<超かいき★くえすと>くえすたぁず

第十二話:加賀壬さん消滅す

 

von:秋澤 弘

第一章

 明けて木曜日。加賀壬は元気に朝練に参加し、授業を受けた。と言っても先生に指名された時は全然元気がなかったが。隣の席の子が「B」と答えを大書きしたノートを見せてくれたのでなんとか窮地を脱した。

 「うーん、やっぱり私にはここ、レベル高すぎるなぁ」
 昼休み、加賀壬はぼそっとつぶやいた。
 「ちゃうて。かきのんが忙しすぎる。それだけや。な!」
 話を振られた開田がうなづく。
 「慣れちゃえばなんとかなるって。まだ入ったばっかりじゃん。諦めてどーすんのよ?」
 「いやぁ、でもさぁ、いっくら頑張ったって頭は良くなんないもん、やっぱり」
 「あー、あんな事言ってる! こいつぅ、さては転校する気だな! どーする、山崎君!」
 開田は今日もなぜか隣で弁当を黙々と食べている山崎に話しを振った。
 だぁーかぁーらぁー! どぉして私の話題を山崎君に振るかなぁ、茜ちん!
 加賀壬が恨みのこもった目を向けようとした矢先、山崎がぽつりと呟いた。
 「困る」
 ただそれだけ。言ってすぐにまた箸で白米を分ける。そばで三人が凍り付いているのも気づかずに黙々と。
 その中の二人はすぐにパラライズから回復した。
 「せ、せやね、な、なんつーてもアタックチームのメンバーやしね、ははははは・・・」
 「そ、そーよねー、折角友達になったってのに、ねぇ、ははははは・・・は」
 二人の異様な反応に飯を口一杯に頬張っていた山崎が振り仰ぐ。
 「?」
 開田と鮎川は作り笑いを浮かべていた。加賀壬は・・・
 加賀壬は俯いた姿勢でメロンパンを丸かじりするかのようにかじりついている。その顔は見えない。
 「?・・・」
 山崎はまた弁当箱に目を戻して食事を続けた。
 「しっかし、ほんまよう喰うなぁ・・・」と鮎川。
 「やっぱ運動できる体やから要求も多いんやろなぁ」
 なるほど、そう来たか。開田が即座に理解して話を紡ぎ出す。
 「そりゃそうでしょ? 山崎君、スポーツ万能だもん」
 「なぁなぁ、百メートル、何秒?」と鮎川がすごい答えを期待し、目を輝かせて尋ねる。
 「覚えてない」
 ざぶーん。水雷艇・鮎川丸は初めの一撃を繰り出す前に沈んだ。だがすぐさま二番艦・開田丸が第二射に走る。
 「あ、それじゃ水泳は? 何メートルくらい泳げるの?」
 「計ったことない」
 どぼーん。開田丸も轟沈。だが、放った魚雷は、実は命中していた。
 「中学では大抵二十本程で止めていた。俺は足腰を鍛えるのが目標だったから」
 「に、二十本って、コースを20回ってこと?」とパラライズから回復した加賀壬は目を丸くした。
 「うむ」
 「す、すごいやんそれ。クラスでもええ方やん。いや、ひょっとしたらベスト3にも、いや、トップちゃう?」と復活したアユカワII世丸が連射をかける。
 「速度を競わなければ」
 ぼそっと山崎が答えた。
 「速度?」
 「スピードでは小島に適わなかった。一度も抜けなかった。いつも二番だ」
 「小島って?」と鮎川。
 「C組にいる水泳部員の子」とこれは加賀壬。
 「なら、水泳部に次ぐ泳ぎやったんかい?」
 いけるで、これは! アユカワII世丸の無電が飛ぶ。
 ナイス鮎川! どんどん行け! と同じく無電で答える新開田丸。
 「なぁなぁ、山崎君、うち等に泳ぎ教えてーな。ほら、昭和新町にプール出来たやろ? あすこの只券、持ってんねん」
 「夏までには最低泳ぎ覚えときたいのよね。恥かきたくないから。練習、付きあってくんないかなぁ」
 「あ、そや! かきのんもここの温水プール、まだ出来てへんかったから残念や言うてたもんな、一緒にな!」
 そういう方向に持ってくるかぁ! と加賀壬が突っ込もうとしたが、さすがに山崎の前では出来ない。とにかく、この話を終わらせたい加賀壬は手を振って二人に言った。
 「ほ、ほら、山崎君困ってるし・・・」
 「うむ・・・」と考え込んでいる山崎。
 「ほらね!」
 「うむ。一人ならともかく、三人に教えるとなると・・・」
 ちがぁーうぅ、そういう問題じゃあない!
 だが、加賀壬が口を開く刹那、それを悟って電光石火で話し出す鮎川。さすがに話術のタイミングは関東人に負けはしない。
 「せやなぁ、せやったらぁまずはかきのんに教えたって。うち等はブレスの練習からや」
 「うん、息継ぎだけ教えてくれない、山崎君! 後は自分でやってみるから」
 「ち、ちょっと、まさか本気で・・・」と口をはさもうとする加賀壬にその隙を与えぬ開田。
 「女の子三人だとさぁ、ナンパしてくるのとかいて時間の無駄だから。
 山崎君、ボディガードと虫除けお願いね!」
 女子三人と男子一人。この妙な組み合わせに山崎が気づく前に、それを封じ込める開田。とどめは鮎川だ。
 「せなら決まりな!」
 こうして日曜日10時にプール前で集合と決まった。

 六時間目の教室移動。途中の階段で加賀壬は山崎の側に来た。
 「いいの、日曜日。金曜の夜に探索だよ。場合によっては当日の早朝も再挑戦かもよ」
 加賀壬のつぶやきに即座に答える山崎。
 「ああ」
 「?」
 「約束はあった方がいい」
 「え?」
 「必ず帰ろうと思えるから」
 「・・・」
 加賀壬は階段を上がりながら考えていた。上がり終えた時、一人でこくんと頷いた。


第二章

 なによこれぇ。
 にゃーに、にゃーにぃ、にゃーにゃみ、にゃーにゃふ・・・。猫語かい、こりゃ。
 一体ぜんたい、格変化って、何もん?
 加賀壬は放課後の図書室で頭を抱えていた。
 「気にするな。鵜呑みにしろ」と香土岐。
 無理でーす。あたし口小さいの・・・
 「減らず口を叩くな」とこづく香土岐。
 あぁーん、まだ叩いてません! 思っただけですぅ・・・ だってこんなにたくさんあるんだモン、覚えられないよぉ。
 香土岐は呆れ顔になった。
 「たくさんある、か? そう思うか?」
 ええ、そりゃもうごっちゃりと。
 「見た目よりは少ないのにか?」
 そう言われ、加賀壬はじっと変化表を見つめた。うーん、確かに同じのが幾つかあるなぁ。
 「そうではない。いいか、こっちは単数形、こっちは複数形だ。そうだろう? つまり実際は基本パターンを覚えればいいのだ」
 簡単に言いますね、先生・・・
 「混乱の中心は英語とは違う目的格だろうな。要は目的格が二種最初からあるということだ。

 お前が机に消しゴムを置く。

 主語はお前。述語は置く。消しゴムと机が目的格の名詞だ。英語の場合、バイとかトゥとかいった前置詞を配することで直接述語に繋がる語と区分するが、目的格が二種ある場合、その必要はない。間接と直接で語尾が変化しているのだからな」
 何でそんなことするかなぁ。習う方の身にもなってよ。わざと面倒にして・・・
 「理由は簡単だ。分かりやすくするためだ」
 はぁ? 何故? 逆じゃ・・・
 「愚か者。
 日本語で考えてみろ。いいか。

 お前、机、消しゴム、置く。

 この四単語では大体意味は分かっても文法的には形を成さん。だが、名詞に語尾変化があればいいのだ。

 お前は、机に、消しゴムを、置く。

 日本語の、て、に、を、は。これを名詞に合体させたのが格変化。語尾の変化なのだ、同じだろ?
 つまり、これが細かく分類されていればいる程、意味は簡単に通じるのだ。そうだろう?

