2002年9月1日〜10日

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9月10日(火)「秋の気配、大ビートルズ展」
 ワタクシが不在の間は東京もそこそこ暑かったようだが、今日は朝夕など既に秋の気配となっている。いつ頃から秋になるのかなどということは実は刷り込まれていないが、ちょっと早いのではあるまいか?

 時差のせいで、午後から夕方にかけて泥のように眠くなる。

 「大ビートルズ展」という吊り広告を車内で見たが、何だか変な感じ。もちろん、「大」は「展」にかかるのだが、ビートルズという言葉ともそぐわないような気がする。昔、「大ベート−ヴェン展」というのがあったことを記憶しているが。

 通勤の友は、"Nobody's Jig"と題されたイギリスの古い舞曲集の盤。Les Witches というグループの演奏である。これは、パリのヴァージンの店頭で見かけたのを何となく買った(このジャンルのCDを買うことは非常に珍しい)のだが、当たりであった(アラーニャの「トスカ」とは違って)。早い曲にも歌があり、ゆっくり目の曲にも律動感がある。


9月9日(月)「東京到着」
 帰りも往きと同様、熟睡して、目が覚めたときには既にシベリア横断も終わろうとしていたところであった。
 東京に着いたのは、午後1時くらい。パリと気温はさほど変わらないのかもしれないが、じめっとした湿気の感覚が違うのはいつものこと。職場へ向かう。というか、荷物が一括輸送されているために、一度職場に行かざるを得ないのだ。もっとも荷物の多くは仕事の書類であるから、職場でいったん整理が出来れば、後日家からそれらを抱えて出勤せずにすむのでありがたいが。


9月8日(日)「東京へ」
 夕刻のフライトでパリを発って東京へ向かう。帰りはJALである。今回の出張で始めての日本のエアラインなのだが、客室乗務員の仕事が非常にマニュアル化されている印象を受ける。食事を配るのも、それによってこなされているという感じがする。あまり無駄口を叩くこともなく真面目にてきぱきと進んでいくのだが、これってやっていて本人は楽しいのだろうか?と思ってしまった。「仕事」だから仕方ない、という考え方も出来るが、サービス業、接客業たるもの、そう思わせてしまってはダメだろう。
 もう一つ驚いたのは、機内食のナイフが金属でなくプラスチック製になっていたこと。ハイジャックとかテロとかの防止と関係があるのだろうか?

 機中では、パッパーノが指揮した「トスカ」のハイライト盤を聞く。ゲオルギゥ、アラーニャのコンビが出ているのだが、これが想像以上にひどい。特にアラーニャのカヴァラドッシは、よくOKが出たなぁと思うほどの耳を覆いたくなるもので、このCDは同じコンビがそのまま出演する?映画「トスカ」のサントラらしいが、確かに映像無しではとても耐えられるものではないだろう。6ユーロでたたき売られていたので話のタネにと思って買ったワタクシの負けである。しかし、それにもめげず寝る。


9月7日(土)「パリ2日目、ユーロの問題」
 通貨がユーロになってから始めてのフランスだが、何を見てもものの値段が異常に安く感じられるのには困ってしまう。フィンランドのマルッカは元々馴染みもないので違和感は感じなかったが、フランスではそういうわけにはいかない。単純なフランとユーロの換算以外に問題が大きく2つある。
 一つは円・ユーロの換算率である。どうしても、1ユーロ=100円と大雑把に考えてしまうのだ。もう1割ほど本当は高いのだが、頭の中での第一感の値段は100倍なのである。それによって、安い、と思ってしまう部分がある。
 もう一つはワイン(に限らず他にもあるかも知れない)のことなのだが、これはいささかややこしい。日本とフランスでそもそも一般的な価格帯が違うため、円(=日本でのワインの相場)での高い安いの感覚とフラン(=フランスでの相場)での高い安いの感覚にズレがあるのだ。どういうことか説明する。つまり、日本の酒屋で1000円のワインは高いとは感じない。5000円を超えると流石に簡単には手を出さない。3千数百円というのは高いと思うけれどもたまには良いか、という感じ、2000円くらいまでは深く考えずに買える許容範囲である(もちろん個人差はあると思うが)。しかし、フランスだったら、常飲しているものは20フラン(=3〜400円)くらいであった。親しい友人宅に呼ばれて持っていく場合が40〜60フラン。100フラン(=1500〜2000円)を超えるワインなど簡単には手を出さない。感覚的に日本の相場の約3分の1である。そして、この日仏の相場の感覚はそれぞれ通貨とセットで身に付いている。2000円のワインは気軽に買えるが、125フランのワインはとても普段は飲まない、ということである。
 そこで、酒屋でユーロで売られているワインを見た時、それをフランに換算すれば「高い」と思い、円に換算すると「安い」と思うという不思議な事態になってしまったわけである。


