<超かいき★くえすと>くえすたぁず

 

第十五話:加賀壬さん突進す

 

von:秋澤 弘

第一章

 「先輩。お聞きしたいことがあります」
 「ん?」
 体育館の入り口でしゃがみ込んでいた<アタックチーム1>リーダー、勝城は投げかけられた声に小声で答えながらも、警戒の目を外に向けたままだった。
 振り返るまでもない。皆瀬樹に違いない。
 ここではまずいな。
 そう判断した勝城は立ち上がると体育館の外へゆっくりと歩み出た。ここでは全く妨害者の気配すらなかったが、彼は常にぴりぴりしたものを感じ続けていたのである。用心深く周囲を見、念のため体育館の屋根も見回した後で、脇にしつらえてあるベンチに座り込んだ。
 皆瀬樹は学校指定のジャージという出で立ちで、制服姿の勝城の後を追った。彼女は最初の挑戦で全滅したチームにいた、いわゆる再帰組である。ぱっと見では目立つところがない女生徒だ。<アタックチーム1>結成後、三回目の打ち合わせの時だったろうか、戦法に関する質問をした事で勝城の記憶に残っている程度の存在だった。だが今回のチャレンジが始まってから、彼女の存在は勝城の心に大きく足跡を残していた。新入会員とは思えないほど、状況把握が早いのだ。鋭いとも言える。それがリーダーである勝城には心強い事ではあったが、逆に波紋を投げかけることにもなりかねない。
 激戦を終えたチーム1はみな疲労のどん底にいる。その上、不安が色濃くのしかかっているのだ。今、ちょっとした起爆剤で、その不安は一気に絶望に変化する。勝城はチームリーダーとしてそれをなんとしても避けたかった。だが、悲しいかな、彼の得意技に「説得」と「交渉」というものは全く記載されていなかったのである。
 彼は先代のリーダーだった開田先輩の引退を惜しんだ。まだまだいろいろと教えてほしかったのに、と。開田先輩であればおそらくこの不安にかられた女生徒を安心させ、なおかつ志気を鼓舞するまでの言葉を掛けていたに違いない。普段無口なだけに、リーダーの言葉一つ一つには重みがあった。あの言葉を選ぶセンスが勝城には全くなかったのだ。ましてや彼自身が不安のただ中にいる今、この頭の回転が速そうな新聞部の新人を安心させる方法が、彼の五分刈りの頭の中に全く浮かばなかったのが現状だ。
 そんな勝城の心を知ってか知らずか、皆瀬樹は三つ編みにした髪を揺らしながら、チームリーダーの真似をして周囲に目を配った後で、そのベンチの脇に立った。
 「お聞きしたいのですが・・・」
 「みなせぎ、だったな」
 「はい・・・」
 号令を発する時の勝城とは打って変わったささやく声に、彼女も思わず小声になってしまう。自分のペースに持ち込んだ事を理解した勝城はどう話すべきかじっくり考えようかとも思ったが、残念ながら彼の「頭脳」はここにはいない。前嶋は体育館の中だ。となると、もうこれはあたって砕けろだった。
 「皆瀬樹。普通、魔性は五芒星になって位置している。なんで五角形なのかってのは色々説があって、逆封印だとか、魔王が実は異界での神様だからだとか、俺にもよく分からないんだけどなぁ。とにかく五体の魔性が結界の、いわば中ボスってわけだ」
 皆瀬樹は黙って頷いた。質問の内容が既に伝わっていることに気が付いたのである。
 「で、そいつらを締める幹部がゲートキーパー。門番だな。魔性を仕切るが魔王に仕切られてる中間管理職って奴。
 この世界と魔王が支配してる異界とにはすごい壁だかがあって、魔王ですら簡単にはこっちには出て来られない。会長によれば力がありすぎてこれないんだそうだけどな。二つの世界をつなげた<門>も、常に開き続けていないと閉じちゃうんだ。だからゲートキーパーが必要なんだそうだ、こっち側にな。
 この辺は聞いてるな?」
 体育館の外周に並ぶ蛍光灯の光が落とす女生徒の影。それがうなづいたのを見て、勝城は目は周囲に向けながら話を続けた。
 「つまりゲートキーパーも動けないんだ。だから学校を支配するという実働は魔性に任せられる。
 魔性ってのはいろんなのがいてな、ずるがしこい奴、力押しの奴。追いつめてみたら、実は気の小さい小学生の生き霊だった、なんてこともあったよ。
 みんな普通なら大した悪さもしない、っつーか姿を得ることも出来ない様な意志だったりするんだけど、魔王の波動ってのにあてられておかしくなっちまうのさ。
 ところが、だ」
 勝城は振り向いて、皆瀬樹の顔を見た。彼女はちょっとびっくりしながらも、話が核心に近付いてきたと悟り、黙したまま先輩を見つめた。
 「魔王そのものは向こうにいる。だから魔性は魔王の完全なしもべってわけじゃないんだ。共生って殿下会長は言ってたけどなぁ。つまりは魔王はこっちへの足がかりが欲しい。んで魔性は力が欲しい。なら協力しようってな。それが奴らのつながりだ。だから魔性もいろんなのがいておかしくないんだ。魔王が派遣した部下じゃなくって、元々こっちにいた奴らが変化したんだからな。
 ここは特に異常だらけだよ、正直言って。あの黒い波なんかめちゃくちゃだったからなぁ。なんと言っても<妨害者>がいない。一体もな、多分」
 勝城はまた辺りを見回しながら話を続ける。
 「さっき屠ったのは間違いない、魔性だ。だがそれでも結界が解かれていない。俺も奴らが<妨害者>なのかとも思ったが、もしそうならとっくに魔性の方から何かしかけてくるさ。<妨害者>は魔性が集めた奴らか、犠牲者だからな。必ず直属の魔性がいるんだ。ところが何も起きない。となるとさっきのアベックが魔性に違いない。で、体育館は奴らの巣だった。ならここはこの学校で一番安全だ。それは間違いない」
 「そ、それなら」
 皆瀬樹は体を翻して勝城の真正面に立った。その目は先ほどまでのとまどいではないものに支配されていた。他人の顔色を読むなどという芸当は勝城には縁遠いものだったが、今の皆瀬樹が浮かべている表情は明らかにみてとれた。決意である。
 「私たちの戦力が弱っているのは知っています。でも、それでも<アタックチーム2>を助けに行くべきじゃないんですか! 多分、キタさんたちはばらばらになっちゃっているはずです。こんなわけの分からない所で、今、たった一人で闘っているかもしれないのに・・・。
 せめて探しに行ってはいけないんですか!」
 勝城は口をつぐんだ。皆瀬樹が出した名前は知らないが、それがチーム2のメンバーであることは想像できた。
 「そうか。あいつらも1年なんだよな。クラスメートか?」
 「はい・・・。中学の、ですが」
 「そうか」
 勝城はしばらく黙っていたが、やがてこちらを見つめる皆瀬樹を見上げてかすかに笑った。
 「仲間の輪、か。
 殿下会長がよく言ってたよ。ただの人間でも集まれば強くなるってさ。友達のために、仲間の為に。小さい輪がたくさん集まって出来る大きな輪。それがおば研だってさ。
 クラスメートが心配なのは分かる。だがな、俺たちは単独じゃないんだ。超常研アタックチームという組織の中にいる。だから与えられた任務をまずしっかりとこなさなきゃならないんだ。
 俺たちの任務はここにある。ここから動くことは指示されてない。分かるな」
 「分かりません!」
 皆瀬樹は叫んだ。そんな分かり切った説得を聞きたいのではない。自分が納得できる言葉を聞きたかったのだ。しかし隊長から出る言葉は当たり前のものばかりだった。
 「私は、私は探しに行きます、キタさんが今にも死にかけているかと思うと・・・
 私は・・・」
 「駄目だ。行かせるわけにはいかん」
 勝城は後輩を睨んだ。今にも走り出すのではないかと思い、ダッシュできるように軽く腰をベンチから浮かべながら。しかし、皆瀬樹はじっと立ちつくしたままだった。彼女の瞳から涙がこぼれ出た。
 「どおして、どぉしてですか、もう魔性は倒しました! 私は任務を果たしました! だから・・・」
 「バカかお前は!
 任務を果たしただぁ? 何寝ぼけたこといってる! まだ半分しか果たしてないだろうが!」
 皆瀬樹はその言葉に混乱した。涙が邪魔して冷静な判断ができないと感じるほどに。
 なぜ? 半分?
 その口に出せない問に答える勝城。
 「ここが一番安全だって言っただろ? ここを死守すんだよ。避難所としてな。
 ここは異常だ。佐伯隊もしょっぱなからアクシデントだ。マジでやばいことになってるかもしんないだろ? ましてや魔性倒しても結界はそのまんまだ。なんでか知らないけどよ、外にゃ出られない。だったら、万一やばいことになったらあいつらが頼るのは俺達チーム1だ。で、チーム1はどこにいる? 校内うろついてて行き違っちまったらどうすんだよ!
 チーム1は体育館。チーム2は中庭、んで旧校舎地下室への階段。そこが担当だろ? あいつ等になにかあったら、ここじゃなくてどこに来るってんだ? 俺たちがもしここで負けかけたら、俺は真っ直ぐに中庭に行くつもりだった。チーム2と合流できるとしたらそこだったからな。
 でも、もう今はどこにいるのか分かんねぇ。
 旧校舎の次はどこに魔性がいんのか分かんないからな。チーム2の任務は可能なら残り四魔性総てを叩くことだ。まぁ実はここに二体いたから三魔性だけどな。最後の一体がどこにいるのか分かんねぇ。それが分かってたら、分かってたら俺が自分で行ってる! お前等は前嶋に任せて、俺が自分で伝令に行ってる!」
 勝城は立ち上がり、皆瀬樹の薄い肩をがっしりと掴んだ。三つ編みを揺らして目を見張る皆瀬樹恵那。
 「せ、先輩・・・」
 「俺が自分でな、行って自慢してやるんだ、やったぞ、二体も相手に勝ったぞ! 俺ンとこはやったぞ、チーム1はすげえんだってな。お前たちは三体倒せばいい。こっちで二体やったからなってな。そんで体育館で待ってるってな・・・。ここで・・・。待ってるって・・・な。
 佐伯に・・・そう・・・、そう教えられたら、どんなに・・・」
 皆瀬樹は俯いてしまった勝城から目を逸らした。今の勝城の顔は見てはいけないような気がしたのだ。今、リーダーは他人に見せたくない顔をしているに違いないから。
 「ここが、ここがキタさんたちのシェルター・・・。
 そう、シェルターなんですね、そうですよね、ここに私たちがいるって、知ってますもんね。
 そう・・・私たちがここにいるって、チーム2は知っている」
 皆瀬樹はそこで一旦言葉を切り、小さな拳を握りしめると、勝城に話し続けた。
 「でも先輩、誰も来てないですよ、誰も。だから・・・、だからチーム2は大丈夫です! バラバラになって合流できなかったら、誰かここに来てますよね? でも誰も来てないですよ。
 だから大丈夫ですよね? ね? 先輩」
 「あ、ああ。
 そ、そうだな。そうだよな、合流できなっかったらここに来る。そうだ、中庭に行って敵がやばそうだったらここに来てるさ、手を貸してくれってな。それが来てないってことは・・・。
 大丈夫だ、奴らは合流した。んで今も頑張ってるんだ。
 ああ、そのとおりだよな、皆瀬樹」
 勝城が顔を上げたとき、もうその表情にかげりはなかった。にやりと笑む勝城。
 「あいつらびっくりするぞ。なんせこっちは魔性を二体も同時に仕留めたんだ。こんなのは初めてのハズだぜ。
 よくやった、お前等は本当によくやった!」
 「い、痛いです、先輩! わ、分かりました、分かりましたから」
 皆瀬樹は背中をばんばんと叩かれてむせ返りながらも笑みを浮かべていた。勝城はその微笑に勇気づけられる思いだった。
 「ははは。さぁ、後はここを死守する。それが任務だ。まぁ、無駄骨になる方が確率高いけどな」
 「そ、そうですよね、チーム2がやっつけちゃったら、シェルターなんていりませんからね」
 「保険って会長は言っている。掛け捨ての保険だってな。
 さ、お前は戻れ。眠れなくてもいいからじっとしてろ。もう一合戦あるかもしれないからな。勝って甲の緒を締めろってな」
 「今時カブトですか・・・。なんか三十過ぎのおじさんみたいですよ、先輩」
 後輩に軽くあしらわれ、勝城はこけた。 


