Act .4 惑い
「おはようございますぅ、フロリスさん」
「おはよー」
朝起きると、ティセが台所で食事を作っていた。無銭宿泊者の後ろめたさと純粋な感謝の気持ちから、わたしも横からそれを手伝う。
「スクランブルエッグだね? じゃあ、わたしはサラダを作ろうかな」
「はい。おねがいします〜。フロリスさんは、お料理が上手なので羨ましいです〜」
「そう? 一人暮しが長かったからね」
……昨日、ちょっと無意識で魔法を発動させてしまったものの、ちょっと天井から埃が落ちてきただけですんだ。わたしの魔力は、あのときからぜんぜん鍛えてなかったから、それほど強いものじゃない。だからあの魔法盗賊団も、ちょこっと焦げただけだった。
鍛えようかな、と考えて、自分で驚いた。一日だけの時間が、わたしにもたらした変化は大きかったみたいだ。もうわたしは、自分の力が恐くない。嫌いでも、ない。ただちょっと、持て余しているだけ。
「あ、ティセとフロリスおはよう!」
「おっはよー!」
ビセットとルーティが着替えて降りてきた(どういうわけか、この二人は一緒に出てくる)。わたしたちは挨拶を返して、それぞれ作った料理を盛り付け始める。
「他のみなさんは?」
「ルシードとゼファーは、もうすぐ来るんじゃない? バーシアはどうせ遅いよ。メルフィも大変だよなぁ」
バーシアさんは、低血圧なんだそうだ。ビセットは陽気に話しながら、次々と皿を食堂に運んでいってくれる。
彼の言葉通り、ぞろぞろと他のメンバーも食堂に集まってきた。朝の挨拶と、他愛ない会話で朝食が始まる。
「ビセット、お前うるせぇぞ! 静かに食え!」
「なんだよー、食事は楽しく食べたほうがいいんだぞ!」
「あんたは騒ぎすぎてんのよ。まったく、おこちゃまはこれだから……」
「ふふ……」
今日ほど、朝が楽しいと思えたことはない。一日の始まりを祝福したくなったことなんて……久しぶりだ……。
わたしの家族が生きていたころ、わたしは朝が大好きだった。この一日も、また大好きな人たちと共有できるから。なるべくみんなと一緒にいたかった。いっしょに過ごせなかった時間のことは、その日の夜に話した。父様と母様は、優しく笑っていた。兄様は、ときどきわたしをからかった。弟は……まだなにもわかっていなかったかもしれないけど、手を叩いたりしていた。みんなの笑い声が好きだったけど、特に弟が高い声で笑うと、わたしもすごく嬉しくなった。ときどき喧嘩したけど、わたしが守らなきゃならない存在だった……。
守ることの叶わなかった、存在だ。
「フロリス?」
怪訝そうなルーティの声で、わたしは気がついた。ずっと黙りこくってたから、変に思われたんだ。
「どうしたんですか? 具合が悪いとか……」
「ううん、大丈夫だよフローネ。ありがとう」
ずっと、こんな表情なんて忘れてたから、自身がなかったけど。
「ありがとう」
今度は<ブルーフェザー>のみんなに対して、わたしは微笑んだ。
ボジェーロ百貨店からの通報で、保安局本部にヴァレス、ビノシュ、そしてルシードが緊急に召集されたのは、午後になってすぐのことだった。
「……アクア宝飾工房からも、同様の通報があった。というよりも、先にアクア宝飾工房の店員が異変に気づき、ボジェーロ百貨店側に伝えたというのが正しい」
にが虫を噛み潰したような顔で、ロイドが口火を切った。
「被害はかなりの額に上る。店の高価なものばかりを盗んでいったようだ。ご丁寧に、店の隅から隅までをひっくり返して品定めしていった」
この情報は、ヴァレス室長とビノシュ室長からもたらされたもので、途中の廊下で合流したルシードは、一足先に二人から知らされていた。もう一つ、犯人の目星についてもだ。
「犯人は、昨日君らが捕縛した盗賊団。あの三人は囮で、騒ぎを起こすことが目的だったと考えられる。派手なとりものを演じ、市民や保安局を安心させる。こんなものにひっかかるとはな。もう少ししっかりしてくれたまえ」
