9月11日〜9月20日

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9月20日(木)「レセプションの季節?」
 なんだかレセプションの季節なのか、夜はフランス大使館だったが、やはり警備は一昨日とは段違いだし、心なしか雰囲気も砕けた感じであった。しかし、明後日に「酒は控えめに」と言われて以来初めての通院・検査なので、(昨日飲んでしまったこともあり)シャンパン1杯にとどめる。
9月19日(水)「メキシコ料理屋へ」
 朝、定期が昨日までで切れていたのに気付かず、自動改札が開かないことに対して駅員にクレームを付け、今日は19日なんですが、、、、とやんわりと指摘されてしまった。恥ずかしい。

 昼食は、「スターライトレストラン」というところで仕事上つきあいのある人と昼食だった。相手は米国人だったし、名前からしててっきり西洋の食事だろうと思っていたところ、これが中華だった。もっとも、彼はもともと中国史の専門家だったのだった。

 夜はメキシコ料理屋で仲間と飲み会だったが、西麻布だったので語らってタクシーで向かったところ、なかなか運転手さんが厳しい人だった。六本木通りを渋谷方面に向かうが、地図を見せたとたん開口一番「これは車用の地図じゃないね」。以下ワタクシとのやりとり。
亭「あ、そうみたいですね(そりゃ、そうだろう、インターネットから打ち出した概略図だよ、それは)」。
運「こんなところ右折できるのかなぁ、、、」
亭「どうですかねぇ、、(そんなことは知らない、そっちはプロだろう)」
運「この地図がねぇ、、、」
亭「すみませんねぇ(住所だって書いてあるんだから、分からなけりゃ自分の地図を見りゃいいだろう)」
などというやりとりの割には、よく考えると親切なことに、彼は私たちを西麻布の交差点を右折したところで降ろしてくれたのだった。通りの向かって右側を少し入ったところにある店なのだが、向かい側で降ろされたら、通りを渡る手段がないところだった。
 しかし、メキシコ料理屋というのは、どうしてみんな石壁風の内装を地下へ入っていくという趣なのだろうか?
 一座の中には、米国テロ事件発生の折休暇でカナダにいてNYへ向かおうとしていた同僚がおり、パリ経由で帰国する(CDGでも空港内を死ぬほど走ったらしい)涙の顛末を語ってくれた。しかし、1日2日ずれていれば彼も危ないところだったのだ。


9月18日(火)「MIU再び」
 MIU深海生物フィギュアの第2弾が始まる。しかし、10月は出張で日本に居ないのでスタートダッシュで買わねばと思い、頑張る。が、そういうときに限ってダブり買いが頻発してしまう。

 夜は米国大使館でレセプションがあった。こんな時期だからこそやろう、と言う決断なのだそうだ。流石に警戒は一段と厳しかった(と言うか初めて行くところなので普段からこうなのかもしれないが)。


9月17日(月)「UAE」
 午後、アラブ首長国連邦(UAE)の一行の相手。この国はタリバーン政権を承認している3カ国の内の一つなのだ。もちろん「テロ支援国家」と目されているわけではなく、今回のテロに対してもいち早く非難する側に回っているのだが、それでもやはり色々と大変らしく、明日も予定されているミーティングには出ないで急ぎ帰国するメンバーが出るとのことだった。

 「センセイの鞄」読了。


9月16日(日)「バーベキュー用品など」
 午前中、バーベキュー用品を近くのオリンピック(店名は最近変わったらしいが)に買いに行く。来週、我が家の近所の公園で開催予定なので、道具は私の担当なのだ。肝心の焼くための道具(何と呼べばいいのだろうか?)に加えて、燃料、肉ばさみ、炭ばさみ、キャンプ用折り畳みテーブルなども調達する。色々それらしきものが売られており、なかなか物欲がそそられたが、これでも最小限に抑えたところ。バーベキューなどむしろ秋がシーズンではないかと思うが、キャンプはやはり夏のものなのだろう、テーブルは一つしか残っていなかった。これは、サッカー合宿の時に散々組み立てたものだが、自分でも一つ欲しいと思っていたのでちょうど良い。買ってきたものはそのまま車のトランクに入れっ放し。

 午後は、吉祥寺で夕食用の買い物。最近(でもないか)、 ロンロンがリニューアルしてサラダや惣菜が充実しているのでなかなか楽しい。帰りに自転車をとって帰るが、籠にごみが大量に捨てられたようになっており、不愉快である。


