2003年3月1日〜10日

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3月7日(金)「同僚人事異動」
 同僚に人事異動の内示があった。4月1日付で島根県への転勤である。ワタクシには何もない。もっとも引っ越しを伴わない異動は、もっと後で内示されるのであるが。いずれにしても彼と同時に動くことはないだろうから、4月以降も同じ仕事という可能性が大である。

 ラトゥルのベートーヴェンは7、8番。


3月6日(木)「カップリング」
 ラトゥルのベートーヴェン、4番と6番。
 ベートーヴェンの交響曲全集はCDで5枚ないし6枚である。6枚の場合には、演奏時間の長い3,6,9番を1枚にして、残りの1,2,4,5,7,8番で3枚使う。そうすると番号順にCDに入れることが可能である。1&2,3,4&5,6,7&8,9と。
 ところが、演奏時間にもよるが、3番と4番の組み合わせは多くCDの収録可能時間を超えてしまい、そうなると、5枚組では、1&2,3&4,5&6,7&8,9という番号順の収録はできなくなってしまう(手元のセットでこれを実現しているのはジンマン盤のみ)。ではどうするか。
 多く取られるのは、1番と3番のカップリングである。長い曲と短い曲の組み合わせというわけ ジンマン盤を除くと手元にある5枚組の全集はすべてこの方式である。9番は1曲1枚というのは良いとして(そもそも現行CDのフォーマットはこの曲を1枚に収めるというところから始まっている)、そうすると、2,4,5,6,7,8の6曲の残りの3枚への割り振り方はいくつかのパターンがある。
 組み合わせとしては、同時に初演された5&6番、ベートーヴェンも対に(?)考えていた7&8番、シャープ系2&7番、フラット系4&6&8番の内から2曲、迫力系の5&7番といったところであろうか。これらのどれかを採用して、残りは残り物ということになる。ワタクシとしてしっくり来るのは2&7、4&5,6&8という組み合わせだったりする。これは、ケーゲル盤で採用されている組み合わせ。それぞれの盤のバランスがよいように思う。


3月5日(水)「自然さの獲得」
 通勤の友は昨日に引き続き、ラトゥルのベートーヴェン、2番と5番である。ある声部を際だたせたり、旋律の歌わせ方に工夫を凝らしたりという工夫が随所に見られるが、それがあざといものに聞こえてしまうことが多かった。

 音楽の演奏というのは難しいもので、楽譜に書かれた音符の長さ・大きさ・高さを正確に鳴らしたものをつなげてもまず絶対に音楽にはならない。いや、まずは、楽譜というものが不完全な記録(というか表現というか)の方法でしかないので、その「正確に」ということ自体、一つの解があるわけではないのだし。
 音の長さからいくと、基本的なテンポの設定にしたって「アレグロ」とか「レント」とか非常に幅がある。その中でリタルランドとかアッチェレランドとかいう指示を受けての加速減速の度合いは人によって違う。また、そのつながりの中で一つ一つの音の長さをどう設定するか(スタカートとかテヌートとか)についても選択肢は非常に多い。
 音の大きさについても、絶対音量はともかく、いくつかの音のつながりの中でそれぞれの音の大きさをどう設定するかは、とても楽譜に「正確に」表せる」のある音そもそもの正解があるわけではない。一つの音の中での時間的経過に伴う音の大きさの変化だって色々とやりようがある。
 一見、一番「正確」に記録されていそうな音の高さにしたって、基本的な周波数をA=440とするのか435とするのかなんてことはともかく、平均律に妥協しない限り、音の高さの取り方は一様に決まるわけではない。旋律的に「正しい」音の高さと和声的に「正しい」音の高さは違ってくるのだから。
 以上のことは、すべて一筋のふしについて言えることであって、これがオーケストラだったりすると、その組み合わせが瞬間瞬間に楽器の数(と言って大げさなら少なくとも声部の数)ごとに選択肢があると言うことなのだ。気が遠くなる。
 もともと言おうとしていたことから、随分話がそれてしまった。言いたかったことは「無表情な」演奏は往々にしてつまらないが、やり過ぎて不自然になってはこれまたダメということだったのだが。で、ラトゥルのこの演奏は、不自然の方に踏み込みかけているかな、ということ。「自然さ」をわざわざ「獲得」しなければならないと言うのも、考えてみれば「不自然」な話ではあるが。


3月4日(火)「たけのこ御飯弁当」
 お昼は、セブンイレブンの「たけのこ御飯」弁当である。春だから。構成は、筍御飯、煮物(高野豆腐、若竹煮)、豆腐煮、鶏照焼(小)、焼き筍、豆腐あん、ひじき煮、である。これにグリーンサラダを付けて、非常に健康的である。ドレッシングはもちろんノンオイルだし。
 セブンイレブンのサラダのドレッシングが別売りになってから、もうかなりになると思うが、これはなかなかのヒットであると思っている。サラダの中身(野菜とか海草とか)が気に入っても、付いているドレッシングが好みでは無いために購入を断念(と言うほど大げさなものではないが)ということはたまに起きる。それどころか、他のおかずの構成によっては、ドレッシングなんて要らない、と言うこともある。こういうドレッシング別売りというのはこの点、かゆいところに手が届くような商品企画で、立派である。

 通勤の友はラトゥル/ウィーンのベートーヴェン交響曲1番&3番。待ちに待った全集の1枚目である。ところが、不幸なことにその直前にエマール/アーノンクールを聞いてしまっているので、穏当な表現にしか聞こえない。いや、別に単に衝撃を求めているというわけでは、もちろんないのだが。


3月3日(月)「不均等」
 夜は仕事で人と会うために本郷へ。

 通勤の友は、エマール/アーノンクールのベートーヴェン1〜3番。どれも十分刺激的だが、一番最初に聞いた4番を超える衝撃は受けられなかった。全体のコンセプトは「不均等」というところにあるのではないかと思う。リズムにしても、それぞれの楽器の音色間にしても。いや、後者はむしろ「多様性」と言うべきかもしれない。とにかく、反グローバリゼーションというか。


3月2日(日)「遠方より来る」
 長野で働いていた頃の同僚が家を訪ねてくれる。当時、彼と共通の上司はなかなかのワイン好きで、よく家からワインを何本か持って来られて、事務所で勤務時間後に宴会などしたものだった。パンとチーズだけ買ってきて。その中には、5大シャトーのような立派なものも含まれることもあったのだった。お陰で、一番好きなワインはラトゥールです、などと彼も私も恥ずかしながら言っていたりしたものだった。その後、フランスでは逆に20フラン代で一番「飲める」のは何だろう、というようなことに血道を上げたりしたわけだが。
 折角の旧友の来訪であるから、その頃に戻って立派なワインを飲んだ、、、わけはない。


3月1日(土)「阿部進」
 横浜まで雨の中とあるシンポジウムに参加に行く。阿部進氏が講演&パネリストとして登場するのだった。氏といえば「チビっ子猛語録」を思い出すのだが、調べてみるとこの本の著者でも訳者でもないようだ。何で記憶の中で結びついているのだろうか。。。

 エマール/アーノンクールのベートーヴェンピアノ協奏曲、4番、5番。特に4番だが、聞くものをこんなに不安な気持ちにするこの曲の演奏というのは他に接した試しがない。


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