ハンス・ロイドという人物は、いつもこんな感じだ。自分で直接現場の指揮をとることはしないくせに、部下たちに偉そうに説教をする。ルシードが、一番許せないタイプでもある。
だからルシードは、思わず反論しようと一歩前に踏み出していたのだが、彼の言いたいことは別の人物が代弁してくれた。
「確かに、我々の読みが浅かったことは認めます。が、それを見越しておられたのならすぐに指示をしていただきたかったですな。聡明な部長刑事殿ならば、浅慮な我々のミスを事前に防いでくださったことでしょう」
「……」
ビノシュ室長が、俯いていた。笑っていることはすぐに察せられた。わずかに肩が震えたからだ。
「では、我々は捜査に向かいます。失礼」
威厳すら感じられる足取りで部屋を出ていくヴァレス室長のあとに、ルシードとビノシュ室長も続いた。
「あんたも言うな、ヴァレス室長」
第一捜査室が近づいたところで、ルシードはヴァレスに耳打ちした。ヴァレスは普段あまり見せない、悪戯っぽい笑顔(苦笑の色があったが)で答える。
「私とて忍耐力がもたないことはある。特に、捜査続行を却下されたばかりなのでね」
ロイドよりも彼が部長刑事の椅子に座っていてくれればやりやすいのに、とルシードは思ったが口にはしなかった。言ってもしかたないし、恐らくそれはかなりの確率で実現するだろう。
(ロイドといえば……)
昨夜、フロリスはロイドにかなり怒りを覚えているらしいことが判明した。アルフリート家の金庫というのが関わっているらしいのは知っているが、金庫がどういう意味を持っているのかはまだ謎のままだ。それに、もう一つ気になっていることもある。
「ヴァレス室長」
「なんだね?」
あの事件が今回と同じ、魔法を使う盗賊団のものならば、
「四年前にここで捕まったっていう、魔法盗賊団の事件の記録って、どこにあるんだ?」
「四年前?」
やはり今のように四捜と一捜が合同で事件に関わったかもしれないと思い、ルシードは訊いてみた。
「わけあって、アルフリート家の金庫について知りたいんだ。あんたなら知ってるかもしれないと思ってな」
「知っているも何も、有名な話だ。特に盗賊団の被害者の一人である少女が、部長室を荒らして飛び出していったことは」
(あいつ……)
あの少女は、妙な伝説を作ってしまっていたようだ。
「君の知りたいアルフリート家の金庫というのは、ビノシュ室長の管轄下に置かれていたな?」
「ええ」
それまで黙っていた、美貌の女性がうなずく。
「重要参考物件としてね。でもあの金庫は、かなり特殊な構造になっているの。魔法能力者でなかった当主のためにね」
「……やはりな」
謎が一つ、氷解した。
現場検証のために、みんなは出かけてしまった。私はティセとメルフィさん、ゼファーさん、そして『所長』とお留守番。現在二階の掃き掃除をしています。
「ここは……何?」
二階の談話室のさらに奥には、奇妙な部屋があった。円が床にいくつか描かれていて、しかも発光している。
「ここは、えっと〜『まほうじん』のお部屋ですぅ」
「魔方陣?」
いっしょに掃除をしていたティセが解説してくれた。
「ここで、御主人様たちは魔法の力を強くするんですぅ。でもティセはぜんぜん強くなれません」
魔法能力者じゃないと、駄目ってことだろうか? ということは、わたしにもできる?
「まあいいや、お掃除しよう」
「はいですぅ」
魔法を鍛える。興味はあったけど、自分のことで躊躇っているのも事実。わたしは魔法能力者として、何かをして生きていくべきだろうか。それとも何かをしながら、魔法能力者として生きていくべきだろうか。どちらもいいようにも、悪いようにも思える。
「魔方陣も掃除したほうがいいよね?」
「あ。フロリスさん!」
ティセが制止したが、わたしは魔方陣の中に足を踏み入れていた。
お待たせしました。Act.4です。
久しぶりのブルーフェザーで懐かしいです。
しかし、なかなか進まない……。予想より
遥かに長くなっているのでした(汗)。
でも、ちゃんと完結はさせます。
フロリスから始まりフロリスに終わる
めずらしい形式でした。