- 2000.1.16 新国立劇場「ドン・ジョヴァンニ」
指揮:アッシャー・フィッシュ 演出:ロベルト・デ・シモーネ
装置:ニコラ・ルベルテッリ 衣裳:ザイーラ・デ・ヴィンチェンティース
照明:クルト・シェーニィ
新国立劇場合唱団、東京交響楽団
ドン・ジョヴァンニ :ナターレ・デ・カロリス
騎士長 :妻屋秀和
レポレッロ :イルデブランド・ダルカンジェロ
ドンナ・アンナ :ユリア・イザエフ
ドン・オッターヴィオ :グレゴリー・クンデ
ドンナ・エルヴィーラ :パメラ・コバーン
マゼット :稲垣俊也
ツェルリーナ :高橋薫子
ウィーン国立歌劇場との共同制作。ドン・ジョヴァンニの普遍性を示すと同時に目を楽しませる効果も大きな衣装の饗宴が目に付く演出。装置は重厚な部分が多かった。こうした舞台の中ではタイトル・ロールのスケールが小さかったのがやや残念。芝居はうまいが、音楽的にはレポレッロのダルカンジェロに食われた格好。これではどっちが主人でどっちが召使いか分からない(といってダルカンジェロのせいではなく、デ・カロリスにしたところで破綻を来していたというわけではないのだが)。クンデがモーツァルトとしては重たくドン・オッターヴィオとしても単調過ぎたので男声陣の中での一人負けは免れたといったところ。
女声では高橋薫子!声も美しく可憐で、清純ながら蠱惑的な歌いぶりは大変魅力的。彼女が出るなら、という理由で劇場に足を運べる歌手だ。これに比べると、アンナのイザエフは2幕後半のピアニシモなど非常に美しく聞かせたが、今ひとつ。エルヴィーラのコヴァーンは、風邪でもひいていたのだろうか、何とか楽譜を音にした、という感じ。
オケは、破綻もあったようだし単調で重くはあったが、雰囲気は結構「ドン・ジョヴァンニ」らしいものとなる熱演だった。これで、ジョコーソの部分がうまく出せれば、と思う。
- 2000.1.22 東京文化会館 キーロフ・オペラ「さまよえるオランダ人」
指揮:ワレリー・ゲルギエフ 演出:テムール・チヘイゼ
美術:ゲオルギー・ツィーピン 照明:ジェイムズ・インガルス
キーロフ歌劇場管弦楽団・合唱団
オランダ人 :エフゲニー・ニキーティン
ダーラント :ゲンナジー・ベズズベンコフ
ゼンタ :ラリッサ・ゴゴレフスカヤ
エリック :レオニード・リュバヴィン
マリー :オリガ・マールコワ=ミハイレンコ
舵手 :エフゲニー・ストラシコ
色々あったものの最後にはかなり不満が残る公演。歌手は総じて素材としては悪くないと思うのだが、オランダ人、ゼンタなどいかにも歌が粗い。それでいてゼンタは声が大きいのでオランダ人は食われる形に。中で良かったのはエリック。若々しいなかなかの美声で歌もきちんとしていた。こうなるとなぜゼンタは彼を捨ててオランダ人のもとへ走るのか納得いかない、となってしまう。ほかでは舵手が音程等不安定ではあったが声は美しい。全体に「若い」というか「洗練されていない」という印象を持つのは「ロシアだから」という先入観があるせいだろうか。
簡素ながら効果的だった装置には感心した。開幕からノルウェー船の大きな骨組み(博物館にあるクジラとか恐竜の骨格標本を思わせる)が舞台下手半分の中空を占めているのだが、それが実は二重になっていて,幽霊船登場のシーンではスライドすることによって、上手半分の中空は幽霊船の空間となる。この登場は効果満点。が,ここにすべての予算を使ったのか(?),後は特に見るべきものはなし。演出全体としても,幽霊船の合唱の部分でゾンビ集団の登場,幕切れのゼンタの下手奥への走り込み→スクリーンの向こう側でのシルエットによる昇天,など,ちょっと頭を抱えてしまう。この最後の部分のせいで全体の印象が一気に不満側へ振れてしまったような気がする。「洗練されていない」という印象を持つのは「ロシアだから」という先入観があるせいだろうか。
