長崎くんち【田 川 憲  版画集】 より
版画、文とも 抜粋掲載 

おくんち風景その壱

九月も去って十月に入ると…これは私だけに限らず、恐らく
大部分の長崎人がそうであろうが…
長崎のくんちをまず「肌」で感じるのである。
これは何か一種の動物的本能に似ている。
二十度前後の快い気温、空の深い青、ぷんと甘酸っぱい甘酒の香り、
大きなクリやカキ、人形イモ、または赤い支那花毬の上のろうそく、
傘鉾の間のびした鈴、商宮律の哀愁ある余韻、
そういう卑近な経験と感情の中に、長崎くんち三百年の伝統
うけついできたものがひそんでいるのを悟る。

おくんち初日の宵、清澄な空気に甘酸っぱい甘酒の香り、
踊り町をはじめ惣町氏子の献灯に一せいに灯がはいる。
金屏風と幔幕に映ゆるなまめかしい灯だ。
この日から三日間、長崎は音曲の街と化し、丸山を筆頭に研艶の美を競い
フェミニズムを謳歌する。
哀調あるシャギリの笛は、鳥打帽のお爺さん。あれは古いなじみの顔だ。
少し鈍いバチの音、背中に小太鼓をかつぐ学生帽は、やがて年たけて彼も笛吹きとなる。

おくんち風景その弐

また、圧巻は諏訪入り傘鉾にしたがう町内役付きの服装であろう。
紋付き羽織袴に、ロンドン製山高帽をかぶり、白足袋藤倉ばき、
三社がすむと袴をぬぎ、裾をはしょって唐人パッチで庭をまわる。
蘭和唐人のお出まし、これほどユーモラスで、とぼけて、心温まる異風はない。
この長崎おしゃれ古典版は、なんとか大切にしたいものだ。
元来、唐人パッチは杭州綸子、純中国式仕立てであるが、今は品も手もない。
新地の纏足のお婆さんが一人いると聞いて、私は暗い裏だなを探しまわり、
やっと誂えたこともあった。




くんちは時代の波に押され、年々変容しながら今年もまたやってくる
祭りの果てた九日の夜、それまでの興奮がしだいにおさまって、
家ごとに出された踊り町の献灯の灯が、静かに一つ一つ消えて行く情景を
私はこれこそ本当の長崎の哀愁としてこよなく愛している。


南蛮船渡来屏風図



田 川 憲 版画家
1906年長崎市 生まれ
1967年 没
版画集
「新版長崎風景」「十字架鮫」「浦上原爆遺跡」「長崎の花束」「長崎詩帖」「版画長崎」
「ながさき・おるごおる」「風化の町」「水の流浪」「酔いどれ船」など 多数。


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