2000年に聴いた演奏会

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  1. 2000.1.8 サントリー・ホール 日本フィル第250回名曲コンサート
     指揮:広上淳一  A.坂本朱 T.福井敬 Br.大島幾雄  日本pso

      シャブリエ/狂詩曲「スペイン」
      ラヴェル /古風なメヌエット
      ラヴェル /ボレロ
      ビゼー  /歌劇「カルメン」ハイライト


     オケ(特に金管)はあちこちほころびも目立ったが、指揮者の表情付けの要求にぴたっと応えたところもあって悪くない出来。まあ、まだお正月だし。。ボレロのトロンボーンのソロは手慣れた感じではあったが見事。席が真横だったので歌はよく分からなかったし、子どもが飽きはじめたのでそちらに気をとられ後半は演奏にあまり集中できず。

  2. 2000.1.21 サントリー・ホール 日本フィル第517回定期演奏会
     指揮:広上淳一 S.中村智子 T.ウーヴェ・ハイルマン Br.牧野正人 日本pso Cho.東京音楽大学

      ハイドン/オラトリオ「天地創造」


     中村のソプラノはなかなか良かった。ハイルマンは後半疲れ気味、牧野もレチタティーヴォを除くとほとんど聞こえてこない。合唱は指揮の指示に応える歌いぶりで満足だったが,オケが。。。。管はまだしも,弦(特にヴァイオリン)の状態が。。。。これでハイドンは辛い。

  3. 2000.1.25 東京文化会館 キーロフ歌劇場管&合唱団 特別コンサート
     指揮:ジャナンドレア・ノセダ,ワレリー・ゲルギエフ(*) キーロフ歌劇場o,cho

      ストラヴィンスキー/歌劇「夜鳴きうぐいす」
       夜鳴きうぐいす:オリガ・トリフォノワ
       漁師     :エフゲニー・アキーモフ
       中国の皇帝  :ニコライ・プチーリン
       死神     :オリガ・マールコワ=ミハイレンコ
       料理人    :スヴェトラーナ・ヴォルコワ
       侍従     :ゲンナジー・ベズズベンコフ
       僧侶     :グリゴリー・カラセフ

      ヴェルディ/歌劇「ドン・カルロ」第3幕
       ドン・カルロ :ゲガム・グリゴリアン
       ロドリーゴ  :アレクサンドル・ゲルガロフ
       エリザベッタ :マリーナ・シャグチ
       エボリ公女  :オリガ・サヴォーヴァ
       フィリッポII世:セルゲイ・アレクサーシキン
       宗教裁判長  :ゲンナジー・ベズズベンコフ

     ボロディン/歌劇「イーゴリ公」より「だったん人の踊り」(*)


     ストラヴィンスキーが良かった。トリフォノワの豊かな声にロシア出身の作曲家であることを再認識。「ドン・カルロ」は甘すぎるロドリーゴを除く男声がなかなかのでき。特にグリゴリアンは開放感はないが堅い声が魅力的だった(歌う部分が少ないが)。深く安定したベズズベンコフに押され気味だったアレクサーキンも後半は頑張ったし。ノセダは推進力,激しい表現、歌との呼吸など素晴らしく、少なくともヴェルディであればゲルギーエフより魅力的。ただ、オケが舞台にのっているのだから,もう少しコントロールしないと。音量的に歌手をマスクする場面が多々あった。プログラミングについては日乗参照。
  4. 2000.2.2 カザルス・ホール ミクローシュ・ペレーニ・チェロ・リサイタル
     Vc.ミクローシュ・ペレーニ

     J.S.バッハ/無伴奏チェロ組曲 第3番 ハ長調
     ヴェレシュ/無伴奏チェロ・ソナタ
     J.S.バッハ/無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調
     コダーイ/無伴奏チェロ・ソナタ


