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1月20日(木)「朝起きる」
今朝はFMラジオに出演してしまった。仕事のことで5分間の生電話インタビューを受けるというもの。メディアで取り上げてくれるのはありがたいことなので断るすじあいは全くない。が、オン・エアは6時35分なのだ。先方も心配なのだろう,6時20分にモーニングコールがかかってくる仕組みになっている。ところがどっこい、こちらは5時50分には起きているのだ。もちろん目覚まし無しである。いかに5分とはいえしゃべることを少しは整理しておこうというのもあって前夜寝るときには「明日は6時前」と確認しておいたらちゃんと目が覚めた。
ワタクシはこのように必要があるときは大抵間に合うように目が覚める質である。寝る前に「明日は何時だったな」と確認しないといけないが。それも、予定時刻の5〜10分前に目覚める。早く起きすぎて困るということもあまりない。こういう人にはなかなか巡り会わないもので,なかなか信じてもらえないのだが、前の職場で同類に会った。彼も、同類に会ったのはワタクシが初めてとのことであった。
ところで、肝心のラジオ放送は大過なく済んだ。といっても、東京では受信できないFM局(とはいえ全国ネットである)なので、職場の同僚を含め聞く側の人間は一人もおらず、実態はよく分からないが。もちろん録音も残っていない。
1月19日(水)「稲森いずみ」
FLASH誌の車内中吊りで稲森いずみの大きな写真が目についたので買ってみたが、カネボウの松雪泰子、藤原紀香と3人でのテスティモ・キャンペーンがらみの記事だった。中吊りでは他の2人については全く触れられていないので稲森の個人記事(?)かと思ったのだが、誌上では単なる3人のうちの一人という扱い。少し残念だが、中吊りだけででもメインになっているのは喜ばしいものだ。何故?という疑問は残る。もしかして中吊りが3種類作られているのか,それともFLASHの広報?担当の人が稲森ファンだとか。。
さて、熱狂的ではないがファンではある(形容矛盾かも)というカテゴリーには、他に奥菜恵がいる。都合のつく時間にテレビの番組表で見つければ視聴するとか(タイマー録画したりはしない)その程度だが。それはさておき、その昔ワタクシが木之内みどりのファンであった頃はもう少し熱心であった。5時くらいに毎朝起きて「刑事犬カール」を見ていたのだから。もっともこれもファン・レターを出したこともなければファン・クラブに入ったわけでもない。
およそファン・レターというものを出したのは物心付いてからこの方,あとにも先にも一度あるきりなのだが、これには何と返事を貰ってしまっている。しかし、楽屋に花を持って押し掛けたりはしなかった。オペラ・コミーク座の可憐なルーマニア生まれのソプラノ,リリアナ・ファラオン様は今はパリで活躍されているのだろうか。。。。
フィリップ・ジョーンズ逝去。
1月18日(火)「登記印紙と愛用の電車」
土地の登記簿謄本が必要になったので、出勤前に武蔵境の法務局の支所(?)に行く。開いてすぐだったのでさほど待たされることもなく入手。手数料は1000円の登記印紙(という物があるのを初めて知った)により収めるのだが、ちょっと高い。戸籍謄本などに比べて手間は大差ないように思うのだが、大分値段が違うように思う。どうやって決まっているのだろう。
ということで、出勤に中央線を使う。高架なので井の頭線と違って窓から遠くまでが見渡せてなかなか新鮮な感じだった。中学、高校時代にはこれで通学していたのだけれども、井の頭線の愛用者となって久しい。都心の方から帰ってくるとき、渋谷で井の頭線に乗るともう帰宅したような気になるのだが、中央線の場合は吉祥寺の駅に着かないとそういう気分にはならないのだ。なぜだろう。
1月17日(月)「クレンペラーとの対話」
白水社から復刊していたヘイワースのインタビューによる「クレンペラーとの対話」を読み終える。間に色々入ったのでずいぶん時間がかかった。内容は一代記と多少の音楽的な話題(指揮や指揮者など)について、晩年のクレンペラーが行った放送のための対談を再構成したものである。
もちろん戦前戦中の欧米の音楽界の生き証人の一人として、同時代の雰囲気をうかがい知るという観点から興味深いものなのだが、同業者達への歯に衣着せない批評という点でも面白い。もっともこの当時(1969年)、「昔の同業者」は大部分個人となってしまっているのだが。また、ブーレーズについては非常に高い評価をしているのが意外であったが、これは、自身が作曲家としてはあまり世に認められずに終わったという事実からくるコンプレックスのせいかもしれない。それと、カラヤンについての話題で唐突に「ところで彼にはとてもいい奥さんがいますね−−魅力的なパリジェンヌです。」(216ページ)などと口走るあたりが、「さすが年はとってもクレンペラー」と思わせる。
1月16日(日)「ちゃんことワン・ドリンク制」
初台で「ドン・ジョヴァンニ」の公演を観た後、新宿でちゃんこ鍋を食べに行く。待ち合わせ場所はタワー・レコードのオペラ・コーナー「カヴァレリア・ルスティカーナ」の前、という非常にわかりやすいところだったが、案に相違して遅刻してくる人がいなかったのでCD漁りをする時間があまりなかったのが残念。あたりをつけておいた第一候補は満員だったので、厚生年金会館前の「両国」という店となる。刺身とかその手の物を少し食べてからおもむろに鍋に突入という流れを思い描いていたのだが、いきなり鍋もスタートしてしまい、里芋煮、ハマチ刺し、タコ刺し、関脇ちゃんこが同時進行した。おかげでうどんやおじやをしても思ったより短時間で終了。もしかして、座敷を早く閉めたかったのかも?
