Act 3.フロリス
時刻は午後六時、場所は<ブルーフェザー>事務所の談話室。ただし、現在ここは『取調室』となっている。
「さあ、ネタは上がってるんだっ! 正直に吐いて楽になれ!」
「……刑事ドラマごっこ?」
「遊ぶなビセット」
丸めた雑誌でぱこんと殴られ、ビセットはしぶしぶスタンドを消して引き下がった。即席突っ込み用アイテムをまだ準備しながら、ルシードは向かいのソファにちょこんと座る少女を無言で睨んだ。本人にそのつもりがなくても、目つきが悪いため睨みつけているように見えてしまうのだが。
「ええっと……何から自白しましょうか?」
「いや、自白って別に悪いことしたわけじゃないんだから」
「いいえ。許可なしでの魔法の使用、及び犯人への暴行は立派に公務執行妨害です」
バーシアに対して生真面目に反論したのは、事務所のオペレーターのメルフィ・ナーヴ。広がった明るい褐色の髪と、眼鏡の似合う知的な女性は、続いて梓に向き直る。
「梓さん……でしたよね? 報告書を書かなければならないので、正直に話してくださいね。それほど重い罪ではありませんが、何日かの拘留も場合によってはあるかもしれません」
「はい、わかりました。……本当にごめんなさい」
「梓さんは悪くないよ」
ルーティは、彼女の隣に座って元気よく言いきった。元気付けようとしてのことだろうか。
「だって、あたし達を助けようとして魔法を使ってくれたんだもん。犯人だって大した怪我もないし、きっと大丈夫だよ」
「……ありがとう」
少しだけ、梓は微笑んだ。
取調べは、もちろんリーダーであるルシードを中心に進められた。梓はおとなしく、質問にすらすらと答えていったが、どういうわけか出身地など身辺のことについては、頑なに黙秘を守っていた。
「なんだよ、ゼファー。話って」
しかたなく、今日の分の質問を打ち切って解散した後、ゼファーがこっそりとルシードを呼びとめ、資料室についてくるようにささやいた。フローネに連れられて今は台所で食事をしているはずの、あの三つ網の少女について、思い当たることがあるという。ゼファーの知識量・記憶量には表には出さないものの一目置いているルシードは、そう言われて彼に従わないわけにはいかなかった。
ゼファーは資料室の膨大な書棚の一角から、薄い本を取り出した。紐で閉じられている黒い表紙のそれは、<ブルーフェザー>の古い日誌らしかった。
「ここは人手不足だが、まったく人材を捜していないわけではない」
ぱらぱらとページをめくりながら、ようやくゼファーが口を開いた。しかし、導入部は本題とかけ離れているように感じて、ルシードはいらいらと眉を上げる。もっとも、長い付き合いであるのでゼファーはそんな彼をどこか楽しげに見ているだけだ。
「何年かごとに、思い出したように魔法能力者のリストが送られてくる。俺がリーダーだったころにも何度かあった。そのうちの一つがこれだ」
差し出されたページを、彼は黙って目で追った。彼の表情が強張っていくのを、ゼファーの黒真珠の瞳は片時も逸らされずに見守っていた。
わたしは取調べを受けている身なのに、堂々とみんなと一緒に御飯をいただいてしまい、さすがに恐縮して後片付けを手伝った。こういう家事は当番制のようで、ビセットが皿を洗い、四捜の見習のティセがそれらをせっせと戸棚にしまっている。わたしは、ごみ箱いっぱいになってしまった生ごみの始末だ。
台所を出るとき、まだ食堂にいたルシードと目が合ってしまった。
「……?」
どういうわけか、ただでさえ不機嫌そうな彼の顔が、ますます頑なに思えてしまう。食事中も、わたしをじっと睨んでいたようだったし。
(う〜ん)
ごみを片付けて、わたしはしばらく外でぼんやりしていた。川のせせらぎが、闇の中から聞こえてくるのはとても幻想的で、それでいてわくわくする。流れる水が、どこかへ連れていってくれそうな気がするから。ま、それが本当になったためしなんて一度もないんだけどね。それだったら、わたしはこんなところにはいない。