 主格、机が。
 所有格、机の。
 間接目的格、机に。
 直接目的格、机を。

 という様にな。これが格変化だ。これがあればまず問題なく意味が通じる」
 うーん、そ、そうかな?
 「まずロシア語からスタートしたのは覚えるのが簡単だからだ。英語の様に例外、つまり慣用句だらけの言葉とは違う。規則に則って出来ている。その規則が分かれば簡単だ。それにな、この言語は言葉の配置が日本語に近い。例えばドイツ語では否定形を示すニヒトは文の最後に付く。

 イッヒ カン ルーシッシュ。私はロシア語が話せる。
 イッヒ カン ルーシッシュ ニヒト。私はロシア語が話せない。

 というように最後まで聞かないと、肯定なのか否定なのか分からない。ま、日本語もそうだ。だが英語は主語、述語に次いですぐに否定を置く。アイ キャンかアイ キャンノットかだな。この違いが並びの違いだ。ロシア語は日本語に近い。ヤー ガバリュー パ ルースキィ。主語と述語の置き方の自由さも日本語に近いのだ。強調部分を前に出すのもな。だから格変化や各時称を覚えれば、後は辞書さえあればなんとなく意味は分かるのだよ。
 まだあるぞ。この言葉には基本的に方言がない。例えるなら外人が大阪で覚えた日本語が東北では通じない、といった現象はないのだ」
 ええー! ロシアあんて、あんなに大きい国なのに? そんなばかな・・・
 「事実だ。たしかに言葉は生き物だからな、お国柄はある。だが日本語の方言程、大きく変わるわけではない」
 どーして? どーして、あんなに大きい国で・・・
 「なぜだと思う?」
 うーん。
 加賀壬は考えた。もしかして。でっかいけど、人口少ないから教育がしっかりしてたのかなぁ。
 あ、そういえば北海道も明治になってからたくさん人が移住したんであんまり方言無いって言ってたな。そうか、ロシアっていうか、旧ソビエトって開拓地が多いのかなぁ・・・。でも最初からいた人もたくさんいるよね・・・うーん。分からん。
 「答えはロシアの歴史にある。帝政からソヴィエトへそしてまたロシアへ。帝政時代、文字を輸入し、言葉が完成した頃は中央集権の強い国家だったからな。近代国家の仲間入りを第一目標に、いわばお国公認の言葉を強制したともいえる。ソヴィエト政権がさらにそれを押し進めた。ラジオ、テレビ、その他のメディアでは総て中央の言葉で話す。ソ連邦の国民という一枚板を築くために。そういった徹底さもあったからな」
 「そ、それじゃ、方言は弾圧されたんですか!」
 「・・・。一言では言えないな。様々な見方があるからな」
 「で、でも、昔からあった言葉は使えなくなったんでしょ? それもむりやりに・・・ひどいですよ」
 「そうとは一概に言えん。そのおかげで教育、医術が行き渡り、風土病に苦しむ者たちを救ったとも言えるしな。標準ロシア語の強制が良いことだったのか悪しきことだったのか。まだそれを決定するには時間がかかるだろう。いずれは歴史がそれを決めるだろうが。
 良いか加賀壬。言語は人の作った代表的な、目に見えないツールだ。その普及には様々な歴史がある。調べると面白いぞ」
 「歴史、ですか。先生は歴史好きなんですか?」
 「・・・」
 香土岐は冷たい目で加賀壬を見据えた。
 「あ、そう言えば先生は世界史の先生だったっけ。忘れてた・・・」
 「お前、本当に脳味噌少ないんじゃないか?」
 がーん・・・


第三章

 私立加持智大山商業高校。
 生徒数1060名。昭和30年代に設立された男子高がその母体である。当初は普通高校として誕生したが、途中で商業科、普通科と並立され、現在では共学の商業科専門になっている。レベルとしては高くはないのだが、実習等の豊富さと商業界へのさまざまなルートがあるので就職率は非常に高い。その半面、途中退学者の多さも目立つ。
 このあたりでは単に大山商業として知られている。野球部が強いことでも有名だ。
 敷地は非常に広のだが、普通科のあった旧校舎なども含めて12もの棟が乱立しており、外見上狭い感じに見える高校だ。
 今、その校長室には乱入といっていい状態で、招かれざる客が来ていた。
 校長の前に立つのは生徒会長の井土谷(いどがや)。その脇に二人の他校の制服を着た男女。美咲と近藤である。
 「君たちの焦る気持ちは分からないでもない。ただね、ここは大勢の生徒さんを預かっている学校だ。その生徒さんたちを不安にさせるような行為はとれないという事を理解して欲しいね」
 校長がやんわりと言葉を発した。
 「またそれですか! 何の対策もなしで何を言っているんですか校長!」
 井土谷は小柄な体に怒りを満載した表情で詰め寄る。しかし、相手はのらりくらりと身を交わすだけだ。
 「諸君の言う異常な事件。それが確かに起きている事は分かっている。だが、その実体は二月の例の不祥事から起きた妄想だ。それとも何か確実な証拠でもあるのかね。それがないのでは学校としては動くわけにはいかないね」
 「証拠! 確実な事件! それが発生する前に予防策を練る事こそ、あなたの仕事でしょう!」
 「井土谷君。君も責任ある地位だ。しっかりしてくれねば困るね」
 井土谷はらちがあかないと知ると切り札を出した。
 学校を救おうと孤軍奮闘中の生徒会長。学校側はもちろん、生徒会ですら事態の傍観を決め込んでいる中で、ほんの少数ではあるが井土谷に影から支援を送る者たちがいた。部活動委員会のメンバーである。彼等は放課後に集中して起きる怪奇現象を目の当たりにしているのだ。学校側はノイローゼと悪質な悪戯と断定し続けているが、彼等は実際に何度も目撃していたのだ、その目で。
 井土谷は数少ない協力者達が懸命に集めた資料を校長の机の上に広げた。
 写真。新聞の切り抜き。昔の生徒会報。そして校舎の図面。
 校長はそれを見、口をつぐんだ。
 「ご存じのはずです。旧校舎取り壊しの試掘と称されている工事現場。ここにどうして山伏がいるんですか?
 こっちは旧校舎を建て増しした際に起きた<事故>の記事です。そしてこれはその事件に対する、当時の生徒会から全校生徒に配布された冊子。内容は今回の校長のご意見と全く同じものです」
 井土谷は机に両手を置き、校長に詰め寄った。
 「これを見れば明らかです。校長は、いや学校側は事件の裏に異常な存在があるのを知っている。それに対する対応を極秘で行なっている。そして、これは当時の生徒会の記録です。
 12名。12名の生徒が一気に退学しています。不祥事を起こした、として。そしてその全員が同じ会社に就職したことになっています。ところが、この12名。どこにもいません。警察の記録にもないのですが、行方不明であるのは間違いありません。
 そんなに証拠が欲しいですか? それなら、僕はこの資料を公表し、この事件を徹底的に調査します。その結果、今回の事件を明白にする何かの証拠も出るでしょう」
 校長は顔を上げ、井土谷を見つめた。
 「それは脅迫だね。いいだろう。好きにしなさい。だが君が全校生徒に迷惑をかけ、さらに社会的に地位を失う結果になるだけだがね。好きにしなさい」
 井土谷は怒りの視線で校長を射抜かんばかりだ。
 「井土谷君。僕らは相談に来ているんだ。ケンカじゃない」
 声を掛けたのは近藤である。最初の挨拶以来、初めて口を開いたのだ。
 「しかし、向こうが聞く耳持たないのなら、まずは聞く気になってもらおう」
 近藤はいぶかしげな目を向ける井土谷に、意味ありげな表情を見せた。
 その隣で。美咲が下げていたバックからモバイルPCを出して手に乗せたまま起動している。井土谷は近藤と美咲の顔を交互にながめた。
 「一体、何だい?」
 それには答えず、美咲は立ち上がったPCを操作していたが、やがて歩み寄って校長にそのディスプレイが見えるようにして机の上に置いた。
 「ご覧下さい」
 言われて目を向ける校長。美咲が右手を伸ばして画面をスクロールさせる。
 「?!」
 顔色を変えた校長が美咲を見た。
 「どんな情報も完全に隠すことはできません」
 校長は驚愕の眼差しを一瞬にして憤怒の色に変えた。

