Act.5 前進

 

 

 

 保安局捜査課の力を総動員しても、魔法盗賊団の足取りは以前つかめないままだった。いらいらした気分のまま、ルシードは今日のおやつのケーキをばくばくと平らげた。クーロンヌの美人パティシエ、リーゼからの差し入れである。クーロンヌのケーキといえばかなり人気が高く、ビセットなど感涙して拝み倒してから恐る恐るフォークでわけていたのに、だ。

「ルシード君、もっと味わって食べてよ。お姉ちゃんの特製なんだから」

 文句を言ったのはリーゼの妹のシェール。ケーキを届けに来たのは彼女である。姉と同じ色の柔らかい金色の髪と茶色の瞳をしているが、性格はこちらのほうが勝気で元気なのだった。ちゃっかり居座って一緒にケーキを食べる彼女に、しかしルシードは何も言わない。

「いいよいいよ。ルシードは機嫌悪いんだから、あたしがこのシュークリームケーキはもらうから」

「あっ、ずるいぞルーティ! それは俺の!」

「はいはい、喧嘩しないの」

 いつものように騒がしいメンバーの上に視線を走らせ、ルシードはリビングのソファーを見やった。うなだれたようにも見える、茶色の三つ編み。

「……フロリス」

 ルーティとビセットはルシードの視線を辿り、揃って立ちあがると件のケーキを手にフロリスに近づいた。

「これ、あげるよ。おいしいよ」

「そうそう、リーゼさんのお手製なんだからさ。今度はいつ食べられるかわかんないぞ」

「うん……ありがとう」

 ぎこちなく笑って、フロリスは二人から皿を受け取った。けれど食べようとはせず、ぼんやりと膝の上に皿を置いて壁を見つめてしまう。

「(……あの人、誰?)」

 先刻から気になっていたらしいシェールが、小声でフローネに耳打ちした。

「ええと……」

「新聞記者の方です。梓さんというの」

 答えるべきがどうか迷うフローネの変わりに、メルフィが横から会話に加わった。

「新聞? 何、<ブルーフェザー>の取材? けっこうみんなも有名になったんだぁ」

 いちおうそれも真実の一端なので、誰もそれ以上説明しようとはしない。ここ最近元気のないフロリスに対する、思いやりでもあった。

 ボジェーロ百貨店とアクア宝飾工房から盗難の通報があった次の日から、ずっと目に見えてフロリスは落ちこんでいた。恐らく原因は盗賊団の行方がぱったり途絶えてしまったことにあるのだろうと考えた<ブルーフェザー>は、メンバー全員で調査に取り組んできたのだが、思わしい成果が上がっていなかった。ルシードのいらいらは、そのあたりの焦燥ともどかしさからきている。

 不意に、フロリスが腰をあげた。彼女以外からの視線を集めながらも、彼女は漂うような動きで玄関へ進んでいく。

「あの〜、どこへ行くんですかぁ、フロリスさん?」

「ちょっと散歩……大丈夫、この付近だけにするから」

 いちおう彼女はこの事務所で拘束しているのだと、一番最初に思い出したのはメルフィで、あわてて飛び出したのはルシードだった。

 

 

 ……駄目だなぁ。

 <ブルーフェザー>の人たちは本当に優しくて、だからこそ心が苦しくなる。事務所から旧市街への端を渡って、ぶらぶらと歩きながらわたしはまた溜息をついた。溜息をつくたびに幸せが逃げていくというけど、そんなのはもうどうでもいい。これ以上逃げてくような幸せが私にあるとは思えない。

 シープクレストという街を、そういえばじっくりと見たことがなかった。旧市街は特に懐かしいような活気があって、付近を散歩すると言ってきたのも忘れてわたしはどんどん海のほうに向かっていった。

「フロリス!」

 大きな声で呼ばれて、驚いてわたしは立ち尽くした。どうにも、不意打ちの大声にはトラウマがあるな……。

「ったく、近くだけって言ってただろうが! 旧市街はけっこう入り組んでるんだぞ!」

「……ルシード?」

 どうして彼が追いかけてきたんだろう。一瞬だけそう考えて、あまりにも答えがわかりきっていたので自分であきれてしまった。彼の普段の言動は面倒くさがりでわがままに見えるけど、本当は誰よりも責任感も正義感も強い人なんだ。

「ごめん、ぼーっとしてて。旧市街って面白そうだったから……でも、もう帰るね」

「お前、ひょっとして旧市街は初めてか?」

「シープクレストは、ほとんど見たことないの。前に来たときはあわただしかったし、怒ってとっとと他のところに行っちゃったから。今思うともったいないな」

「……」

 どういうわけか、ルシードはしばらく押し黙って、おもむろに通信機を取り出した。

「あ、ゼファー。フロリスまだ見つからねぇんだ。もう少し探してみる」

 え?

