「歴史街道の会」六都再見スタディーツアー
明日香村へ

明日香川行き廻る丘の秋萩は今日降る雨に散りか過ぎなむ   丹比国人


2002/10/06 日曜日



明日香と飛鳥、同じ音で字が違う、でも 場所は同じ、なんで違うの?
単純な疑問、解消!
日本書紀では「飛鳥」と記され、万葉集では「明日香」と歌われ、
地名は「明日香」時代は「飛鳥」。

「ああーー、そうなん!知らんかった!

歴史音痴の私が今回は歴史に詳しい歴史街道会員の皆さんと
一緒に明日香村へ行きました。






集合場所は、近鉄吉野線「壺阪山駅」九時到着、私は赤組、赤い札つけて
班ごとにボランティアガイドさん同行で九時半出発、
ぞろぞろ ぞろぞろ、なんか 小学校の遠足みたいで 照れくさい感じ
夫婦で参加の人たちが多い、もちろん私みたいに単独の男女も多い。
初めて出会う人たちばかり、ちよっと最初だけ遠慮がち(笑)
年齢も高いようで大体、還暦過ぎの人たちが多いみたい。
でも 皆さん、お元気!、もくもくと歩く。
静かな町並みに突然、太鼓の音!
「何だろう?何?何??」



あっ、お祭りだーー秋祭り〜





まず、一番目は 光永寺、
お庭の「人頭石」が この写真
横から見ると、「ほんと、人の顔ね」
高さ1メートル位の石像
人間の横顔にそっくりの石像。



子嶋寺



760年、報恩法師によって建立された。高取町では壷坂寺につぐ古いお寺。
門前のコスモスがきれい!。
お寺の本堂へ上がり住職さんから お寺の歴史や寺仏国宝のいわれを聞く。

国宝は 大同元年嵯峨天皇に献上された「飛行曼荼羅」


キトラ古墳



大陸より伝わったとされる壁画、天文図が発見された古墳。
いたみがはげしいのか。こんな風にビニールシートに覆われていた。
一躍有名になった古墳だけど、現実の外側はこんな感じ。
でも内部には、 四神の壁画、現存最古の天体図、星宿図が描かれているのですね、

真夏みたいな日差しで暑い、暑い、
歩く人たちの首にも背中にも汗が流れている。




高松塚古墳

ボランティアガイドさん、お疲れ様です。一枚、パチリ!
高松塚は、昭和47年に鮮やかな男女群像、四神などの壁画が
発見された。日本ではじめての壁画古墳として大変有名。






檜隈寺跡
七世紀の渡来者の寺で、十三石塔などが建立され、現在は跡地に
於美阿志神社が建っている。

飛鳥文化は朝鮮半島や中国からの渡来人がやってきて政治、宗教、技術など
あらゆる面で影響を受けた拠点となったのが、このお寺のある地域。
このお寺の北向かいに中尾山古墳、東南にキトラ古墳、東北に高松塚古墳がある。



中尾山古墳
墳丘、底辺18メーター、高さ6メーターの八角墳



ボランティアスタッフの方の説明を熱心に聞き入る皆さん!
歴史のことに詳しい参加者も多く、質問される人や
熱心にメモを取る女性も。
私は だめ〜、疎すぎて話しについていけない。
少しでも 歴史を勉強してたらよかったと反省〜
もっぱら 写真ばかり撮ってた。



「おなか空いたよーー」
「ほんと、おなか 空いてきたよねー」
「あと どのくらい歩くのですか?」
「30分です、30分で食事です、がんばってください!」とボランティアガイドさんに
励まされた、赤組のみんな(^O^)
そうだ、今まで 何歩歩いたか、万歩計見てみよう!
「うわっ、もう 26、611歩も歩いてる!」と叫んだ私、
うん?なんか おかしいな? あっ、さかさまに読んだ(笑)
ほんとは 11、992歩だった、これは妥当な数字、
皆さんの笑いを誘ったから、失敗も いいさ〜(笑)
あと、3,000歩くらいで「ご飯、ご飯〜」
じゃーがんばって歩こうか〜

途中に川原寺や橘寺を左右に見ながら、テクテク テクテク、



明日香村到着、
明日香村役場の建物も 石の壁風に周囲の景色を損なわないよう配慮されてる。
明日香の中心地です。観光客でにぎやか。



着きましたよーー、ここが昼食の場所「めんど屋」
おなかが空いていたし、とても おいしかったです。二重丸!(^O^)

食事時間30分、食べ終わると即 出発(^O^)

ここから伝飛鳥板蓋宮跡へ歩き出します。
おなかいっぱいだし、元気、元気、遠慮もなくなって今朝、知らなかった人と
お昼ごはんの後は「知人」になった。
おしゃべりしながら楽しく歩く。
 

伝飛鳥板蓋宮跡

空は青空、どこまでも青空、太古へ続くあおぞらーー
ここの場所はどこまでも広く景色がいい〜
一日、空を見上げて ぼーーーっとしてみたい人に、お薦めの場所。

〜〜〜
斉明天皇の宮の跡。
大化の改新の舞台という説が有力。
それまでの宮は萱葺きだったが、この宮は板葺きなので
板葺きの宮と呼ばれた。



酒船石遺跡



大土木工事を好んだという女帝斉明天皇の頃の遺跡で
日本書紀にも「宮の東の山に石を累ねて垣とす」と記される。

入場料三百円、うっ、ちよっと高いのでは と思ったら
パンフレットに遺跡の維持管理の為の協力金としてと記されていた。


最後は「奈良県立万葉博物館」館長、中西 進氏の「和歌の流れ、飛鳥から平安へ」の 講演を聴く。
飛鳥都の原型は渦巻きなんだって、渦巻きの中心が「天子」の場所。
平安京は、中央が「水」で「天子」は南面に位置して背中が北。敗北などのように北は
マイナスイメージが続いていたらしい。
今の時代でも北向きの家は敬遠されるけど。
渦巻きが碁盤の目に変化した都の代表は 京都かな。
講演が終わったら 解散!

万葉文化館内入場、一般展示室では太古の市や人々が等身大の人形で展示されている。

「おじさん、その茶碗 ちょっと 見せて〜」と万葉人と会話。



万葉日本画秋季展「燃える秋」開催中でした。

万葉集にうたわれた恋や秋景色、月、鹿、などの作品見事
特に感動したのは「三輪敦子さん」「吉澤照子さん」「加山又造さん」の作品、
万葉の景色に見惚れてしまう

外は、夕刻に近づいて やっと気温も平常、「抹茶ソフト」を食べて
さあ、帰ろう〜さようなら〜



会費   3,000円
万歩計  歩数  21,435歩


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