶ月で背伸びたな。分からなかったぞ」
 「お、俺、元帥さんのお役に立ちたくって、で、で、来ました! 今度は俺が誰かを助けたくって、来ました!」
 興奮に両手を振り上げて金居が叫ぶ。
 「そうか、よく来た。だが、ここはきついぞ。頑張れよ。よし、座れ。説明するからな」
 元帥という大男は事務的にそう言ってはいたが、その顔は嬉しそうだった。そうか、こうやって後輩が集まるのか。加賀壬はふとそう思った。
 こほんと咳払いをすると、大男が説明を開始した。
 「まず、夜は奴らの領域だ。昼間は図書室につながってるドアを開けたら、グラウンドに立っていた、なんてのはザラだ。それに奴らだってバカじゃない。オレたちを惑わすように学校中の空間を曲げちまうし、妨害者も送り込んで来る。簡単に目的の敵を倒せないと覚えておいてくれ。
 さて、戦闘にはさっきから出てるようにHP戦と、MP戦がある。ま、ぶん殴るのと成仏させるのとの違いだな。HP戦ではとにかく殴る、蹴るだ。オレは接近戦に持ち込んで技をかけるが、そこにいるサーは、今磨いてるバットでジャストミートするって具合だ。金があればありがたい悪霊退散のお札つきの特殊な金属バットなんてのを売ってるから、それを買うと早い。でも、ま、結果的にはどうやろうと同じだ。HP戦では双方ともHPを減らし、先になくなった方が負けだ。
 奴らをぶっ倒したらOKだ。ただ、こっちがやられちまったらバッタリ気絶だ。他の仲間が勝って、回復薬を使ってくれない限り、HP戦なら重傷で、MP戦ならノイローゼで入院、結果として赤点になっちまう。注意しろ。
 あ、そうそう、夜の学校は奴らの領域なんでな、一度接敵しちまったら逃げられない。それに目標になる敵のボス、魔性を倒さないかぎり、永遠に校舎をさ迷うことになる。覚悟して出発するんだな。
 MP戦では・・・」
 「元帥、そっちは文化部系にまかせなさいって!」
 その声は図書館で会ったあの軽業師のような先輩だ。手足がすらりと長く、そのくせ胸も腰も張りがある。モデルでも出来そうな体つきだ。顔もすごく綺麗だし、なによりボリュームのある茶色がかった髪が見事に波打つのがゴージャスなイメージだ。そうか、そういえばあの時もこの元帥って人が一緒だったけ。つき合っているのかな。ふと加賀壬はそう思ったが、すぐに説明が始まったのでそれに集中した。
 「ハ〜イ新入生諸君! さっき講堂でも言ったけど、2−Bでサバゲー部の美咲 美由美だよ。ここは会長も会計の真由美もみぃんな美咲でこんがらかるから、みゆみって覚えて。んで由美ネェが会長、真由美が姫ね」
 そう挨拶する。そうか姉妹なのか。多分この人が真ん中で、さっきの会計の人は年子で同じ学年なのだろう。加賀壬はそう思った。
 「えー、まずMPってのは精神力。ま、柔軟性ってとこかな。元帥は筋肉の柔軟性がピカ一でも、頭が筋肉でできてっから幽霊を成仏させられないわけ。あ、元帥、怒んない、怒んない。ただの例だっては。
