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1月31日(月)「映像収録」
今日は職場で15分間の映像収録があった。テレビ会議のためのものである。といっても、録画であることからも分かるようにインタラクティヴなものではなく、私を含む数名の説明者の一方的な説明が流れるものなのだが。この画像と先日の朝6時35分のFMの情報番組、一体どちらが接する人が多いのだろうか、とふと考えた。しかし、会場の反応を見ずに15分間というのは慣れない身にとってはつらい。ギャグを交えることもできない、というか、してもいいのだろうが、リアクションがない(これは「生」でもそうしたことはあるが、大抵、顔をほころばせるくらいはしてくれる人が数人はいるものだ)のでただでさえつまらない冗談が自分でも寒々としたものになってしまう。
15分の持ち時間(多少の前後は許される)を14分47秒だかで終えて、一発で無事に終了。途中別に一度も時計に目をやったりはしなかったので、なかなか立派だと自分では思った(笑)。そういえば、昔ラジオ番組で「15分(20分だったかも)の一方的な説明」というのをやったが、あれは普通の放送だっただけに時間が結構シビアで、長い、短い、と取り直しをさせられた。しかし、プロの方というのは商売とはいえ1,2秒の単位でぴったりと収めるのだから見事なものである。いくらタイムキーパーみたいな人がいるとしても。
時間の感覚で思い出したが、昔は目をつぶって1分間カウントできたものだ。調子がいい日はピタリといったし、まあ、プラスマイナス2秒くらいは確実だった。プレイヤーの方であれば皆そんなもんなのかどうはよく知らない。で、今やってみたら、+13秒。。。。絶対テンポ感はあっさり失われたらしい。
1月30日(日)「腰を痛める」
玄関先を掃いていて腰が変な感じになる。激痛が走るというようなものではないのだが。しかし前屈などは出来ないし、用心して腰をひねるのも極力避ける。歩くときなども上体は水平移動という体勢に入る。油断は禁物だがしばらくしたら、日常生活には大きな支障はなさそうな状態になった。
昨年の10月に痛めたときはこんなモノではなかった。ベッドから起きあがろうとしたところ腰に痛みが走り、座ることも立つこともかなわなくなった。中腰で膝についた手から上半身の体重をなるべく逃がし、腰に負担がかからない姿勢で固まったまま動けなくなった。しかし、永遠にそうしているわけにもいかないのでしばらくしてからそろりそろりと直立の姿勢に移行し、ゆっくりゆっくりと歩いてみた。相変わらず鈍い痛みは続いているし、ちょっと衝撃を与えたら激痛におそわれそうだったので非常に慎重に。ゆっくりと移動というのは何とか可能だと分かったので近所の整骨院に行き電気マッサージを受けたのだった。その後も同じ姿勢でじっと座っていると痛みを感じるという状況はしばらく続いたが、2週間後だったかの海外出張には特に支障もなく復帰したのだった。
今回はそれ以来のことである。あれに比べれば程度は軽いが、しばらく無理しないように気をつけた方が良いだろう。とはいっても、私などの場合、運動して腰を支える筋肉をきちんとつけるのが目指すべき方向らしいので、やはり何か運動せねば。。。と3ヶ月前にも思ったことを思い出す。
1月29日(土)「ペンタールームより,深夜の古本や」
ペン太さんのペンタールームの2000人目来室記念プレゼントが届く。画像は既に剥いた後の状態であるが,キレイにラッピングされていた。ミニチュアのウィンド・チャイム(家付き),写真立て、ペンギンのカードである。どうもありがとうございました。ガーター亭も500人目の来亭者にはなにか記念の品を差し上げることにしようかな、などと思ったりして。
キーロフ・オペラの「スペードの女王」、神奈川県民ホールだったのだが、終演後,港に面したその名も"CAFE DE LA PAIX"という店で軽く食事をしたところ渋谷からの最終の井の頭線に間に合わず,新宿を回って中央線で帰る。駅を降りて普段通らないような道を歩いて帰ったのだが,そこに比較的大きな古本店を発見。午前3時まで開いているとのことで、しばし店内を探索。コミックがなかなかたくさんあったが、目利きでない私にとっては質的に充実している品揃えなのかどうかはよく分からない。文庫や雑誌も多かった。20年位前のGORO(若かりし頃の手塚里美など表紙だったりした)やスコラとか1000円近い値段で売られていたが、そうすると捨てずにおけば一財産だったのだろうか。。。今でも身の回りに結構将来の宝のタネは転がっているのだろう。。。岩波文庫のシューマン著「音楽と音楽家」(120円,品切れだったような気がする),国書刊行会の蕗谷紅児抒情詩画集「花嫁人形」(1000円)などを入手。
1月28日(金)「キャッシュ・カード再発行」