     バッハがとても良かった。特にゆっくりとした曲での寂しく静かでそれでいてとても強い表情は,深い淵に引き込まれるようで,とても感銘を受けた。すべてにムラのない完璧な音というわけではなかったが、それがかえって、ペレーニはチェロを弾いているのではなく音楽をしているのだという印象を際だたせる。
     ヴェレシュの曲は,要求される多彩な表情に見事に応えた演奏でなかなか楽しめた。バッハでの表現が内に向かう禁欲的なものだったのとは対照的。コダーイはどちらかというと曲の効果を前面に押し出すものではなく、バッハ的な方向を目指したように思うが、ワタクシとしてはもう少し「派手」にやってくれた方が好み,この曲の場合。
     しかしバッハは得難い体験だった。客層もとても良く大満足。客席には藤森/向山のチェリスト夫婦を発見(席に着かれたのは2曲目からだったが)。アンコールにもバッハを2曲。
  5. 2000.2.4 王子ホール カルテット・ジェラート演奏会
     カルテット・ジェラート
      シンシア・スティリアス(ob,e-hr)
      ピーター・デ・ソット(vn,vo,マンドリン)
      ジョセフ・マチェローロ(アコーディオン)
      ジョージ・ミーンウェル(vc,gt,マンドリン)


     この楽しいカルテットの演奏に曲目を列記するのはそぐわないと思う。新しいアルバムである"espresso"からのナンバーを中心の選曲だった。印象に残ったのは,ピアソラの"Tanti Anni Prima",モンティの"チャルダッシュ”,武満の"翼"であった。大曲としてはドヴォルザークの"4つのバガテル"というのが演奏された。あとはイタリア、タンゴ系。
     このカルテットの存在は2年ほど前にげんさんに教えて貰ったのだった。以来、見たい見たいと思っていた念願が叶った。その時に聞いた「オーボエ奏者はお辞儀をすると犬の耳のように髪の毛が跳ね上がる」というのもそのとおりだったのが楽しかった。楽際的なステージは「つかみ」のツボも心得たもので大変楽しかった。カンニング・ペーパーを見ながらではあるが全曲日本語でのトーク入りだったのは感心(しかもメンバー全員が交替で)。印象に残った名言「オーボエの仕事というのはとても限られています。オーケストラのチューニングをすることと哀愁に満ちたメロディを吹くことです」


  6. 2000.2.20 サントリー・ホール フランス国立管演奏会
     指揮:チョン・ミュンフン  Pf.ペーテル・ヤブロンスキー  フランス国立o

      チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番
      ベルリオーズ  /幻想交響曲
      ラヴェル    /ラ・ヴァルス(アンコール)
      ビゼー     /歌劇「カルメン」前奏曲(アンコール)


     ポディウム席の最前列という視覚的には非常に満足できる席(ティンパニの直ぐ横)だった。指揮者がチョンの場合これはポイントが高いのだが、ピアノはカデンツァ以外ではほとんど聞こえないし、テュッティで目の前にいる3番ホルンがほえると他には何も聞こえない状態。また、ついついティンパニの手順などに気を取られ、気がつくと木を見て森を見ない状態に。だからオケのバランスなど全く分からないが、それでも、相変わらずのハイテンションで繰り広げられる濃い演奏を堪能できた。表情付け自体はともかく、怪奇風に変な楽器が強調されるのは、席のせいでそう聞こえるのかもしれないが。。。オケもデュトワの時とはまるで違う良い反応。非常に満足して帰る。
     面白いことが2つあった。アンコールの曲名(ラ・ヴァルス)をオケのメンバー皆で言う段取りだったようだが、チョンがそれを忘れていたらしく中途半端なものに。向き直ってから、しまったと頭をかく指揮者。この後遺症は「カルメン」を客席に向かって告げるときにも。
     もう一つはラ・ヴァルスのクライマックスの一つ(タンバリンのロールから銅鑼が鳴るところ。余談だが、この2つをかけもつ姿を見たのはオーマンディ/フィラデルフィアの来日公演以来)で、シンバルがおちょこになったこと。シンバルの響きが聞こえず金属的な音が聞こえてきたので、そちらを見やるとベテラン奏者が大あわてで楽器(予備のシンバル)を持ち替えている。よく見ると裏返ったシンバルが椅子の上に。。。プロオケの本番でこれを見たのは初めて。
     自分の備忘にいくつかティンパニのこと。楽器はプレミア。幻想4楽章のティンパニは右手6連に拍頭に左を入れるのが基本。クレッシェンドするところの1拍分(?)だけRLRLRL。5楽章の3連はクロスバトン。カルメンは極力右手だけでいく手順。フレーズの決めのタタトンはRRL。