 で、MP戦は、あたいたち文化部の出番ってことになるんだ。幽霊と話してその怨念の元を断って成仏させたり、話し相手になって孤独をまぎらわしてやったり、化学部みたいにエクトプラスマ分離機で次元から吹き飛ばしたりといろいろだけど、結局はこっちのMPより先に相手のMPをなくしちまえば勝ち。ついでに言うと、OBが開発した清めの塩玉ってのがあってね、お金があれぱこれを発射する専用のガスガンが買えるよ。これが便利なんだ。ノクトプラズマビジョンと組み合わせるとパーフェクトだね。ちょっと値ははるけど、一度買っておけば玉は補充できる。
 え、こんなに大きいのかって? ハッハッハ、あたしのMG42は特注品。一個限りのスペシャルメイクだよん。コンパクトなのもあるから安心して。今はG17タイプが多いかな」
 そう言いながら手にしていたマシンガンの様な銃を肩に乗せた。あれがガスガン? 加賀壬は目が点になった。そうか、それでロッカーがたくさんあったのか。
 「ま、HP戦にせよMP戦にせよ、どこの部活でも運さえよければ勝てる。運動部はHP戦向きってだけで、MP戦だってできるんだ。逆にMP戦向きの文化部だって、HP戦もできるからね。元帥だって何人も成仏させてるし、あたしだって幾つもポルターガイストをぶっ倒してるからね。ここ以外どこにも所属してない、いわゆる帰宅部は特にどっちも得意じゃないけど、どっちも不得意じゃないってのが魅力だね。ま、全部運さ。運も実力っていうからさ。
 あ、そうそう、戦闘は途中離脱できないから、一人じゃ探索に行かない方がいいよ。戦闘中にはまず回復アイテムは使えないからね。パーティなら残った奴が助けてくれるけど、一人じゃおしまいだからね。
 さて次はその回復アイテムの説明だよ。ただし、アイテムは使い捨てだし、数回に分けて使用するのも不可だよ! 忘れないで!
 んで、こっちに注目!」
 声と共に掲示板に貼られている表を指さす。
 「まずは霊水!
 魔性達が隠し持っている回復アイテムだよ。生命力を一気に高める力があってね、効くまでちょっと時間がかかるけど、骨折程度なら五分もすれば直っちゃう不思議な水。でも魔性たちしか持ってないから、すっごい貴重品。もちろん敵が使うこともあるからさっさと倒すこと。まぁ、霊水は飲んでから効くまで数分かかるから、敵が使ったとしてもそれまでに倒しちゃえばいいんだけど、入手できないと後がつらいからね!

 救急箱!
 購買で一つ\5,000で売ってる。HP戦での傷回復用。ここの会員証を見せないと売ってくれないよ。もち、普通のじゃない。全部清められてるからね。特に魔性の血が体内に入るとやばいから、これがあるとその浄化もしてくれる。効果は霊水程じゃないけど、買えるのがありがたいよね。

 次いで精神安定剤!
 一つ\5,000。これも購買でね。去年生徒会長だった本条って先輩がいるんだ。知ってるよね、あの本条財閥の一人っ子。で先輩の指示で子会社の製薬会社が開発したおクスリ。月産たった20個足らずの貴重品。使うとMPを回復できる。これで疲れた頭もすっきりってね。ま、頭痛薬のすごいのだと思って。

 HP、もしくはMPのどちらか一方だけでも0になったら気絶しちやう。戦闘中は回復アイテムが使えないけど、戦闘が終了した後なら、気絶した仲間にも使って回復できるよ。なるべくパーティ組んで行こうね。まぁみんなは初挑戦だから今は関係ないけど、次には必ず必需品になると思うよ。覚えといて!