9月6日(金)「ストックホルムからパリへ」
 ストックホルム市内、赤信号で止まった車内から横断歩道でどうも怪しげな動きをしている二人連れを発見。よく見ると、白鳥を追い立てているのである。川というか池というか、とにかく自ら水を上がってきた白鳥が車道の方まで出てきてしまったようで、これをベビーカーのようなもので、水の方へ戻してやろうという奇特な人たちなのだった。
 仕方なく(我々が先頭だった)、信号が変わっても白鳥が逆側に渡りきるまで止まっていたのだが、事情の分からない後ろの車からはクラクション。その追い立てているおじさんが「白鳥なんだよ、白鳥」と怒鳴り返していたとのことである。

 パリは、ほぼ1年ぶりである。心なしか空港から町へ向かう高速の沿道に新しい建物が建ちつつあるような気がする。
 夕食は、カスレが名物の店。ビストロといった構えの気さくな感じの店なのだが、実は、ダイアナ妃が事故死の晩最後の夕食をここで取っていたりする。北欧には北欧の料理の良さがある(と言っておこう)のだが、結構続いたので、ここに来てホッとする感じ。ワインもリーズナブルで美味しいし。

 パリからのアクセスというのは慣れているつもりでいたが、ストックホルムよりも更に進んでおり、テレビにインターネット接続(メールも送受信できるようになっている)が組み込まれている。しかし、残念ながら日本語に対応していない。。。元々パリの情報を調べようと言う宿泊客のためのものなのだろうから仕方ないか。。。
 しかし、何のことはない、電話機にPC用のアウトプットがあり、ここでもアダプタは不要であった。


9月5日(木)「ストックホルム2日目」
 ストックホルムのホテルからの通信には手こずった。ホテル内にLANが張り巡らされていて、各部屋からそこにつなぐと(イーサネット用のケーブルなどは貸してもらえる)、ダイヤルアップ接続よりも早いという触れ込みだ。これは良い、さすがストックホルムはヘルシンキより都会だ、と喜んでみたものの、今回持参のモバギでは使えるのかどうか分からない。ヘルプデスク(ノルウェーだった)に電話をかけて聞いてみると、ウィンドウズCE用のドライバーはないとのこと。残念である。
 しかし、ただ残念なだけではない。PCの接続はそのLANでということになっているので、ヘルシンキのホテルのような「普通の」モジュラージャックの装備は各部屋にはないのだ。ここで、成田で買ったアダプタとモデムチェッカーが役に立った。極性が逆だったので、これがないと通信できないところであった。しかし、つながるのだが、非常に良く落ちる。ストックホルムのAPが悪いのかと思い、昨日までのヘルシンキのAPへ国際電話などしてみる。どうせ隣国だし。その方が多少はつながりが良い(ような気がした)のでヘルシンキへしばらくつないでいたのだが、どうも良好とは言い難い。ということで、気が付いて通信速度を落としてみたところ、途中で落ちるトラブルは解消された。若干、動作は遅くなったが仕方がない。

 スウェーデンといえばノーベル賞なわけで、王立アカデミー、カロリンスカ研究所と2カ所の理系の賞の選考、発表場所を見学する。ここのところ、2年連続日本人が受賞をしているが、さて今年はどうだろうか。


9月4日(水)「ヘルシンキからストックホルムへ」
 ヘルシンキの空港に行く途中の湖のほとりにサウナ小屋があるのを発見。小屋から道をたどると桟橋があり、プールのように湖に梯子が下りている。よく、サウナで体が熱くなると湖に飛び込んで冷ますという話を聞くが、まさに実践の場なのだろう。

 空港のデューティー・フリーではでは、同行者が在住の方に薦められたコスケンコルヴァ(フィンランド産というとよく見る「フィンランディア」より良いとのこと)というウォッカを買おうとしたのだが、行き先がストックホルムでは免税にならないとのこと。その後東京へ向かうのだと主張したが、航空券の提示を求められ、同日のうちにEUを出るのでなければダメとのことであった(確かに今日はストックホルムまでで、東京へ向かうのは数日後)。酒であるから、EU内で飲まれてしまえばそれまでであるから、確かに理屈ではある。しかし、別の同行者(もちろん同じ行程である)は別の売り場で「東京まで行く」と主張して免税扱いをされており、この辺り、人によって対応に差がある部分のようである。内)ではダメとのことである。

 スウェーデンは、ユーロを採用していない。もちろん色々事情はあると思うが、フィンランド→スウェーデン→フランスと回る身としては、不便なものである。とはいっても、町中(我々が立ち回るようなところ)では、ユーロが流通しているのだが。

 夕食はスウェーデン料理。といっても、素材はヘルシンキと大差ない。調理法には若干の工夫があった。
 郊外のこの店では、美しい庭に面した眺めの良い席だったのだが、食事の始まる頃、突然、店内に音楽が鳴り響いた。突然流れる音楽というと、国歌ではないか、とピンときたのだが、でも、なぜ、今鳴り出したのかが分からない。戸惑ううちに辺りを見回すとそこかしこでお客さんたちが起立している。ワタクシ共も誰かエライ人でも来たのかと思いつつ立ったわけであるが、一段落ついてから理由を聞くと、国旗が日没と共に下ろされるところだったのだそうだ。国旗の上げ下ろしがレストランであるのもさることながら、その時に店内に国歌を流すというのも驚きであるが、もともとこの店は、王の離宮?だか何だかにあったという由来があるのだそうだ。
 それにしても、とも思うが、猛スピードで自分でハンドルを握り執務に出勤したり、スペイン国内でスピード違反を起こす(検挙されたのかどうかは知らない)ような、親近感のある?国王とのことであるから、国旗や国歌に対する感覚も自然で日常的なものなのであろう。


