−JUL 1998−

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月 日 音  楽  祭 宿 泊 地
     7月23日  シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭 シュターデ
ハンブルク〜リューベック〜ハンブルク〜シュターデ

 時差の影響だろう、いつものように3時頃に目が覚めてあとは眠られない。しかし気分は上々だ。何せ夕べは第1関門の機械からの現金引き出しがことのほか簡単にできてしまったのだから、これこそゲンキンというものだ。

 中央駅でジャーマンレイルパスに日付を入れてもらい、ついでにこれから先乗車予定のICE2本の予約をする。ハノーファー〜フルダのICE585は「フォールト」だと言う。係員は代わりに次のICEを示すが、それだと1時間以上遅いのでキャンセル、確かICE585より少しだけ早発の列車があったはずだ。マンハイム〜ミュンヘンはOK、予約料はパスを持っていれば乗車券購入と同時に予約した場合と同じく3DMのはずだが、6DMだった。

 家への連絡用にとテレホンカードを買う。前の旅行で50度数と思って50DMのものを同行者に買ってしまったので、今度は12DMを1枚と言った。買うのはよかったのだが、この時から5日間にわたって使用方法が分からず「テレカの謎」に頭を悩ますことになる。


ホルステン門

リューベック
 DBのIR2等は1車両が椅子席と5人掛けコンパートメント半分ずつできれいで快適だ。リューベック中央駅へ到着、早速ホルステン門を目指して歩く。間もなく写真と同じとんがり屋根が見えてくるが、残念ながら逆光で写真には具合が悪い。門の右を通り坂を少し上ると右手が聖ペトリ教会だ。入り口が分かりにくい。3.5DMを払い塔へエレベーターで登る。近くの塩の倉庫や市庁舎・マリエン教会など、天気が良かったので遠くまでよく見える。格子が張ってあるので怖くはない。

 マルクト広場では木曜に市がたつそうだが時間が早いのかまだ人は少ない。ここに面しているのが市庁舎のはずだがどっちが表側なのかよく分からない。ブライテ通りが正面入り口のようだ。艶出し煉瓦のかなり古い感じのする建物だ。教会をはじめ北ドイツの建物は煉瓦が特徴のようだ。ドイツ・オーストリア各都市のどこの市庁舎でも本当にこんなところで執務しているのかといつも思ってしまう。

 リューベックでの目的の一つマリエン教会はすぐ隣だがここも入り口が分かりにくい。ここはかのバッハがわざわざ勤務地のアルンシュタットから370kmを徒歩で旅し先輩のオルガン演奏を聴きに来た所だ。私が好きな作曲家で当時ハンブルクにいたヘンデルもバッハと同じくここのオルガニストの候補になったそうだ。(結局どちらもある理由で断っている。)オルガンは当時のものなのだろうか。そんなに古い感じではない。バッハに関する記述の石板があるそうだが、これには気が付かなかった。「オルガンツィクルス」のパンフレットがあって7・8月は毎週木曜20時からと土曜・火曜の18時30分からオルガン コンサートがあると書いてある。当時からリューベックの名物だった「夕べの音楽」が今でも続いているわけだ。機会があったらぜひ聴いてみたい。

 その後有名なニーダーエッガーでマルチパンの買い物、「STARK」でグラスを見るがガラスが薄く足が細く壊れやすそうなので(何より値段が高い)こっちはやめにした。昼食はラーツケラーで。今回の旅行では訪問先に大体ラーツケラー(市庁舎内レストラン)があるらしいので、あるところは全部入ってみることにしていたのだ。飲み物はホルステンビールとロートシュポン(赤ワイン)、つまみは輪切りのニシンを酢漬けしたもの。ロートシュポンはオーストリアで飲んだ赤ワインのように軽くフランスものとは違う感じがする。ニシンは生臭くはなく、身がしまっていておいしい。建物の中はかなり古い感じ、係は太めのおばさんで愛想は普通。入ったのが12時前だったので出るまで客は我々だけ、採算がとれているのか心配になってしまう。

 写真を撮りながらホルステン門を後に中央駅へ、ハンブルク行きのIRに乗り込むが、列車内で汗びっしょりになることが待ち受けていたのだ。

 リューベック発12時24分の列車の空の5人室コンパートメントに腰をおろすと間もなく、予約チケットを片手に70近い女性が「ここが私の席ね」と言って乗り込んできた。よく見かけるドイツの上品なおばあさんという感じだ。「あなた達どちらへ?」と(ドイツ語で)話しかけてきた。「ハ、ハンブルクまで、そ、そして乗り換えてシュターデへ」と言うと、「どれどれ、ハンブルクは13時○分到着よ」と教えてくれた。「ダンケ」、ここでもう汗びっしょりだ。これが噂の親切・世話好き・おせっかいドイツ人か。以下ハンブルクまでの長かった会話の一部。お=おばあさん(このように言っていたと思う) 私(このように言おうとした)

 「中国から何しにきたの?」(以後、やりとりは概ね英語)

 「私たち日本人ですが、音楽を聴くために」

 「まあ、日本のどちら」(答え省略)