 気絶している時に使用できる回復アイテムがないと、気絶のまま昏睡状態に陥って入院ってことになる。運良く霊水を拾ってるなら使うこと。仲間なんだからね。とにかくだれも赤点にならないように。赤点は冒険の終了を意味する可能性が高いってわけ。仲間が減ると、後が厳しくなるよ」
 みゆみの口調は厳しくなった。
 「運悪く全員が気絶しちやうと全滅ってことになる。聞きたくない話しだね。魔性たちは余程の事がないとこっちの命までは奪わない。どっちかっていうと操ることが多いみたい。だから全滅って言っても死ぬって事じゃなく、戦闘不能になるってこと。全滅しちゃっても、サポートに入ってるあたしらのパーティが必ず回収するから。絶対だ。信じて!」
 彼女は真剣な表情のまま新入会員を見つめた。 
 「正直言ってね、今うちで実働できるのはあたしんとこの1パーティだけなんだ。二年生は少なくてね。んで三年生はほぼ全員進学組だったから。だからあたしらが出動するってことはその後しばらく、つまりあたしらが回復し終えるまでは超常研は出動できなくなるってことなんだよ。だからなんだ、あたしらは今回はサポートとして結界の外で待ってる。今夜、最初の魔性をみんなに倒して欲しいんだ。そうしてヘキサゴナルが崩れた所で、奴等にその穴を埋めるだけの時間を与えずに明日の夜、あたしらが残り四魔性にゲートキーパー、そして魔王まで一気にぶっつぶす! 君らが成功してくれたら、二日で勝負が付くんだ! そのために、まず奴等の結界を乱して欲しいんだ、君らに。
 でも、もしも運悪く君たちがやられちゃったら、そうしたら仕方ない、あたしらが行くよ。絶対助けるから。だから、もしもの時はあたしらを信じて、精一杯頑張って! 
 でも、救出してもそのまま入院ってことになっちゃう。これはどうしようもないね。ま、全治一ヶ月はいい方だから、自動的に全員赤点ってことだね。
 全滅さえしなければ、つまり誰か一人でも残ってれば、気絶中の仲間を運んで行ける。なるべく多人数で行った方がいいよ」
 「分前は減るが、安全第一だ。慎重に行った方がいい」と元帥が脇から口をはさむ。
 「慎重・・・。無鉄砲を絵に画いた元帥の口から出るとは。さすがの元帥も赤点は怖いみたいね」
 再び室内に笑いが飛び交う。どうやら緊張もほぐれてきたようだ。
 「ではいよいよ探索の手順を説明します。サー、よろしく」と会長が野球のヘルメットを被った長身の生徒を呼んだ。
 「みんな自己紹介しているので一応僕もしておきます。超常研副会長で2−Dの三沢 弘展です、宜しく。野球部なので、キャラクラブは運動部です。もう一人副会長でシュン、篠木原俊之という者がいるのですが、生徒会が忙しいのであまり出てきません。でも、彼の学校側との交渉あってこそ僕達が秘密裏に行動できるのですけど。
 さて、では大体用語が分かったと思いますので、探索行の全体を解説しましょう。この表を見てください」
 そう言って、他の生徒が掲示板に貼った表を示した。
 「1:ウワサの確認
 まずはその学校のどこに魔性が巣くっているのか、噂を集めます。これはバックアップ担当者によって日中に行われることがほとんどです。今回の場合、すでに昨日のうちに目標は確認済みです。
  2:移動チェック
 深夜、警備員の目をくぐって潜入します。しかし、大抵結界の中は空間が拗くれており、希望通りの場所に着くとは限りません。
  3:妨害者チェック
 そこに妨害者がいないかを確認します。魔性が放った者や、魔性の波動につられて集まった浮遊霊などが妨害者です。
  4:戦闘
 妨害者がいた場合、戦闘です。HPを持つ敵とはHP戦。白兵戦ですね。MPの敵とはMP戦。言葉での説得や、清めの塩玉による強制浄化等です。この戦闘に勝利しなければボスキャラへの侵攻などは夢のまた夢です。