 三十分後。彼等は奥の建物の最上階にある理事長室に並んでいた。美咲の持ち込んだPCは樫造りの立派なデスクの上にあり、理事長はそれを自分でスクロールさせて読んでいた。しばらくの沈黙。
 「なるほど。面白い話だね。君は才能があるな。この合成写真もまずまずの出来だ。どこかに投稿でもするのかね? 
 しかし、舞台の名前がまずいね。偶然とはいえ、実在する高校と同じというのはね」
 そう言って理事長はPCを前に押して、片づけることを無言で要求した。
 彼はまだ30代の若さである。一昨年、父である前任者からここの経営を任されたばかりだ。
 「さ、校長。君も一緒に考えてあげたらどうかね? 何か別の名前にした方がいいだろうからね」
 話が終わったことを示す理事長。校長はどうしていいか分からずにおどおどしていた。自分で処理できぬと判断したのが間違いだったようだ。
 美咲は机の上のPCをたたみ、鞄に戻した。
 「理事長。どうしても当方の探索を許可しないつもりですね」
 美咲が言う。その言葉は他校とはいえ、経営者に対して生徒がする雰囲気ではない。
 「もう一度だけチャンスを与えましょう。当方の計画に協力なさい。さもなければ業務上過失致死に問われる事になります」
 致死。その言葉を聞いて校長と井土谷が青ざめた。しかし理事長は動ぜず、椅子に深く身を埋めた。
 「今度は脅迫かね? 大したもんだねぇ、その若さで」
 「脅迫、ですか? そうですね、それをしても良いのですが、私は退魔師として来ているのではありませんので遠慮したいところです」
 「好きにしたまえ。脅迫には屈せんよ。当方は即刻名誉毀損で告訴する」
 「了解しました。
 それともう一つ。あなたが契約し、成果があがらなかったという理由で支払い減額をした新稲払魔会ですが。あなたの契約不履行を知り、既に同業者の元締めとでも言うべき錦織家に通知を入れています。もう次には術者の協力は得られません。どうやって納めるのか、あなたの手腕次第でしょうね」
 理事長は机に肘を乗せ、組んだ両手に顎を乗せた。
 「くっくっく。それが脅迫でなくて、何が脅迫かね?」
 「私たち術者にとっては術によって成すことのみが脅迫です。ここは<場>の中。ここに負の力を集めるのは簡単です。あなたはいろいろと隠し事をお持ちの様子。そういった者がまず狙われますからね。ちなみにあなたの胸の護符は私には効きません。その程度のものを避けるのは簡単です。私が道を作れる以上、その護符も、ここの結界も何の力もありません」
 理事長の眉がぴくりと揺れた。そのまま無表情で美咲を見つめる。だがポーカーフェイスなら美咲も負けてはいない。
 しばしの後。「試してみるかね」と、理事長が笑みを浮かべた。
 「その必要はありません。すでに結界が意味を成さない事は明白ですから」
 「そうかね? 私にはそうは思えないが」
 「そうですか? あなたは人を見る目には自信がおありの様子。でも、まやかしを見抜く眼力はないのですよ」
 そう言いながら美咲の姿が薄れて行く。驚愕に目を見張る一同。近藤ですら唖然として見つめている。
 かき消すように。フェードアウトするように消える美咲。と、小さな白いモノがそこにひらひらと舞い、床に落ちた時にはもう美咲の影すらなかった。
 床にあるのは。白い折り紙で折った奴さんだった。
 声もなく、立ちすくむ一同。その途端、扉が開き、美咲本体が入室してきた。
 「この程度の寄り代に侵入される結界など、お笑いですね。気休めにすらなりはしません。
 今のは単なるデモンストレーションです。術者を甘く見ない方がいいですよ。その窓の脇の金庫も、奥の隠し部屋も何の意味もなしません。あなたはあまりに警備に力を費やしすぎたのです。結果、理(ことわり)が揺らぎ、隠さねばという念がこもってしまった。これでは魔性ならずとも霊体ならばすぐに見抜いてしまいます。
 そう。あの池に沈んでいるものもね」
 理事長は顔面蒼白になっていた。美咲を見る目はすでに焦点すらあっていない。その顔を見返しながら言葉を繋げる由美。
 「端的に見て、あなたは悪人です。しかし、少なくとも生徒の命を守ろうとしていたことだけは評価しましょう。それがあくまで自分の経営に悪影響を与えないための努力だったとしても。そして前回の犠牲者の命を救おうと奔放した前任者の行為も一応評価しておきましょう。地位を守るためとはいえ、呪いを解くべく私費をはたいて術者を集めた事は知っています。そのために破産しかけた事も。
 ご存じありませんか? あの時、美咲家からも療術者が四名、依頼を受けて派遣されていたのですよ。今お見せしたデータ以外にも当時の記録がありますし、当の術者自身も存命です。私は美咲本家当主の孫で、筆頭術者。彼等から事実の報告を受けています」
 美咲の冷たい言葉は続く。
 「理事長、あなたの犯した罪は数え切れない程ですね。親子でほとんどの犯罪歴は網羅しているでしょう。ただし、助けられる命を見捨てたことはない。もちろん自分から望んで殺人に関与したこともない。その点だけは評価に値します。ですからチャンスを与える気になったのです。一度だけ、ですが。
 どうなさいます? 理事長」


第四章

 図書室から頭が<す>の状態で解放された加賀壬は着替えてからへろへろと弓道場に入った。だが、今日はもうすぐ超常研の集まりがあるので短期集中で練習しなければならない。加賀壬は倉知先輩がずっと待っていてくれたのを見て、顔をばちん、と叩いて気合いを入れた。眼鏡がぶつかって痛かった。
 「放った後から次の弾をつがえるまでが問題だねぇ。まだリズムが崩れてるもん。
 やっぱり弾を入れた袋を下げてるんじゃ限界あるかな。手探りしてるうちにリズムが狂うんだよね。一発づつ抜けないでしょ?」
 そうか。でも袋以外にどうしたらいいんだろう。
 「ま、今日は時間ね。集合あるんでしょ? 何とかすぐに弾が出せる方法を考える事ね。あるいは、二、三発右手に持つ方法とか、ね」

 加賀壬は倉知たちに礼を言い、同じく早めに連習を切り上げた前原と一緒に超常研に向かった。シャワーを浴びたかったが、その時間はない。
 会室に着くと、もうメンバーが揃っていた。昨日のうちに紹介は交わしていたので、前原に気軽に挨拶を送る仲間たち。
 「朝臣先輩。佐伯隊、揃いました」
 「ん、じゃこれが鍵ね。第二集会室」
 会室を出て、佐伯を先頭に皆一群となって部室棟を離れて会議室に向かう。
 第二集会室は別名小会議室とか、円卓の間とか呼ばれている。名のおこりである丸テーブルを囲んだ椅子が8個ほど。小さい部屋だ。名前は近いが、第二会議室の広さからすると本当に狭い。しかも狭い方が集会室。なかなか妙な状況だったが、それを不思議に思っている生徒はいないようだ。彼等はそこに座り、まずは担当割りを始めた。
 司会役はリーダーの佐伯。書記は山崎である。彼の文字はかっちりとした活字の様で一番読みやすかったからだ。ただ、書くのに時間はかかったのだが。

