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2月20日(日)「引越見積り、照明選び、深夜プラス1」
午前中に引っ越し業者の方がみえる。家がそろそろ完成し3月中旬には入居する予定なのである。この時期はとても混むという認識はあったが、価格設定から違うということは知らなかった。この仮住まいに移ってきた9月は「もっとも安い時期」だったのだそうで、帰りも同額ではとてもできないというところから話は始まった。その時に3月に戻るということは話してあったし、往復で見積もりを出してきた他社とも比較して決めたという事情もあって、気持ちとしては「今更同じ値段で出来ないと言われても。。。」という感じ。まあ、こちらが無知なのだろうし、ギリギリ言えば先方に落ち度があるわけではないのだが。。当時の営業担当の方は退社していたのだが、新しい担当の方にこうした事情を説明したら、かなり頑張って下さった。
この会社、営業の方も9月に作業に来た方も気持ちの良い人だったし、仕事もとてもきちんとしている。こちらとしてもまたお願いしたい、と言うところからスタートしたので、何とか条件面でも折り合いがついた。良かった良かった。何と言ってもその社名入りの段ボールに詰めたままの荷物が大半なので、他社に頼むのも何だかなぁ、と言う気持ちもあったし。
午後からは、秋葉原に出かけて新しい家の照明を選ぶ。照明器具を選ぶなどと言うのは初めての体験だが、種類がたくさんあるのに驚く。デザインの話ではない。白熱灯と蛍光灯、白熱灯の差込に入れられる蛍光灯、と、このくらいの区別しか知らなかったのだが、蛍光灯にはスリム管、ツイン何とかなどと言うものがあり、色も蛍光灯色(?)の他に白熱灯色のものがあった。かたや白熱灯側にはクリプトンというものやら何やらアリ、結構互換性には気を使う。店を何軒も見て回るという余力はなかったし、なかなか親切な店員さんに当たったので(妻が行った前日の下見でも同じ人に相談したとのこと)、サクサク決める。ついでに同じ店の別のフロアで冷蔵庫も注文する。現在の冷蔵庫は15年選手くらいなのだが、これも色々機能が付いていて感心。使いこなせるかどうかは分からないが。
あれこれ迷わないように心がけたものの結構時間がかかったので、夜のコンサート前に一度帰宅する予定を変更し、買い物とおやつ@ミスド@お茶の水の後家族と別れてサントリー・ホールへ直行する。途中少し時間が余ったので4年ぶりくらいに飯田橋の「深夜プラス1」。品揃えが面白くて好きな書店なので、わざわざ行くことはないが近くまで行くと寄ったりする店の一つだった。アダルト系の雑誌やら写真集やら漫画やらに3分の1くらいのスペースを割く店になっていたのには慨嘆したが、何にせよ特色ある店であることは間違いない。私はミステリー・ファンというわけではないが、その筋の本の充実度が落ちたというわけではないようだし。
行く道すがらではエッシェンバッハの新世界とかファンタジア2000のサントラなどを流していたが(前者はライブでのエッシェンバッハのへんてこさを彷彿とさせる興味深い演奏。後者はつぎはぎだらけの編曲になっているので画なしで聞くのにはちょっと無理があるか。)、チョン/仏国立管の素晴らしい演奏の余韻に浸るため、帰路は無音。
2月19日(土)「プレステ2」
吉祥寺でプレステ2を予約する。自分の前には1人しか並んでいないと言う状況で、オンライン予約に殺到してホストがパンク(?)とかいう過熱ぶりはここではあまり見られない。まあ、確かに次々と予約する客は現れてはいたが。秋葉原の量販店では店頭でも予約は受けず当日販売のみとなっているのだそうだが、これらは需要(供給も?)が集中する一部の世界の話なのだろうか。。
同時発売のソフトを1本買わないといけない抱き合わせ販売であったが、どうせハードだけ買うわけではないので個人的には特に不満ではない。将棋や麻雀はパスするとして、アクションものやレーシングものでは子どもに独占されるのが目に見えるため、少し熟考して「A列車で行こう6」を選ぶ。ビリヤード・ゲームとどちらにするか迷ったのだが。夜にはなぜビリヤードにしなかったのか、と妻に叱られてしまったが予約の変更は不可。しかし、これらのソフトの価格が明示されないまま予約しなければいけないと言うのは若干疑問。
