夏の長崎にて1998年7月12日、13日


土、日、一泊二日の故郷でしたが、まあ、暑いのなんの−びっくりしました。
蒸し暑くて大変でしたが、浜の町は相変わらず沢山の人の往来でした。
なんだか、帰るたびに人が多くなり町が狭くなった感じがします。
主人と二人旅。楽しい想い出も沢山できました。たくさんの人と短い
時間にもかかわらずお会いする事が出来ました。

長崎空港から長崎駅前バス飛び降りてタクシ−で伊良林の実家へ。
そしてすぐにお墓参り、寺町の三宝寺での叔父の一回忌法事に参列。

親戚の人たち14人との再会、小学校の同級生20人とのワイワイがやがや
高校の時の親友もハウステンボスから、きてくれて久しぶりに懐かしいおしゃべり
に時の経った事を忘れたり、また実感したり−−。

食事は八幡町の「山川荘」。ひらめのお刺し身、ふかの湯引き、野菜の煮物、
あま鯛のから揚げ、煮豆、等など−−おいしかったです。

新地で「ちゃんぽん」
ちゃんぽんの味は、やっぱりお店によって違いますね、今回は 失敗でした。
このお店、よく「食の本」に紹介されていますが。昔の方がおいしかった。

同級生のスナックでは「地元のもんでもなかなか食べられんとばい、こん料理は」
とマスターが薦めていただいた「えそ」のすり身の刺し身とからあげ、
くせの無いやわらかな味の魚でした。
マスターが 私に唄って頂いたのは、前川清の「ふたたび長崎」
ぴったりの選曲、パチパチ…(拍手)
唄の上手な友人ばかりで、次々と、拍手!!!楽しい!
銅座のスナックも午前2時まで 大賑わいでした。

この時間、思案橋付近に沢山の10代の男女が 道の端に座っている光景は
この間まで、無かったような気がしたのですが−−。
毎晩なんだろうか−−とつい、親の気持ちで 心配。

次の日は、朝から雨、丸山から中小島の方へお散歩したかったけど 取りやめ。
ざ−んねん。!
午後から、お天気回復。

雨の思案橋から電車で千歳町の「チトセピア」へ。
母の日本舞踊のおさらい会を感動的に見入りました。パチパチ…(拍手)。
母が舞台で踊るのはいままでに何回もあったけど離れているし、ビデオで
写真でしか、見た事がなかったのです。
母、80才、とても元気できれいでした。
以前、母とカラオケに行った時、懸命に唄う母に目が潤みましたが
今回は、懸命に踊る母の姿に目が潤みました。
いくつになっても、母という存在は いいものですね−−。

千歳町には、はじめて行ったのですが、活気があってびっくり!!
ダイエーもお客さんがいっぱいでした。若い家族が目に付きますし
子供達も元気いっぱい。わざわざ浜の町まで、出かけなくてもここの近くの
人たちは充分満たされる場所に成っていっていますね。
繁華街が浜の町から 移動しているのでしょうか?
「成長している若い町」、そんな感じをチトセ町に感じました。
もっとこの回りの町にも行って歩いてみたいですね。新鮮さがいいです。
ただし、この町の感じは、全国共通のデパート券、全国チェーン町風
長崎観光が目的の人には、お勧めできませんが。

千歳町から 長崎駅前にもどってきました。ここで高校時代の親友と
積もる話しをおしゃべり!
佐世保のハウステンボス町に住んでいる彼女の自宅は
「ハウステンボスヒルズ」の9階、なんと 目の前にハウステンボスの町並みが
展開しているのですって。すご−−−い!
結婚前の、お互いの悩みを打ち明けあった間柄−−、
月日が流れ 事情は変わり
あのころの「若い辛い涙」は、30年経って 「思いで話しの花」。

人生を川の流れに例えるならば、本流が溢れる時、枯れる時、時に応じて
伏流が人生に味わいを与えて本流の流れを見守ってくれる役目をして
くれていると思いました。
本流も伏流も、大事に大事に これからも流れに逆らわず生きていきたい。
そんな、思いを胸に帰ってきました−−。


長崎のみなさん、お世話になりました。どうも ありがとうございました (^^)



「いろんなお話、いろんな人から。いろんな人へ」

私の思い出、あなたの思い出、


1998/07/16

長崎のスナックでの会話から。(長崎弁が混じりますよ)

私・・「ねぇねぇ−こんな事覚えてる?」から話しは始まります。(^-^)

私・・「唐八景に遠足に、よう行ったよね−?」

みんな・・「うん、行った、行ったね−」

私・・「水筒のお茶が無くなったら、お水を売りにきてるおじさんからお水を
水筒に入れてもらったよね−、キャラメル一粒か二粒がお水と交換だったね−」

みんな・・「え−−っそんなん、覚えてない、知らん、知らん、私も知らん、知らんよ
そんげんこと、覚えとらんよ、淑子ちゃんだけ特別やったんやろか−」

私・・「え−−っ、みんなの思い出の中にこれ、なかと?私だけ、−−なんでぇ」

もう一人、離れた場所に居た男性に最後の望みを託してまた同じ質問!!

彼・・「うんうん、売りにきとった、きとった!!。唐八景の近くに住んどった人が
遠足のある日には、わざわざ 水を担いで頂上まで登ってきて、おやつの残りと
水と交換してくれとったね−−、おぼえとっさ、もちろん!」

私もみんなも、この記憶に歓声!!

《良かったぁ−、覚えていた人がいてて。ありがとう!!

私達は脳裏の中に同じ思い出を共有しているといて「関係」やねぇ。


じゃぁ、これは、?この景色はどうでしょうか?

私達が山を下りかけた時、今まで走り回っていた山頂のはらっぱを何気なく

振り向いたら、どこからともなく 沢山のカラスの群れが降りてきていて「カアカア」

えさを探して地面をつついていた景色です。風で 紙屑が ふわっ−と浮き上がり

賑やかだった山が急に淋しさに包まれたように見え、山に「さよなら」と言いました

賑やかさのあとの虚しさが子供心に印象強く今も残っているのですが−−。






誰に会いたい?


「ねえねえねえ、誰に会いたい?」

「え−−っとね、OOOさん、OOOちゃん、そうそう、OOOさんにも

一回会いたかね、どんげんしとんなっとかな、おうたことなかね−」

「あん人、おうたことなか、なか!!長崎には、おんならんのと違う?」

「だいか、知らんと−?OOOさんさ−」

こういう話しから、また話しがはじまっていきます。

東京に行った人、大阪に行った人、行方がわからない人、なかなか会うことが

難しいのです。

「ねぇ ねぇ ね!、同窓会4年に一回を、2年に一回にしたら−−。

元気な間に、何回でも会いたいから−−ねぇ ねぇ ね!幹事さん、大変やけど

考えて、ねぇ ねぇ ね−−」なんて、みんなで 直訴。(笑)


関西
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