  5:財宝チェック
 魔性たちが預けた霊水などのアイテムや、キーを隠している場合がありますので、必ずチェックしてください。
  6:魔性との対決
 ここまでを繰り返し、妨害者を排除しつつ、噂の場所に到着したらペンタグラムの結界を探します。大抵の場合、そこに巣くう魔性そのものが結界の中心ですので、それを倒せばよいのです。ただし、魔性は魔王から力を与えられているので強敵です。気を引き締めて参戦してください。
  7:帰還そして再出発
 目的の魔性を倒したら今回の探索は終了です。校内から撤退し、体力や気力を回復したり、会計から仕事料の配分をもらったりして次の探索に備えて下さい。こうして五つの結界を総て順に倒します。
  8:第六の不思議
 ペンタグラムを守る五魔性を総て倒したら、いよいよゲートキーパーとの戦いです。ゲートキーパーは魔王の副官とも呼べる存在で、その地域での最強の魔性です。
  9:最後の敵
 学校の六不思議までを解決した時。いよいよ七不思議目、諸現象の根源、“魔王”が登場します。魔王はゲートキーパーが守っていたゲートの先にいます。この魔王は魔界よりもさらに深淵であるところから来ていると言われ、HP、MP共に持っています。いわゆるボスキャラです。これを封印すればその学校での異常現象も消滅します。

 こういう風に探索は進みます。つまり七回続くということ。もちろん全滅しなければ、ですが」
 「そうそう。全滅しちゃったら最初からやり直しみたいなもんだからね」とみゆみ。
 「そうです。慎重に慎重を重ねて行動して下さい。運だけで倒せる相手ではありませんからね」
 「ま、ごーくマレに運だけで倒しちゃうアヤシイお人もいるけどさ。ま、魔王には十分な力を蓄えてから、そんで十分なアイテムを集めてから挑戦した方がいいよ! 最低でもやっぱ得物はなくっちゃね! あたしゃ、相棒のMGがあるけど、新入生のみんなは丸腰でしょ? さて、説明はこんなとこかな? じゃ、由美ねぇ、締めお願い!」
 そう言うとサーと美由美は下がった。代わって再び会長が目の前に立つ。
 「以上でオリエンテーリングは終了。各自、好きにパーティを組んでください。今夜から早速探索を開始します。集合時間は夜の11時。場所はここです。本日参加できない人は参加可能曜日を備考欄に記載し、書記に提出してください。
 では新入生諸君、幸運を!!」
 そう言って一礼し、会長は奥の部屋に下がっていった。続いて書記の二年生が声をはりあげる。会長が姿を消した瞬間、新入生はもう立ち上がってグループを作り出していたからだ。
 「記入が終わったら僕に出して下さい。不明な点があったら二年生に聞いて下さい!」
 加賀壬が記入を全部終わる頃にはもうほとんどの生徒がパーティを組んでいた。大抵が複数の友人同士で来ていたのだから、まとまるのは早かった。女子だけのグループがあったのでそこにいれてもらおうかとも思ったが、ふと思いとどまった。
 どうしよう。
 そう思っていた時、野球部だと言った副会長の一人がいつのまにか目の前にいた。
 「君は一人で来たのかな?」
 「は、はい、そうです」
 「どこかに入れてもらった方がいいよ」
 その先輩の口調は穏やかだった。すぐに緊張をぬぐって加賀壬が言う。
 「ええ。そのつもりなのですが・・・」
 「どうしたの?」
 「はい、私は戦闘の事は全く分かりません。でもさっきの説明ではHPとMPのどちらの妨害者が現れるかは分からないわけですよね」
 「うん。そのとおりだね」
 「私はどちらかと言えば、ですが、腕よりも口の方が達者だと思います。だから、できればHP戦の人が多いところに入れてもらった方がいいような気がして」
 そう説明すると、いつの間にか後ろにいた茶髪の女の先輩が先を読んでいった。