9月3日(火)「ヘルシンキ3日目」
 ホテルの前では港で、広場には朝市が立っているのだが(朝市といっても夕方近くまでやっている)、隣接した屋内市場には鮨屋もあったりする。
 ところで、ヨーロッパの鮨屋といえば、数日後、今回の同行者や北欧諸国の滞在者の間で「すし飯が甘くて食えたモノではない」とか「これは日本の鮨とは別のカテゴリーの食べ物である」とか、結構散々な言葉が飛び交った。少なくともパリのまともな店はそんなことはない、とワタクシは反論を試みようとしたのだが、場所がストックホルムでは、じゃあ試してみようと言うこともできず、多勢に無勢で屈してしまった。悔しい。。

 昼、夜とフィンランド料理が続く。魚が主体だが種類も調理法も限られており、肉はトナカイなど。若干飽きてきた。


9月2日(月)「ヘルシンキ2日目」
 時差のせいで4時過ぎには一度目が覚めるが、ちゃんともう一度寝る。

 ノキアの本社を訪問する。展示スペースにあった同社の携帯電話第1号機を見るが、ショルダーバックほどの大きさがあり、僅か20年間での小型化には本当に目を見張るものがある。2号機だか3号機だかは「ゴルバチョフ・モデル」と社内では呼ばれているのだそうで、ヘルシンキを訪れたゴルビーがモスクワにかけた(これが彼が携帯電話を使った最初)という由来のものである。大きめのトランシーバー程度の大きさか、これは。先方が携帯で当方の写真を撮ってくれたので、東京の同僚宛に送っておいてくれるよう依頼する(後日聞くといきなり何の説明もなく送られてきたメールを開けたとたん「エライ人」のアップ写真が画面一杯に広がり、唖然としたそうだ)。
 会社の創立年と同年生まれの作曲家であるからという洒落た説明があって、シベリウスのコンピレーション盤をおみやげに頂いた。特注などではなく、既存の盤(ONDINE)のジャケットににノキアのシールを貼ってあるだけなのだが、センスがいい。

 ホテルの部屋には、電話の他にちゃんとモデムのコンセントがあり、アダプタは不要であった。


9月1日(日)「欧州出張出発、ヘルシンキへ」
 予定通り6時半のバスに乗る。途中船橋辺りでザウスが見える。ザウスは営業をやめたと聞いていたがすぐには取り壊せないのだろうな、と思う(実際には9月一杯は営業だったことを後に知る)。しかし、あのような建物は何か再利用の道があるのだろうか。壊すのはかなりのコストがかかるだろうし、かといって、あのような斜面の建物は何か良い使い道があるのだろうか?他人事ながら気にかかる。

 空港では予定通りフランスとスウェーデンのモジュラー変換プラグを購入。しかし、空港の電気店のこの手の売り場は非常な非常な充実ぶりである。5,6年前にはこのような変換プラグは秋葉原で仕入れていくか、現地調達しかあり得なかったのに。そんなにみんなパソコンを持って海外へ出ていくのだろうか。。。ついつい、モデムセーバー&極性チェッカーと巻き取り型のモジュラーコードを買ってしまう。この衝動買いした極性チェッカーが実は今回活躍することになる(モジュラーコードは封を開けもしなかったが)。

 様変わりといえば、成田の第1ターミナルを使うのも久しぶりである。日本のエアラインを使うことがほとんどだったため、ここのところずっと第2ターミナルだったのだ(今日はフィン・エアー)。そこで驚いたのは、ショップやレストランのコーナーが新装なっていたことである。第2ターミナルよりも新しくて(当たり前か)立派に見える。

 いきなり免税店で買い物といったハプニングはあったにせよ、無事機内に滑り込んだ。機中で隣り合わせになったのは、川崎の植木屋さんで、外国語はかなり意思の疎通に苦労すると思われる(スチュワーデスとの会話を取り持ったのが縁で会話をするようになったのだった)のだが、毎年、同業者だか組合だかで連れ立って海外に旅行しているそうで、西安、ロシア、東欧などなかなか渋いところに出かけていらっしゃる。
 食事後は、エンターテイメントの類には目も触れず、寝る。BGMは持参のミトロプーロスのマーラー9番。およそ6時間ほど眠るともうあと一息である。その昔は映画を見ないと損したような気になったものだったが、この飛行機での移動というのは貴重な睡眠の補給時間なのだ。極端な人では、食事も全部断り、ひたすら寝る人もいるという。ヘルシンキ到着前の食事は断った。

 案の定ヘルシンキに到着後に夕食となった。ロシア料理であるが、トナカイだの熊だのの肉がメニューに載っているところが北欧である。流石に眠い。

 「とんがらしの誘惑」読了。


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