 HP戦要員は佐伯、山崎。MP戦は北村、加賀壬。治療が昆。これはもう決まっている。
 「で、前原。お前はHP戦だな?」
 「・・・。それが分からない」と前原。
 「実体があるのがHPで、幽霊とかがMPだったな。
 HPなら弓矢も効くだろう。至近距離なら私は一応武術の心得もある。
 MP体というのに会ったことがないからよく分からないのだが、加賀壬宏子に見せてもらった清めの塩、あれが効果あるのなら私にもMP体との戦闘は可能だと思う」
 「塩? どうしてだ?」と佐伯が尋ねた。彼はこの新人がHP戦要員だと思いこんでいたのだ。
 「塩というよりも清めの術法だ。あの清め方なら私にもできる」
 「え? 清めを?」
 佐伯だけではなく、皆がびっくりして前原を見た。そこで加賀壬が口を開く。
 「前原さんのおうち、神社なの。正確にはお爺さんが神主で、前原さん、巫女さんのバイトもしてるし」
 「金はもらえない。だからバイトではない。ま、祖父への家族サービスだな」
 「ねぇ、前原さん、じゃ、清めの塩、作れるの?」と北村が目を見開いたまま尋ねた。
 「塩は分からないが、何かを清められるかという質問ならイエスだ。時間はかかるがな。
 しかし、私としてはこの方が戦力になると思う。昨日加賀壬宏子とも話したのだが・・・」
 彼女は脇に立てかけてあった大きなバックを開け、矢筒を出した。その中から一本の矢をすっと引き抜く。
 「破魔矢だ」
 全員がそれに見入った。話を聞いていた加賀壬もお正月に初詣で買うの以外では初めて見たから。
 一見なんの変哲もない矢。矢羽根が真っ白だという事以外、全然変わらない。
 「どこが違うの?」と北村が皆の思いを口にする。
 「見た目は変わらない。普通に作った矢束を清める方法もあるが、これは、最初から清められた場で育て、切り落とす段階から清め、払いながら作る。だから見た目は同じだ」
 「ねぇもしかして、これ前原さんが・・・」
 「そうだ」
 「ええー!!」と驚きの五重奏がこだまする。
 「どうだろうか、加賀壬宏子。効果あるだろうか?」
 うーん、そう言われてもなぁ・・・。
 「ごめん。やってみないと分からないよ」
 謝る加賀壬。
 「と、いうことは、だ。前原はHP戦は可能、MP戦は未知数ということか」
 「うん。でもね佐伯君、きっとMPの防御は硬いと思うよ。意志が強いからね、前原さん」
 「そうか。なら安心かな」
 「いや・・・。そうでもない」
 そう言ったのは前原自身だ。不思議そうに見返す佐伯に彼女は自分の父の事を語った。最初復讐の為に超常研に参加しようとした事。それを加賀壬と姫に諫められた事。そして考えを改め、ここにいることを。
 「私としては決意は固いつもりだ。加賀壬宏子が待てと言えば、例え父を殺した魔性本人の前でも必ず堪えてみせる。その自信はある。
 だが、魔性は人の心の闇に付け入るという。だから・・・
 すまない。私はそこを狙われるかもしれないのだ」
 そこまでをとうとうと語る前原。
 山崎は思った。素直に話す彼女なら大丈夫だ、と。それを裏付ける様に昆が前原に微笑みを向けた。
 「前原さん。そこまでご自分を理解されているのなら大丈夫ですわ。あなたはご自分の弱みを知っていらっしゃる。確かにそこを狙われるかもしれません。迷わされるかもしれません。でも、あなたなら大丈夫です。きっと最後には魔性の闇を払えます。自信を持っていいと思いますよ」
 「は、はい、ありがとうございます先輩」
 「あ、昆でいいです。私も新入会員ですから・・・」
 「いや、鈴ねえの級友にそれはできません」
 あ、そうなのか。主将もD組だったっけ。加賀壬は初めてそれに気が付いた。
 「えっと、じゃ、昆さん、でどうでしょうか?」
 「は、はぁ・・・」
 「えっと、あ、そうでした、私、お話の腰を折ってしまいました。すみません、佐伯さん」
 「いや、構いません。お陰で俺も前原の事が少し分かってきましたから。今日はフリートークですからどんどん発言してください。
 じゃ、MP戦は未知数ながら期待大、としておこう」
 加賀壬はノートを広げて書き込みだした。数値にしてみようと思ったのだ。
 「えっと、佐伯君のHP戦力を10にしてみよう。んで、MP戦力は新兵器があるから・・・」
 「でもこれもまだ未知数だぞ、加賀壬」と、佐伯は例の清めの塩水をまくナイフを握った。放課後、姫が受け取ってきてくれたのだ。
 「んじゃ、HP10、MP8ってとこかな?」
 「いや、MP6だろう。ナイフはあまり慣れていない。すまん」
 「んっとHP10、MP6、と。山崎君もHPは10として・・・」
 「MP0」
 山崎本人がそう言った。
 「うーん、そだね、攻撃できないもんね。でも0って気絶でばったりー、みたく縁起悪いから、ん〜とりあえず2ね。一回は耐えたしね。じゃHP10、MP2と。北村さんも新兵器で防御力アップだから、HP6、MP10ね」
 「ちょい待ち。MP10は宏子ちゃんだけだよ。あたしは防御からきしだもん。8ってとこかな?」
 「あたしがMP10? そかな」
 「うん。でもHPは2くらいだったね、この前までは。スリング、どう?」
 まだまだと答えるよりも早く、前原の嬉しそうな声が上がった。
 「すごいぞ、至近距離での破壊力はバツグンだ。集弾も上がっている。人間大ならまず外さない」と、前原は自分の事以上に誇らしげに言った。自分自身の事はたんたんと話すのに、事、加賀壬の話題となると声のトーンすら上がる前原。加賀壬本人を除く全員が奇妙な顔つきになって前原の説明を聞いていた。
 「よし。じゃ北村はHP6、MP8。加賀壬はHP5、MP10にしておこう」
 佐伯がそう決定する。加賀壬が山崎のかっちりした字とは比べ物にならない、のびのびというか、大雑把というか、とにかく大きな字でそう書いた時、昆が自己申告した。
 「私はHP1、MP1ですね」
 「いえ、HPは1だとしてもMPは5でしょう。説得に応じる相手かどうか、五分五分で10と1が入れ替わりますから」
 佐伯がそう言うので加賀壬はそのとおりに記載した。
 「さて、じゃ前原さんだ。MPは10かもしれないけど、破魔矢、未知数だから8ね。
 HPはどうかなぁ」
 加賀壬は前原をじっと見た。身長170センチを越すその細身の体は、痩せているというよりは引き締まっているという感じだ。筋肉もあるし、なにより美由美並に反射神経がある。加賀壬はそれを知っていた。だが、問題は戦力だ。
 「弓矢使えばいいんだよね。それと、なんだっけ、ゴンゴリュウだっけ?」
 「厳源(げんげ)流。古武道の、まぁ拳法のようなものだ」
 山崎が顔を上げた。そうか神社って・・・
 「厳位(いわい)神社か?」
 山崎の言葉にうなづく前原。
 「うむ。上厳位だ。祖父が神主をしている。よく知っているなお前。お前も神官の家系か?」
 「ううん、山崎君のとこは武術商なんだって。剣とか昔の鎧とか売ったりメンテしたりしてるのよ。多分それで武道にも詳しいんじゃないかな」
 北村が説明する間も山崎は考えていた。
 「厳源流なら実戦にも十分使える。しかし、確か争いに使うのは・・・」
 「人の争いはな。昨日祖父に相談した。祖父は知っていたよ、私が相談してくることを。この学校に入った以上、そうなるだろうとな。ここの超常研は有名なのだそうだ。全部話したら許可をくれた。あくまで魔性の結界内で、人を守るために使えと釘を刺されたがな」
 「ねえ、そのゲンゲリュウって・・・」
 「突きを主体とした拳法だよ加賀壬宏子。一部掴み技はあるが投げ技や足技はない。基本的に突きのみで闘う。正確には戦うというよりも己の邪気を払うのだがな。そうだな、柔術よりは空手に近いな。うちに昔から伝わる、精神修行の道だ」
 「で、どれくらい強いの?」と北村。
 「分からん。闘ったことはない。組み手程度だからな」
 そうか。ならば試してみるか。そう思い佐伯は立ち上がった。
 「組み手はできんが・・・」
 佐伯は机に立てかけてある木刀を手にした。と、前原にいきなり打ち込みをかけた。風のなる音。ひっと悲鳴をあげる昆。
 しかし、前原は動かなかった。じっと佐伯を見つめたまま。
 彼女の髪に触れるか触れないかという距離で寸止めされた木刀。
 「避けないのか?」
 「殺気がない。避ける必要はない」
 そう言い切る前原。佐伯は急に笑い出した。
 「はーっはっは、そうだよな。そのとおりだ。
 くっくっく。すまない前原。悪かった。
 加賀壬、こいつはすごいぞ。多分俺や山崎よりも強い。なぁ?」
 佐伯の言葉を受けて山崎が頷いて言った。
 「読みも正確だ」
 「ああ。避けはしなかった。動きもしなかった。でも俺の間合いを目で読んだ。木刀が降りる寸前にな。不意打ちをかわされ、バランスを崩した途端反撃され、結果倒れてたのは俺の方だったな、今の手合い。
 参りました!」
 佐伯は深々と頭を下げた。そしてまた笑う。
 「加賀壬、お前すごい奴知ってたな。こんな強い一年がいるなんて、相原部長が知ったら勧誘で大変だぞ、多分」
 「相原とは誰だ?」と首をかしげる前原。確か超常研の代表はミサキだったような・・・
 「男子剣道部の部長さんよ」と加賀壬。
 「男子剣道部? そうか。すまない。私は女だ。男子剣道部には入れない」
 真面目にそう答える前原。と、次の瞬間皆が笑いだしたのが理解出来ない表情で仲間を見回している。その顔を見て佐伯も、他のみんなも、どうやら前原の個性が掴めたような気になった。