9月15日(土・祝)「すわチケット紛失か」
 今日は「トゥーランドット」@初台→FC東京vsサンフレッチェ広島@飛田給のはしごであった。
 ところが、朝からオペラのチケットがを見あたらず、どこかに紛失したかと探し回ってしまった。昨日着ていた上着のポケットなど何度も繰り返し探したが見つからない。劇場に電話して紛失再発行の手続きが出来ないか交渉しようとも思ったが、この日のチケットはオークションで譲って貰ったもの。席番も覚えていないし、大体、○○さんという人が買ったチケットだが自分はそれを譲って貰ったなどという話では、怪しすぎて交渉の余地もないだろう。暗澹たる気持ちとなった1時間であった。
 最終的には投函しようとした2枚の葉書(昨日の上着から今日の上着へポケット間の直行をさせていた)の間に挟まっていた。これからは、チケットはきちんと然るべきところに整理しておくことを心に誓う。

 久しぶりにマッサージに行く。「大分肩がひどくなっていますね」と指摘されてしまう。首もである。確かにそれほど強く押されるわけでもないのにビリビリきてしまうのだった。30分やって貰って大分楽になったような気がする。次回は「ソフト整体」というのをやってみようかと思う。

 FC東京は快勝、というか、先行されて追いつき終了10分前にリードを許しながらもその後2点とって逆転勝ちという、非常にスリリングだっただけに満足感あふれる勝利であった。新加入のFW福田は得点したものの、動きがいかにも馴染んでいない。代わって終盤投入された加賀見が1アシスト1ゴールの活躍だったが、マイ・ヒーローは小峯。

 自転車を吉祥寺駅近くの駐輪場に置きっ放しにして帰る。


9月14日(金)「問題の人」
 ある人と会ったのだが、色々と問題のある人なのだ。外国で酔ってレストランで暴れてしまい訴えられたりしているようなのだが、この点について訊いてみると、事実無根だとしれっと言う。そういわれるとこちらにもつきつけるべき証拠はないのだが、手元に集まってきている情報からは、どうも事実のようだし、他にも良くない話もある。早晩どうにかしなければいけないのだろう。頭が痛い。
9月13日(木)「危険な兆候」
 アメリカのインターネットオークションでは、今回のテロのがれきが出品されたが、主催者側がこれを停止したそうである。色々な人がいるものだ。そういえば、バーンスタインの東西ドイツ合同演奏のベートーヴェンの第9のCDには「ベルリンの壁」のかけらが付いていたという話を思い出した。

 イスラム教徒とイスラム原理主義者、さらにはテロリストとその支持者とが混同されての感情論が蔓延しかねない雰囲気をひどく恐ろしく感じる。

 「死の都」は新日本フィルの本拠地であるから錦糸町のトリフォニーホールであるが、これは案外職場から近い。新橋へ出て総武線の快速に乗ると直ぐである。終演後は、上野で行われている別の演奏会の後の飲み会に参加しようかと思ったが、遅くなり、ぐったりする演奏だったりでパス。


9月12日(水)「中東担当」
 中東諸国を仕事上相手にしている人とたまたま昼食。忙しくてキャンセルになるのかと思ったが、案外ゆったりとしていた。トルコからモロッコまでの地中海側の諸国を担当しており、アフガニスタンはそこから外れるのだが。にしても少し意外である。彼によれば、そして彼の同僚たちとの間でも、これだけの規模のテロができる勢力は非常に限られ、新聞でも書かれているようにビンラディンのグループであろうという考えとのことだった。

 今日は、NYテロのニュースでやはりテレビ番組が特別の態勢。

 渋谷のらんぶるは109−2に入っているとのことだったが、存在していないことを確認した。


9月11日(火)「立派なサービス」
 台風のよく来る年である。しかも東京直撃が多い。テレビ番組もその特別の態勢となっている。台風一過という感じではないが、夕刻には雨は上がる。

 お酒は解禁というわけではないが「控えめ」にとのことなので、久しぶり?にフランス料理をワイン付きで食べた。その店でのことだが、食後に水を所望したところ、私の分だけ冷水ではなくぬるま湯が出てきた。確かに、私「は」薬を飲むために水が欲しかったのであり、薬をポケットから出してもてあそんでいたのだった。感動した。立派なサービスである>給仕長。

 帰り道にニューヨークでのテロのニュースに接する。赴任や留学している人やら一時的に旅行している人などが知人にいて、心配である。


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