     ううむ、やはりあまり打楽器隊の近くに座るのも考えものだ。。。


  7. 2000.3.1 東京文化会館 マリエッラ・デヴィーア・ソプラノ・リサイタル
     S.マリエッラ・デヴィーア  Pf.ロゼッタ・クッキ

      グノー    /「春に」
      同      /「谷間」
      同      /歌劇「ロメオとジュリエット」より「ああ、何という慄きが・・・愛よ、私を力づけよ」
      サン=サーンス/「幸せとははかないもの」
      同      /「君を待つ」
      バシュレ   /「甘美な夜」
      メルカダンテ /歌劇「レオノーラ」よりデュプレの詞によるアリア
      ベッリーニ  /歌劇「カプレーティとモンテッキ」より「ああ、幾度となく」
      ドニゼッティ /歌劇「アンナ・ボレーナ」より「私の生まれたあのお城」
      同      /歌劇「シャムニーのリンダ」より「この心の光」
      ヴェルディ  /「ジプシーの女」
      同      /歌劇「海賊」より「この暗い考えを」
      ドニゼッティ /歌劇「ランメルモールのルチア」より「香炉はくゆり」(アンコール)
      ベッリーニ  /歌劇「清教徒」より"あなたの優しい声が」(アンコール)
      グノー    /歌劇「ロメオとジュリエット」より「私は夢に生きたい」(アンコール)
      プッチーニ  /歌劇「ラ・ボエーム」よりムゼッタのワルツ(アンコール)


     オペラ歌手のリサイタルなので,前半は端からあまり期待していなかったが、バシュレのような美しいしっとりとした曲では大変に満足。反面、軽さは足りない。声には華やかさはないので非常に落ち着いた感じ。後半はアンコールも含め圧巻だったが,運動性の勝っている曲よりは旋律線を美しくなめらかに歌い上げるところに一番の本領を発揮。とにかく息が長くテクニックは模範的なのだろう。歌の技術はよく分からないが。その意味でベッリーニの2曲が最高。ムゼッタは余技といったところか。とても良いものを聴かせてもらいました。


  8. 2000.3.4 サントリー・ホール 第467回東響定期演奏会
     指揮:秋山和慶 S.森川栄子、サラ・レナード Pf.菅原幸子、辺見智子 笙 宮田まゆみ 語り 土師孝也 他 東京so

      ラッヘンマン/歌劇「マッチ売りの少女」(演奏会形式、日本初演)


     こちらの体調も万全でなかったせいもあり、演奏に集中できないどころか多くの部分寝てしまった。気力体力万全の時に聞けば違う感想を持つ可能性もあるが、当夜は残念ながら退屈至極。何度目が醒めても同じ様なことが続いている、という感想を持ってしまった。
     ワタクシとしては不戦敗。どうでもいいことだが終演後のブラボーはすさまじかった。


  9. 2000.3.6 サントリー・ホール 第381回読売日響定期演奏会
     指揮:スタニスラフ・スクロヴァチェフスキー  Pf.マルク・ラフォレ  読売日本so