 「じゃ前原さんはHP10、MP8ね」
 「うむ。問題は隊列だ」と山崎。
 「先頭は俺。しんがりは山崎。それは不動で行きたい。今までの流れを変えたくないからな」
 佐伯の言葉に北村も加賀壬も頷いた。それは変えない方がいい。そう思っていた。
 「私はやっぱり二番手ね。ライト係だし」
 そういい北村は真新しい警棒を見た。
 「となると三、四、五番手だな。やはり平均的に配置するなら、前原、昆、加賀壬の順か?」
 HPとMPの数値を見ながら案を出す佐伯。しかし、即座に否定の声があがった。
 「それは困る。私は加賀壬宏子の側にいなくてはならないのだ」
 前原だった。
 「何故だ?」と佐伯。
 「私は誓った。加賀壬宏子に従うと。私は加賀壬宏子の従者だ。加賀壬宏子を守るのが私の仕事だ」
 前原は真顔だった。それを聞いた佐伯は少しとまどっていた。彼女が繰り返す「加賀壬宏子」という言葉には「主人」という意味が見えていたからだ。
 「え、えっとぉ、どうしましょ?」
 その加賀壬も困惑しているらしい。それはそうだろう。ちょっと普通じゃないぞ、この信頼感は。佐伯も困惑していた。
 「そうおっしゃるのなら、そうした方がいいんじゃないでしょうか。本人が強く望んでいらっしゃいますもの」
 昆は異常さが分かっているのか分からないのか、にっこりとそう言った。
 「じゃあ、北村、加賀壬、前原、昆、か? うーん、三番手にHPに強い前原を置きたい所だが」
 「前原、加賀壬、昆は?」
 山崎が中間策を出す。佐伯はうなった。何にせよ、六番手にMPへの攻撃力がないのが痛い。ならば五番手は加賀壬か前原。しかし前原はHP戦もすごい。山崎と続けるのは勿体ない。後方戦力のみを見れば昆、前原、加賀壬が妥当か。しかし、昆を前に出すのも・・・ 二番手三番手が共にHP戦攻撃力がないのでは・・・。
 それに、何と言ってもテンポが狂うのだ。昆のテンポには他の誰も付いて行けないから・・・
 前原にしんがりをさせる方法もある。彼女が一番バランスがよいからだ。しかし、初挑戦故、不安要素はなるべくない方がいい。
 さてどうするか・・・。

 会議はなかなか収束を迎えぬままに続いた。しかし、この間に彼等の輪は着実に固まっていたのである。

 「佐伯君、いるかい?」
 三十分ほど経ってから円卓の間の扉を開けたのは朝臣だった。
 「どう、こっちは? 大体は決まったかい?」
 「はい先輩。今、隊列を考えていたのですが。で、どうなりました? 向こうは」
 朝臣は扉を閉じて机の脇に歩み寄った。

 朝臣。本名は宮原信次。名前の「信次」が「しんじ」ではなく、「のぶつぐ」という古風な読み方故、「三位宮之原の朝臣信次卿」と妙なあだ名が付けられていた。高校に入ってからは略して朝臣。彼は特に目立つところのない、普通の学生だ。シュン、サー、元帥。この三人の友達。それだけの関係で超常研に参加した。魔性の被害にあったわけでもないし、当然世の人を救おうと思って来たのでもない。彼は単に友達の手助けをしようと思って来たのだ。純粋に苦労している友人を放っておけなかっただけである。そう、当時その友人であるシュンたちは苦労していたのだ。
 去年、彼等のパーティが現在の形になるまでは様々な紆余曲折があった。というのも、まだ耐魔性戦の手順が完成していなかったからである。去年の三年があまりにかけ離れた個性派ぞろいであったが故に、単独プレーが中心だったのだ。
 そんな中で当時の一年生、つまりシュンたちは苦労のし続けだった。彼等に殿下の真似をしろといっても出来るわけがないのだから。そこで殿下が選んだ教育係が現会長、美咲由美だ。彼女は「只人」である新入生に組織的な戦闘を目標とさせた。人数が少ないが故にそれしか効率的な方法がなかったのである。
 かくして超常研に「バックアップパーティ」、「複数パーティ分業」、「アタックチーム1、2」と言ったシステムが完成した。それまで、殿下の仲間だけが固定の隊を作っていた。これを最も困難な任務に就け、それ以外のメンバーを随時、その任務に応じて臨機応変に組み合わせて探索させていた。これを現在の隊制にしたのが美咲である。
 殿下はその破天荒な性格が生むカリスマで、混沌を束ねていた。
 一方、美咲はその綿密な計算を得意とする知性で、秩序を生み出したのである。
 アヤシイOB連と、堅実な現役の先輩たち。この二つの要素はそこから生まれていた。美咲はこの方法しかないと思っていた。現役会員には殿下の代の様にすさまじい天才は少ない。だが、只人なら只人なりの戦い方がある。それを生もうとしていたのだ。殿下もそれをよしと考えた。

 無敵のヒーローなんていらん。生まれついてのカリスマなんてのも必要ない。
 正しい事に必死でガンバってさえいれば、仲間が助けてくれるモンだ。

 彼はそう信じていた。そういう輪造りには丁度いい。そう思えたのである。
 その代表例がこの朝臣だ。彼には何の取り柄もない様に殿下には見えていた。シュン、サー、元帥というそれなりに個性的なメンツの前ではかすんでしまうこの小男。パニックに陥りやすく、なおかつ優柔不断。確かにそうだ。でも、こいつは仲間を見捨てない。友達の苦労を放っておかない。決して。
 殿下は朝臣の様な会員が入会したのを一番喜んでいた。

 朝臣は机に腰を降ろすと佐伯に右手の親指を立てて「成功」のサインを示した。
 「うまくいったよ。学校同士の暗黙の了解も得た。正規に、と言っても世間には秘密だけど、とりあえず僕らにとっては正規に依頼が来た。大山商業高校の魔性を封じて欲しいとね。
 さっき、美咲会長と近藤会長から連絡が入ってね、聞き込み調査を開始したってさ。夜までにめどを付けて、今夜中に五芒星の位置を割り出す。それさえ分かればゲートもすぐに分かるからね。
 つまりは変更無しだ。君たちアタックチーム2は明日深夜、鹿沼町の大山商業高校への探索に向かってもらう。
 後、今回チーム1のバックアップはシュンが担当になったよ。シュンのチームは明日はお休みだから。明後日に向けて、ね。僕が君らの担当だ。魔性の頑強さによっては同時進行の可能性があるからね。今回は各チームそれぞれでバックアップが付くよ」
 佐伯は頷いてから聞いた。
 「チーム1の方はどうですか? 混成チームと聞きましたが」
 北村も加賀壬もそれが心配だった。やはり一番大事なのはチームワークだから。その点、チーム1は出来立ての再編チームである。大丈夫だろうか。皆それが心配だった。
 「うーん、確かに問題かな? でも、多分大丈夫だよ。君らとあんまり変わらないと思う。確かに君らはもう三回チームプレイを経験している。輪もできてるだろうね。でも毎回メンバーが違う。それでもなんとかなってきたでしょ。だからチーム1の方も大丈夫だよ。
 一年生だけだと僕も不安だけどね、チームリーダーは勝城だから。佐伯は知らないだろうけど、二年の中堅だよ」
 「まぁ、カツキさん? 開田さんのところにいた?」
 開田? 昆の声を聞いて加賀壬は思った。茜ちんのお兄さんかな?
 「そうです、昆先輩。あいつがリーダーです」
 朝臣の声を受け、昆は微笑んで佐伯を見た。
 「でしたら適任ですわ。去年開田さんの所で闘っていた方ですの。開田さんの自慢の副官さん。熱血タイプって言うのかしら、お仲間を盛り上げて頑張らせる人です。あの人でしたらきっと大丈夫ですわ」
 「僕もそう思うんだ、佐伯。それとずっと一緒に組んできた相棒の前嶋だろ、そして三年の渡瀬先輩。この三人が一緒だからね。勝城と前嶋は去年まで組んでいた先輩が引退したからね、今チームを組んでいなかったんだ。で、渡瀬先輩は昆先輩に触発されて入会した天使隊の先輩。
 総計11名ものパーティだから、そう言う意味で混乱が無いといえばウソになるけどね」
 朝臣はチーム2の佐伯隊を見回した。
 「でも、心配いらないよ。勝城も前嶋も僕ら同様の回数、探索に向かってる。特に勝城は昆先輩の言うとおり、実力あるし指揮力もあるんだ。経験豊富なあいつ等がいる。大丈夫だよ。
 それと、佐伯、山崎。お前たちには伝えておこうと思ってさ、来たんだけど。
 ついさっき、病院から電話があったよ。佐々木君、来週退院が決定したそうだ」
 「え! 本当ですか!」
 二人は中学時代のクラスメートの回復を知って喜びの声を上げた。佐々木は最初の挑戦でピアノに不意打ちを受け、入院した時にはこのまま植物人間か、とまで言われていたのだ。喜びに小躍りしそうなのも当然だ。
 「電話で話したよ。君たちが頑張っている以上、退院次第復帰したいって。
 負傷していた金居君も西田君も、もうすぐ復帰する。こうしてね、徐々にだけどね、君たち以外の戦力も生まれつつある。勝城たちも数に入れれば、一、二年混成で全部で三パーティ、組めると思う。その二パーティ分を一つに集中して作ったのがチーム1。今度の結果を基にして二チームに分けることになるんだ。いわばそのための布石という混成チームだよ。しょうがなく集めた余り者の寄せ集めなんて思ったら大間違いだ。
 だから君たちチーム2は安心して自分の任務達成を目指して欲しい」
 朝臣はそれだけ言うとチーム1の様子を見に出ていった。
 「超常研は人手不足だと聞いていたが。結構なんとかなりそうだな、加賀壬宏子」
 前原の言葉に加賀壬が答える。
 「うん。本当に人数は少ないよ。でも手伝ってくれる人もいるしね。
 だから、少ないながらも頑張れば、きっと道はあるよ」