我が家のゲーム機事情は、ファミコン、スーパーファミコン、64という任天堂命のラインナップである。プレステが欲しいと言い出したのは子どもたちではなくワタクシ。ドラクエ7がそれで出るのならハードを買わなければならないと言う極めて当然かつ自然な発想である。ドラクエ7の12月発売を見越して少し前にプレステを買い、操作などに慣れておいて冬休みはドラクエ三昧、と言う構想であったのだ。11月の出張時使用したエアライン(国内線)の機内販売で「目指せエアラインパイロット」(その会社が製作協力している)というプレステソフトを衝動買いしていたのも、そうした計算に基づいての行動。実際にはハードを買わずにいるうちに「冬に発売」という形でのドラクエの延期が発表された。冬に発売されるのであれば2月末であろうから、ハードは3月のプレステ2発売を待つかと言うことで推移してきたが、最近ドラクエは「5月末」に延期されたのはご存じの通り。ま、このソフトの発売開始延期は年中行事のようなものだから。。。
ところで、前述の「目指せエアラインパイロット」購入時、客室乗務員のお姉さんが「こんなモノを買う人がいるのか!?」という動揺を職業意識で押し殺そうとしながらも、「お買いになるんですか」と口走ってしまった事実を私は忘れない。
夜は、子どものサッカー・クラブのコーチ・保護者連絡会。新年度は学年の世話役の1人となり、月に1回の「サッカー・ニュース」発行などの担当となった。コーチと言っても専門の人ばかりではなく練習を手伝うといった態の「お父さんコーチ」も多いのだが、ワタクシは「保護者」側。確かにこちらの側では22人中男性はワタクシ一人だけだったが、「お母さん方、何か質問はありませんか?」ときっぱり言われてしまうのも。。。。ううむ。有志で二次会に近所の居酒屋に。一次会、もとい連絡会が終わったのは9時前だったが、帰宅は1時半頃になってしまった。
2月18日(金)「フリスク」
フリスク・ミレニアム・ミントという商品を発見。真っ白でなくほんの少し赤いような茶色のような淡い色が付いている(中身の話)。
フリスクを常用するようになったのはパリ時代だが,とにかく会議などになると眠くて仕方のない質なので手放せない。今は職場の売店で販売されている3種類(青、水色、緑のパッケージ)を使っているが、この他に確かリンツの辺りでピンク色のパッケージのフリスクを見かけたことがある。久々に新たな種類の発見である。もっとも限定バージョンかも知れないが。。本場はベルギーの筈なので、ブリュッセル辺りには7色のフリスクなど売っているのかも知れない。
今日の通勤の友はルイージの「ラ・ファヴォリータ」
2月17日(木)「大学の応接室と国歌の演奏」
仕事の関係で久々に出身大学に足を踏み入れる。もう10年以上ぶりであろう。某学部の研究棟には応接室という立派なものがあって,学生の時にはそんなものがあるということなど考えもしなかった,という話はさておき,この応接室にはダイヤル式の電話機があった。久しぶりに見たような気がする。また,暖炉の装飾はなかなか色鮮やかなタイル(?)のような焼き物でなされており、きれいだった。この色使いとも関係があるような気がするが、電話の台。足の感じがゼセッションしており、ちょうど100年位前の工業デザイン展かなにかに出展されていてもおかしくないモダンな感じの格好良いデザインだった。
今日の通勤の友はトスカニーニ/フィルハーモニアのブラ2,ハイバリ。これがライブ収録された演奏会では曲目の前に「英国国歌」が演奏されていたことが分かる(2晩分ともちゃんと収録されている)が、流石に国歌の演奏の後に拍手は聞こえてこない。そういうものだと思っているので,演奏会で国歌に対して拍手を送るのはどうも違和感を覚えて仕方ない。ところが不思議なもので,サッカーの試合の時などは別で,国歌の後わーっと盛り上がるのはOKなのである。
2月16日(水)「クレンペラー派?」
今日の通勤の友はトスカニーニ/フィルハーモニアのブラ3、ブラ4。昔,キング・レコードから出たLPを持っていたが,今回はウォルター・レッグが回していたテープからテスタメントがCD化したもの。ブラ4の4楽章で派手な妨害(?)音が入るのは相変わらずだが、昔一カ所だったように思っていたこの音がその他にも2回なっているのを確認した。
2月15日(火)「筋肉痛治る」
1日で筋肉痛は治った。年を経るにしたがい,筋肉痛は運動してから日をおいて出るという説があったような気がするが,今回に限ってはそんなことはなかった。
同期の人たちと虎ノ門で少し飲む。
カウンターの600番は家人が取ってしまった。
今日の通勤の友は昨日の「マイスタージンガー」の続き。
2月14日(月)「バレンタインデイ」
全身筋肉痛になるかと思ったが、そうでもない。ただ、腿の内側が痛いのは歩くのにつらい。
久しぶりに日本の職場で迎えるバレンタインデイだったが、それほど様子は変わっていないようだった。ワタクシは職場の有志の皆さん(なぜか男性1名を含む)からネクタイを頂き、嬉しかった。
今日の通勤の友はクレンペラーのハンガリー時代の「マイスタージンガー」抜粋。整ってはいないが覇気のある演奏。
2月13日(日)「ケインが挑戦」