 「でも、一年生はみんな好き勝手にパーティ組んでいるから、バランスなんかあったもんじゃない、と」
 「そこまでは言ってませんが。でもそうかもしれません」
 それを聞くと、女生徒がにまっと笑った。
 「おっけー! あんた飲み込み早いや。任せな。えっと・・・」
 「加賀壬です、加賀壬宏子」
 「ん、宏子ちゃんね。あたしゃ美咲美由美。みゆみでいいよ」
 「えっと、じゃみゆみ先輩。宜しくお願いします」
 「おっけぇ!」
 ぐるっと周囲を見回す。
 「隅のあそこ。あのパーティがいいよ」
 みゆみの示したのは男子ばかりが五人集まったグループだ。加賀壬の手を取ってそこに行くと、まるで新人アイドルを売り込むマネージャーの様に加賀壬を紹介した。
 「この子は頭の回転早いから、MP戦に便利だよ。この子を一緒に連れて行きなよ。君等じゃMP戦はちと不利だろうからね。どう?」
 先輩に言われ、素直に頷く男子たち。どうやら心配はしていたようだ。体を動かすのは得意でも、口達者にはほど遠いメンバーが多かったから。
 「おっしゃ、おっけぇだね」
 「でもみゆみ、まだ少し不安だね」
 「うん、そだね、サー。よっしゃ」
 今度は女子ばかりのグループに乗り込み、しばらくすると一人の女生徒を連れてきた。
 「北村茉莉香ちゃん。こっちに来てくれるって。んで男子! 二人向こうに行ってあげて! あーんなかーいー娘たちと組めるんだから役得だぞ! あれ、それじゃまるで宏子ちゃんや茉莉香ちゃんがかわいくないみたいだな、えっと・・・。と、とにかく、男子二名、向こうに行ってくれる? そうすりゃ、両方のパーティの生還率がぐっと上がるから」
 説得力には欠けていたが、生還率と言われては反対する気も起きない。結局サッカー部に入った同士という二人が女子の歓迎の声を受けることになった。
 「さて、んじゃ自己紹介を頼むね。あたしゃ他のパーティ、見てくるから」
 そう言ってみゆみ先輩は隣のグループに突っ込んでいった。きょとんとして見ていると、野球部の先輩が微笑みながら言った。
 「あの子は元気が取り柄でね。ちょっと世話焼きなところもあるけど、頼りになる先輩だよ、多分ね。
 それじゃ、頑張って!」
 手を振って彼も別のグループを見に行った。
 こうして男子三名、女子二名のグループが出来た。
 「あ、じゃ、俺等が自己紹介するわ。俺は佐伯一磨。C組で部活はさっき剣道部に入ったとこ。中学の時に魔性がらみの事件があって、それでここに入学したクチです。何かしたくてね。宜しく」
 一番背の高い男子がそう言って頭を下げた。次いでその隣の生徒。
 「俺は山崎昌男。B組。同じく剣道部の新人。趣味は囲碁。対戦相手募集中」
 B組と言われて加賀壬はちょっとびっくりした。同じクラスだったのか、と。
 「お前は初対面で囲碁の相手探すか! ここは囲碁研か!」
 「い、いや、すまん、小島。だってここには囲碁研ないから」
 山崎と名乗った生徒は困ったように頭を掻いた。ついでつっこみを入れた生徒が名乗る。
 「えっと、僕は小島矢津希。C組です。こいつ等とは昭和東中で一緒になりました。部活はまだここしか決めてません。でも多分水泳部にするつもりです。えっと、こんなとこかな」
 加賀壬と北村は口々に宜しくと言った。次いで女子の番。でも、どっちが先に? 加賀壬がちらっと北村を見ると、彼女はにこっと笑った。
 「じゃ、お先に。
 私は北村茉莉香(まりか)。昭和西中出身。趣味はいろいろあるんだけど、今は写真かな? 私もさっき写真部に入部してきたばかり。西中でも去年事件があったんで、ここに来ればきっと自分の出来ることが見つかると思って来たわ。皆さん、宜しく」