「何をしている?」
声は、予期せぬ方向からかけられた。間抜けにも飛びあがってしまったわたしは、次の瞬間<ブルーフェザー>事務所の玄関灯に照らされた、長身の男の人を認める。長い茶色の髪に、蝶のような服を着たなかなかの美形なんだけど、黒真珠のような鈍い光の双眸は、どんな感情すらも通さない。彼の名前その他は、昨日聞いている。
「ゼファーさん……。びっくりした」
「そうか、すまないな」
「いえ」
うう、どういう反応かえってくるかも、どう対応していいのかもわからない……。ポーカーフェイスの人っていやだ。特に、美形だと根拠のない迫力があるからな。
「それで、質問にまだ答えてもらっていないが。ここで何をしていた?」
「えっと……特になにも。川の音がするから、聞いてただけです」
「川はめずらしいか?」
「そういうわけじゃないけど、夜に聞くのが好きだから」
育った場所の近くに、川があった。眠れない夜ばかりでも、川の音は優しかった。闇は暖かだった。このままそれらに包まれて目を閉じれば、安らげるような気がしたけれど、実際は悪夢に妨げられた。あの日までずっと。
「フロリス」
「――!?」
うかつなことに、わたしは思いきり反応してしまった。驚きがありありと浮かんでいるだろう表情で、まじまじとゼファーさんを凝視しているわたしに、彼はもう一度繰り返した。
「フロリス・アルフリート……。そうだな?」
「……」
どうしよう。別にばれたからってどうってことないといえばないけど、でも……。
沈黙が落ちた。水音だけが聞こえる。この流れが、今のこともすべて持ち去ってくれればいいのに、それが叶わないことを不幸なことにわたしは知っている。
(逃げる? でも逃げたら今度こそ留置所送り……。それはちょっといやだな。って言うか、努力が水の泡だ)
「このことは、俺とルシードしか知らない」
再び、ゼファーさんの声が降ってきた。さまよわせていた視線を彼に合わせると、穏やかな微笑みがあった。
「だからこのまま隠し通すことも可能だ。お前の目的はもちろん知らないが、事情があることくらいは察している」
「……うん」
選ばせようとしているのだ。そしてそれは正しい。
(隠しておきたかったのは、名前じゃなくて――)
魔力なのかも、しれない。
「そろそろ中へ入れ。風邪をひくぞ」
「はい」
わたしは、この時に決めていた。もう迷うことはない。
気づいてしまった。わたしが隠したかったのは過去と、自分自身だ。
「あ? 話したい?」
思いきり、ルシードは不機嫌だった。この人はいつもこんな感じだけど、今回は間違いなく機嫌が悪かった。
「ごめん。決心つくまで時間かかった」
「決心?」
どういうわけか、事務所中にばらけていたメンバーが全員食堂に集合してくる。館内放送でもかけたのか? そんな人々を尻目に、わたしは真っ直ぐにルシードを見つめる。
「いいかな、話しても。」
「ま、駄目ってことはねぇな。メルフィ、記録頼む」
「はい」
ずらりと取り囲まれる形で、わたしとルシードは差し向かいに座った。いよいよ取調室っぽくなってる。……ああ、ぼけてないと駄目だ、緊張する。考えてみれば、今まで誰かに話したことって数えるほどしかない。下手すると一回しかない。
(私の過去)
「……まず、わたしの名前」
梓・フロンティアもわたしの名前ではあるけれど、生まれたときにもらったのは。
「わたしの名前は、フロリス・アルフリート。『梓』は記者としての名前なの」
ルシードとゼファーさんを除く全員が、それぞれ驚いた表情になった。
「生まれは、シープクレストの隣街。まあ、そこそこお金持ちだった」
「――アルフリート家って、もしかして宝石商の?」
と、メルフィさん。オペレーターは伊達じゃない。わたしは素直に頷いた。
