このリポートは、南オーストラリアのワイアラに住むハインツ・クラッツさんの闘病記です。クラッツさんは私のWebページを見て、私と同じ方法で治療をしました。そして同じように癌から生還を果したのです。これは臨床的にもとても関心がありますので、ご紹介します。
ボブ・カージャラ
著者: Robert Karjala(ロバート・カージャラ)/Heinz Kratz(ハインツ・クラッツ)
原題: The Heinz
Kratz Story
URL: http://essiac-info.org/BobK/story3.html
2000年5月8日ダウンロードしたWebページを、管理サイト「Essiac Information Page」のMs. Anne Harrisの許可のもとに翻訳したものです。
このリポートは、南オーストラリアのワイアラに住むハインツ・クラッツさんの闘病記です。クラッツさんは私のWebページを見て、私と同じ方法で治療をしました。そして同じように癌から生還を果したのです。これは臨床的にもとても関心がありますので、ご紹介します。
ボブ・カージャラ
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私は、ハインツ・クラッツ、58歳男性です。南オーストラリアのワイアラにあるウエストランドホテル/モーテルの取締役をしています。また共同経営者でもあります。私はボブが闘病記や服用しているハーブの組み合わせ、配合をホームページで公表してくれたことに感謝します。あなたが癌を克服できることを証明してくれたお陰で、私は自分の癌との闘病になお一層確かな見通しを持つことができました。
1999年5月下旬、私は4回目の放射線治療を受けました。その後で、リラクゼーション療法をしている友人の1人が、私にエイジアックと抗酸化剤、それにビタミン剤を紹介してくれました。肺癌とエイジアックについてもっと詳しい内容を知りたいと思い調べている最中、8月にボブのWebサイトにアクセスしたのです。あなたのWebサイトにとても感銘し、私はすぐにキャシー・セドラー(マザー・アース・ハーブズ)とジュリアン・ウィットカー医師に連絡を取りました。それ以来、私は文字通り、ボブの治療法(代替療法)をまねています。
エイジアックについては、それまでインフルエンザのような兆候があり、それから少しその兆候が薄れていき、体力が増強してきました。私は放射線治療と化学治療を施してくれる2人の医師に、ビタミン剤と抗酸化剤、それにエイジアックを服用していることを報告していましたが、彼らからは何の反対意見も返ってきませんでした。
キャシー・セドラーのエイジアックは、オーストラリアで手に入れられるものに比べると、ずっと新鮮で良い製品です。リンゴとニンジン1:1の割合でコップ1杯分の新鮮なジュースを作り、1日2回飲んだことも言っておきます。3回目の化学療法を受けた後、私の白血球数は1.5に落ちました。その時医療スタッフの1人が、食事療法にカキと黒ビールを加えるよう勧めてくれました。両方とも好きですから、私は喜んでその提案を受け入れ、両方ともしっかり摂りました。結果は4日も経たない内に、私の白血球数は2.7に上昇したのです。
私が受けた治療の概略をこれから述べますが、主治医からの手紙やリポートをもっと細部まで理解できると思えるところには、青い文字と下線を引きました。そこをクリックするとリンクするようにしてあります。
私はカイロプラクティクの治療師から、肋骨の下のほうがどうも骨折しているらしいと巧みに話をされ、胸部レントゲンを撮りに行かされた。このレントゲン撮影の結果、肋骨の骨折はなかったが、右胸に5.6cmの大きな塊が見つかった。その後、1999年5月4日に胸部C.Tスキャンをし、腫瘍と右胸の中ほどに一部分崩れたものの存在が確認された。多数の異常な腺も見つけられた。5月7日、気管支鏡を試みたが不成功に終った。それは低酸素症反応のため止めざるを得なかった。5月11日と12日の手紙参照。
次の処置は、C.Tを見ながら細い針で細胞を取る細胞診で、結果は肺の腫瘍は部分的に壊死した扁平上皮癌であった。胸部C.Tスキャンを見ると、右上部と気管支中葉はもちろんのこと、リンパ腺隔膜や上部大静脈の重要な圧搾部は腫瘍で覆われていた。癌の発生した場所が悪く、手術はできない状態であった。放射線科の医師は69Gyを1日2回照射するという、かなりの放射線量で治療することにした。
放射線治療開始。
放射線治療終了。1日2回、30日で合計60回の治療を受けた。6月2日の手紙参照。
C.Tスキャンで、癌は最初のほぼ半分に縮小したことを確認。私は、「化学療法が引き起こす神経障害の改善に用いる、新薬AM424の安全性と効果を測定する無作為第2層試験、ダブルブラインドやプラセボコントロール」の新薬テストに、意を決して参加することを決意。同時に私は、カルボプラチンとパクリタキセルという2種の抗癌剤を組合わせたものを処方された。
抗癌剤投与終了。同量のカルボプラチンとパクリタキセルを計600mg、3週間の間隔をおいて6回投与された。
19日、C.Tスキャンをする。翌日、気管支鏡を実施。癌の影は見当たらず。肺の細胞診の結果を受け取っていないことと、PET(ポジトロン・エミッション・トモグラフィー)を受けるため数週間以内にメルボルンへ行かなければならないこと、この2つが残るのみ。私は、最終的には両方とも何でもないと楽観している。
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(前述の69Gyというかなりの放射線量を照射される時に)入院して1週間か2週間で私の体内はほとんどフライかバーベキューにされるといってよい状態(放射による火傷)と聞かされていたし、また食道や喉にかなりの激痛が予想されたので、この時は鎮痛剤も処方されていたが、医療スタッフ全員が驚いてしまうほど、副作用も他の問題も私には起こりませんでした。医療スタッフからの手紙参照。
私はこれまでの治療で、モルヒネや他の鎮痛剤もまったく使う必要がありませんでした。化学療法を受けている間も同様に(医療スタッフの)予想に反して副作用は全くでませんでした。実を言うとボブ・カージャラのように体重が84.1kgから93kgに増えたのです。
私が治療スケジュールを消化している最中に、ABC放送(オーストラリア国営テレビ放送)がAM424のニュース特番を放映した時、私が映りました。その時に映った私の写真は、会社のWebサイトの“The Directors”のページにあるもので、カルボプラチンとパクリタキセルの影響で変なヘアスタイルですが、ボブはグループ内の私を見分けるのに困りはしないでしょう。この写真は1999年12月上旬に撮影されたものです。
私が癌との闘いに勝利できたのは、家族と友人たち、そして医療スタッフからの有効な援助、とりわけ細かいところまで包み隠さず説明してくれ、私もまた全幅の信頼を寄せた2人の最高の癌専門医、それにボブがWebページを通じて積極的にインプットしてくれたこと、そこには当然の結果としてハーブ療法(エイジアック)が提案されていたこと、そして最後に、勝利者となるまで決して諦めない私の闘争心、これらのすべてがうまくかみ合ったからだと信じています。
2月17日(木曜日)、妻のトリッシと共にPETを受けるためにメルボルンへ飛びました。そして今日2月20日、私の体のどこにも全く癌はなくなりましたと専門医から電話がきました。従って私は癌から解放されたのです。この最高のニュースをあなたと分かち合いたいと思います。
ハインツ・クラッツ
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【2000年8月24日版】
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