      モーツァルト/ピアノ協奏曲第27番変ロ長調
      ショパン  /小犬のワルツ、マズルカ(アンコール)
      ブルックナー/交響曲第9番


     このブルックナーは驚嘆すべきモノであった。「全部聞こえてしまう」のである。比較するとすればトスカニーニ指揮の「ローマの祭り」の録音か。ただし鋭利と言うよりはモリモリした感じ。早めのテンポでどんどん進んでいくにもかかわらず、それぞれの声部が緻密に演奏されている様が明晰にわかるというのは、これは本当に得難い体験である。とにかく単位時間あたりに伝わってくる情報量が異常に多い。といってスポーツ的快感(も悪くはないが)や音の大きさや空間が音響で満たされることのみを目指したものではもちろんなく、常に音は楽興に満ちていた。
     結果として生まれたものは,苛烈な音響世界であると同時に(非常に唐突だが)世界というか神というか。精神性などという言葉を振りかざさず(想像)、ザッハリッヒに楽譜で書きとめられた音楽の再現の結果が、そうした存在を感じさせるとは。
     オケも実力を出し切って指揮者の要求に応えた演奏と感じた。
     モーツァルトもバックは同じ方向(ブルックナーほど極端ではないが)の演奏だったが,いかんせんピアニストが無表情であったり、さらえていなかったり,甘ったるい悪趣味な風情を見せたりでぶち壊し。


  10. 2000.4.7 NHKホール 第1403回N響定期演奏会
     指揮:エリアフ・インバル  S.尾畑真知子 Ms.寺谷千枝子 NHKso Cho.国立音楽大学

      マーラー/交響曲第2番ハ短調「復活」


     なかなか面白かった。インバルのマーラーは情念ドロドロ系ではなく,線的な絡みが非常によく分かり、なるほどこういう風になっているのね,と感心させられるのが第一に来る。NHKホールの巨大な空間では,表情そのものが薄められて聞こえてきてしまうのかもしれないし,オーケストラのせいかもしれないが,「泣き」の要素は薄い。ただし、すっきりと整理して提示するといった体のものではないので,冷ややかと言う感じにはならない。うねり、きしみ、異形の姿などが極力そのまま発信されてくる。気持ち良い。
     1、2楽章が一番良く,3楽章は今一つ、歌が入ってから持ち直したと感じたのは,聴き手(ワタクシ)のコンディション,演奏の出来、曲の出来,演奏者と曲の相性,のどのせいなのかよく分からない。
     N響を聞くのは5年ぶりくらいだと思うが,当時の「整ってはいるが「お仕事」が多い」という印象を覆す熱演だった。管のミスなどはあげつらう必要はないだろう。ただ、打楽器に音色の感覚がワタクシと全くあわない奏者が一人いて耳を覆った。
     歌手は2人とも不満はない出来。ただ、ソプラノは声は大きいがこの曲としてはオペラティックに過ぎ,メゾはその逆。


  11. 2000.4.18 サントリー・ホール 第469回東響定期演奏会
     指揮:飯森範親 Ms.マルタ・ベニャチコヴァ 東京so. 東響cho. 横須賀芸術劇場cho少年少女合唱隊

      マーラー/交響曲第3番ニ短調


     この曲の場合、ワタクシはとにかく好きなので(特に両端楽章)、よほどひどい演奏でないと感動してしまう。好きだから要求水準があがる場合もあるが、この曲の場合は逆で「良い曲だなぁ」と満足して家路につける場合がほとんどである。
     今回も例外ではないどころか、なかなかこの指揮者、見所あるではないか、と思ってしまった。終楽章の最初の方"morendo"の指示の部分で極端に音量を抑えたところなど、いかにもわざとらしく不自然なのだが一つ間違えば絶品、というところがいくつかあった。全体に早めのテンポなのは好みではないが、表現したいという意欲が随所に感じられる演奏だった。1楽章のクライマックスで大きくテンポを落とすのも賛成。変てこりんな方が何もやらないよりまし(特に若い演奏家は、ただし例外多数有り(笑))というのが持論なので、その意味でも今日の演奏は楽しめた。練習時間などの関係もあるのだろう、細部まで練り込まれたと言うわけにはいかなかったが。
     オケ的には、トロンボーンの一番が良かった。長大なソロは美音ではなかったが非常に太い音で満足したし、他の部分では堅くて小さくしかもきちんと響く音、柔らかく甘い音など多彩な音色に魅了された。管は総じてトップ奏者は良かったが、パート全体となると混濁気味のところも見られた。弦は悪くないがヴァイオリンのソロは曲想と合わない派手派手なもので疑問。打楽器は、シンバル奏者の発音(?)が好みではなかったが、全体としては文句を言うほどのことはない。
     歌手については、深さよりは明晰さを感じ、4楽章ではその点若干不満。もっとも、伊原直子で刷り込まれているもので。合唱は、席が近かったせいもあるが、もう少し人数を刈り込んで純な方向が好みではある。
     ステージング関係であるが、ポストホルンの位置(オルガンの横の方)は疑問。もっと遠い方が良いのでは。また、4〜6楽章はつなげて演奏する工夫が必要であろう。