 すっと頭を下げる北村。はっとして全員が頭を下げた瞬間、小島が佐伯の後頭部に頭突きをくらわしたらしい。ごん、という鈍い音がして二人ともうずくまった。ひと騒動あってから、皆が残った加賀壬を見た。軽くうなづいて自己紹介に入る加賀壬。
 「私で最後ですね。私はB組の加賀壬宏子です。えっと、嘉木の市に住んでいるので、実は超常現象という実例を知りません。でも、私もここで私の出来ることが見つかるんじゃないかと思って、思い切って入会することにしました。足手まといにならないように頑張ります」
 頭を下げると、今度はみんな気をつけてゆっくりと下げる。元の姿勢に戻ると、思わず笑いが込み上げる。それ程に慎重に礼をしていたのだ。笑いが一段落すると、北村が加賀壬に聞いた。
 「加賀壬さん、趣味は? 部活には入ってないの」
 そうだった。それを言い忘れていた。
 「ごめんなさい、趣味は、そうですね、読書、かな? お料理も好きです。でも下手ですが。
 中学の時には家庭部でしたが、とりあえず今はここで頑張ってみようと思って、どこにも入っていません」
 そう言うと男子三人の中で一番背の低い小島が声を掛けた。
 「えっと、嘉木の市って言ったよね、あのあたりじゃまだ魔性騒ぎはないの?」
 小島の質問に加賀壬は首をかしげるしかなかった。
 「本当はあるのかもしれません。まだ公になってないだけなのかもしれません。
 でもとりあえず、私の周囲では事件と呼べるものは起きていませんでした」
 その答えに四人は深刻な顔になった。
 「やっぱりこのあたりに局地的に多いのか」
 「そんな噂だものね」
 でも、でもさ、と小島が加賀壬に向かって言った。
 「このあたりで歯止めを掛けておかないと、君の街にもきっと起きると思うよ。だから、ここで守ろうよ」
 「はい!」
 加賀壬は真剣に答えた。どう守るのかは分からない。でも、異常な事があるのを知った以上、知らん顔などできなかった。

 会計の、とても小柄な先輩が諸注意を書いたちらしを配っていた。探索に便利な持ち物、戦闘方法、そしてファーストエイドの方法等。お金があるのなら購入できるアイテムも記載があったが、今回は関係ない。全部特注品なので、注文してから造り出すらしいから。
 「よし、じゃ、これに従ってまずは役割を決めておこう」
 そう切り出したのは佐伯だ。どうやら彼が男子三人のリーダー格らしい。五人は椅子を寄せて車座になり話し出す。
 「懐中電灯なら家にでっかいの、あるよ。FMラジオにもなるやつ。みんなも持ってきてよ。僕はそれを持ってくるから」
 「かまどの煤? かまどなんて今時どこにあるのよ?」
 「校内では自販機はもちろん、水道も含め、絶対に口にしないように、だと。じゃ、俺コンビニでミネラルウォーター買っとくわ。暴れるだろうから喉乾くよな」
 「僕はこの磁石持ってくるよ。えっと、結界の中心には必ず地場の狂いがあり、それを発見するのに有効です、ってあるからさ」
 「塩か。俺の部屋には小瓶しかないな。山崎、塩持ってきてくんないか? お前んちならあるだろう?」
 「分かった」
 「あ、ロープなら家にあります。物置に登山用のナイロンザイルの長いのが」
 「じゃ、加賀壬さん、それ宜しく」
 こうして各人の持ち物が決まっていった。
 「武器ねぇ。どうする?」
 「俺と山崎は竹刀でいいだろう。な」
 「うむ」
 剣道部二人は剣道の装備で出向くらしい。中学のものだからもう壊れてもいいというつもりだ。
 「どうすっかなぁ、僕は。ビート板か、やっぱ」
 「ばか、クラブ対抗リレーじゃないんだから、水泳に固執すんな。そこまでするならちゃんと競泳水着にゴーグルに帽子で来いよ! もちろん裸足な。そしたらちっとは尊敬してやる」
 「それいーっ! はははっ、じゃあたし拍手したげる」と茉莉香。
 「がーん……」
 「なんかないのか、家に。武器になりそうなの」
