2002年8月21日〜31日

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8月31日(土)「出張準備」
 日曜出発の海外出張というのは初めてかも知れない。土曜日1日かけてパッキングができるのは良いことだ。明日からの出張はエライ人と同行で、こうした場合には荷物受け取りのところで自分の荷物のせいでエライ人を待たせないように、機内持ち込みに荷物をまとめたりするのだが、今回は、とてもエライ人でそもそも荷物は一括管理なのだ。スーツケースを持っていくことにする。

 成田集合が日曜の朝9時ということで、今回は吉祥寺からのリムジンバスを使うことにする。日曜日の朝であれば混雑の危険もないだろうというわけ。6時半吉祥寺発というのが、ちょうどいい。
 昨日電話で予約していたのだが、今日までに発券する必要があり、小田急バスの吉祥寺南口営業所へ。予約番号を告げると電話でどこかへ確認し、手書きで発券してくれた。オンライン化はされていないのだなぁ。

 モバギの設定も済ませ、モジュラージャックの変換プラグを探す。フィンランド用のモノは前回出張した折に求めたプラグが見つかったが、フランス用がなかなか見つからない。スウェーデン用はまた形が違うらしく、それは明日空港で求めることにする。もっとも、最近はホテルにはRJ11のコンセントが装備されていることが多いのだが。。。AC電源用にはマルチ変換のサスコムを愛用している。

 吉祥寺ロンロン内の外貨ショップでユーロも入手。少し前にスウェーデンに出張した知人から譲ってもらったクローナを職場に忘れてきたことに気が付くが後の祭り。が、スウェーデンは二カ国目でもあり、現地調達することとする。


8月30日(金)「英文名刺」
 現在のセクションでは外国人に会うこともほとんどなく、今年はじめの異動以来、名刺はそれまでの日英両面印刷から日本語片面のみとしていた。そのほとんどない機会の折には名刺裏への手書きで済ませてきたのだが、海外出張ともいうとそうはいかない。
 明後日からの出張では名刺屋に頼むわけにも行かないので、パソコンの名刺ソフトで作成し印刷する。というのは嘘でコスト削減のため自作したというわけだ。印刷直後にうっかり触ってしまって黒いスジが付いたりはしたが立派なものである。世の名刺屋さんは失職する日が来るのではないだろうか。


8月29日(木)「チリ人妻」
 クラシカ・ジャパンでは、iio氏が「チリ人妻」とい言葉を報道?でよく見るが、自分は何のことだか知らない、とカミングアウト(?)されていた。ワタクシはやじうまプラスも見るので、もちろん知っている。アニータさんである。が、チリ人妻、という言い方はなかなかすごいなぁ、と始めてみたときに思ったものだった。などと考えているウチに、自分が最近まで読み方を間違えて理解していたことに突然気が付いた。ワタクシは「チリひとづま」と読んでいたのであった。。。芸能通への道は遠い、というかそれ以前の読解力、でもなく、漢字の読みの問題か。

 通勤の友は、昨日の続きで第3,4楽章。


8月28日(水)「AND@NTE」
 通勤の友はカラヤン/ウィーン・フィルのブルックナー8番。第1,2楽章である。AND@NTEのシリーズの1枚。このシリーズもとてもそそられるモノなのだが、3枚ないし4枚組のセットで(ブラームスの交響曲全4曲をそれぞれ2種類の演奏(すべて演奏者が違う)で収めるとか)1枚当たり単価も2千数百円だから、1セット買うと8千円とか9千円である。高い。が、すべて?ライヴ録音であり、演奏会場や音楽祭主催者、放送局などのアルヒーフからの音源のようで、海賊録音と呼ばれるモノとは音質が違うだけに頭が痛い。ちなみに、このセットにはミトロプーロスのマーラー9番とベームの「英雄の生涯」が入っている。


8月27日(火)「モバギのアダプタ(3)」
 昼休みにモバギのアダプタを秋葉原まで取りに行く。昼食にJR駅の横のカレー屋で黒胡椒のポークカレー。店のお奨めだかフェアーなのだかだが案外高い。普通のポークカレーでもよかったか。
 アダプタは入手してみるとあっけないモノ。こんなモノのために二度も秋葉原に足を運んだとは。。。サードパーティのモノがきっとあったに違いない。前回LAOXで「ありません」と断言されたのを信じたのが失敗だった。確かにモバイルギア用のモノはないが、ポケットギアという製品がNECにあるのだが、これ用が使えたのでは無かろうか。まあ、今さら言っても仕方がない。
 帰りは試みに末広町まで歩いて銀座線に乗るが、地上から地下へと潜る口が既に渋谷方面と浅草方面で別れているというのが新鮮な感じがした。

 通勤の友はスークトリオの「大公」。


8月26日(月)「チェコ・フィル」
 通勤の友はクーベリックの「新世界より」。チェコ・フィルに歴史的復帰を果たしたその翌年の「プラハの春」でのライヴ録音だが、この頃のこのオケの状態は決してよくない。優秀な奏者が西側へ流出した時期なのだろうか?旧東ドイツでは統合後優秀なオケの楽員がより好待遇を求めて旧西側の職場へ移っていったという話を聞くが、チェコなどはどうだったのだろう。言葉の問題、生活風土の変化の問題などもあり、ドイツ国内と同列には言えないと思うが。