  12. 2000.6.15 サントリー・ホール 第1410回N響定期演奏会
     指揮:シャルル・デュトワ Org.フランソワ・エピナス NHKso. 東京混声cho.

      プーランク  /オルガン、弦楽とティンパニのための協奏曲
      ドビュッシー /夜想曲
      プロコフィエフ/交響曲第3番ハ短調


     席がP席なので、バランス的なものはよく分からないが、生で聞くのは初めて(多分)のプーランクは、どうもオーケストラとオルガンが終始バラバラなまま終わってしまった気がする。オルガニストは「実力派」とプログラムには書いてあったが、今夜の演奏からは到底そうは思えなかった。少なくとも「協奏曲」という観点から言えば。あるいは時差はパイプの真下という席のせいかもしれないが。
     ドビュッシーはきれいな演奏だったが、これも合唱はよく分からず。
     プロコフィエフは生はおろかCDでも聴いたことのない曲だったが、これは結構楽しめた。プロコフィエフはどちらかというと苦手な作曲家だが、こういう激しいのは大歓迎である。演奏としてはもっと激しくいく方法もあるのではないかと想像するが、初めて聴く私としては十分満足。


  13. 2000.9.30 サントリー・ホール 第473回東響定期演奏会
     指揮:飯森範親 S.佐藤しのぶ A.永井和子 T.錦織健 Br.李曉良 東京so. 東響cho. 

      ベートーヴェン/ミサ・ソレムニス


     前回見所があると思った飯森範親だが、今回は全くはずれ。やはり、ベートーヴェンは難しいと言うことか。グロリアの激しい部分に主眼を置いたように思われたが、空疎な音響で聞いているのがつらかった。終曲に近づくにしたがって美しい部分もあったが。
     真横から聞いたので歌手については分からないことも多いし、こちらが先入観を持ってしまっているせいもあるかもしれないが、このメンバーはどうもこの曲にはそぐわないのではないかという気がする。ソロ・ヴァイオリン(大谷康子)も同じ。
     合唱は頑張った。


  14. 2000.11.4 NHKホール 第1417回N響定期演奏会
     指揮:朝比奈隆 NHKso.

      ブルックナー/交響曲第4番「ロマンティック」


     朝比奈はシカゴ以来(笑)である。相変わらずの堂々としたブルックナーで気持ちがいい。細かいデュナミークの指定にはこだわらず美しくて立派な音楽を目指していると感じた。その分繊細さというか精密さが失われ、20世紀につながるブルックナーという面が後退したのは仕方がない。こういう行き方だと特に第4楽章が見事。第1楽章も同趣向だったがちょっとテンポが速すぎはしまいか。N響はなかなかの力演で、特に第1楽章の最後のホルンのバリバリの強奏はNHKホールということを考えあわせると特筆もの。第4楽章の金管のコラール風の入りが一瞬遅れてからコンマスに注目したが、大活躍(笑)だった。同じ音型が弦で繰り返されるところのダウンボウ攻めも印象に残る。
     楽員が去ってからも指揮者が呼び出される「儀式」も相変わらず続いていた。跳びはねてガッツポーズを繰り返しそのまま固まるファンを発見した。


  15. 2000.11.12 すみだトリフォニーホール 東京アカデミッシェカペレ第20回演奏会
     指揮:飯守泰次郎 東京アカデミッシェカペレo.&cho.
     ハインリヒ王:志村文彦、ローエングリン:成田勝美、エルザ:緑川まり、テルラムント:島村武男、オルトルート:小山由美

      ワーグナー/歌劇「ローエングリン」抜粋(演奏会形式)


