<手術まで>
入院したのは7月25日。入院というものはそもそも初めてだが、点滴というのも初めて。DCIとかいうレントゲン撮影のためのもの。耳を傷つけて血が固まるまでの時間を調べるなど目新しいものばかり。そのような諸検査?を経て入院する部屋に行ったのは3時間半後。4人部屋であったが、同室の人は比較的元気?な人ばかり。
手術前日の翌日は、胃カメラ、肺機能検査、抗生剤テスト、鼠頸部からの採血などなかなか忙しい。必要なものということで売店でT字帯と腹帯を購入。剃毛を受ける。電極板の関係とかで腹、下腹部の他左太股の一部も。準備万端?で翌日を迎える。
当日は、朝浣腸をした上で9時半頃には手術室に入る。ストレッチャーに乗っているので視界は制限されるが、照明が妙にまぶしくて病院の他の部分とは全然違う雰囲気。それと妙に冷房が強く利いていて寒い。まず背中に3回麻酔の針?を打たれたが、その2発目が痛いの何の。多分私にとっては生涯空前の痛さではないかと思う。その後はガスをかがされ眠りに落ちる。
本人にとっては一瞬後なのだが、実際には約3時間後、物音と(名前を呼ばれたのかもしれない)非常な寒さで目が覚める。手術台からストレッチャーに移される間も歯の根があわず、「寒い寒い」とうわごとのように唱えていた記憶がある。しかし、再び眠りに落ちる。
<術後室>
朦朧とした中で、一晩は術後直後ということで重症患者の部屋(と後で分かるのだが)で過ごすことを説明される。酸素をかがされているほか、鼻から胃へのチューブ、尿管、胆汁の管、背中の麻酔、点滴と色々体につけられたまま一夜を過ごす。
同室の人たちとは勿論お互いコミュニケーションが交わせる状況ではないのだが、非常に苦しそうなうめき声や咳とも痰が絡みともつかない音をあげる人、「看護婦さんお願いしますよ」と延々と言い続ける人(何を訴えているのか不明)などの中、麻酔が覚めた後はなかなか眠れなかった。多分目覚めたのは夜だと思うのだが、時計を見ることができず、今が何時頃なのか皆目見当がつかない。したがって眠れずにいる間や再び目が覚めたときまでの時間の経過が把握できず、いったい1時間が過ぎたのか5分しかたっていないのか分からない。そうすると今の状態が永遠に続くような気がしてきて非常につらく不安なものであった。逆に言えばそれだけ時計に支配された生活を送っているということなのか。。。
翌朝、酸素と胃へのチューブはとれた。普通の病室へ移動させてもらえる。といっても、術前にいた「元気な人」たちの部屋にはすぐに戻れず、比較的ナースステーションに近い十数人の大部屋。ここは、年齢層も高く立ち歩ける人も多くはなく、患者同士話をするでもなく、「元気な人」たちとの部屋とは雰囲気からして大きく違う。たまたま一番奥の窓際だったので気が紛れる。
<経過説明>
病室移動の前か後か定かではないが、医師から手術の経過の説明を受ける。
胆嚢が炎ひどい炎症のために肝臓にめり込むようになっていたため、腹腔鏡での摘出は無理で開腹に切り替えたとのこと。ここまでは予定の範囲だが、加えて、肝臓から十二指腸へと胆汁が流れる総胆管(胆嚢はここから脇にそれたところに胆汁をためるために短い胆管を介してくっついている)にもへばりついているような状況だったため、胆嚢摘出のためには総胆管にメスを入れざるを得なかった。総胆管につけた傷は縫うとその部分が狭窄を招くため、T字型のチューブを入れて当面胆汁を体外に出し、総胆管が再生?してくるのを待ってそのチューブを抜くとの説明だった。腹には腹腔鏡のための4つの穴、開腹した傷に加えてそのチューブが中から出ている(体外で胆汁入れの容器へとつながる)状態なのである。そのチューブを抜くのは簡単(「引っ張るだけです」)なことだが、抜ける状況になるまでは2,3週間かかる(「再生?」を待つため)とのことであった。
2,3週間??
入院期間が当初予定の3倍になったということである。しかし、早く出してくれというわけにもいかないので仕方ない。医師はベストを尽くしたのだから、結果を恨む筋合いのものではさらさらないし。
ということで、退院予定は8月の初めから8月20日頃へと延期され、術後の入院生活が始まったのであった。