特別篇「パリ出張」2000年5〜6月


日乗のページへ
トップページへ
 5月13日から6月1日まではパリに出張であった。仕事内容はとある国際会議に参加するというものがメインであり、これがまるまる2週間、朝から夕刻まで(日によっては夜9時まで)続いたのだった。
 とはいえ、日乗では仕事のことは極力書かないのをポリシーにしているので(本当か?)、ワタクシの仕事振りに関心のある向き(いるのか?)には申しわけないが、その辺ははしょらせていただく。といっても、読者諸兄姉におかれては、仕事はせず遊んでばかりいたなどという誤解をユメ持つことのないようお願いしたい(笑)。

<成田空港にて>
 成田空港の搭乗ゲートへ向かう電車(何と言う名前なのだろう)で、航空会社の職員にエスコートされた5人くらいの一行が隣に立ち、海外からの通信について話をしているので聞き耳をたてる。今回、ホテルからのアクセスに不安なしではなかったので興味があったのだが、有益な情報は皆無。と、その一行にどうも見かけた人がいる。みなラフな格好で、航空会社職員のエスコートと言うと国会議員とか会社のエライサンが頭に浮かぶのだが、大分雰囲気が違う。ええと、この人は誰だったかなぁ、、、思いだせない。
 会話の中にはテレビ局の名前が頻出すると同時に、話題は映画方面へ。ああ、業界の方か、と思って喋っている男の顔を見ると「北野たけし」だった。カンヌへ出発するのだった。至近距離で見るたけしは普通のおじさんであった。
 電車を降りた後、売店へ寄った私はその後一行の姿を見ることもなかったが、それでもゲート付近は芸能レポーターたちで大混雑。もう一行は搭乗したのだから帰ればよいと思うのだが、どうもレポーターたちで情報交換をしているらしい。テレビで見かける人を多数発見。
 ちなみに、最初に「顔を思いだせなかった人」はたけしではなく(さすがにそこまで疎くはない)事務所の森社長とか言う人だということはたけしの顔を見ると同時に思いだしたのだった。

<シャルル・ドゴール空港での再会>
 荷物のベルトのところで赤ん坊を抱いた女性から声をかけられる。一瞬誰だか分からなかったのだが、知り合いのソプラノ歌手であった。96年から99年のパリ滞在時代に留学していた彼女とは何回かオペラに一緒にいったりしたのだった。約2年ぶりくらいの再会である。結婚したことも全然知らなかったので、赤ん坊を抱く姿と重ならず、認識しそこなったというわけ。
 後日、落ち着いてから、オフの日にお茶を飲みにお宅にお邪魔した。ご主人はとても優しそうな方であったのだが、話題が、子供が文化を身につける過程、ユニヴァーサルな文化を体現することの可能性みたいなもので、いやぁ辛かったです。ワタクシのフランス語ではほとんど聞き役になるしかなかったが、ご主人はあくまでも優しくにこやかにしかしその話題を続ける数時間であったのだ。

<久々のパリ、懐かしい場所など>
 昨年11月に2泊の短い出張はしているが、ある程度まとまった滞在は約1年ぶりである。
エッフェル塔の2000年に向けたカウントダウンが終わって新たな深夜の電飾が始まっていたり、ノートルダム寺院の化粧直しが終わっていたり、オペラ座の正面が改修に入っていたり、といろいろ目新しいこともあったが、パリは相変わらずであった。そりゃ、一年くらいでは目立った変化はあるはずもない。街がきれいになったようだ、などと言ってみるのは記憶の中のパリが実際以上にノスタルジックになっているせいなのだろう。ただ、シャンゼリゼ通りのCD店など、一層「国際化」が進んだような気もした。ポケモングッズも多数揃えてあったし。
 昔よく昼食をとったりした韓国料理屋、中華料理屋など顔を出したが、相変わらずであった。また「オー・バスク」という名のバスク風フランス料理屋も再訪したが、店主は顔と名前を覚えてくれており、とても嬉しかった。この席にはワタクシのパリの職場での後任者もいたのだが、きっとこういう関係を構築しようと決意を新たにしたことと推測する(笑)。
 パリの街の交通渋滞も相変わらずで、この「オー・バスクー」へ行く日も非常に混んでおり、そこでワタクシは運転してくれた友人に裏道へ行く指示を出したところ、これがまた詰まっていてという悲惨な状況で、同席の皆さんを40分以上お待たせしてしまうという失態をしでかしてしまった。
 しかし、懐かしい場所といえば、やはりバスティーユオペラ(笑)をあげざるを得ない。チケットのデザインが変わったりしていたが、場内案内のおじさんおねえさんたちの懐かしい顔と再会した(さすがに向こうは覚えていないだろうが)。