キャッシュ・コーナーから窓口まで多額の現金(機械による振り込み限度額を超えていた)を持って歩くのがいやだったため、銀行窓口でカードによる引き出しというものをした。暗証番号を書けばいいのだが、待っていると「このカードは,今では皆様新しいものに換えていただいていますので、次回、印鑑をお持ちのときにでもご提出下さい。」とのこと。ワタクシが口座を持っていたT銀行は2、3年前に他行と合併し,今ではTM銀行となっているのであった。M銀行の方が多分はるかに支店が多く、今日利用したのも元M銀行の店舗である。カードを換えなければいけない理由があるのかどうかはこちらも積極的に訊かなかったが先方からは説明はなかった。実は印鑑を持っていたのだが,何となくT銀行のカードにも愛着があったので,また今度ね,という感じでソファーに戻り、4枚複写の「カード使用不能届,再発行申込書」なるものを「別に使用不能じゃないんだけれどなぁ」と眺めていた。ん、2枚目に「振替伝票」なるものがある。1050円。え、これって有料なの。1枚目を見直すと「カード再発行には所定の手数料が必要です。」という記述と再発行申込書という枠の横に「なお、再発行手数料は私名義上記指定預金行座から自動振替の方法により支払います。この取扱いにあたっては,貴行普通預金規定・総合口座取引規定または当座勘定規定にかかわらず、普通預金・総合口座通帳および払戻請求書または小切手の提出は致しませんから貴行所定の方法でお取扱いください。」という申込の言葉(非常に小さな字で印刷されている)を発見。
書いてある、といわれればそれまでである。が、何の不便も感じていないカードの交換を「皆様にやっていただいている」という理由で薦め、しかも、気が付かなければ知らないうちに口座から支払われて終わり,という手数料については何のインフォームもない。。。ま、とりあえず、再発行はしないのでワタクシとしてはかまやしないのだが。
1月27日(木)「乗り越し」
今日は銀座で課の「送別会&新年会」。人数も多いので座敷系になることが多いのだが今回は珍しく洋風の店。この席でのワタクシの役回りはいつも「締め」ということになっているのだが、今回は送られる方の上司にこれをお願いしたことこともからくるもあるため、安心して/調子に乗ってブルガリア・ワインをたくさん飲んだ。二次会を経て中央線に乗ったが東京で座れたのが災いし,久々に電車の乗り越しをしてしまった。決して飲まなくなったとか酔わなくなったとかいうことではなく,乗り越しそうなときは電車で帰らない(帰れない)というのが実態であるのだが。何にせよ一駅の乗り越しで済んだので,さほど大きな痛手を負わず帰還。
1月26日(水)「子供より古書が大事と思いたい」
昨日、鹿島茂の「子供より古書が大事と思いたい」を読了。「馬車が買いたい」,「デパートを発明した夫婦」など、テーマの見つけ方が天下一品(誉めている)の仏文学者である著者の古書蒐集エッセイである。
ワタクシは音楽は好きでCDの数もそこそこあるが、断じてコレクターではないのでこの本を読んでも身につまされるようなところはそれほど多くはないのだが、共感できるところや周囲の音盤蒐集家を思い浮かべどの道も同じだなぁ、と感心するところなどは結構あった。一つ「荒木一郎の教訓」というのが面白い。荒木一郎が切手コレクターだということは初めて知ったのだが、彼の優れたコレクションを完成するための心得三箇条というのが紹介されている。
1.蒐集のフィールドを限定すること
2.一件についての購入価格の上限を設定すること。
3.狙っているものが、むこうからあらわれてくるまで気長に待つ。
なかなか含蓄がある。
1月25日(火)「2時間の前座」
昨日から風邪をひいたようで午後から夕方にかけては寒気がする。午前中はなんてことはないし、夜も大丈夫なので、一日のうちその間じっとしていれば乗り切れる。ワタクシは風邪をひくといつもこのパターンになるか、お腹の機能が極端に落ちて,いわゆる腹が張ったような状態が続くかのどちらかである。午後はダメかと思ったが夜になって持ち直したのでキーロフ歌劇場のオーケストラ演奏会。とはいってもプログラムはストラヴィンスキーの「うぐいす」と「ドン・カルロ」の第3幕だから、演奏会形式のオペラと言った方が正しいような気がする。演奏そのものについてはここには書かないが、これには「特別プログラム」としてゲルギーエフ指揮の「だったん人の合唱と踊り」が付いていた。これは当初発表されていなかったもので、以下邪推だが,この演奏会といくつかのオペラ公演を今回の来日でも任されたジャナンドレア・ノセダだけでは客が入らないいう事態に直面した招聘元の作戦だったのではないか。ゲルギーのファンにはラッキィということになるのだろうが、アンコールだけを別の演奏家が行っている、というか2時間の長い前座の後に真打ち指揮者がおもむろに現れて十数分(?)だけやって帰る,という感じで今一つしっくりこない。これが加わる前のプログラミングは悪くなかったんだけれど。。。といって,それを聴かずに帰るなどと言う根性もなく、ワタクシは「だったん人」を最後まで聴いておもむろに立ち上がり帰ってきた(翌日,さらにアンコールに「ローエングリン」第3幕への前奏曲があったことを知った。まだまだ修行が足りないことを痛感)。「だったん人」の合唱にも字幕がでたので、この曲を耳にして(多分)30年にして初めてどういう内容の歌詞なのかを知ることができたのは,望外の喜びではあったのだが。あと、シンバルのおじさんの妙技も楽しかった。
1月24日(月)「CDプレゼントに当選」