     抜粋とはいえ、開演から終演予定まで3時間半、休憩が50分であるから、ざっと2/3以上は演奏した計算になる。ヴァントを聞きに行くために私は3幕の場面転換の音楽のところで退出せざるを得なかったが。
     歌手で一番良かったのは小山。豊かな声と表現力で全く危なげなく他を圧していた。オルトルートがすべてを支配するこの曲の構造に非常に合致して凄みすら見せていた。テルラムントよりはアルベリヒではないかという感もあったが、表現力という点で劣らなかったのが島村。この人、コミカルな役も聞いてみたいような気もする。成田は登場して客席を向いての第一声が非常に凛としてかつ美しく、これは!と思わせたが、その後若干音程が不安定気味で、また、最初に感じたすばらしさの片鱗は見せるものの、片鱗にとどまった感がある。ただ、全曲を同じレヴェルで歌うのも容易なことではないと思われ、3幕の「名乗り」にかけていたらしいとの証言もあることから、「つぼを押さえた歌唱」ということだろうか。緑川は叙情的に美しく歌うところはまだしも、強く歌おうとすると声が割れ絶叫にしか聞こえなくなってしまう。これでブリュンヒルデも歌っているというのは大きな疑問。それとも調子が悪い and/or オーヴァーワークで声が疲れているということかもしれない。
     飯守指揮するオケと合唱は力演で、十分ワグナーしていたので満足できた。

     1幕、2幕は場内の明かりを落として指揮者が入場し演奏前の拍手を受けない形で始めたのは支持できるが、各幕の始まりを金管ファンファーレのコールで告げるのはちょっと「バイロイト」し過ぎていないだろうか。


  16. 2000.11.12 東京オペラシティ コンサートホール 北ドイツ放響演奏会
     指揮:ギュンター・ヴァント 北ドイツ放送so.

      シューベルト/交響曲第8番「未完成」
      ブルックナー/交響曲第9番


     何と言ってもメインのブルックナー。響きは非常に苛烈で容赦ない。徹底しているという意味では春に聞いたスクロヴァチェフスキーと同じだが、スクロヴァのような筋肉質ではなくこちらはもっと厳しいものである(オケの力量と方向の差はあるにしても)。救いのない音楽で、ヴァント+ブルックナーから自分の怯懦な日々の生活に対して反省を迫られているような気すらした。ここまで音楽で人に感じさせるというのは立派だし素晴らしいことだとは思うが、どうも、終演後素直に熱狂できなかったのは、こうした演奏の性質のせいかもしれない(少なくとも私にとっては)。
     とはいえ、シューベルトで感じた隅々まで行き届いたオーケストラのバランスとデュナミークのコントロールが、ブルックナーでは万全ではなかったような気もする。オーケストラが長旅で疲れているということかもしれない。東京ではリハーサルはしていないとのことで(同じプログラムでハンブルクで演奏会をしてきたばかりの筈)、スケルツォのテンポを開始前にオーケストラにタクトで示していたのが印象的だった。

     NDRのやや粗い乾いた音が「苛烈」な感じを助長するのだろうか。とすると(長年の手兵だったのだから当然かもしれないが)、このオケが現在のヴァントの意図をもっとも良く表現するオケということだろうか。だが、ヴァントは他方、リズムやクレッシェンド、デクレッシェンドを初めとする強弱などを細かいところまで「きちんと」やりたがっているように見えたが(シューベルトではある程度実現されていた)、全体の響きは良いもののこうした点では(少なくとも当夜の)NDR響は不十分であったと思う。CDを聞く限りではこうした点が一番なのはやはりベルリンフィル。だが、独特の艶のある響きが邪魔になる部分も多い。まあ、ヴァント/BPOは生で聞いたことがないので所詮比較のしようがないのだが。

     シューベルトもブルックナーと同趣向の演奏。とはいっても「叱られている」とまでは感じなかったが。彼岸ではなく、あくまでも現世的でザッハリッヒな音楽。

       ヴァントは指揮台まではマネージャー?に腕を抱えられての登場で、足が弱っているのだろう、特に指揮台への乗り降りが難儀そうだったが、用意された椅子は全く使わず、全曲立ったまま振り通した。振っているときは当然のことながら、老人という感じは失せている。