第二章

 行く手を阻む武者の頭部を甲ごとたたき落とし、佐伯は叫んだ。
 「前原の所まで戻るぞ、山崎!」
 「よし!」
 剣道部員は頷き合うとすぐに撤退を始めた。地面が不定形物質のようにうごめくので、危険この上ない状態のはずであった。だが、その柔らかさが幸いし、先ほどまでの様に闇に隠れた足元を探りながら進む必要がない。くぼんでいようが出っ張っていようが、踏んづけてしまえば皆一様にへこむのだ。その感触をつかんでしまえばこっちのものだった。ただし、それは剣道部員二人の話。昆や加賀壬はもちろんのこと、パニックに陥っている北村にさえ、それを理解させることは不可能だった。
 「落ち着け、とにかく前に歩くんだ!」
 佐伯にたしなめられながらも北村がなんとか歩を進めようとはしているが、歩くと言うよりは、揺らぐ地面に対し、バランスを取るのが精一杯というところだ。気丈なはずの北村がこの有様だ。加賀壬に至っては言うに及ばず。地震そのものよりも、その前に余程恐ろしい目に会ったのであろう。まぁ白骨というか、ミイラ化というか、死霊に白兵戦を挑まれて平気でいられる方がおかしいのだが。ましてやその死霊は鎧武者である。つまりは斬り合いのエキスパートに接近戦を挑まれたのである。半実体とはいえ、死霊だったので発光源だらけの北村&加賀壬のコンビには直接の怪我はないだろう。飛んでくる矢や槍ですら、光があたれば瞬時に腐り、四散していくのだから。彼らに怪我があるとすれば、そう精神面の問題だ。
 「山崎、加賀壬を背負って先に行ってくれ」
 佐伯は前原の身を案じていた。今、彼女は単独でいるのだ。この事態を引き起こした副作用で、彼女の身に何か起きているかもしれない。ましてや彼女はこの闇の戦場に来てから普通ではなかった。
 「前原に何かあったとしたら、どうにかできるのは加賀壬だけだ。先に頼む」
 山崎は無言のまま頷くと、加賀壬を抱きかかえた。丁度よろめいた加賀壬はふわりと自分の足が宙に舞うのを感じてぎょっとしたが、山崎に背負われたと知るや、目を見張ったまま硬直した。
 加賀壬自体はきゃしゃな昆よりもさらに小柄で、当たり前のことだが体重も軽い。しかし、その背中と頭に着いている装備の重さはかなりの重量だ。
 ち、違う、あたし、こんなに重くない! もっと軽いよ、これはフレアの重さだよ!
 目の前が真っ白になっている加賀壬は思わず山崎に体重を叫びそうになった。そうならなかったのは思いとどまったからではなく、口を開くこともできなかったからだ。なんとか唇は動くのだが、隙間程度でしかなく、その上歯に至っては全く動かなかった。
 「口を閉じていろ」
 山崎にそう言われ、自分がそんなに口うるさいのかとショックを受けたのも束の間、加賀壬は大きく揺さぶられて理解した。口を閉じていろ。舌を噛むから。そう彼は告げたかったのだろう。
 武器を失っている山崎は左手で加賀壬の尻、正確には彼女の背負うミレーのバックパックの尻を支え、右手をいざというために空けながら走り出した。まるでエアクッションの上を疾駆する様な感覚。片足が沈みきる前に次の足を沈める。笑い話の水の上の歩き方の様だと、その姿を見ながら佐伯は思った。とてもではないが右腕に昆を抱きかかえ、左手で北村を支えながらできる芸当ではない。もし一人だけだったとしても、この沼地の様な地面に足を取られぬように走るには、山崎並の足腰の強さが必要であろう。やはり佐伯にはできない芸当だ。
 頼んだぞ、山崎。
 佐伯は口に出さぬままそうつぶやくと二人の女生徒を引っ張り始めた。