ピアニストの岡城千歳のホームページからメールが来ていた。CDプレゼントに当選したとのこと。こういうプレゼントのようなものにはあまり当たる方ではなく,歳末大売り出しの福引きなどでも末等かその上というのが常であるワタクシには信じられないことである。クリスマス&HP開設半年記念と銘打ったプレゼントだったのだが、見事にCD(サイン入り)が当たったのだ。岡城は何の気無しに買ったワーグナーの前奏曲とかをピアノでやっているCDがなかなか良かったので気になってはいたのだが、プレゼントをいただくとあっては応援せざるを得まい(←単純)。
そういえば、先週もペンタールームの2000番を図らずもゲットしてしまったし、もしかしたら今年はついているのかも(←さらに単純)。
1月23日(日)「住宅展示説明会と新しいメガネ」
建築中の我が家がこの週末,住宅展示説明会と称して一般開放されている。もちろんメーカーさんの営業活動というわけで,別に我が方としては何のメリットもデメリットもないのだが、やはり、全然来てくれなかったとしたら何だか寂しいような気がする。様子を見に行ったら,昨日は5、6組見に来てくれたものの、今日はまだ寒いせいか1組とのこと。でも、話している内に通りすがりの人たちが興味を持ったらしく中を見てくれた。
新調したメガネを取りに行った。昨夏に作ったメガネが何だか合わないような気がしていたので,妻がメガネを作る際、2つで1つ分の値段ということもあって検眼をしてもらったところ、過矯正気味とのこと。ちなみに、私は近眼に少し乱視が入った程度なのだが、左の目の視力は裸眼では0.1以下である。ところがメガネでの視力アップには限界があるそうで,過矯正にしても遠くのものはある程度以上は見えなくなり、単に近くのものが見えずらくなっていくだけなのだそうだ。実は、そのメガネをかけたときには近くのものに焦点を合わせるのに非常に苦労したので,ついに老眼になったのだろうか、と心配したのだった。しかし、面倒くさかったので放っておいたのがいけなかった、ということだ。
そもそも昨夏にメガネを作ったのは,海でメガネをなくしたからである。強い波が来てザブンといったがこの世の分かれ、次の瞬間にメガネは顔から消えていた。九十九里海岸の腰くらいまでの深さしかない部分なのだが、もうそうなると絶対に見つからない。何故水に入るときまでメガネをかけているのか、ということを疑問に思う向きもあるかも知れないが、海水浴場とはいえ結構この日は波が高く,子供を見守らなければいけない父親@近眼としては当然の行為であって、別に甲羅干しをしている水着の女性を注視するためではないことをお断りしておく。
なくしたメガネはパリで作ったものだった。メガネのパリー・ミキではなく、職場の近くの店だった。オヤジが頻りに「このフレームはフランス製だから良いよ」と自慢していたことを思い出す。大体パリで電化製品などを買いに行くと店員がフランス製のものを誉めることはあまりないように思うが(薦めるのは日本製かドイツ製かオランダ製が多い),あのオヤジは愛国者だったのだろうか。
1月22日(土)「東京文化会館」
キーロフ・オペラの「さまよえるオランダ人」を聞きに東京文化会館へ行く。サントリー・ホールのなかった頃,コンサートといえばやはり東京文化会館で,会場がNHKホール、厚生年金会館、日比谷公会堂だというだけでインセンティヴがかなり下がったものだった。日比谷公会堂といえば,クーベリックがバイエルン放響と来日した際に,予定されていたマーラーの9番を、この会場では聴衆への責任が果たせないとかで文化会館のプログラムと交換したなどということもあった。ワタクシとしては自主的に行った最初の音楽会が日比谷公会堂だったこともあり、愛着がないわけではないのだが。東フィルの名曲コンサートのようなもので,常任に成り立て?だった尾高の指揮で「新世界より」、ベルリン・フィルのコンマスを務めている安永徹がまだ国内にいた頃でチャイコフスキーの協奏曲を弾いた、と思う。あ、もしかすると、都響のコンサートの方が先かも知れない。。。クラリネット奏者のド・ペイエが指揮をしたファミリー・コンサート。この会場は確か杉並公会堂である。
さて、話は戻って「聖地」東京文化会館である。ここには本当に良く通った。高校生の頃などは週に5回とか行ったこともあるはずである。座った席を座席表で塗りつぶして,いつの日か全席制覇を夢見たなどというたわけたことをやっていたのもその頃だろう。もちろん、座っていない席の方がはるかにはるかに多い筈だが、あの座席表は捨てずにとってあるだろうか。。。この会場は至近に飲み食いできるところが少ないところが難点なのだが、中学生や高校生にはそんなことは無縁だから,気にしたこともなかった。そんなぜいたくを言うのは後年のことだ。「年」の問題ではなく「時代」の問題かもしれないが。
1月21日(金)「蛇を踏む」
「蛇を踏む」読了。これは面白い。筒井康隆というか石川淳というか「田紳有楽」というか。リアリズムに拘泥する人は馬鹿馬鹿しいと言ってとたんに投げ出すのだろうが。
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