オケは,個々の奏者の技量は高くないようだし、楽器もあまり良いものではないかと推測するが,熱演。ゲルギーエフの指揮のもと,多彩で濃い表情付け(特に第二幕は素晴らしい)を見せていた。また、序曲が全くつまらなかったのもオペラのオケらしくて嬉しくなってしまう。ただ、ゲルギーエフの指揮については,舞台も含めた全体を見渡したものではなくピットで完結してしまうような印象を持った。それはそれで得難いものではあるのだが。
- 2000.1.28 NHKホール キーロフ・オペラ「運命の力」
指揮:ワレリー・ゲルギエフ 演出:エライジャ・モシンスキー 美術:アンドレイ・ヴォイテンコ
衣装:ピーター・ホール 照明:ハワード・ハリソンス
キーロフ歌劇場管弦楽団・合唱団
ドンナ・レオノーラ :イリーナ・ゴルディ
ドン・アルヴァーロ :ゲガム・グリゴリアン
ドン・カルロ :ニコライ・プチーリン
プレツィオジッラ :マリアンナ・タラーソワ
グァルディアーノ神父 :ゲンナジー・ベズズベンコフ
フラ・メリトーネ :ゲオルギー・ザスターヴニィ
カラトーヴァ公爵 :グリゴリー・カラセフ
村長 :エフゲニー・ニキーティン
トラブーコ :ニコライ・ガシーエフ
軍 医 :ユーリー・ラプテフ
クルラ :スヴェトラーナ・ヴォルコワ
ゴルチャコーワのキャンセルと言うことはあったが、それを除いても不満が残る公演。大きな理由は、ゲルギーエフの指揮が多くの部分で舞台の上を顧みずに進み,歌手を歌わせられなかった点にあると思う。ワーグナーであれば,オーケストラの充実という点だけで評価できなくもないのだが、ヴェルディではそれは厳しい。その結果かあるいは他に理由があるのかは分からないが、ゴルディの取り柄といえば声の大きさのみであったし、グリゴリアンも理由は分からないものの場違いな感じ。メリトーネは愉悦感に乏しく、といった具合。
もう一つの不満は舞台装置。キーロフがこの作品をやる、ということは初演劇場としてのこだわりというのが一つの上演コンセプトというか「売り」になるのだと思うが、初演時のものを復刻(?)した今回の装置は下手な田舎芝居の書き割りのようでお世辞にも誉められたものではない。失敗であると思う。そのせいかどうか場面転換に多くの時間がかかり、せっかちな現代人としては少なからずイライラさせられた。もっとも装置がちぐはくな印象を与えたのはこの会場の舞台の間口の広さによるところもあると思われるので,引っ越し公演共通の問題ではあるのだが。
批評家ならば,今、キーロフがこの作品を上演することについて文化史観点からの意義を見つけてくるのかもしれないが、ただのオペラ・ファンとしては,わざわざ日本まできてヴェルディなぞやらなくても良いのに、と思ってしまう。劇場は単にロシア・ソヴィエトのレパートリーではないことを示したいのかも知れないし、興行側としてはイタリアものも含めた方がメリットがあるのかも知れないが、翌日の「スペードの女王」とこれだけレヴェルに差があるのだから、いっそ、ロシア・オペラ攻めにして貰った方がどれだけ良かったことか。。。もっとも冒頭に書いたゴルチャコーワのキャンセルという不測の事態があったことには同情するが。
- 2000.1.29 神奈川県民ホール キーロフ・オペラ「スペードの女王」
指揮:ワレリー・ゲルギエフ 演出:アレクサンドル・ガリービン 美術:アレクサンドル・オルローフ
衣装:エレーナ・ザイツェーワ 照明:グレブ・フィリシチンスキー 振付:エドワルド・スミノフ
キーロフ歌劇場管弦楽団・合唱団・バレエ団、TOKYO FM少年合唱団
ゲルマン :ウラジミール・ガルージン
トムスキー伯爵 :ゲオルギー・ザスターヴニィ