 「前原、無事だったか!」
 必死の形相で山崎の首にしがみついていた加賀壬は、彼の声に顔を上げた。しっかと大地を踏みしめながら弓を持つその姿。まだスイッチが入ったままだった加賀壬のヘルメットに付属しているライトが彼女を照らした。
 「手応えは・・・あった」
 ありすぎたんじゃ、と加賀壬は瞬時思ったが、前原の声が震えているのを理解すると山崎の左手を振りほどいてその背から飛び降りた。だが、彼女はそのつもりだったのだが、結果は転げ落ちたに過ぎなかった。
 「加賀壬宏子!」
 そう叫びながらも前原はその姿勢を変えぬままだ。いつもなら飛びついてきているはずの彼女が。山崎はそこに何かの理由を感じ取ったが、今はまず合流が先決だ。
 「ここを頼む、加賀壬。
 前原、加賀壬を頼む」
 仁王立ちと、はいつくばるという対照的なポーズの二人に声を掛け、山崎はきびすを返し、走り出した。
 「き、気を・・・」
 気を付けてといいたかったが、加賀壬の口から出たのはその断片だけだった。しかし、闇に消える寸前、山崎が頷いたのを加賀壬の目は見て取った。
 気を付けて、山崎君。
 今度は声には出さず、その姿の消えた闇を見つめると、加賀壬はすぐに転げ落ちたヘルメットをひっつかみ、前原の脇に這ったままで近寄った。
 「何があったの、前原さん、この地震は・・・」
 震える口を無理に動かしてそう言った時、加賀壬は前原のそばだけ地面が堅い事に気が付いた。ヘルメットを周囲に向けると何か細い物が光に反射するのが見えた。矢だ。前原の周囲1メートル程に数本、矢が垂直に立っていた。加賀壬のすぐ隣にも一本立っている。
 「破魔矢だ。先ほどお前が作ったアンチとやらを真似た。効果はある」
 前原の声にその顔を振り仰ぐ加賀壬。しかし、彼女はさっきから規則的に弓を鳴らし続けていただけで目をこちらに向けることもなかった。
 「ど、どうしたの、何が・・・。金縛り?」
 「いや違う。だが動けないのだ・・・。動くわけにはいかないのだ。
 ここだ。この角度からなら中心が見える。だが、少しでも動くと見失ってしまう。何かに隠されてしまうのだ。最初に鳴らしてすぐに気が付いた。重さが違う。そこがお前の言う中心なのだと感じた。だからそこを探し、そして見いだした。しかし、理由は分からないが、この場所、この体勢を崩すと見えなくなってしまうのだ」
 加賀壬は美咲の講義で聞いた、結界のほころび、「揺らぎ」を思い出した。何かが前原とこの場を繋げているのであろう。本来であれば完全な封印の中を示すこの場所に、何かがあり、それを前原が感じているのだ。だが、前原が己の意志をもっている以上、依り代ではない。ならば前原の気力がこの場の力に抵抗し続けているのか。あるいは彼女の言う大君の加護か?
 今は情報が少なすぎる。そう判断した加賀壬はヘルメットの紐をしっかりとゆわきながらまた問いかけた。
 「中心って、何?」
 その質問に対する答えは加賀壬にとって予想外だった。
 「扉」
 扉。
 その言葉で加賀壬はこの戦場がどこなのかを、瞬間的に理解した。前原の見つめる方向を見るがもちろん加賀壬には一面の黒しか見えない。次いで彼女はピッケルをその向きに置いた。丁度前原の左足の先が示す方向だったので簡単だった。そして、続いてその左足の前にひざまづくと、フレアのセンサーが動いているのを確認してから頭を下げた。ピッケルの向きに会わせてフレアの光が走るように調節すると、加賀壬は遠くを見つめるようにじっと目を凝らす。何も見えない黒の中に、墨の様な闇の中に消えてゆく光をしっかりと見つめながら。
 フレアはMP体に接すると拡散する。この場所にいる存在が己の意志のない、操られた「死骸」ならその効果はない。しかし、「死霊」ならば必ず効果しているはずなのだ。ましてや前原の清めが効いている以上、MPであるのに疑念はない。
 そう、間違いない。フレアはちゃんと機能している。あの陰険チビは気にくわなかったが、さっきの階段での一件でその作った物は信じていいと加賀壬は知っていた。その効果は間違いなく発揮されている。そう、それが見えていないだけなのだ。加賀壬は見せられた資料を思い出していた。「落盤事故」にあった調査隊が調べていた空間。そこは城の一角で、周囲を石垣に囲まれている狭い正方形だった。この場所がそこだとしたら。こんなに広いはずがないのだ。
 すぐ側だ。本当はほんの数メートル、遠くても10メートルくらいの距離にそれがあるはず。
 加賀壬は思いつく限りの姿を浮かべ、その中で映画で見た物に思い至った。感動的な別れのシーンにバックとしてあったもの。彼女にとって最も印象深いもの。これなら・・・。いや、違う。加賀壬はさらに別の光景に思い至った。もっと印象深いものがあったのだ。それは毎日通っている、学校の・・・。そうこれなら。これがそこにある、絶対。加賀壬は闇を睨み付けた。
 そして、それはそこにあった。
 前原の後方、8メートル程の所に。高さは2メートル弱。一枚の横幅が1.5メートル程の両開きの門。板を何重にも打ち付けて補強した門がフレアの光に染まっていた。いや、正確に言えば染まっているのは門ではない。門を取り囲むようにあるアメーバ状の物体だ。それが光っており、その向こうにある門も照り返しを受けていたのである。
 加賀壬はそれを見て取ると立ち上がり振り向いた。と、その途端、さっきまでは漆黒だった場所にもう一つの扉、門を見た。それも取り囲む物体がフレアの光に深紅に染まっていたのである。しかし、それは先ほどのアメーバではなかった。それは死霊である。深紅に染まる死霊たちは彼らに背を向け、必死に門を閉じようとしていたのだ。
 「え!?」
 加賀壬は心底驚愕した。門がほんの少しだが開いている。そしてそこからちらりと覗く光景に。そこにあるのは真の闇だった。加賀壬は恐怖に打ちのめされるかのようにがくっと崩れた。下半身が彼女の意志を離れたかのようだった。
 「加賀壬、加賀壬宏子、しっかりしろ!」
 前原の力強い言葉に加賀壬はピッケルを杖代わりにしてなんとか立ち上がった。
 「ま、前原さん、見える? 門・・・。開いて・・・」
 「う、うむ。だんだん・・・開いているようだ。どうやらここにいるものが・・・それを防いで・・・」
 「うん。私にもそう見える。ここは丁度二つの門の直線上みたいね。だからここからなら見えるんだよ、多分。よし、みんなここに来たら・・・」
 そう言いながら、加賀壬ははっとして右手の方を見た。
 おかしい。もうみんな到着していいはずだ。一歩前に出た加賀壬は、破魔矢の結界の外が揺れていないことを知った。いつの間にか地震が収まっていたのだ。
 「前原さん、もっと鳴らして! 弓を鳴らして!」
 だが前原は動かなかった。
 「どうしたの、みんな危険だよ、どうして・・」
 加賀壬の言葉は途中で途切れた。気が付いたのだ。前原の頬を流れるその涙に。目を見開いたまま、溢れ落ちるその涙に。
 「泣いてる・・・の? 前原さん・・・」
 前原静音は震える唇を舐め、口を開いた。
 「聞こえないか・・・。加賀壬宏子」
 耳を澄ましはしたが首を振る加賀壬。
 「そうか・・。言葉は分からないが・・・。意味は分かる。彼らは闘っている。侵略者から国を守ろうと・・・。闘っている。死してなお・・・。来なかった援軍を待ち・・・。闘っている」
 前原はその思いに同調しているのか、苦しげに、そして悲しげにつぶやいた。
 「死してなお、守り続けているのだ。自分の故郷を・・・。そんな者たちに、これ以上弓を引け、と・・」
 その時である。一気に漆黒の波が門を押し破るかの様に迫り、亡霊たちを突き飛ばしたのだ。加賀壬は身を伏せるべきだと悟ったが、体が動かなかった。黒い波が迫る。まっすぐに彼らの後方にあるもう一つの門目指して。そう、結果としてそれはまっすぐに二人に向かっていたのだ。加賀壬にはその瞬間、何も聞こえず、何も感じられなかった。ただ、その真の闇がもたらす恐怖に心の総てを鷲掴みにされ、立ちつくしていたのだ。
 そこに純白の閃光が走った。漆黒をまっぷたつに切り裂くように破魔矢が飛び、門に突き刺さった。
 黒い波がその中央を切り裂かれ四散したその時、死霊たちが再び門を閉じようと駆け寄ったが、開き始めた門はその速度を少し緩めただけだ。その深紅に光る光景は、今にもうち破られようとしている大手門を、命を賭けて守らんとする兵の姿に見えた。何百年か前にこのとおりの事が起きたのだろう。その姿の再演のように加賀壬には見えた。そして。次の瞬間、門はがばっと開ききり、死霊たちの体が四散した。ほとばしる無念の声に耳を塞ぐ前原。
 「だめだ、だめだ! 復讐だけを求めては! やめろ、やめるんだ、頼む、やめてくれーっ!」
 前原の絶叫。今やフレアの効果は消え去ったが、加賀壬にも見えていた。かろうじて保っていた姿を失った死霊たちが、純粋な恨みになり、人魂の様に飛び交うのを。そして渦のように旋回するその中心に向かって徐々に近付いて行くのを。その中心は。門。