「ルシード?」

 呼ぶと、彼は薄紫の髪を乱暴にかきむしり(綺麗なのに、もったいない)、すたすた歩き出してしまう。わたしは急いでその後を追いかけ、

「ねえ、わたしもう帰るよ? もともと外に出たら駄目だったんだから」

「俺はまだお前を見つけてねぇ」

「だから――」

 言いかけて、口を閉じた。この人の行動の意味が、わかった。

「こっちが海だ」

 歩幅が違うから、わたしは気を抜くと置いていかれてしまう。小走りになりながら、くすぐったい気持ちでわたしは彼の『捜索』に付き合うことにしたのだった。

 

「あら、今日はデートかい?」

 店に入るなり、とんでもないことを言われて私は絶句してしまった。ルシードもそれは同じだったようで、恰幅のいい女将さんの言葉ににぶっきらぼうに反論していた。もっとも、信じてもらえたかどうかは疑わしいけど。

 とりあえずカウンターの席について、ルシードはわたしの分も含めて適当に注文した。

「……いらっしゃいませ」

 オーダーして待っていると、小さな声と一緒に水の入ったコップが目の前に置かれた。視線を上げて、またもやわたしは硬直してしまう。茶色の髪と、紫色のリボン、そしてピンと上を向いた、猫のような狐のような耳――。

「ライシアン?」

 呟いた瞬間、ちょっと後悔した。不思議な耳を持つ少女が、その単語にびくっと反応したからだ。

 ライシアンは希少種族だ。きっとそれだけの理由でこの小さな女の子はつらい目に遭ってきたに違いない。目の大きな、優しそうな雰囲気の子なのに。

「よう、更紗。久しぶりだな」

 気まずくなりかけた雰囲気に、すごく自然に入ってきたのはルシード。気安く女の子に声をかけ、ぽんぽんと頭をなでる。それだけで……彼女ははにかんだように微笑んで、嬉しそうにルシードの名前を口にした。

「……お姉さん、ルシードのお友達?」

「え? あ、うん。ちょっとお世話になってるの」

「……<ブルーフェザー>の人たち、みんないい人だよ」

 更紗というらしい少女は、口数が少ないけれど言いたいことは伝わってきた。彼女もきっと、いまのわたしのような立場だったことがあるんだろう。

「そうだね。みんな優しくしてくれて……感謝してる」

 だからわたしは……わたしのすべきことは……。

 ちょっとだけ、勇気がわいてきた。

 

 

 予告状が再び来たらしいことを、<ブルーフェザー>メンバーとフロリスは翌朝ゼファーから聞かされた。

「どこだって!?

 ビセットは一番はりきっている。ゼファーにつかみかからんばかりの勢いを、しかしメルフィが鎮静化させた。

「それが……要求が出ているの。指定するものを、指定する場所に持って来いって。そうしたら盗んだものは返却するということだけど……返ってこないでしょうね」

「だね。大方全部持ってドロン、ね」

 唯一いつもとテンションの変わらないバーシアが、あくびをかみ殺しながら言う。

「それで、何を持ってこいって言ってたの?」

「ここにリストがある。本部に届いたものをそのままコピーしたものだ」

 全員が、テーブルの上に置かれた紙をのぞき込む。そして、フロリスが叫んだ。

「嘘!?

「あっ、フロリスさん!」

 へなへなと床に崩れた彼女を、フローネが支えた。彼女は蒼白で、心なしか身体が震えている。

「これ、これってまさかあの……!?

「……そうだ」

 リストにはさまざまな品が書かれていた。美術館に納められている名画、街の名士が秘蔵している美術品や宝石、どれもかなり芸術的価値の高いものばかりで、実物を見たことがなくてもこの街に住む者なら一度は耳にしたことがあるというほど何度も噂になっている。しかし、その中に並べられている一つは、ごく最近<ブルーフェザー>の事務所で話題になったばかりだった。

「『アルフリート家の金庫』……。馬鹿だよね。まだ自分なら開けられるなんて幻想抱く輩がいる」

 フロリスの口からこぼれた声は静かだったが、その静かさが不気味でそばにいたフローネは驚いて彼女に添えていた手を引っ込めてしまう。

「わたしも行く」

 音すらも感じさせない、そんな声音だった。けれど彼女の碧の双眸には、燃え滾る怒りがある。あまりにも激しい怒りゆえに感情が消えてしまったような、そんな印象だった。

「で、でも、フロリスは戦闘訓練とかしてないし……危ないよ。相手の人数とかわかんねぇし」

「そ、そうそう! 事務所で待ってて。ね?」

「わたしも行く。あの金庫は、わたしのものでもあるの」

 フロリスは、なおも繰り返した。

「それにね、今となってはわたししかあの金庫を開けられない。わたしがいたほうが犯人も油断する」

「それってどういうこと?」

「おじい様のアイディア。アルフリート家はあの宝の守り手であり、支配者でもあるってこと。わたしの名前がフロリス・アルフリートである限り、わたしはあれを管理しなきゃならない。……やっと、あなた達と会ってやっと、わたしそう思えるようになった」

 怒りはおさまっていない。それでもフロリスが何かを悟った者に特有の穏やかさを手に入れたことが、ルシードを始め全員に伝わった。

「そうだな。フロリスには見届ける義務も権利もある。ゼファー」

「うむ」

 <ブルーフェザー>の戦闘担当の五人に続いて、ゼファーも席を立つ。

「俺がフロリスを警護する。できる限りのことはするが、危なくなったら逃げろ」

「……ありがとう」

 神妙に、フロリスが頷く。

「詳しいことは本部で説明がある。行こう」

「おう!」

 ――最終決戦という言葉が、フロリスの頭をよぎった。

 

 

 


他のキャラも出してみようという

試みでした(嘘)。リーゼさんだけ出てないですな。

うーんでも、<アンジュ・ガルディアン>

を読んだせいか、この話しがかぶっているような

気がしてしかたないです。いや、私が悪いんですが……。

フロリス、性格暗くなって来てます。

もともと、あの飄々とした感じは

そう振舞っている、という類の

ものだったんですけどね。

 

 

 

 

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