ここのところ土曜日の夕刻外に出ていることが多かったので,昨夜は久しぶりに「筋肉番付」を見た。ヒンギスの「サービス・エース」出演は練習でパーフェクトを出すが本番は6枚。今週から?ケインはSWATの訓練に参加というシリーズが始まった。ううむ。少林寺の次はSWATか。。流石にケインは米語が上手いと思った。
ところで、前に書いた「ケインが何かに挑戦する番組」であるが、宿屋にあった新聞のテレビ欄のコピーで「ケインが挑戦!」という番組があるのを発見。新潟テレビ21という局の土曜日午後3時から放送されている。基本的にはテレビ朝日系列の局のようだが,テレビ東京の番組もちりばめられているようなので、今度ちゃんと東京の新聞で調べてみよう。もっとも,このためにテレビ雑誌まで買おうという気にはならないが。ちなみにこの回の挑戦の内容は「ビッグエアジャンプ」だそうで、「長江&篠原&もえ」と書いてある。山口もえちゃん(どうしても「ちゃん付け」になってしまう)だろうか?そういえば,最近朝ちゃんと起きられず「イタリア語会話」を見ていないことを思い出す。
2日目のスキーは,昨日の若干の筋肉痛を引きずりつつのスタートだったが、前夜から午前中はそこそこ雪も降り,コンディションは悪くなかった。上の子(小4)は昨年、今年と2回のスキー教室を経て3度目のスキーだが,ボーゲンを駆使して中級といわれる斜面はなんとか降りていってしまう。下の子(小2)はけがのため今年のスキー教室に行っていない分,そこまではいっておらず、リフトから降りるときに転んだりもした。しかし、こちらも精進せねば抜かれるのは時間の問題と危機感を覚える。ところで、このスキー場、妙によくリフトから降りるときに転ぶ人が多いような気がするが,初心者の多いスキー場なのか?もう一つ備忘。宿もスキー場も基本的に「ごはん」はとても美味しかった。流石米どころ、と素直に感心すべきなのかどうかはよく分からないけれど。
3時にはあがって新幹線で帰京。指定席全席売り切れという割には空席も結構目立った一方、連絡通路に座り込む若者多し。吉祥寺ロンロンでサンドイッチ、唐揚げ弁当、にぎり寿司と思い思いの夕食を買い込み,帰宅して食べる。7時過ぎに帰宅だから遅いというわけではないが、まあ、食事を作るという気力はもはやない。
岡城千歳HPからのプレゼントCDとバークシャーからの紙のカタログが届く。今井信子のヴィオラによるフランクのソナタを聞きながら就寝。
2月12日(土)「5年ぶりのスキー」
6時からの「ウルトラマンティガ」を見た後、7時半前にスキーへ出発。東京駅から新幹線で越後湯沢、在来線で越後中里という行程。多分1995年以来である。フランスにいる間は1度もスキーに行かなかったのは今から考えると勿体ないことだったが、まあ、冬の間はオペラシーズンなので色々と忙しかったのだ。
当時と比べるとボーダーが完全に市民権を得ており(何を今さらと思われるかも知れないが),完全に共存しているように見えるのが様変わりであった。ただ、ゲレンデの真ん真ん中で座り込んで休憩?しているのはどうにかならないものか。怖くて仕方がない。
自分としては,最初1時間くらいは「こんな筈ではなかった」という思いで,ボウリングの二の舞かと思ったが、体が慣れてくると昔できたことはできるようになった。自転車のようなもので,しばらくやっていなくても体が覚えているものだ。しかし、昔できなかったことはできなかった、当然のことながら。
ワタクシは,初級に毛の生えた程度のレベルで,緩斜面であれば似非パラレルですべることができるが、20度くらいになるとボーゲン男となってしまう、という感じ。しかし、それも疲れ具合と雪質に大きく左右され、今回はまあそこそこ気温も下がっていたし晴れもしなかったのでよかったが、天気の良い春の午後などは,雪も溶けかけ体は疲れてくるしというわけで,悲惨だったような記憶がある。ところで、今回強く感じたのは,すぐ疲れるようになった、ということ。いかんいかん、普段の運動不足がいけないのだ。
できることから始めることにして、極力階段を使うこととするので,ワタクシがやむを得ないシチュエーション以外でエレヴェーター、エスカレーター等を使用しているのを見かけたら、びしびし注意して頂ければ、とお願いする次第である。
2月11日(金)「昼寝」
明日のスキーに備えて風邪を治すため午後はずっと昼寝。風邪薬などはのんでいないが、風邪の時は自然と眠たくなる。だから昼寝をしたので夜寝られないなどというヤワなことはない。
500人目のカウンターをとって下さったのは「げんさん」であった。カルテット・ジェラートを聞いたのも何かの因縁か(だからページを訪問してくれたのかも知れないが)。しかし、バンコクまで記念品を贈るのはどうするかなぁ。。考え中。
昼寝の友は「メリー・マウント」の続きとサー・ジョンのエルガーの1番。
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