 ・・・魔性を憎むっていうのはぁ、魔性にとってすごく嬉しい事なの。魔性は憎しみが大好きだから。憎んで、復讐したくて来た人は簡単に取り込まれちゃうもの・・・

 屋上で聞いた姫の言葉が二人の心に響いていた。この場所を守り続けてきた死霊たち。彼らはその想いの強さ故に純粋な憎しみと化し、門の奥に潜むもの、漆黒の主、魔王にとりこまれようとしているのだ。
 どうする。どうしたらそれを止めることが出来る? 加賀壬の脳細胞はそれまでに得ていた情報をフルスピードで検索していた。彼らの想いを断ち切るにはどうすれば・・・。
 「だめだ・・。だめ・・」と前原が譫言の様につぶやく中、加賀壬の思考が駆けめぐる。
 古のいくさ、守り手。迫る軍勢。至らなかった援軍・・・。
 「前原さん!」
 加賀壬は浮かんだ幾つかの単語を一本の筋道に整えながら、立ちつくす前原の前に立った。その肩を掴み、前後に揺する。呆けたようなその顔に生気はなかった。
 「前原さん、聞いて! 私には声は聞こえない。でもあなたには聞こえた。ならあなたの声なら彼らに届くかもしない! 前原さん!」
 加賀壬は思い切って前原の頬に平手をくらわせた。加賀壬としては思い切ったつもりだったが、いかんせん非力な上にそういう行為に慣れていない。その音はぺちん、という程度でほとんど手がぶつかった程の衝撃しかなかったであろう。しかし、前原にとってそれは己を取り返すに十分な衝撃だった。なにしろ、それは加賀壬宏子の手だったのだから。
 「いい? 私の言うことを言って! いい、私の言うことを叫んで。彼らに伝えて!」
 かすかにうなづく前原を見ながら加賀壬は考えをまとめた。前原はこんな時でもウソがつけないだろう。それにどんなにうまくつじつまを会わせたとしても、そこに真理がない限り、彼らには伝わらない。ウソは彼らに通じない。
 ならばどう告げるか。真実だけでできた言葉をつらね、加賀壬は言葉を選んだ。それは美咲流に言えば言霊を練るという行為なのだが、この時の加賀壬にはそこまでの意識はなかった。
 「いい、こう言って。ここで闘ってる人たちに。
 私たちの指揮官は美咲家筆頭術者です。そう言って!」
 前原はその言葉に美咲会長の姿を見つけた。言霊が伝わったのだ。それをさらに伝える事の意味は分からないが、一度頷くと、大きく息を吸い込み、前原は躊躇無く割れんばかりの大声で叫んだ。
 「ここで闘う者たちよ、聞け!
 私たち・・・、
 いや、我等を指揮するは、美咲家が筆頭術者ァ!」
 前原は無意識のうちに言葉を換えていた。それは耳にした言葉を口にしたのではなく、心に触れた言霊を口にしたためである。加賀壬の言霊が前原の言霊になって出た結果だった。
 その言葉が響き終わるや、突風の様に響いていた音のうねりが消えた。
 「私たちは人々を侵略者から助けるために来ました。そう言って」
 加賀壬の言葉に従い、先ほどよりも声をさらに張り上げて叫ぶ前原。
 「我等は、人々を、侵略者の黒き手から守りに来たァ!」
 あたりの空間そのものが揺れるのを感じた加賀壬は前原に頷いた。今や前原もこの行動の指し示す意図を理解していた。頷き返す彼女は、己の言葉で先を続けた。
 「我は厳位(いわい)の社たる真先賢中り厳源社が神主、照正が孫、静音! 美咲家筆頭術者の命によりここに来た。この地を守らんとする御方々よ、加勢する!」
 前原の声が響き渡った後、瞬時静寂が舞い降りた。だが、それは音の奔流によってかき消された。前原の言霊に応えて巻き起こる音の嵐。ホラ貝が鳴り響き、勝ち鬨がそれに続いた。通じたのだ。彼らが待ち望んでいた援軍。それは巌位神社のある隣国、美咲郷からの、美咲の軍勢そのものだったからだ。
 援軍至れり! 美咲至れり!
 加賀壬にもその喜びの声は聞こえた。人魂のような不定形であった恨みの念はすでに消え、周囲には再び人の姿をとったものたちが舞い飛んでいた。
 その時である。加賀壬は門の奥で何かが蠢くのを見た。はっとして目を凝らす。その中は真なる闇。しかし、闇よりも暗い何かが門に手を掛けようとしていたのだ。
 「前原さん、討って!」
 加賀壬は叫ぶと同時に飛び出した。闇に向かって。振り向く前原。突進する加賀壬。前原が反射的に弓を握りしめたのと同時に加賀壬が前原に背を向け、その前に立ちはだかった。両手を広げ、足を踏ん張って。
 「討って、敵を!」
 その言葉が終わったか否か。加賀壬の体は弾き飛ばされた。その背中から大きな槍、ランスの先端が突きだしていた。血も出ず、肉も裂けてはいないが、そのランスは彼女の胴を貫き、その体を振り飛ばしたのだった。人形の様に無造作に地面に落ちる姿。しかし、反動で関節が動く四肢と揺らめく髪はそれが人形ではないことを示していた。
 「加賀壬ひろこぉー!」
 前原の目の前で。加賀壬の体がごろんと転がった。
 「か・・が・・み・・」
 前原が震える右手を伸ばしたその時、今度は死霊が加賀壬のすぐ脇に転げ落ちてきた。ぎょっとして顔を振り上げる前原の目に、門の奥からランスをふりかざすその姿が見えた。恐怖の司そのものという姿が。
 死霊は今や前原を守って陣を組んでいた。一人、また一人とランスで貫かれ、倒れてゆく。
 「ど、どうして・・・」
 衝撃に我を失う前原。と、そのすぐ耳元から声がした。