第五章

 「おかしい・・・。あまりにちぐはぐだ・・・」
 大山商業高校の事態の異常さに真っ先に気が付いたのはシュンだった。
 今、彼はそこの生徒会室で、集まっていた膨大な情報をななめ読みした所だ。美咲に並ぶほどの読書家である彼は、目次をざっとななめ読みすることで読むべき本かそうでないかを判断できる。漠然とした多数の事象から、それに隠れた結びつき、すなわち「秘めし縁(えにし)」を見出す能力に長けていた。平たく言えば「カンがいい」のだ。
 「ちぐはぐ? なにが?」
 そう聞いたのは一部の三年女子、学校側の言うところの不良グループからの聞き込みを終えて戻っていた美由美だ。ここの生徒会室はすごく広い。なんとこの校舎の三階、ほぼ全部。接待室に会長室まである。彼等は最初は接待室にいたのだが、資料を持ってくるのが面倒なので、結局記録室と呼ばれる生徒会のコンピュータールームを占拠していた。
 背もたれのない、丸い回転椅子に腰を降ろし、片足を抱える格好でキーを叩いていた美由美が後ろのシュンを見るべく、地面につけている片足を蹴ってくるっと回転した。翻るスカート。その様子を眉をしかめて見ているのはこの部屋の管理者、生徒会副会長の山之木である。
 彼女は自分の管理する部屋の備品たる椅子に、スリッパとはいえ土足のまま足を乗せている美由美に怒りすら覚えていた。
 こんな奴等に頼むなんて・・・。
 彼女は会長の独断で行われた通報に恨みを持っていた。
 その会長。私立大山商業高校三年の井土谷(いどがや)は会長室で美咲と近藤から探索の詳細を聞いていた。
 「ということは今夜と明日の夜、僕らは早めに下校するだけでいいのか? 他に協力する事は?」
 「多分大丈夫だよ。でも、できれば自宅で待機していてほしい。自転車で10分くらいって言ってたよね」
 「うん、駅前だから。では近藤君、僕もここにいてはいけないんだね」
 「生徒会室に?」
 「うん。見届けたかったんだ。できれば、だけど・・・」
 井土谷は神経質そうな細い指先を組みながら、無意識の内に指を動かしている。その背丈は多分160センチないだろう。印象としては頭でっかちのがり勉タイプだ。しかし、彼の母校を愛する心は初対面の近藤にもよく分かった。彼は異常事態が母校に起きていると確信するや、プライドも外面もかなぐりすてて、即座に美咲たちにコンタクトを取ってきたのだ。高校側に、そして生徒会のメンバーの中にも反対者がいたため、彼の独断という形で。
 「君の言う魔性、だったか、そいつの仕業という確証はないんだ。ただ、異常な事は確かだ。調査に来た大学の先生たちが落盤事故で全滅した。それを皮切りに、生物部が飼育していた蚕はたった一日で繭から成虫になって、そしてみな死んだ。屋上で飼っていたインコたちもみんな死んでしまった。池の亀もだ。そして、先週、夜警さんが二人、続けて行方不明になっているらしいんだ。校長は事故で入院したって言い逃れをしてるけど、僕は病院で確認した。入院なんてしてないんだよ。
 次は・・・次は生徒かもしれないんだ!
 僕はリコール覚悟だよ。いや、退学になってもいい。でも、どうしても生徒の犠牲者を出したくないんだ」
 彼は昨日、電話でそう言っていた。この小柄な体につまっている愛校心、そして仲間意識。正しいと思う事を成したのに強い風当たりで孤立している生徒会長。
 「君の気持ちは分かるつもりだ、井土谷会長。僕もうちの生徒に選ばれた生徒会長なんでね。
 でも、探索はこちらに任せておいて欲しい」
 近藤に続き、今まで沈黙を守っていた美咲が口を開いた。
 「退魔師として言いましょう。あなたは邪魔です」
 「美咲、お前・・・」
 「退魔師として、と断ったはずです。近藤会長、黙って聞きなさい。
 いいですか井土谷会長。あなただけではない、この高校の全生徒を校外に、いえ、学校が見えない場所に退去させるべきなのです。魔性は人の思念を喰らう。すなわち、すでにあなたたちの思考、特に負の感情を得ています。我々超常研の挑戦を退ける。そのために最も魔性に被害が少なく、なおかつ後が有利になる方法。それはここの生徒を操ること。
 あなたは意志は強い。でも、奴等はすでにあなたの心を操るなんらかのキーワードを得ているかもしれないのです。昼はこの部屋はあなたたちのもの。でも夜は奴等の領域内なのです。
 その結果、魔性が放つ波動に引き寄せられ、ここの生徒たちが我々に立ち向かってくる可能性があります。それも高確率で。魔性からすれば、それに超常研が負ければよし。もし勝ったとしてもそれでここの生徒を負傷させたのならば、直ちに大人たちを操って負傷事件に仕立てます。結果、作戦級のみならず、戦術級でも勝利します。さらにその行動でさらなる攻撃を防ぐ事もできますから、戦略的にも成功と言えましょう。魔性はそれくらいは考えるだけの知恵があります。
 以上が退魔師として、ここに縁(えにし)、想いのある者を探索中に遠ざけたいという理由です。
 今度は超常研会長として申し上げます。
 今の推察の結果、うちの会員は助けるべき生徒を倒すことになります。この事実が彼等に与えるダメージは士気低下だけではありません。場合によっては人生そのものを狂わせるトラウマにもなりかねません。
 ご理解ください、会長」
 美咲の説明を、目をつむったままずっと聞いていた井土谷は、聞き終えるとうつむいた。
 「分かった。君たちを信じることにしたんだ、指示に従う。
 でも近藤君、美咲君。もしも総てが終わったら、すぐに呼んで欲しい」
 降り仰いだ井土谷は真剣な眼差しで二人を見た。即座に頷く二人。
 その時、ノックがした。
 「篠木原です。失礼します」
 彼はファイルを抱えて、三人の会長に頭を下げた。
 「お話中申し訳ありません」
 「いや、いいんだ。お前の顔を見れば何かあったのは分かるから。
 で、どうしたんだ?」
 近藤は脇にどき、シュンの座るスペースを作った。彼はファイルを開き、集めた噂から選んだ信憑性も高いもののリストを三人に見せた。
 「司書室、屋上、排水棟、体育館、体育用具室、準備室、生物室、音楽準備室、サッカー部室、女子バスケ部室、職員用トイレ、放送室、中庭、旧校舎、1年4組、2年3組、同じく4組の教室、第三校舎の非常階段・・・
 むちゃくちゃです。法則性もなにもあったものではありません。
 しかし、これは単なる流言飛語の類ではなく、裏付けのとれた超常現象です。現在三沢たちが確認している分を足せば三桁に及びます」
 「しかも地理的にも風水的にも秩序がない、と」
 「そうです美咲会長。おかしいですよ。
 これは多分、隠蔽でしょう」
 篠木原が広げたファイルを見る会長たち。
 「固定化されていない。しかも被害もばらばら、か。HP体かMP体かすら分からないな」
 近藤が眉を潜める。
 「まるでるつぼですよ。生徒に被害者が出るのは時間の問題です。特に写真部暗室では、あやうく集団行方不明というところでした。また体育館での事件も同様です。とにかく小規模の超常現象が多すぎます」
 「かといって小規模故に被害も少ないかというとそうでもない。こりゃ、確かに魔性のポジションの特定すら・・・」
 「それが・・・。明白なのが三カ所。
 旧校舎の東階段と中庭です。階段は間違いなくMP体、中庭はHP体。ここと体育館は明白に魔性の巣としか思えないほどの事件発生確率です」
 「しかし、体育館はHP被害、MP被害の双方が出てるぞ?」と、前の方のページを確認しながら近藤が言った。
 「それも謎です。MP体の魔性が生徒を操って戦わせている可能性もあります」
 「あの・・・中庭では夜警さんが行方不明になっている。そこに何かあるのは間違いないと・・・」
 井土谷は肩を振るわせながらそう言った。
 「多分。でも、他の事件に比べてあからさまに怪しいんです。これはもしかすると・・・」
 「罠?」と美咲。
 「その可能性があります」
 「それで、他のはどうなんだ? 罠にせよそうでないにせよ、五芒星である以上、五カ所に魔性がいるはずだが・・・」
 予想していた質問を受け、シュンは困り果てて近藤を見た。
 「今言った三カ所以外、魔性と思えるほどの事件はないんです。この三カ所から五芒星を推定できるんですが、その柱に当たる部分での事象がないのです。予測される中心、つまりゲートのあるべき場所も特定できません。
 一応学校側の記録も調べてみましたが、確かに行方不明になっているのは警備会社の二人だけです」
 「事の発端ははっきりしているのですね、井土谷会長」と美咲が話しを切り替えた。
 「それは絶対に間違いない。あの事故から始まったのは」
 それは今回の発端、大学の調査隊の事であろう。

