DQは昔から親切設計のRPGと言われてきたが、それでも決められたシナリオ以外への逸脱禁止度は、本作(DQ7)が一番高いのではないだろうか。シナリオ以外のことをしようとすると「子供を連れたまま町の外へ出るのは危ない」という警告されたり「おいおいどっちに行くんだい。まずこれをしようぜ」とパーティの仲間にたしなめられたりする。違うことを先にやってしまうと良くないことが起きるという技術上の問題、あるいは親切なガイドラインの設定なのか。
うがった見方をすれば、プレイヤーにとってはビルドゥンスクロマンであるがごときDQという体験の中に作者が盛り込んだ、現代の閉塞感を表すメッセージではないだろうか。この「親切設計」は。
脇腹と背中の間くらい(ちょうど肋骨の裏あたり)が少し張ったような感じになっている。胆石などの痛みとは全く質が違うのでそういう方向の心配はしていないが、あるいはこれは筋肉痛か?体力はそれほど落ちていないとはいっても、入院という運動の量の非常に少ない生活を6週間送った後だと、いすに長時間座っているだけでもこうなるのだろうか?
DQ7は長男が並行して自分の「冒険の書」で進めているが、抜きつ抜かれつといった状況。向こうが進んでいるときにはネタバレにつながる発言はすべて堅く禁じ、しかしながら、手詰まりになった場合にはヒントを求めるという非常にわがままな親である(笑)。記憶力ではもうとてもかなわないが、ちょっと手強い相手にマニュアルモードで戦うときの小技は経験がものをいう。親の面目を施す場面しきり(笑)。にしても、DQ6時に長男は幼稚園年長であったことを考えると感慨深い(笑)ものがある。
転院前に一月入院していた病院にご挨拶に。あいにく主任の主治医(?)の先生は留守だったが、この先生には本当にお世話になった。いや、皮肉などではない。できる限りのことを試みた上で手に負えないとなると、最善の治療を受けられるように手を尽くして下さった。心から感謝している。
最初からその「最善」に行けば良かったではないかという感想もあろうが、それは結果論。極端な話風邪をひいただけで「最善」を求めていたのでは、お互いにやっていられないだろうと思う。自分の症状と「胆石」に関する判断が甘かったのは事実だが、それとて、相応の判断(最初の医師も含め)であったろうと考える。
ナースセンターでお世話になった看護婦さんたちと別の医師に会い、傷も含めてほぼ完治している元気な姿を見ていただく。急な転院で挨拶もできなかったのだが、拍手で退院を祝福してくれたのは非常に嬉しかった。その他、昔の同室者(一番仲良くしていた一人がまだ残っていた)と会う。
夕刻ドラクエ7を少々。3Dというのは初めてなのだが、慣れるまでは結構やりづらい。視点を回転させないと発見できない通路やアイテムがあったりするのだ。何しろ、RPGは5年ぶり(当然DQ6以来)なのだから、この間の進歩についていっていないのは仕方がない。