 前原さん、討って

 足元を見る。そこには加賀壬の動かぬ体があった。しかし、その声は紛れもなく加賀壬宏子、前原が仕えると決めた者の声だった。
 前原は破魔矢の最後の一本を矢筒から抜き取った。足を開き、左腕を伸ばし、矢を番えた。彼女の目が射抜く先。それは漆黒。

 討って、敵を

 再び聞こえた声に応え、弓を満月のごとく引き絞る。空気も凍るかのような一瞬。矢は純白の軌跡を残して飛んだ。


第三章

 不意に消えた武者たちの姿に、安堵するのも束の間。佐伯は円陣を組んでいた仲間に叫んだ。
 「今だ、行くぞ!」
 泣き叫ぶような筋肉にむち打って彼らは前原と加賀壬のいるはずの岩陰を目指した。彼らの周囲は未だに闇であり、照らすライトも電池が切れかけて心許ない。昆を佐伯が、北村を山崎が支えながら懸命に進む彼らは不意に見えた光に驚愕した。

 光は人の姿をしていた。その数二つ。弓を構えた巫女。背中合わせでその脇に立ち、真っ直ぐに的を指さす者。二つの光がまばゆく輝いていた。死霊たちがそれを取り囲んでいたが、なぜか光を守るかのように陣を組んでいた。そしてあれほど光を恐れていたにも関わらず、今や死霊たちは光をこうこうと浴びながら、その輝きのただ中で陣を守っていたのだ。
 「討って、敵を!」
 加賀壬の凛とした声に応え、二つの光が一つになり、集束して一本の線を成し、弾け飛んだ。その目指すは黒き闇の中。不意に消えたその光。その後を追うように絶叫が鳴り響いた。
 「な、なんだ? 何が・・・」
 佐伯のつぶやきの中、騒音は不意に消えた。光の消えた後、漆黒に戻ったはずなのに、そこに前原が立っているのが見えていた。しかし、その脇に立っていたもう一つの姿は光と共に消えていた。まるで光に溶け込むかのように。
 次いで前原が両手を天にかざし振り仰いだ。
 「いざや皆々様、天に還りませぃ!」
 風が舞い起こった。突風が、旋風になり、竜巻となって前原を中心に舞い上がった。その風は不思議なことに天井を突き抜けて長く、高く伸びていった。その風に思わず顔を覆う北村たち。
 風が止んだ後、彼らは渡り廊下に程近い校舎の中に立っていたのである。

 「前原・・・。今のは一体・・・」
 佐伯が問いかけた時、昆の悲痛な叫びが空気をつんざいた。
 「宏子さん!」
 廊下の脇に倒れていたのは加賀壬だった。ライトに照らされたその顔は蒼白。死人の如き色。
 駆け寄る昆。だがそれよりも早く飛び出したのは前原と山崎だった。北村も走り出そうとしたが佐伯に肩を押さえられた。
 「先輩に任せろ、警戒を頼む!」
 佐伯にそう言われ、北村は立ち止まった。いつもなら山崎が言われる前からしている行動だ。それが彼の仕事だったから。しかし、今の山崎には倒れた加賀壬しか見えていないのであろう。加賀壬を想い、唇を噛んだまま、北村はカメラのグリップを握りしめた。爪がそのラバーコートされた赤いラインに食い込むほどに。