8月25日(日)「東京へ戻る」
 今日は逆に山の上の総合運動場でフットサルの日。昨日より更に日差しは弱いが懲りて長袖で暮らす。
 4時頃には千倉を出て、井の頭公園には7時頃に着く。復路は渋滞を覚悟したのだがそれほどでもなかった。

 復路の友はドゥ・ビリーの「コシ・ファン・トゥッテ」。


8月24日(土)「日焼け」
 昨夜の雨も上がり、まあまあの好天である。今日はサンドサッカーの日。6時に起きてタープ張りに向かう。砂浜で日の光を遮るものなど無いので、この場所取りはとても重要なのだ。しかし、ピーカンに晴れているというわけではないので、砂が熱いとかそういうことはない。
 始まってしまえば、試合の時間を確認して、コートにちゃんと時間通りに子供を行かせ、ハーフタイムの水補給の手伝いをする程度のモノなので、うつらうつらしながらゆっくり過ごす。
 この夏はこれまで日焼けをする機会は一度もなく、少し黒くなって帰ろうかと変な色気を出したのが間違いのもとだった。無謀にも浜辺で日焼け止めも塗らずに昼寝。。愚か者のすることである。カンカン照りでなくても、紫外線は着実に肌を焼いているのだ。短パンでご丁寧にもTシャツの袖をまくっていたので、普段露出していない太股や肩の辺りが一番悲惨に真っ赤になってしまった。風呂の湯のしみることしみること。昔懐かしいシーブリーズを買ったりする。眼鏡をかけていたために目の回りは日焼けせず、レンズのUVカット効果は確認できたが、逆パンダ状態でみっともない。


8月23日(金)「千倉へ」
 浦和での仕事を終えてから東京に戻り、職場に置いてあった車で9時過ぎに千倉へ向かう。一人なのにアクアラインを渡るという贅沢コースだが、首都高の湾岸線でなく羽田線に入ってしまい、途方に暮れながら夜の10時頃羽田空港方面を散々さまよう。木更津からは、本当は山越えルートが近いらしいのだが、これ以上迷ってはたまらないので海岸沿いを館山へ向かって南下。館山付近での大豪雨の中を千倉に着いたときは12時半を過ぎていた。何とか子供のサッカー合宿に合流。

 千倉行きの友はカラスの「トスカ」。


8月22日(木)「さいたまスーパーアリーナ」
 明日の仕事の打ち合わせに、さいたまスーパーアリーナへ。東北新幹線などからその勇姿は見ていたが、立ち入るのは初めてである。さいたま新都心駅で降りるのも初めてだった。アリーナへの道すがら「ワンピースショウ」をやっていた。見ていきたかったのだが、時間もなく断念。ゴムゴムの技を実演でどうやるのかには非常に興味があるのだが。
 アリーナ館内には、ジョンレノンミュージアムというのがあるのはまだ良いとしても、常設物産展みたいなところがあって、いやぁ、なかなか。

 通勤の友はクーベリックの「プラハ」。


8月21日(水)「amaxa」
 天草2日目である。
 天草はローマ字表記ではもちろん"amakusa"なのだが、これを"amaxa"にしようというアイデアがあると聞いた。素晴らしい。
 ワタクシの場合「あまくさ」と発音すると、「く= ku 」のuの音はほとんど飛んでいる。"amaksa"となる。関西人(と一括りにすると怒られるかも知れないが)はこの母音を飛ばすことをしない場合が多いので、そうした発音を聞くと関西の出身の方かなと思ったりするのだが、それはともかく、"amakusa"をラテン系の外国人が発音すると後ろから2つ目の"ku"にアクセントが置かれて「アマクーサ」となってしまったりして、ワタクシとしてはまことに居心地が悪い。
 五十音は10個の子音×5個の母音からなっていて、ローマ字表記は、この母音子音それぞれにアルファベットが1つずつ割り当てられているわけだが、なかなか実際の発音とは一致しない。
 気取って"x"を使うということではなく、西洋人が実際の発音に近い発音をしそうなローマ字表記にすることは良いことではないかと思うのだが。

 それと関連してということではないが、ワタクシの苗字の一部に濁点を付けるかどうかをよく訊かれることがある。「ナカシマ」なのか「ナカジマ」なのかというのと同じである。実は、これを最初に訊かれたときは、ワタクシは答を知らなかった。というか、今でも本当はどうなのか知らない。父に確かめる機会もなかったので、父方の本家に問い合わせでもしない限り分からない。戸籍には氏の「読み」は記載されていないのだ。
 自分では何となく濁らない方を使っていたが、正面切って訊かれると分からずに「さあどっちなんでしょうね」などと言っていたが、パスポートを取ったときに一念発起して濁点無しと決め、以後尋ねられたときには「にごりません」と堂々と言っている。


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