 「武器、か。あ、そうだ、親父にもらったゴルフクラブのセットがあるぞ。あれぶん回すと、痛いぞー!」
 「ナイスショットってか」
 三人が笑った時、ふっと北村が加賀壬を振り向いた。
 「私はストロボで行くつもりだけど、加賀壬さんは?」
 「うーん、考えてたんだけど。包丁? かな?」
 「ちょっと怖すぎ」
 「お鍋の蓋と出刃包丁ってすごいかも」と加賀壬は言いながら吹き出していた。
 「ナイフの方がいいんじゃないかな、果物ナイフみたいに鞘があるやつ。走ったりするかもしれないから、むき出しだと危ないよ」
 佐伯の言はもっともだ。結局他に思いつかず、加賀壬はナイフにした。


第四章

 新入生達が一旦帰宅した後で超常研の主だったメンバーが会室に集合していた。
 「21名か。うーん、何人残るかな」
 「それを今言ってもしかたないっしょ、元帥」とみゆみ。二人は姫と一緒になって会員名簿を作っていた。
 「派遣チーム分けはこれでいいな」
 シュンが侵入順序を決定しつつ行動予定を確認し、サーと朝臣が各パーティへの指示書を記入していた。
 二年生のパーティは元帥、サー、シュン、みゆみに姫がアタックチーム。そして朝臣がバックアップだ。元帥とサーがHP戦担当。チームリーダーのシュンとみゆみがMP戦を担当し、姫は救急箱輸送係(姫本人がそう言っている)である。
 昨年入会したメンバーでも他に残っている会員はいるのだが、大抵は三年と組んでいた。故に、現在チームとして実績があり、十分な信頼関係にあるのはこの1パーティになってしまったのだ。
 会長室では美咲由美と生徒会長の近藤が、新入会員の家族へのカモフラージュの準備に忙しい。大抵は近所の子なので、実はモロバレなのだが、数名、遠方の子も混じっていた。カモフラージュは詳細に組まねばならない。
 「うん、これで大体まとまったな。じゃ、生徒会の方で強化合宿の方はやっておく」
 「頼みますね、近藤会長」
 「しかし美咲、本当に初日からスタートする必要があるのか? もう少し経ってからの方がカモフラージュもしやすいんだが。
 入会初日に新入生歓迎合宿ってのもな、極端だろう?」
 美咲は静かにうなづいた。
 「確かに極端ね。でも春休みの間に随分事態は進行しているわ。魔性には春休みはないから。OB達もいろいろ協力してくれているけど、今の戦力では一度払拭した学校の平和を維持するのが精一杯。春休み中に進行した魔性の策略に対抗するにはほど遠い」
 近藤はため息を吐く。
 「そうだな。僕らは減っちゃったけど、魔性の被害は増える一方だ。なぁ美咲。他の学校にも超常研を設立するように働きかけた方がいいんじゃないか? 僕らだけじゃ、足りなくなるぞ、いずれ」
 近藤の言葉は事実だった。近い将来、必ず押さえきれなくなる。しかし、由美は美咲の術者を送り込むことは避けたかった。学生の自主性が失われるからだ。それに学校という閉鎖空間で、プロの退魔師が行動するとなると噂は避けられない。その噂は人の心に不安の種を蒔く。魔性が付け入りやすい土壌を生んでしまう。それでは元も子もないのだ。
 実は近藤も、前生徒会長の本条も知らない事なのだが、一昨年の行方不明事件には前例があった。そのさらに一年前、この学校に魔性よりも巨大な力を持つ、闇のものの波動が確認されていたのだ。現界、つまりこの世界の隣にあるとされている時空が異界と呼ばれるもの。鬼と通称されているもの、美咲家では魔性と呼ぶものはここから来る。しかし、その先にもまだ時空がある。その奥に三界と呼ばれている時空があり、そこの知生体を美咲では「闇のもの」と総称していた。それを超常研の設立者、殿下は「魔王」と呼んでいたが。