 加賀壬のブラウスのボタンを戻しながら、昆がつぶやいた。
 「HPへの損傷は擦り傷と打ち身だけです・・・。
 MPは・・・。昏睡状態です。多分、MPタイプの攻撃に一気に奪われたのでしょう。痛みを感じる暇もなかったはずです」
 「そ、それは直りますか?」
 山崎の声は震えていた。佐伯ですら聞き慣れぬ、動揺した声だった。
 「療養が必要です。入院、ということです。場合によっては、その・・・長期の・・・」
 昆の声はかすれて消えた。昆が加賀壬の腰を持ち上げて、北村がスカートを履かせた。
 「現状を確認するぞ」と佐伯が皆に声を掛ける。
 「さっきの騎馬武者は魔性ではなくゲートキーパーだったんだな。で、ここに近付く者総てと闘っていた。魔王すらともだ。結果、魔王の侵略を防いでいた、と」
 「そうだ。加賀壬宏子が気付いたのだ」
 北村から引き継いで見張りを行う前原の声は、山崎とは対照的にはっきりとしていた。動揺の気配は微塵もない。
 ショックから立ち直ったか。そう佐伯は判断し、安心して前原に問いかけた。
 「ゲートキーパーは無事に昇天したんだよな、さっきのつむじ風で。
 そんじゃ、問題は、このゲートか」
 木刀を身構えたままの佐伯の前。渡り廊下と階段の間。その壁に大きな漆黒の門が張り付いていたのである。今はその門は閉まっている。ただし、その中央は少し開いたままだ。その奥から伝わる不気味な印象は皆の志気を落とすのに十分な程だ。佐伯はそれを悟り、志気を鼓舞するためにも、勇ましい臨戦態勢のまま問いかけていたのである。
 「うむ。この奥に魔王がいる。加賀壬宏子を傷つけた奴が」
 「魔王か・・・。確か魔王は歪みとやらのある場所にゲートを作る。んで、その地で一番強い魔力を持つ者をまず配下にし、ゲートキーパーにするんだよな」
 「そう聞いたけど。ところが今回、魔王にとっては運の悪いことに、来る者総てを拒む奴が呼ばれちゃった、って事よね。んで力を与えてくれた魔王そのものをゲートで迎撃してた、と」
 言いながら北村がぐったりしている加賀壬に上着の袖を通すと、加賀壬自身が運んできた銀色の保温シートで昆がその体をくるんでやった。
 「魔王の意志を伝えるはずのゲートキーパーがその状態だ。魔王は黒い波、校門の前で襲ってきたあの波動をなんとかゲートから放つのが精一杯だった。その力を受けて魔性が勝手に発生したのはいいが、魔王の意志は伝わらない。力だけ暴走してたってわけだな」
 「そうですね、多分校門を越えてあの黒いのが来たのがその証拠ですわ。学校に巣くう以上、学校の境界がそのまま結界の境界です。それすら認識していないほど、魔王はこちらの状況を知らない、という事ですわね」
 昆の正論に佐伯も北村もちょっとびっくりした。さすがは三年の間、超常研と行動を共にしてきただけはある。実戦ではなくバックアップではあるが、このメンバーで最も対魔性の経験が豊富なのは彼女なのだ。普段のおっとりさからは想像もつかなかったが。
 佐伯は漆黒をにらみながら話を転じた。
 「じゃ、次はどうするかだな、これから。まだ結界がある以上、戻れないだろうから」
 「雑音ばっかりです」
 昆が加賀壬の隣に座りながらそう言った。その右手はトーキーのヘッドフォンを抑えたままだ。電波が通じない以上、結界はまだ堅固なままだという事だ。中継点であるベースとの回線が復活しない限り、チーム1の現状も確認できない。
 「うーむ。ここで撤退する、となるとゲートを守るサムライが消えた今、やばすぎだな。先輩たちが来てくれるまでここを守るか」
 「良い選択ではない」と、前原が告げた。
 「お前には分からぬ様だから言うが、徐々に波動が強まっている。既に抵抗が消えた以上、奴の力は増す一方だ。このままでは・・・。
 永遠に朝は来ない」
 「なら、体育館に行くか? チーム1と合流すれば勝城先輩と前嶋先輩がいるだろ? なんとか手を考えて貰うってのはどうだ?」
 「良い選択ではない。戻ってくるまでにここで何か変化があったらその時に対処できないからだ。堤防に開いた水穴は瞬時に広がるが道理だからな。かといってここで戦力を分断するのは悪い選択だ」
 「となると・・・。この中か」
 佐伯と前原は門の隙間から覗く漆黒を見つめたまま黙っていた。数分して佐伯が仲間の状況を確認し始めた。
 「俺が軽い捻挫。山崎が左腕負傷。昆さんは無事だけど回復系品切れ。前原も無事だが矢は尽きた・・・」
 「魔王はHPもMPもあると聞いた。ならば拳で突く。弓はなくとも戦える」と、拳法家と化した前原が反論した。
 「なるほど。そうだったな。
 加賀壬はMP0。北村は怪我はなし、ただバッテリー切れ・・・」
 「だけど、グリップ内蔵電池はまだ新品よ。バッテリーとは比較できないけどね。なにせGNがでかすぎで電気食うからね、一発に。まぁフル発光したら充電待ち長いし数発でアウトだけど、GN弱くしておいたらコンティニアスローで追従がなんとかってとこかな」
 北村はバッテリーからストロボに伸びていたスパイラルコードを外しながらそう答えた。
 「うーむ、参ったな。まぁあれだけ戦闘が続いたんだ、当然か」
 佐伯はGN、つまりガイドナンバーという言葉は知らなかったが、多分電圧のことだろうと思い、そう答えた。その後でしばらく考え込んでいたが、やがて決心したように仲間に声をかけた。
 「前原、見張りを頼むぞ。
 よし、みんな聞いてくれ。
 俺たちに残されている選択肢は大きく分けて二つだ。退くか行くか。
 多数決で決めよう。まず北村。お前はどっちだ?」
 「体育館に行くのがいい」
 北村茉利香はすぐに答えた。
 「先輩たちの指示を仰いだ方がいいよ、今は。副会長さんの隊も来てるかもしれないから。ここの場所を一刻も早く教えるのがベストだと思うわ」
 「ん。じゃ昆さん、どうですか?」
 「私は救急要員です。まず生命の危険性が少ない方を選択します。意見を聞かれればより安全な方しか選べませんわ、佐伯さん。ですから私はノーカウントでお願いします」
 佐伯は苦笑した。
 「いや、そういうわけにもいきません。それも大事な意見ですからね、チームとしての。では昆さんは退く方ですね。
 もう一つ聞いておきたいのですが、加賀壬は・・・、その・・・動かしても大丈夫なんでしょうか?」
 「意識がないだけです。頭部にも損傷はないと見受けられますので移動する分には支障はないでしょう」
 「ありがとうございます。
 じゃ、前原。お前はどうだ?」
 その問いへの答えは一言だった。
 「討つ」
 「・・・。そ、そうか。
 山崎、お前は?」
 最後に山崎を指名したのは意図的なものだった。別段彼に最終決定権を与えるためではない。山崎は重要な事項であればある程、決定までに時間がかかるからだ。中学時代からのつき合いの長い佐伯はそれを知っていたのである。
 「加賀壬が・・・、加賀壬を動かしてもいいのなら、俺は・・・。
 俺は先に進む」
 北村は前原はともかく、山崎が進むことを選んだのに驚いた。山崎は慎重な性格だと思っていたし、なにより宏子は彼にとって特別な存在だと信じていたからだ。
 「ど、どうして?」
 北村は思わず問いかけていた。このまま進んで、もし身も守れない宏子に何かあったなら。取り返しの付かないことになったのなら。
 「霊水ですね」
 その問いに答えたのは昆だった。山崎は頷いて後を継いだ。
 「霊水は元々魔王が魔性に褒美として配っていると聞いている。なら、魔王を倒せば、きっとそこにある。
 加賀壬を救える可能性がそこにあるのなら、俺は行く。そうしないと・・・」
 彼は目をつむり、一度言葉をとぎらせたが、皆その続きを待って黙っていた。佐伯だけではなく、馴染みの薄い前原まで、山崎とのつき合い方を理解していたのだ。
 「あさって、約束がある。俺と加賀壬、開田、鮎川。クラスの友達と昭和町に遊びに行く。
 約束したんだ。一緒に、加賀壬と一緒に行くと。俺は加賀壬に約束を破らせたくない。
 それだけだ」
 しばらく誰も話さなかった。山崎の言葉が続くと思っていたわけではない。彼の言葉にある思い、決意といってもいいものを感じ取り、沈黙を守るしかなかったのだ。
 「うむ。では二対二か。綺麗に分かれたな。うーん・・・」
 佐伯の声に北村が驚いて問いを発した。
 「佐伯君は? 君の意見で決まるんじゃないの? 多数決でしょ?」
 「俺は今、佐伯一磨として話しをしているんじゃない。アタックチーム2のリーダーとしてみんなに聞いているんだ。あえて佐伯一磨としての意見を言うのなら、ばらばらにならず、全員が同じ行動をすればそれでいい。行動の目的はみんなに任せる。だから行動の手段は俺に任せて欲しい」
 北村は言葉につまってしまった。佐伯がリーダーだと認識はしていたが、ここまでリーダーとして考えているとは思ってもみなかったからだ。
 「まぁ、佐伯さんも立派になられて。開田さんみたいですわよ」
 昆の言う開田という人物に心当たりはなかったが、誉められた様なので佐伯はつい赤くなってしまった。

 なーに、うぶな反応してるんだ、俺?