「そう。父は私に色々な宝石を見せて、話を聞かせてくれた。弟は小さすぎたし、兄はそのときにはもう父と同じくらい詳しかったから」
うちは代々宝石商で、そんなことだから家宝の宝石というのも数種あった。家の奥に隠していて、家族でも滅多に金庫を開けることはできなかった。それに、その金庫には魔法がかけられていたから、絶対に番号と解呪の方法を知るアルフリートの者にしか、開けられなかったんだ。
「まあ、魔法さえ解いてしまえばあとは普通の金庫なんだけど。それが問題だったんだよね……」
「と、言いますと?」
フローネは真剣にわたしの話を聞いてくれていた。あまりのめり込まないほうがいいよ。ここからは『悲劇』だから。
「その魔法をね、解いてやろうって輩が後をたたなかったの。ちょっとばかし頭がいい奴が一番質が悪かった。でも、家にはもちろん厳重な警報装置がたくさんあったから、たいていは捕まえた。それに、結局金庫の魔法も解けなかったし」
そんな簡単に崩せるんなら、誰も苦労しないでもっと前に盗まれてたってのに。そもそも、鍵の開け方知ってるわたしたちでさえ、ものすごく手間をかけなきゃ中を拝むことはできなかった。もちろん、そんなことを言ったからって泥棒がいなくなるわけはないんだろうけど。
「そして……魔法を使う盗賊団が、来たんだ」
声が、震えてしまう。もう十数年経つのに、まだ……!
「両親はまず殺された。兄は抵抗しようとしたけど、無駄で……! お、弟はまだ四つだったのに……き、切り殺され……て……っ!!」
「もういいよ!」
がたがたとテーブルが揺れていたのを、誰かが止めた。ルーティが、涙のたまった瞳でわたしの手をしっかり握っていた。ようやく、わたしの震えがテーブルに伝わっていたことに気がつく。
「もういいから、話さなくていいから」
「……続けてくれ」
「ルシード!?」
彼女はルシードを怒鳴りつけた。信じられないという顔をしている。ああ、優しい子だね。
「いいんだ……。話すって言い出したのはわたしだから」
「だけど、フロリスさんは……」
「大丈夫。話せるから」
うん、きっと大丈夫だから。だって、わたしは変わった。
「わたしは、脅かせば秘密を吐くだろうって思えるくらいに子供で、言葉の意味を理解できて実行できるくらいには大きかった。六歳だったからね。それで生かしておいたんだと思う。……だけど、家族を殺されて怒りを覚えるのは、子供にだって当然のことだって、あいつらは考えなかった」
わたしは、たとえ殺されたって魔法の金庫を開けさせるつもりはなかった。むしろ殺されたかったのかもしれない。独りぼっちになってしまったから。
「殴られたって、蹴られたって、刀で切られたって、わたしは秘密を話さなかった。それで奴らあきらめたみたい。動けなくなったわたしをそのままにして、金庫を持って逃げた」
あのままだと間違いなくわたしは死ねたんだろうけど、危ないところで誰かに発見されたらしい。目が覚めたら病院にいた。身体中包帯だらけで、無気味に思ったのをまだ覚えてる。助かったという実感はなかった。
「そして、怪我が治ったらわたしは養護施設に引き取られた。そこでまた、不運なことがあったんだ。……入る前に魔力適正試験を受けさせられて……魔法能力者だってわかってしまった」
知りたくなかった事実。父様、母様、兄様、それに弟を殺した奴らと同じ力を、わたしは持っていた。家族の誰も、こんな力なんてなかったのに。
仇討ちを考えていた。でもそれすらも――生きる支えになりそうだったそのことすらも、わたしは取り上げられることになってしまった。みんなを死なせた力を持つわたしが、仇を討つ資格なんてないと思った。そうなるとあとは……死を待つ意外の選択はなかった。
「御飯を食べないようにして、水も飲まなかった。施設の人たちは躍起になって、終いには無理やり色々食べさせられたけど、あとでこっそり戻した。死にたかったんだもの。……今では、そう思わないけどね」
