4月11日〜4月20日

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4月20日(金)「体重微増」
 入院中丸1日絶食していたので少しは体重が落ちているかと思ったが、その分退院の日に思い切り回転寿司を食べてしまったので、体重は逆に微増していた。反省。
 普通に出勤。今回は短い入院の予定だったので同僚たちもメールで仕事を持ち込むこともほとんどなかった分、3日分の仕事がたまっていた。
4月19日(木)「退院」
 朝食後、最後の点滴(抗生剤)を終え手続きをして昼前には退院。まったく短い入院期間なので同室の方たちとも親しくなる暇もなかった。帰宅して休む。
4月18日(水)「入院2日目」
 朝の血液検査の結果は、若干アミラーゼが高めだが問題というほどではなく、昼から食事をとって良いとのこと。
 熱は若干高めで、やはり少し疲れているようなので、概ね寝て過ごす。夜、医師が来て腹痛も出ないようだし予定通り明日の退院で良いとのこと。

 入院の友はブルソンやグレギーナの「ナブッコ」。ディ・ステファノとベルゴンツィのアリア集。


4月17日(火)「再入院」
 今日から再入院である。半年前の入院のフォローアップと言うことである。勝手知ったるJR東京総合病院で2泊3日の予定。
 9時に病院に行き、レントゲン、採血、採尿などひととおり済ませて、11階の消化器内科病棟へ。半年前と同じ病室で一番ナースステーションから遠い、廊下の奥の部屋である。トイレからも遠く、要すれば病状の軽い患者が集められる部屋なのだ。ベッドは前とは違い、一番窓際であった。当然のことながらあの時入院していた人たちは一人も残っていなかったが、このベッドにいた「ものを食べることが出来なくなる」という病気の青年や、私よりはるかにややこしいところに石があった大学受験を控えた患者は、今頃どうしているのだろうか。
 入院即処置という今回のスケジュールなので今日は1日絶食である。11時には病室入りしても2時過ぎくらいになると言う処置まですることがない。とりあえず、地下2階の売店へ水などを買いに行く。と、エレベーターの中でMさんとばったり再会。4月に無事に試験にも受かり、看護婦としてこの病院に就職したのだそうだ。実習で経験は積んでいるものの、やはり看護婦として働くのとは大違いのようで、やっと慣れてきたとのこと。何科の担当になったのかは聞きもらした。
 3時からの処置は、ステントを抜いて造影撮影、胆管狭窄の治り具合の結果によって再びステントを入れるかどうか決めるとのこと。久しぶりの処置は記憶にあるほど軽いものではなく、結構苦しく感じた。半年前はその他の手術や処置に比べれば軽いと感じたのだろうか。時間的には40分ほどで終了してストレッチャーで病室に帰る。夕方からは水だけ飲めるようになる。
 処置後の医師の説明を受ける。胆管狭窄は大分治っていたが、ここでステントを外してしまうと再び狭くなってしまうかもしれないので、入れ直したとのこと(ちなみにステントは半年から1年で詰まる可能性が出てくるので、海外出張の多い私のような職では1年間同じものを入れっぱなしと言うのは好ましくないそうだ)。半年後の再度の入院が確定した。

 平日のテレビを見る良いチャンスではあったが、クセになっても困るので主にCDを聞いて早めに寝る。

 今日の入院の友はクナッパーツブッシュの「パルシファル」@バイロイト。

 「ジャンプ」読了。


4月16日(月)「PHS内線」
 職場で内線電話を机の上の固定電話でなくPHSにする計画が進んでいるらしい。電話に出られないようなちゃんとした会議の場合はともかく、別室で同僚と打ち合わせしている時など便利であり、私は歓迎である。

 明日の入院を控えてさすがに飲みに行くこともせずおとなしく帰る。


4月15日(日)「自宅バイキング?」
 夕食は外食にしようと子供2人と近所の鮨屋に出かけたが、文字通りネタ切れで、出前は可能だがお好みで握ってもらうことは出来ないとのこと。回転寿司にも惹かれたが、結局吉祥寺ロンロンの新装なった食料品売り場で各自好きなものを選んで買って帰り家で食べることにする。1人前を分けて食べたので品数は大変多くなり、量的にも軽いとは言えない夕食となってしまった。
4月14日(土)「ヤマダ電機、カスピアン」
 昼前に掃除機を買いにヤマダ電機へ。甲州街道と環八の交差点近くにあるこの店が「東京本店」なのだそうだ。コードレスのものにしてみる。確かにコードが届かなくてあと一歩のところが掃除できないことは多いのだ。もちろん別のコンセントにつなぎ替えればいいわけだが、ついつい適当に済ませてしまう。階段掃除というのがその代表的な部類。他に母用のディスクマン。ジョギングしながらでも音飛びしないというのは魅力的で、電車内で結構音飛びによるストレスを感じているので買い換えも考えたが、前のものも動いているのでとりあえず自分用は見送り。音楽用CD−R、80分のものでも10枚2300円、74分だと特売ではあるが10枚で1500円というのもあった。どんどん値段が下がっている。他方、かなり大きな店舗なのに、DATのテープはほとんど品揃えがない。また、愛用していたが壊れてしまった消音機能付きイヤホンもなく残念。やはりマニアックな商品なのか。
 昼食はモスバーガーにすることにし帰路の車の中から携帯で注文をしたが、メニューがないと注文というものはしづらいことを痛感。結局、20分かかるとのことでピックアップして帰ることはせず一度帰宅してから取りに行った。

