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6月10日(月)「ガーター・ブーム?」
テレビによれば、「ガーター・ベルト」の人気が再燃?しているのだそうだ。
Googleで「ガーター」で検索をすると、トップに来るのは、当ガーター亭か「日本ガーター株式会社」(「ガーター編み機」を作っていた会社のため、この社名らしい)なのだが、後は軒並み「ガーター・ベルト」の販売業者や愛好者のページがヒットする。おそらく、当ページにアクセスしたものの期待はずれで舌打ちしながら去る方が、結構カウンターを押し上げてくれているのではないかとも思っているのだが、それはともかく、「ガーター・ベルト」人気の再燃により、当亭も繁盛させていただけるのかもしれない。
ベルギーとチュニジアは引き分けで、数字の上では日本のR−16進出の可能性が高まった。ただ、「1点差負けでも大丈夫」などと言って浮かれているのは危険な状況だと思う。他方、韓国と米国が引き分けてしまい、D組から韓国とポルトガルが揃って進出するのが難しい情勢になってしまった。
通勤の友はテンシュテットのマーラー。全集からの1枚なので3番の終楽章と4番という半端なディスク。
6月9日(日)「ロシア戦」
マッサージの後、横浜へ。サッカー・ワールドカップの日本・ロシア戦なのだ。
といっても観戦ではなく仕事。既に渋谷駅から代表のユニ姿のサポーターは散見されたが、菊名からの横浜線ではすっかり車内が青一色となり、スーツ姿のワタクシは明らかに場違い。好奇の視線?を浴びつつ持ち場へ向かう。
さて、業務は試合開始前、ハーフタイム、終了後に集中しており、実は試合中は余裕があった。だが、チケットがあるわけではなく立ち見は禁止されており、スタンドに立ち入ることは出来ない。なかなか厳格なもので、SPから藤原紀香の付き人に至るまで(?)、みんな施設内のテレビモニターで観戦。隔靴掻痒(違うか)。このテレビは衛星放送だったが、一昔の特派員とのやりとりのような「時差」があった。壁一枚向こうの大歓声がため息に変わってから1秒後に、画面で中田がシュートを外す、という事態の連続であり、展開が分かってしまうためフラストレーションがたまってしまった、というのは、まあ、もちろん贅沢な悩みであって、文句を言うのは天に唾するような行為であることは承知している。
試合終了後、東京に戻ってくると、東京駅、新宿駅、吉祥寺駅でそれぞれ「ニッポン!ニッポン!」の歓声が湧き起こっているのに遭遇した。吉祥寺では中央線に併走する男、それに応えて窓から半身を乗り出して手を振る男、となかなか過激であった。
6月8日(土)「旧友再会」
ボローニャの「清教徒」へ。楽屋口の方に多く人がたまっており、開演15分前に演奏者が入るはずはないと思ったのだが、ロビーには、イヤホンを耳に差した場違いなスーツ姿の男が多く立っており、案の定、小泉首相の登場であった。ご一緒するのは12月のドンカルロ@新国立劇場以来である。
それはともかく、幕間に高校の後輩であるU君に会った。多分22年ぶりくらいではないかと思う。偶然目の前を歩いていたのだが、あまり容貌も変わっておらず、直ぐに分かった。先方はそうではなかったようだが。就職後、社内留学、駐在などで10年くらい欧州に滞在して、各地の音楽祭などに足繁く通っていたことは、たまに連絡をくれており、パリ滞在前のワタクシはずいぶんと羨ましく思ったものであった。彼は、植村攻氏の「巨匠たちの音、巨匠たちの姿」にも協力したようで、あとがきで謝意を表されている。休憩終了直前だったので、再会を約して別れる。
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