<オペラ>
 ということで、オフの時間のオペラである。新旧パリ国立オペラ座で「ノルマ」、「ペレアスとメリザンド」などを見たほか、シャンゼリゼ劇場での「アグリッピーナ」、サル・ガヴォーでの「ミラクル博士」などと珍しいものにもめぐりあえた。
 まだまだ華があり見事なアンダスンのノルマと素晴らしいガナッシのアダルジーザが白眉であったが、時代設定を現代においたヤーコプス一座のヘンデルも楽しめたし、レア度では何と言ってもビゼーの「ミラクル博士」であろう。ロッシーニを思わせる軽快な音楽で始まったが、随所に「ああビゼー」と思わせる響を確認したのは大収穫。もっとも、楽師はピアノ、ヴァイオリン、ベースというトリオ状態ではあったが。これで、ビゼーは舞台5作品を一応制覇した。
 チケットの入手が大変だったろうとご心配される向きもあるかもしれないが、パリのオペラ狂の友人で行く公演のチケットは基本的に2枚買うという人がいて、今回大いにお世話になった次第。考えてみると、自分も滞在中は2枚ずつ買っていたことを思いだすのだが。
 もっとも仕事の会議が伸びて入手したチケットを無駄にした日もあったことは付記せねば(笑)。

<エクスカーション>
 休日には、同じ職場からパリに赴任している同僚たちとかたらって、北部郊外へ車で遠出をした。事故を起こしたりしたこともあるが、フラ>ンスの高速は道も広く気持ちが良くて、運転するのがワタクシは大好きである。ちなみにパリ市内でも、人と車が(自転車も)コミュニケーションを交わしながらあうんの呼吸で通行するところが非常に気に入っている。機械で制御されているわけではないのだ。もちろん、責任は自分でとるわけだが。車同士でも右側優先と言う基本的なルールさえ守れば、実に運転のしやすいところだと思っている。今回も友人の車を運転させてもらって凱旋門広場に突っ込んでいく快感を味わった。
 で、遠出である。
 アミアンの大聖堂、ボーヴェ、コンピエーニュと回ったが、コンピエーニュでは帝国劇場での音楽会に間に合わなかったものの、以前ここで見た「美しきペルトの娘」などのヴィデオを買うことができた(同僚たちはここまで来てそんなものを買っているワタクシの姿を奇異の目で眺めていたことは想像に難くない)。フランスの珍しいオペラを上演するのがポリシーの劇場で、ここでの公演はいくつかCD化されている(ピアノ伴奏の「ペレアス」、フランス語版「フィガロ」など)。また、この町では名物のからくり時計なるものも見ることができ、満足。

<買い物>
 チョコレート、チーズのほか、スーパーでクスクスなど懐かしいインスタント食料品、ハムスターのえさなど結構買いこんだほか、なぜか書籍のクーリエもやらされたので、キャスター付の機内持ちこみサイズのカバンを一つ買う羽目になった(がこれが後日タシケントでも活躍することになる。良い買い物だった)。
 ポケモングッズは大体のものがインターナショナルバージョンで英語版だったのだが、ポケモンカードだけは純正フランス語版だったので、子供たちにはこれを。
 楽譜屋では結構な量の連弾譜を買うが、重いので船便で郵送に。到着までにはほぼ三ヶ月を要した。マイアベーアなど。


このページの先頭へ
日乗のページへ
トップページへ