 「そこは暑いのか?トウキョウが首都なのは知ってる」

 「最高気温は30度を超える、しかし冬は雪が積もる」

 「まあ、じゃ春と秋はないのね! 何か楽器を演奏するの?」

 「いや、音楽は聴くだけ」

 「まあ、じゃ新聞記者とか物書きの方?」

 「いえ、趣味で」

 「趣味で! 結構なこと」

 (儀礼的に)「あなたはどちらまで」

 「ボンまで、私が住んでいるところよ」

 (よせばいいのに)「ボンならこの1月に訪れ市立劇場で「マダム バタフライ」 を観た」

 「!!まあ、ボンへ、オペラを。で、あなた方、何か演奏なさるの」(これに対 するやりとりは前と同じ)

 (ニーダーエッガーの袋を見て)「これとても甘いのよ、大人はあまり食べない。 おみやげ?、子供はいるの?男?女?」(答え省略)

 (よせばいいのに)「ボンのベートーヴェン音楽祭に何年か先に行くかも知れない」

 「まあ、ちょっとメモ用紙を。ANNELISE ○○、これが名前、これが電話番号。 ボンに来たら電話しなさい」

 「!!」

 「あら、ちょっと待って。ハンブルクは13時18分着よ。次の駅を見てたわ」

 (それは知ってました)

 ハンブルクに着く頃には体中汗びっしょり、しかし同行者は「助けてやりたかったけどあなたと同程度に分からないから」と。


ハンブルク
 ハンブルクへ寄ったのはバッハが自らオルガニストを志願したヤコビ教会を見るためだ。(試験には合格したが結局ここも、リューベックのマリエン教会とは別の、ある理由で断った。)建物は例によって煉瓦造り。今設置されているのは当時のシュニットガー オルガンなんではないそうだ。北ドイツの教会は外観がよく似ていて、特徴とかはよく説明できない。ここにはハンブルク国際オルガン フェスティヴァル(
8/22〜9/20)のチラシがあった。これも機会があれば聴いてみたいものだ。

 バッハが試験の時に演奏したのはカタリーナ教会のオルガンだったが、列車まで時間もあまりないのでここは省略、急いで市庁舎の外観を見て(ここもラーツケラーがあるんですよね)中央駅へ、シュターデ方面行きの列車に乗る。


シュターデ
 シュターデへはたまたま旅行日程に合う音楽祭のコンサートがあるので行ったわけだが、それにしても「シュターデ」という響きが素敵ではありませんか!ガイドブックに「スターデ」なんてあったら許せません。

 宿泊所はHotel Zur Hanse、やっと現地のiから届いたホテルリストからFAXで予約した。リストには、小さな町にしては手頃な料金のところがなく、駅に近いという条件に合うのはここだけだったが、これが今回の旅行のナンバー2の当たりだった。

 駅から左手に数分、部屋は明るく広く、シャワー・トイレ室も広い。使わなかったが、冷蔵庫・キッチン付き。朝食室もきれいで、内装や食器の趣味がいい。ツイン1室150DM、カード可。

旧港付近

 見どころはあまりないようだが、きれいな街並みだ。コンサート会場のコスマエ教会を確認、すぐ隣が市庁舎で、ラーツケラーを発見、夕食はここに決まりだ。ここから旧港方向へ行くと町が少し古い感じがするが、やはりきれいだ。港、といっても町を流れる川なんですね、ここの眺めは絵はがきそのままだ。魚売り娘の像と記念撮影後に食事。

 ラーツケラーはあまり広くない。コンサート(20時開演)の前なので飲み物はワイン(グラス1杯)にする。ビールだと、教会にはトイレがあるかどうか分からないので。料理はおいしい。ドイツ・オーストリアでは、何が出てくるか分からない注文でも、口に合わないものはこれまで記憶にない。ここも係りはおばさんで、出るまで他の客は来なかった。

聖コスマエ教会

 ようやくテーマの「音楽祭」にたどり着いた。ドイツの音楽祭は、ベルリン・ミュンヘン・バイロイトあたりが有名で内容が充実していているが、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭も規模・内容からして決してひけをとらない。送ってもらった資料を見るまで分からなかったのだが、7/11〜8/30の間に30を超える都市で延べ130回!の演奏会という規模で、演奏者は地味だが一流揃いだ。先の3つに次ぐ第4の、というより同等の、いや、そのバラエティに富む内容と会場の魅力から、楽しめるという点では第1ではないかとさえ思ってしまう。このことは、後日訪れるラインガウ音楽祭でも同じだ。

 さて、今夜はコスマエ教会でのシャンティクリアという男性12人からなるアメリカの合唱団のコンサート。教会は例によって煉瓦造りで、内部は広くはなく、オルガンが目立つ。曲は、パレストリーナを初めとするルネサンス時代の合唱曲。前から3列目の席だが、耳に入ってくるのはほとんどが反射音の心地よい響きで、残念ながら時差と街歩きの疲れとワインが利いてついうとうとしてしまう。会場では現地暮らしの日本人と思われるご婦人1人を見かけた。

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