 大山商業高校の周囲は高台にあり、戦国時代に山城が作られていた。江戸時代にお家騒動から発した内戦があり、幕府からお取りつぶしになるまでの間だが。近所には本丸があった場所に記念公園が出来ている。
 高校の地下に石垣の土台が見つかったのはほんの偶然だった。取り壊しが決まった旧校舎。昭和後期に立て替えられた際に、その地下に城の土台があった事を示す資料が工事会社の記録で発見されたのだ。当時は大して注目もされず、別に文化財でもないので無視してその上に建てたらしい。今回工事を受け持ったのも同じ会社だったため、過去の記録を調べていて分かったのである。
 計画では旧校舎は地下2階、地上5階の校舎に生まれ変わる予定である。その工事には石垣の土台を掘り返さねばならない。そのため、まずどこまで土台があるのかと調査していた工事会社の下請け業者が、大学の調査隊を招いたのだ。たいして歴史的価値のあるものではないと、高度成長期には無視されていたこの城。しかし、郷土史の観点からすればまたとない調査のチャンスである。大学の史学科を中心に、町の郷土史研究家たちのボランティアも募り、発掘調査を開始したのが昨年も押し詰まってからだった。工事そのものは三月に開始される予定だった。それまでに石の分布を調べ上げ、町の予算でその一部を公園に移動して復元しようという計画の第一歩だった。
 それが血にまみれた悲劇で終わったのが2月15日。調査のために旧校舎脇に掘っていた穴が地震で崩れ、調査隊5名、全滅。ずさんな工事体制がマスコミの集中砲火を浴びたのは美咲たちの記憶にも新しい。
 この事故の後、工事会社は本腰を入れて広域調査を開始、周囲に試掘を始めたのが三月に入ってからだ。春休みも利用して徹底的な調査が行われたはずだ。しかし、それから二ケ月近く経つ今も、工事はほとんど進展していない。試掘もままならない状態である。工事を請け負った会社が次々と辞退してゆくのが原因だった。

 その頃。噂が流れ出した。校内のあちこちで起きるポルターガイスト現象。黒板に写った人の顔。中でも新学期開始早々、全校朝礼中に、校長の真上に現れた巨大な生首の幻影は生徒を恐怖のどん底に陥れた。
 生徒会長井土谷は早速生徒会の意志をまとめ、学校側に対策を講じるように要請した。しかし、学校側は手の込んだ悪戯であるという調査結果を発表し、犯人は名乗り出ること、という張り紙を張って総てを終わらせた。だが事件は続いた。
 ここに至り、井土谷は噂に聞いた「仕事人」に依頼することを提案した。幸い、彼等超常研のある高校には、井土谷の中学時代の同級生が通っている。連絡先はすぐに入手できた。ここに電話すればよい。そこまでの準備を行なってから井土谷は生徒会の役員達に相談した。臨時生徒総会を行い、学校側を糾弾し、それでも効果が上がらないのならば超常研を呼ぼうと。しかし、今度は生徒会役員がそれに反対した。
 二月の死亡事件でマスコミの餌食になったばかりである。生徒の心を煽るのはよくない、と。明白な証拠がない以上、警察にもちこむのも無理である、と。
 明白な証拠? 生徒が死体で見つかりでもすればいいのか!
 井土谷の怒りの声もむなしく、生徒会は動かなかった。彼等は既に学校側から脅しとも言える勧告を受けていたのである。

 あの落盤事故以来、学校の人気は大きく下がった。入学辞退者も増えた。このままでは学校を維持すら出来ない。
 もしもさらにもめ事があったのなら、廃校もやむをえない。マスコミの注目を集めたりしないように、生徒の軽はずみな行動を押さえるように。

 こうして井土谷は単独で闘う事になった。だがのらりくらりと避ける相手にはノレンに腕押し、ヌカに釘。井土谷は最後に独断で超常研へ連絡したのだ。今、彼の協力者は部活動委員会だけだった。それも大っぴらにはできない。あくまで影の支援者である。
 しかしながら一番恐怖に近い場所にいる部活のリーダーたちは真剣に噂を集め、文字通り井土谷の耳となり、目となって膨大な資料を集めてくれた。それが今テーブルの上にあるファイルである。

 美咲はファイルを眺めながら考えた。無数の事象。明白な三カ所の魔性。これはこれまでの事件とは違う、何かの要素が絡んでいる。美咲は自分のサブノートパソコンに入っている写真を思い出した。
 腐った槍。古びた矢尻。
 地震で圧死したはずの調査隊員の本当の死因である。警察も収容した病院も極秘にしていたが、鑑定に呼ばれた当地の専門家は当然ながら近隣一の旧家、美咲家の親しい協力者でもあった。そのため、その縁を見る事を依頼されていたのである。その時には分美咲の術者が「見」、時の膨大な密集を見出していただけだった。専門家たちの意見ではここまで腐った槍では殺傷能力はない、ともあった。しかし、その腐った槍を人体深く、形を留めたまま差し込む方法も不明のままだった。結局は地震で圧死とされ、「些細な事象」は抹消されたのだ。

 「どうする美咲。もう少し調査した方がいいんじゃないか?」と近藤が真剣な眼差しを向けた。シュンがそれに続けて答えた。
 「それはそうですが、時間がありません。今まで犠牲者が出ていなかったのは、各クラブが自主的に対応していたからです。決して一人になる時間がない様にしていたからです。でも写真部の例を挙げるまでもなく、このままでは一クラブ全員が消える可能性もあります。
 時間がありません、会長!」
 会長たちは顔を見合わせた。やがて美咲が口を開いた。
 「超常研は人命を最優先とします。
 予定通り今夜調査を行い、明晩、チャレンジを決行します」