  17. 2000.11.16 すみだトリフォニーホール マルタ・アルヘリッチ・ピアノ・リサイタル
     Pf.マルタ・アルヘリッチ Vn.イヴリー・ギトリス

      J.S.バッハ/パルティータ第2番
      ショパン   /マズルカ・ヘ短調
      ショパン   /スケルツォ第3番
      プロコフィエフ/ピアノ・ソナタ第7番
      ラヴェル   /水の戯れ(アンコール)
      ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ第9番「クロイツェル」
      ドビュッシー /ヴァイオリン・ソナタ
      フランク   /ヴァイオリン・ソナタより第2楽章(アンコール)
      ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」より第3楽章(アンコール)
      クライスラー /愛の悲しみ(アンコール)


     何度かのキャンセルに泣かされ、初めての生アルヘリッチ。漠然と持っていたイメージについては追認半分修正半分というところであろうか。
     アルヘリッチというと「奔放」という言葉が思い浮かんだものだが、この言葉は今回の演奏についてはあてはまらないように感じた。「自由」ではあるもののそれほど「元気がいい」わけではないから。その自由さはある面無造作さ、投げやりさを感じさせ、かっちりいって欲しいと思うところにそれが出ると「違う」と思ってしまう。ただ、この天衣無縫さがはまる(というのも変な言い方だが)と非常に気持ちいい。しかし、いかにも躍動しているところよりも、素晴らしかったのは、静かな密やかな音楽の中での微妙な息づきといったものを見せるところ。静謐とは違い、小さなヴォリュームの中でとあえかな震えおののきのようなものが生を感じさせる(パルティータの冒頭アンダンテの部分)。こういう芸風だとは知らなかった。
     技術的にきちんと弾くこと、響きを磨くことへの無関心さは、後半のギトリスとのデュオで一層明らかになった。そもそもそう言う点を追求する人であればこのヴァイオリニストとは決して競演しないだろう。
     ギトリスの「ミ」がいつも低く感じたのはそういう音の取り方かもしれないが、そのほかにも音程、音ともに結構傷は多い。が、変幻自在(特にその自由なルバート)の音楽にはひきこまれてしまう。クロイツェルはまだ調子が出ていなかったのか曲との相性なのかちょっと首を傾げてしまったが、以降は名人芸を堪能した。やはり、ロマン派以降(と単純化してもいけないが)が真骨頂が出るように思う。
     また、クライスラーでこんなにピアノに耳がいってしまったのは初めての経験であった。


  18. 2000.12.17 武蔵野市民文化会館小ホール エヴァ・マルトン・ソプラノ・リサイタル
     S.エヴァ・マルトン Pf.ラースロー・コヴァーチ

      シューマン   /リーダークライスop.39
      R.シュトラウス/献呈、万霊節、あすの朝、たそがれの夢
      ワーグナー   /ヴェーゼンドンクの5つの詩
      プッチーニ   /「マノン・レスコー」より「ひとり寂しく」(アンコール)
       同      /「トスカ」より「歌に生き、愛に生き」(アンコール)


     もともと本プロについては半分は怖いもの見たさで出かけたようなものだが、シュトラウスはそれほど悪くなかった。さすがに曲の求める繊細さや翳りのようなものを欠くシューマンはつらいものがあったが。
     現役のオペラ歌手のリサイタルであるから、絶対にアンコールではアリアが来ると予想していたが、ワタクシの予想はワーグナー1曲とプッチーニ1曲。にしても、ワーグナーは適当な曲はないかなぁと思っていたのだが、「マノン・レスコー」が来た時点で次は「トスカ」であろうと確信したのだった。
     やはり、声の大きさが一つの売りであるのだから、むしろもっと大きなホールでこそ真価が発揮されたのではないだろうか。小さなホールでもそれに合わせて声量をコントロールしたりしないのは一つの見識かも?興奮はさせられた。


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