駅へ向かう道すがらとあるコーヒー店に寄ったのだが、従業員が注文を電子入力(?)する割には、一度奥へ引っ込まないとケーキの売り切れの状態が分からないというのはいかがなものか。売り切れたものは入力しようとするとその旨表示されるとかなんとか、お互いストレスが軽減されると思うが。
この店はコーヒー1杯が1000円と安くはないので、ケーキだけ(600円)を食べようとする作戦に出た人がいたのだが、飲み物をとらないといけないということで却下されてしまった。ま、それはそういうルールなのなら仕方がないが、これを「ワン・ドリンク制」と呼ぶとは知らなかった。世の中知らないことがいっぱいある。
1月15日(土)「ムール貝」
友人の結婚記念パーティに行く。お2方はパリで初めて出会われたのだが、これにはワタクシもパリでのホテル予約等により貢献したという経緯があるのだ。「右岸のレストラン」とのことなのでご一緒したレストランは「オー・バスク」と思われる(手帳を見ないことには確認できないというていたらく)。
そういえば、当時(98年夏)「レオン・ド・ブリュッセル」が日本に進出という噂が流れていたようなのだが,その後どうなったのだろう。もし東京に出店していればぜひ行って,味が少しずつ違うだけで基本的にバケツ一杯の蒸しムール貝一本メニューというムール貝料理の王道を行くあの世界に再び浸りたいものだが。
ともあれ、今日のお店は池袋の「パティオ」。エイが美味しかった。
TBSで午後2時頃「ヤマザキナビスコ」のCMと思われるものが流れていたのだが,「アイドル刑事」という超短編ドラマ仕立てで(3分くらいか?),犬刑事とか悪者美女3人組とか出て来て,何とも不思議なものだった。また見たい気もするが,もう二度と巡り会わないだろう。一期一会の出会いを大切にせねば。
1月14日(金)「ケイン・コスギ」
酒席で同僚が教えてくれたのだが,テレビ東京だかでケイン・コスギが色々なモノ(多分肉体・アクション系だろう)に挑戦する番組があるとのこと。何曜日の何時くらいの番組なのだろう?「筋肉番付」ファンのワタクシとしては必見である。と同時に,ケインの職業を「筋肉番付出演者」と断じてしまったことについてはケイン及び全国のケイン・ファンの皆様にお詫びして訂正することに致します。何といっても主役を張る番組を複数抱えているのだから。
ケインに関しては,弟(?)がいるということも話題になった。そういえば、何年か前の「筋肉番付」では「コスギ兄弟」として出演していたような記憶がある。一応説明しておくと父はハリウッドで忍者映画のスターとして活躍のショー・コスギである。で、その弟(兄?)は一体今何をしているのだろうか。また、その名前は何だったか。。まさかアベルではないだろうが。これらは酒席で回答が出ず、謎のままである。
1月13日(木)「オー・バッカナール」
「アーク・カラヤン広場」のサントリー・ホールの反対側に面して「オー・バッカナール」というカフェみたいな店がある。初めて行ったのはパリから一時帰国したときだったのだが,日本語を解さない(多分)ギャルソンがフランス語で注文を取りに来るのに驚いた。今日,この店内に貼り紙を発見したのだが,店外のテラス席は公園空地なのでそこを使って営業はできなくなった,というようなことが書いてあった。しかし、客がそこで(自主的に)飲み食いするのは構わないのだそうだ。使いたい方は店員に声をかけて欲しいとのこと。今一つ良く理解できなかったのだが、形式的にはテイク・アウトということになるが、客としては今までどおりということなのだろうか?
「飛行の秘術のはなし」読了。
1月12日(水)「人生ゲーム」
二日酔いで調子が悪かったので残業をせずに帰ったワタクシを待ち受けていたのは「人生ゲーム」。年末以来このゲームはもう一生分したような気がするほどなのだが,「みんな早く帰ってきて揃う日なんて滅多にないんだから」との子供のセリフに納得させられてしまった。ところが、最初の給料日の5マス後にある「台風に吹き飛ばされる。職業カードを返してスタートに戻る」という指示を4、5回受けてしまい、一向に先に進めない。他のプレイヤーは結婚し、家も買い、子供も作って、株の暴落を体験したり、社交界にデビュウしたり,東京ドームでワンマンショウを開いたりしているのに、何度目かの専門家コースの授業料500ドルを払っている自分。。。取り残された者の悲哀を感じた。他の人がゴールしてからも一人でルーレットを回し続ける。借金もかさみ「人生最大の賭」にも敗れて「開拓地」行き。全員がゴールしてからのことだったので「援助金」ももらえず、0ドルという最低記録を作ってしまった。
1月11日(火)「今日の今日」
寒いので鍋関係が良かろうと割烹と称するところで宴会をした。5人で予約を入れたのが正午少し前。「ちゃんこコース」か「とらふぐコース」の選択は上京する友人の意向を聞いてから連絡することにした。約2時間後,都合が悪くなった人が出たので4人に変更して「とらふぐ」を予約。約4時間後,店から電話が入り人数の変更は受けられないという。「今日の今日のことで,人数分の仕入れをしてしまった後なのでダメ」と。アルバイトでそういう「ウチのやり方」を知らない者が電話を受けてしまったが、板さんは聞いていないし,と。ううむ。料理を決めたのは人数が4人になってからなんだがなぁ。。それに内部事情をいわれても困るしなぁ。しかし、店で集合することになっているし、彼には連絡を取る方法もない。。まあ、5人目を探そうということでしぶしぶ決着。結局4人で5人分食べたのだが、店へ向かう道ではたまっていた不満は,美味しい料理と酒と楽しい席ですっかり解消されてしまったという幸せな結末。
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