喧嘩の後は……
<ブルーフェザー>事務所の、狭い庭。洗濯機や物干し竿や、なぜか鉄棒まであるそこで、ルシードは不機嫌に目の前のものを見つめていた。
小さいながらも、枝振りが見事な木――世間では一般に『盆栽』と呼ばれるものが、彼の視線の先にいくつか並んでいる。これらは、ルシードがまさに今考えている相手が、とても大切にしているコレクションである。
だからこそ、こんなに不機嫌になってしまうのだ。いっそのこと、壊してやろうかとさえ思う。
(くそっ!)
絶対に原因は向こうにあるのだ。最近疲れたように眉根を寄せている姿を何度も見ているから、ルシードは「少し休め」と言ったのに、返ってきた返事は煩げで、表情にはわずらわしさが如実に表れていた。
それで、腹をたてて仕事をサボってこんなところにいるのだが。
本当は、怒っているというよりも悲しいのだ。疲労の大元が、自分にあるのだと痛いほど自覚しているから。
彼が、ゼファーがいつも、自分の補佐をしてくれているから必要以上に大変なのだとわかっているから。
ふう……っ。
「? どうしました、ゼファーさん?」
ため息をついた瞬間、隣のデスクで同じように書類を整理していたメルフィが、顔を上げてこちらを見てくる。彼女の目に気遣いを見て取って、ゼファーは微笑んだ。彼特有の、感情の読めない柔らかい笑顔。
「何でもない。メルフィ、何か飲みたいものはあるか?」
コーヒーを取りにいくような何気ない動作と口調で話しかけると、メルフィも笑顔になって首を振った。彼女は、仕事の最中に飲食をしたりしない。それは長い付き合いのゼファーもよく知るところだったが、わざとこう言ったのだ。自分が、どこに何をしにいくのかを勘繰られないように。
「今はけっこうです。でも、もしよろしかったらコーヒーメーカーをセットしておいてもらえますか? できあがったころに食堂に行きますから」
「わかった」
ゼファーは食堂に入った。この事務所には珍しいことに、がらんとしていて静かだ。今日の昼から、ビセット、ルーティ、ティセ、フローネの四人は公園にピクニックに出かけているし、バーシアはミッシュベーゼンに行ってしまった。事務所には、ゼファーとメルフィ、ルシードの三人しかいないことになる。本部に知れたら不真面目だとか無用心だとか言われるだろうが、年少の者たちに休みを取らせるのは悪くないと思い、承諾したのだった。
三人だけの事務所は、広すぎる。
(いや、所長もいるか)
所長は犬だが。
ダイニングテーブルについて、紅茶を淹れる準備をする。カップを二つ用意しかけて、ゼファーはふと手を止めた。最近ではいつも休憩を取るときは二人だから、習慣になっていたらしい。
「……」
自分が悪いことはわかっている。彼は自分を心配してくれていた。それなのに、あんな言葉を返してしまった。
『BFは幼稚園じゃないんだ。自分のことくらい自分でできる』
ショックを受けて、次いで怒りのために大きく見開かれた赤茶の瞳は、幼いころとまったく変わっていなかった。
五つ違いの幼馴染み。まさか、同じ場所で生活をともにすることになろうとは、あの無邪気なころには考えもしなかった。……こうして、些細な行き違いが生まれるようなことになるとも。
静かな事務所は、ひどく居心地が悪い。目の届くところに、綺麗な紫がないことも、なんだか落ちつかない。
ゼファーは、ポットに湯を入れて、食堂の出口をくぐった。テーブルには、さらさらと落ちていく砂時計と、二つのティーポットが並んでいる。
何となく勘に頼ったわけではなく、ちゃんとした根拠があってゼファーは裏庭に向かっていた。庭の木の一本に、ルシードが気にかけているものがあるのだ。六日前に、ルーティとビセット、ティセにねだられて、けれどきっと彼もそうしたかったに違いないことだ。だから、たとえ本人が気づいていなくても中庭に足が向くだろうとゼファーは考えていた。