第六章

 「なんだかおかしいよぉ、ここ」
 真由美が眉を潜めてそうつぶやく。
 「違和感。そんな感じね」と由美が答えた。
 二人は深夜の第三校庭をじっと見つめていた。この商業高校には四カ所もグラウンドがある。普通科と商業科、そして男子部と女子部に分かれていた時代の名残だ。主に一般生徒が使用するのは第一と第二。残りは各部活が共有しているらしい。
 二人は美咲の揺らし気の術法をまとったまま、魔性の結界のほつれを探していた。五芒星を描く結界は当然ながらそれぞれの重なる部分がある。普通なら全てが重なった場所にゲートがあるのだが、完全に図形どおりに位置するとは限らない。結界、つまり<場>の歪みももちろんそうだが、単純に地脈だけでもずれが起きるのだから。
 しかしながらそれでも五芒星の中央付近にあるのは間違いない。
 だが。
 この商業高校を手中に収めようと暗躍する魔王の隠れ家はその付近のどこを探しても見つからなかった。五界までも見通す真由美の目、由見の力を持ってしても。
 「おかしいよぉ、絶対変だよ、ここ」
 「明白な魔性の波動が三カ所。でもほぼ直線上に位置してるわね。やはりめくらましかしら・・・」
 由見は周囲を見据えながらつぶやいた。
 「分かんない。でもね、由美ねぇさん、それ以上にね、ここの結界、おかしいよぉ」
 由美はその言葉に年下の叔母を見下ろした。
 「結界?」
 真由美はさらに眉を潜めて頷いた。
 「うん。なんて言うのかなぁ、揺らいでいるの。動いているの。固まっていないの」
 隠れた縁(えにし)を見て取る「由見」の力。美咲由美にはその血は現れなかった。しかし、その半面、強大な術力を有している。若くして美咲家筆頭術者の地位にあるほどの。だが、今回のような場面では「見鬼」の力のない由美は只人と大差ない状態だ。
 「だめね。術では何も分からないわ。ただ・・・」
 「ただ?」
 「揺らぎがあるのは分かるわ。混沌ね。その中心が見える? 真由美」

 「体育館・・・。中庭・・・。それにあそこの古い校舎」
 しばらくしてから真由美が指さした三カ所。そこはすでに魔性の巣ではと黙されている場所だ。
 「やはり、まず仕掛けないとだめね。せめてもう少し時間があれば良かったのだけれど」
 由美はこれ以上の探索を諦め、右手を伸ばして真由美の腰を支え、しっかりと寄り添わせた。

 瞬時、風が辺りを吹き抜けた。次の瞬間、二人の姿はかき消え、後には折り紙で作った奴さんが二つ、ひらりと舞い落ちるだけだった。


 第七章

 明けて金曜日。いや、正確にはもうすぐ土曜日になろうという時刻。大山商業高校の裏門付近は静かながら異様な活気に満ちていた。そこに集まっている生徒は30名を越す。なにしろ今回はアタックチーム1だけでも11名もいるのだから。
 裏門から少し離れた場所にベースのテントが張られており、今、チーム1は副会長篠木原からの最後の訓辞を受けていた。彼等の突入は目前である。
 一方、今回の主戦力、チーム2は裏門のすぐ脇で校舎など建造物の配置をしっかりと目に焼き付けている所だ。貰っていた地図を参照しながら、校内のどこに出ても目的地の方向が分かるようにしなくてはならない。なにしろ結界内には空がないのだ。当然月も星も、方位の目安になる周囲の建物も見えないのである。見えていたとしてもダミーである。手慣れた魔性ならそれくらいすると言う。

 「最初の目的地は中庭だったな、加賀壬宏子」
 前原がその鋭い視線を校舎の間に注ぎながら確認した。
 その視線の下。前原よりも頭一つ分は優に低い加賀壬もうなづきながら中庭の辺りを見つめていた。
 その背中。いつものミレーのバックの上に覆い被さるような大荷物。フレアである。あまりに重く、首が痛くなるので今はヘルメットごと外してあるのだ。
 「体育館の魔性が倒れたら、一時的に結界が消えるから。そうしたら私達の出番」
 くるっと振り向く加賀壬。前原を見上げて真剣な表情を向けた。
 「今回、行方不明者はまだいない。だから、多分妨害者の中に生徒はいないと思うよ。でも、もしかしたら操られている人がいるかもしれない。佐伯君の指示に従ってね、前原さん」
 「分かった。お前がそう言うのなら」
 前原は頷いた。いつものポニーテイルではなく、巫女風に後ろでまとめてある長い髪がすっと揺れる。今、彼女はちはや込みの巫女服に身を固めている。背には弓袋と矢筒。胸にはちはやの下に弓技用の胸当てを付け、こぶしにだけ包帯の様な布を巻いている。腰にも矢筒。たすきに鉢巻きというその姿は巫女というよりも若武者のようだ。前原の表情と全身から溢れるようなオーラがそう感じさせるのだろうと加賀壬は思った。
 その後ろにいた佐伯と山崎は木刀を下げたまま、じっと立ちつくしている。まだチーム2の出番ではない。多分それまでに地形を確認しながら精神を高めているのだろう。北村は装備の確認をしていた。最後の昆は丁度美咲会長と額を合わせているところだった。結界の外からであってもアタックチームの状況を認識できる唯一の方法。美咲が自ら編み出した「八方離心輪」。この八卦板にチーム2メンバー各員の意志を注いで登録していたのである。昆と額を離して、美咲はベースに戻っていった。これで今回のアタックチーム全員の登録が済んだのだ。かくしてチーム2、佐伯隊は何もすることがなくなった。露払い役であるチーム1が体育館を開放するまで、ただ待つだけなのだ。
 「なーんか、手持ちぶさたになっちゃうよね、こういうのって」
 そう言いながら北村はブロワーで、ありもしないレンズの埃を吹き払った。もう六度目だろうか。
 「今は待機がお仕事ですわ。気を引き締めて、なおかつリラックスして待ちましょう」
 そう言う昆だが、傍目には全然気を引き締めているようには見えない。いつもどおり、のんびりしているように見えた。だがその実、握った手に汗をかくほど緊張していたので半分は自分に言い含めている様な発言だったのだが。
 「でもさぁ、何だかこの学校暗いよね。もうちょっと常夜灯増やしてもいいと思わない? こーんなに広いんだからさ・・・」
 北村がそう言って周囲を見回したその時。それは起こった。

 「うわぁあ!」
 「なにあれ?」
 「テントに集合!」
 声。突風。そして漆黒の何か。
 シュンの指示でチーム1のメンバーが転がり込む様にテントに飛び込む。その刹那、何かが周囲をすり抜けた。
 それはほんの一瞬の出来事。迫り来た「壁」は美咲の鳴らす鈴の音に乱され、散らされ、押し戻されていった。
 「な、なんだぁ?」
 元帥の素っ頓狂な声に答えることが出来る者は二人だけだった。
 「け、結界が・・・!」
 「揺らいだ! しかも学校の敷地を越えて!」
 真由美と由美は蒼白だった。あり得ないことだ。五芒星は学校で自然に発生する<内><外>の境界線を利用して張られている。それがほんの数メートルとはいえ、門を越えて襲いかかることなどないはずなのに。
 「会長! 佐伯隊が!」
 朝臣の悲鳴。振り向く美咲の目に、無人の裏門が映った。鈴の音もそこまでは届かなかったのだ。
 「ま、まさか・・・」
 「お、おい、あいつ等まだロープもむすんでなかったぞ」
 「みんな消えちゃった・・・の?」
 「ど、どうしよう・・・」
 口々に恐怖と不安の声をあげた後、皆の目が注目する。美咲に。
 「チーム2全員飲み込まれました。それ以外はここにいるようです、会長!」
 サーの声。美咲はその美しい顔に何の表情も表してはいなかった。しかし、サーたちは悟っていた。今、会長の精神は事態を認識し、限界を超えて思考を組み上げていることを。即座にそれを察した副会長二人は今出来ることをなす事に決めた。
 「シュン、チーム1をまとめてくれ。僕はバックアップをまとめる」
 「よし分かった。勝城、チーム1集合だ」
 二人の副会長がそれぞれに会員たちを並ばせて場を掌握し、飛び散った装備をチェックする中、美咲の思考は今成すべき事を求めていた。

 どうする。どうすればよいのだ?



つづく