その日は突然だった。そんなものかもしれないけれど、人を変えるきっかけはどこから来るかわからない。私に訪れたそれは、新聞だった。家族を殺した盗賊たちが、逮捕されたというニュースだった。
「もちろんそのことも嬉しかったけど、印象に残ったのは奴らを捕まえたのが魔法能力者だったってこと。魔力が疎ましかったわたしには、すごいショックだった。それからだね、わたしは御飯を食べられるようになった。すごく美味しかった」
「その、魔法能力者って……」
神妙な面持ちで、おずおずとビセットが口を開いた。長い沈黙だったけど、ようやくそれが終わってわたしはほっとする。正直、こんな重い雰囲気の中で話さなければならないのは苦痛だった。明るくなりようはないけどね。
「奴らが逮捕されたのはシープクレスト。保安局が捕らえた。つまり――」
「<ブルーフェザー>ってわけね」
バーシアさんが正解を出した。わたしは微笑んでいた。自然に。
「十三年も前のことだから、ゼファーさんもいなかったはずなのによく気づきましたね」
言うと、一同の視線がわたしから彼に移動した。『なぜ黙ってた』とか『なんで知ってる』という感情がこもっている。ルシードもそうだった。果たして、前リーダーはこう答えた。
「資料室に、近郊魔法能力者リストが残っていた。顔写真つきだったので、助かったな」
「げ、写真まであるの? しかもそれって何年前の?」
「フロリスが十五歳……四年前か」
四年前ったって、わたしはそんなことちっとも知らないぞ。本人に何らかの通達があったっていいじゃないか。……って、まさか!? いや、それ意外考えられない!
「あんの狸ぃ〜〜〜〜〜〜!」
わたしは怒髪天の勢いで、がげんとテーブルを殴りつけた。ひゃっと情けない悲鳴が、ヒースの髪のティセから上がる。だけどまったく怒りは収まらない。
「ど、どうしたんですか?」
「あの親父! わたしをここに入れて金庫開けさせようとしたなぁ〜〜〜〜〜〜!」
「お、おい。テーブルはよせ!」
狸。親父。またの名をハンス・ロイド。職業は保安局のお偉いさん。
「おい、狸って……」
「……事件から四年後かな。保安局から、金庫取りに来いって知らせがあったんだよ」
低い声で、エピローグに突入するわたし。本当はあまりこの部分は語りたくない。腹立つから。
「金庫はあいかわらず開かなかった。保安局を持ってしても開かなかった。んでもって、シープクレストのみなさんは中身にとっても興味をお持ちだった。さらにさらに、中身はすばらしく高価だった。宝石商の娘が言うんだから間違いない」
しかし、だからといって!
「お悔やみ申し上げますの次に中身見せろたぁどういう了見だあの親父!」
わたしの怒りの捌け口は、天井へ向かった。つまり、無意識に魔力が発動してしまった……。
「お、おい!」
「いくら言葉飾ったからって、言ってることはそういうことだよ! 四年経ったからいいだろうって思ったんだろうけどね、いいわけないだろうが! ったく、どうせ世論に圧されたとかお値段とかに目が眩んだとかだろうけど、無神経にも程がある!」
わたしはまだ怒っている。だからこそ、金庫をそのままにして保安局を飛び出したのだ。それから、わたしは新聞配達所でバイトをし、そのつてで記者になったのだった。
肩で息をすることしばし。ようやく気持ちも呼吸も落ち着いてあたりを見まわすと。
「あれ? どうしたの?」
わたしの英雄、<ブルーフェザー>のみなさんは、頭を抱えて床にはいつくばっていた。どういうわけか、木屑まみれで――。
かなり遅くなった、悠久3の長編の続きです。
シリアスだったのにどたどたと終わってる……。根が
おちゃらけ人間ってことでしょうか。そして
盗賊団はいったいどこへ行ったのでしょうか。
洒落にならない(汗)疑問を残したまま
次の章へ続きます。世の中では組曲が
ブームというのに、未だにまともに組曲創作が
書けない私って……。