 自他共にプレイボーイを認識していた佐伯は自分の反応にとまどっていた。
 「でも、それじゃどうすんのよ? 二対二でじゃんけんでもするの?」
 「あら、正確には三対二だと思いますけど。ねぇ」
 昆が佐伯に話を振った。まだ赤面から立ち直っていなかった佐伯は、顔を伏せ掛けたままで口を開いた。
 「そ、そうだな。今の前原は二人分とカウントしても良かろう」
 「うむ。私の言葉は加賀壬宏子の意志だ。私は加賀壬宏子に従う者だからな」
 当然のごとくに頷く前原。
 何を滅茶苦茶な事を、と言いかけて、北村は闇の中で見た光を思い出した。あの時、既に加賀壬は意識不明だったはずだ。しかし、前原の隣に確かに彼女の姿が見えた。前原と背中合わせに立ち、真っ直ぐに右手を伸ばして射抜くべき目標を前原に指示するその姿を。そして彼女の「討て」という声を。
 前原の言葉に加賀壬が重なっていると言われても、反論する気になれない自分に気づく北村だった。少なくとも今は、であるが。
 「よし、決まったな。
 前進する。魔王を倒し、この門を、結界を破壊し、さらに霊水もいただく。それでいいな、北村。
 いいですね、昆さん。
 よし、移動の準備だ。山崎、加賀壬の輸送を頼む。武器はこのナイフを使え。前原俺と前列に来てくれ。北村。お前は最後尾を。いいか北村。MP戦はお前に一任するしかない。頑張ってくれ」
 「OK、任せて!」
 「あら、霊水を手に入れるためでしたら、私も闘いますよ。皆さんとご一緒に」
 昆が右手に銀色の電池のような物を掲げて言った。
 「あ、あれかぁ!
 F2B、でしたっけ。そっか、それがあった。こいつは心強い!」
 昆がうなずいたその途端、「まだ持ってたのか」と階段の上から声が掛けられた。
 咄嗟に木刀を構えて飛び出す佐伯。身構える山崎。彼らの目にその声の主が映った。
 階段を降りてくるのは病的なほど細身の男。上着とシャツの袖をいっしょくたにしてまくり上げたその姿。
 「会・・・長?」
 昆の震える言葉が発せられたのと、踊り場の常夜灯がその姿をくっきりと浮かび上げたのは同時だった。
 「いよぅ<股すり>。物持ちいいなぁお前」
 「そのお名前は止めてくださいとあれほど・・・
 でも、嬉しいです・・・会長・・・。お会いできて・・・」
 昆の声は途切れてしまった。殿下は昆に近付くとその肩をぽんと叩いてから佐伯に向かった。
 「悪いが聞かせて貰った。お前等が何を選択するのか興味があったんでな。
 すまんが今日突入するとは予測してなかったんでなぁ、霊水はなし、結界破りの札もなし。
 手持ちは攻撃呪札二枚と封印護符一枚だけでな。売ってやれる物もない」
 佐伯は首を振って答えた。
 「いえ、お会いできただけで十分です。
 俺たちは前進しますので、この場所を篠木原先輩たちに伝えて貰えますか?」
 「その必要はないだろう。お前等がケリを付けてくりゃいいんだからな。そのつもりだろ?」
 「はい」
 皆の声がはもった。
 「ん、分かった。んじゃお前等が入ったら俺がこのゲートを封印して時間稼ぎしてやろう。そうすりゃサシで勝負ができるからな。
 で、どうする、頑張りっこ、回収してやろうか?」
 殿下は剣道男Part2、つまり山崎が背負う加賀壬を見てそう言った。
 佐伯が一瞬躊躇したその時、昆が答えた。
 「大丈夫です。宏子さんも一緒に行きますわ。皆さん揃っての<佐伯隊>ですもの」
 その言葉に佐伯の、そしてみんなの顔が明るくなった。殿下も口の端でかすかに笑みを浮かべたのだがそれに気づいた者はいない。
 「ええ、そうです。先輩、加賀壬も一緒に行きます。俺たちは六人で突入しました。だから六人で帰ります」
 佐伯は今度はきっぱりと言いきった。
 「あ、会長、中庭に守衛さんが・・・」と言いかけた昆の言葉を片手で遮り、殿下が言った。
 「もう救出済みだ。ついでに教えておくと、体育館を解放したスポ根男の隊も救出済みだ。
 で、お前に伝言だ、バンダナ激写娘。外で待っているからとさ、三つ編みジャージのそばかすっ娘(こ)からだ」
 北村はそう殿下に告げられ、きょとんとした顔をしたが、<チーム1>にいる旧友、皆瀬樹恵那の外見に思い至った。ちょっと時間がかかったのは彼女の髪型が普段はストレートだからである。だが体育の時には三つ編みにしていた。突入前、校門で話をした時、ジャージ姿の彼女もそういえば三つ編みだったな、と思い至った。しかし、そばかすってのはあんまりだ。ほんのすこーしある程度なのに。色白だから目立つだけなのに。北村はそんな事を考えながらも殿下に友の安否を確認した。
 「えっちゃんは無事なんですね?」
 「あ、ああ」と曖昧に答えながら、一方の殿下も考えていた。えっちゃん。えっちゃん・・・。三つ編み、ジャージ、そばかす・・・。「え」の音はどこから来るんだろう、と。名前を短縮したあだ名が多いのは常識だが、殿下は常識を大きく逸脱して久しい。
 「二つ質問がある」と、内心首を傾げている殿下に向かって前原が問いかけた。
 「ん? なんだ」と殿下。
 「一つ目、ガンバリッコとは何だ?
 二つ目。お前は何者だ?」
 昆も佐伯も蒼くなった。だが当の殿下はどこ吹く風で澄ました顔のままだ。
 「コスプレっつーか、巫女さんもどきっつーか・・・なぁお前、人に何者かを聞く前にまず自分で名乗れと小学校で教わらなかったか?」
 「うむ、そのとうりだな。失念していた。
 私は一年の前原静音。弓道部員だ。超常現象研究会の新入会員でもある。実家は上巌位神社の神官で、この服はいわば家族サービスの時に着ている物だ。もどきではない、実物だ。祓いと清めがMP相手に効く由を聞き及んでいたのでな。身を引き締める為でもある。以上だ」 
 「成る程。モノホン巫女か。
 んじゃまず答え其の一。そのぶっ倒れている一年の事だ。頑張るを配る娘。んでガンバリッコだ。
 答え其の二。俺は山口。山口京太郎。ま、大抵<殿下>と呼ばれてる。お前の入会した超常研のOBって奴だ。以上だ」
 「でん・・・か・・・?
 鈴ねぇが、いや弓道部主将、前原鈴音という従姉妹が確か言っていたのだが、<殿下会長>と。お前も会長だったのか?」
 「うむ。先代会長だった」
 前原は目を丸くした。
 「では噂に聞く<最強の男>とはお前のことか? もっとごついのを想像していたのだが。そうか、お前が・・・」
 前原はすっと腰をかがめた。
 「超常現象研究会には入ったばかりです。宜しくご指導、ご鞭撻の程、前会長殿」
 「ああ。こっちも宜しくな。まぁ美咲がついてるんだから俺がでしゃばることはあんまりないだろうがな。それと敬語はいらん。好きに話せ。年長者ってだけで偉そうな顔をする気はない」
 前原はかすかに笑みを浮かべた。
 「それは話が早い。尊敬すべき老齢者よりも、ただ歳をくっているだけの無能者の方が多いのでな。だが、お前に対しては年長者というよりもこれまでに成してきた行為に対して敬意を払うべきだと思ったのだ。お前の事は皆が噂している。命を救われた者も決して少なくない。それ故敬意を表する。だが、別段、普段の会話で示すことでもないな」
 「うむ。示すべき時に示せば、それでいいんじゃないか?」
 佐伯はこの二人の会話をはらはらしながら聞いていたが、最後にはこう認識していた。似たもの同士、と。そう納得した時に急に殿下に振り向かれ、佐伯はひきつった。話が終了していたことに当の二人以外誰も気づかなかったからである。
 「面男、ここには美咲も来てる。安心しろ。お前等がカタを付けたら、この学校はもう大丈夫だ。逆に言えばここが最後の大勝負ってことだ」
 メンオトコはないだろう。佐伯は剣道の面の奥でそうは思ったが、口にしたのは同意だった。
 「分かりました。先輩、精一杯頑張ってきます」
 殿下は「頑張る」という言葉にまた口元を歪めた。頑張りっこは自分が頑張るだけではない。周りにそれを配るのだという自説が証明されたのだ。
 「よし、行って来い。そして必ず六人揃って戻ってこいよ。でないとここでお前等を行かせた俺も寝覚めが悪い」
 「はい。
 よし、行こう、みんな」
 殿下が無造作に開いたゲートをくぐり、佐伯が、前原が、昆が、加賀壬と山崎が、そして最後に北村がその漆黒の霧の立ちこめる異界に入っていった。
 「Good Luck!」
 殿下がつぶやいた。