エレツキー公爵 :アレクサンドル・ゲルガロフ
伯爵夫人 :イリーナ・ボガチョーワ
リーザ :イリーナ・ロスクートワ
ポリーナ :ラリッサ・ジャチコーワ
マーシャ :スヴェトラーナ・ヴォルコワ
プリレーパ :オリガ・トリフォノワ
チェカリンスキー :ニコライ・ガシーエフ
スーリン :エフゲニー・ニキーティン
ナルーモフ :ゲンナジー・ベズズベンコフ
チャプリツキー :ウラジミール・ジヴォピスツェフ
家庭教師 :オリガ・マールコワ=ミハイレンコ
式典長 :ウラジミール・ジヴォピスツェフ
ミロヴゾール :ラリッサ・ジャチコーワ
ズラトゴール :ゲオルギー・ザスターヴニィ
キーロフ・オペラの本領発揮と言うべき素晴らしい公演。前日との差に驚かされる。
まずはガルージン。この役柄にぴったりの声で役になりきったような迫真の歌唱・演技。素晴らしい。他の歌手も脇役まで非常に充実しており、この劇場の層の厚さを感じさせる。
オーケストラも絶妙なピアニシモ(特にクラリネット)から強靱な炸裂(金管、打楽器)までの幅広いダイナミクス,多様な表情と深い激しい表現に魅了されたが,今日がこれまでと違うのは、歌手たちとオーケストラが常に一体となって音楽を進めていた点。イタリア、ドイツものと曲が本質的に違うのか,演奏者たちにとってアプローチが違うのか、それとも結局はこなれ方の問題なのか、よく分からないが、とにかく素晴らしいものだった。
また、舞台が素晴らしい。ロバート・カーセンを思わせる,白と黒のカーテンを巧みに使い、また、様々な方向からの照明効果を生かした舞台構成と転換。牧歌劇の緑(幻想的な光の効果!),夏の庭園の青、伯爵夫人の死の場面のオレンジ色,賭博場の赤と緑(前の場からの一瞬の転換が素晴らしい)などなどの場面ごとの効果的な色使い。見事であった。
大満足。
- 2000.2.26 新国立劇場「セヴィリアの理髪師」
指揮:アントニオ・ピロッリ 演出:粟國淳(原演出:ピエールフランチェスコ・マエストリーニ)
舞台美術:川口直次 衣裳:パスクアーレ・グロッシ
照明:奥畑康夫
新国立劇場合唱団、東京交響楽団
アルマヴィーヴァ伯爵 :五郎部俊朗
ロジーナ :高橋薫子
バルトロ :久保田真澄
フィガロ :牧野正人
ドン・バジリオ :三浦克次
ベルタ :森山京子
フィオレッロ :有銘哲也
隊長 :中村靖
主役3人がなかなか良く,十分に元の取れた公演。今までに見た(といっても3回目だが)この演目の中では一番良かった。
特に高橋薫子は,ウェットなロジーナを認めるとすれば(私はOK)大変素晴らしい出来。牧野正人は1月の「四季」の時とは別人のようなめざましさ。こういう役でこそ生きるのか。五郎部俊朗も,流石に幕切れ直前のアリアではキズなしとは言えないものの魅力的な美声も含め満足。こうなるとガナッシ/ブレイク組とも聴き比べてみたいものだった。
演出も若干説明過多でごちゃごちゃウルサイものではあったが、「まともな」演出を初めてみられたのは嬉しい。ただ、一幕幕切れの混乱は音楽に説得力が欠けただけにとても長く感じた。
問題は指揮とオケ。オケが重いのは仕方ないとして,速いアンサンブルが整えられないのは指揮者の責任のように思う。弾けないわけではない(多分)し,歌えていないわけではないのだから。指揮者が弾いたフォルテピアノは遊びたっぷりで良かったが。
最後に、まあ無理だろうが、こういう曲はお相撲のように一杯飲んでお弁当でも食べながら見たいものなのだが。。
- 2000.3.12 東京文化会館 藤原歌劇団「椿姫」
指揮:アラン・ギンガル 演出:ペッペ・デ・トマージ
美術:フェッルッチョ・ヴィラグロッシ 衣裳:ピエール・ルチアーノ・カヴァッロッティ
照明:奥畑康夫