建物の陰からひょいとのぞくと、やはり探していた相手はそこにいた。倉庫から引っ張り出した古い椅子に乗って、ルシードは一番地面に近い木の枝にのせたあるものを調べている。
ちいちいと鳴く生まれて間もない幼い鳥たちと、その子供を育てる親鳥たちの仮の家――鳥の巣箱だ。もともとビセットがどこかから見つけてきたもので、近々取り壊される廃屋にあった鳥の巣を、こちらに移動させてきたのだ。
<ブルーフェザー>は、シープクレスト保安局刑事部第四捜査室。主に魔法犯罪に関わる事件を担当する部署だ。しかし、ここに集まる者たちはどういうわけかお人よしばかりで、困っている誰かを見過ごせないのだ。それが人ではなくても同じ。
「ルシード」
彼の『点検作業』が終わるのを見計らって、ゼファーは声をかけた。謝るつもりだったのだ。
その途端。
「――っわっ!?」
突然背後から呼ばれて驚いたのか、彼はバランスを崩して椅子から落ちる。一番低い枝といっても、椅子二つを重ねてようやく届くところにある。落ちればどこかに怪我をする。
「ルシード!」
ずっと鍛えていないが、前リーダーは伊達ではなかった。ゼファーは考えるより先に地面を蹴って、姿勢を低くしてルシードと地面の間のわずかな空間に体をすべりこませる。
ずしっという鈍痛は、腹と背中の両方に感じられた。
「だ、大丈夫かよ!?」
逆光になっている幼馴染みの顔を、ゼファーは目を細めて見つめた。腹の痛みは彼を受け止めたせいらしい。背中のほうは、強くぶつけたからか。
「……とりあえずは、無事らしい」
呼吸が苦しかったが、ゼファーは努めて明瞭な声で答えた。そして、なんでもないふうに起き上がる。
「悪かったな。落下するほど驚くとは思わなかった」
「いや、それもあるけど俺が落ちたのは……」
ルシードが無言で崩れた椅子に視線を向けたので、ゼファーも同じほうを見た。すぐに、ルシードの言わんとしたことを理解する。
「なるほど」
椅子は古かった。おそらく、ゼファーがここのリーダーに着く前からあったのだろう。どちらの椅子も、足が腐って折れていた。
「乗るときちょっとやばいかって思ったんだが、短い間だけだから持つと踏んでたんだ。甘かったな」
ゼファーの上から降りたルシードは、顔を上向けた。巣箱は、位置がずれた様子もなくちょんと枝に乗っている。
「よかったな」
「そうだな」
謝罪の言葉は、不用だった。それを口にすれば、かえってルシードはいやな顔をするだろう。『今ので貸し借りはなしだ』とでも言うに違いない。
だから、ゼファーは幼馴染みに休憩をすすめる。彼はうなずいて、先にたって事務所の玄関に歩き出した。
「あら?」
切りのいいところで仕事を終え、メルフィは食堂にやってきたのだが、そこには信頼するパートナーの姿もセットされたコーヒーメーカーもない。テーブルの上には、持てる時をすべて落とした砂時計と、二人分のティーカップ、おそらく出すぎて苦くなってしまっているだろう紅茶の入ったティーポット。
「……これを二人で飲むには、ちょっと苦いでしょうね」
彼女はため息交じりに一人ごち、もう一人分のティーカップを用意して、ポットの中身を均等に注いだ。案の定濃い色になっていた紅茶を、湯で割って適度な味にする。
外に通じる扉が開いて、何やら和やかに話しながらやってきた二人の青年に、彼女は肩越しに柔らかく微笑んだ。
「紅茶、出すぎてましたよ。適当な濃さにしておいたから、三人で飲みましょう」
――もうすぐ、外出していた仲間たちも戻ってくるだろう。
私の好きなゲーム『悠久幻想曲3』のお話でした。
ゲームのほのぼのしたあったかい感じをうまく書けてるかどうか心配ですが、
好きだという気持ちは伝わっていてほしいです。
最初ということで特に好きな主人公のルシードとゼファーの
話にしてみました。でも『悠久〜』のキャラはみんな好きです。