 門の中は闇一色だった。霧はじっとりとまとわりつく感覚があり、神経を逆なでするかのような気配があった。
 彼らはほんの数歩進んだだけで、後方からの灯りが途絶え、上下左右すら分からない状況になった。
 先頭を行く佐伯が持つライトは先ほど電池を替えたばかりなのだが、まるで今にも消え入りそうな程に弱々しい光で、30センチ先の地面すら、照らすのがやっとだった。
 「こりゃ、だめだ。もっと強いライトがいるな」
 佐伯のつぶやきを聞いて昆が後ろにいる山崎に声を掛けた。
 「宏子さんのヘルメット、灯りはつきませんか?」
 山崎が答えるよりも早く、その後ろ、最後尾に立っていた北村が、目の前にあるシートに手を差し込み加賀壬のバックパックを開けた。
 フレアは加賀壬の虹彩に合わせて調節してあるために使用できない。だがライトの方は脇にスイッチが付いていたはずだ。
 「えっと、あ、これだ・・・。
 あれ? あれ?」
 かちかちと何度か音がするが、灯りがともされることはない。
 「あ・・・。あーっらら・・」
 見守る昆たちに、北村はちぎれたコードを見せた。
 「だめ、切れちゃってる。根本も直づけだから、こりゃハンダがいるわね」
 ヘルメットが飛ばされたときの衝撃だ。ライトのコードはフレアのスパイラルコードより短かったのである。
 「参ったな。他に明るいのは・・・」
 佐伯は北村からライトを借りようかとも思ったが、彼女のはそれ自体が護身用の武器である。昆が差し出すラジオ付きのライトも、彼女が持っていた方が安全だ。それにあの形では小手をしたままではとても持つことも出来ない。
 「隊列を変えるか・・・」
 そうつぶやく佐伯に前原が首を振った。
 「この暗さは尋常の闇ではない。例えどんなに明るい照明器具を持ち込んだところで、闇が駆逐されることはないだろう。
 無駄だ」
 佐伯は面越しにぽかんと口を開いていたが、なるほど、と頷くと仲間の持つライトを見回した。昆の手にする物も電池を替えたばかりのはずなのに自分のライト同様に弱々しいのである。
 「物質的なもんじゃないってことか。うーん、じゃ、ゆっくり進むしかないな」
 佐伯が増燈を諦めてまた前を見ようとした時に、前原が山崎の脇に立ち、何かを取りだしているのが見えたのだ。
 「?」
 彼女が取りだしたのは紙包みである。
 「何だ、それ?」
 前原が無言のままでめくった包みの中には、この弱々しい明るさの中でも真っ白に見える物体があった。
 「?」
 前原はそれを持ち上げた。
 「御前燈明。加賀壬宏子に言われ、一本だけをやっと祖父から譲ってもらった」
 彼女は包みを昆に預け、マッチをすった。しゅぼっという音と、特有の燐の臭いが広がったその後。辺りに光が広がった。その明るさに驚く昆は、今やカラとなった紙包みを渡された格好のままで光源のまばゆさに目をしばたかせる。
 光はまるで球体、グローブの様に周囲を包み、見守る内にゆっくりと広がってゆく。そして霧のような黒い闇に溶け、純白から灰色へのグラデーション空間を形作っていった。
 「まぁ、まぶしいですわね・・・」と昆がみなの気持ちを代表するかのようにつぶらいた。
 「特別に明るいわけではない。弱められていないだけだ。まぶしく感じるのは暗さに慣れていたことと、人の心のよりどころだからだ、光が」
 そう言いながら前原は手にする和蝋燭をあたりにかざした。
 「結構狭かったんだなぁ」
 一緒に眺めている佐伯が驚いてそうつぶやいた。まるで大広間の様に感じていたこの空間は実は3メートル程の通路、いや洞窟の様な印象だった。彼らの後方にはゲートがあったはずだが、そこには光をとぎる物はなく、灰色の道がずっと延びていた。
 「不思議だ。闇が祓われていない。混ざり合って溶け合って。まるでここも神域の様だ・・・」
 前原はその細い眉を少しひそめた。
 「ねぇ、前原さん、それ、どれくらい持つの?」
 北村の問いかけに、前原はその長い黒髪を揺すりながら首を振った。
 「蝋の溶け方がおかしい。一様ではない。この場所の性質かもしれない」
 「え?」
 「時間が一定でないような気がする。炎のゆらめきも、私の手の動きにあっていないのだ」
 「遅いのか? それとも」と佐伯が問うが、また前原は首を振る。
 「ゆらいでいる。分からない」
 「なら、急ごう」と山崎が結論を付けた。
 「そうだな、蝋燭があるうちに決着をつけたいからな」
 戦友の言葉に佐伯が頷いた。その時、なにやらびっくりしたような表情で昆が口を開いた。
 「あら、それローソクでしたの?」
 その声に佐伯も前原もこけかけた。
 「珍しい形ですわねぇ、面白いです」
 昆ののんびりとした声に、佐伯は瞬時天を仰ぐ。灰色に照り返す天井を見ながら彼はため息をそっとついた。
  
 列の中心にいる昆がおっかなびっくりという感じで蝋燭を持ち、彼らは前進を再開した。前原の言ったとおり、ここの霧そのものが光に溶け込んでいるかのようだった。光源が一点しかないはずなのに、先頭を行く佐伯の視線内にくっきりとした影はない。本当ならば自分の影がまっすぐに前を包むはずなのだが、まるで周囲全周から照らされているかのようだ。
 「デフューズ効きまくりねぇ」
 北村がぽつりとつぶやいたが、その意味を理解する者はここにはいなかった。

 門そのものは「ジャンプ」する性質のものではない。この中全体が異界と現界をつなぐ形でしつらえられた異空間である。
 「力が特に強い魔性は直接つなげることもありますが、通例は疑似空間で結んでいます」
 北村は以前会長が説明していたこの異空間についての講義を思い出していた。
 「魔王は異界の住人。異世界人といえます。そのため我々と同じく肉体も精神も有していますが、その強大な魔力故、HP、MP共に0にしなければ倒すことが出来ない強敵です」
 彼らはその強敵との戦いに不安と緊張、そして決意を胸に一本道を歩き続けた。

 彼らの歩みは唐突に終了した。入った時のと全く同じ門が道を閉じていたのである。随分歩いた様な気がするのだが、北村はカメラの背部に付けられたマルチデータパックを確認し、そのパネルの時計が五分弱しか経っていない事を指しているのに驚いたほどだ。
 「なるほどね、時間がおかしい、ね」
 彼女はストロボの内蔵電池が保ってくれることを祈りながらそうつぶやいた。
 「準備はいいな、山崎。北村。前原。昆さん、そして・・・加賀壬!
 開けるぞ」
 佐伯が木刀を左手に持ち、右手で門に手を掛ける。その門の真正面に肩幅立ちで構える前原。右脇に山崎、左に北村。佐伯の後ろでは門の影になる所で、加賀壬を抱きしめて片膝立ちの昆がみなを見つめている。
 「さぁ、行こうぜ!」
 扉が開かれた。


 HPとMPのアベック魔性。
 三カ所のみの未完成五芒星。
 校門を越えた魔王の力。
 魔王と闘うゲートキーパー。
 魔性二体、ゲートキーパー、そして魔王までも一戦でスィープした新人チーム。

 超常の中の超常。異常のかたまりとして後々まで超常研で語り継がれる<奇跡の金曜日>はこうして大詰めを迎え、そして終わった。
 進行記録の末尾には宮原の字でこう記されている。

 「05:32。佐伯隊六名、全員無事生還。 軽傷者:四名。 中/重傷者:なし。 評価:完勝」と。



 

 加賀壬さん、頑張る。第二部:完