藤原歌劇団合唱部、東京フィルハーモニー交響楽団
ヴィオレッタ:マリエッラ・デヴィーア
アルフレード:オクタビオ・アレーバロ
ジェルモン :ダヴィデ・ダミアーニ
フローラ :永田直美
ガストン :松浦健
ドゥフォール:久保田真澄
ドビニー :三浦克次
グランヴィル:矢田部一弘
アンニーナ :家田紀子
ジュゼッペ :於保郁夫
使者 :立花敏弘
召使 :井上白葉
主役中でまともに聞けるのはヴィオレッタだけというプリマドンナオペラ(嘘)状態。そのデヴィーアに「ドラマティックではない」と難癖を付けるのは無い物ねだりとは知りつつも。。。
- 2000.4.15 サントリー・ホール・オペラ「仮面舞踏会」
指揮:ダニエル・オーレン ドラマトゥルグ:レナート・ブルソン
衣装・舞台美術:ティタ・テガーノ ライティング・スーパーヴァイザー:吉井澄雄
東京オペラシンガーズ/藤原歌劇団合唱部、東京交響楽団
リッカルド :ニール・シコフ
レナート :レナート・ブルソン
アメーリア :ミシェル・クライダー
ウルリーカ :エレーナ・ザレンバ
オスカル :天羽明恵
シルヴァーノ :杉野正隆
サムエル :カルロ・ストゥリウリ
トム :清水宏樹
判事 :上原正敏
アメーリアの小姓:干川修一
なかなか満足できた公演。主役級5人を満足度の高い順に並べると,やはり一番はブルソン。声が流石に足りないが、歌のうまさと感情の表出は抜群で,第3幕の「お前こそ心を汚すもの」は当夜最高の聞きもの。次はザレンバ。カルメンあたりではどうにも役とのギャップの大きさを感じるほの暗い声がここではぴったり。シコフは相変わらずの疲れ・弱さの方向に冴えを見せる演技と歌唱で役のキャラクターにぴったり一致しないながらも小屋の小ささに助けられたといったところか。天羽はまずは十全。不満の方が大きかったのはクライダーだけ。声の大きさですべてを覆うのはやはり無理ということ。もっと大きいホールなら真価を発揮(?)するのかも。
指揮は「熱い」点は認めるが,燃えれば良いと言うものではないと思う。いかにも粗く,ちょっとついていけない。ある意味「イタリア・オペラらしい」かもしれないが。
- 2000.6.17 新国立劇場「リゴレット」
指揮:レナート・パルンボ 演出:アルベルト・ファッシーニ
装置/衣装デザイン:アレッサンドロ・チャンマルーギ 照明:磯野睦
新国立歌劇場合唱団/二期会合唱団、新星日本交響楽団
リゴレット :アレクサンドル・アガーケ
ジルダ :アンドレア・ロスト
マントヴァ公爵 :佐野成宏
スパラフチーレ :彭康亮
マッダレーナ :高尾佳余
モンテローネ伯爵 :泉良平
ジョヴァンナ :河野めぐみ
マルッロ :久保和範
ボルサ :村上敏明
チェプラーノ伯爵 :山田祥雄
チェプラーノ伯爵夫人:菊池美奈
小姓 :前田祐佳
牢番 :藤田幸士
苦手なアガーケは相変わらず大きな声でそれだけ。ロストはじっくり聞かせるところになると声の魅力があまりないだけに厳しいが、視覚も手伝って「演じる」ところは見ていられた。それよりも、高音は「いっぱいいっぱい」なものの収穫は佐野。
パルンボはテンポの変化が強引で舞台上とのコミュニケーションが足りず、独りよがりな鳴らし方をしたりで、納得できず。
- 2000.11.23 日生劇場 ミラノ・テアトロ・ピッコロ公演「コシ・ファン・トゥッテ」
指揮:エンリケ・マッツォーラ 演出:ジョルジョ・ストレーレル、カルロ・バッティストーニ
美術:エツィオ・フリジェーリオ 衣装:フランカ・スクワルチャッピーノ 照明:ジェラルド・モディカ
ミラノ市立音楽院/ストレーレル・コシ・ファン・トゥッテ合唱団 ミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団