 その三界とのゲートが作られつつある。お膝元でその行為は許されない。美咲は誰の依頼でもなく、この地を守る者としてのプライドを賭けてこれを極秘裏に撃破した。しかし、学校の中で学生の心を操り、カモフラージュする新手の侵入形式に、完全には対応できず、そのゲートは消去しきれなかった。故にである。美咲家筆頭術者の地位を持つ、本家当主の孫、由美がこの学校に入学したのは。そして単独で調査中に事件は始まってしまった。闇のものは非常に高度な知性を持ち、人の心を見事に操り、由美の術法はなかなか効を奏しなかった。しかし、闇のものは、先の戦いでの恨みからか美咲を目の敵にするあまり、力無き者、只人を軽視しすぎていた。家畜程度に認識していた只人の中に、殿下や美雪のように強固な意志を持つ者がいることを知らなかったのだ。こうして三人の協力で闇のものは駆逐され、ついにゲートは消去された。しかし、その波動は既に四方に歪みを生んでいた。その歪みに呼ばれ、今も闇のものの侵攻は続いている。ならばこの地域の各学校ごとに超常研、ないしはそれに相当する組織を作成するのが一番早い。術者でなくても、強い意志を持つ者ならば倒せるのだ。「生を信じる心が闇を駆逐する」。この言葉はすでに美雪達によって証明されていたから。
 「そうね。そうなるかもしれない。でもそれはこちらからアプローチすることじゃないと思います。
 それを望む学校があれば喜んで協力する。でも、私達から働きかけるのは避けるべきです」
 「自分達の学校は自分たちで守る。それが基本だからな」
 「だからお願い、無理を承知で新入生をすぐさま強化しなくてはならないの。即戦力にするために」
 美咲の表情は深刻だった。肩をすくめて近藤が答える。
 「了解。他に名案もないしな。
 しかしなんだな、殿下会長、本条会長、精進部長、美雪先輩、権田先輩。それに天使隊のほぼ全員。
 三年生の抜けた穴は大きいな。お前は殿下会長の後を十分継げる。でも僕には本条会長の真似もできやしない。
 力不足は新入生だけの問題じゃない。僕ら自身が戦力不足なんだ」
 近藤は机に頬杖をついたままため息を吐く。
 美咲は首を振って言った。
 「あなたは前会長の真似をする必要はないと思うけど。自分で出来ることをすればいいのでは?
 それにね、確かに戦力不足だけど、二年生が思いの外育っています。あの一パーティだけだけれど。去年の私達よりも遙かに実戦力はある。そこに一年のサブパーティが数個できれば、夏休みまでには去年を越える戦力になる。それが私の計算。
 だから近藤会長。私を信じて。そして自分を信じて。今を乗り切れば大丈夫です。そして私達が卒業した時にはもっと戦力が上がっている。それを信じて」
 美咲の言葉は静かだが力強いものだった。そうなのかな。近藤は思った。ま、今はその言葉に乗っておくか。ここまで来た以上、やるしかないのだから。生徒会長に圧倒的多数で自分を選んでくれた全校生徒のためにも。

 夜11時。
 加賀壬は親を説得してここに来るのに一苦労だったが、どうやら出て来れただけ幸いだったらしい。新入生のうち三人が来れなくなっていたのだ。加賀壬のパーティの男子三名は既に来ていた。北村茉莉香が来ておらず、ひょっとして不参加かと不安がらせたが、遅れただけだったので加賀壬はほっとした。まだ会ったばかりだったが、彼女の元気な姿が大きな心の支えになっていたのだ。
 新入生のパーティは四つ。今回は最初のチャレンジということで隣の市にある一つの高校へ全パーティが突入することになっていた。目的地は魔性の巣くうと思われる音楽室。全員が装備を整え、OBが用意した車で戦場に向かった。続いて二年生によるサポートパーティが出発する(実はさらにこっそりとないしょのOB隊もその後から出発していたのだが)。
 見送った由美は近藤達と共に通信設備がある生徒会室に移動する。そこが本部になるのだ。
 かくして設立三年目の超常研、初探索が開始された。





つづく