2003年1月11日〜20日

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1月19日(日)「またムラヴィンスキー」
 先週土曜日に続き、ムラヴィンスキーの77年東京ライヴからチャイコフスキーの5番を聞く。あらゆる方向に表現の振幅の非常に激しい演奏で、柴田南雄流に言えば高カロリーである。こんなに中身の詰まった音楽だったのかと興奮させられた。

 他にスコットの「夢遊病の女」(61年のフェニーチェ・ライヴ)など。


1月17日(金)「課の旅行」
 ワタクシの職場には親睦会というものがある。多くの場合「課」の単位で一まとまりであるが、今所属している課は約30人からなっている。これだけ大きくなってしまうと、飲み会などは普段は分派活動と言うことになるが、全体行事も時に行われる。今日は「旅行」である。ワタクシが働き始めた今を去ること十数年前には、職場ではこの「課の旅行」というものが一般的だったのだが、今は圧倒的少数派であろう。
 行く先は当然温泉である。30人もまとまれば、バスを仕立てて行けるのであった。まず一風呂浴びて、伝統的な宴会の後、またお風呂に入り、二次会、更にお風呂。翌朝も入ったので4回の入浴である。大満足。


1月15日(水)「香川出張その2」
 今日の仕事先は島である。直島という元三菱マテリアルの城下町で、今は産業廃棄物の処理施設を作るということで話題になった島である。ベネッセが現代美術館なども作っている。高松港からフェリーで50分ほどだが、たまたま、その処理施設(なのか関連施設かよく知らないが)の開所式で朝8時過ぎの船には、報道陣も結構乗っていた。
 道中、高松から一緒に行った関係者に「髭は剃られたんですね」と言われ、ワタクシとしては初対面なので驚いてしまった。関係者には顔が売れてしまっているようで、悪いことも出来ないなあと困ってしまう。

 帰路は新幹線を目指し宇野港へ向かう。直島は香川県ではあるが、本州へは20分ほどで着くところに位置しているのであった。岡山へ行くのに一度瀬戸大橋線に乗り換えなければならないのだが、その間、日の高いのにワンカップを車内(通勤電車風のシート)で飲みながら戦績などを語り合う玉野競輪帰りの酔漢に囲まれたことも手伝って、宇野はメインストリームではなくなっているのだなぁ、と実感。異常に寒く、乗り換え時のホームが辛かった。


1月14日(火)「香川出張」
 朝の飛行機で香川へ。出張なのだ。天草に行ったときに若干手間取った品川駅での乗り換えもSuicaによる精算機でスムーズに(ちょっと並んだが)。しかも飛行機のチェックインが品川駅でできて一安心であった。

 昼食は、当然うどん。ご存じの人も多かろうが、本場讃岐(それも中讃が一番と聞いた)のうどん店は、住宅街というか田んぼの真ん中というか、とにかくおよそ外食の店があるとは思えないところにいきなり存在している。店構えも飲食店と言うよりは民家の軒先に縁台を出して、あるいは座敷に上がり込んで食べるような感じである。聞くと、元々は製麺所であったものが進化したのだそうだ。
 山越という店は行列の出来る有名店らしいが、幸い1時半頃であったせいか道にまでは列は出来ていなかった。半セルフと称する方式で、注文は釜揚げかフツウか、熱いか冷たいか(当然釜揚げで冷たいというのは存在しないが)、サイズ(うどんタマが1〜4まで選べた)を告げ、トッピング(天ぷらとかさつま揚げとかコロッケとか)は自分で勝手にとって乗せる。かけつゆ(熱いの、冷たいの、タダの醤油などの別がある)はあたかも薬味のように別のところにおいてあって、お代を支払った後にかえるのである。ワタクシは、釜たまうどん(釜揚げに卵を落としたもの)の大(うどんタマが2つ)を食べた。滅法うまかった。
 午後の仕事先では、山越に行ったというと「そう聞いていましたから、もっと遅く来られるかと思いました」と言われてしまった。「『釜たま』を食べた」というと「そうでしょう、そうでしょう、あそこは釜たまですよね。」と我が意を得たりとばかりに力強く同意された。


1月13日(月・祝)「成人の日」
 昨年の海の日の時にも書いたことだが、このハッピーマンデーとかいうのはいかがなものか。成人の日というのは、小正月(旧暦の正月15日)に由来することは言うまでもない。この日が新しい年を迎えて最初の満月の日だからお祝いをしたのである。昔は数え年だったから、誕生日ではなく新年に皆が一斉に年をとったので、この日が「成人の日」であるということには大きな意味があるわけである。
 数え年だの旧暦だのはくだらない、懐古主義だ、あるいは復古主義だという人もいるかもしれないが、やはりここには先人たちの長い知恵がある。存外合理的なのである。
 大雑把に言うと月の運行を基に暦を決めるのが旧暦であるが、人工的な照明が十分な力を持っていなかった時代には、月の満ち欠けというのは生活に大いに関連があったし、それだけでなく、潮の満ち干など我々の生活に影響を与えることは決して少なくない。狼男は満月の夜に変身するではないか。
 また、新年というのは、新しい年を迎えての死と再生の儀式の一つである。そんなものなくてもいいと思うかもしれないが、これがないと、人間、澱がたまっていってしんどいのである。社会体制もそうであるが。であるから、その新しい年にみんな揃って年をとるというのは、儀式への参加という意味で重要なことなのである。まあ、正月1日から初売りをするスーパーマーケットがたくさんあるような風潮では、こんなことを言うのも蟷螂の斧に過ぎないであろうが。
 もちろん、誕生日に年をとることも太陽暦も、合理的であることは否定しないが、数え年や太陰暦を、古くさい非合理的なものである、として排除するのも考えの足りない態度である。
 ハッピーマンデー制度というのは、3連休が何らかの経済効果を生むであろうといったような、目先の経済的な利益だけを考えたものであり、こんなものが採用されてしまうというのはまったくもって嘆かわしい。古いものを大切にしないからダメ、ということではなく、なぜそうなっているかの理由について考えもせず、また、無知である輩が、先人の知恵を葬り去ってしまう、そしてそれが許されてしまうということが、徹底的に愚かなことなのである。ルネッサンスは一体いつおとずれるのであろうか。


1月11日(土)「ムラヴィンスキー」
 ムラヴィンスキーの77年の来日公演がCD化された。ブラームスの2番と「マイスタージンガー」前奏曲の収められた盤を聞いた。ワタクシは25年前にまさにその場で聞いた演奏であり(←もちろん自慢である)、非常に感慨深い。
 メインのブラームスは、こんな異形の演奏だったか、と、実は恥ずかしいことに記憶に残っていなかったのだが、ワーグナーの方は、潮が引くようなデクレッシェンドや、たたきつけるようにくさびを打ち込むような金管など、当夜の演奏をまざまざと思い出した。当時は、ブラームスよりもマイスタージンガー前奏曲の方が近しい音楽だったのだなぁ。
 しかし、この音源は放送局録音ではなく、指揮者には内緒でしかし関係者公認の隠密録音?といったものらしい。色々なものがこの世には残っているものだ。

 ほかに、マゼールの50年代の「運命」「田園」(フルトヴェングラーが亡くなって5年後にこんな音をベルリンフィルから出しているのには恐れ入る)、ディ・ステファノのアリア集(ディスキーのもの)、チェンバロ・レヴォリューション(19世紀以降のチェンバロ曲だけのCDで、エレクトリカル・パレードなども所収)、コンヴィチュニーのブルックナー7番などを聞く。

 「世界最高のクラシック」読了。


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