フィオルディリージ:エテーリ・グヴァザヴァ
ドラベッラ :テレーズ・カレン
フェランド :ヨーナス・カウフマン
グリエルモ :ガブリエレ・リービス
デスピーナ :アッラ・シモーニ
ドン・アルフォンソ:アレクサンダー・マルタ
オーケストラは笑ってしまうほど弾けないところもあったが、静かなしみじみとした(適度に緊張ある)情感の表出など聞かせどころも多数。コンティヌオにはチェロがついていたがこれがなかなか雄弁で悪くない。アンサンブルが乱れがちだったのは指揮者のせいかオケのせいか分からないが、少なくともピットが舞台の邪魔をしていなかったのは評価できる。
歌手はテノールがこの役からすると不似合いな強い声だったのが気になったが、総じて悪くない。声がとびきり魅力的というわけでもなく、声楽的?にうまいわけでもないのだが、人物の感情が歌を通じて大変よく伝わってきた。せりふも達者。
としてみると、やはり、これは「ストレーレルのコシ」だということを確認。シンメトリーを基本とした構成の舞台づくり、簡素だが抽象的ではない舞台装置、場面によっての空間の拡大縮小のセンス、音楽の前奏後奏(時には歌の時も)を利用しての舞台転換からくる全体を通してのとぎれない劇のリズム、上品で美しい色調の舞台、衣装などなど見事なものであった。また、劇中劇であることを強調するために曲の最初と最後に巨大な垂れ幕になっているだまし絵的な背景としてナポリ・サンカルロ劇場の入り口?をおき「枠」を設定したのも、物珍しいアイディアではないが、納得。
歌手たちにつけられた演技も、特に歌っていないときの動きが雄弁だった。第一幕最後の「介抱の場面」でのフィオルディリージの歌がああいうことだったとは。。。
非常に水準の高い舞台であったと思う。
- 2000.12.16 新国立劇場 ソフィア国立歌劇場公演「ラ・ジョコンダ」
指揮:ジョルジョ・プロイエッティ 演出:プラーメン・カルターロフ 美術:サルヴァトーレ・ルッソ
ソフィア国立歌劇場合唱団、管弦楽団
ジョコンダ :ゲーナ・ディミトローヴァ
エンツォ・グリマルド :ボイコ・ツヴェターノフ
アルヴィーゼ・パドエロ:ニコラ・ギューゼレフ
ラウラ :エレーナ・チャプダロヴァ=イッサ
チェーカ :スデフカ・ミネヴァ
バルナバ :イヴァン・コンソロフ
ツァーネ :ビセル・ゲオルギエフ
イゼーポ :ミレン・ボシュコフ
水先案内人・聖歌隊員 :ストイル・ゲオルギエフ
確か昨年だかの新星日響の演奏会形式上演が日本初演ではなかったろうか。それは聞き逃しており、舞台に接するのは初めての作品。珍しいものが聞けて嬉しかったが、2幕以降は30分、30分、20分なので、続けて上演するなどの工夫もいるのではないか。
決してお金のかかっている演出ではないと思うが、橋が分割・移動されて色々な場面を形作り、空間を小さく切り取ったりするのはアイデア。
歌手ではチャプダローヴァ=イッサが美しい声で印象に残る。中低音でめろめろになるものの高音の張りは見事なツヴェターノフ、明らかに盛りは過ぎているもののむらなく広い音域で声の良く出るディミトローヴァなども良かった。問題はバルナバのコンソロフ。予定されていたキャストのプランチェフという人が体調を崩しての代役だったが、一方の雄となるべき役どころなのに全く弱い。なぜか終幕だけは頑張ったが、それ以外はこの人が出てくるたびに頭を抱えなければならなかった。残念。
「時の踊り」の場面のバレエはなかなか楽しめるものではあったと思うが、全体の悲劇の中で浮いてしまって、ドラマとしては緊張が殺がれたが、作品がそうなっているから仕方がないのかもしれない。
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