 午後吉祥寺に出た帰りにペルシアン・カフェ「カスピアン」へ寄る。この店、メニューがなかなか見ものである。例えば「シャトー。ヌフ。デュ。パプ」とか「。」が多用されていたり、メニュー中一番大きくて立派な写真は「玉ネギの何とか」という350円の前菜だったりする。また、字の大きさとかゴシック字体の使用がなかなか意表をついている。この店に行かれたら隅々までこのメニューを玩味することをお奨めしたい。
 「苦みと香りがあるが普通の紅茶とあまり変わらない」という店員さんの説明を受けた「ペルシアン・ティ」を飲む。確かに香料のきつい感じ。マリアージュ・フレールとかのブレンドにありそうだ。また、昼の日中からピアノ生演奏が始まったのには驚いたが、感じは悪くない。ところで、伊豆方面のみやげ菓子「アケビあん」は今でも存在しているのだろうか?

 夕食後はサッカーのコーチ・ミーティング。その間に、FC東京は浦和レッズに快勝したらしいがテレビ中継もあったのに応援できず残念。


4月13日(金)「JRAスポーツ号外」
 昼休み、街頭でキャンペーンの人たちが何かを配っていたが、もらってみると「JRAスポーツ号外」と称する皐月賞の枠順表。もらって少し驚いたのは「有力馬のプロフィール」とか「井崎脩五郎のコラムでーたとこ勝負」とか「私のイチ押し!」とか、もうこれはスポーツ新聞とほとんど同じではないか。これではJRA自体が予想行為を行っているようなもので、良いのだろうかこんなことして。新興勢力であるtotoへの危機感がそうさせるのか。

 夜はフランスから帰任してきた人の歓迎会。スペイン料理だったのは昨夜の演目と別に関係があるわけではない。このびいどろという店に来るのは多分17,8年ぶり(もっともその時は渋谷店だった)だと思うが、マッシュルームをオリーヴ油で炒めたものは当時も看板料理だった。懐かしい。

 通勤の友はアッバードの「ドン・カルロス」(フランス語版)。


4月12日(木)「再会」
 昼食は仕事の関係でイタリア人ととったのだが、夜の「ドン・カルロ」でその相手と出っくわす。また、昔パリでご一緒したO氏、オペラ狂のH氏など思いがけなず久しぶりの方々に多く会う。また、予備校時代の同級生ではないかと思われる人も見かける。彼は確かチェリビダッケのコンサートの映像で客席に姿を見たこともある。もっとも、20年以上ぶりなので自信もなく、声もかけなかったが。確か彼は佐渡の出身だったと記憶している。
4月11日(水)「EXPERIENCE CARD」
 もう桜もすっかり散ってしまって緑が目にしみ始めるようになってきた。渋谷マークスのスタバもオープン部分の席が増え、そこに座る人も多くなってきたような。EXPERIENCE CARD もスタンプがかなりたまってきたが、スタンプ押印期間が4月初めから6月末までなのにカードの配布期間が4月の10日間程だけというのは短すぎないか?12個のスタンプ(で一杯無料で飲める)なんてすぐに埋まってしまうと思うのだが。

 夜は上司が多めの構成の職場の飲み会。帰りがけ渋谷で自主的に二次会へ。それでもちゃんと井の頭線の急行で帰る。急行の最終は前は22時10分だったのだが、この春のダイヤ改正で23時台まであるようになったのは嬉しいが、なぜかかなり空いている。そういえば、今年の春は「通勤電車の乗り方を知らない新社会人」に今のところあまり出会わずラッキーである。そこまでマニュアルが浸透したということではまさか無いだろうが。

 友人から、取材の関係で「単身赴任しながら家族との絆を求めて努力している中年」又は「家庭の事情で子連れでの赴任をしているなど単身赴任のイレギュラーなケース」というのを探しているというメールが来るが、すぐには思いつかない。ふと、これはやはり男性に限るのだろうかと思ったりした。


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